名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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前・中・後編に収まらなかったので、サブタイトルを変更しました。
また、『FILE.24 怪盗同盟』に連続放火事件についての記述を追加しました。


FILE.29 時計じかけの摩天楼 三

 そして、翌日の土曜。

 昨日の内に警察病院を退院したコナン。彼は無事に事件が解決して機嫌が良さそうな小五郎の横で、その事件について振り返っていた。

 

(被害があったとはいえ、死傷者がでなくてホントに良かったぜ……)

 

 東京中を騒がせた東都環状線爆弾事件。犯人を特定するのは困難と思われていたが、予想外にもスピード解決したことが報道された。偶然、非番の警視庁の人間が犯人の傍に居合わせ、現行犯逮捕したのである。

 その代償と言ってもいいのか、隅田運河の橋梁に仕掛けられた爆弾は爆破されてしまった。幸いにも周辺に船舶はなく、橋梁を通る環状線は貨物線に移動していたため、損害はあれど被害者はゼロであった。もちろん、環状線はしばらく正常運行できないだろうが。

 

 犯人の男の名は阿玉和宗(あだまかずむね)。帝丹大学建築学科の教授で、同時に建築家として確かな実績を上げている人物でもあった。その実力は同じく日本でも指折りの建築家である東都大学建築学科教授の森谷帝二と並ぶとまで言われている。

 例の平崎市の再開発計画の設計は、その森谷教授と阿玉教授が担当の座を争っていた。だが、その最中に市長が工藤新一の活躍により例の交通事故の件で逮捕されてしまい、計画は頓挫してしまったというわけではある。最も、最終的に設計担当は森谷教授に決まる予定であったらしいが。

 これらのことから、阿玉教授は邪魔をした工藤新一の名を落としてやろうと復讐を計画、それをカモフラージュにしつつライバルである森谷教授の建築物の破壊を画策したということだ。本人が取り調べでそう自白している。

 

 仕出かしたことが大きかった割に、いやにあっけなかったなとコナンは心の中で独り言ちる。今回は偶然佐藤刑事が犯人と居合わせたから逮捕できたものの、そうでなかったら相応に苦労していたに違いない。

 何にせよ、これで爆弾の脅威からはおさらばできたわけだが、今度は"暇"という別のベクトルの脅威がコナンを襲っていた。例の組織の情報を探りたいところだが、手掛かりがない以上探偵事務所への仕事の依頼を待つ他ない。一週間前に行った旅行――シャーロックホームズ・フリーク歓迎ツアーの時のように、事件に巻き込まれでもすれば話は別だが。

 

 そんな感じでぼけっとテレビを眺めていると、爆弾事件で自ら設計した建築物を爆破された森谷教授がニュース番組のインタビューに答えている映像が流れた。

 コナンは森谷教授とは一応知り合いである。数週間前、彼が自宅で開いたパーティに出席していたからだ。元々招待されたのは工藤新一であったが、もちろん元の姿に戻ることはできないので新一の声で蘭に代わりに出席してくれと頼んだのである。

 

 インタビュアーがコナンを除けば唯一の被害者と言ってもいい森谷教授に対して色々と質問している。傍から見たら何ということもない至って普通のやり取りだ。だが、コナンはそれに若干の違和感を覚えた。

 

 

 ――この人、自分の建築物が破壊されたってのに、ちっとも残念そうじゃねえな……

 

 

 コナンが首を傾げていると、事務所の扉が開いて蘭が顔を出した。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「行くって、どこへ?」

 

 蘭の急な外出発言に小五郎が首を傾げた。

 

「えー、忘れたの? 今日は米花シティビルで新一と映画を見てくるって言ったじゃない」

 

 しまった、とコナンは心の中で嘆く。そういえば、ホームズ・フリーク歓迎ツアーに行く前に電話で話してそんな約束をしていた。思い返せば、旅行中も何度か嬉しそうにその話をしていたような気がする。

 

 そして、なぜ今日なのか。

 今日の日付は二月十四日――そう、バレンタインデーだからだ。

 

 バレンタインデーと聞いて、どういう日なのか知らない人はいないだろう。国によって内容は異なるが、日本では専ら女性が男性にチョコレートを贈って愛を告白する日という認知が定着している。

 町ではビジネスチャンスとばかりにバレンタインデーにあやかったデパートでのチョコレートのセールや各国のチョコレートを集めた祭典などといった催しが開かれているようだ。蘭が新一と見る予定の映画も、例に漏れず時期を狙って公開された"赤い糸の伝説"といういかにもなラブロマンス映画である。

 映画は夜十時に米花シティビルの中にある米花シネマ1で見る予定で、それまでは園子と買い物したり色々イベントを見て回るつもりらしい。

 

「じゃあ、行ってきまーす」

 

 止める間もなく、蘭は事務所を出て行ってしまう。楽しみだという感情が目に見えるほど、彼女の足取りは軽かった。

 

(待ち合わせっつっても、どうすりゃいいんだよ……) 

 

 コナン、もとい工藤新一は頭を抱え、諦めにも似た大きな溜息を吐いた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 一方、そんな毛利探偵事務所の真下――喫茶店ポアロでは、一番の稼ぎ時である昼時を過ぎたのもあって梓と暁が暇を持て余していた。今日は天気が良いし気温はいつもより高い。モルガナも日の当たる場所で丸くなっている。

 

 片や、いつもの隅のカウンター席で、暁の淹れたコーヒーを傍らに小学校の宿題に取り組んでいるラヴェンツァ。これは歩美達から聞いた話だが、彼女は授業中の質問に対して頓珍漢な答えや哲学的な答えを返しまくり、問題児として教師を困らせ続けているらしい。ただ、算数などの決まった答えのある質問では必ず正解を返すので、成績が悪いということはないと思われる。だからこそ下手な問題児より厄介なのだろうが。

 

 暁はラヴェンツァから目を離し、コーヒーを飲みながらテレビで情報収集をする。しかし、昨日の列車暴走事件の報道ばかりで、その他の情報といえばそれ以前に起こった連続放火事件のことぐらいだ。武見が言っていた黒川邸の放火事件も、その内の一つである。

 場面が変わり、爆弾事件で唯一爆破被害にあった橋梁の設計者らしい建築家がインタビューを受けている。設計者だというのにあまりショックを受けていないように見えるその建築家に、暁は首を傾げた。

 

「ね、ねえ、暁君。ちょっと話があるんだけど……」

 

 テレビを見ている暁の元へ、梓が近づいて声を掛けた。だが、声を掛けた本人である梓は何やら両手を後ろに回して話を切り出し難そうにしている。

 どうしたのだろうかと暁が思っていると、梓は意を決したように顔を上げて口を開――きかけた。

 

 

 ――カランカラン

 

 

 来店を知らせるベルの音が店内に響いた。続いて、ズカズカと遠慮のない騒がしい足音が入り込んでくる。

 騒がしい客だと暁が玄関に目を向けると、なんとそこにいたのは快斗と紅子であった。

 

「おーっす、暁――」

 

 挨拶する快斗の小さな体を押し退けて、紅子は来店した時の勢いのまま足を踏み鳴らして暁に近づいていく。そして、その襟首を掴んで引き寄せた。

 

「貴方、何考えてるのよ! どうトチ狂ったら探偵事務所の下に居を構えるなんて馬鹿な真似ができるわけ!?」

 

 呆れの籠った紅子の怒声が暁を襲う。言われてみれば、確かにヤバイ環境である。

 

「貴方それでも怪――」

「おいおい、その辺にしとけって!」

 

 紅子がそう言いかけたところで、快斗が慌てて止めに入る。紅子は呆気に取られている梓を見ると、小さく咳払いをして暁の襟首から手を放した。

 

「え、えっと……暁君、お友達?」

 

 戸惑っている様子の梓に、暁は頷いて答えた。

 しかし、快斗達にこのポアロに住んでいることは教えていないはずだ。なぜ知っているんだと疑問を浮かべる暁を察してか、快斗が耳打ちする。

 

「……怪盗キッドの情報収集能力を侮ってもらっちゃ困るぜ。ジョーカー」

 

 どうやら、そういうことらしい。

 しかし、快斗は分かるが、紅子は何の用があってポアロへ来たのだろうか? 暁が聞くと、紅子はさも不機嫌ですと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

「何? 用がなかったら会いに来ちゃいけないのかしら? ……貴方、私にしたことを忘れたんじゃないでしょうね?」

 

 蛇のような睨みを利かせて言う紅子に、暁は慌てて謝る。改心したのに相変わらず女王様気質なのは、元々そういう性格だったからなのだろうか。

 

「ま、まあ、別に用がないというわけじゃないけど……」

 

 彼女は再度咳払いをすると、懐から包装された薄い箱を取り出して暁へ差し出した。

 はて、何だろうか? と首を傾げる暁。その横で、梓が目を見開いて「――あっ」と小さく声を上げる。

 

「……まさか、今日が何の日か知らないなんて言うんじゃないでしょうね? 黒羽君じゃあるまいし」

 

 イマイチ分かっていない様子の暁に、紅子がジト目で問い掛ける。

 二月十四日、何か特別な日だっただろうかと暁は頭を捻る。建国記念日……はとうに過ぎている。

 痺れを切らした紅子が箱を持っていない方の手でカウンターを叩いた。

 

「本当に分からないの? 今日は……バレンタインデーよ!」

 

 

 

 

 バ レ ン タ イ ン デ ー

 

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、暁の脳裏に衝撃が走った。

 無意識に記憶の隅に追いやっていた過去の凄惨な修羅場が思い起こされる。

 

 

『わざわざ持ってきたんだけど、チョコ』

 

『チョコ、受け取ってよ』

 

『チョコ、もらって? 私が握りつぶさないうちに』

 

『チョコ……一応受け取ってよ』

 

『チョコです、これ……』

 

『チョコ、遠慮しなくていいんだよ』

 

『チョコ、食べられるよね?』

 

『チョコあげるって言ってるんです』

 

『チョコ。分かる?』

 

 

 怪盗団の仲間達や、懇意にしていた協力者の女性達に囲まれて一斉にチョコを差し出されている光景が目に浮かぶ。差し出されているチョコに籠められた意味とは裏腹に、彼女達の目は動揺と怒りに満ちている。

 彼女らは全員、暁が帰省してしまうということでここぞとばかりにバレンタインデーにチョコを用意した。が、同じことを考えている他の女性大勢と鉢合わせして、一体誰が意中の相手なんだという話に発展してしまったのだ。

 バレンタインデー当日は仲間の一人である竜司と一緒にいたわけだが、彼女達はそれを暁が懇意にしている女性と密会していると勘違いした。問い詰める彼女達に正直に竜司といたと答えた――間違ってもチョコは欲しいとは言わない――が信用されず、結果ボコボコにされてしまったのである。

 

 暁はその内の誰かと所謂後戻りのできない深い関係になっていたわけではない。彼は朴念仁というわけではないので、彼女達からの好意にはもちろん気づいていた。だが、彼なりの理由(わけ)があってそれに答えるということはしなかった。にも関わらず頼み事や誘いを断ることもしてこなかったので、友達以上ギリギリ恋人未満という状況が続いてしまったというわけである。それに甘んじて放置させていたのだから完全に暁が悪い。責められても仕方がなかった。

 

「おい、どうしたんだよ」

 

 反応のない暁を見て、快斗が声を掛ける。

 正気を取り戻した暁は首を振って何でもないと答えたが、顔色はすごぶる悪い。

 

「心配しなくても毒なんか入ってないと思うぜ、市販品みたいだし。なあ、オレにもくれよ紅子」

 

 ぴょんぴょん跳ねながら要求する快斗を、紅子がジロリと睨む。

 

「あら、前のバレンタインデーであげると言ったのに断ったのは誰かしら?」

「……っちぇ。分かったよ」

 

 どうやら、紅子は前回のバレンタインデーで快斗にチョコを贈ろうとしたことがあるらしい。しかし、そのことを知った暁はどういうわけか若干の違和感を覚えた。

 

「……例の件で世話になったし、このチョコはそのお礼よ。言っとくけど、受け取らないなんて言わせないわよ」

 

 有無を言わせない紅子の気迫に押され、暁はぎこちなく頷いてそれを受け取ろうとする。

 

 

 ――カランカラン

 

 

 そこへ、またしても来店を知らせるドアベルが鳴る。

 新たに入ってきた来客は、コートを羽織り帽子を目深に被った、まるでお忍びでやってきたかのような風体の女性。慌てて梓がいらっしゃいませと挨拶しようとしたが、それも女性の顔を見て途切れることとなる。

 

 

「あ、あの、こんにちは……」

 

 

 女性の正体は、アイドル歌手の沖野ヨーコであった。

 

 傍で紅子と暁のやり取りをニヤつきながら見ていた快斗は目を丸くして驚いている。さすがにアイドル歌手とこんなところで会うとは誰も思わないだろう。対して、紅子は邪魔されたせいか眉を潜めている。

 

「……誰よ?」

「アイドル歌手の沖野ヨーコだって! オメー知らねぇのかよ?」

「そんな俗物、この私が興味あると思って?」

 

 ヨーコがポアロに来店するのは、これで二度目だ。国民的アイドルの彼女は多忙故、頻繁に来ることができないのは仕方がない。今日も少ないプライベートの時間に食事をしに来てくれたのだろうか?

 そんな風に暁が思っていると、ヨーコが暁の方へと近づいてきた。そして、少々顔を赤らめながら、おずおずと肩掛け鞄から何かを取り出して暁に差し出した。

 

「暁君……その、これ!」

 

 それは先ほど紅子が渡そうとしていた物に似た、包装された箱であった。

 つまりは……チョコである。

 

 

 ポアロ内の空気が、一気に変わった。

 

 

「えっと、これはファンへの贈り物だから! 受け取ってくれたら嬉しいな」

 

 照れ臭そうにそう言うヨーコ。ここで断れば、わざわざ渡しに来てくれた彼女に申し訳ないし、悲しませることになってしまう。暁がチョコを受け取りお礼を言うと、彼女ははにかんで答えた。

 

「そ、それじゃあ、私はこの後仕事があるから……またね!」

 

 ヨーコは去り際注文もせず申し訳ないと梓に謝り、そそくさと店を後にしていった。

 それを見送っていた暁は、唐突に肩を掴まれて勢い良く紅子の方へと振り向かされる。

 

「アイドル歌手からチョコを頂けるなんて、随分と良いご身分だこと……ねぇ? 来栖君」

 

 暁の肩に紅子の指が食い込む。暁はファンサービスの一環だろうとお茶を濁す。

 

「あの態度と忙しい中わざわざ直接渡しに来たことからして、どう見ても本命かそれに近いチョコでしょうが!」

 

 が、紅子に反論される。全くもってその通りである。 

 その時、快斗が暁の手からヨーコのチョコを掠め取った。

 

「ふむふむ……バレンタインチョコマイスターであるこの黒羽快斗の推察によると、このチョコは手作りみたいだな。て言うか、アイドルから手作りのチョコもらえるとか羨ましすぎだろ! おい暁、半分くれよ」

 

 上目遣いでそう言う自称バレンタインチョコマイスター快斗の手から、駄目だと言ってチョコを取り返す暁。

 

「貴方、よくもまあマイスターなんて名乗れるわね。学校の女子生徒相手に片っ端からチョコをくれって迫っただけじゃない。しかも、バレンタインデーのことを知らなかったくせに」

「バーロー。もらえてるんだから文句言われる筋合いはねぇっての。そう言う紅子のは市販品じゃねえか。なあ、暁。どうせもらうんだったら手作りの方がいいよな、な?」

 

 快斗の問いに答えあぐねている暁。

 すると、ズイッと紅子の手にしている箱が暁の眼前に差し出された。

 

「手作りなんて、万が一失敗して満足に食べられないようなものだったら元も子もないじゃない。それに比べて、私が用意したこのジゴバのチョコレートは完璧そのもの。それをわざわざこの私が用意したんだから、も・ち・ろ・ん、受け取ってくれるわよね?」

 

 受け取らないと呪うわよと言わんばかりの顔で迫る紅子。

 そんな紅子に、つい暁は本命なのか? とからかい半分で聞いてしまう。

 

「なっ……ななっ!?」

 

 それを聞いた紅子はみるみる内に顔を赤くし、手に持ったチョコレートの箱を暁の顔面に投げつけると一目散にポアロを出て行ってしまった。

 顔面に張り付いた箱を取って、呆然とそれを見送る暁。同じく見送っていた快斗は珍しい物を見たというような顔をしている。

 

「紅子の奴、オレを狙ってる時はぐんぐん攻めていくタイプだったのによ。比べて暁相手にはあの反応……全くもって女ってのはよく分からないぜ」

 

 溜息混じりに言う快斗。

 なるほど。恐らく、彼女は攻めることに慣れていても攻められることには慣れていないのだろう。快斗の話を聞いて、暁は納得したように再度紅子の出て行った玄関を見やった。

 

 それはさておきと、暁は何か用事があってここに来たのであろうと快斗に用件を聞く。爆弾事件の犯人が捕まったということで、平崎市の再開発計画について調査をする必要はなくなったはずである。

 

「ああ。ちょっと話があるんだけど……」

 

 快斗はそれに答える前に、何やらチラチラとこちらの様子を伺っている梓の方に目をやった。人がいる場所では話せない内容のようだ。暁は梓に少し休憩してもいいかと聞く。

 

「えっ!? う、うん。いいよ」

 

 彼女は変な反応をしつつもそう返してくれた。お言葉に甘えて、暁は快斗とモルガナを伴って奥の扉から地下室へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 暁達のいなくなった店内で、盛大に溜息を漏らす梓。

 そして、背中に回していた手を前に出し、その手に持っていた包装された箱をカウンターに置いた。

 

「何ですか、それは?」

 

 物思いに耽っている梓に、誰かが問い掛ける。顔を上げると、ラヴェンツァが目の前のカウンター席に座っていた。珍しく暁に付いていかず店内に残っていたのだ。視線は、梓が置いた箱に注がれている。

 

「ラ、ラヴェちゃん……」

「貴方も、マイトリックスターにチョコレートとやらを贈るつもりだったのですか?」

「ああ、えと、うん……で、でも、もちろん義理だからね!」

「…………よく分かりませんが、バレンタインデーというのは女性が男性にチョコレートを贈る日なのですね?」

「え? そ、そうだけど……」

 

 ラヴェンツァはそもそもバレンタインデーが何なのかさえ知らない様子であった。

 

「んーとね、バレンタインデーっていうのは、女性が特別な相手に特別なチョコを贈る日なの。まあ、家族や友達に義理のチョコを贈ったりもするけどね。わ、私みたいに」

 

 梓の話を聞いたラヴェンツァはなるほどと頷くが、イマイチ得心を得ていないような様子であった。

 

 どうしたものかと思っているところへ、店の窓越しに女の子が通りがかるのが目に入る。

 彼女は確か、ラヴェンツァのクラスメイトである吉田歩美。昨日暁が連れてきた三人組の内の一人である。彼女達はお二階さんの所の居候である江戸川コナンの友達ということもあって、以前にも何回かポアロに来たことがあったのだ。

 歩美は梓達に気づくと、やり遂げたといった笑顔と共に小さく手を振り、ポアロを通り過ぎていった。

 

「そっか。歩美ちゃん、コナン君にチョコを渡しに来たんだ」

 

 色々と察する梓。同じ女だからというのもあるが、彼女がコナンに気があるのは傍目から見ても丸分かりであった。あの様子だと、チョコは無事に渡せたのだろう。

 しかし、当のコナンは少年探偵団のことを保護者目線で見ている節がある。今頃二階にいるコナンは渡されたチョコを持て余して困っていることだろう。

 

「ラヴェちゃんも、暁君にチョコを贈りたいんだよね?」

「? ……なぜですか?」

 

 意外な答えであった。てっきり、いつもの傲岸不遜な態度で当然ですと答えるんだろうなと梓は思っていたのだ。

 

「だってラヴェちゃん……暁君のこと好きなんでしょう?」

 

 彼女が暁のことを特別に想っているのは、歩美以上に分かりやすい。というより、分からない人間などいるのだろうか。

 だが、当のラヴェンツァは難しい顔をして首を傾げている。どうやら、彼女は所謂恋愛感情という物を理解しておらず、それ故に自分が暁に向けている感情がどういう物であるかさえ分かっていないようであった。

 

 年齢の割に知識は豊富だが、どうにもチグハグな印象を受ける子だと思う梓。

 本来ならばここで大人としてラヴェンツァに色々と教えてあげるべきなのだろう。しかし、梓はこの無垢な少女にアドバイスできるほど恋愛経験豊富というわけでもなかった。高校の頃に先輩に告白されて、何とはなくOKしたものの卒業する頃には自然消滅していた。精々その程度である。もしかすると、先ほど店を通り過ぎた歩美の方がまだマトモなアドバイスができるかもしれない。

 

「それじゃあ……今から私の家に行ってチョコレート作ろっか! 作り方教えてあげるから」

「ですが……」

「暁君だって、ラヴェちゃんからチョコをもらったら喜ぶと思うけどなぁ」

「! ……そ、そうですね。では、お願いします」

 

 善は急げと、梓はエプロンをスタッフルームに仕舞い、ラヴェンツァを連れ立ってポアロを出た。

 

「チョコレートはお店でも作れるのではないですか?」

「うん。でも、どうせなら驚かしたいでしょ?」

 

 そう言って、ドアに掛けているプレートをCLOSEに引っ繰り返す梓。

 ……必然的にポアロは休みになるわけだが、今この場でそのことについて考えている人物はゼロであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 一方、ポアロの地下室改め、怪盗団のアジトを初めて訪れた快斗。

 

「オメー、ここで普段生活してんのか? マジかよ……」

 

 暁に同情の目線を送る快斗。そして、言い辛そうにしながらも暁を調べたことについて謝罪した。

 

「わりぃ。オメーがどこに住んでるのか調べたら、余計なことまで知っちまってさ……その、色々と大変だったみてえだな」

 

 色々なんて言葉で片付けられるもんじゃねえけど、と快斗は罰が悪そうな顔をする。

 住居を調べるにあたって、暁の身の上についても知ってしまったのだろう。暁は別に構わないと答えてベッドに座り、用件を話すよう促した。頷いた快斗はソファに座り、口を開く。

 

 まず、平崎市の再開発計画について。

 これは一連の爆弾事件の犯人が予想外にも早く逮捕されたので、最早調査の必要はないだろう。快斗は骨折り損となってしまったわけである。調査を依頼した手前、申し訳ないと思った暁は快斗に謝った。

 

「別に構やしねえって……少し気になることも残ってるしな。まあ、これは憶測の域を出ないから話してもしょうがねえよ。それよりも、だ」

 

 急に快斗が居住まいを正し、(おもむろ)に立ち上がった。

 一体何だと首を傾げる暁。恐らく、昨日快斗が電話で話そうとしていたことに関わっているのだろうが……

 

 暁の前に立った快斗はゆっくりと深呼吸をし、意を決したような面持ちをしたかと思うとその場に勢い良く手と膝を突いて頭を下げた。

 

 

「今晩だけでいいから、オメーの力を使ってオレを元の姿に戻させてくれ!」

 

 

 この通りだ! と後頭部に回した両手を合わせて懇願する快斗。

 ようするに、暁の力で疑似認知空間を展開して一時的に元の姿に戻りたいということのようだ。

 

「んな頭まで下げて、今すぐ元の姿に戻る必要があるのか?」

 

 モルガナが問う。快斗とて元の姿に戻りたいのは当然だろう。だからこそ組織を追っているのだ。だが、今すぐそうしなければならない理由は何だろうか?

 

「ん? いたのかよドラネコ。ってか、猫の姿でも喋れんのかオメー!?」

「ずっといたっての! それに今更だろ! 紅子の館で散々この姿のまま会話してたじゃねえか! ……認知世界でワガハイが言葉を話せると認知すれば、現実でも会話が出来るようになるんだよ」

「はぁ~、なるほどなぁ」

 

 話が逸れてしまった。それで? と暁が続きを促す。

 快斗は少し照れ臭そうな様子を見せつつさも不本意だと言いたげな口調で話した。

 

 なんでも、幼馴染の青子という女の子と今夜米花シティビルで映画を見ることになっているらしい。今現在、快斗は家の都合という適当な理由をでっち上げて学校を欠席している。なので、電話でその話をした時はもちろん断ったのだが、絶対に来いと言われて強制的に約束させられたのだとか。

 ……恐らく、その青子という子は快斗に気があり、バレンタインデーというこの日を逃すまいとしているのだろう。しかし、当の快斗は心底迷惑だと言わんばかりに顔を歪ませている。幼馴染の気持ちに気づいていないのか、気づかない振りをしているのか。いずれにせよ、少なくともすっぽかして悲しい思いをさせたくないという気持ちはあるようだ。

 

「カイト。お前には色々と世話になってるが、さすがにその頼みは聞けねえよ」

 

 モルガナの言葉に暁も頷く。

 確かに疑似認知空間では野良シャドウが現れる可能性は極めて低いので、近くに強い歪みを持った者さえいなければ一般人に危害が及ぶことはない。だが、それは外的要因がなければの話だ。紅子の時は彼女の持つ魔力の影響かパレスが生まれてしまったし、例の精神暴走の種を蒔く謎の存在のこともある。シャドウと関係ないことで安易にアルカナの力は使えないのだ。

 そう説明をすると、快斗は「やっぱり駄目か……」と溜息を吐いた。

 

「……分かった。無理な相談しちまって悪ぃな」

 

 元から断られるだろうことは分かっていたようで、起き上がった快斗はそう言って謝った。本当なら力になりたいところだが、こればっかりはしょうがない。

 申し訳なく感じた暁は代案を考えた。得意の変装でどうにかならないだろうか?

 

「いや、オレも何とかそれでいけないかと思ったんだけど……さすがに難しくて諦めたんだ」

 

 暁の提案に快斗は首を横に振った。

 大人が子供に化けるのが無理なように、子供が大人に化けるのもまた然りだ。前者は上半身だけといった限定的な形なら可能かもしれない。後者も大人の四肢を模したパーツを作り、それを義手義足のような形で扱えば変装をすること自体は可能だ。だが、その状態で動くとなるとどうしても不自然な動きになってしまう。例え訓練したとしてもその不自然さを完全に失くすことは難しいだろう。

 

 そうか……と、他に良い案がないか再び考えを巡らせる暁。

 

「ん? 待てよ……そうだ、その手があった!」

 

 だが、そんな暁を尻目に快斗が声を上げた。

 何か良い案が浮かんだのかと暁が聞くと、快斗は答えずにまじまじと暁の身体を下から上まで眺め始めた。

 

「……身長は同じくらい。オレよりかなり鍛えられてるけど、まあ傍目からは分かんねえだろ」

 

 などとブツブツ呟いていた快斗は頷いて顔を上げる。

 

「協力して欲しいことがあるんだ。力を貸してくれねえか?」

 

 元よりそのつもりだと暁が答えると、快斗はどこか悪戯を思いついた子供のようにニマリと笑った。

 

「それじゃあちょっと準備があるから、夕方頃にこの場所まで来てくれ」

 

 そう言うと、快斗は暁のスマホ宛てにどこかの住所を送ってきた。

 一体どういうことかと暁が聞く前に、快斗は「また後でな」と意気揚々といった感じで地下室を出て行こうとする。途中、梯子を登る手を止めて暁の方を見下ろした。

 

「……オレはオメーが両親を殺したなんて話、信じてねえからな。んなこと仕出かす奴じゃねえってのは、ここ数日の付き合いで嫌でも分かっちまうさ」

 

 快斗は不敵に笑い、地下室を後にしていった。彼なりに、暁のことを案じてくれているようだ。

 

 だが、結局具体的に何をすればいいのかは分からないままだ。一体何をさせられるのだろうと、少しばかりの不安を覚える暁であった。

 

 

 

 

 

 

 それから少しして暁とモルガナが地下室から出ると、ポアロ店内には誰もいなくなっていた。

 

 梓とラヴェンツァは? と店内を見回す暁。カウンターの目立つ場所に置き手紙があるのが目に入る。見ると、"ラヴェちゃんと一緒に出掛けるから今日はもうお店を閉めることにしました。暁君も遊びに出掛けたりしていいけど、遅くなる前に帰ること"、という旨が書かれていた。

 

 店長代理権限を有効活用している梓。聞くところによると、店長もよく商店街仲間と出掛けるために店を閉めていたらしいので、この店的には平常運転なのかもしれない。

 それはさておき、店番もする必要がないならこれからどうしようか。

 

「そうだな……適当にどこか出掛けないか?」

 

 モルガナの提案に、暁は頷いて答えた。まずは武見の診療所へ宮野明美のお見舞いに行こう。土曜も日曜と同じで午前診療のみだが、連絡すれば構わないと答えてくれるだろう。お見舞いがてら自分磨きに励むのも良い。

  

 暁は身支度を整えてモルガナを鞄に入れると、戸締りをしっかりして診療所へと向かった。

 

 

 

 

 しばらくして、暁達は武美の診療所に到着した。途中、見舞いの花も買ってきている。

 いつも通り裏口から入ろうとすると、あまり受診者を見かけることがないそこに何やらキナ臭い数名のスーツを着た男達が屯しているのが見えた。対応しているのはもちろん武見だ。

 

 彼らは武美に会釈をすると踵を返し、途中その中の強面の男が門の前に立っていた暁を一瞥して診療所を立ち去っていた。それを見送った暁は門を潜り、疲れた顔をしている武見に声を掛ける。

 

「ん、君か。どうぞ、入って」

 

 武見に促されて、お邪魔させてもらう。廊下を歩きながら、暁はさっきの人達は、と聞く。

 

「ああ、さっきの? ……まあ、別に話してもいいか。警察よ、警察」

 

 驚いて微かに目を見開く暁。

 あのスーツの男達は警察の人間だったようだ。爆弾事件の前に起こった、例の連続放火事件の件でここを訪ねてきたらしい。ということは、彼らは一課の火災犯係に所属する者達なのだろう。

 

 なぜ刑事が放火事件関係で武見の元を訪ねたのかと聞くと、なんと武見は一連の放火事件の犯人として疑われていたらしい。武見は放火された邸宅の一つである黒川邸の家主、黒川大造と関係があった。黒川病院の院長である彼の手術ミスを告発して、失脚させたのである。

 だが、当時の武美は元々大学病院に所属している人間で、黒川病院へは医療技術交流の一環で一時勤務していただけであった。当然大学病院の上層部は関わりのある病院で内部告発をした武見を煙たがるようになった。一方の武見は、気になっていた女児患者が自分が完成させた新薬で無事回復したこともあって丁度良いと思い、色々根回しをされる前に自分から病院を出て行った。その後は自分の診療所を建て、現在に至るというわけである。

 そんな彼女のことは露知らず、病院内のあまり事情を知らない者達の間では彼女が上層部からの圧力によって辞めさせられた――事実自分から出て行かなければそうなっていただろう――という噂が流れていた。そのこともあって警察はそんな彼女が元々の原因である黒川を憎み、彼の邸宅を放火したと疑っていたらしい。他の邸宅を放火したのは、カモフラージュのためと考えて。

 

「ま、今日はその疑いが晴れたってことを伝えに来たんだけどね」

 

 電話連絡でもいいだろうに、律儀なことだ。しかし、疑いが晴れたというのはどういうことだろう。

 あの刑事達によると、昨日逮捕された爆弾事件の犯人である阿玉和宗が放火事件にも関わっていると断定されたらしい。放火された邸宅は全て森谷教授によって設計されたものだということが分かったことで、疑いが彼に向いたのだ。発火原因は軒並み時限発火装置によるもの。それもあって、動機と爆弾製作の技術を兼ね備えている阿玉に疑いがかかるのは当然であった。阿玉自身は否定しているらしいが、警察は彼を被疑者としてそのまま送検するつもりのようである。

 

 一通り話を聞き終わって、明美の見舞いをする。

 相変わらず、意識は戻らないままだ。花瓶に持ってきた花を飾って、しばらく物思いに耽る暁。

 彼女が起きてくれさえすれば、組織のことについて何かしら分かるかもしれないのだ。しかし、だからといって何かできるわけでもない。

 

「……今は無事に目を覚ましてくれることを祈るしかないな」

 

 モルガナの言う通りだ。最悪、情報を得られなくてもいい。無事に目を覚ましてくれるなら。

 

 ……ところで、中沢の姿が見えないが今日はもう帰宅したのだろうか? 暁が尋ねる。既に診療時間外だが、前来た時と同じでてっきり残っているものと思っていたのだ。

 

「中沢さん? 彼女なら、つい先日辞めていったわ」

 

 暁は少しばかり驚いた。彼女は武見のことをいたく心酔していたし、診療所で働いていたのも武見のためといった様子が見て取れたからだ。そんな彼女が武美の診療所を辞めるとは思えなかった。

 

「彼女もね、色々とあったのよ」

 

 暁の考えていることが分かったのか、武見は詳しい話を聞かせてくれた。

 

 例の黒川元院長の手術ミス――酒に酔ったまま手術をしたというふざけたものだが、それによって死んだ人物こそ中沢真那美の夫であったらしい。

 それを告発するために中沢は病院内の関係者に協力を求めたが、皆院長である黒川を恐れて彼女に応えようとはしなかった。そんな中、唯一彼女に応えたのが医療技術交流で黒川病院を訪れていた武見だったというわけである。なるほど、そういう過去があったならば、武美に心酔する理由も頷ける。

 しかし、例の放火事件で黒川元院長は死亡してしまった。中沢はそれによって色々と気持ちの整理がついたらしく、心機一転のために別の場所で人生をやり直すことにしたらしい。これは武見から提案したことだ。元々人手には困ってはいないし、自分のことを気にしてずっと身を捧げるようなことをしているのでは中沢のためにならないと考えてのことであった。

 

 説明してくれた武美の顔は、いつもと比べて少し寂しそうにも見える。彼女も天才とはいえ人の子である。いつも傍にいる人がいなくなったのだから、寂しく感じるのは当たり前だろう。やはり、武見は優しい人だ。

 

 さて、随分と長話をしてしまった。あまり長居するのも良くないし、そろそろお暇させてもらおう。

 暁は武見に礼を言って、一緒に個室を出る。

 

 ――その後ろで、静かに眠る明美の指が、ピクリと動いた。

 

 

 

 

 

 

 「はい、おつかれー」

 

 そして、診療所を後にした暁達。

 まだ午後三時。快斗との約束の時間はまだまだ先である。

 

 さて、これからどうしようか? そう考えながら歩く暁の耳に、妙にわざとらしい子供の声が届く。

 

 

「――あれ、暁兄ちゃん?」

 

 

 声の主は、江戸川コナンであった。

 

 

 




暁のバレンタインデー絡みの話はゲーム原作とは少し違う形になっています。
バレンタインデーと言えばあのネタなんで入れましたけど、九股しといて他人を改心って何様やねんってことになりますしね。

次回も遅れると思います。

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