『ジョン・スミス氏、ポケモン保護団体に多額の寄付』
俺はエネココアを飲みながら、その新聞を見てニヤリと笑わずにはいられなかった。仮面を付けた男と人の良さそうな老人が、チョロネコを抱いて握手をしている写真がデカデカと表示されている。
収入の安定化はきのみ農家にとって永遠の課題だろう。気候変動・病害虫・生理病・虫ポケモンなど、多くの害から果実を守らなくてはならない。
更に、同じ作物を育てる農家全体の生産量から、価格が変動する事もある。全体が豊作なら木の実を潰さないと破産してしまう可能性が出てくるし、凶作ならば価格が上がって売れなくなるかもしれない。
季節によって売れ行きが左右されることもあるし、需要と供給には常に気を払わなければならない。収入が安定することは農家としては悲願ともいえるだろう。
俺は農家の厳しい洗礼を覚悟していたが故に、強引な方法を用いて売れ行きの安定化を図ろうとした。実に単純な解決方法だ。売れないなら付加価値を付ければいいのだ。
行ったことは実に簡単、お金の力を借りたのだ。
プラズマ団とかいうポケモンの保護をする団体に多額の資金を提供し、ロットというおじさんにフキヨセ新聞社の記者を紹介してもらったのだ。
田舎の地方紙なのでそういった権力には弱いらしく、見事冒頭の記事に繋がったのだ。
意外なことに俺の名前はフキヨセの住人によく知れ渡っているらしく、頻繁に年配の方に挨拶されるようになった。話をすれば、ヤチェのみはジワジワと高齢者に人気が出始めているらしい。
茶髪の若者には甘いきのみを出してくれと言われるが、そんなものは気候的に栽培できないのだ。あきらメロン。
そんな「ジョン・スミスのヤチェのみ農場」の生産性は悪い。水やりや箱詰め作業、害虫の物理的な防除などの作業をポケモンに任せているため人件費はかからないが、本物の農場と比べて集約的でないため一本あたりの果実数は少なくなる。
100m掛ける100m――1
実際はその七割程度の1,800本しか植えていないのだが。
ヤチェの木には果実が大体二~十個結実し、平均で見ればジョンの農場には大体
実際の収穫時期はバラバラだが、それでも一日に平均約500個は出荷できる。値段は五個入りで350円、全て売れれば一日当たり35,000円の収益になる。月給に換算すれば105万円だが、そう上手くもいかないのが商売だ。
安定した生産に一ヶ月掛けたため、実際にはまだ一ヶ月しか販売を行っていないが、五割も売れ残った。この時点で月給52万円だ。
その内の四割が店舗の収入と税金に持っていかれるため、31万残る。山を越える際の空輸費用とトラックの代金で大体70万吹き飛ぶ。
ついでに輸送用の箱を購入して利益は-59万円。
単純に考えても計111万円の大赤字である。流石の俺もこの出費は痛すぎる、普段の出費も考慮すれば7,8年で資金が底を尽きるだろう。
例えば、栽培面積を3haにしたとしよう。値段を五個で250円にしても、7,500個しか売れなかったものが精々8,000個になる程度なので、月給は40万。損失で見れば考えるのも馬鹿らしくなる値段になる。赤字はほぼ決定事項だ。
考えるべきは戦略。面積を1haに保ったまま、売れ残る7,740個を如何にして売るかが問題になってくる。
という所で出た慈善活動家アピールだ。しかし、ネームバリューを味方につけても売れ残るものは売れ残るのだ。このまま待てば滅びは間違いない――が、指を咥えて黙っていられる程愚かではない。
手を伸ばすべきはポケモンフーズ界隈。
ポケモンによって好みの味が変わるのは世間の知るところだが、ヤチェのみは渋さと酸っぱさの二つにおいて定評がある。ポケモンは甘い、辛い、渋い、酸っぱい、苦いの五つの味の好みが特に分かれるため、性格を考慮すると約2.5割弱のシェアを占める事が出来る。
加えて無農薬栽培、ポケモンが育てた果実などの要素を付け加える事により、一部の顧客からの支持も集められる。
以上の要素を以って企業に突撃した所、地元と北の方のフレンドリィショップや、高級ポケモンフーズを生産する会社と契約を結ぶことができた。フキヨセと周辺のスーパーだけに出荷などとアホな行為をするから赤字になるのだ。
兎も角、ギリギリ赤字を脱却できたため、ヤチェのみ農場は軌道に乗ったと言ってもいいだろう。なお、営業途中でジムバッジを幾つか集めておいた。これも営業戦略の一つなので、欠かすことはできない。
フウロもバンギラスでサクッと終わらせた。ちゃーんと舐めプしておいたので、以前みたく不評が出ることはないだろう。
勿論、バッジを集めているのには訳がある。バッジを八つ持っているというのは一種のステータスだ。一個とて集められない人間は大勢存在するし、バッジを持って尚ポケモンバトルが苦手であるというトレーナーもいる。
バッジを八つ保持するというのは、言ってしまえば漢検一級だの英検一級だのを持っているのと同じ感覚だ。
エイジの時と違い、それなりに全国行脚(飛行)をする暇と資金があるので、集めておこうと思ったのだ。そのついでに、騎士道の選手としてデビューしようと思う。
実に単純なロジックだ。ある程度選手として売れればヤチェのみの宣伝にもなり、ギャラも含めて資金の足しに出来る。何故かこの地方にも騎士道が流行りつつあるので、ブームに乗っかって小金を稼ごうとするのは妥当だろう。
目立つほど勝たなければいいのだ。五十連勝辺りで負ければ大して騒がれもしないだろう。エイジの時もニュースで一分程度紹介されただけだ。精々一時期の噂になるようなものだ。
ラグビーの選手もテニスの選手も、CMには出ていたりしたがそこまで目立ってはいない。一発屋になりさえすれば、副業に多少の恩恵が出てくるというもの。
人生のチャートにちゃーんと組み込んでおこう。
ちなみに、果物はきのみのせいで駆逐されている。
きのみはその特殊な生産性によって果実の収量を遥かに上回るため、味によって差別化されなければ価格競争で敗北してしまう。きのみは一個あたり百円以下が基本、三倍以上の値段がする果物では到底勝てない。
熱帯性の作物ならば十分な需要があるため、きのみとは十分に争える。きのみの異常性はその成長能力にあると言える。月に二回結実という昆虫もびっくりな一世代の早さだ。重要な点は特別な何かをすることもなく、植物工場並みの生産性を得られるということだ。
果実は促成栽培をすることが出来るが、ホウレンソウの様に養液栽培をすることは難しい。それは果樹であり結実するまでに時間がかかるからだ。
ついでに、これだけの生産性を保ちながら土地が貧する事もないのだ。恐らく、「氷を半減する」という様な「とくしゅ」な力が働いているからだろう。
現実的ではないとも思ったが、そもそもここはポケモンという物理法則もびっくりな生き物が存在しているのだ。今更だろう。
山頂の雪が溶ける頃には、晴れて騎士道の選手としてデビューすることになった。
正直、忙しさで過労死しそうだ。朝五時に起きて農作業、昼前には移動して騎士道の試合。
今の季節、新人にはデビュー戦があるので、ここで好成績を収めなくては今後の商売にも差し障るというもの。疲れるが割とマジで戦わなければ。
ライモンシティまで飛んで会場にたどり着くと、選手用通路を通って控室に入る。対戦カードは事前に知らされており、今日はヘイイチという選手と戦うらしい。
パーティーは試合の時にお互いが見せ合う形となっているので、直接メタるということはできない。試合までは秘密である。まぁ、新人の木っ端共しかいないので軽々蹴散らしてやろう。
この世界では種族値が明確になっていない。そういった意味でも、こいつらは雑魚なのだ。数値受けが成立するポケモンが少なすぎる。……種族値が明確になっていないのはある意味当然ともいえる。
BやDが測れないのはどの位喰らわないかを実験していないからであるし、Sも個体差が多く、計測基準がバラバラである。AとCは最早訳が分からない。技で測るのか、握力で測るのか、腕力か、何が基準なのか不明だ。
しかしダメージがゲーム基準で通るのは証明済みだ、そういうものなのだろう。さりとて、ダメージがゲーム基準になるのには条件がある。即ち、無防備であることだ。
フウロと戦った際、レベル百のバンギラスのストーンエッジでスワンナが落ちなかったことがあった。体勢的に、所謂「浅かった」攻撃であったせいか、確定一発にならなかったのだ。
騎士道ではそういった主体的な回避と防御は反則に当たるため、安心してダメージをぶち込める。
試合の始まる時間だ。係員に呼ばれて連れて行かれると、バトルフィールドに着いた。相手も反対側についたので、互いに礼をしてポケモンをフィールドに出す。
こちらのパーティーはメガヤンギ、メガヤシギバナ、ヤザン、ヤャラ、ヤュバルゴ、ヤードランのヤーティ―ですな。
まず最初に互いのポケモンを見せ合って、時間をとって三体を選出し、それから試合が始まるのですぞ。
こちらは取り敢えずのヤーティ―ですが、レートに潜ることができないので客観的な視点を持つことができませんな。穴があれば穴があったで、別に構わないですぞ。完全なヤーティ―、もといパーティーなどないのですから、そこはプレイングでカバーですぞ。
ボシャーモは勘弁ですがな。
第一戦目、相手のパーティーはボオー、ボーマルド、ボシギバナ、ボアームド、ボガニウム、ボライゴンですぞ。
炎の通りがヤバコイルのなのでヤードラン、ボオーとフラインゴが重いのと害悪草ボケモンがいるのでメガバナを選びますぞ。地面の一貫を切りたいのでヤャラかヤザン、ここはヤャラでいきますぞ。
ヤャラヤシギヤードランの並びにしますぞ。
横にいる副審に最初のポケモンと残りの二体を告げると、相手が選び終わるのを待ちますぞ。笑顔で待つ以外有り得ない。
……やけに時間がかかりましたが、無事に終わりましたぞ。ポケモンを戻してボールを隣の副審に渡し、その審判が中央にいる主審に内訳を知らせますぞ。ルールですな、こういうのが一番面倒くさいですぞ。
「どうぞ、貴方のポケモンです。最初のポケモンは報告通りギャラドスを出して下さい」
「分かりましたな」
副審から選んだポケモンのボールを渡され、お互いの手元に三つのモンスターボールが残ると、司会があれこれと実況して紹介を始めますな。
『マスクをかぶった変な奴! 相棒はシュバルゴだ! デューク仮面!』
名前を呼ばれたので、観客に向かって手を振りますぞ。エイジの時によくやった事ですな。ファンアピールは紳士の努めですぞ
『ライモン育ちの都会っ子! 相棒はメガニウム! ヘイイチだ!』
世間を知らない新人には、厳しい現実を叩き込んでやりますな。春は鴨狩のいい季節、精々引き立て役になってもらいますぞ。弱肉強食の世界故仕方ないですぞ。
主審が旗を上げると、我とお相手氏は同時にポケモンを繰り出しますぞ。なるべく同時に出さないとルール違反になるので注意ですな。
「頼みましたぞ、ヤャラドス!」
「相棒、コテンパンにしてやれ!」
出てきたのはボガニウム。メガシンカはできましたかな……?
兎も角、役割対象ではないのでフシギバナに引きますぞ。
「審判、ヤシギ……フシギバナに交代しますぞ」
「分かりました。相手が行動を決定するまで待って下さい」
三分ほど待って、お相手氏が何をするかを決定しましたな。やれることは降参、攻撃、交代のどれかですぞ。一度決定すると変えられないので注意が必要ですな。
「先攻、デューク仮面!」
「交代ですな。行きますぞ、ヤシギバナ!」
「バナ」
『おおっと、交代だ! これは少々弱気のスタート!』
騎士道に実況をつけるのは失敗ですな。強気弱気の世界ではありませんぞ。
これは衰退待ったなしのクソ競技ですな……適当に稼いで撤退するのがいいと思いますぞ。騎士道を細々と続けて、金持ちの嫁を見つけて、悠々自適な生活を送る以外有り得ない。
全く、安定した地位と金は最高ですな!
「後攻、ヘイイチ!」
「メガニウム、はっぱカッター!」
ボ、ボガニウムとは片腹大激痛ですな。はっぱカッターは有り得ない。乱数六か八はありそうなクソ火力ですな。ボケモンにしかなれないポテンシャルの無さ、リアル()であるが故の技の火力の違いは深刻ですぞ。
せめてエナボかリフストですな。これだから初心者狩りは止められないですぞ。そもそも、ヤャラにつっぱするのならめざ電でもあるのかと思いましたな。めざパ厳選は現実ではほぼ不可能だと思いますがな!
で、お相手氏は引くしかないと思うので、エアームドに一番入るめざ炎ですかな。しかし、ムドーに引かれてもヤードランに引けばいいですので、ここはメガしてヘド爆でいいですな。交代先がバナなら最大打点ですな。
「フシギバナ、メガシンカですぞ」
「メガニウム、リフレクターだ!」
「ヘドロ爆弾ですな」
「地震!」
「……? ヘドロ爆弾ですぞ」
「行け、フライゴン!」
「ヤャラドスに交代ですぞ」
「大文字! ドラゴンクローだ!」
「氷の牙ですな」
「行け、ヌオー!」
「ヤシギバナに交代ですぞ」
「水の波動!」
「リーフストームですな」
というわけで、勝ちましな。全体的によくわからない試合でしたぞ。
技も行動も全てが不明、これがあと数試合続くと考えるのは苦痛ですな。初心者狩りは収入的に楽しいのですが、死ぬほど面倒くさいですぞ。
喝采を浴びるほど惨めな気分になりますが、デューク仮面のキャラは明るく、と決めているのですぞ。んんん、とは笑えないのでガハハと笑って「いい試合でしたぞ」と言っておきますな。
早く通帳の桁が増えれば、このようなことはあまりせずに済むのですがな。
「時間に都合が付けば、見に来て下さい。私のデビュー戦です」
フウロはジョンの差し出すチケットを受け取って、「勿論です!」などとは口が滑っても言えなかった。
大空のぶっ飛びガールとはよく言ったものだが、ジョンに対しては仄暗い嫉妬の念やライバル意識を抱かずにはいられなかった。先のジム戦では、岩タイプのバンギラスに苦戦させることもできず、一方的にやられてしまった。
これに対してもフウロは煮え切らない思いを抱いていた。フウロの勝手な思い込みと言えばそうだが、ヤチェのみを推すトレーナーが岩タイプを使うとは考えが及ばなかった。それに加え、相手はつい二三ヶ月前までは初心者を自称する存在だったのだ。
(強いから悪い、そんなことはないんだけど、なんだか騙された感じがしてなぁ……)
人当たりがいい分、余計に頭を悩ませる。
「あーもう! 悩んでいるのも私らしくないかな、取り敢えず観に行こう! そうしよう」
そらをとぶでライモンシティに向かったフウロは、会場の熱気に「おおっ」と感嘆の声を漏らした。
席についてパンフレットを開いてみれば、ジョンの名前は一文字とて書いていなかった。
「エンドウ、ハマダ、マツモト、ホウセイ、アウト……ジョンさんがいないなぁ」
パンフレットを隅から隅まで探っても、ジョンはおろかジの文字さえ見つからない。デビュー戦と書かれた冊子には選手の顔写真と名前が――
「いるじゃん! この変な覆面!」
シュバルゴをモチーフにしたおかしな顔の男が載っている。むしろ何故見落としたのか、その訳は名前の欄にあった。
「デューク仮面? 仮面って、しかもこの名前……っぷ。なんだかプロレスみたい」
試合が始まれば、これは中々面白いと、フウロは次第に熱中していった。
「今は有利でも、次に出てくるかもしれないポケモンにはあんまり有利じゃない……交代するか、それを読むか、なんだか迫力のある将棋みたい」
摘まんでいたポップコーンが無くなる頃には、ジョンの試合が始まろうとしていた。
見慣れた仮面の男が入場すると、まるで大御所のように自信たっぷりな様子でズンズンと歩いている。
相手のヘイイチ選手も手を振りながら入場してくる。パンフレットによると、カントー・ジョウト・ホウエンのポケモンリーグでベスト八になった優秀なトレーナーであるらしい。
ジョン、もといデューク仮面の紹介文には『ヤチェのみの大農家、氷タイプには滅法強い!? 大自然のパワーとくと見よ! ※ポケモンの持ち物は被らせてはいけません』と、マヌケな文章が記載されていた。
(これじゃあ当て馬みたいじゃん!)
「ジョ、デューク仮面頑張ってー! あんなヤツこてんぱんにしちゃいなさい! ファイト、オー!」
熱気に当てられた、というやつである。ジムリーダーとは言うが実態は肉体労働者で、歳的に言えば大学生である。ノリは良い方だ。
すっかり熱中してしまったフウロは野次を飛ばしながら、デューク仮面の試合を見守る。
試合は――滞りなく進んだ。トントン拍子でヘイイチのポケモンを打ち倒していくのだ、その光景はかつてのエイジを思わせる戦いぶりであった。
強力な攻撃、物怖じしない度胸、相手の攻撃を寄せ付けない防御力、その鮮やかな勝利には王者の風格さえあった。
「おお……初めて見たかも、メガシンカ」
メガシンカ。それはジムリーダー及びポケモントレーナーとして憧れの境地であると言ってもいいだろう。
ポケモンの更なる力を引き出す、進化を越えたシンカ。フウロの手持ちにメガシンカが出来るポケモンはいないと知ったが、彼女は彼女なりにメガシンカをさせてあげたいと思っていた。
だが、メガストーンとキーストーンは現在、カロスやホウエンなど一部の地方で少量出回っているだけである。買おうと思えば何億円掛かることか想像もできない。下手なダイヤモンドよりも高価なのだ、一等地に豪邸を建てる方がまだ安く済むだろう。
「スワンナナイトとか、ケンホロウナイトは無いのかなぁ」
無い。が、そんなことを知る由もなく、ジョンに聞いてみようと思うのであった。
きのみの妥協点はこれくらいですね
病害虫に関しても独特の形態を持ってると思いますが、それは機会があったら
※ヤーティーについて
ヤーティーとは、ポケモンバトルにおいて「役割論理」を元に作成されたパーティーの事。
「や」くわりろんり、なのでパーティーではなくヤーティー。ですぞ口調やですな口調はヤーティーの使い手、通称「論者」の話し言葉。
このように使うのですぞwww
単芝は有り得ないwww
紳士はいつも笑顔ですぞwww
本分では「www」の部分を削っている
また、役割論理の関係のない所でこの口調を用いるのは有り得ないwww
また、役割論理の関係のない所でこの口調を用いるのは有り得ないwww
詳しくはマナーを守って、自分で調べてほしいですぞwww