ポケットモンスター・騎士道   作:傘花ぐちちく

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自分を見失う失態


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 控室に突撃してきたフウロを飲みに誘った。何を言っているのか分からないと思うが、俺も状況が分からなかった。

 

 以前ライモンシティを訪れた際、目星をつけておいた店でビールとヴルストをしこたま食べてから解散した。ヴルストとわざわざ言うのは格好いいからである。

 

 カミツレの所に行くと言うフウロを解き放って、一人夜の街を歩く。娯楽の多い街ということもあって、街中が輝いている。

 

 電気タイプのポケモンが発電した電力を使っているらしいが、彼らに給料は出ているのかいないのか。

 

 多分出ていないだろうな。ポケモンは「賢い」が、あくまでもそれは野生で生きる上での話。人間の通貨というモノを完全に理解する事はできない。実際、正当な賃金を与えないことを問題にする団体も存在する。……プラズマ団とかプラズマ団である。

 

 確かにポケモンは労働力として成立し、その対価として与えられるのは給料ではなく子供のお小遣い、それも現物支給。子供会でゴミ拾いをやった後に貰える駄菓子の詰め合わせを、引っ越しをやった後のゴーリキーに配ると言えば分かりやすいだろう。

 

 かく言う俺も、家の農場で働いているポケモンにはきのみジュースや好みのきのみを追加で与えている。一匹あたり約百円の追加出費、言い換えれば日給百円だが。

 

 低賃金重労働、典型的なブラックである……が、人間は歴史的にこういった動物を利用してきた背景がある。

 

 農耕用に牛を利用し、運搬に馬を、闘鶏等の賭け事には鶏や犬、狩猟食用等実に様々な接し方がある。ポケモンの低賃金問題は単に「ポケモンって結構頭いいよね?」などという「クジラ頭良い論」の如く感情的で現実を見ていない層が声を大にして言っているだけである。

 

 倫理的に許容できない程少ない報酬がある事には同意するが、ポケモンに対してはある程度の水準を満たしていれば良いのだ。所詮は精密作業のできない、限度のある労働力だ。人間の様な知識を必要とする労働ができない分、身体を利用して働くのは当然だろう。

 

 百kgの重りを苦労して持ち上げる人間と、大した苦もなく持ち上げるポケモンの違いは大きい。

 

 ということは、安い牛丼チェーンや某河童のお寿司のように、ポケモンの命でこの街は光っているのか。いや、流石に電気ポケモンの待遇は良いだろうが。

 

 ライモンシティの裏事情を考えていた所で、見覚えのある服装をした団体が目の前を通る。グレイ人の皮膚の色をした指定ぼうりょ……秘密結社・プラズマ団の団員だ。

 

 ゲーム内で彼らが行ってきた活動は知っているが、具体的にどうなのかは知らない。こちらは出資者だし、攻撃はされんでしょ。

 

 というわけで、跡をつけることにした。

 

 アウトローな人種には正直関わりたくないが、こっちには法律に守られた正当な暴力装置がある。具体的に言えばポケモンである。

 

 ポケモンは味方につければ頼もしいが、敵に回した途端末恐ろしい存在になる。分かりやすく言えば、火を吐く犬や毒を撒き散らす猫ほどの大きさの虫が、人間の言うことをハッキリと理解した上で攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

 通常、人間は犬に勝つことは不可能である。それはこの世界でも同じようで、人間がある程度超常的な身体能力を持っていたとしても、殺し合いになれば勝ち目はない。だからプラズマ団の連中の様に悪の組織の団員はポケモンを携帯しているのだ。

 

 で、下っ端のポケモンなど高が知れている。数を揃えても一撃でお陀仏であるが故に、ちょっとの火遊びは身の安全が保証されているのだ。

 

 銃で撃たれる心配は無いかと言えば、無い。

 

 この世界での銃規制はキツく、正直日本よりもヤバイ。どれくらいかと言えば、取引をすれば暴力団だろうがなんだろうが取り潰されるくらいだ。

 

 銃が発明された時代、人間の領域を増やすためにはポケモンをどうにかする必要があった。

 

 それまでの手段は、ポケモンと共に森を少しずつ切り開くことであったが、銃で排除をすればいいという風潮が流れた時期があったらしい。実際に行われたこともあり、それはかなりの成果を上げたらしい。「らしい」というのは、資料が十分に確保されていないからだ。

 

 何故資料が十分に無いのか、それは火災によって消失したからだ。火災の原因は勿論ポケモンである。森を切り開くということは、その住居を侵すということ。その勢いが加速すれば、当然「ぬし」が出て来る。

 

 「ぬし」は言わば生存競争を勝ち抜いた強い個体であり、その地位はカースト下位のポケモンがいてこそ成立するもの。そして森が侵されるということは、得られる食料が少なくなり生存競争が活発化・過激化することを示しており、地位を守るためにはそれに対して反撃するのが当然だ。

 

 野生のポケモンが「賢い」というのはこれが原因であり、程々にしなければ痛いしっぺがえしが待っているということである。

 

 それが顕著に現れているのが森だ。森はゲームのように歩いて簡単に踏破できるというわけではない。順路が決まっており、野生のポケモンの領分を出来るだけ侵さないように配慮されているのだ。

 

 「やろうと思えば出来る」が、それは森を切り開く理由にはならない。町や村が一つ消えるというリスクを抱えてまでやる必要はないのだ。

 

 であれば、その原因となりうる銃は規制するのが当然である。このポケモン世界は特に善性が人柄に現れるため、ポケモンを傷つける手段と成り得るモノはなるべく制限をかける方が、政治家にとっても票を集めやすいのだろう。

 

 特に、目立とうとしていないプラズマ団がソレを持つのは、ゲーチス的にもリスクが高い筈だ。というわけで安全である。いざとなればバンギラスやシュバルゴを盾にすればいいのだ、硬そうだし銃とか効かんでしょ。

 

 そんなこんなで下っ端の跡をつけると、雑居ビルの中に入っていった。案内板にはキチンと「2~4Fポケモン保護団体プラズマ団」などと書いてある。人通りは少なく、隠れ蓑としてはいい場所だ。

 

 事務所に突撃する度胸はないので、踵を返して立ち去ろうとすると目が合った。灰色のパーカーを着た、痩せこけたガキだ。

 

「……ウイッス、お疲れッス」

 

 え? なーに言ってだコイツは。

 

「お、おう。お疲れ」

 

 挨拶を返すと、子供は中に入ってエレベーターに乗る。到着したのは三階で、それ以上エレベーターは動かなかった。

 

「カツアゲされるかと思った……」

 

 くわばらくわばら、ああいう類の人間には関わらないに限る。もうこんな所に来るのは止めよう。失うものが奴らと俺では違いすぎるのだ。そもそも、心が小市民な癖に危険を冒すからいけないのだ。

 

 

 

 二週間後、麗らかな陽気に包まれる季節が本格的にやってきた。時折寒くなる日があるものの、過ごしやすくなったと言えるだろう。

 

 春辺りにはプラズマ団が腰を入れて活動を始める……んだっけ?

 

 正直覚えていないが、イッシュに来た当初、調べる過程でプラズマ団のHPを発見したことは驚きだった。そこには演説予定地や活動内容が載っており、フキヨセでも近く講演があるらしい。

 

 まぁ、演説を始めるとなれば活動が本格化するのだろう。

 

 騎士道の方はデビュー戦を含めると十二連勝している。エンブオーが地味に厳しいが、勝ち進んでいる。イッシュの騎士道では三十四連勝が最高記録なので、記録を更新して小金を稼ぐとしよう。ちなみに、シンオウの最高記録はエイジの百二十九連勝である。

 

 いや、どうせなら百連勝を越えるのもアリだ。農場も土地利用を考えた時の手段なので、別に拘っているわけではない。あと重労働だし、意外と生産性が悪い。

 

 「パソコン」秘匿を考えるのなら、大金を稼いで後は隠居が一番効率的だろう。それに気付いたのは十連勝後に雑誌のインタビューを受けている最中のことだった。

 

 忙しさが俺から冷静な判断を奪っていたようだ。

 

 そして重要な要素――主観的要素の介在しない統計データを、ある一分野においてチェックしていなかったのだ。もしも俺が勝ち続けるというのであれば、必ず見なければならないものだ。

 

 騎士道の競技人口、それと客層だ。

 

 正直な話、沈みかけの船だという認識であったが、これがどうして中々人気に成りつつあるのだ。客層は二、三十代女性や五十代男性が多い。

 

 イッシュではどうも「アイドル化」が進んでいるようだ。運営が特定のイケメンや美人を推しているようだ。解説にも力を入れているらしく(・・・)、分かりやすい説明で新規の客を取り込もうとしているようだ。

 

 選手の方はどの年齢にもどの性別にも満遍なく居るが、十代後半から二十代にかけて新規の選手が増加しているようだ。この現象に関してはネット上に考察が載せてあった。

 

 意見としては的を射ていると感じたが、それが真実ではないと思う。要は「エイジ(絶対王者)が消えたため、アメリカンドリームならぬ騎士道ドリームを夢見て、ポケモンリーグで大成する事叶わなかった若者が流入している」だそうだ。

 

 なるほど、残念だったな。

 

 だが、イッシュの騎士道協会はどうも頭が柔らかい連中のようで、技マシンの使用を推奨しているのだ。最近不一致地震をよくもまぁ見かけると思えば、そういう事情があったらしい。

 

 絶対癒着がある。

 

 そんな事情は割とどうでもいいのだが、技マシンと言うものは世間のトレーナーにはあまり普及していない。良くも悪くも多種多様な種類の技マシンを販売しているのだが、これには一つ難点がある。

 

 技マシンは所謂CDの形をしているが、これはビデオ授業と同じなのである。ポケモンが「覚えさせたい技」を放っているシーンを一時間程延々と繰り返す、人間にとってはある種拷問のような映像だ。

 

 このビデオに一体何の問題があるのかと言えば、ポケモンが映像を見ながら技を練習しようとするのだ。

 

 つまり、画面にダイレクトアタック。

 

 パソコンがぶっ壊れたと非難轟々であったらしい。今はスマホがあるため、そのような事件は偶にしか起こらないらしい。

 

 まぁ、そういうこともあって今まで通り楽勝ルートでいけるとは限らなくなったのだ。

 

 で、そうなるとヤーティーでは継続的な勝利を得られるかどうかが怪しくなってくる。だが、ヤーティーは耐久という不意をつかれた際の一種の保険を持ち得るし、意外と上を取れる。

 

 それに、ガルガブゲンを使う訳にはいかないだろう。出処不明のガルーラナイトをエイジの後釜(に収まる予定)が持っているのは不自然だろう。ガルーラから子供を取り出そうとしてボコボコにされたというニュースもあるようだし、トラブルも予想できる。

 

 また、シュバルゴは選んだ覆面的に外せなくなってしまう――覆面を変えれば良いのだが――し、準伝説はそもそもメディアから捕獲の経緯を聞かれた際に答えられるかどうか分からない。

 

 ヒードランも役所に書類を出さなければいけないし、ヤツはギリギリの妥協ラインであった。ランドロスなんかはトルネとボルトが現れた際に出てくるらしく、それを単体で持っているとなるとどう言い訳したものか。

 

 いっその事ヤーティーを一新するのもアリだろう。エンブオー相手に焦った時は、人生崩壊の足跡が真面目に聞こえてきたのだ。新しい覆面をネット通販で買って、ついでに色々とやろう。

 

 その為の電子機器、あとその為の「パソコン」。

 

 隠居のための前準備の前準備、用意するものは映像の取れるカメラと発電機、サンダーである。

 

 要は、捕獲を八百長すれば良いのだ。

 

 筋書きとしては、ニョロトノやペリッパーで事前に家周辺を雨状態にしておく。これはサンダーが雷雲とともに現れるなどという民間伝承があるからだ。演出としてもGoodだ。

 

 次に、サンダーが発電機を壊す。これは俺の家の電気が発電機とポケモンに依存しているからだ。そして異常に気付いた俺はカメラを持って外ヘ行き、サンダーを発見。無事捕獲するという流れだ。

 

 自作自演?

 

 何、サンダーは一匹ではないらしいし、そろそろ捕まったっておかしくないだろう。Poketubeに動画をアップロードして、儲かった分はポケモン保護団体に寄付すればジョン・スミスの株も上昇するというもの。

 

 話題性抜群、ポケモンハンターも出処の知れたポケモンは狙わない筈だ。サンダーを組み込んだヤーティーを、利益を伴って作成することが出来る。

 

 金! 名声! 利益! 騎士として恥ずかしくないのか!?

 

 恥ずかしくないのである。これでも慈善活動家なんですよ。文句を言われない程度に還元してるので、利益を貪ってもいいじゃない。ついでに伝記でも書いてやろうか、いや、これを機にブログでも始めよう。それなりの収入源になる筈だ。

 

 ついでに主人公――居るかは知らない――がフラグを立て、トルネロスとボルトロスがイッシュ地方で確認されたら、ランドロスを捕獲した体にして使おう。

 

 だが、フラグの立て方は何だ……? そもそも主人公ってどっちだ?

 

 まぁどうでもいい。勝手にしやがれ。

 

 

 

 

 

『ジョン・スミス氏、サンダーを捕獲!「人生の運を使い果たした」』

 

 朝、祖父の読んでいる新聞の見出しを目にして、フウロはジャムを山ほど塗った食パンを落とした。

 

 ベチャ。

 

「ああああ――――ッ!」

「やかましいぞッ、フウロ! 絨毯にジャムが付いたぞい!」

 

 肩を落としたフウロが悪戦苦闘しながらジャムを掃除すると、祖父の新聞を横から覗き込んだ。

 

「Poketubeに動画?」

「テレビで散々見たぞい、朝からこの映像ばかりで飽きたわい」

 

 フウロは急いでパソコンを起動し、Poketubeにアクセスする。朝の八時だと言うのに、目当ての動画のアクセス数は三十万回を越えていた。

 

 動画を再生すると、手ブレの酷い画面から始まる。手元が落ち着くとそこは外で、土砂降りの雨が降る真っ暗な夜だ。

 

 懐中電灯の明かりだけが足元を照らし、腹の底に届く雷の音が鳴り響く。

 

 男の荒い息遣い。空気を引き裂くような雄叫びと共に、雲間で光の龍が蠢けば、画面が何かを追うように動いた。

 

 空を仰いだ画面、その中心には鋭いくちばしを持つ黄色の鳥が神々しい輝きとともに羽ばたいていた。

 

『ギャァァァ――――ァァッ!!』

 

 至近距離に落ちる雷。爆発の後、男・ジョンの『発電機が……』という呟きが聞こえる。

 

 フウロも見覚えのあった、芝生の多い牧歌的な風景に火が宿る。

 

 燃え広がる斜面を背景に、ジョンが繰り出したサザンドラとサンダーは戦いを始める。掠れた大声でサザンドラに指示を出し、サンダーと死闘を繰り広げる。

 

 画面は大きくブレて土が舞い上がり、技の衝撃が地面を抉る。炎と雷槌が舞う戦いは映像が途切れることで中断されたが、サンダーの入ったゴージャスボールの画像が表示され、動画は終了した。

 

 不完全燃焼ではあったが、フウロは興奮を隠しきれなかった。

 

 が、彼女の手は震える。

 

 サンダー、ファイヤー、フリーザーは飛行ポケモン使いとしては、一度憧れたことのある存在だ。それが自分の住む街のすぐ側で、伝説のポケモンを追っている訳でもない知り合いに捕まった。

 

 ――ジョンが居なければ、捕まえていたのは自分では?

 

 脳裏を過ぎる悪魔の囁き。フウロは柄にもないと頭を振ってから、頬を両手で叩いて朝食を平らげた。

 

(……こんなこと考えてる場合じゃないよね。今日はジム戦の申込みが沢山来てるんだから!)

 

 気を持ち直し、仕事に出かける。

 

 ジムバッジを取得する順番は特に決まっていないため、実力のバラバラなトレーナーがフウロの元を訪れる。彼女はトレーナーのレベルに使うポケモンを合わせ――ジョンには全力で――バトルをする。

 

 そして当然、人手が足りない。不足する分は国の認めた試験に合格し、尚且つジムリーダーの承認を得られた者がジムバトルを行う。所謂「訓練生」だ。

 

 フウロがつつがなく午前の仕事を終えると、昼食の時間になった。食堂で食べようかなどと思考を巡らせていると、聞き覚えのある――ある種忌々しい声が耳に入る。

 

「フウロさん」

「え、あ……ジョンさん」

 

 今日だけは会いたくない相手が来た。

 

「その……何か用ですか?」

「ええ、お昼でも一緒に食べませんか、という誘いです。サンダーについて聞きたいのですが……大丈夫ですか?」

「予定は無いですけど……」

「では行きましょう。最近オープンした店の窯焼きピッツァがとても美味しいんです」

 

 彼はフウロの苛立ちに微塵も気付いていないのか、明るい声にピッツァへの情熱を込める。目元を注意深く観察すればクマが見て取れただろう。

 

 正直、フウロはこの話を断りたかったが、サンダーと言われれば食いつくしか無い。ついでにこの男が如何に無遠慮に夢を踏破したのかを懇懇と語ってやらねばならぬと、ひっそりと使命感を抱いていた。

 

 マルペロリッツァという店に着けば、そこはチーズの焦げる匂いが鼻腔をくすぐるイタリア風の料理店だ。店員に案内されて席に付けば、魅力的なメニューがフウロの目を輝かせた。

 

「お気に召していただけましたかな」

「はい! ……って、今日はサンダーの事についてたっぷり話してもらいますからね」

 

 フウロは怒っている。正確に言えばやり場のない憤りを八つ当たり気味に発散している、と言ったほうが良いだろう。それに劣等感や悲しみ、素直に称賛したい気持ちをトッピングした複雑な心境だ。

 

「実は、アナタに頼み事があるんです」

「頼み……ですか? サンダーのことで?」

 

 一体何を頼むのか、フウロは生ハムとトマトのチーズピザを頬張りながら耳を傾ける。

 

「サンダーを預かってもらえませんか?」

「……」

「……」

「……ふぇ?」

 




ライモンシティの下りはウソです
釣られましたね

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