ポケットモンスター・騎士道   作:傘花ぐちちく

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※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
登場する人物・団体は架空のものであり、犯罪行為や差別を助長するものではありません。


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 予想通りではあったが、当たってほしくなかった予想だ……。

 

 キンッキンに冷えたビールを喉に流し込んで飲み干し、俺は目の前に座るシロナを視界に捉えた。

 

 フウロとカトレアが訝しげに見ているが、正直構っていられない。

 

 個人用トークアプリPOKEINEでは訳の分からないことをシロナは宣ったが、「君の正体はエイジなんだろ? ン?」という魂胆が見え見えである。携帯は即ポケット行きだ。

 

こういう手合は付け入る隙を与えないように立ち回らなければならない。相手にしないことが肝心だ。

 

「そう言えば、カトレアさんは何故来たんですか?」

 

 話題を作る。四天王様には勿論敬語だ。

 

「そういえば言ってなかったわね」

 

 馬鹿め。追求の時間は死んだわ。取り付く島もないとはこの事だろう。長らくポケモン世界で過ごしてきたが、我ながら肝が座ってきたと実感できる。

 

 クックック、シロナめ。指を咥えて雑談を見ているといい。

 

 バカ正直に会話をすれば情報という情報が引っ張り出されてしまい、最終的には「覆面を取って下さる?」と極めて丁寧にお願いされるだろう。そうなればもうお手上げだ。どんな手段を用いようと誤魔化すことは出来ない。

 

「マスクの下を見に来たのよ」

 

 駄目だぁ……。チェックメイトが走ってやってきた。

 

 全力疾走で逃げたくなってきたが、それをすれば私はエイジですと自己紹介をすることに他ならない。

 

 大衆酒場特有の話の誤魔化し方を見せてやろう。

 

「すみません!」

 

 店員を呼んで注文する。料理がテーブルに積まれることを除けば会話を強引に中断できるいい手段だ。延命措置にすぎないので、何とか言い訳を考えなくては。

 

「唐揚げともものタレ四本、あとコークハイ」

「あたしカシオレ」

「ジントニックで」

「ミルクを」

 

 仕切り直す。

 

「それで、何の話でしたか?」

「マスクの下の話ですわ」

「確かに、あたしも気になる!」

 

 ……。

 

 まともな人間は「ああ、何か事情があるんだな」と気付くものだと考えていたが、常識人がジムリーダーやら四天王やらやっているわけがない。

 

 Fuck!

 

 カトレアと組んで正体を探りに来たか!

 

「……プライベートな事ですので、あまりおおっぴらに話したくはないですね」

「あら、どういった事情がお有りで?」

 

 お嬢様いけません。勘弁してください。

 

「フウロさんには申し訳ないですが、帰ってもいいですか?」とか吐き捨てて帰りてぇ。

 

 露骨な態度をとれば証言の正当性を裏付けることは間違いないため、穏便で、なるべく角の立たないような……火事で顔が焼けたとか、皮膚病であるだとか、あまり触れられたくない部分を前面に押し出せる方がいい。

 

 宗教上の理由、一族のしきたり、この辺りの言い訳は非常に使いやすいが、宗教名や部族名を述べると即座に嘘がバレることに加え、伝統的な衣装が無いのか等といった質問に対する脆弱性が大きい。神話の専門家の目の前で下手に突っ込んだ話をしてはいけない。

 

 であれば、アレしかない。

 

 精神的な問題を抱えているという体を装う。しかし、一番の問題は俺が精神病について全くの無知であるということだ。

 

 あれか、ゲロでも吐いておけばいいのか。

 

「精神的な事情です。二年前まで薬を服用していましたが、最近は落ち着いてきたのでマスクがあれば過ごせます……なので取ることは出来ません。申し訳ないです」

 

 やべー、自分でも言ってて訳が分からない。

 

 フウロが物凄くフォローを入れてくれたので何とか話は流れた。それからはもう……普通の飲み会だ。仕事の事、趣味の事、ツマミの話、情勢さえ考えなければ両手に花なので実質得だろう。リアルカトレアちゃんを見れたことも大きい。フウロを狙ってなければ攻略しようとあくせくした筈だ。

 

 

 飲み会は無事解散。シロナもカトレアも大きな探りは入れてこなかったので、携帯のバイブレーションが鳴り続けている点を除けば、概ね乗り切ったといえるだろう。

 

 ついでに、フウロに埋め合わせとして水族館に行こうと誘っておいた。デートである。

 

 リア充パワーマシマシコミュ力マシマシ容姿マシマシおっぱいマシマシ地位マシというラーメンチェーン店もビックリなプラス要素のデパート女、フウロ。彼女が居なければ今回の難事を乗り越えることはできなかっただろう……この案件を持ってきたのもフウロだが、それは考えないとする。

 

 こういう日は一発ヤリに行くか……いやいや、シロナがここまで追ってきた事を考えると迂闊な行動は謹んだほうがいいだろう。ヤリに行ったのがバレれば、デューク仮面としての評判が終わる。

 

 普段は何処に行くかと言えば、プラズマ団が『紹介』してくれた店だ。

 

 夢特性の♀ポケモンや色違いを金持ちに売り捌いていた――有り余っているのだ――時、プラズマ団の人間を上客から紹介されたのだ。何でも、戦力として使いたいとか何とか。

 

 ジョン・スミスとしての俺は地位を築くために利用したが、わざわざ誘いを受けてまで沈む船に乗るつもりはないので、当初は断った。

 

 しかし、プラズマ団のゲーチス派と呼ばれる連中――派閥があるのはたまげた。俺はプラズマ団に関してはてんで無知である――に袖の下とかを渡された。取り敢えず様々な事情があったらしくその辺の詳しい説明はなかったが、十分な報酬を渡してくれるようだったので受領した。

 

 報酬は――イケナイものだ。違法な売春に手を出しているらしく、その一部を摘まんだ。初物の青果をくれた事もあり、対価を奮発した事もあった。

 

 モラル? ヤッていいと言われているのならヤッていいのだろう。第一、売春なのだから対価は得ている筈だ。加えて、十四歳はこのイッシュでは犯罪ではない。寧ろ十四歳からが成人なので、ハッスルしてもよいのだ。

 

 ポケモンバトルの盛んなカントーでは十歳でも――最近問題視されているが違法ではない――オッケーだ。何十年前の法律を引きずっているのか……多分お偉い人が何だかんだと理由をつけて誤魔化してるんだろうよ。

 

 バレなきゃ犯罪じゃないんですよ!

 

 売春でアウアウに手を出そうとも、ポケモンハンターをパルキアで空間ごと深海に飛ばしても、違法なルートで自分のポケモンを売り飛ばしても、無罪だ。

 

 これらに関しては暫くの間は控えよう。フウロを攻略するのに注力したいし、シロナやカトレアの協力者が潜んでいるかもしれない。

 

 

 飲酒運転(そらをとぶ)はあまりしたくないので、酒を飲んだ後はライモンシティのホテルで一泊するのが日常だ。そのうちフウロを連れ込める程度に仲を深めたいが、まぁ追い追い。

 

 俺はベッドに飛び込んで、トークアプリのPOKEINEを開く。

 

 シロナからのメッセージが三通、フウロからのメッセージが二通。

 

 フウロの方を先に開いてから会話を楽しむ。彼女は心の清涼剤だ。夏の炎天下に飲む冷えたサイダーの様に癒やしを運んできてくれる。

 

 問題はシロナだ。三件の癖にスクロールを必要とするほど長大な文章は、俺の頭を悩ませるのに十分なURLと隙間のない科学的根拠を以って画面に叩きつけられた。

 

 喜ぶべきはシロナの出した結論が真実とはかけ離れた所にあるということだ。

 

 ルギアを祀る一族の末裔ィィ~~?

 

 ルギアは持ってるけどさぁ……名乗り出るわけ無いでしょ。「エイジだ」という確信を持たせるための後押しをしてはいけない。行動原理すら掴めない奴の甘言に惑わされては、この先まともな人生を歩むことなど出来ないだろう。

 

『――上記の理由から、サンダーを所持しているという点と、捕獲映像には通常の落雷では発生し得ない形での延焼シーンが見られる点、津波から何らかの手段によって逃げ延びていた点が明らかよ。

よって、サンダーと海を結びつけるには海の神・ルギアの存在なしでは語れないわ。伝説のポケモンには人間ではおよそ窺い知れない能力を持っている事は明らかよ。例えルギアそのものをエイジ君が捕獲・飼養していなかったとしても、アナタが神を祀る血族に連ねるのなら、その力の一端を借り受けることは出来るのではないか? そう想像するのは難しくないわ。

勿論、これは私の勝手な想像だけれど。仮に的を射ていたとしてもこのことを公表しようとは思わないわ。神話に携わる者としての義務よ。だけど、私は個人的な知識欲を持っているのも確か。良ければ今度調査に付き合ってくれないかしら? アナタの意見が聞ければ今後の神話研究の役に立つと思うわ』

 

『ストーカー行為は止めて下さい』

 

 エイジ生存説検証スレ二十七って何だよ……途中までほぼ自分で埋めてるじゃねぇか。>>1が完全にシロナじゃねーか。……画面の向こうの女の機嫌一つで、俺がエイジだとバレてしまうのは、怖い。

 

 鳥肌が立ってきた。底知れない恐怖がジワジワと背筋を這い上がって、首元に凍えるような吐息を吹きかけてくる。

 

 ――何がしたいんだ!?

 

 恐ろしい。恐ろしい。身震いでまともに立つことも出来ない。

 

 毛布を被っても震えてくる。震えが止まらない。

 

 金が目的なのか、それとも誘い出して殺したいのか、単純に追い詰めたいのか、俺が狼狽える姿を見て楽しんでいるのか。

 

 ……ストーカー行為を止めろ、は言い方がキツ過ぎたか?

 

 機嫌を損ねたらどうなる?

 

 断言は避けたが、本気でそう思い込んでいたらどうなるんだ!?

 

 ジュンサーへの相談はできない。これでも色々とヤバイことをヤッている自覚はあるのだ。隙を見せれば社会的に死ぬかもしれない。

 

 流石に三ツ目の引っ越し予定地は無い。ここを奪われれば行く先は人の居ない森の奥深くか、この星の反対側か、行方は知れない。

 

『ストーカー?』

 

 何で俺に聞くんだッ!

 

 自覚がないとでも?

 

『お金なら幾らでも払うので勘弁してください』

 

 お姉さん許して。

 

『……ごめんなさい。私、エイジさんが死んでから少し我を失っていたわ。ジョンさんの迷惑も考えずにこんな事をして……謝罪の言葉もないです』

 

 嘘だな。他人が死んで動揺するなんて事は漫画やアニメのフィクション存在であり、泣いている人間というのは可哀想な自分を装っているだけだ。親族が死んで泣くというのであればまだ頷ける範疇ではあるが、知り合いだ。

 

 友人が死んだというのであれば、俺にも涙を流すくらいの感情はあるが……知り合いだぞ?

 

 ……いや待てよ。そもそもココはゲーム世界。シロナは俺の思うような闇系お仕事人シロナではなく、大天使シロナエルの可能性が?

 

 死んだ人間の足跡をこじ付けてでも追うというのは偏執的でアニメ的な行動とも言える。メタ的に考えれば、これも一種のイベントでは?

 

 ……。

 

 都合の良い妄想に逃げるのは止めよう。この世界に生きるのは紛れもない人間であり、メタ的推理が成立するはずもないのだ。

 

 大体、メタが成り立つというのであればギンガ団残党の連中はタマゴ島には来なかっただろうし、フウロとの恋愛に関しても出会って三日で即堕ちる筈だ。

 

 今から目を逸らしてはいけない。思考を枯らすな。人生の絶頂から転がり落ちるような崖が周囲に溢れているのだ。

 

 シロナの怒涛のストーキング暴露文章。その次に謝罪ときたもんだ。まず大前提として、ストーカーとは会話が通じない。俺は向こうが理解できないし、シロナは俺を理解できない。

 

 謝罪は多分誤魔化しだろう。油断した所をパシャリとするために言っているに過ぎない……筈だ。

 

 何故ゲームのキャラクターとこのような形で関わらないといけないのか……もっと平和的な関係を築きたかった。

 

 疑うことしか出来ないというのは辛いものだ。同志スター○ンはこんな気持ちだったのだろうか。……そういうの、ないから。絶対ない。スターリ○に限ってそれはない。

 

 兎も角、ただのストーカーなら問題ないのだ。暗殺者疑惑を払底できればいい。

 

 疑惑を晴らすには何が必要だ?

 

 同じチャンピオンのアデクが闇系のお仕事をしていないなら、シロナもまたそのような事をしていないと言えるのではないか。……本末転倒だ。全く前進できないではないか。

 

 カトレアから聞くというのは――駄目だ。もしもそう(・・)なら黙るに決まっている。同じ組織の秘密をバラしたりするものか。

 

 興信所……も駄目だ。とてもじゃないが調べられるとは思えない。

 

『何故シロナさんはエイジさんを探しているのですか。彼が生きているとはとても思えない』

 

 会話を続けよう。立場によって回答は異なるはずだ。

 

 

 

 返信は、贖罪の様な言葉だ。神父になった覚えはないが、唐突で長大な懺悔に俺は思わずうるっときた。人間という範疇に収めていいのか疑問を呈するほどの天使っぷりだ。

 

 自分が居残っていればエイジは死なずに済んだかもしれないと、死んだと思ってる上に罪の意識を感じているらしい。信用して僕はしにましぇ~んと名乗り出たい衝動をグッとこらえ、そのまま相槌を打って話を聞き続けた。

 

 お陰で途中から電話に切り替わり、夜中の二時半まで喋り続けた。後半は明らかに酔っ払っている風に呂律が回らなくなっており、同じことを何回も聞かされた。

 

 心に莫大なダメージが蓄積してしまった。申し訳無さで胃が痛い。

 

 そんなわけで告白した、フウロに。真面目な人間には真面目に思いを伝えるのが一番だ。純粋で混じりっ気のないマネーパワーがあれば、ちょっとしたマイナス補正も乗り切れるということを証明してやろう。

 

 回答は延期されたが、顔の紅潮や戸惑いが確認できたので悪い賭けではなさそうだ。この信用を得るのには随分と苦労した……。

 

 あと一ヶ月強もすれば夏だ。水着姿が拝めるように祈っておこう。

 

 

 

 

 

「……カミツレちゃん、付き合ってって言われた」

「やっぱり。そうなると思ったわ」

 

 カミツレの家にいつも通り押しかけたフウロ。

 

「どうしよう……! アタシこんなこと言われたの初めてなの」

「サンダーを捕まえたトレーナーでしょ? フウロちゃんを思ってくれる心があれば、いいと思うけど」

「でも、全然ドキドキしたこともないし……どっちかと言えば尊敬する人って感じなの。すっごく強いんだよ?」

「……かわいそうな人」

 

 玉砕。哀れ、彼は自分がマスクを被っている変人ということを忘れているのだ。ステータスがカンストしていようとも、称号は変人である。

 

「覆面の下は見たことあるの?」

「無いよ。飲み会でカトレアちゃんとシロナさんが聞いてたけど、精神的なアレがあるって」

「それは……前途多難ね。結局どうするの?」

「……もうちょっと考える」

 

 それだけ言って、フウロはベッドの上に横になってあっという間に寝てしまった。

 

「ジョン・スミス……デューク仮面ねぇ」

 

 カミツレは手元のタブレットである記事を閲覧する。

 

 『ジョン・スミス氏、ポケモン保護団体に多額の寄付』と書かれたものだ。

 

(プラズマ団の活動資金……それも個人が出すにしては大きな額を提供しているわ。彼がジムリーダーのフウロちゃんに近づく、ねぇ……?)

 

 水面下でドス黒い陰謀を企むプラズマ団。彼らが今年の春に入って本格的な活動を始めたのには、何か理由があるのではないか。

 

 カミツレの脳裏を過ぎるのはポケモンを奪われ、失意の底に沈む人々の顔。そしてフウロがそうなってしまうのではないかという懸念があった。

 

「洗う必要があるわ。彼の経歴……」

 

 暗中模索。都会の闇や暗夜の森に消えたポケモン達は何処へ消えたのか。デューク仮面が呑気にお茶している時でさえ、探り合いは始まっているのだ。

 

「明後日、探りを入れましょう」

 

 スケジュールには写真撮影、と書いてあった。可愛らしいサンダーの絵がハートとともに書いてある。ポケモンフード会社の広告の撮影だ。

 

 サンダーと共に撮影する……つまり、所有者であるジョン・スミスが来るということ。

 

「サンダーさん出す」

 


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