静かに、二人の後輩は決意する。   作:いろはにほへと✍︎

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Love dies only when growth stops.

―Pearl S. Buck―

『愛が死ぬのは、愛の成長が止まる、その瞬間である』




視線の先には

 一報があった。

 せんぱいがひかれたという一報。

 私は、朝、登校した際に昨日の忘れ物を取りに行こうと奉仕部を訪れた。

 着いてから鍵を忘れたことに気がつき、戻ろうか、とも思ったがもういい

やと教室に戻ろうとした時だった。

 目の前に、結衣先輩が現れた。

 どうやら走って来たようで額にはじわりと汗が浮かんでいる。

 普段の温厚でアホっぽい様子がかけらもなく、傍から見たらやばい人だった。

 まもなく、私を視界に入れたようでぱくぱくと口を動かした。

 「……い、いろはちゃん! ヒッキーが、ヒッキーがひかれたって……」

 聞いて、私は固まった。

 「……せんぱいが……?」

 二人して動揺しきって動けないでいると、雪ノ下先輩が平然と歩いてこちらに来る姿が見えた。

 私はすぐに問うた。

 「あの! せんぱいは?!」

 雪ノ下先輩は私に落ち着けと言わんばかりに、冷静に答えた。

 「比企谷くんは確かに事故にあったわ。けれど命に別状はないし、怪我もそこまで長引かないそうよ」

 「……」

 私はそのままへにゃりと床に崩れた。結衣先輩も、同じだ。

 良かった……。

 私が安心して脱力しきっていると、雪ノ下先輩が付け足した。

 「それとこの学校の女子が助けられたそうよ。名前は確か――」

 「美奈ちゃんだよ」

 言いかけた雪ノ下先輩よりも先に結衣先輩が答えた。

 広いコミュニティのどこかから拾ってきたのだろうか。

 真偽の確かめようがないが、咄嗟のことで私は「真」だと思い込んでしまった。

 「美奈ちゃん……高海?」

 「うん」

 「……」

 繋ぐ言葉を忘れてしまった。

 せんぱいたちが事故にあったのは昨日。

 昨日……、私は偶然、美奈ちゃんが告白されているのを見た。

 少しの間見守っていたが、分かれると覚束無い足取りで校門を出たのも見た。

 美奈ちゃんのことだからきっと気にしていたのだろう。

 つまり、それが原因にあるのだとしたら、声をかけなかった私にも問題があるのではないか。

 さらに言うと、せんぱいが事故に遭うことはなかったのではないか。

 私が悪い方向に傾きかけていると結衣先輩が口を開いた。

 「私昨日見たの、美奈ちゃん。なんか難しい顔してたから話しかけなかったけど……やっぱりあの時私が――」

 「由比ヶ浜さん、それは違うわ。それに比企谷くんも無事だったみたいだし、責任の所在は信号を無視した車よ」

 「……そうだけど……」

 私も、自分にも少なからず責任があると言おうと思ったが、これ以上話を続けさせないとばかりに射るような視線を結衣先輩に送る雪ノ下先輩を見ると、それは憚られた。

 「とりあえず、今は教室に戻った方がいいわ。放課後お見舞いに行きましょう?」

 「そうですね……」

 微笑んだ雪ノ下先輩に妙な安心感を覚えて、私たちはすぐに教室へ戻った。

 

 × × ×

 

 「ここですかね……?」

 「……そうみたいだよ」

 「そうね」

 私たちは一日を終えると、部活にも生徒会にも向かわずに、せんぱいが入院しているという病院に向かった。

 「入りましょう」

 雪ノ下先輩の声を合図にトントン……と三度戸を叩いて「失礼しまーす」と言いながら入室する。

 中は質素で、病室にはせんぱいが一人で座って本を読んでいた。

 「……ヒッキー」

 まず、結衣先輩が呟いた。

 せんぱいはその声で漸く気づいたようで、顔を上げた。

 「…………由比ヶ浜。それに雪ノ下? 悪いな、本読んでて気づかなかつたわ」

 「比企谷くんに気づかなかった、と言われるのは少し癇に障るわね」

 そう言って雪ノ下先輩はいつもの不敵な笑みを浮かべた。

 「いや、私もいますから」

 思わず、つっこむ。

 「それでヒッキー、大丈夫なの?」

 間を入れることもなく、尋ねる結衣先輩。

 やはり心配なのだ。

 せんぱいはいつもと変わらず、無愛想に返す。

 「あ? 何が」

 「事故のことに決まっているじゃない」

 「……ああ。大した怪我じゃない。すぐに登校できるようになる。……残念なことに」

 そう言ったせんぱいは本当に残念そうだった。

 まったく、私たちがどれだけ心配したと思っているんだ。この人は。

 せんぱいの無事を自身の目で見て安心した私は、美奈ちゃんの姿を確かめたくなった。

 「それで美奈ちゃんをどこにやったんですか?」

 「まるで俺が隠してるみたいに言うのやめてくんない?」

 「今すぐ解放してください」

 「あーはいはい。高海なら昼には退院したぞ」

 せんぱいは呆れたように呟くと、つまらなそうに窓の外を見た。

 その目の先に何が映っているのか、定かではない。

 けれど、私が映っていないことだけは確かだった。

 




最後は少しいきなりだったかな、?
痛いように見えなくも無い。

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