名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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FILE.30 時計じかけの摩天楼 四

 武見の診療所近くで、江戸川コナンとバッタリ出くわした暁。その手には、何かの雑誌が丸めて握られている。

 この辺りは子供の遊び場もないし、少年探偵団の姿も見えない。暁はこんな所でどうしたんだと尋ねてみた。

 

「ボク、例の爆弾事件のことがどうも気になっちゃって。だから、ある場所に向かおうと思ってたところなんだ」

 

 あの事件の犯人は逮捕されたはずなのに、何が気になるというのだろうか? 

 聞けば、コナンは多少渋った様子を見せつつも答えてくれた。テレビでインタビューを受けていた、あの爆破された橋梁を設計した建築家――森谷帝二のことが引っ掛かっているらしい。

 

 ああ、と暁もインタビューでの森谷教授のことを思い出す。確かに、彼には違和感を覚えていた。自分の設計した建築物が爆破されたというのに、その顔が形作る憂いはガワだけ。その内にはどこかその状況を喜んでいるような色が透けて見えた。 

 

「もしかして……暁兄ちゃんも?」

 

 暁の反応を見て、コナンが口を開く。暁は頷いて答えた。そして、向かおうとしている場所とはどこなのかと尋ねてみる。

 コナンは暁の目を見据えて答えた。

 

「……森谷帝二、彼の自宅だよ」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 一方、梓の自宅であるマンションの一室にお邪魔しているラヴェンツァ。

 これといって普通の1Kの部屋ではあるが、それでも若い女性らしく壁紙は薄い桃色をしており、その壁には姿見が立て掛けられている。棚の上には贈り物――ポアロの常連客からだろうか――と思われる包装された箱が幾つか置かれていていた。まだ冬の季節であるため、炬燵も完備。男性が入れば女性特有のほのかに香る甘い匂いに興奮を覚えるところであろうが、同じ女であるラヴェンツァには至極無縁な話だ。

 

「それじゃあ準備するから、炬燵にでも入って待ってて」

 

 梓はそう言い、台所に向かう。チョコレートを作るための材料はまだ余っていて、途中のスーパーで買い物する必要もなかったのである。

 

「…………」

 

 ゴソゴソとボウルなどを戸棚から取り出している梓の横で、ラヴェンツァはここでチョコレートを作るのかと台所を見回す。しっかり整理整頓と掃除がされているが、それでも壁に掛けられている調理器具などから長い期間使い込まれていることが感じ取れた。そんな中で、恐らく新品であろうオーブンレンジが一際目立って見える。

 

「私はメレンゲショコラっていうのを作ったんだけど、ラヴェンツァちゃんはもっと簡単に作れる物にしよっか」

 

 メレンゲショコラとは焼いたメレンゲでガナッシュ――生クリームを加えたチョコレートのこと――を挟んだ物である。同じ物を作るのもいいが、ラヴェンツァは料理のりょの時も知らない初心者以下の存在だ。ここは比較的簡単で時間のかからない物にしようと提案する梓。

 

「……いえ、私も貴方と同じ物を作りたいです」

「ええ? で、でも……」

 

 だが、ラヴェンツァがそれに異を唱えた。

 対抗心を持ち始めたのか、どうしても梓と同じメレンゲショコラを作りたいと駄々を捏ね始める。

 

「……もう、しょうがないなぁ」

 

 梓は仕方なくそれを承諾した。失敗したとしても出来が悪くなるだけで、焦がしたりさえしなければ食べられないなんてことには早々ならないだろうから。

 

 準備が出来たので二人で台所に並ぶ。しかし、ラヴェンツァの背が足りていない。

 眉を潜めてプルプル背伸びしているラヴェンツァに、梓は慌てて折り畳み式の踏み台を用意するのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 森谷邸へと向かう江戸川コナン。愛用している例のスケボーは例の病院送りになった爆弾事件でおしゃかにしてしまったので、現在は製作者である阿笠博士の元で修理中だ。

 そんな彼の目線の高さは、元の高校生の時より若干高い眺めの良い物になっている。

 

 両手の下には、パーマのかかった黒髪。そう、コナンは暁に肩車してもらっていた。

 

 森谷邸に行くといったコナンに、暁が同行を申し出たのだ。小さな子供一人で行くよりはマシだろうと。コナンは訝しげに暁を見たが、事実自分一人で行っても門前払いになりかねないので仕方なくそれを承諾したのだ。肩車されているのは、歩幅の違いからこの方が早く着くと暁に無理矢理担がれたからである。

 彼の肩掛け鞄から覗く黒猫の頭を見て、コナンは苦笑いを零した。

 

 それで、と暁。森谷邸で開かれたパーティではどんなことがあったんだと聞く。先ほど、コナンからそのパーティに参加していたことを聞いたのだ。

 

「ああ、うん。元々は新一兄ちゃんが招待されてたんだけど、事件の調査で忙しいみたいで。それで、蘭姉ちゃんに代わりに出席して欲しいって頼んだみたい」

 

 コナンは話を続ける。

 森谷教授は所謂帰国子女で、高校の頃までイギリスで暮らしていたらしい。その影響か英国風の建築に心酔し、特に左右対称のシンメトリー様式に異常とも言えるこだわりを示している。これらのことから、彼は建築家である前に芸術家としての強い自負があるのが見て取れるだろう。

 

 そんな教授が開いた屋内のパーティ会場では、森谷教授の手作り料理が並んでいた。独身であるということもあるだろうが、彼は所謂完璧主義な人間で何から何まで自分でやらないと気が済まないタチなのだという。

 

『さすが森谷教授。その精神が美しい建築を生み出してきたのですね』

 

 周りの招待客が彼をそう褒め称えた。それを受けた教授は、

 

『私は美しくなければ建築とは認めません。それなのに、今の若い者ときたら美意識が欠けていると思いませんか? ただでさえ狭い日本の貴重な土地を駄作で埋めていくばかり。もっと自分の作品に責任を持たなければならないのですよ!』

 

 と、発言した。その言葉を口にする教授からはどこか得体の知れない凄みが感じられた。それこそ、招待客の面々が思わず喉を鳴らすほどであった。

 

『……ところで、毛利さん。クイズを出してもよろしいですか?』

 

 そこで教授は話題を変えるかのように余興としてクイズを出題した。それは、ある三人が経営している会社のPCのパスワードをヒントの書かれた紙から推理するというものであった。

 招待客や毛利探偵が苦戦する中、コナンは苦も無く正解を答えてみせた。その褒美として、保護者である蘭を同伴に教授のギャラリーを見せてもらえることになったのだ。

 

「あ、そういえば、もう一人正解を答えた人がいたっけ」

 

 もう一人、コナンの説明を継ぐ形で正解を答えた人物がいたらしい。スラッとした身長の高い美形の男性で、テーブルに並んだ料理を教授に断って片っ端からタッパーに詰め込んでいた変わった人物だったとか。

 パーティの招待客はいずれも名のある人物ばかりなので、彼もその一人だったのだろう。生憎コナンや蘭が知っている人物ではなかったみたいだが。

 

「直接聞いてみたけど、しがない絵描きだとしか答えてくれなくて……」

 

 ともかく、そういうわけでその男性も教授のギャラリーを見せてもらえることとなったのである。

 ギャラリーには教授が今までに手掛けた建築物の写真が壁に飾られていた。もちろん、その中には後日例の連続放火事件で全焼される黒川邸、水嶋邸、安田邸、阿久津邸も含まれていた。そして、昨日爆破された隅田運河の橋梁も。

 

 そこで、暁が口を挟んだ。連続放火事件、あれも爆弾事件の犯人である阿玉教授による犯行らしいと。

 

「うん。ボクもそう思っ――いや、えっと、小五郎のおじさんもそう思ってたみたい」

 

 少し挙動不審な様子でそう答えるコナン。

 暁はそれに首を傾げつつ、話を戻す。そうして作品の数々を眺めていく中で、蘭が米花シティビルの写真を見つけた。

 

『あ、これ米花シティビルじゃないですか?』

『そうです。そのビルは私の自信作なんですよ』

『私、今度ここで新一と映画を見る約束してるんです! 赤い糸の伝説って映画なんですけど、その日はラッキーカラーも赤だからピッタリだと思って!』

 

 そう嬉しげに話す蘭に、教授は微笑ましそうな様子で言葉を返していた。コナンにはなぜかそれが印象的だった。

 それからしばらくしてコナン達はギャラリーを後にし、そのまま何事もなくパーティはお開きとなったのである。

 

 しかし、コナンには気にかかることが一つあった。それは、例の絵描きを自称する男性が教授のギャラリーで終始その整った眉を潜めて疑問ありげな顔をしていたことだ。しがない絵描きと言えど、教授のパーティに招待されているということはそれなりに名のある芸術家であることは間違いない。その彼が、芸術作品の写真が並ぶギャラリーでそんな顔をしていたことが気掛かりだったのだ。

 帰り際、コナンはその男性を探してそのことについて問い掛けた。

 

『ねえ、お兄さん!』

『何だ?』

『どうしてお兄さん、ギャラリーであんなに難しい顔してたの?』

 

 彼はどこか睨むような目で森谷邸を見て、答えた。

 

『……あのギャラリーは、矛盾で満ちている』

 

 そう答えると、彼は背中を向けて教授宅を後にしていった。

 

 

 

 

「あ、あそこだよ。森谷教授のお家」

 

 パーティでの話を聞き終えた頃合いで、丁度良く暁達は目的地でありそのパーティが催された森谷邸に辿り着いた。

 立派な門越しに、荘厳とした美しさを誇る英国風の邸宅が見える。地下暮らしをしている暁とは全く縁のなさそうな場所だ。

 暁はコナンを肩車したまま、門に備え付けられたインターホンのチャイムを鳴らす。怪盗団のお金持ち代表である春から作法の一つでも学んでおくべきだったかと思いつつ、返答を待つ。

 

『――はい、どちら様ですか?』

 

 少しばかりして、インターホンのスピーカーから森谷教授の声が聞こえてきた。カメラに映る暁のことを知らない教授の声からは訝しげな様子が感じ取れたが、暁の肩越しにコナンが応対したことでそれは解消された。

 

「こんにちは、森谷教授!」

『君は確かコナン君じゃないか。わざわざ訪ねてくるなんて、何か私に用事かな?』

「うん。ボク、あれから建築に興味が沸いてきちゃったんだ! だから、またあのギャラリーを見せて欲しいなぁと思って!」

 

 平気で口からデマカセを言うコナンに暁は心の中で苦笑いする。

 

『ああ、いいとも。今門を開けるからね』

 

 もう一度ギャラリーを見たいというコナンのお願いを、二つ返事で受け入れてくれた教授。遠隔操作で門が開かれ、暁達は森谷邸の敷地内に入る。

 

 本来は緑豊かだったであろう広大な敷地の大半を占める庭は、未だ冬であるために枯れ色に染まっている。しかし、それを除いてもその庭と先に見える邸宅は見事なまでに左右対称(シンメトリー)で徹底されていた。暁自身は英国を訪れたことはないが、それでもここだけ日本から切り取られて英国に挿げ替わったかのような錯覚を感じてしまうほどであった。

 完璧主義な人間だという森谷教授。ここまで徹底した設計をしているのだ。その設計者がそういう人間であることは話を聞かずとも理解できただろう。元々、こういった均整を保った物を好む人間は完璧主義――悪く言えば神経質であることがほとんどである。

 

 庭の真ん中にある噴水を通り過ぎ邸宅の前に来たところで玄関が開き、家主である森谷教授が顔を覗かせる。アポなしだというのに、教授はにこやかに微笑んで暁達を歓迎してくれた。

 

「やあ、コナン君。いらっしゃい」

「おじゃましまーす。あ、森谷教授。この人は来栖暁さん。蘭姉ちゃんの同級生で、今日は付き添いに来てくれたんだ」

「なるほど。初めまして、森谷帝二です」

 

 教授と握手を交わす暁。テレビのインタビューを見たと言うと、彼は照れた様子で笑った。

 

「ははは、あまりテレビ慣れしていないものでね。おかしな映り方をしていたら目を瞑ってもらえると助かるよ。さあ、どうぞ」

 

 邸内に入った暁はまたも驚かされた。さすがと言うべきか、内装も左右対称(シンメトリー)で徹底されていたのだ。案内された目的のギャラリーも、飾られた写真の並びを除けば燭台などの装飾が鏡写しのように配置されている。

 

 ギャラリーに入るなり、コナンは真剣な顔付きで教授の建築物の写真を順番に眺め始める。その鋭い眼差しは、とても子供のそれではない。

 コナンに続く形で端から順に写真を見ていく暁。しかし、怪盗団の仲間であり芸術家である喜多川祐介ならともかく、建築についての知識は全くと言っていいほど乏しい自分が見ても、出るのは一般的な感想ぐらいだろう。

 

 だが、そうではなかった。

 

 暁は思わず眉を潜める。写真に写る建築物のほとんどが英国風のそれで、左右対称(シンメトリー)はもちろん、レンガ張りの外観からは重厚感が溢れている。アンティークなその様相に英国に憧れを持つものならば感嘆の溜息を漏らすに違いない。

 ところが、暁にはそれらが醜く歪んで見えた(・・・・・・・・)のである。建築家の美意識をそのまま形にしたかのような建物。左右対称(シンメトリー)の様式がその荘厳性と均衡性を高めているはずなのに。

 

「……ない」

 

 そんな暁の横で、コナンがそう声を漏らした。

 暁はコナンが見ている辺りの写真に目を向けてみる。特に他と比べて特別に何か違うようには見えないが……

 

「あれれ~?」

「どうかしたかね? コナン君」

 

 唐突にわざとらしい声を上げるコナンに、教授が反応する。

 

「ねえ、森谷教授。ここ、前はもっと写真が飾られてたよね? どうしてなくなってるの?」

「ああ、それは昨日倉庫に仕舞って――「なくなっている写真って、全部教授が三十代前半に設計した物だよね?」

 

 どうしてと聞かれた教授がその理由を話している途中で、コナンが口を挟む。

 

「黒川邸と水嶋邸、安田邸、阿久津邸。そして……昨日爆破された、隅田運河の橋梁」

 

 教授の目が一瞬、細くなる。

 

「……よく覚えているね、コナン君。そう、事件のせいでなくなってしまったから倉庫に仕舞ったんだよ」

「自分の作品なのに、なくなってしまったからという理由でギャラリーから外すなんて、おかしいと思うけどなぁ。人間と同じだよ。なくなったからこそ、それを写した写真はちゃんと飾っておくべきだよね?」

「ああ、でも――「ひょっとして……」

 

 再び、コナンが教授の言葉を遮る。

 

元から(・・・)飾りたくなかったんじゃないの?」

 

 暁がどういうことだ? と疑問を口にする。コナンは教授を見据えたまま答えた。

 

「被害を受けた建築物はね、全部完全に左右対称(シンメトリー)になってなかったんだ。教授の作品を特集した雑誌で、しっかりと確認したよ」

 

 そう言って、手に持っていた雑誌を広げるコナン。

 恐らく、建築法や予算等の理由で叶わなかったのだろう。完璧主義の森谷教授であれば、そんなことは絶対に許せないことだ。であるからには、失敗作(・・・)を自身のギャラリーに飾りたくないと思ってもおかしくはない。

 

「……それで? 君は一体、何が言いたいのかね?」

 

 一層険しくなった目で、教授がコナンに聞く。

 コナンは教授を鋭い眼差しで睨みつけているが、何も言わない。

 

「まさか、この私が阿玉和宗を焚きつけて君の言う失敗作を処分した……とでも?」

 

 下らないとばかりに教授はクツクツと笑った。

 

「そこまで言うからには、君らは平崎市の再開発計画についても知っているんだろう? 確かに、一連の事件は私にとって実に都合の良い物になっている……これはあくまで例え話だが、再開発計画の件で私を少なからず憎んでいた阿玉君に対して、若かりし頃の作品であるからこそ特別に大事に思っているとでも言えば事を起こすかもしれない。阿玉君とは長い付き合いだから、彼が人の大事な物を壊して悦に浸るような人間であることは知っているからね」

 

 言い切ると、教授はパイプに火を点けて煙を燻らせた。一息吸うと、その整った口髭が歪ませる。

 

「だが、仮にそうだとしても、一体私は何の罪に問われる? 犯罪教唆? 何を馬鹿な。私は純粋に自分の作品を大事に思っていると言ったに過ぎない。よしんば阿玉君が事を起こすのを期待して言ったとして、それをどうやって証明しようというのかね?」

 

 教授の顔は今までの朗らかな形から、コナンと暁を見下すようなそれへと一変していた。その顔は、今の話が例え話ではなく、事実であることを物語っている。

 しかし、彼の言う通りこれでは罪に問うことはできない。暁の横にいるコナンも目線は教授から外していないがその眉を潜めている。

 

「さて……用はそれだけかな? 今夜は用事があるから、そろそろお引き取り願いたいのだがね」

 

 暁がコナンに目配せすると、彼は渋々といった様子で頷いて返した。そして、後ろ髪を引かれる思いをしつつ教授の横を通って森谷邸を後にしようとする。

 

「ああ、コナン君」

 

 玄関前で、教授がコナンを呼び止めた。

 

「警察の人間から聞いたが、君は工藤新一君と仲が良いらしいね。今後の活躍も期待していると伝えておいてくれたまえ」

 

 そう言い残すと、教授は玄関を閉めてしまった。彼の言葉の意味を考えて、コナンは首を傾げた。

 

 

 門が閉じた森谷邸の前で、暁とコナンの間にはしばし気まずい沈黙が流れていた。

 やり切れない表情で門越しに森谷邸を眺めるコナン。森谷教授に芸術家としての強い自負があるように、彼にも探偵としての自負があるようだ。暁を怪盗(ジョーカー)と推理した時と今回のことからして、それが子供の遊びとは違う信念を持った物であることは言うまでもない。

 

「……もし、怪盗団が教授のことを知ったら、彼を改心させるのかな?」

 

 ふいに、コナンが森谷邸に目を向けたまま口を開いて暁にそう尋ねた。それに対して、怪チャンに書き込んでみたらどうだ? と答える暁。

 だが、コナンは首を振って森谷邸から目を外し、暁の方を振り返った。

 

「そんなことしないよ。絶対にね」

 

 そう答えるコナンの顔は、不敵な笑みを浮かべていた。

 その笑みに、そうかと答える暁。そこで、コナンが付けている腕時計が目に入る。快斗との約束の時間が近づいていることに気づいた暁は、そのままコナンに別れを告げてその場を後にする。

 

「あ、うん。ありがとう。またね」

 

 暁の去った後で、コナンは一人呟いた。

 

「……そうさ。オレは真実を求める探偵。その先が行き止まりだなんて、あってたまるかよ」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 快斗から渡された住所を地図アプリで辿り、着いたのは一階に不動産屋が入っている雑居ビルであった。

 暁達の目的地はこのビルの二階、『ブルーパロット』という名のビリヤード場だ。階段を上って、CLOSEDと書かれた看板に一瞬躊躇しつつもその小綺麗な紅色の扉を開ける。

 中は至って普通のビリヤード場であったが、壁に飾られている宝石が散りばめられたキューはいかにも人目を集めそうな見た目をしている。普段はそれなりの客が玉を突きに来ているに違いない。

 

 視線の先、カウンターの上に座って老人とお喋りしている快斗の姿が見える。快斗の方も暁に気づいたようだ。

 

「おーい、こっちだこっち!」

 

 快斗に誘われて、暁はカウンターの方へと足を運ぶ。

 

「待ってたぜ暁。ああ、こっちはこのビリヤード場のオーナーの寺井(じい)黄之助。昔からの知り合いでさ、オレはジイちゃんって呼んでんだ」

「坊ちゃまのご友人だとか。初めまして、寺井です」

 

 普通は"てらい"と読むだろうに、なんとも変わった苗字だ。怪盗キッドの協力者といったところか。快斗が幼児化してしまったことなど諸々のことは把握しているようだ。こんな娯楽場が休日にも関わらず休みとなっているのは、キッドの要請があったからなのだろう。

 

 それで、協力して欲しいということだが、一体何をすればいい?

 暁がそう聞くと、快斗が自信ありげな様子で微笑む。そして、「付いてきてくれ」と言って奥にある扉に足を向けた。暁は首を傾げ、ショルダーバッグをカウンターに置くと、寺井に会釈して快斗の後に続く。

 

「しかし、幼児化されてから出来た友人……彼は一体「ニャー」ひょえッ!?」

 

 唐突にバッグから顔を覗かせた黒猫。思わず飛び退いた寺井は強かに床へと頭を打ちつけた。

 

 

 

 

 数時間ほど経っただろうか? 客の来ないビリヤード場で、寺井はようやく目を覚ました。心配げな様子で猫が自分のことを覗いているのが視界に入る。

 あいたた……とぶつけた後頭部を擦りながら起き上がったところで、丁度快斗と暁が入っていった扉がガチャリと開く。寺井は未だぼーっとする意識の中で扉の方へと目を向けた。

 

 そして、一気に目を覚ました。

 目の前に幼児化した快斗と、元の高校生姿の快斗が並んでいたのである。

 

 そう、暁は快斗の姿に変装させられたのだ。快斗本人の手によって。

 

 訳も分からぬまま変装させられて困惑している暁を余所に、寺井は快斗を引っ張って耳打ちする。

 

「よろしいのですか!? 坊ちゃま!」

「ん? ああ、大丈夫だって。アイツはオレがキッドだってこと知ってっから」

 

 快斗の返答に、寺井は驚いて暁の方を見やる。先ほどの黒猫と会話をしているように見えるが……

 

「……坊ちゃま。彼は一体何者なんですか?」

 

 寺井の質問に、快斗は少し迷って暁に目線を送る。その目線を受けた暁は、協力者なら良いと頷いた。

 了解を得た快斗はニヤリと笑い、「驚くなよ?」と言って答えた。

 

「アイツこそ、最近巷で噂になっている心の怪盗団ザ・ファントムのリーダー、ジョーカーなんだよ」

 

 目を丸くして暁を凝視する寺井。

 快斗が幼児化した姿で会いに来た時もそれはもう驚いたのだ。そして、今度は実在するかも怪しかった怪盗団のリーダー。驚愕の連続で頭が追い付かない。一体全体どうしてジョーカーが怪盗キッドに協力しているのか。

 

 暁が鏡から目を離し、快斗に尋ねる。自分の姿に変装させて、何をさせるつもりだと。

 

「オメーも予想付いてんだろ? ……その姿で、オレの代わりに米花シティビルに行って欲しいんだ」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 暁達のいる雑居ビルからある程度離れた場所にあるマンションの一室。表札は榎本梓。

 女性の部屋とあって普段はほのかに甘い香りで包まれているそこは、焦げ臭い匂いで充満していた。

 

 テーブルに並ぶのは、黒い煙を燻らせる何かも分からない黒い塊。しかも、なぜか一部凍っている。

 メレンゲショコラだ。白いはずのメレンゲがメの字も見当たらないぐらいの異物と化しているが、誰が何と言おうとメレンゲショコラだ。

 

「あはは……何でこうなっちゃったんだろうね」

 

 梓がげんなりとした様子で呟く。

 

 メレンゲは低温のオーブンでじっくりと時間を掛けて焼くのが基本。が、なぜか真っ黒焦げに出来上がってしまったのである。当然ながら時間を掛けすぎたわけでもなく、間違えて高温に設定したわけでもない。

 ガナッシュの方は材料となるチョコレートに市販の物を使わず、カカオバターを用意して一から作った。そして、冷蔵庫に入れて冷やした。が、取り出してみるとなぜか見事に氷漬けとなっていたのだ。冷凍庫に入れたわけでもないのに、もはや意味不明である。

 今まで何度も作った経験がある梓は首を傾げるばかり。横ではラヴェンツァが真っ黒なメレンゲで挟まれた溶ける様子のない氷漬けのガナッシュを遠い目で見ている。彼女は早く完成させて暁に贈りたかったのか、作業中ずっと焦った様子で落ち着きがなかった。

 

 もう時間はとっくに夕方を過ぎ、外は真っ暗になってしまっている。時間的にこれ以上は難しいだろう。

 

「もう諦めてこれを贈るしかないよ、ラヴェンツァちゃん。失敗作でも気持ちを込めて作ったものだし、暁君ならきっと文句を言わずに受け取ってくれるから」

 

 梓はそうラヴェンツァに言って、テーブルに並べた暗黒冷凍物質を用意しておいた小箱に入れるよう促す。

 

「……いえ、こんな失敗作を暁お兄様に贈れません。まだお店はやっています。近場で市販品のチョコレートを買いましょう」

「でも……」

 

 渋る梓だが、ラヴェンツァは構わず続けた。

 

「どこか近くに良いお店はないのですか?」

「う~ん。この辺りだと、品揃えの良い所は米花シティビルの地下にあるお店くらいかなぁ」

「では、急いでそちらに向かいましょう!」

 

 ラヴェンツァは善は急げと上着を羽織って玄関に向かっていく。

 

「あっ! 待ってラヴェちゃ――」

 

 梓は慌ててその後を追おうとしたが、途中で足を止めてテーブルに放置されている失敗作に目を向けるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 時刻は、21時。

 東京では珍しく、ポツポツと雪が降り始めていた。

 

 そんな雪降る夜空に向けて聳える摩天楼に、役者が集い始める。

 

 

「後一時間……」

 

 映画館の前で、想い人を待つ少女。

 

 

「ちゃんと来てくれるかな……快斗」

 

 その少し離れた場所の木の下で、夜空を見上げる少女。

 

 

 

 少女達が期待に胸を躍らせるように、時計の針は刻み続ける。

 

 その時が来るまで――

 

 

 




次回で時計じかけの摩天楼を終わらせたいところです。

ところで、ジョーカーのアニメ版での名前が『雨宮蓮』に決まりましたね。

今更変えるのもアレなので、当作品では漫画版の『来栖暁』で通していきます。
個人的にはこちらの方が好きというか、アトラス的にアキラという名前は特別感ありますしね。












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