静かに、二人の後輩は決意する。   作:いろはにほへと✍︎

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涙で目が洗えるほどたくさん泣いた女は、視野が広くなるの。

―ドロシー・ディックス―



罪悪

 「夜もすがら もの思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり」

 先輩知ってますか、と謳いあげて俺に問う。

 「まあ、知らんこともない」

 俺はぶっきらぼうに返事をしながら視線を端に送った。

 サイゼでの二人の言い合いから気付けば一週間が経過していた。あの場で決断することができなかった俺は答えを一週間引き延ばすことを条件に解放されていた。

 そして今日。

 俺は、一人を屋上に呼び出していた。

 ――告白に対する返事をするために。

 

 「恋なんて自分には関係ないものだと思ってました」

 呼び出した人物――高海が独白のように語り始めた。

 「そうか」

 「最初はただ興味があったんです。変な先輩に。文化祭で先輩がしたことは目に余るものでした」

 俺は返事をできなかった。

 高海は少し歩いて手すりによりかかる。

 「あれがかっこいいと思ってるのか知りませんけどあれは最低ですよ」

 「いや別にかっこいいとは……」

 「まあ、終わったことをいつまでも言い続けても仕方ないですしね」

 高海はまるで涙をこぼさないようにするかのように、空を見上げて動かなくなった。俺は口に出す言葉が見つからなくて、ただ黙った。

 「私を、私を呼んだってことは良い返事が聞けるんですよね?」

 高海は声が震えていた。何かを察したようだった。それは俺の表情からかもしれないし、仕草からかもしれない。

 「いや……」

 さっきまで言い切ろうと思っていた言葉が、口から出るのを拒んでいた。

 高海は入り口近くにいる俺に徐々に近づいてきた。唇を噛みしめて、目には涙を湛えながら、それでもなおその表情は明るかった。

 きついなあ、と思う。

 今までこんなに人に愛されたことがなかったし、何よりこんなに心が痛んだことがなかった。

 でも、それでも、言い切らなければ。

 中途半端な態度が、たった少しの希望が人を苦しめることを俺は知っている。

 「先輩……返事は……」

 言葉こそ短くても高海の心境がひしひしと伝わってきた。高海は堪えきれなかったのか、俯いて涙を流していた。

 「俺は、俺は……」

 ああ、と気付く。目頭が熱くなって、頬に何かが伝う感覚があった。

 ――また泣いちまった。

 

× × ×

 

 本当は気づいていた。

 

 屋上に呼び出された時こそ喜んだものの、戸を開けて入ってきた先輩を見て、分かってしまった。

 先輩が言葉に詰まって黙り込んだ。

 同時に嗚咽が聞こえて、私は俯いていた顔を上げた。

 先輩が涙を流していた。

 あの先輩が? 私のために?

 絶対に泣いたりしない人だと思っていたから、私は混乱してしまった。

 そういえば、いろはが笑っていた気がする。本物欲しさに泣いたんだよ、なんて。

 あの時は信じなかったし、本物の意味が分からなかったけど、先輩はそういう人だったね。

 いい人だなあ、そして。

 いいなあ、いろは。

 こんな私なんかのために泣いてくれる先輩と一緒になれるんだもんなあ。

 ぽつぽつと雨が降り始めた。さっきまでの晴天が嘘のようで、まるで私の心情を表しているかのようだった。

 徐々に打ちつける雨は強くなってきて、もう涙なのか、雨なのか分からなかった。

 瞬間、思い出が水のように溢れてきた。

 告白の勘違い事件、面倒な佐藤先輩、風邪の看病。

 まだいっぱいあるけど、もうだめだ。

 これ以上思い出したら、収集がつかなくなる。

 先輩をいろはのもとへ送り出せなくなる。

 

 「高海」

 先輩が座り込んだ私に手を伸ばしてくる。

 「はい」

 私はその手に掴まって立ち上がった。

 「告白の返事をしたいんだが、いいか?」

 そんなこと聞く? と半分茶化し気味に先輩と目を合わせる。

 しかし、目先にあったのは、何か大きな決意をしたような眼だった。

 また、涙が溢れてしまう。

 「高海、お前の告白は嬉しかった」

 その先なんて簡単に予想がついてしまう。

 「先輩、まだ返事していいなんて言ってませんよ」

 私は両手を後ろに組んで、また無理にいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 先輩は微笑を浮かべていた。

 困ったような、どうしたらいいか分からないような。

 「そうだな、でも聞いてほしい」

 赤子を諭すような口調だった。まだ、先輩のその眼には、はっきりした意志がこもっていた。

 「まあ、聞くのは義務、ですよね」

 押し負けてしまった。

 面倒な女だなんて思われたくないからかな。

 「悪いな」

 「本当ですよ、わざわざ屋上に呼び出すことないじゃないですか。期待しちゃいましたよ」

 また涙を浮かべながら、私は笑う。

 先輩にはどんなふうに映っているのかな。

 「確かに、悪い」

 先輩の一つ一つの言葉が胸に突き刺さる。

 脆いな、私。

 

 しかし先生。確かに恋は罪悪ですね。 

 

 × × ×

 

 LHRが終わって、奉仕部に遊びにでも行こうかと思っていると、私のスマホに通知が届いた。

 せんぱいからだった。

 『玄関で待ってる』

 いや未来で待ってるみたいに……。 

 えっと、今日であれから一週間か。長かったな。

 でも、これで終止符が打たれるのかな。

 『今行きまーす』

 そんな軽い文を送り返して、私は早急に身支度を済ませた。

 すると、またすぐに通知が来た。了解、とかそんな文かなと思ってすぐに開いた。

 

 『頑張って』

 

 美奈ちゃんからの簡単な言葉だった。

 




 まさか、こんな話になるとは思わなかったでしょう?

 今回こんなまじめにやるなら今までのをもっときれいにまとめた方が良かったかなと思います。
 恋は罪悪って一応伏線だったんですよね、下手ですみません(笑)
 お久しぶりの投稿でした。受験生って意外とやることが多いんですね、今回は気分転換でした。まあ、重くなりましたけど(笑)
 次は、短編集の陽乃の続きを投稿しようかと思います。
 アマガミはまだ先ですね。

 今回の話、思うところもあるかとは思いますが、単語帳片手に返信させていただきたいと思います。評価、感想等お待ちしております。

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