名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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暁が米花高校に通い始められるのは明日からとしていましたが、来週からに変更しました。
重要な要素では全くないのですが、念のため報告しておきます。


FILE.9 再びの高校生活

 暁が盛大に頭を抱えている頃、帝丹小学校で授業を受けているフリをしながら考え込む小学生が一人。

 毛利探偵事務所に居候している眼鏡の少年――江戸川コナンだ。

 

 例の沖野ヨーコの事件は犠牲者は出たものの、事件自体は無事に解決できた。

 毛利探偵がポアロに住み込みでバイトをしている来栖暁という少年を犯人と名指ししてしまった時は焦ったが、コナンにとってはいつものことである。事件の度に彼が的外れの推理を披露するというのはもはや様式美となりつつあるが、いつか訴えられるのではないかと多少の不安を抱くコナン。

 当時のことを思い出して、引き攣った笑いが彼の頬を歪ませる。その呆れを含んだ顔は、小学一年生という年齢に似つかわしくない雰囲気を醸し出していた。

 

 それもそのはず、彼の正体は"工藤新一"という有名な高校生探偵その人なのだから。

 

 高校生(・・・)探偵であるはずの彼が、なぜ小学一年生などに身をやつしてしまっているのか。その原因は、数週間前に遡る。

 

 幼馴染の毛利蘭とトロピカルランドというオープンしたばかりの遊園地に遊びに行った新一は、そこで遭遇した事件を解決する最中、容疑者として立ち会った怪しい黒尽くめな二人組の男のことが気にかかった。

 結局彼らは犯人ではなかったが、事件が解決して帰ろうとしていたところでその二人組の片割れが人気のない場所へ向かうところを目にした。蘭に先に帰るよう言い残してその男の後を追った新一は、その先で拳銃密輸に関わる裏取引の現場を目撃する。新一はその様子を撮影していたが、夢中になっていたせいで背後から忍び寄ってきたもう一人の男の存在に気づかなかった。

 後頭部をバットで強打された新一は倒れ、意識が朦朧とする中で自分を殴った男に組織が新開発したという毒薬を飲まされる。毒薬の効果により骨が溶けるような激しい痛みに襲われた新一は、そのまま意識を失ってしまった。

 

(そして、気づけばこの身体か……)

 

 右肘を突いた状態で、自分の左手の平を広げて見るコナン。

 未完成であったのか定かではないが、毒薬は彼を死に至らしめることはなかった。それだけなら運が良かったで済まされるが、驚くべきことに身体が十七歳から七歳相当の状態へ幼児化してしまったのだ。

 それから、自宅の隣に住んでいる阿笠博士に事情を説明して匿ってもらった新一は、自分が生きていることを黒尽くめの男達に悟られないよう"江戸川コナン"という偽名を名乗ることにした。そして、蘭の父親で探偵事務所を営んでいる毛利小五郎の元へ、阿笠博士の親戚という形で居候することにし、今に至るのである。

 

 現在は、博士の開発した道具(メカ)――蝶ネクタイ型変声機と腕時計型麻酔銃を駆使し、迷推理を披露する毛利探偵の代わりに事件を解決している。そうすることで毛利探偵を有名にし、舞い込んで来る依頼から自分に毒薬を飲ませた黒尽くめの組織の手掛かりを掴もうと目論んでいるのだ。

 今のところ、大した成果は得ていない……が、気になることは一つある。

 

 

 ――来栖暁

 

 

 幼児化する前、まだコナンが工藤新一であった頃に何度か喫茶店ポアロへ行ったことはあるが、その頃彼はまだポアロで働いてはいなかった。コナンが毛利探偵事務所に居候し始めてから数週間後に、住み込みで働き始めたのである。まるで狙い澄ましたかのようなタイミングだ。

 

(奴らは自分達が殺した工藤新一の周辺を探っているかもしれない。そう仮定すると、来栖暁は奴らの仲間である可能性が少なからず出てくる。何度か視線を感じていたし、工藤新一を殺した同時期にひょっこり現れたオレを怪しいと見たか……行動に出ないことから見て、確信を得られていないことは確かだろう)

 

 とはいえ、来栖暁があの黒尽くめの仲間とは思えない人となりをしていることはコナンも承知している。

 ポアロのウェイトレスである榎本梓の危機を身を挺して庇い、先日は人質にされた沖野ヨーコを助けた。そんな人間が、人殺しに加担なんてするだろうか? それに、コナンは彼の顔はどこかで見た覚えがある……が、どうしても思い出せない。一体どこで見たのだろうか?

 

 とにかく、少しでも奴らの仲間である可能性が残っているのであれば、警戒するに越したことはない。真剣な顔付きでそう結論付けるコナン。

 そこで、隣の吉田歩美が彼の肩をトントンと叩いていることに気づく。コナンが反射的に黒板の方を見ると、教壇に立った先生が自分のことをじっと見ている。

 

「コナン君。教科書、56ページだよ」

「え? は、はい!」

 

 今は国語の授業中であった。コナンは慌てて教科書を持って立ち上がった。

 

「江戸川君。先生は教科書を開けと言っただけで、立って読みなさいとは言ってませんよ。授業は真面目に聞くように」

 

 教科書を持ったまま、顔を赤くして立ち尽くしているコナンを周りの子供達がゲラゲラと笑う。

 

(ちっくしょ~……早く元の身体に戻りてぇ)

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 暗澹とした曇り空にしとしとと雨が降る中、秀尽学園高校の黒いブレザーとは違う藍色のブレザーを着た暁は、他の生徒と混じって目的地である帝丹高校へ向けて歩を進めていた。

 

 どういうわけかは知らないが、この世界での暁はまだ高校二年生であったらしい。事件のせいで上京を余儀なくされ、上京先の高校へ転校する。多くの違いは存在するが、この状況はあの時(・・・)とまるでそっくりだ。暁の差している傘を打つ雨が、それを物語っている。

 それにしても、また高校生活を過ごすことになるとは思ってもいなかった。しかし、今は一月末。三学期なのだから、すぐに三年へ上がることとなるだろう。何も問題がなければの話だが。

 

「おい。前を歩いてるあの女子生徒、モウリの娘さんじゃないか?」

 

 いつも通り学生鞄に入っているモルガナがそう声を出して前方を指し示した。

 見ると、十数メートル先を二人の女子生徒が歩いている。傘が邪魔で見えにくいが、一人は毛利探偵の娘である蘭で間違いない。制服からして、彼女も暁と同じ帝丹高校に通っているようである。その隣を歩いているカチューシャを付けた茶髪の女子生徒は知らないが、一緒に登校していることからして蘭の友達なのだろう。

 

 ところで、現在進行形で困っている暁の元へ某青狸の如くやってきたラヴェンツァなのだが、彼女はポアロの地下室で留守番中だ。モルガナが着いて行けるのになぜ自分は駄目なのかと渋っていたが、こればっかりは仕方がない。モルガナのように鞄に詰めることはできないし、できたとしても色々と洒落にならない。暁とて拉致監禁の罪を問われる経験までしたくないのだ。

 今は余計なことは考えず高校に向かおうと、暁はモルガナの入った鞄を背負い直す。周りの生徒に着いて行けば、スマホで地図を確認せずとも辿り着けるだろう。

 

 

 

 

 無事帝丹高校に到着し、職員室を探し始める暁。

 初めての学校なのでどこに何があるのか分からない状態だ。周りの生徒に聞こうにも、先ほどから暁のことを遠目にヒソヒソとしている様子が見て取れる……慣れたものなので特に気にはならないが、気軽に尋ねるということは無理そうだ。

 

 そんな中、職員室を探して廊下を歩いていると、暁の背中に声が掛かった。その声を聞いた瞬間に、暁の胸がドクンと跳ね上がる。

 

「おーい、そこの君! 例の転校生でしょう? 職員室はこっちよ!」

 

 聞き違いだ、と思いつつも、込み上げる期待を捨てきれず。暁は、ゆっくりと背後を振り返った。

 

 ……目の前に立っていたのは、秀尽学園高校で暁の所属していたクラスの担任――

 

「私は川上貞代。貴方が入るクラスの担任。よろしくね、問題児君」

 

 ――兼メイドとして働いていた、川上貞代その人であった。

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、川上貞代は川上貞代ではなかった。

 

 何を言っているかと思うだろうが、そう言わざるをえないのだ。目の前の彼女は、暁のことを何一つ覚えていなかった。いや、覚えていないのではなく、知らないというのが正しいのだろう。

 

 ようするに、彼女はこちらの世界(・・・・・・)の川上貞代なのだ。名前も、声も、見た目も同じだが、それでも彼女は暁の知っている川上ではない。

 惣治郎の家がそのまま残っていたのだし、元の世界と同じ人物がこちらにもいるという可能性は暁も考えていた。だが、見つけたとしても相手は自分のことを知らないのではないかという懸念があったのだ。結果はその通りだった。

 自分は相手のことをよく知っていて共に日々を過ごした記憶があるにも関わらず、相手にとっては全くの初対面。これほど空しいものはない。

 

「まあ、色々大変だと思うけど、何かあったら相談して。弁護士の妃さんから話は聞いてるし、担任として力になるから」

 

 そう言って、暁に微笑みかける川上。

 元の世界の川上は、転校してきた暁という問題児を疎ましい存在として見ていた。もちろん、それは最初の頃の話だが、会って間もない頃の"頼むから大人しくしていてくれ"と言外に訴えるあの気怠げな目はよく覚えている。

 だが、この川上はそういった様子がないどころが、積極的に生徒の力になろうとしている。その姿はまるで、自分を取り巻く問題に向き合うことで教師を目指そうとした理由を思い出し、自力で改心を遂げた元の世界の彼女のようであった。

 

 どうやら、こちらの彼女に手を差し伸べる必要はなさそうだ。立派な教師として立ち振る舞っている川上を見て、暁は少し寂しさを感じたものの実に頼もしい気持ちになった。

 

「……あ、そろそろホームルームが始まるわね。それじゃあ教室に案内するけど、私が呼ぶまで廊下で待っててくれる?」

 

 秀尽高校に転校してきた日と同じような言葉――あの時は、城に迷い込んだり牢屋に閉じ込められたりと色々あって遅刻してしまったが――に内心くすりとしながらも暁は頷き、教材を抱えて先を歩く川上の後に続いた。

 

 

 

 

 暁が所属することになるクラスは2年B組だ。

 秀尽高校の時と同じように、川上から呼ばれて教室内に入る。

 

 入る前はヒソヒソと囁き合う声が聞こえていたが、暁が入った途端にしんと静まり返り、条件反射のように視線が暁に集中する。じろじろとこちらを伺うような視線。恐怖や不安が入り混じったもの、あるいは興味本位のもの、視線に含まれる感情は概ねそのようなものであった。

 自分があの事件で逮捕された人物であることは関係者以外には公表されていないはずだが、この様子だとSNSなどを通して地元から拡散された情報を皆見ているということだろう。暁を含めて、今時の若者はSNSを利用していない者の方が少ない。その若者が集まる高校なのだから、当然と言えば当然である。

 

「ああっ!」

 

 教壇の横に立つと、突然そう声が上がって、皆が声のした方を見る。

 声がした席には、先ほど通学路で見かけた毛利蘭が座っていた。隣には、一緒に登校していた女子生徒も座っている。

 

「毛利さん、どうかしたの?」

 

 川上の問いに、蘭は「な、何でもありません……」と返した。

 思えば、昨日の事件で蘭は暁に対して大人に向けるような口調で話していた。恐らく、背が高くて落ち着いた雰囲気を纏っている暁を見て、大学生かフリーターなのだと勘違いしたのだろう。元の世界であれば数ヵ月後には大学生になっていただろうし、ある意味では正解だったが。

 

「そう……ええっと、みんなには先日話したと思いますけど、うちのクラスに転入生が入ることになりました。来栖暁君です」

 

 川上が黒板に暁の名前を書いていると、ボソボソと囁き声が教室のあちこちから零れ始める。それを聞きつけたのか、名前を書き終えた川上は振り返り、幾分か鋭い目付きで教室中を見渡す。

 

「……彼について、色々と根も葉もない噂が流れているみたいですが、先生はみんなが噂に惑わされてアレコレ囁きあっているのを見たくはありません」

 

 そこまで言って川上は一度目を閉じると、スっと息を吸い込んでから再び目を開いた。

 

「ある評論家がこう言っていました。噂が流れると人はその話題で陰口を弾ませて、知らず知らずに鬼になってしまうと……みんな、自分が噂の対象になったという気持ちで、よく考えてみなさい」

 

 川上の言葉に、生徒達はそれぞれ顔を見合わせて気まずそうな面持ちになった。囁き声は止み、再び教室は静寂に包まれた。

 

 そのまま、その静寂を維持した状態で紹介は終わり、暁は窓際の空いた席に座ることとなる。これまた、秀尽の時と同じ位置だ。前の席に座っているのは仲間の高巻杏ではなく、毛利蘭だが。当の蘭は、先ほどまでの話が良く分かっていないのか、何やら困惑気味な様子をしている。

 ちなみに、隣は暁の席と同じく空席となっていた。見た感じ最近まで使われていた様子だが、体調不良で休んでいる生徒の物だろうか?

 戸惑いがちな視線を周りから感じつつも、暁は慣れたものと気にもせずそんな益体もないことを考えながら、自分の身体を壁にしてモルガナを机の中に忍ばせた。

 

 

 

 

 一時限目、国語の授業が終わって担当の川上が教室を出ると、蘭を除くほとんどの生徒が暁の席から離れる形で集まり、それぞれグループを作ってヒソヒソと話し始めた。

 

 

 ――川上先生はああ言ってたけどさ……

 

 ――絶対、アイツだよ。まとめサイトでそう断言されてたし……

 

 ――鞄にナイフとか仕込んでるんじゃない?

 

 ――てか、何でアイツ猫連れてきてんの?

 

 

 川上の注意はそこまで効果を与えなかったようだ。だからといって、暁は特に気にしない。こういった問題が簡単にどうこうできれば暁は元の世界でも苦労しなかったし、川上の言っていた格言も生まれなかっただろう。

 

「ねえ、みんなどうしたの?」

 

 皆の様子を訝しげに見ていた蘭が、そう問い掛けた。

 周りと同じように離れていた女子――蘭の隣に座っていた生徒だ――が暁に背を向けるようにして蘭の手を引き、コソコソと耳打ちする。しかし、彼女は普段から声が大きいのか、その内容が暁に筒抜けだ。

 

「蘭、アンタ知らないの!? 彼、去年噂になった事件で裁判に掛けられた奴なのよ! SNSでトレンドになってたじゃん!」

「そうなの? 私、新一のせいで携帯失くしちゃってるから……でも、確かそれって無罪になったんだよね?」

「……そうだけど、真犯人捕まってないし。やっぱり彼が犯人なんだってみんな言ってるわ」

 

 女子生徒から話を聞いた蘭が、肩越しに振り返って暁の方へ視線を向ける。

 

「全く、好き勝手言いやがるぜ……」

 

 机の中で毒づいているモルガナを暁は撫でることで嗜めていると、蘭が口を開いた。

 

 

「来栖さんは犯人じゃないわよ」

 

 

 思わず、暁はモルガナの撫でる手を止めて、蘭の方を見る。他の生徒達も、困惑した表情で蘭に注目し始めた。

 

「え……ら、蘭?」

「だって来栖さん、一昨日の事件で人質を命懸けで助けたし、その前のポアロで起きた事件でも梓さんを庇ったってお父さんが言ってたわよ。そんな人が、殺人なんてすると思う? それに、川上先生も言ってたけど、そんな風にコソコソと好き勝手噂話するの……良くないわ」

 

 蘭の話を聞いた周りの生徒達は、信じられないといった様子で暁を見る。

 

 

 ――本当に?

 

 ――ちょっと信じられないけど……

 

 ――ねえ、何でアイツ猫連れてきてんの?

 

 

 続けて、妙に迫力のある目で蘭に睨みつけられたせいか場が居た堪れないような雰囲気になる。生徒達はそれ以上噂話を続けることは諦め、各々自分の席に向かうか教室を離れるなどしていった。

 

「……その、ゴメンなさい!」

 

 暁が思わぬ擁護に少し呆けていると、蘭と話していた女子生徒が暁の前まで来てそう頭を下げた。

 

「蘭や先生の言う通りよね。アタシ、どうかしてたわ」

「園子……」

 

 園子と呼ばれた女子生徒に、暁は笑って気にしていないと答える。

 それを聞くや否や、その女子は先ほどとは一転、明るい口調で自己紹介し始めた。

 

「アタシ、鈴木園子。何を隠そう、あの鈴木財閥のご令嬢よ! んで、こっちは知ってるんだろうとは思うけど、親友の毛利蘭。よろしくね、暁君!」

「よろしく。それと、ごめんなさい。私同級生だなんて思わなくて……すごく大人びてたし」

「あれ~? 蘭、アンタ工藤君っていう夫がいるのに目移りしちゃったわけ?」

「違うって! て言うか、夫じゃないし!」

 

 工藤と言うと、蘭が以前言っていた工藤新一という幼馴染のことだろう。園子の言い方からして、その二人はクラス公認の仲と察せられる。

 それにしても、園子は財閥の令嬢で――ようするに金持ちらしい。暁が知っている財閥と言えば、南条財閥とその分家である桐条財閥。それを除いて、単純に金持ちなら仲間である社長令嬢の奥村春が当てはまる。暁が真っ先に思い浮かんだのも彼女だ。だが、園子は彼女と違って一見して令嬢と思えないほど明け透けな印象を受ける。典型的なクラスのムードメーカーという感じだ。

 

 そこで、二時限目の開始のチャイムが鳴り、次の授業を担当する教師が教室に入ってくるのを見た二人は、パタパタと自分達の席に座りに戻る。

 

「良かったな、アキラ。噂を気にせず接してくれる奴がいて」

 

 机の中から小声でそう言うモルガナを、暁は先ほどよりも優しい手付きで撫でた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 そして、四時限目。四時限目は体育で、暁は学校指定のジャージがまだ届いていない。今日は仕方なく見学することにした。

 担当の体育教師にそれを伝えようとして、暁は目を剥いた。

 

「ん? どうした、転校生」

 

 程良く鍛えられた身体に、ワックスがかけられたべたつきの目立つ髪。そして、あの特徴的な鼻。

 忘れもしない、その教師は秀尽で愚行を働いた末に暁の仲間である杏の親友を自殺未遂に追い込んだ……鴨志田卓であった。

 

 彼は暁達怪盗団によって改心させたはずだが、それは元の世界の話だ。この世界では秀尽でなく帝丹に勤務しているのだろうか?

 

「何だ、ジャージまだ届いてないのか? 俺の予備を貸してもいいが、サイズが合わんだろうし……仕方ないな。今日は見学していていいぞ」

 

 警戒する暁に対して、鴨志田は元の世界とは打って変わって裏の無い表情で応対した。それどころか、暁の境遇を心配して気遣っているようにも思える。

 それに暁がうろたえていると、鴨志田は別の生徒に呼ばれてその場を離れていった。川上とはまた違って、元の世界とは全く別人に見えるが……ひとまず、暁は様子を見ることにした。

 

 今日の体育は男女共同。体育館でC組とバレーボールを行うようだ。担当する鴨志田はバレーボールの元オリンピック金メダリスト……暁からしたら予想通りのことである。

 生徒がバレーボールに励んでいるのを体育館の隅に座って眺めている暁。その隣へ、誰かが座ってきた。蘭と園子だ。

 

「おーっす、隣座るね」

「私達もジャージ持ってくるの忘れちゃって……」

 

 蘭はそう言っているが、恐らく嘘だろう。三時限目が終わって教室で男子が着替え始めた時、暁はジャージを持って着替え用の空き教室へ向かう二人を見かけていたのだ。

 あれ以降は、周りの生徒も影でコソコソと話をするようなことは無くなったが、相変わらず避けられているせいで暁は孤立している状態だ。それを気にして、体育の授業を利用したといったところだろうか。暁は二人の気遣いに心の中で感謝した。

 

「そういえば、来――暁君、ウチの一階にあるポアロに住み込みで働いてるんだよね?」

「そうなの? ポアロっていうと、最近猫カフェになったとか聞いてるけど……後、コーヒーとカレーが美味しくなったってチラホラ呟かれてるわよ」

 

 園子がスマホを片手で弄りつつ、女子高生らしく収集した情報を口にする。つくづく令嬢には見えない。

 

「猫って……もしかして、あの時連れてきてた黒猫?」

 

 蘭の問いに暁は頷き、猫の名前はモルガナだと答えた。コーヒーについては極上の淹れ方を梓にアドバイスしているし、例のポアロ前で起きた事件以来、朝にカレーの仕込みをするのも暁の仕事になっている。

 

「うっそ! もしかして暁君、意外と料理上手!? ……なんか野暮ったい印象だったけど、もしかして結構優良株?」

 

 コーヒーとカレーが作り慣れているというだけで、別に自分は料理上手というわけではないが……そう暁が伝えようにも話を聞いた園子は何やらブツブツ呟いている。聞くとトラウマを刺激されそうだったので、暁はあえてそれを耳に入れなかった。

 

 秀尽での一年間は結局学校関係者のほとんどから疎まれたままだったが、彼女達のような存在がいるならばこちらでの学校生活は大丈夫そうだ。

 

 

 

 

 しばらく二人と話をしている間、鴨志田を含む何人かがトイレをしに体育館を出ていくのを暁は視界の隅に収めた。皆バラバラの時間帯に戻ってきたが、鴨志田ともう一人の生徒だけは未だに戻ってきていない。

 授業は男女で分かれて各チームを作り、試合をしているようだ。今は丁度三試合目の真っ最中といったところである。今しがた、外に出ていた生徒が戻ってきた。遅れたことを詫びるその声に、暁はなんとなく聞き覚えがあってそちらに顔を向ける。

 

 

 そこへ突然、ボールが見学している暁達目掛けて飛んできた。

 

 

 まともに当たれば怪我をしかねない勢い――だが、暁にとってはサードアイを使うまでもない速度だ。迫るボールに気づいて反射的に目を閉じている蘭と園子の傍で、暁は片手を挙げてボールを掴み止めた。

 ……どうやら、このボールは暁を狙って放たれたもののようだ。

 

「あっぶな……!」「だ、大丈夫? 暁君」

 

 事なきを得た二人が安堵の溜息をついていると、ボールが飛んできた方から舌打ちが聞こえてくる。

 見ると、茶髪に染めた髪をオールバックにした大柄の男子が露骨に暁達を睨んでいる。彼がわざとボールを飛ばしてきたと見て間違いないだろう。

 

「ちょっとアンタ! 危ないじゃないのよ!」

 

 園子が文句を言っていると、その大柄の男子の近くにいた短髪の男子生徒が暁達の元へ駆け寄ってくる。怪我をしているのか、顔に絆創膏が貼られており、腕には包帯を巻いている。見ているだけで痛々しい風貌だ。

 

「ご、ごめん……」

 

 ボールを飛ばしてきたのはあの大柄な男子であるにも関わらず、彼はそう謝りながらボールを暁から受け取ろうとする。その男子生徒の顔を見た暁は、驚きに目を見開いた。元々地味な顔立ちをしているが、間違いない。

 

 

 ――その生徒はどう見ても、怪盗お願いチャンネルの管理人である三島由輝だったのだ。

 

 

「……な、何? 俺の顔に、何か付いてる?」

 

 これで三度目となる元の世界の人物との遭遇に驚きを隠せないでいる暁。そんな暁に対して、三島は戸惑いがちにそう聞いたが、先ほどのボールを飛ばしてきた大柄な男子に「三島ァ!」と呼びつけられると、顔を歪ませてボールを手にコートへと戻っていった。若干気まずげな空気に変わった中で、試合は再開される。

 

 教師に先ほどのことを伝えようにも、件の鴨志田はトイレをしに体育館を出たままだ。それに、彼に伝えたとして果たして意味があるのだろうか? 外面は問題なさそうであったが、あの鴨志田が元の世界のように歪みを抱えていないと確定したわけではない。

 

「おや、大丈夫だったかね? 鈴木君、毛利君」

 

 そんな中、横から蘭と園子に向けて声をかける者が現れる。スキンヘッドを脂っぽくテカらせ、卵のような丸々と肥えた身体を揺らして歩み寄ってくるその姿は、見るだけで嫌悪感を覚えてしまうほど醜悪な印象を受けた。

 さすがに暁も驚かないというかもはや予想していたが、秀尽学園高校で校長を務めていたあの事なかれ主義の男だ。これで元の世界で見知った人物は四人目となる。

 

「こ、校長先生……」

「……タマゴが体育館に何の用なわけ? せっかく来たんだからあのボールぶつけてきた奴を注意しなさいよ!」

 

 暁が疑問符を浮かべていると、蘭がそっと耳元で呟き伝えてくれる。

 名前は肥谷(ひや)玉夫。この私立帝丹高校の理事長兼校長を務めている男だ。最近前校長が持病の心臓病で急死したため、遺言状に従って彼が後継者としてその地位に就いたらしい。タマゴ(・・・・)というのは、生徒達の間で伝わっている渾名だとか。

 

「口を慎みたまえ、鈴木君。いくら君が財閥のご令嬢だからといって、この学校では一生徒でしかないんだぞ?」

 

 ニヤリと厭らしく笑う校長を、園子は嫌悪感が顔に出るのを隠さずに睨み付ける。

 当の校長はどこ吹く風といった様子で、今度は暁に目を向けた。背は暁の方が断然高いが、その目からはどうしようもない人間(ゴミ)に向けるような見下しの感情がありありと見て取れた。

 

「……君が例の転校生か。感謝したまえよ? 君のような問題児を受け入れてくれる学校なんて、そうはない……まあ、精々大人しく学業に努めることだ。弁護士の口添えがあったからというのもあるが、私の学校は問題児も受け入れるほど懐が大きいというところを宣伝したいのでね」

 

 校長はネチネチと言い連ねながら、脂肪で首の隠れた頭をずいと暁に寄せてくる。

 

「そういうわけだ。少しでも問題を起こしてみたまえ? 少しでも、だ。その時は……分かってるだろうね?」

 

 そう暗に退学を匂わせた警告をされるが、暁はそれに対して怯まず、自分を見上げている校長をただ静かに睨み返した。この男はこちらの世界でもそのままの人格をしているようだ。彼は暁達怪盗団によって改心されたわけではなく、元の世界では精神暴走の被害者として不審死を遂げている。

 目立った反応のない暁につまらないとでも思ったのか、校長はフンッと鼻を鳴らして顔を離し、暁から目を反らした。

 

「ところで、毛利君。工藤君がこのところ学校に来ていないようだが……何か聞いているかね?」

「あ、その……やっかいな事件に関わっているみたいで、しばらく学校には来れそうにないみたいです」

「……困るねぇ。彼の活躍が学校の評判を上げるのに大きく貢献しているというのに……色々なメディアから取材も申し込まれているんだぞ? ……出席日数については特別措置を与えるつもりだが、戻って来たらすぐに私に連絡を寄越すよう伝えておくように。分かったかね?」

 

 それから、校長は暁達にボールを投げつけてきた男子生徒にチラッと視線を送った後、体育館をいかにも偉そうな足取りで後にしていく。

 

「あーやだやだ。何であんなのが校長なんだろ」

「ホント。あんな露骨に言われたら、いくら目立ちたがり屋の新一でも嫌がるよ」

「仕事も生徒会長に丸投げしてるんだって。会長本人から聞いたわ。当の自分はいつも校長室でふんぞり返ってるか、学校中をふらふらして目を付けた生徒に偉そうに説教垂れ。どうしようもないわアレは」

 

 忌々しげに不満を口にする二人。これは暁がされているような好き勝手な噂話というわけではなく、周知の事実なのであろう。彼は元の世界でも同じように、怪盗団の仲間兼生徒会長である新島真に対して自分がすべき仕事を丸投げしていた。

 そこへ、複雑な表情で二人の話を聞いていた暁のスマホが振動し、電話の着信を知らせる。番号は文字化けしているが、暁には見覚えがあった。

 蘭と園子の二人に断りを入れて、体育館の外へ。給水所辺りで適当に足を止め、小雨になりつつある雨の音を背にして電話に出る暁。

 

『調子はどうですか? マイトリックスター』

 

 予想通り、電話の相手はラヴェンツァであった。あの文字化け番号は、彼女が悪神によって双子に裂かれていた時に、その双子からの電話を着信した時の番号だったのだ。結んだ絆を頼りに、アルカナカードを電話に見立てて声を送っているらしい。

 何の用事か聞く途中で、電話口から微かに腹鳴りの音が耳に届く。

 

『……どうやら、この身体は空腹(・・)という生理現象を感じているようです』

 

 思わず、開いた口が塞がらなくなる暁。

 ベルベットルームの住人も腹が減るのか? と問うと、通常は人間のように食事を取る必要はないが、外に出たことによって身体に変化が生じたのかもしれないという答えが返ってきた。自分でもよく分かっていないようだ。

 

『下のお姉様もよく外に出ては食道楽に励んだと仰っていました。私も、マイトリックスターの作るカレーとやらを食道楽したいです』

 

 そんなこと言われても、暁は見学とはいえ授業中の身である。体育が終われば昼休憩だが、ポアロに行って帰るだけの時間はない。隠れて食事を取ってこさせようにも、昼時はポアロも客で混むので難しいだろう。

 

「どうした、アキラ? 何かトラブルか?」

 

 困ったなと顎に手を当てて考えている暁の足元に、散歩に出ていたモルガナがやってくる。

 ちょうどいい、とばかりに暁はモルガナに一つ頼みごとをする。懐の財布から一食分のお金を渡し、それをラヴェンツァに届けて欲しいと。お金がありさえすれば、裏口から外に出て客としてポアロで食事を取ればいいのだ。

 何でワガハイが使いっぱしりにされなきゃならんのだと渋るモルガナに、帰り際にポアロの隣にある寿司屋で寿司折を買ってくるからと言って聞かせる。

 

「絶対だぞ! 大トロの入った特上の奴だからな!?」

 

 それを聞くや否や、モルガナは意気揚々とした様子で学校を飛び出していった。暁はラヴェンツァに先ほどの案を伝え、電話を切る。

 

 

「暁君、電話長い! 女子じゃないんだからさ~、もう授業終わっちゃうわよ」

「しょうがないでしょ、園子。転校初日だし、まだ色々手続きとかあるのよ。でしょ?」

 

 体育館に戻ると、待っていた蘭と園子から長電話を指摘される。

 手続きの電話の方がまだマシであった。蘭の問い掛けに暁が首を横に振ろうとしたところで、園子の言う通り授業終わりのチャイムが学校中に鳴り響く。

 

「おーい、お前達! 片付け手伝ってくれ!」

 

 他の生徒達が着替えに体育館を出て行く中、暁達はいつの間にか戻っていた鴨志田にそう声を掛けられた。どうやら、暁が戻る少し前には戻ってきていたらしい。

 見学をしていた立場の暁達は断るわけにもいかず、さっさと終わらせようと手分けしてボールやネットの片付けに取り掛かる。鴨志田が下心無しで率先して手伝ってくれているのが違和感あり過ぎだが。

 

「終わった終わった! ねえ、お昼どうしよっか?」

「雨降ってるし、教室で食べようよ。あ、暁君、良かったら一緒にお弁当食べない?」

 

 体育館を出ようとすると、そう声を掛けられる。暁はポアロで作ったカレーをタッパーに入れて用意しているが……

 

「すまんな二人とも。転校生とちょっと話したいことがあるんだ。先に教室に戻っててくれ」

「え? あ、はい。分かりました」

「じゃ、お先に失礼しま~す」

 

 横から割って入ってきた鴨志田の言葉を聞いて、蘭達は先に体育館を後にしていった。

 一体何の話だろうかと、暁は警戒しながら鴨志田の下に歩み寄る。 だが、当の鴨志田は暁の考えなど露も知らないといった様子で暁の肩に手を置いた。

 

「どうだ、転校生。転校初日だが、これから上手くやっていけそうか? ……弁護士の人から話は聞いてる。俺はお前が犯人だなんて思ってないからな。何か困ったことがあったら、遠慮なく相談するんだぞ!」

 

 誰だコイツは。

 

 ……どうにも納得いかないが、この世界の鴨志田は本当に良い人間のようである。まさか、元の世界で改心させたのが関係しているのだろうか? それならば、川上のことも説明が付く。何かしらの法則があるのかもしれない。

 

 だが、鴨志田が真人間になっているのだとしたら、先ほどの三島が負っていた怪我のことが気になってくる。

 元の世界では鴨志田が練習と言う名の暴力を繰り返しており、三島を含むバレー部のメンバーはいつも痣だらけの身体を晒していた。今、暁の目の前にいる鴨志田がそんなことをしているとは思えないし、それならば彼はどうしてあんな怪我を負っているのか。

 

「お? どうした、難しい顔して。さては、毛利と鈴木のことか? お前、あの二人のどっちが好みなんだ?」

 

 ニヤニヤとした気持ち悪い顔でそう聞いてくる鴨志田をうっとおしく思いつつ、暁はどうして自分が犯人じゃないと思うのかと聞いてみた。

 

「そりゃお前、あんな美人の弁護士さんにお願いしますって言われちゃ……いや、違うぞ。スポーツマンとしての勘というかだな、お前の澄んだ目を見て先生は――」

 

 やっぱりコイツ鴨志田だ。

 

 改心しているとはいえ、肝心なところはそのままのようである。彼らしいと言えばそうだが。

 伸びた鼻の下を隠して適当な言葉で言い繕っている彼を見て、暁は溜息をつくのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 暁が教室の前まで戻ってくると、何やら隣のC組が騒がしい。

 野次馬も集まっており、それらから少し離れた場所に蘭と園子もいた。蘭は心配そうな顔、園子は気に入らないといったような顔をして騒ぎを遠巻きに眺めている。暁は二人の元へ歩み寄り、何があったのかと尋ねた。

 

「暁君……」

「さっきの体育でアタシ達にボール飛ばしてきた奴――近藤浩之っていうんだけど、アイツが何か騒いでるみたいなのよ」

 

 ボールを飛ばしてきた、近藤という名前の男子が騒ぎを起こしているようである。話を聞いて気になった暁はC組の教室に入ろうと足を向ける。

 

「ちょっ、危ないから関わらない方がいいって!」

 

 が、園子に止められてしまった。何でも、近藤は元空手部なのだそうだが、最近傍若無人を働き出したので現主将である蘭が前主将と顧問に相談した結果退部処分となったらしい。

 

「……私が行く」

「ら、蘭……」

 

 目を鋭くさせた蘭がそう呟いて、C組を見据えた。ヨーコを人質に取られた際も同じような雰囲気を纏わせて構えを取っているのを見たことがあった暁は、蘭が空手部の主将だということを知って納得した。暁もジムで相当鍛えていたので、彼女がやり手であることは一目で分かった。

 

 

「 きゃああーーッ! 」

 

 

 しかし、突如渦中の教室から悲鳴が聞こえてきたので、暁と蘭達は教室へ向けて走り出した。

 教室内に駆け込んだ暁達の目の前には、殴られて床に倒れている三島の姿があった。慌てて彼の元へ駆け寄る暁。自分の身を案じている暁を見て、三島は殴られた頬を庇いながらも不思議そうな顔をしている。

 

「おい転校生、邪魔すんじゃねえよ!」

 

 三島を殴ったと思われる近藤が、割って入ってきた暁に怒声を浴びせてくる。

 関係ないとばかりに庇うようにして三島の前に立つ暁に向けて、近藤はその無骨な拳を振り上げた。しかし、それは傍まで来ていた蘭の見事な受け流しによって反らされる。

 

「いい加減にしなさい! これ以上の暴力は私が許さないわよ!」

 

 怒りを込めた目で睨み付ける蘭。近藤は舌打ちをすると、「おーこわいこわい」とおどけた様子で下がっていく。暁は蘭の実力に驚きつつも彼女に礼を言い、一体何があったのかと近藤に説明を求めた。

 

「……コイツが、俺の彼女の制服を盗みやがったんだよ!」

 

 未だに起き上がれないでいる三島をそう指差す近藤。

 彼によると、体育が終わって皆が着替えている中、自分の彼女――高見沢恭子が「制服が見当たらない、盗まれた」と教室に駆け込んできたらしい。誰かが、体育中に三島がトイレにしては長い時間体育館を出ていたということを零し、それを聞いた彼は三島を犯人と決め付けて殴りかかった、ということだ。

 だが、それだけで三島を犯人と決め付けるのは早計過ぎる。他にも体育館から出た者はいたし、別のクラスの人間が授業中に抜け出して制服を盗んだのかもしれない。

 

「ねえ、そういえばあの転校生も長い時間いなくなってたよね……?」

 

 壁に寄りかかって様子を眺めていた野次馬の女子生徒の一人が、三島を庇っている暁を見てそう零した。それを聞いた周りも、その言葉に頷いて同調し始める。

 

「ちょっと待ちなさいよ! 暁君は電話しに外に出てただけよ!」

「でも、転校生が電話してるとこ見てたわけじゃないんでしょ? 鈴木さん達はずっと体育館にいたじゃない。ねえ、毛利さん?」

「そ、そうだけど……」

 

 園子達が暁を擁護しようとするも、勝気そうな野次馬の一人の反論に二人は押し黙ってしまう。暁が電話しているところを直接見たわけではない彼女達では、暁の身の潔白は証明できないのだ。

 そのため、今度は暁に疑いの目が向けられた。

 

 

 ――盗みまでするなんて……しかも女子の制服かよ。

 

 ――やっぱり、アレも本当なんじゃ……

 

 

 再び周りの生徒からヒソヒソと無責任な話が零れ始める。正直うんざりしていた暁であったが、三島へ向けられていた疑いを反らすことができるのなら、むしろ好都合だと思った。

 

 

「いや、来栖は犯人じゃないぞ」

 

 

 そこへ、今しがた駆けつけてきたC組の担任である鴨志田がそう否定した。予想外の所からの擁護に、周りの生徒もコソコソと話すのを止めて彼に注目する。そういえば、彼も長い時間体育館から姿を消していた。

 

「俺はちょっと職員室に用事があったんだが、職員室の窓から給水所の傍で来栖が電話しているのを見た。だから来栖は違う」

 

 よりにもよって鴨志田に庇われたことに、何とも言えない気分になってしまう暁。庇ってくれたことは感謝するが、今回については余計なことをしてくれたものである。暁の疑いは晴れてしまったし、職員室にいたということは鴨志田も犯人ではないということだ。

 

「じゃあ、やっぱり三島が犯人ってわけだ……そうだよな? 先生」

 

 もう一人、未だ疑いの晴れていない三島を、話を聞いていた近藤がニヤニヤと歪な笑みを浮かべて睨み付けている。暁は鴨志田に目配せするが、彼は困ったように頭を掻いた。どうやら、鴨志田も三島のことは見ていないようだ。

 

「……三島、どうなんだ? 正直に答えてくれ」

 

 膝立ちになった鴨志田は尻餅を突いている三島にそう問い掛けた。様子からして、鴨志田は三島が犯人だと決め付けていないようだ。心配げな顔で、三島の肩に手を置く鴨志田。

 

「三島。先生はお前を疑っているわけじゃ――」

「――俺がっ!」

 

 気遣う鴨志田の言葉を遮って、三島が突然声を上げる。彼は諦めたような顔で、ゆっくりと口を動かした。

 

 

「…………俺が……盗みました」

 

 

 

 

 

 

 それから、実際に三島の鞄から高見沢恭子の制服が出てきたことで、この騒動は一旦解決という流れになってしまった。三島は鴨志田によって職員室へ連れていかれ、休憩時間が過ぎてもC組の教室に戻ってくることはなかったらしい。

 三島が怪我をしていた理由は、いつもあの近藤から乱暴な扱いをされていたからだという。だからと言って、その仕返しで彼女の制服を盗むなんて……という当事者を無視した好き勝手な話題が瞬く間に学校中に広まっていった。

 

 一方の暁は、三島が制服を盗んだということを未だに信じられないでいた。

 元の世界で、自分のことを空気と貶していた同級生でさえも助けようとした三島。彼自身も歪みを持っていたが、自力で改心を成し遂げた。そんな彼が、そのようなことをするとは思えないのだ。鴨志田の例があるので、もしかしたら元の世界とは違う性質の人間になっているのかもしれないが……

 

「じゃあ、私達部活があるから」

「また明日ね。暁君」

 

 部活のある蘭と園子――園子はテニス部に所属しているらしい――と別れ、閉じた傘を持って帰路に着く暁。今朝から降っていた雨は既に止んでいる。

 三島の事件について考え事がしたかったので、通学路を外れて少し寄り道をすることにした暁。その途中、米花公園という公園に通りがかった暁は、公園のベンチに座っている帝丹高校の制服を着た男子を見つける。

 

 俯き、歯を食いしばるようにしてじっと地面を見つめているその男子は、今まさに暁が考えていた三島由輝であった。

 

 厳重注意を受けて解放されたといったところだろうか。暁が話しかけると、三島は吃驚した様子で顔を上げた。

 

「お、お前……転校生の」

 

 声をかけたのが暁だと分かると、三島は今日の件で自分を庇ってくれたことに礼を言った。だが、すぐに顔を歪ませて暁から目を反らした。

 

「せっかく庇ってくれたのに、こんなことになっちゃってゴメン……でも、校長や鴨志田先生が近藤君達と話して、何とか停学にもならずに済んだよ」

 

 そうどこか自虐的に言う三島に、暁は鴨志田はともかくあの校長が? と疑問を浮かべた。暁に対しては問題を起こせば即退学と言っていた男だ。元々問題児である暁だからなのかもしれないが、少なくとも生徒を庇っている校長の姿は想像できなかった。

 暁は、三島に対して本当にお前がやったのかと問い掛ける。

 

「…………そう、だよ。俺が、盗んだんだ」

 

 彼は苦虫を潰したような顔で、搾り出すように答えた。

 その様子を見て、暁は何が理由があるのではないかと続けて聞こうとするが、三島は急に怒鳴り声を上げてそれを遮った。

 

「やめてくれよッ! ヒーロー気取りだか何だか知らないけど、ありがた迷惑なんだよ! こうしないと、秋山君が――」

 

 そこまで叫んで、三島はしまったとばかりに手で口を押さえた。

 三島の口から零れた秋山という人物。秋山といえば、元の世界で三島を空気と貶していた例の同級生のことだ。確か、中学時代の同級生と暁は記憶している。

 

「……ゴメン。庇ってくれたことは本当に感謝してるけど、もう……これ以上俺のことは気に掛けないでくれ」

 

 三島は辛そうな表情で謝ると、暁を置いて逃げるように公園を去って行くのであった。

 

 

 

 

 やはり何かあると確信を得た暁は、今回の件に秋山がどう関わっているのかを考えながらポアロに帰宅した。学校から帰宅次第ポアロの業務を手伝うことになっている暁は、少し帰りが遅くなったことを梓に謝ろうとするが、思わぬ光景に目を丸くしてしまう。

 

 ポアロには客が一人だけ。しかも、その客は見慣れた群青色のドレスを着た少女。

 

「おかえりなさいませ。マイトリックスター」

 

 コーヒーを片手にいつもの澄ました笑顔で出迎えの言葉を口にする彼女――ラヴェンツァに暁は顔を引き攣らせながら、カウンターにいる梓の方を見る。梓はカウンターに突っ伏していたが、暁が帰ってきたことに気づくと、顔を上げてその泣き腫らしたのであろう目を暁に向けた。

 

「暁君、そんな子じゃないって信じてたのに……こんな小さな子を拉致監禁するなんて!」

 

 そう涙交じりに叫ぶと、梓はまたカウンターに突っ伏してわんわんと泣き始めるのであった。それを見たラヴェンツァはコーヒーを一口飲むと、何か納得したように暢気に頷いている。

 

「なるほど。これがお姉様の言っていた修羅場というモノですね」

 

 この元看守は何を他人事のように言っているのだろうか。

 

 いつの間にか足元まで来ていたモルガナが「これは上手い言い訳を考えなきゃな……」と言うのを聞いた暁は、先週に引き続いて再び頭を抱えるのであった。

 

 

 




今回前編後編に分けようかと思いましたが、分けると前編の半分が皆さん知ってるコナンのあらすじになってしまうので諦めました。

後、校長についてですが……ペルソナ5の校長って名前が不明なんですよね。なので、当初はあの校長ではなくペルソナ2のハンニャ校長を出そうと考えていたんです。
しかし、そうすると名前を借りるだけでなくキャラもそのままになってしまうので、2をプレイしたことがない方が読むのを敬遠してしまうのではないかと思い、考え直して5の校長の名前を捏造することにしました。

肥谷(ひや)玉夫さんです。ようするにただのタマゴです。





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