名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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FILE.23 心の怪盗団VS怪盗キッド  後編

 視界を遮る煙は、完全に晴れた。

 大勢の警備員が床に倒れているホール。その光景はまさに死屍累々といった言葉が相応しい。

 

 その柱の陰、床の上で芋虫のようにジタバタと暴れている杉村。手足を紐で縛られ、口にはガムテープが貼り付けらている。

 無様な姿を晒している杉村を、ジョーカーは静かに見下ろしていた。そしておもむろに跪き、紐を切り裂いた後でガムテープを一気に剥がす。

 

「あぅッ! ぐ、この……もっとゆっくり剥がせよ!」

 

 杉村は痛みに呻くが、すぐにジョーカーの胸倉を乱暴に掴み出す。

 

「おい、どうしてさっさとあのコソ泥を改心させなかったんだ! まんまと逃がしているじゃないか!」

 

 赤く腫れた口で喚き散らす杉村。

 しかし、少しして冷静さを取り戻したのか、一旦深呼吸してジョーカーから手を離した。

 

「……ふー。だが、やはりコソ泥はコソ泥だったな」

 

 乱れたスーツの襟を正し、髪を整える。

 

「僕が身に付けていたダイヤ、そう……あれも(・・・)偽者なのさ」

 

 得意げな顔で、頼んでもいないのに自分から次々と語り出した。

 

「正真正銘の本物は別の場所に隠してあるんだ。奴の今までの手口からして、宝石(ターゲット)の所有者を監視していることは大体推測できたからね。わざと身に付けているダイヤこそが本物だと口にしてみせたんだよ」

 

 興奮気味にそこまで語ってみせたところで、杉村は自分のことをただ睨み続けているジョーカーを見やる。

 

「おい、何をしている。ぼさっとしてないで、さっさとあのコソ泥を追いかけろ! ただ勝つよりも、捕まえた方が僕の知名度はより上がるんだ。みすみす逃がすなんて馬鹿な真似をしてくれるな!」

 

 指先を突きつけて、まるで自分の部下に命令するように言う杉村。

 

 ……しかし、ジョーカーはその場を動こうとしない。

 ただじっと、ゴミを見るかのようなその赤い目で杉村を見下ろしている。そして、その色には、明らかな怒りの感情も見て取れた。

 

「…………おい、待て。まさか――」

 

 杉村の顔がみるみる青褪めていき、目の前のジョーカーから後ずさる。 

 

「お前は、キッドを狙ってここに来たんだろう? さっき配られた予告状にもそう書いてたじゃないか!」

 

 杉村の言葉に答えるようにして、ジョーカーは懐から例の予告状を取り出す。それを、キッドにやってみせた時と同じように縦に切り裂き、千切れた片方を床に落として手に残されたもう片方をヒラヒラと杉村に見せつけた。

 

 

 

 

 私    利私欲で悪戯に世間を騒がせる奇術師、怪盗キッド殿。

 

 月    下において行われるその大体不敵で巧妙な手口は、標的が違うとはいえ

 

 一    同業者として賞賛に値する。が、お前の断罪を望む大衆の存在を無下にはできない。

 

 日    輪の下にその姿を晒させてみせよう。今宵、その欲望を頂戴する。

 

 

 

 

「し、()月一日……? エイプリルフールとでも言いたいのか?」

 

 信じられないといった様子の杉村だが、対するジョーカーの目が本当だと告げている。

 

 エイプリルフール。

 それは、怪盗キッドが鈴木財閥の『漆黒の星(ブラックスター)』を狙って予告状を出した際、文頭に加えていた一文だ。

 

「……な、何だそれは。キッドのようなふざけた真似をしやがって。標的(ターゲット)がキッドではないと言うなら、一体お前は何をしにここへ――」

 

 震える杉村は尻目に、ジョーカーは残った片方も捨てると、ポケットからスマホを取り出した。そして、その赤い画面――怪チャンに書き込まれたある一文を見せる。

 

 

 

 ――オクムラコーポレーションを倒産寸前にまで追い込んだのは杉村議員とその息子です。

   どうか、彼らを改心させてください。

                               ノワール

 

 

 

 杉村は驚きに目を見開いた。その見覚えのある書き込みは恐らく……いや、十中八九自分の婚約者である春が書き込んだものだ。

 まさか、怪盗団はランキングを無視して、こんな誰も同調していない、誰も見向きもしていないような書き込みを優先したというのか。なぜ他を差し置いて、そんな小娘の戯言を信じたのか。

 

 

 いや、今はそんなことは重要ではない。

 その書き込みが切欠でここに来たということは……

 

 

「……う、うわああぁぁーーーッ!!」

 

 全てを理解した杉村は悲鳴を上げて走り出し、ホールを飛び出していった。

 途中何度も転びそうになりながらも廊下を走り続け、目的の部屋を辿り着く。扉を開けて中に入り、すぐに内鍵を閉めた。

 

 そこは、杉村に宛がわれた臨時の客室であった。

 電気の点いていない真っ暗なその部屋から聞こえるのは、杉村の荒い息遣いのみ。

 

 ……次第に、目が暗闇に慣れてくる。

 

 息が落ち着いてくると、杉村は窓際の机に近づいた。棚の鍵を外して中を探り出し、中から本物のホープダイヤを取り出す。その時、ガタリという杉村の息遣い以外の音が部屋に響き渡った。杉村は弾かれたように音がした方を振り向く。

 

 

 ジョーカーだ。いるはずのないジョーカーが、そこにいた。

 

 

 椅子に座っているジョーカーは傲然な態度で膝を組み、背もたれに片腕を掛けている。膝の上に置かれているもう片方の手が持っているのは、拳銃。

 

「どうして! 鍵を閉めたはずなのに、どうしてお前がここにいるんだよ!」

 

 ――何を喚いている。お前が招き入れたんだろう?

 

 ジョーカーはさも杉村の言っていることがおかしいと言わんばかりの口調で答える。

 タネ明かしをすると、潜入道具の一つである存在消臭剤を使って気配を極限まで消し、欠伸が出そうなほど走るのが遅い杉村の後を追っていただけだが。

 

 杉村は、目の前の男が――その纏っている雰囲気も相まって――自分達とは違う超常的な存在であると認識した。

 

 茶番はここまでだ。杉村とその父親である有力議員は裏で悪事を繰り返していたことは明白。杉村を改心させれば、つるんでいた父親も遅からず捜査の手が入ることとなるだろう。

 だが、今のジョーカーにとってそんなことはどうでもよかった。重要なのは……椅子から立ち上がったジョーカーが、杉村に告げる。

 

 

 

 ――お前は、仲間(・・)を傷つけた。その罪は重い。

 

   故に、その歪んだ欲望を頂戴する……!

 

 

 

「……うっ!? ぁぁ、ぁがああああぁぁーーー!!!」

 

 ジョーカーの言葉に反応してか、精神的に極限まで追い詰められた杉村が獣のような雄叫びを上げた。

 

 その目が黄色く濁り始め、地響きが起き、赤い波飛沫が吹き上がった。

 杉村の顔は黒い梟とも鴉とも取れる鳥のそれへと変化していく。背中からは大きな翼が生え出し、身体は血のように赤く染まり上がった。

 

「――――――――――!!」

 

 元は知性的であったであろうその悪魔は、喚き声にも似た咆哮を上げながらジョーカー目掛けて我武者羅に飛び掛かった――

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 それから、しばらくの時間が経った。暗闇がより深く夜を染める。

 

 警察関係者達が博物館の外へと飛び出して以降、外部からは全く進展がないように見える対決劇。警察が飛び出していった理由を知らない観客達からは、諦めて家に帰る者やその場で野宿し出す者まで現れ始めている。

 

「うぅ……眠い」

 

 青子は眠そうに目を擦りながらも、スマホで父親である中森警部に連絡を取ろうとする。しかし、出ない。溜息を吐く青子。

 

「それでは、私達は先に失礼します」

 

 すると、傍らにいた少女が急にそう言い出した。眼鏡を掛けた男性から、自分が戻るまで一緒にいてやって欲しいと言われて預かっていた子だ。

 

「え? でも、まだあの人戻ってきてないよ」

「先ほど、遅くなるから先に帰ってくれと連絡がありました。他にも寄り道を頼まれましたが」

 

 そう返されるが、こんな夜中に子供一人で大丈夫かと心配そうな顔をする青子。

 

「心配は無用です。一応、一人ではありませんから」

 

 そんな青子を察してか、足元にいる黒猫に目を向ける少女。

 そういえば、この猫は先ほど少しばかり姿が見えなくなっていたが、一体どこに行っていたのだろうか? 青子は首を傾げるも、一礼して離れていく少女に慌てて声を掛ける。

 

「あ、待って! 本当に大丈夫なの!?」

 

 少女からの返事はない。 

 その小さな背中が見えなくなるまで青子は見送ったが、少女が青子の方を振り返ることは一度もなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 一方、そんな夜闇の中、自己の存在を主張するかの如く白い男――怪盗キッドが窓から博物館の一室に忍び込んだ。

 その部屋で、床に横たえている杉村。すぐ傍には、椅子に座って足を組んでいるジョーカー。その手には暗闇の中でも輝きを放つホープダイヤが握られている。

 

「よっ、終わったみてえだな」

 

 キッドは馴れ馴れしい態度でジョーカーに近づき、倒れた杉村の傍に腰を下ろす。

 微かに息をしている。死んではいない。意識を失っているだけのようだ。

 

「何をしたのかは知らねえけど、これで改心は済んでるのか?」

 

 ジョーカーはそれに無言で返す。

 口数の少ない奴だな、とキッドは肩を竦めた。

 

「……まあ、オレには関係ねえか。それじゃあ、オレは頂くモン頂いて、今度こそ本当にオサラバさせてもらうぜ」

 

 気付くと、ジョーカーの手からダイヤがなくなっていた。手をわきわきさせてからそれに気付いたジョーカーは、辺りを見回す。ダイヤは、いつの間にかキッドの手に収められていた。

 

「そこに転がってる奴は最低な性格してやがるが、あれでも一応その界隈ではやり手と言われてる。それだけあって、今までにないくらい用心深い男だったぜ。結局、本物のダイヤを隠している場所が掴めず仕舞いだったからな」

 

 杉村は『馬鹿正直に本物をわざわざ用意して出向くなんて真似はしない』と語っていた。その言葉から、展示されているダイヤはもちろん、身に付けてくるであろうダイヤも偽者であることは容易に想像できたのである。

 

「当初はオメーらに勝ちを譲ったと思わせて安心しているところを出し抜こうと考えてたんだが……オレじゃなくて杉村が真の標的(ターゲット)だってわざわざ教えてくれたオメーを利用させてもらったよ」

 

 ジョーカーはダイヤを取り返そうとするような素振りを見せない。

 怪盗団がどういう理由で悪党の改心を続けているのかはキッドの知るところではない。改心を目的としている彼らがホープダイヤのことまで考えているのか定かではない以上、当初の予定通りダイヤは自分が本来の持ち主の元へ返しておこう、とキッドは判断したのだ。

 

 正直に言って、キッドは怪盗団の改心という行為に対して思うところがないわけではない。怪盗である前にマジシャンであるキッドは、手品(マジック)を用いて観客の心に驚きと興奮を与えることに生き甲斐と誇りを持っている。それ故に、通り魔同然に無理矢理心を弄るということに良い感情を持てるはずがなかった。

 

 しかし、命まで取られないだけ儲け者だろうと思えるほどの悪党が世の中に存在するのも確かである。そういった者達が数多く放置されているのもまた然りだ。それをどうにかしようという気概に対しては、キッドも素直に感嘆の気持ちを抱いた。加えて、同業者という存在の登場に若干の興奮を覚えてもいる。

 

 それ故にキッドは、怪盗団が自分の邪魔さえしないのであれば今のところは深入りしないでおこうと決めたのである。

 

「じゃあな、怪盗団――いや、ジョーカー。標的(ターゲット)は違うが、同じ怪盗同士また会う機会を楽しみにしてるぜ」

 

 シルクハットを目深に被って別れの挨拶を告げるキッド。すると、彼を中心にしてポンッという音と共に煙が巻き起こった。

 

 キッドは、まるで煙と共に窓から出て行ったかのように、ジョーカーの目の前からその姿を消していた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 キッドがジョーカーからホープダイヤを頂き、博物館から逃亡して少しの時間が経った。

 その頃になって、ようやく例のハンググライダーが囮であるということに気付いた中森警部達が、慌てた様子で下野公園へと戻ってきた。

 

 しかし、残されていたのはいびきをかいて寝ている警備員達と、自分に宛がわれた部屋で気を失っている杉村だけ。その杉村のスーツの胸ポケットには、ホープダイヤは頂戴したというキッドのシンボルマークが描かれたカードが忍ばされていた。

 

 

 此度の勝負は、怪盗キッドの勝利ということで幕を閉じたのである。

 

 

 その場は、キッドの勝利を喜ぶ野次馬達と、結局心の怪盗団は現れなかったのかとつまらなそうな顔をしている者達に別れていた。前者はキッドが怪盗団を打ち負かしたのだと言い触らし、後者は会場にばら撒かれた例の予告状は偽者で場を騒がせるための愉快犯による仕業だったのでは、という推測話を展開し始めている始末である。

 

 

 

 

 

 

 現在時刻は零時前。

 話題の渦中の一人である怪盗キッドは、深夜にも関わらず明かりの目立つビル街をハンググライダーを駆使して飛んでいた。

 

 

 彼――黒羽快斗が執拗に宝石を狙う理由は、父親の死が関係している。

 

 快斗の父親である黒羽盗一は世界的有名なマジシャンだが、その正体は先代の怪盗キッドであった。彼は、八年前にマジックの最中の不慮の事故で亡くなったとされている。

 

 しかし、真実は違った。伝説のビッグジュエル――『パンドラ』を狙う謎の組織によって殺害されたのだ。

 

 真実を知った快斗は、仇討ちのため組織よりも先にパンドラを見つけ、破壊することを決意した。故に、名のあるビッグジュエルを片っ端から盗み続けているのである。

 盗んだ宝石を後になって返していたのは、それが目的のビッグジュエルではなかったからである。  

 

 

 そして今回も、盗んだ宝石を本来の持ち主に返すため、キッドは夜闇を飛び駆っている。実は、ホープダイヤが目的のビッグジュエルではないことは盗む前から知っていたのだ。 

 例の展示会のパンフレット、それに掲載されている月をバックにして輝くダイヤ。あれがホープダイヤが標的(ターゲット)ではないことを示していた。

 

 目的のビッグジュエルは月の光に翳すと、中に眠っているもう一つの宝石『パンドラ』が赤い輝きを放つと言い伝えられている。写真のホープダイヤは、その赤い輝きを放っていなかった。

 それでも事に及んだのは、調査によって知った杉村の悪行を放っておけなかったのと、春に両親の大切な想い出である宝石を取り戻してあげたかったからである。

 

 

 やがて、春の住んでいるオクムラコーポレーション本社ビルが見えてきた。

 キッドはビル風を利用してさらに上空へと舞い上がり、ビルの最上階へと辿り着く。

 

 バルコニーに着地し、窓をコンコンとノックする。それに反応して、ソファに座ってスマホを覗いていた奥村春が立ち上がり、窓を開けた。

 

「どうも、少し羽を休めに――」

「怪盗キッド! 来てくれたんだ! さ、どうぞ上がって!」

「? え、え~っと、じゃあ、お邪魔しマース……」

 

 春は突然のキッドの訪問にも構わず喜び、彼を部屋に招き入れる。それに首を傾げつつも、部屋にお邪魔させてもらうキッド。部屋に漂う女子の独特な香りがキッドの鼻をくすぐった。

 幼馴染の青子の部屋には度々侵入することはあるが、それ以外の女子の部屋にはあまり入ったことはないキッド。態度は紳士的でも中身はまだ子供っぽさの抜けない高校生だ。それ故に、好奇心に負けて部屋の中をさりげなく見回す。そして、棚にスプラッター物の映画などがズラリと並んでいるのを見つけて、心の中で声にならない悲鳴を上げた。

 

(こんなお嬢様でも意外な趣味してるもんだなぁ……さっさとダイヤ渡して退散しよう)

 

 キッドはホープダイヤを渡してすぐに退散しようと思い話を切り出そうとしたが、それよりも早く振り返った春がキッドにお礼を述べる。

 

「ありがとう。貴方のおかげだわ! さすが月下の奇術師ね!」

「え? あー……うん?」

 

 春は興奮した様子で捲くし立て、キッドに話す暇を与えない。何のことだがさっぱり分からないキッドは訳も分からず頷くしかない。

 

「本当に、貴方には感謝しているの。お母様が大事にしていた宝物が、こうして戻ってきたんだから!」

 

 そう言って春が桃色の上着のポケットから取り出してきた物を見たキッドは、愕然とする。

 

 

 

 それはまさしく、正真正銘のホープダイヤであった。

 

 

 

(なッ――!?)

 

 キッドとて宝石専門の泥棒として、それらを見る目はプロ並みに養われている。だからこそ、見間違うはずがない。春の持っているダイヤは本物であった。ご丁寧に、キッドのシンボルマークが描かれたカードまで添えられている。もちろん、キッドには覚えのないことだ。

 

 しかし、それならば今自分のポケットの中に入っているホープダイヤは何なのか? こちらもジョーカーから頂戴した時、本物だと確信している。キッドはこれまでにないくらい混乱していた。

 

「……えっと、それでキッドさんはどうしてまたここに……もしかして、何か忘れ物でもしたのかな?」

 

 可愛らしく小首を傾げる春。

 

「あ、そ、そう! そうだったんですけど……どうやら私の勘違いだったようです。ハハハ……そ、それでは!」

 

 キッドは頭に手を回して苦笑いしつつ、言葉少なに慌てた様子で早々に春の部屋を後にした。

 引き止めようとする春の声も耳に入らないほど、キッドは冷静さを欠いていた。

 

 

 

 

 

 

 ビル街をハンググライダーでとんぼ返りするキッド。

 その飛び方は予想外の事態を前に未だ混乱が抜き切れていないのか、どことなく危うい。

 

 その右手には、ポケットから取り出したホープダイヤが握られている。

 

(間違いねぇ。こっちも本物だ)

 

 なぜ、どうしてホープダイヤが二つもあるのか? 全く理解できない現実に、眉を潜めるキッド。

 

 ホープダイヤが一つの原石から作った双子だった、というような話は存在しない。どうあがいても現実的な論理でこの現象について説明できそうもなかった。

 

 ……だとすると、これは非現実的な事象と関係していると考えるのが自然だ。

 

 もちろん、これが現実的推理に重きを置いている探偵であればそんな考えには至らない。しかし、キッドには思い当たる節があった。

 キッド――黒羽快斗の知り合いで、同じ高校に通っている小泉紅子という女子生徒がいる。少し前に転校してきた彼女は普段学校のマドンナとして振舞っているが、その実態は『赤魔術』という超自然的な力を使いこなす"魔女"だったのだ。

 彼女のような存在がいるのだから、物体をそのまま複製するといった芸当も可能なのではないだろうか?

 

 そう考えを巡らせながら、キッドは何気なしにそのダイヤを頭上に浮かぶ満月に翳してみる。

 

 

 すると、ホープダイヤの中にある歪な形をした小さな塊が、赤い輝きを眩く放ち始めた。

 

 

(な、なにィ……!?)

 

 キッドは驚きの余り目を見開き、思わずダイヤを落としそうになってあたふたとなる。

 この宝石はパンドラではないはず。しかし、目の前の赤い輝きがそれを否定していた。

 

 引き続いての信じられない現象に、さしものIQ400を誇るキッドも思考が乱れる。

 キッドはそれを振り払うようにして激しく首を横に振る。とにかく、一度人気のない場所に降りて落ち着こう。そう決めて、平常心を取り戻そうと努めた。

 

 

 

 ――その時、キッドの右目の片眼鏡(モノクル)を銃弾が貫いた。

 

 

 

 衝撃に態勢が崩れ、ハンググライダーが大きく傾く。

 

 さらに横からのビル風に煽られて、グライダーの制御ができず吹き飛ばされてしまうキッド。

 そのまま、キッドはハンググライダーと共にビル街から離れた森林公園へと墜落してしまった――

 

 

 

 

 

 

(ぐっ……クソ……身体が、動かねェ……)

 

 雑木林の中、地面に激突してバラバラに壊れてしまったハンググライダーの下から這いずり出ようとするキッド。しかし、身体中を強く打ち付けてしまったためか、思うように動けない。

 

 そんなキッドの元へ、一人のライダースーツを着た人間が近づいてくる。ただでさえ暗い中、月明かりが逆光になってその顔立ちははっきりと確認できない。それとは別に、闇夜に忍ぶかのようなその黒尽くめのライダースーツが明かりに反射して艶光りしているのが、キッドの脳裏にきつく焼き付いた。そして、その形からその人物が女性であることが分かる。

 

「……怪盗キッドの正体がまさかこんなボウヤだったとはね」

 

 その黒尽くめの女性は、倒れているキッドの右手から未だ赤い輝きを放つホープダイヤをもぎ取る。その際、キッドがダイヤを離すまいとしたことで、彼がまだ生きていることに気付く。

 

「っ! あれだけの高さから落ちてまだ生きてるなんて……しぶといボウヤだこと」

 

 女性は懐からカプセルケースを取り出した。それを開き、その内の一錠を手に取る。

 

 

 

「安心なさい。すぐに寝付きを良くしてあげるわ……」

 

 

 

 そして、その錠剤をキッドの口に、流し込んだ――――

 

 

 




散々な目に合うキッドでした。
一応言っておきますが、怪盗団側は別にキッドを嵌めようなどとはしてません。

え? VSなのにキッドと対決らしい対決もしてない?
ルパン三世VS名探偵コナンもそんな感じでしたし、そこはご勘弁いただければと……








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