「ところで、くのいち。お前はなぜ大坂に」
佐助の墓参りが終わり、街へ戻るさなかで半蔵から今回の旅の目的を聞かれた。
真相がまだわからない状態で本当の事を言っても良いものか、くのいちは若干悩んだが佐助の墓まで案内してもらった恩もあり打ち明ける事にした。
「なるほどな。その童歌なら服部忍軍も調べたと話が届いている」
「いいんですかい?そんな重要な情報」
半蔵の思わぬ口の軽さに、くのいちは心底驚いた。
「隠居の拙者が簡単に話せる。つまりはそういう事だ」
「やはり、ただの童歌と言うことですか?」
「あぁ、だがその伝わり方は不可解なものだったがな」
「それは一体?」
「出所は明の商人から伝わった様だ。歴史書を元に作られた創作物の中に真田某という人物が登場するらしい。」
「じゃあ、鶴頼様っていうのも」
「おそらく、その話に登場する人物というのが、こちらの結論だ」
「なるほど~。天下の服部忍軍が情報源ならほぼ間違いないですかにゃ」
「だが、今の江戸は不穏。その童歌すら利用しようとする者の影もある。信之にも十分気を付ける様伝えておけ」
そう言い残すと、半蔵は大坂の街中に消えていった。
街に戻ったくのいちは、信之と合流すると半蔵から聞いた情報を伝えた。
「なるほどな。だが、珍しい大陸で真田など」
「ですよね。まぁ、大方明の商人が日ノ本の者にも伝わり易い、こちらでの読みを当てただけだと思いますけどね。」
「恐らくそうであろうな。それよりも問題は結局それを利用しようとする者が少なからずいるという事だ。戦がなくなったと思えば今度は権力抗争。つくづく人の業と言うのは」
と現状を嘆きながら、近々秀忠様に会わねばなるまいなと思案するのであった。
童歌の真相が解り、二人が上田に戻ってひと月ばかりたったある日、秀忠から信之に顔を見せる様に連絡があった。恐らくあの噂関係の事であろうと予測を立てながら秀忠の待つ江戸に向けて出立するのであった。
江戸に到着したばかりの信之はいつも通りの温和なものであったが、二人が話を終えて出てくる時には、普段見せない様な激高ぶりで周囲の者を大変驚かせていた。
会談の内容は、上田召し上げの元、松代への転封と言ったものであった。数字だけ見れば加増という事になるが、先祖代々の地を離れればならない事に信之は大変憤慨し、真田縁の木を切り倒したり、領内の帳簿などを焼き払うなど凄まじいものがあった。
その様子から、徳川は関ヶ原のおりの恨みを忘れておらずと言う周囲の認識が広がり、かの噂については収束していくのであった。
「信之様、昌幸様に似てきましたねぇ」
転封の準備の最中、信之はくのいちからそう指摘を受けるが
「さて、何の事だか?」
と何を指しているか皆目見当もつかないと言った様子で返事をした。
くのいちはその後、なんとなくですよと一言付け加えたきり、その話題について触れてくる事は無かった。
「信之様、そろそろ出立の準備が終わりますよ」
稲姫がそう信之に声を掛けてにきた。
「そうか、いよいよだな」
「私は真田の者としてまだまだ新参者ですが、ここで沢山の思い出ができました。そんなこの地を離れるのはやはり寂しいですね」
「すまんな、稲。苦労をかける」
「いえ、信之様を信じていますから」
二人が、夫婦の絆を確かめあっていると、またあの童歌が聞こえてきた。
しかし、今回の唄声はどこか懐かしく聞き覚えがあった。信之はそれはあり得ぬ事と思いつつも、声の主を探して歩みをはじめた己が足を止める事が出来なかった。
声の主を探す内に、信之はある場所に来ていた。そこは昔よく二人で川を眺めながら、多くの事を語り合った思い出の橋
「あれは……!?」
その橋へと駆けていく一人の少年、そう見間違えるはずのない、だが決してもう目にする事は無いはずの少年。
「幸村!!」
思わず、亡き弟の名を叫びながら少年を追いかけ橋のたもとまで走った。
そこに少年の姿は無く、最後に二人で話をしたあの時のままの後ろ姿が見えた。
「お前…なのか……?」
そう信之が声を掛けると、後ろ姿の主が信之の方に振り返りそうになった。
その時、突如として吹いた強風により舞い上がった砂埃から目を守ろうと腕で視界を遮ると次の瞬間には、もうその者の姿は無かった。
信之は懐に入っている、かつて弟と半分に分かち合った六文銭を眺めながら稲姫やくのいちが自分を迎えに来るまで物思いに耽るのであった。
―――――その後
信之は稲姫の病死や御家騒動など生涯を通して苦労を味わうがそれでも、当時では珍しい93歳まで生きる。今際の際、本来自分が勤める筈だった幼子(当時2歳)の松代藩主幸道の後見人を内藤忠興に任せる際に、肌身離さず持ち歩いていた六文銭を幸道が物心着いた折に渡す様伝えると静かに息を引き取った。
一方くのいちは、信之庇護のもと、身寄りのない者を引き取りながら主に一人でも暮らしていける知恵(忍の技術ではない)を教える私塾を開いており、周りからは望月先生やら望月先輩などと呼ばれ親しまれた。余談だが、おばさんやおばあさんと呼んだ者は須らくコテンパンにのされたので、くのいちをそう呼ぶものはいなくなった。そんな皆に親しまれるくのいちだったが、その下の名前を知る者は現れなかったと言う。
稲姫を含め、三人が永い眠りにつく為、まぶたを閉じた時に移ったのは皆似た様な光景だった。
それは……―――――――
以上で、序章終了となります。
次回から、幸村登場と外史へと話が飛びますがその中で数点独自設定が盛り込まれますので、前もってご了承頂けると幸いです。
一刀は出すべきなのか出さないべきなのか悩んでます。でも登場するにしても邂逅はもっと後になるので、それまでゆっくり考えたいなと思います。
あと、次回から一人称視点の話を入れていくつもりです。
話の中で、視点が切り替わる事はないと思いますが、読みづらい等ありましたら感想欄でご指摘頂ければと思います。