名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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FILE.24 怪盗同盟

 気付くと、黒羽快斗は真っ白な空間に一人、ぽつんと立っていた。

 それこそ自身が身に纏っている純白のタキシードのような。快斗はそんな空間と自身が一体となり、溶け込んでいるかのような錯覚を覚えた。こんな場所では、自身の存在を明瞭にさせることもできない。

 

(オレ、死んじまったのか……?)

 

 恐らく、そうなのだろう。だというのに、悔しいという気持ちはこれっぽっちも湧かない快斗。目の前の白い光景が、心の中を空っぽにさせてそういった感情の湧き上がりを失くしているのだろう。

 そのためか、快斗は自身が死んだということにも関わらず、死後訪れる場所は三途の川ではないのかと益体もないことを考えていた。親より先に死ぬと、その罪によって永遠に賽の河原で石を積み上げなければならないという言い伝え。どれだけ石を積み上げても鬼がやってきて積んだ石を崩してしまうという、あの賽の河原の話だ。

 父親は死んでいるものの、母親は現在も存命。一人息子を置いてラスベガスに長期滞在中である。もしここが三途の川だったなら、自分も積み石をさせられていたのだろう。だからこそ、快斗は落胆した。怪盗キッドである自分ならお地蔵さんが助けてくれる前にその鬼を欺いてやるのに、と。

 

 死んでまでそんなことを考えている自分に、思わず乾いた笑いを出してしまう快斗。まさか、目的だった『パンドラ』を手に入れた矢先に殺されてしまうなんて、なんと間抜けなことだろうか。父の教えも忘れて、動揺を露わにしてしまった。その結果がこの始末では、怪盗キッドの二代目として、マジシャンとして失格である。

 

 

 ――快斗

 

 

 地獄の沙汰もお金次第。渡し守にお金を払って黄泉帰れないだろうかと思っていると、快斗の耳にどこからか懐かしい声が聞こえてきた。快斗は、ばっと顔を上げて辺りを見回す。

 

 そして、振り返った先に、その声の主がいた。

 

 

 快斗の父――黒羽盗一だ。

 

 

 父を思い出す時に決まって浮かべているあの心理を悟らせない薄い笑みで、快斗と同じ怪盗キッドの衣装である白いタキシードを着込んで、そこに立っていた。

 

 死んだはずの彼がいるということは、やはりここは死後の世界なのだ。快斗は八年振りに見る父の姿に内心喜びが込み上げるが、仇を取れずに後を追う形になってしまったことが後ろめたく、つい目を反らしてしまう。そのまま少し話し辛そうにしながらも、久しぶりの父に挨拶をする快斗。しかし、対する盗一はおかしなことを聞いたかのようにクツクツと笑い出した。

 何がおかしいんだとムッとした顔で盗一に目を向けた快斗は、驚きに目を丸くする。盗一が立っている場所は快斗のいる白い空間とは違う、星空をバックにした高層ビルの屋上であった。白とは対照的な闇夜の黒が、白い怪盗衣装を着る彼の存在を際立たせていた。

 

 盗一はその整った口髭のある唇を動かして、快斗に語りかけ始める。

 

 

 ――どうした快斗。お前はこんなところで終わる男なのか? 前に教えたはずだろう。いつ何時たりともポーカーフェイスを忘れるなと。

 

 

 そう、それが父の教え。常日頃盗一が口にしていた言葉であった。快斗がキッドとなってからも、盗一の付き人であった寺井――快斗はジイちゃんと呼んでいる――から口を酸っぱくして言われ続けていたのだ。

 

 

 ――まだお前の人生という名のショーは終わってなどいない。幕は未だ開いており、観客も席に着いたままだ。ならば、マジシャンとしてステージを降りることは許されない。それに、もう一人の怪盗(・・・・・・・)は未だステージに立ち続けているぞ。

 

 

 その言葉に、ハッとなる快斗。気付けば、快斗の周りを取り囲んでいた白の空間は盗一の立っている場所を中心にして水が乾いていくかのような形で徐々に薄まり始めていっている。

 

 そして、盗一が快斗に向けて手を差し伸ばした。

 

 

 ――さあ、戻ってこい。快斗!

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 再び快斗が視界を取り戻した時、彼の嗅覚をくすぐったのは消毒液の独特な匂いであった。背中には再び目を瞑りたくなるような柔らかな感触。白い空間の次は白いベッドときたかと快斗は苦笑いを零した。

 時刻は昼頃といったところだろうか。窓のカーテンの隙間から覗く陽光がそんな彼を眩しく照らし、ぼんやり気味であった意識をはっきりとさせる。

 

 どうやら、自分は生きているらしい。さきほどまでいた白い空間や自分に語りかけてきた盗一は夢だったのだ。ほっと胸を撫で下ろすと共に、少しばかりの虚無感に浸る快斗。あの黒尽くめの女に毒薬らしき物を飲まされた記憶があるが、あれは勘違いだったのだろう。もしくは、運良く効果を発揮しなかったか。

 

 快斗は掛け布団を退けて身を起こそうとしたが、思い出したかのように身体の節々が痛みに悲鳴を上げ始めた。

 

(ぐっ! いってぇ……)

 

 呻き声を上げ、再び枕に後頭部を埋めてしまう。仕方なくベッドに身を預けたまま辺りを見回すと、カーテンに阻まれているが、もう一つ女性が寝かされているベッドがあるのが目に入った。部屋自体はそこまで広いというわけではないことから、どこかの小さい病院だろうかと快斗は検討を付ける。

 

 そんな快斗の耳に、部屋の扉が開く音が聞こえてくる。反射的にそちらの方を向いた快斗は、入ってきた女性を見て心の中で興奮の声を上げた。

 

(うっひょー! すっげえ美人!)

 

女性の髪型はボブカット、白衣を着ているがその下は黒のタイトなミニワンピースといったセクシーな出で立ちであった。

 

「おはよう。もう昼だけどね。身体の方はどう?」

「ちょ、ちょっと痛いけど、大丈夫」

「そう……ああ、私は武見妙。この診療所の医師よ」

 

 どうやら、ここは彼女が運営する診療所のようだ。昨夜、新宿にある行きつけのバーからの帰りに立ち寄った公園で快斗が倒れているのを見つけたらしい。容態を確認して緊急性はないと判断した後、いちいち適当な病院を探すのも面倒だったので、そのまま自分の車に乗せて運んできたということだ。

 

「全身に打ち身があるけど、骨に異常はなかった。丈夫な身体してるのね」

 

 彼女は内科医ではあるが、何時でも整形外科医として転身できる程度の外科知識と実力を有しているようである。あれだけの高さから落ちてそれだけで済んだということに、武見の言う通り我ながら丈夫な身体をしているな、と思う快斗。恐らく落ちる直前に木の枝に引っかかったりなどして衝撃が和らいだのだろう。落ちた地面に枯葉が溜まっていたのも幸いしたと思われる。

 

「それで、怪盗キッドくんのお家はどこなの?」

「ぶッ!」

 

 思わず噴出してしまった快斗。今現在は診療所に置いてあったのであろう適当な替えの服に着替えさせられているが、考えてみれば倒れていた快斗の服装は怪盗キッドのそれであったのだ。自分が怪盗キッドだと思われてしまっても仕方がない。

 

「あ、いやぁ……実はオレ、キッドの大ファンで! コスプレしたまま木に登って遊んでたら、足を踏み外しちゃいまして、アハハハ……」

「なるほど。まあ、そんなところだろうと思ってたけどね」

 

 慌てて誤魔化そうとする快斗の言葉を、武見は意外にもあっさり信じてくれた。

 そういえば、妙に武見との身長差を感じてしまうのは自分がベッドに寝ている状態だからだろうか? 快斗は首を傾げた。

 

「……それで、お家はどこなの? 電話番号とか、分かるかな?」

 

 会話の内容は快斗の身元についてに戻る。随分と小さな子供に対するような話し方だが、快斗はひとまずそのことは気にせず誤魔化すことに専念することにする。

 

「お、親は今海外へ旅行に行ってて、ええっと電話番号は~……あれ、なんかド忘れしちゃってみたいです、ハハ」

 

 事実、快斗の母は今現在ラスベガスに滞在中だ。余計な嘘をつかず、言える範囲は本当のことを言った方が誤魔化しやすい。

 

「子供を放って海外旅行だなんて、何考えるのよキミのご両親は……」

 

 顔に手を当てて呆れたように言う武見に、苦笑いしか返せない快斗。

 さて、あまり長く話をしていては面倒事が増えそうだ。快斗は痛む身体を抑えて、ベッドから降りようとする。

 

「ちょっと、何してるの! まだ安静にしてなさい!」

「もう大丈夫ですよ! お金は後日支払いますんで――」

「ったく、子供がそんな遠慮するんじゃないの」

 

 止める武見の言葉に、さすがの快斗もムッとし始める。確かに自分は世間一般的には子供だろうが、それと同時に十分大人扱いされてもいい高校生だ。これ以上の子供扱いはさすがに我慢ならないと快斗は言い返そうとしたが、次に起きた出来事にその文句も出ず仕舞いとなってしまう。

 

 武見が快斗の脇を両手で抱えて、持ち上げたのである。

 

(……へ?)

 

 先ほどから違和感を覚えてはいた。しかし、そんな馬鹿なことがあるはずがないと脳が無意識にそれ(・・)を認識しないようにしていたのだ。壊れた玩具のように首を動かす快斗。その動かした先の壁に貼られた鏡を見て、疑念は確信へと変わる。

 

 

 ――か、身体が……縮んでる!?

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 一方、時は少しばかり遡って。

 ポアロでの仕事を午前中で終えて昼食を食べ終えた暁は、手土産の花を持って未だ昏睡状態のままの宮野明美のお見舞いに行こうと杯戸町にある武見内科医院へと向かっていた。今回はラヴェンツァも同行している。

 

「その診療所まではどのくらいかかるのですか?」

「杯戸町だから、隣町だ。結構近いし、徒歩で30分といったところだな」

「そうですか……そういえば、テレビで杉村についてのニュースが流れていましたね」

 

 ラヴェンツァの言う通り、仕事中ポアロの店内に置いてあるテレビで臨時ニュースが流れていた。あの杉村がオクムラコーポレーションに行った悪行を自供し、父親である杉村議員が裏で行っていた不正も暴露したのだ。どうやら、改心は成功したようである。国会議員は不逮捕特権によって会期中は逮捕されないが、会期が終えるまでに十分な捜査を行った検察によって豚箱送りにされるはずである。それこそ、順調に事が進んで許諾請求が認められれば、会期中に逮捕という形もありえる。

 怪盗団はキッドではなく、最初から杉村を狙っていたのではないかという話もチラホラと聞くようになってきていた。

 

 事の経緯を説明しよう。

 ある日、怪チャンを覗いていた暁は、オクムラコーポレーションという反応せざるをない名前の会社が書き込まれているのを見つけた。そして、その書き込みをした人物のハンドルネームが"ノワール"であったことから、それがこの世界の(・・・・・)奥村春の書き込みであることに気付いたのだ。春は元の世界では心の怪盗団の一員で、ノワールは怪盗団で活動していた際に彼女が名乗っていたコードネームだったのである。

 

 早速暁はモルガナをオクムラコーポレーション本社に派遣し、詳しい事実関係の確認を行った。その最中、杉村は怪盗キッドに対して宣戦布告をし、ホープダイヤを東都国立博物館に展示することを決定した。それを知った暁は、その展示会で杉村を追い込もうと判断したのだ。怪盗キッドが狙いと見せかけて裏切り、杉村を追い込むチャンスだと。

 調べたところ、春の父親は元の世界とは違ってブラック経営もせず家族を大切にしていた。そんな奥村一家を騙し裏切ったからには、それ相応の報いを受けてもらう。元の世界の話とはいえ、仲間である春をこちらでも(・・・・・)傷付けた罪は重い。今まで以上に暁は冷徹となっていた。

 幸い、最近怪チャンに実装されたランキングの首位は怪盗キッドとなっていたこともあって、何をするまでもなく杉村は怪盗団の介入に期待を寄せる形となったのである。

 

 だが、改心するにあたって怪盗キッドの存在が邪魔になってしまうという懸念もあった。そこで、あの予告状を作ったのだ。キッドは過去、漆黒の星(ブラックスター)という宝石を盗むにあたって、文頭にエイプリルフールと書いた予告状を作っていた。そのことを知った暁はそれに似せた予告状を作成し、暗に本当の狙いは杉村であることをキッドに伝えようとしたのである。最も、キッドも相応に怪盗団を警戒しており、予告状の文章を読んだだけでは気付いてくれなかったが。

 

 そうして、暁――ジョーカーは杉村を追い詰め、シャドウを倒し本物のホープダイヤを奪還した。それはモルガナに手渡しキッドが取り返したという形で春の元へ送ったのだが、都合の悪いことに杉村のオタカラもホープダイヤとして現実に現れてしまったのである。

 

 特大のダイヤモンドを前にどうしたものかと手をあぐねいていた時に、キッドが横からそのダイヤを奪っていったのだ。扱いに困っていたので持っていってくれるなら好都合だと、暁は特に取り返そうとはしなかった。

 しかし、もしキッドがダイヤを元の持ち主である春の所へ持ち込んだとしたら、すでにダイヤが春の手にあるのを見て吃驚仰天したことだろう。そのことに後から気付いて暁は少し罪悪感を覚えたが、持っていかれた以上どうすることもできなかった。

 だが、そこまで気にすることもないだろう。同じ怪盗同士、また相見えることがあるかもしれないのだから。

 

 閑話休題。そうこうしている内に、暁達は武見内科医院に到着した。

 

「休日でも診療してるのは元の世界と同じだな。さすがに午前中までみたいだが」

 

 元の世界の武見は時折出掛けることはあれど、休日問わずほとんどの時間を診療所での新薬研究に費やしていた。こちらでもまた別の薬を研究中なのだろうか? いや、恐らく単に医師として働いている時が一番落ち着くのだろう。彼女はそういう人だ。

 

 昼時を過ぎた今は時間外であるのだが、武見は別に構わないとお見舞いを許可してくれた。正面玄関は開いていないので、初めて来た時と同じように裏口に回ってインターホンを鳴らす。

 

「は~い。あ、貴方は……」

 

 少しすると、女性が返事をして扉を開けた。確か中沢と呼ばれていた、この診療所で働いているらしい看護師だ。妙に武見に心酔していたのが印象に残っている。

 

「そうそう、暁君ね。武見先生から話は聞いてるわ。宮野さんのお見舞いよね?」

 

 中沢の言葉に頷いて答える暁。武見から話が通っているのだろう。中沢はそのまま明美が入院している部屋に案内してくれようとする。

 

「……あら? まあ、可愛らしいお嬢さん。お兄さんと一緒にお見舞い? 偉いわね」

 

 暁が玄関に入ると、その後ろに隠れていたラヴェンツァを見つけて笑顔になる中沢。彼女はその場にしゃがみこみ、優しい手付きでラヴェンツァの頭を撫で始める。 

 ラヴェンツァは子供扱いされて眉をピクピク、いかにも不機嫌そうな様子だ。撫でられている彼女の姿をスマホで撮影する暁であったが、ちらりと見た中沢の笑顔からどこか哀愁的な感情が覗いていることに気付いた。

 

「あの人が生きていれば、私にも……あっ! ごめんなさい!」

 

 何やら小さい声で呟く中沢。そこではたと気付き、慌てて立ち上がって暁達を案内し始めた。

 

 中沢に案内されて廊下を歩く暁達。入院設備がある有床診療所といっても、ここはさして大きく診療所ではない。診察室などを除けば、ベッドが用意されているのは恐らく一部屋くらいだろう。しばらくしない内に、明美が入院しているであろう部屋の扉が見えてくる。

 

「あの部屋です」

 

 と、手で指し示す中沢。

 

 その時、扉が突然音を立てて開き、間髪入れず中から少年が飛び出してきた。

 そのまま中沢の横を走り過ぎようとしたが、その先にいた暁にぶつかって尻餅を突いてしまう。

 

「いってて……」

「大丈夫? 坊や」

 

 痛そうに呻いているのを中沢と暁が抱き起こそうとするが、少年は助けは要らないとばかりに自分で起き上がる。続けて、少年を追いかける形で武見が部屋から出てきた。

 

「言わんこっちゃない。いきなり飛び出したりするからよ……? ああ、もう着いてたの」

 

 困ったように溜息を吐いた武見は、遅れて暁が来ていることに気づいた。

 

「って、今度は猫に加えて女の子連れって……まあ、それはそれとして、悪いね、立て込んでて」

 

 そう謝りつつ、明美のことについて話し始める。

 

 

(くっそ、溜息を吐きたいのはこっちだぜ……)

 

 その間、少年――黒羽快斗は溜息を吐きたいのはこっちだぜと心の中で毒吐いた。暁の後ろに控えているラヴェンツァを見て、彼女と目線の高さがあまり変わらないという事実を前に、さらに泣きたい気分になる快斗。

 快斗はそんな気分を誤魔化すように視線を外す。その先で目に入った物を見て、呼吸が止まった。

 

 

 ――黒猫。

 

 

 ある記憶がフラッシュバックする。快斗はホープダイヤを盗むに当たって、鳩の足に集音マイクと小型カメラを取り付けて調査を行っていた。そのカメラが、奥村春の自室にいる黒猫の姿を捉えていたのである。

 当初、快斗はその猫を春が飼っているペットだと思い、特に気にも止めないでいた。しかし、昨晩春の部屋を訪れた時、猫の姿はどこにも見当たらなかったのだ。

 

 快斗は思考を巡らせた。奴――ジョーカーは、明らかに展示されているダイヤと杉村が持ち歩いていたダイヤが両方偽物であることを事前に知っていた。自分はその情報を、鳩を使った調査で得たのだ。

 ならば、怪盗団はどうやってそれを調べたのか? 改心のように人知を超えた力を使ったのか? いや、恐らくだが怪盗団にそんな万能な力はない。あれば、とっくの昔にこの世の悪人は自分を含めて軒並み改心させられているだろう。とすれば、怪盗団も怪盗団で何かしらの方法で調査を行っているはずなのだ。

 

 ……そう、例えば、猫を使ったとか。

 

 目の前にいる猫の瞳は幻想的な青色をしている。奥村春の部屋にいた猫も、同じ色の瞳だった。これは、もしかすると……猫を凝視していた快斗の視線は、武見と話している暁の方へと向けられる。

 

「それじゃあ中沢さん。その子のこと、お願いね」

「あ、はい。分かりました」

 

 武見は快斗のことを中沢に任せ、暁達を部屋へと招き入れた。彼らが部屋に入っていくのを、快斗はじっと睨み続けるのであった。

 

 

 

 

 部屋に入った暁達。そこには、相変わらず目を閉じたままベッドに寝かされている明美の姿があった。規則正しい呼吸はしているが、それだけだ。

 

「あれから特に変化はなし。まあ、気長に待つしかないわね」

 

 早く意識を取り戻して欲しいが、こればっかりはしょうがない。とりあえず、持ってきた花を飾ってくれるよう頼む暁。

 

「へえ。この花、虹色セージ? 花言葉は確か……幸福な未来、だっけ?」

 

 その通りである。武見はあまりそういうことに興味がなさそうだったので、意外だと思う暁。

 

「自分でも似合わないってのは分かってる。内科だし、研究の一環で植物とか色々個人的に調べたりしてたのよ」

 

 どうやら顔に出てしまっていたらしい。武見に花が似合わないなんて思っていない。お詫びに今度来た時は武見にも贈ると言う暁。サボテンとか。武見は目を丸くして驚いている。

 

「……いや、別に気にしてないから。というか、貴方花言葉なんてよく知ってるね」

 

 暁は花屋でバイトをしていた経験がある。それを聞いた武見は「エプロン着て? ……ちょっと見てみたいかも」とくすりと笑う。エプロンならポアロでほぼ毎日着ているのだが、喫茶店と花屋ではイメージが変わってくるのかもしれない。

 ちなみに、先程から横に立っているラヴェンツァがしきりに暁の脛を蹴っているのだが、これはこれで可愛いのでもうしばらくそのままでいさせよう。暁はそう心の中で独りごちた。

 

 

 

 

 それから少し話を続けて、お見舞いを終えた暁達。廊下に出ると、そこにいたのは中沢一人だけで先程の少年の姿は見えなくなっていた。

 

「すみません、武見先生。少し目を離した隙に診療所を出ていってしまったみたいで……」

「そう……まあ、あれだけ元気なら大丈夫でしょ。中沢さんも、もう帰っていいよ」

「え? でも……」

「とっくに営業時間外だし。それにほら、例の放火事件……昨日ニュースでやってたの見た。色々思うところあるでしょ? 無理しなくていいから」

 

 武見の言葉を聞いて、中沢は少しばかり俯いて黙り込む。そして、「すみません……それじゃあ、お先に失礼します」と言って、ナース服を着替えに更衣室へと向かっていった。

 

「一昨日の晩、黒川邸って所で放火があったのよ。家主の黒川病院の元院長が亡くなったって。家族は偶々外出してて助かったらしいけどね」

 

 暁が首を傾げていると、武見がそう説明してくれた。昨日は杉村の件やそれに関わる準備もあってテレビをろくに見ていなかった。そのせいで、暁はそんな事件がニュースで報道されていたことを知らなかったのだ。

 その黒川邸の放火と中沢に何の関係があるのか、気にはなるが無理に聞くのは止した方がいいだろう。暁は武見に礼を言って、そのまま診療所を後にした。

 

「はい、お疲れー」

 

 

 

 

 診療所を出て正面玄関の門に差し掛かった所で、モルガナが暁に声を掛ける。

 

「なあ、今更なんだが……ホントにハルと会わなくて良かったのか?」

 

 モルガナの言葉に、暁は無言で返した。

 もちろん、会えるものなら会いたかった。だが、元の世界で仲間だったとしても、ここでは赤の他人。この世界の彼女が誰かを裏切ることはない。だからこそ、悪党と関わりを持たせるわけにはいかないのである。

 

 いや、多分、それは建前でしかないのだろう。

 本当は、ただ逃げているだけだ。仲間に対して、二度目の自己紹介をすることから。

 

 今までどんな相手でも逃げずに立ち向かってきたというのに、こんなことで尻込みしてしまうとは。ここに来て気づいた自分の弱さに、暁は自嘲気味に鼻を鳴らした。

 

「……杉村は改心しました。奥村春はもう大丈夫です。私達は私達のすべきことをしましょう」

 

 そんな暁に対して、気遣うような視線を向けてそう声を掛けるラヴェンツァ。

 

 

 

「――ビンゴ」

 

 

 

 その時、彼らの頭上から声が聞こえてくる。子供特有の幼く高い声質。しかも、ついさっき聞いたばかりの声だ。暁が声のした方に顔を向けると、門塀の上に先程診療所で顔を合わせた少年が仁王立ちで暁達を見下ろしていた。

 少年は塀から飛び降り、暁達の前に着地する。その動作を見た暁は、鳩の羽が撒き散るような錯覚を抱いた。

 

「また会ったな、ジョーカー」

 

 少年は片笑みを浮かべて、そう口にした。

 なぜ少年が、ジョーカーの正体が暁であることを知っているのか? ラヴェンツァは警戒を露わにした目で少年を睨み、モルガナは尻尾を山の形にする。 

 

 当の暁は少年の発した、また会ったな、という言葉に首を傾げていた。この少年に会ったのは今日が初めてのはずだ。誰かと勘違いしているのだろうか? そう考える暁であったが、よくよく少年を見ればどこかで見た覚えがあるような気がしてくる。それは既視感とはまた別の、はっきりとしたものであった。

 

 黙り込んだままの暁を見て、諦めたように溜息を吐いて頭を掻く少年。

 

「……やっぱり分かんねえか」

 

 すると、少年は片手をおもむろに後ろ手へ回し、どこからか白いシルクハットを取り出した。暁達には見覚えのあるシルクハットだ。それからポンッと小さな煙が出たかと思えば、中から一羽の鳩が出てきたのである。白いシルクハットに白い鳩……さながら、それは怪盗キッドを思わせるようなマジックであった。

 

 そこまで来て、暁は思わずまさか、と口にする。そんなことがありえるのか。そんな暁に対して、少年はやれやれといった様子で答えた。

 

「そう……オレが月下の奇術師こと、怪盗キッドさ。不本意ではあるが、オメーの予告状の通り日輪の下に現れてやったぜ」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 場所を移動して、米花駅前にあるビッグバン・バーガーへと訪れた暁達。そこで、キッド――改め快斗から昨晩博物館で別れた後の顛末を聞かされる。

 黒尽くめの女に薬を飲まされた後激痛で気を失い、気が付いたら武見に介抱されていた。しかも、子供の姿になって。キッドファンの子供が嘘を吐いているというわけではないだろう。彼は博物館での出来事を事細かに説明してみせた。何より先程見せたマジックこそ、彼がキッド本人であるということを示していた。にわかには信じがたいが、彼は若返ったのだ。恐らく、女に飲まされた薬の影響で。

 

「もちろん、最初から子供にするために飲ましたわけじゃねえ。多分、何かの作用で毒薬が毒薬としての効果を発揮しなかったんだ」

 

 こう言ってはなんだが、子供に身をやつしてしまったとはいえ死ななかっただけ幸運と言ってもいいのだろう。

 とはいえ、怪盗団も全く関係がないとは言えない。少しばかり責任を感じている暁であったが、快斗はそれを察して何でもないとばかりに片手を振った。

 

「てめえで盗んだ物にケチ付けるほど腐っちゃいねえよ。そんなことはどうでもいいから、一体どうしてダイヤが二つあったのか、オメーは知ってるんだろう? タネを聞くのはご法度だが、そうも言ってられねえからな」

 

 ここまで来たら、説明せざるを得ないだろう。ラヴェンツァは少しばかり渋っていたが、暁は快斗に怪盗団の手口(・・・・・・)をかいつまんで教えた。

 人間の感情が具現化した存在であるシャドウ。人々の認知によって有り様を変える認知空間にのみ現れるそれを打ち倒し、歪みの原因であるオタカラを具現化、頂戴することで改心させるのだ。

 

「……つまり、杉村のオタカラがホープダイヤとして具現化して、それをオレが盗っていったということか」

 

 快斗の言葉に、こくりと頷く暁。

 荒唐無稽な話だが、事実ダイヤは二つあったわけだし、店内テレビでは杉村が改心されたというニュースが繰り返し放送されている。聞いた話を顎に手をやりながら頭の中で整理していた快斗が、ふいに暁に質問した。

 

「……一つ聞いていいか? なんでオメー、心の怪盗なんてものをやってるんだよ?」

 

 暁は言葉を濁さず、快斗の目を見据えながら答えた。それが正義だからだと。正義という青臭い言葉に思わず吹き出す快斗。

 

「人の心を無理矢理捻じ曲げるのがお前の正義なのか?」

 

 目を細めた快斗が続けて問う。対する暁は、首を横に振る。

 

 誰かを助けることこそが、自分の正義だ。

 

 一瞬足りとも目を反らさず、暁は答えた。全くもって単純ではあるが、それ故に分かりやすい。暁の目を見た快斗は理解した。暁は自らを正義の代理人だと言っているわけではない。悪党であることを自覚しつつ、それでも誰かを助けるという覚悟をしているのだと。

 快斗は暁のことをひとまず信用することにした。コイツは、人を騙すような人間ではないと。

 

 ところで話は変わるが、と暁。毒薬を飲ませてきた黒尽くめの女について、心当たりはあるかと快斗に聞く。もしかすると、その黒尽くめの女は自分達の追っている組織と関係があるかもしれない。

 

「それはこっちが知りたいぐらいだっつの。そのお前達が追っている組織っていうのは?」

「貴方が寝かされていた部屋に、もう一人女性が寝ていたでしょう? 彼女は、黒尽くめの者達で構成されている組織に利用され、撃たれた所をマイトリックスターが何とか助けたのですが、今は昏睡状態になっているのです」

 

 ラヴェンツァが続けて話す。暁達はあの事件から黒尽くめの組織について情報を集めていた。だが、今日までろくな情報を得ることもできず仕舞いであった。

 その話を聞いた快斗は少しばかり考え込み始めた。会話がなくなり、暁の耳は他の客の話声や店員の接客する声にフォーカスが移る。それに紛れる形で、店内のテレビは東洋火薬から大量の爆薬が盗まれた事件や、邸宅が放火された事件を繰り返しの形で報道している。後者は恐らく武見が言っていた事件だろう。他にも何件か放火されており、今回の放火事件と同一の犯人によるものとして警察は捜査しているようだ。

 気になった暁がそのニュースに耳を傾けようとしたところで、快斗がその小さな身体を前のめりにして一つの提案をした。

 

 

「なあ、"怪盗同盟"を結ばないか?」

 

 

 あの『パンドラ』を奪っていった黒尽くめの女が本当に暁の言う組織の者であったとしたら、その組織こそが快斗の父を殺した組織であるということになる。快斗としても、その黒尽くめの組織についての情報が欲しいのだ。

 だからこその怪盗同盟である。お互いに組織のことについて情報を集め合い、追い詰める。本来なら快斗は巻き込むことはしても進んで必要以上に部外者の力を借りることはない。だが、幼児化というバッドステータスを受けている以上そういうわけにもいかないだろう。

 

 暁はモルガナとラヴェンツァと顔を見合わせる。不満げなラヴェンツァが「子供の成りをしている貴方に何ができるというのですか?」と問うた。

 

「オメーも子供じゃねえか! ……怪盗キッドは不死身だ。子供に身をやつそうとそれに変わりはないさ」

 

 幼児化しようと、キッドとしての活躍は十分できる。そう答える快斗。

 

「いいんじゃないか? 組織の規模が分からない以上、協力者は多い方がいいだろう」

 

 と、快斗には聞こえない声で言うモルガナ。暁もそれに頷き、同盟を結ぼうと答えた。

 

「決まりだな」

 

 快斗が右手を差し出す。暁はその手を取って、握手を交わした。快斗からの信頼を感じる。

 

 

「っ、やっべ!」

 

 握手を交わしていると、ふいに快斗が慌てて手を放して机の下に隠れた。

 何事かと思って暁が背後を振り返ると、店内に妙に焦った様子のコナンが入っていくのが見えた。旅行から帰ってきていたのだろう。彼はそのまま暁達に気づかず二階へ上っていき、少しもしない内に足早に階段を降りてきて店を出ていってしまった。一体彼は何しに来たのだろうか? 店員も呆気に取られている。

 

「まさかあの坊主と会うなんてな……というか、よく考えたら隠れる必要なかったか」

 

 コナンが出ていったのを確認して、いそいそと机の下から這い出てくる快斗。

 

「……話は戻るのですが、なぜ黒尽くめの女はホープダイヤを奪っていったのでしょうか?」

 

 コナンのことをスルーして、ラヴェンツァが疑問を述べる。本物のホープダイヤを狙ってなのか、はたまたオタカラとして具現化したホープダイヤを狙ってなのか。

 

「オレが追っている組織はパンドラっていう不老不死の力を得られる宝石を探し求めていたんだ。本物のホープダイヤはパンドラじゃなかったが、オメーらの言うオタカラの方にはそれが内包されていた」

 

 ひょっとしたら、オタカラとパンドラは何かしらの関係があるのかもしれない。

 仮にそうだとすると、組織は認知訶学について多少の見識があるということになる。いや、それ以前に精神暴走の種を蒔いている犯人が組織であるという可能性も浮上してきた。

 何にしても、どうにかして組織の情報を得なければならない。しかし、闇雲に探しても今までと同じで徒労に終わってしまうだろう。

 

「……一つ当てがあるぜ」

 

 どうするかと腕を組んで考えている暁に、快斗が口を開く。当てというのは、一体何のことだろうか?

 

「そうだな。困った時の神頼みならぬ、魔女頼みって奴さ」

 

 

 




実はキッドを幼児化させるかさせないかは前話の投稿ギリギリまで迷っていました。幼児化させると色々面倒事も増えてショタ枠もコナンと被りますし、暁の裏事情を知っている同年代の男友達という存在が欲しくもあったので……
ですが、あの状況で一番自然にキッドが助かる方法がAPTX4869を飲ませて幼児化させることだったんですよね。まあ、幼児化させた以上どうにかしていくつもりです。

後、同時進行である事件が展開していますが、本作ではその事件の時系列と進行の仕方が原作と異なっています。予めご了承ください。









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