ポケモンリーグのあった辺り一帯を囲う様に現れた「Nの城」。周辺部ではプラズマ団員と多数のトレーナーがポケモンバトルで激しい争いを始めている。
城から伸びた階段では一層激しい攻防が行われており、時折人やポケモンが落下する。
そのNの城ではまるで巨大な大砲を放ったかのような振動が断続的に響き、ジムリーダー達はプラズマ団の下っ端達を足止めしながら、トウコが突入した後を心配そうに眺めていた。
轟音の直後、廊下のタイルが次々と捲れ上がって弾け飛ぶ。曲がり角からうっかりと顔を出したプラズマ団員とポケモンは、その身に余る破壊の衝撃波を受けて吹き飛んだ。
「フィ~」
ニンフィア4体とメガサーナイト1体がハイパーボイスで薙ぎ払った廊下を、メタグロスを盾にしたジョンが歩く。
「これまで」に数回繰り返された行為だが、うっかり巻き込まれてピクリとも動かなくなった人間とポケモンを無視して歩くジョンに、トウコは心底腹が立っていた。
しかし、まともに戦えばトウコは無事では済まない。集団で襲われればとてもではないが一人で捌ける数ではない。それが更に腹立たしくもあった。
(……コイツ一人でいいんじゃない?)
トウコはゲーチスもNもぶん殴ってスッキリしたいところではあるが、単純に事を解決できないと感じていた。それに加え、ゼクロムの登場も気になる。
ジョンが何故自分に注意を払い、ここまでやっておきながらお膳立ての様なことばかりをするのか。
「次の階に行くぞ」
「待て」
「っアンタは……ダークトリニティ!」
「ハイパーボイスッ!」
突如二人の前に現れたニンジャめいた白髪の男は、5匹のポケモンが放ったハイパーボイスを回避。何たることか、一瞬でジョンの背後に回り込むと煌めく白刃を一閃、その首を刎ねんと腕を振り切った。
しかし、その首が舞うことはない。ジョンの影より飛び出たゲンガーが先んじて彼の腕を切り飛ばしたからだ。そして追撃のシャドーボール、ダメージは加速した。
一瞬の攻防、舞い散った煙が晴れた跡に残っていたのは、ネギトロめいたダークトリニティの死体だった。
「えっ…………死んでる」
「アンタが殺したのよ」
「先に襲ってきたのはアッチだ。俺は悪くねぇ」
「……人が死んだのよ?」
「は? どのみちコイツらは終身刑だ、いつ死のうが一緒だバカチン」
ジョンはそれだけ言ってとっとと階段を登る。トウコはむせるような血の匂いを振り払うように歩き出す。真相を明らかにするには、何れにせよNの下へとたどり着かなくてはならない。
それから二度、同じようにダークトリニティの襲撃を乗り切ってNの城の五階へ辿り着く。
「ようこそ、ライトストーンの持ち主……と、お邪魔虫」
一際大きな扉の前で、ゲーチスがジョンとトウコを迎える。豪華絢爛な衣装には似合わない射殺すような目でジョンを睨みつけていたが、「まぁ、いいでしょう」と踵を返した。
その背中に――
ヒヤリとして、ハッと気付いたときにはもう遅いのだ。
ダークトリニティ――あからさまにニンジャで、主人公を拐うやべー奴――に襲われた時は死ぬかと思った。
ただ、ゲンガーが一人で殺ってしまったので、実は大したことない奴だったらしい。世の常は専守防衛だとハッキリ分かった。
しかし……これでは都合のいいタイミングでゲーチスの方に寝返るのは無理だ。彼の特殊な部下を思いっきりぶっころころしたし、どんだけ恨まれるか分かったもんじゃない。仕方ない、潰すか。
無駄に多い階段を登って、無駄にでかい扉の前に到着。ここがトウコにとっての目的地――Nの居場所――だと知ったのは、なにかをごちゃごちゃと話していたゲーチスを、扉ごとハイパーボイスでぶっ飛ばした後の事だ。
「わ……ワタ、クシの、け…………」
最後に何かを言い残して、ゲーチスは死んだ。Nがキリッとした顔で英雄がどうのこうの言っているがスルーだ。この後はトウコとNがバトルをして――
「ゼクロム、彼を」
――どうにかするはずなので俺は観客に徹する、筈が。
「排除しろ!」
ゼクロムが「バリバリダー!」と唸り、青白く帯電しながら突っ込んでくる。距離にして僅か十メートル未満、一秒足らずに目の前へ迫ってきた巨体に、俺はハッと我に返る。
襲われている? バカな!
……いいや、馬鹿め。タイプ相性をご存知でない!?
フェアリーにドラゴンを繰り出すとはな!
「ハイボッ!」
合図とともにニンフィアとメガサーナイトを合わせた計五匹のハイパーボイスがゼクロムに直撃し、勢いを殺せぬまま俺の頭上を掠めるように飛んでいった。
所詮はポケモン、伝説と言っても数値の存在よ。……全然ビビってなんかいないんだからね!
「N……悪いがお前さんの切り札を倒してしまった」
「……? 何を言っているんだ、君は」
呆れるような声、伝説が負ける訳ないと思っているようだが、四天王に挑むようなレベル帯の伝説が、一致弱点の五倍ハイパーボイスを耐えるわけない。多少レベルが上下しようともメガサナは百レベル、HPは丸ごと吹き飛ぶだろう。
「伝説のポケモンが――」
背後、紫電の迸る音。巨大な鳥の飛び立つような風が髪の毛を揺らす。ニンフィアが可愛らしい鳴き声で俺の後ろにいる、倒れたはずのゼクロムを威嚇する。
「ババリバリッシュ!」
――やられると思うのかい?
「出てこい、ガブリアスッ!」
「ゼクロム、クロスサンダーだ!」
後ろにボールを放り投げ、盾にする。
地面に電気は無効、
伝説とはゲームにおいて「ポケモンという規格に押し込めた」存在であると、なんとなく思ってはいた。
無限戦法に完封される伝説とかちびっ子涙目だし、システム的にNPCのポケモンでも倒せる存在だしな。これくらいオーバースペックでも丁度いいのかもしれない。
……現実じゃなかったらな!!
電気技を喰らったガブリアスが吹っ飛ぶ。
龍技を喰らったメガサーナイトも吹っ飛んだ。
ついでに言えばダークホールでも眠らなかったし、何とかして腹太鼓を積ませたマリルリのじゃれでも倒れなかった。
……頭の痛くなる耐久力だ。フライゴンが百匹は吹き飛ぶぞ。
こんなことをやっているうちに、馬鹿でかい窓のある方まで追い詰められる。俺の手持ちにはまともに出せるポケモンはいない。トウコは俺達の……と言うよりもゼクロムの攻撃に巻き込まれないよう遠巻きに見守っていた。
トウコはまだレシラムを捕まえないのか、それともイベントが発生していないのか。さっさとしてくれないと俺がマジでピンチの一線越えるんだが。
今回の一件で伝説には伝説ということが良く分かった。マジ感謝。だから助けてくれ。
「待て、N! いや、待って下さいN様! 命だけは何卒お見逃しを!」
こういう時は土下座に限る。
媚び媚び媚び媚び媚びィィィイイイイ! へへへ、下手に出て許してもらいましょうや。背中を向けたらアイツぶっ倒してやる。
「……少なくとも、ボクはポケモンを堂々と盾にするようなトレーナーを許せそうにない」
原作展開はよ。流れとしては、多分、レシラム捕まえてゼクロムノックアウトやろ?
トウコーーーーッ!
早く来てくれーーーーッ!
「ま、待ってくださいよN様ァ……そ、そうだ! トウコさんが何とかかんとかを持っているらしいじゃないですかァ――!」
「確かに、彼女はライトストーンの持ち主……気にかけてはいたけど……レシラムは応えない。ボクの思い込みだったみたいだね」
「ちょっといい?」
Nの冷静かつ思い込みの激しい受け答えに、今まで黙っていたトウコが口を挟んだ。
「そこの男、色々と『クサい』のよね……挽き肉にしたい気持ちは分からいでもないけど、させないわ」
「さっすがぁ~トウコ様は話がわかるゥゥ~~!」
「アンタは黙ってな!」
俺はゴキブリと言わんばかりの素早さでトウコの後ろに隠れる。Nはやれやれといった風にポーズをとる。
「キミに出来ることは二つ。勝ち目のない戦いを挑むか、新しい世界を待ち望むか」
「何言ってんの。ゲーチスが死んだんだからアンタに洗いざらい吐かせるわよ」
Nがゼクロムを全面に出すと、トウコのバッグからライトストーンが光を放ち、宙に浮かび上がった。数瞬の瞬きの後、石の浮いていた場所にはレシラムが佇んでいた。
まぁその後はNがトウコに対してレシラムを捕まえろだの仰って、トウコが捕まえた。どこに隠し持っていたのか初手マスターボールである。
それからはもう滅茶苦茶にやりあって、顔中汗まみれや。レシラムの業火とゼクロムの白雷、生み出した熱量はこの場所で神話を思わせるような激しい戦いを呈していた。
天井は吹き飛び、余波から逃れようと俺が廊下に飛び出した直後、壁が吹き飛んで見晴らしを良くしていた。
空に暗雲が立ちこめ、白と黒のポケモンが縦横無尽に駆け巡る。
これがポケモンバトルか……!
遥か上空で行われている戦いをボーッと眺めていると、聞き覚えのある軍靴の音が幾つも階段を駆け上がってくる。
見覚えのある軍人が俺の側まで寄ってくる……確か、カービィ大佐だったかな。ワラワラと六人ほどの軍人が銃を構えて彼に続き、俺にその先端を向けた。
はぁぁああああああああ!?
オイオイオイ……死んだわ俺。
「……向ける相手が間違ってないですか?」
パニックになった俺の頭が、やっとのことでひねり出した言葉がこれだ。鋼タイプを囮にしようにも、銃の方がボールを投げるより速い。
「間違っていないとも、ジョン・スミス。ポケモンで人殺しとはやってくれたな」
「なん……だと?」
いやいや……国家が傾く危機に何を言っているんだ。ゼクロムは「マジでヤバイ」ぞ。俺がやったのはチンケな殺人じゃなくて、正当な悪人の排除だぞ。
俺が何かを言おうとすると、銃口を乱暴に突きつけてくる。
「つべこべ言わずに両手を上げて膝をつけ、聞きたいことが『山ほど』あるそうだ……あれだけ殺したんだ、生きているだけ儲けものだと思うがね」
……証拠は全部消したはずだ。一体、何が聞きたいんだか。
思うに、何かの権力者が変なこと言い出したんだろう。
「何が聞きたいんだ」
「黙れ」
生かして連れてこいとか言われたんだろう、ウカツな奴だ。バレバレである。
思えば、この世界には騙しやすそうな人の良いバカか、間抜けな悪人しか居ないではないか。
「俺が人を殺しただと? 冗談はよせ、この場で
「……お前がテレポートのような手段で移動していることは知っている。」
……は?
「空間研究所が断続的な異常を検知している。危険な巣に隠された家も把握しているぞ」
なんだそのオーバーテクノロジー!?
知っていたらやらなかったぞ……何なんだ、この世界は。
「さぁ、大人しく来てもらおうか」
「……こんな筈じゃなかった」
「後悔しても遅い」
「お前たちが居なければよかったのか、それとも、俺が居なければよかったのか」
「何をごちゃごちゃと――」
――カッ!
刹那、轟音と閃光が全員の目と耳を覆い隠す。ゼクロムとレシラムの決着が付いたのか、そうでないにしても俺にとっては都合がいい。
ボールを取り出して、いつものポケモンを出す。
「パルキア……コイツらを、海に沈めろ」
光が収まると、俺の周りには誰もいなかった。B級映画染みた展開だが、邪魔者が消えて実にイイ。
だが、見られた。
白黒はっきりさせたトウコとN。白に軍配が上がったようだが、トウコは俺を、パルキアを、しっかりと目にしていた。
…………殺したくねぇなぁ。
だが、伝説のポケモンを、見られた以上、生かしてはおけない。……はずなんだが。
考えてみれば、最初から動機は「見られたくない」だ。この世界に来た当初はマトモに人類の心配をしていたのだ。
だが、欲が出た。金を稼ぎ、生殺与奪の力を実感し、チヤホヤされて舞い上がり、罪を重ねた結果、なんでも出来ると気付いてしまった。
俺の枷は外れてしまっていたのだ。
「そのポケモン……ま、後にしましょ。で、N……アンタは負けたわけだけど?」
「……キミの、真実……ボクの理想が破れた……分からない。二匹の伝説……異なる考えを否定するのではなく、受け入れる事で世界は化学反応を起こす……」
意気消沈するNと、パルキアを見ても動揺しないトウコ。俺はパルキアをボールに戻してから彼らの方へ歩み寄った。
俺は観客に徹する。
トウコとNが話している間に、結論を出す。
殺すべきか、否か。
個人的には殺したくない。
だが、ああ、とんでもないことに、この期に及んで責任感が出てきたのだ!
冷水を浴びせられたような気分だ。
俺は自分自身への免罪符を発行し続け、その罪を自覚するや否や懺悔を始めたのだ。これが笑わずにいられるだろうか。
であれば、殺さない方便を考えよう。
そう、トウコはパルキアというポケモン自体知らないのではないかとか、あの気の強い女の事だ、話せば黙ってくれそうだ。あれはあれでバカではない。
そうだ、気が変わらない内に、早く言うべきだ。
「……トウコ、少しいいか」
「取り込み中よ」
「重要な事だ」
「……N、ちょっと待ってなさい。で、何? 下らないことだったらぶっ飛ばすから」
「さっきのポケモンを見たことを、黙っていて欲しい」
「はぁ……!?」
面食らうトウコ。
だろうな、誰だってそう思うよな。
だけどな、重要な事だ。主に俺の精神衛生上、とても。
全ての罪から逃げ出して、隠居しようというのだ。少しの後押しが欲しい。
「大事なことだ」
「どういう風によ」
「人の生死が関わる」
「……はぁ、しょうがないわね。黙っといてあげるわよ、ほら、これでいい?」
「……良かった。これで俺は何時でも責任転嫁できる」
「なっ!? 何企んでんのよ!」
俺は振り返らない。これ以上人の世界で好き放題は出来ないだろうが、まぁ一生分楽しんだ気がする。
ケーシィを出してテレポートで人の居ない部屋へ転移し、パルキアで家に帰った。土地をウロウロしていた警察や軍人なんかは残念だが消して、家とポケモンと果樹園を丸ごと転移させた。
断捨離をした気分だ。身分と名前を捨てるのは二回目だが、今回はもう何も怖くない。
ひっそりとした山奥で、細々とポケモンと暮らそう。ゼルネアスが居るし、まぁ何とかなるだろう。
俺の抱えていた金・見栄・地位は、こんなにも簡単に捨てられるものだ。欲望に取り憑かれてあれやこれと手を出さず、騎士王とか何とかで持ち上げられてればよかった。どうせ死ぬ前には雲隠れするだろうが。
やましい事があるだけで生きづらいのは当然だが、俺はこの世界に自分の常識を押し付け過ぎた。
だからと言って法に裁かれる気は全く無いが。
俺の騎士道ももう終わりだ。あの仕事は歪な承認欲求が満たされて
俺の思うがまま、誰にも真似出来ない事を好き放題出来た。人生でこんな体験が出来てもう満足だ。
俺はもう居なくなった方がいい。この世界と俺の世界は決して交わることが無いのだから。
この世界に生きている人が居て、俺はそれの邪魔をするべきではないし傍観者として――ゲームのプレイヤーとして世界の流れを俯瞰するに留めておくべきだ。
だからもう誰にも会う事はないだろう。