ポケットモンスター・騎士道   作:傘花ぐちちく

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 『騎士王、チャンピオンに敗北』

 

「はぁ……」

 

 溜め息を出さざるをえない。敗北という言葉は心にこうも重くのしかかるものなのか。新聞を放り投げて、エネココアを飲み干す。

 

 肝心のガルガブゲンは気にしていないようだが、今後の身の振り方を考えなければなるまい。この世界に来て、戸籍を作成し、暫くはお金を気にせずに暮らせるだけの生活基盤を整えた。

 

 名誉――不本意ながら――も得た。次は……結婚か、ポケモンと生きていくか、旅に出るか、選択肢は多い。

 

 

 

 取り敢えず、家に帰ろうと思う。

 

 シンオウ地方を南に進んで、海を渡ったところにある島が家だ。俺がこの世界で初めて目覚めたのがその島で、名前が売れ始めた頃に島ごと購入したのだ。島はタマゴ島と、俺が勝手に呼んでいる。

 

 そらをとぶなら一日もかからないが、海路で行こうとするとサメハダーやギャラドスなどの危険なポケモンに襲われるため、開発されていない。侵入しづらいということも購入理由の一つである。

 

 そらをとぶ要員のウルガモスに掴まって、タマゴ島中心部の洞穴に着くと、別個体のウルガモスが俺を出迎える。

 

 彼の案内に従って洞窟の地下深くに足をすすめると、地上への穴が空いた大空洞につながった場所に出る。

 

 巨大な縦穴の壁面には幾つもの穴が空いており、無数のタマゴと大量のウルガモスが配置されている。他にも、個別の部屋を作成して預かり部屋――事実上の繁殖スペース――を確保している。

 

 タマゴの運搬や食料調達用にメラルバが駆け回り、面倒はミルタンクやガルーラに一任され、運営は今のところ無事になされていた。

 

 実は、騎士とはまた別に、ブリーダーとしても活動しているのだ。尤も、こんな愛情もクソもなく、全てをポケモンに任せているのは俺だけだろうが。

 

 出来上がった個体――ポケモンは、クソ性格クソ個体――ユニークなポケモンだけを厳選して送り出すのだ。余ったポケモンは島の中で放し飼い(放置)をしており、独自の生態系を築き上げている。

 

 産ませた以上、食料を定期的に空輸したり、ポケモンの食料になる木や草は管理している。

 

 兎も角、こんな血も涙もないと言われるような場所は秘匿するしかないわけで、長期間ここを離れて何かをするなら、セキュリティを強化しなければならないのだ。

 

 ポケモンに人並の知能があれば良いなぁ……とはつくづく思う。

 

 タマゴプラントの確認を終えた俺は、地上に出て再びそらをとぶ。タマゴプラントから離れた場所には、島購入の際に建設してもらったコテージがあるのだ。

 

 広々とした中庭に加え、巨大プール付きの育成済みポケモン専用(俺も使うが)の家だ。別荘と言ってもいいかもしれない。

 

 待遇が違うのは……稼ぎの違いよね。

 

 まぁこんな感じの家だ。

 

 仕事や試合が入るまで、基本的にはこの家で過ごす。引きこもりではない、いいね?

 

 というのも、ポケモンの自主性とやらを引き出さなければ、俺がいない時に連れ去られる可能性や、シロナさんとの試合のようにまともな戦いが出来なくなる。

 

 殴って殴り返すスタイルは騎士道だけで十分である。

 

 その為、ポケモンたちとはフリスビーや海水浴などをしてよく遊ぶ。

 

 こちらに来てしばらく経った今では、バトル以外なら、中々好き勝手に動き回るようになってきた。これはこれで世話が焼けるのだ。

 

 ロトムやエルレイドと戯れていると(他のポケモンだと危険が危ない)、不意に騎士道協会から電話がかかってきた。

 

「エイジです。はい、はい、はい? ……バッジが八つ必要? 今年から、競技人口の増加を見込んで?」

 

 俺はまだバッジを八つ持っていない。金策でひぃひぃ言ってたからそんな余裕は無かった。だから、バッジが必要ない競技に目星をつけたのだが……。

 

 やべぇよ……ジム巡りに行くことはまだ出来ない。長期間ここを開けるなど出来ないのだ。

 

 そもそも、マイナー競技の人口が急に増えるわけないだろ! いい加減にしろ! 第一俺のおかげやろ!

 

「そこの融通はききませんか? ……暗黙のルールを明文化しただけ? しかし――切れた」

 

 最悪だ。十歳の子供と混じって、ジムバッジを集めなければいけないなんて。

 

 

 

 

 

 トバリシティのジムリーダー・スモモが、その日、妙にそわそわしていたのを同じ道場の格闘家は知っていた。

 

 故に、彼らはエイジというトレーナーには怒りを抱いていた。

 

 

 

「エイジさん、あたしスモモっていいます。シロナさんとの試合見ました」

「ありがとうございます」

 

 スモモには情熱があった。騎士道で百連勝を成し遂げた猛者と、ポケモンを通じて対話できる思ったからだ。強さとは何か、自分なりの答えが出ると、考えたからだ。

 

「あたしの全力をぶつけます。だから、どこからでもかかってきて下さい!」

 

 小柄な少女が繰り出すのはカポエラー。それに向かい合ったのは、グライオンという飛行/地面タイプのポケモンだった。

 

 ジムリーダーともなれば、他のトレーナーとは一線を画する、タイプ相性を覆してしまうような戦い方が出来る。誰もが接戦を疑っていなかったし、誰もが戦いに期待していた。

 

 結果は惨憺たるものだった。守ると身代わりを頻繁に用い、スモモのポケモンと「交互に」行動して戦ったグライオンは、一切の攻撃を寄せ付けなかった。

 

 勿論、相手のペースに乗せられるほどジムリーダーはヤワではない。指示を出し、敵を翻弄しようとするが、グライオンの素早い身のこなしは忠実に騎士道方式を再現した。

 

「カポエラー、フェイント!」

 

 スモモの指示は守るという行動を予見したものだった。フェイントという技は守るに対して有効である。間違ってはいないが、現実のバトルにおいて、先行がどんな技を出すのか分かってしまうバトルで、それは無限グライオンに対する悪手だった。

 

「身代わり」

 

 フェイントを食らったグライオンの前に、ポケモンが作り出したエネルギー像が現れた。壊されずに鎮座したそれは、ある種の門番だったのだ。

 

 地獄が始まる。

 

 カポエラーはそれから何度も何度も技を繰り出すが、守ると身代わりの効果的な運用が壁のように立ちふさがる。攻撃しても、攻撃しても、攻撃しても、攻撃しても、無限にそれは防がれる。

 

 攻撃は精細を欠き、カポエラーは徐々に疲労していく。身代わりが「壊せなくなる」と、反撃が始まった。

 

 カポエラーが倒れた時、観客から罵声が飛んだ。

 

「卑怯者!」「正々堂々と戦え!」「バトルを何だと思っている!」

 

 怒りだ。エイジに怒りが向けられる。相手のポケモンを段々と追い詰め、削るように攻めていく戦いに非難が集中した。

 

「ポケモンを、交換したい」

 

 憎悪の矛に取り囲まれた時、彼は言った。

 

(冷たい、機械みたいな声)

 

 スモモは一瞬戸惑ったが、グライオンは何も言わず、出てきたカイリキーも試合に集中できなかったので、交換を許可した。

 

 試合はあっという間に終わった。蒼いスカーフ――こだわりスカーフを巻いたトゲキッスのエアスラッシュで完封された。目にも留まらぬ速さで、ポケモンたちが倒れた。

 

 機械のように緻密で、正確で、容赦のない戦い方をする騎士王・エイジ。巷で彼が戦闘機械と呼ばれる所以を、スモモは身を以って味わったのだ。

 

 彼女の手持ちが全員やられるまでに、五分は掛からなかった。

 

 これでいいだろう? と言わんばかりに観客席を見やった彼に、抗議の声は上がらなかった。

 

 肩を震わせるスモモからバッジを受け取り、立ち去る姿はその場に居る人間の目に焼き付いた。眉をひそめて、不愉快そうにスモモを睨んでから「ありがとう」などと皮肉を言ったのだ。

 

 冷酷無情な、悪魔。その場に居る人間の反感を買った彼は、八日でジムバッジを集め、最速記録を更新した。

 

 通信技術の発達した世界で、彼の行いはあっという間に広がり、悪評を産んだ。血の通わないトレーナー。道具のようにポケモンを従える。客観的に見れば、その評価は正しい。

 

 しかし、エイジからしてみればそれは全く異なる見解であったが、今更訂正することなど不可能であった。

 

 チャンピオンリーグ――その四天王が召喚命令を出したのは、世間一般から見れば喜ばしいことであった。ギンガ団が色々とやらかしてからまだ2年と経過していない。世論は悪いトレーナーには敏感であった。

 

 裏でエイジのイメージ低下を危惧した騎士道協会が、圧力を掛けて四天王を招集したのだ。無駄に歴史だけはある競技の団体だ。不必要に権威を持っており、四天王もやや辟易しながら集まった。

 

 それはエイジが全てのバッジを集めてから数日と経たない時であった。

 

 


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