名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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FILE.7 アイドル密室殺人事件 後編

 周りの者が一斉に驚愕の声を上げて、暁を見る。

 犯人と指差された暁は、予想外のことに茫然自失状態だ。そんな暁を鋭い目で睨め付けつつ、毛利探偵は腕を下ろして言い分を続ける。

 

「どうして、ああもヨーコちゃんに積極的に協力しようとしていたのか……それは、その猫を殺人現場であるこの部屋から回収するためだ!」

 

 そう言って、今度はモルガナをズビシッと指差す毛利探偵。

 

「ワ、ワガハイ?」

 

 モルガナはまさか自分が話に出てくるとは思わず、うろたえている。

 

「ポアロでその猫を使って客の人気を得ていたお前は、ヨーコちゃん相手にもその方法を試みようと鞄に入れてマンションを見張っていた。だが、勘違いで池沢ゆう子を殺害してしまい、慌てて逃げた先で鞄からいつの間にか猫がいなくなっていることに気づいたんだ。今更部屋に戻れないお前は、たまたまヨーコさんに出くわした状況を利用したんだよ! 部屋の中に入ってから猫が見つかれば、実は連れてきていたと言って誤魔化せるからな!」

 

 言っていることは辻褄があっていそうではあるが、モルガナをここへ連れてきたのは今日が初めてだ。もちろん、暁はそう反論して自分は犯人ではないと主張した。

 

「確かに、猫は一度身を隠すと中々見つからないというがね毛利君。私は彼が犯人とは思えないのだが……暁君、念のため聞くが、ゆう子さんの死亡推定時刻である夕方過ぎ頃は、どこで何をしていたのかね?」

 

 目暮警部からアリバイの確認をされた暁は、顎に手を添える。その時刻、自分が何をしていたかを思い出した。

 確かその時刻、自分は切れてしまった蛍光灯の替えを買いに出掛けていた。

 だが、購入したのはこのマンションの近くにある家電量販店。そこで買い物したレシートを見せたとしても、アリバイにはならない。

 

 暁にアリバイのないことを確認した毛利探偵は、間違いないとばかりに目暮警部に顔を向ける。

 それでも、目暮警部は納得いっていない様子だ。証拠らしい証拠はないのだから。

 

「ところで、ヨーコさん。貴方はどうして毛利君の事務所へ依頼をしに行ったんですかな?」 

 

 ふと気になったのか、目暮警部がそうヨーコに問う。

 

「えっと……実は、いつの間にかバッグに毛利さんの名刺が入っていて、それを見て依頼をしに行ったんです。他に当てもありませんでしたから……」

 

 答えつつ、ヨーコはバッグからその金色に輝く名刺を取り出す。

 それは、暁が梓から受け取った毛利探偵の名刺だった。病院でヨーコと出くわした時に手放した記憶があるが、その後すっかり存在を忘れていた。恐らく、その時彼女の荷物に紛れてしまったのだろう。

 暁に渡した本人である梓も忘れていたのだろうが……あんなにも輝いているというのに、なんとも皮肉である。

 

「あ、そういえば、午前中に病院で来栖さんと会った時に、バッグの中身を撒き散らしてしまって。もしかして、その時に紛れたんじゃ……」

 

 ヨーコもそのことを思い出したようだ。

 しかし、暁としては出来れば思い出して欲しくなかった。

 

「毛利君、暁君に名刺を渡したことは?」

「いえ、ありません。ですが、梓ちゃんに渡したことはあるので、恐らく彼女から……」

 

 目暮警部と毛利探偵はそうコソコソと話した後、暁に目線を向ける。それには、はっきりとした疑いの念が含まれていた。

 つられる形で、蘭やヨーコもソファから立ちあがって警部達と同じく暁を見ている。ヨーコはどうにも戸惑っているような様子だ。

 

「なるほど、お前はヨーコちゃんのバッグにオレの名刺を紛れ込ませ、事務所へ来るよう最初から仕向けていたんだな」

 

 そんな、昨日の大谷のようなことをした覚えはない。名刺が紛れたのは偶然だ。

 そう首を横に振って訴える暁だが、そんな彼の元に目暮警部が歩み寄ってくる。

 

「……毛利君の推理が正しいかは定かでないが、君に疑わしい部分があるのは確かなようだ。すまないが、重要参考人として署まで同行を願えるかな?」

 

 目暮警部が不承不承といった顔でそう声を掛けてくる。

 暁が梓を助けようと庇った事実が、犯人なのかどうか判断するのを迷わせているのだろう。

 

 そんな顔で言われては、強く出ることができない。

 目暮警部なら、他者の話を鵜呑みにして話を聞かずに暁を逮捕するなんてことはしないだろう。疑いを解くためにも、任意同行に応じて詳しい事情を話す方がいいのかもしれない。

 

 そう考えて、暁は同行を求める目暮警部に頷こうとしたが――

 

 

「ふぎぇッ!?」

 

 

 突然、毛利探偵が潰れたカエルのような声を上げてふらつき、近くにあった椅子に座り込んだ。

 

「おいおい、どうしたんだあのオッサン。すげぇ声出したぞ」

 

 モルガナが驚きのあまり、尻尾の毛を膨らませてそう声を上げる。

 一体どうしたというのだろうか?

 

「待ってください、警部殿。彼は犯人ではありません」

「はぁ!? 毛利君、さっきと言っていることが真逆だぞ……そういえば、以前もこんなことがあったような……なあ、高木君」

「え、ええ……以前関わった事件でも、こんな感じで座り込んだかと思ったら急に態度を変えてしまって……」

 

 どうやら、毛利探偵がこのような状態になるのは初めてではないようだ。

 傍目からは眠っているように見えるが、声を出している辺り起きているらしい。しかし、口が動いていないように見えるが……

 

「暁君が犯人ではないと……しかし、君が先ほど言ったように、暁君が怪しいというのは間違ってないだろう? 彼がヨーコさんのバッグに君の名刺を紛れ込ませて――」

 

 目暮警部の言葉を遮って、毛利探偵は俯いた状態のまま話を続ける。

 

「警部殿、それこそが彼が犯人でない理由ですよ。ちゃんと状況を整理してみてください。彼とヨーコさんが病院で会ったのは、午前中の出来事。そして、被害者である池沢ゆう子が殺害されたのは夕方頃で、彼らが私の探偵事務所の前で再会したのが日没時……」

 

 毛利探偵がそう出来事を整理したことで、目暮警部の隣に立っている高木刑事がポンと手を打つ。

 

「そうか! 故意に名刺を紛れ込ませて毛利さんの探偵事務所で出くわすように仕組んでいたとしたら、この殺人は起こるはずがないです! だって、わざわざマンションを見張って侵入する必要なんてないんですから!」

 

 名刺のことを考慮すれば、辻褄が合わなくなるのはちょっと考えれば分かることだ。

 犯人扱いされてしまって混乱していた暁は、それに気づくことができなかった。前の世界での冤罪経験が、暁の思考を鈍らせていたのだ。

 

「その通りだ、高木。それと、猫は今日初めて連れてこられたようです。部屋に猫を放っておけば、普通テーブルなどの上に置かれている小物を玩具にして落としたりしますが、そんな形跡は荒らされた現場以外の場所で見受けられませんでした」

「(い、言ってることが本当にさっきとまるで違う)……し、しかし、彼が犯人でないとしたら、捜査は振り出しに戻ったということか」

 

 目暮警部は溜息を吐いてコートと同じ色の帽子に手をやる。

 暁としては疑いが晴れたことは嬉しいが、どうにも釈然としない。疑われる原因となったのは、疑いを晴らしてくれた毛利探偵自身なのだから。

 

「警部殿、捜査は振り出しに戻ってなどいません。私が先ほどわざと間違えた推理をしたのも、その犯人を油断させるためです」

「え、お父さん。どういうこと?」

 

 そう目暮警部に返す毛利探偵に蘭が疑問の声を上げ、その場にいる全員の視線が集まる。

 振り出しに戻っていないとは、一体どういうことだろうか?

 

 

 

「真犯人はここにいるんだよ。そう……バスルームの天井裏にね!」

 

 

 

 毛利探偵がそう言い切ると同時に、バスルームから男が勢い良く飛び出してきた。

 突然のことに対応が遅れる警部達の横をすり抜けて、男はヨーコを羽交い絞めにするとその首に包丁を突きつける。包丁を握る手には、手袋が嵌められていた。

 

 ヨーコを人質に取った男を刺激しないように皆が距離を取り、部屋に緊張が走る。蘭などは武術の心得があるのか、何か拳法の構えを取っている。

 

「……どうして、分かった?」

 

 ひどく荒い呼吸のまま、男は毛利探偵にそう問いかける。

 

「……あのバスルーム、換気扇がつけられていたんですよ」

「当たり前だろ! そこの女が使ったんだからな!」

 

 毛利探偵の答えに、池沢ゆう子の遺体を顎で指して怒鳴り返す男。

 暁はなるほどと納得して頷いたが、警部達は毛利探偵の言葉の意味を理解していないようだ。

 

「おかしいじゃないですか。貴方が殺した池沢ゆう子は、嫌がらせ目的でヨーコさんの部屋に侵入していたんですよ? それならば、バスルームを使った後も換気扇をつけずにおいて、水浸しの状態にしたままにしておくはずでしょう」

「だが、毛利君。彼はどうして換気扇をつけたんだ?」

「人を殺害したばかりで興奮状態であった彼は、湯気が篭ったままのバスルームが息苦しくてしょうがなかったんです。だから、換気扇をつけたんですよ。バスルームを使った後で換気扇がついていても、普通なら不審に思われることはないでしょうからね」

 

 

「……そういうことか」

 

 そこまで説明されて、男は大きな溜息の後でそう吐き捨てた。

 憎々しげに毛利探偵を睨み付けるその表情からして、本当は見つけられた理由なんてどうでも良かったのだろう。

 

「おい、そこのお前! ここにいる奴ら全員から携帯を取り上げて、ガムテープか何かで縛り付けろ!」

 

 男はナイフをヨーコの首に食い込ませて、視界の隅にいた暁にそう命令した。

 目暮警部に目配せすると、彼は神妙な顔付きで従えと頷く。

 

 暁はヨーコにガムテープの場所を聞くと、警部達の手や足をそれで縛り、回収した携帯を手の届かない場所へ放る。手抜きをしていないか男が確認した後、暁も自分のスマホを放り、包丁を突きつけられたヨーコによって縛り付けられた。

 

「おい、ヨーコ! ちゃんと縛れ!」

「は、はい……」

 

 ヨーコは暁の手首に巻くガムテープを緩くしようとしていたが、犯人に指摘されて已む無くそれを諦める。

 

 

 全員が縛られて動けなくなったことを見届けると、男はそのままヨーコを連れて部屋を出て行った。

 部屋を出て行ったことを確認して少しした後、いつの間にか姿を眩ましていたモルガナが暁の元に駆け寄ってくる。

 

「ったく、ワガハイに感謝するんだぞ」

 

 モルガナは暁の手首に巻かれたガムテープを、器用に爪を使って剥がす。

 暁はモルガナに礼を言うと、足首に巻かれたガムテープも外しにかかった。

 

「あ、暁君! 一体どうやって……」

 

 動けるようになった暁を見て警部達は驚くが、ヨーコがほんの少しだけ緩くしてくれていたと言って誤魔化し、警察関係者を優先して他の人の拘束も解きにかかる。

 

「ありがとう、暁君! 高木君、急いで犯人を追うぞ!」

「はい!」

 

 警部達は動けるようになると同時に、携帯を回収して急いで部屋を出て犯人を追いかけ始めた。 

 部屋の外に出ると、ヨーコのリボンがエレベーターの前の床に落ちているのが目に入る。視線を上に上げると、エレベーターの現在位置表示が下の階に向かっていき、1階で止まるのが見えた。

 

「犯人は下へ逃げたみたいだ! すぐに連絡を……」

「警部! こちらのエレベーターに乗りましょう!」

 

 警部達は犯人が下へ向かったと判断して、携帯で下に待機させている部下達に連絡する。そして、自分達も別のエレベーターに乗って下へと向かった。

 

「こらっ、コナン君! どこ行こうとしてるの!? 危ないからここにいなさい!」

「は、離してよ蘭ねえちゃん! あっちは違うんだってば!」

 

 蘭の次に拘束が解かれたコナンは真っ先に部屋を出ようとしたが、蘭に羽交い絞めにされている。毛利探偵は拘束する時もそうだったが、ガムテープを解いても眠りこけたままだ。先ほどまで鋭い推理を披露していたというのに……憧れのアイドルがピンチの時に何を考えているのだろうか。

 

「暁、ワガハイの耳はしっかりと聞いていたぞ! あの男、一度エレベーターに向かった後、すぐ引き返して別の場所へ向かっていったんだ!」

 

 モルガナは男が出て行った後、ドア越しに足音を聞いていたらしい。

 猫の聴覚を持つモルガナが言うのなら間違いない。落ちていたリボンは、下へと向かうエレベーターを見て、咄嗟に仕掛けたのだろう。

 暁はテーブルに置かれていたヨーコのモデルガンを手に取ると、毛利探偵や蘭達をその場に残して部屋を出る。

 サードアイを発動して男が残していった足跡を辿ると、足跡は非常階段へと続いていた。

 

 上と下、どちらに向かったのだろうか? 25階もの高さを階段で降りるには時間が掛かりすぎる。ましてや、人質を連れているのだ。降りるとしたら、わざわざ仕掛けなどせずにそのままエレベーターを使うだろう。

 だとしたら、上に? 上へ行っても屋上に着いて行き止まりだ。

 

 そこまで考えて、暁の脳裏に最悪の事態が浮かび、急いで非常階段を上へと登っていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 肌を刺すような寒さが襲う真夜中。

 月が照らす屋上で、犯人の男はヨーコの腕を掴んだまま彼女と相対する。

 

「ヨーコ……一緒に死のう。僕らを引き離そうとする、こんな世の中なんて捨てて」

「や、やめて……! 明義さん!」

 

 男の名は藤江明義。ヨーコと高校時代に付き合っていた、所謂元カレだった。

 

 ヨーコがアイドルデビューすると同時に、担当マネージャーからヨーコと別れてくれと頼まれ、自分から交際を切った。しかし、アイドル歌手として有名になったヨーコをテレビで見て、必死に諦めようとしていた彼女への想いが抑え切れなくなったのだ。

 

 ヨーコに会いたい一心で彼女の周辺を嗅ぎ回っている最中、彼女の自宅から帰宅する途中のマネージャーに見つかってしまった。

 そこで、急に目の前が真っ白になり、気付いたら自分が持っていた折り畳みナイフで刺された彼が目の前に倒れていた。

 

 部屋に侵入した時も、バスローブを着た池沢ゆう子をヨーコと勘違いして話しかけようとしたが、自分を見るなり悲鳴を上げて逃げようとしたのを見て、またしても目の前が真っ白になった。

 気付けば、マネージャーの時と同じように刃物で彼女を刺し殺していた。

 

 そんなつもりなんてなかったのに、気がつけば目の前の人間を殺している。

 逃げてもいつかは警察に捕まってしまうことに絶望した彼は、そのままバスルームの天井裏に隠れて彼女が帰宅するのを待った。丁度今そうしているように、愛する彼女と無理心中しようと考えたのだ。まさか、探偵を連れてくるとは思わなかったが。

 

 

 藤江が包丁を手にヨーコへ迫る中、非常階段を登り切った暁が扉を開け放って屋上に現れる。

 

 

「ッ!? 来るなぁ!!」

 

 藤江が先ほどと同じようにヨーコの後ろに回りこんで、彼女の首に包丁を突きつける。

 暁は、息が荒い状態で何とか説得しようとするが、彼は聞く耳を持たない。

 

「うるさい! お前に僕とヨーコの何が分かるっていうんだ! 誰にも邪魔なんかさせないぞ!!」

 

 暁に向けて、大声でそう叫ぶ犯人。

 彼の目はヨーコを見ているようで焦点が合っていない。もはや正気でないのは明らかだ。まるで、絶望によって負の精神が暴走しているかのように。

 暁の持っているモデルガンは視界にすら入っていないようだ。何かの役に立つかと思って持ってきたが、これでは脅しにも使えない。

 

「ぶにゃあーッ!」

「ガッ! こ、このクソ猫め!」

 

 モルガナが背後から忍び寄ってヨーコを助けようと飛び掛るが、微々たるダメージしか与えられず、振り払われて床に叩きつけられてしまった。

 応援のパトカーのサイレンがマンション下から聞こえてくる。そろそろ、目の前の男が下へ逃げたのではないと気付く頃だろう。

 

「もう、時間がない。できれば、君に頷いて欲しかったけど…………ヨーコ、僕もすぐにそっちへ向かうよ」

「い、いやぁー!!」

 

 サイレンを聞きつけた彼は、ヨーコにそう告げると、手に持った包丁を高く掲げて彼女に向けて振り下ろそうとする。

 ヨーコは悲鳴を上げて目を瞑り、目の前に迫る刃から逃げようとする。

 

 暁もなんとか止めようと駆け出して手を伸ばすが、とても間に合わない。

 

 

 ――それでも、暁は諦めない。最後の、その瞬間まで。

 

 元いた世界にいる仲間のためではない。元の世界に戻るためでもない。

 

 

 

 目の前の、救いを求める人間を助けるために――!

 

 

 

 その時、時間がゆっくり流れていくような感覚を覚えると、次の瞬間には世界が止まり、暁以外の物の色が失われた。

 

 デジャブを感じている暁の頭に、聞き覚えのある透き通るような声が届く。

 

 

 

 ――ようやく思い出したようですね、マイトリックスター。それこそが、貴方という人間を形作る信念。これまでの困難に打ち勝ってきた礎です……これで貴方は、力を行使する条件を満たしました。

 

 

 

 その声に続く形で、昨日の事件でも聞いた懐かしい声が内より響く。

 ……いや、懐かしいというのは間違いだ。これは、この声は、自分自身の声(・・・・・・)なのだから。

 

 

 

 ――フハハハハ! 待ちわびたぞ、我が半身よ! さあ、我が名を叫び、解き放て! そして、汝に宿る反逆の意思という名の正義を、世に知らしめるのだ!

 

 

 

 声に応じて暁は頷き、ゆっくりと顔に手を翳す。

 

 

 

 

 ア ル セ ー ヌ !

 

 

 

 

 何かを皮膚ごと引き剥がすような動作を切欠に、暁の背後に大きな人の形をした何か(・・・・・・・・・・・)が、内に秘められた反逆を示すもう一人の自分が、地鳴りを響かせつつ現れる。

 黒翼を携え赤を基調とする夜会服を着た、まさに"怪盗紳士"と呼ぶに相応しい風貌をしたそれが顕現すると同時に、世界の有り様が乱されるかの如く、青白い波に包まれた暁の様相が怪盗の姿へと変化する。

 

 白いドミノマスクを着けた、漆黒の夜会服。

 心の怪盗団"ザ・ファントム"のリーダー……ジョーカーの姿だ。

 

 見据えた先でナイフを振り下ろそうとしている男に、悪魔のような姿が重なって見える。

 

 

 

 ――奪え!

 

 

 

 認知の影響によって本物へと変化した銃を構え、アルセーヌと共に発砲した弾丸が音速を超えて風を切る。

 男が高く掲げている包丁の刃が暁の銃弾によって砕かれ、アルセーヌの銃撃が悪魔の身体に風穴を開ける。

 

「ぐわあぁッ!?」

 

 その衝撃で男は放り出され、ヨーコと共に倒れる。

 ヨーコは、倒れた際に頭を打って気絶してしまったようだ。

 

 

 

 倒れた男――藤江は、悔しそうに泣き声を上げている。

 

「どうして、皆邪魔をするんだ……僕達は、愛し合っているのに……」

 

 それに対してジョーカーは、今の自分を見てもそう言えるのかと、問うた。

 藤江は、砕けて地面に散らばっている包丁の刃の欠片に映る自分の顔を見る。

 

 ――欠片に映った自分の顔は醜く歪み、愛する人に向ける顔など、これっぽっちもしていなかった。

 

 何もかも悟った藤江は、その場にがくりと項垂れる。

 そして、地を涙で濡らしながら謝罪の言葉を繰り返し始めた。

 

 

 終わった……と、一息ついているジョーカーの目の前に光が現れる。光を掴み取ると、その正体が露わになる。

 それは、沖野ヨーコの写真であった。見た感じ、隠し撮りしたものだろうか。

 

 ……これが彼の"オタカラ"か。

 このオタカラが柱となって、彼はあそこまで歪んでしまったのだ。

 

 ジョーカーはそれを頂戴し、懐にしまう。

 それと同時に、急に身体を極度の疲労感が襲う。大谷から梓を庇った時とは比較にならないほどだ。

 

 壊れた機械のように謝り続ける藤江と気絶するヨーコを残して、ジョーカーはその場に倒れ込んで意識を手放してしまった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 気が付くと、暁は病院の個室のベッドで寝かされていた。

 病衣に着替えさせられている暁は上半身を起こし、ぼうっと窓の向こうの風景を見やる。

 

「あ、暁君! 目が覚めたんだ! 良かった~、心配したんだよ!」

 

 扉の開く音が聞こえたかと思うと、梓と目暮警部が病室に入ってきた。

 どうやら、丁度お見舞いに来てくれたようだ。

 

「具合はどうかね? 暁君」

 

 目暮警部の問いかけに、特に問題はないと答える暁。

 それを聞いた警部は、梓に続いて暁に疑いをかけてしまったことを謝った後、暁が気絶してからの出来事を教えてくれた。

 

 警部とその部下達が屋上へ駆けつけた時、倒れている暁と気絶しているヨーコの前でひたすら謝り続けている犯人の藤江を発見した。

 先に駆けつけていたコナンと蘭が到着した時には、すでにその状態であったようだ。

 

 警察は謝罪を繰り返す藤江を逮捕し、倒れているヨーコと暁を救急車で米花総合病院へと搬送させた。それが暁が気を失った後の顛末らしい。

 

「しかし、どうやって藤江明義を無力化したのかね? あのモデルガンは役に立たなかっただろうし、ヨーコさんの話では包丁で刺される寸前だったみたいだが……」

 

 そう警部に問われるが、ペルソナのことを話すわけにもいかない。

 暁は蹴りで包丁を砕いて説得したと答えた。そして、説得が成功して安心すると同時に気が抜けて気絶してしまったと。

 

「なるほど。しかし、蹴りで包丁を砕くとは! 蘭君と良い勝負ができそうだな」

「でも、暁君無茶しすぎだよ!」

 

 何とか納得してくれたようだ。

 苦笑いしながら梓に謝る暁だが、モルガナがいないことに気付いてどうしたのかと聞く。

 

「ああ、そうだ。暁君、モナちゃんまで連れていっちゃうんだから。病院にいさせるわけにもいかないから、私がポアロに連れて帰っておいたよ」

 

 そう答える梓の様子からして、モルガナも特に問題は無さそうだ。

 

 それからしばらく雑談し、特に怪我を負っているわけでもないので、軽い検査をし終えればすぐにでも退院できるだろうということを聞かされる。

 ちなみに、ヨーコの部屋から持ち出したモデルガンは警察が回収し、物が物なので後日ヨーコの元へ送り返すこととなっているようだ。

 

「では、ワシはそろそろお暇しようかな。調書を取りたいから、体調が回復したら時間がある時にでも警視庁へ足を運んでくれ。これは、ワシの携帯の番号だ」

 

 一通り話し終えた目暮警部は、そう言い残して電話番号を書いたメモをテーブルに置くと、病室を後にしていった。

 

「それじゃあ、私もお見舞いに持ってきた林檎を切ってくるね。後でマスターの所にも持っていこうかな」

 

 そう言って、梓も病室を出ていく。

 

 目暮警部に言ったように、身体に異常は見当たらない。

 意識を失うほどの疲労であったというのに、一晩休めば大体回復するようだ。

 

 それにしても、久しぶりにペルソナを召喚した。

 包丁を正確に撃ち抜くこともできたし、銃の腕はコーヒーやカレーと同じで落ちていないようだ。

 だが、どうしてペルソナを召喚できたのだろうか? ここは認知世界ではないはずなのだが……

 

 そこまで考えたところで、病室の扉がノックされたので暁は返事をする。

 開けられた扉の先には、暁と同じく病院に運ばれた沖野ヨーコが立っていた。

 

「あの……昨日は助けてくださって、本当にありがとうございました」

 

 そう礼を言って、深々とお辞儀をするヨーコ。

 礼には及ばないと、暁は首を横に振る。人を助けることこそが暁の信念であり、正義なのだ。

 

 刺される前に自分の蹴りが間に合って良かったと、暁は話す。

 確か、彼女は刺し殺されそうになった際に目を瞑っていたし、倒れた後は気絶していた。目暮警部との話では、自分がナイフを蹴り砕いたということにしておいたし、変にごまかさずにそれに合わせる形で話して大丈夫だろう。

 

 しかし、そんな暁の言葉に対して、ヨーコは口を開けて小さく疑問の声を漏らした。

 思わぬ反応に、暁は首を傾げる。

 

「え……? でも私、来栖さんが白い仮面を着けて、大きな翼のようなものを生やしていたように見えたんだけど……」

 

 何やら、ぶつぶつと呟いている。

 しかし、暁の視線に気付いて、慌てて取り繕うように笑った。

 

「ご、ごめんなさい! 私何か見間違いしてたみたいで……」

 

 顔を赤くして困ったように笑っているヨーコ。

 アイドルなだけあって、それは雑誌に写っている杏のように魅力的に見えた。

 

「でも……白い仮面を着けてた来栖さん、テレビに出てくるヒーローみたいで格好良かった、かな」

 

 ヨーコは照れ臭そうにしながら小さく呟いているが、上手く聞き取れなかった暁はもう一度言って欲しいと頼む。

 

「な、何でもないです! 本当に、何でもないですから!」

 

 さらに顔を赤くして、ヨーコは顔の前で両手をヒラヒラとさせつつそう捲くし立てた。

 しかし、急にピタリとその手を止めてしまう。彼女の目は、ある場所をじっと見つめている。つられて彼女の視線を辿ると、そこには暁の服が畳まれているのが見える。

 

 

 その服に挟まれる形で、藤江から頂戴したヨーコの写真がはみ出していた。

 

 

 しまった、と暁の顔が引きつる。

 

「あの……もしかして、来栖さん……本当に私のファン、だったんですか?」

 

 本当に、というのは、毛利探偵の迷推理のことを言っているのだろう。

 ここでそうではないと言ったら、なぜ写真を持っているのかという話になってしまう。

 

 仕方なく、暁はそうだと答えた。せっかくだ、この機会に彼女のファンになるのもいいかもしれない。毛利探偵のような熱狂的なファンまでとはいかないが、陰ながら応援しよう。

 

 それと、自分のことは名前で呼んで欲しいと、暁は付け加えた。

 来栖さんと呼ばれることは元の世界でもあまりなかったし、何となく落ち着かないからだ。

 

「え? ……う、うん! これからも応援よろしくしますね、暁君!」

 

 ――彼女からの信頼と好意を感じる。

 

 

 ほどなくして、暁と電話番号などを交換した彼女はマネージャーのお見舞いに行くと言って暁の病室を後にしていった。

 

 アイドルか……と、手を頭の後ろに組んで枕に沈む暁。

 あっちの世界で言えば、杏からもらったポスターのアイドルと知り合いになれた、ということである。協力者であった東郷一二三も美しすぎる女性棋士として有名ではあったが、アイドルというわけではない。

 人並み外れた経験をしているとはいえ、まだ杏の胸に目が行くような青少年。アイドルと知り合いになれて暁はなんとなく良い気分になった。

 

「お待たせ~」

 

 そんな彼の元に、林檎を切り終わった梓が戻ってくる。

 

 

「ところで暁君、私聞きたいことがあるんだけど……その隠し撮りの写真について」

 

 

 目が笑っていない梓を前にして、先ほどの良い気分もどこへやら。

 その目は、世紀末覇者先輩を彷彿とさせるのであった。

 

 

 




ようやくペルソナを召喚させられました。と言っても、出番は一瞬ですが。

それはさておき、いつも感想ありがとうございます。全て目を通してあります。
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