名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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FILE.20 工藤邸殺人事件

「おーい、待たせたなー!」

「あ、元太君!」

「もう~遅いですよ、元太君」

「それでは全員揃ったことですし、その屋敷に行きましょうか」

「……ああ、そうだな」

 

 翌日の放課後、家にランドセルを置いてきた少年探偵団とラヴェンツァは米花公園で落ち合い、例の『えとう』という名前の屋敷へと向かい始めた。

 

 元太達はそれぞれ持ってきた荷物を鞄に入れている。元太は菓子類にバット、光彦と歩美はそれぞれ家にある懐中電灯を。手ぶらなのはコナンとラヴェンツァだけだ。いや――

 

「わあ、かわいい! ラヴェンツァちゃんの猫なの?」

「そうです」

「……また連れてきてるのかよ」

「またとは?」

「いや、別にいいけどさ……」

 

 ラヴェンツァはモルガナを連れてきていた。自分達の後をついて来る見覚えのある猫に、苦笑いを禁じえないコナン。

 

 しばらくして、件の屋敷に辿り着く一行。

 今日は曇りがかった天気。冬というのもって、まだ昼過ぎにも関わらず薄暗い。そんな中、人気が全くないためかその屋敷からは少しばかり薄気味悪さが感じられた。

 

「よーしっ! それじゃあ行くとするか!」

 

 それにも関わらず、元太達は意気込んで屋敷の門を開けて侵入する。コナンはやれやれといった様子でその後に続いた。

 

 

 この()とう――改め工藤邸は、子供の姿になる前のコナン、つまり新一の家だ。新一は例の黒尽くめの男達に例の薬を飲まされて縮んで以来、この家には全くといっていいほど訪れていない。せいぜい、子供の時の服を回収しに来た時ぐらいである。

 元太達が無人と化した工藤邸に侵入するという話になって、コナンはその隣に住んでいる阿笠博士に電話で相談した。例のユニークなメカを開発してくれる自称天才科学者で、コナンの正体を唯一知っている人物だ。

 

『え、今なんつった博士?』

『だからの、新一。いっそのこと探検させてみてはどうかと言っとるんじゃよ』

 

 当初コナンは、工藤邸は今は誰も住んでいないだけで空き家というわけではないことを説明して欲しいと博士に頼もうとした。だが、博士は何を考えているのかそんな提案をしてきたのだ。

 前回事件と遭遇した洋館と違って何もないことが分かれば拍子抜けし、怪しい物件を見つけては探検するなどということはしなくなるだろうということらしい。そんな博士の提案に、コナンは多少渋りながらも承諾した。

 

 

 そこかしこに枯れ葉の溜まった広い庭を横切って、工藤邸の玄関に入る。

 屋敷の中は一ヶ月もの間人の出入りがなかったためか、床にうっすらと埃が溜まっていた。現在は別人として毛利家で生活しそれに慣れ始めているためか、自分の家であるというのにどこか帰ってきたという気がしないコナン。そのことに若干の虚しさを覚えた。

 

「まずはこっちから探ってみましょうか」

 

 電気の点いていない屋内となるとかなり薄暗いので、それぞれ懐中電灯を持って左手のダイニングキッチンに入る一行。キッチンには色々と生活用具が残されていた。

 

「なんだか、色々と物が残ってるね」

「綺麗に整頓もされてますし……もしかして、ここ空き家じゃないんでしょうか」

 

 光彦が不安気に辺りを見回して呟いた。実際、その通りだ。

 

「何言ってんだよ、空き家に決まってんじゃん。だってほら、冷蔵庫に何にも入ってないぜ」

「本当だ」

「それにまだ電気が通ってるみたいですし、懐中電灯持ってくる必要なかったですね」

 

 勝手に冷蔵庫を覗いた元太が、そう言って光彦の不安を一蹴する。電気が通っているという時点で無人だという考えには普通至らないのだが、コナンはあえて黙っておくことにした。

 

 冷蔵庫の中身についてだが、コナンが新一としてこの屋敷で生活していた時から空であった。これは新一が自炊を全くしていなかったからだ。たまに蘭がおせっかいを焼いて料理を作りに来てくれることはあったが、大抵はいつもデリバリーかインスタントで済ませていた。

 新一からしたら嬉しさ反面、気恥ずかしさからおせっかいが過ぎるという気持ちが強い。だが、この日本で幼馴染の異性に料理を作ってもらえる人間が何人いるだろうか。これをパツキンモンキーや某田舎のジュネス店長の息子が聞いたら羨ましさに咽び泣くことだろう。

 

 

 そんな下手したら全国の非モテ男子からの呪いを受けそうなダイニングキッチンを出て、一行は反対側にあるリビングへと入る。

 

「わー! すっごく大きなテレビですねー!」

「う、うん……そうだね」

 

 大型の液晶テレビがあるのを見て、興奮する光彦。しかし、やはりと言っていいか生活感の残る装いに、歩美も不安気な顔をし出した。

 

「き、きっとまだ家財道具を処分してないんだよ。色々と手間がかかるから放置してるって話はよくあるし」

 

 そんな歩美を見て、コナンは引き攣った顔付きのまま適当にはぐらかす。別の部屋を見に行こうと口にしようとして、元太の姿が見当たらないことに気付いた。

 

「あれ? 元太の奴、どこ行った?」

「いないの? ラヴェンツァちゃん、元太君知らない?」

「さあ、このリビングに向かっている時にはいたはずですが」

 

 どこへ行ったのかと廊下に出て辺りを見回すコナン達。そんな三人を、ラヴェンツァは手を後ろに組んで遠巻きに見ている。

 

 

「――おーい! こっち来てみろよ! すっげえぞ!」

 

 

 そこへ、どこからかコナン達を呼ぶ元太の声が耳に届く。声は廊下の奥から聞こえてきた。

 

 廊下を進むと、奥にあった扉の向こうに元太の姿が見える。扉を潜ると、そこは円形型の図書室であった。高い天井まで続く本棚には所狭しと本が並べられている。

 

「わー! すごーい!」

 

 自分達の学校の図書室とは違う、まるで映画に出てくるような空間を前にしてはしゃぎ出す元太達。

 この屋敷の主である新一の父親、工藤優作は世界的に有名な推理小説家で、この図書室は彼の書斎だ。コナンは慣れ親しんだ古本が醸し出す独特な匂いを嗅いで、ようやく自分の家に帰ってきた気分になった。

 

「さほどが推理小説のようですね」

 

 対して、いつも通りな様子のラヴェンツァ。

 これらの棚に納められている本は、主に工藤優作が小説を書くに当たって参考とする小説や資料ばかりである。その中には、彼自身が関わった事件の資料なども含まれている。優作は新一以上の推理力の持ち主で、新一と同じく若い頃から探偵として数々の事件の捜査協力をしてきていたのだ。この親にしてこの子あり、ということである。

 

「も、もしかすると、この屋敷の主は推理小説家なのかもしれないね」

「そうですね。私も、暁お兄様に連れられて本屋で色々な物語の本を購入しました。中でも、推理小説はお気に入りでしたね」

「! へ、へー。ボクもだよ」

 

 共通の趣味を持っているということに親近感を覚えるコナン。

 

「ボクはコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズが好きかな! キミはどの作品が好きなの?」

「色々と読みましたが……一番はモーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンシリーズですかね」

「はあ?」

 

 ラヴェンツァの答えを聞いて、露骨に嫌な反応を返して眉間に皺を寄せるコナン。

 

 確かにアルセーヌ・ルパンシリーズは冒険推理小説だ。幾つもの名を持つ世紀の大泥棒であり、変装の名人。そして、人を殺さないことを信条としている。そんな主人公であるルパン自身が名探偵として活躍する場面も多々あり、怪盗でありながら探偵社を設立したりといったこともある。

 

 数ある推理小説の中には、アルセーヌ・ルパンシリーズの他にも犯罪者が探偵役を担う内容の物もたびたび存在する。しかし、コナンはそういった犯罪者探偵をホームズや他の有名な探偵と同列に考えたくはないと思っているようだ。

 探偵としての実力があるにしても、泥棒は泥棒。一探偵として、コナンはそんな存在を同じ探偵と認めるわけにはいかなかった。

 

「オレは正直どうかと思うけどな。ルパンがホームズと対決する話が幾つかあるけど、色々と問題がある作品ばかりだったし」

 

 他人の好みをどうこう言うつもりはなかったが、思わずコナンはそう言及してしまった。口調も元太達に対してと同じような崩したものになっている。

 

 怪盗と言えばアルセーヌ・ルパン。探偵と言えばシャーロック・ホームズ。といったように、ルパンはホームズと対比されることが多い作品だ。そんな中でルブランが執筆した対ホームズの作品は、いずれもホームズの扱いがあまり良くない内容であった。正確にはホームズとして登場させたのは一作だけであり、後の作品では名前を変えて別人として登場させているが、ホームズが元となっていることには変わりない。現に、邦訳ではいずれもホームズと訳されている。

 当然の如くルブランはシャーロキアン達から不評を買い、さらにはホームズの生みの親であるドイル本人からも抗議を受けた。コナン自身も、読んでいて不愉快な気分になった覚えがある。

 ルパンが好きだというラヴェンツァの言葉を聞いてコナンが良い顔をしなかったのは、ルパンが犯罪者だからということもあるが、概ねの理由はそちらに比重が置かれているようだ。

 

「そんなことはどうでもいいんです」

 

 コナンの言葉に、さも当然といったようにそう答えるラヴェンツァ。てっきり色々と反論してくるかと思っていたコナンは少しばかり呆気に取られてしまう。彼女は怪盗が活躍するという内容だから気に入っただけで、ルブランやアルセーヌ・ルパン本人については特にどうも思っていないらしい。

 そういえばと、コナンはラヴェンツァが例の怪盗団に傾倒していることを思い出した。どうもこの少女は怪盗という存在をいたく気に入っているようだ。

 

「じゃあよ、怪盗団とは別に、最近復活して世間を騒がせている怪盗キッドについてはどうなんだよ?」

 

 ならばと、コナンは興味本位でキッドについてどう思っているかラヴェンツァに聞いてみた。

 

「キッド……? ああ、そっちのですか。そういえば、そんな存在もいると聞きましたね。せいぜい名前を聞いた程度で、そこまで興味はありません」

 

 しかし、ラヴェンツァの答えは予想に反して素っ気無い。それどころか、世界中で有名なはずであるキッドのことを、まるでつい最近知ったかのような反応であった。

 

「ですが……」

 

 ラヴェンツァはパラパラと捲っていた本をパタンと閉じた。

 

「怪盗同士の対決というのも、見てみたいものですね」

「……?」

 

 

 

「――痛っ!」

 

 ラヴェンツァの言葉についてコナンが考えあぐねていると、二人の会話を少し離れた場所から聞いていた歩美が短い悲鳴を上げた。

 

「だ、大丈夫か? 歩美ちゃん!」

 

 聞きつけたコナン達が駆け寄ると、歩美の指からはプクッと血が膨れ出ていた。木製の本棚の一部が少し荒れていて、ささくれ立った棘が指に刺さってしまったらしい。幸い、棘自体はすでに取れているようだ。

 ひとまず、コナン達は洗面所を探して傷口を洗わせることにした。

 

「ここが洗面所みたいだな」

「それじゃあ、オレ救急箱取ってくるから」

「あ、大丈夫ですよ。ボク、絆創膏持ってきてますから」

「え? そ、そうか……」

 

 受け取った絆創膏を貼る歩美を見つつ、コナンは危ない危ないと安堵の溜息を吐く。光彦が絆創膏を持ってきていなければ、あのまま迷わず救急箱を取っていくところだった。ラヴェンツァ辺りに疑問を抱かれて、なんで救急箱がある場所を知っているんだと問い質される羽目になってしまっていたかもしれない。

 

 

「――ッヒ!」

 

 

 すると、突然元太が短い悲鳴を上げた。彼の方を見やると、その顔はひどく青褪めている。

 

「どうしたんだよ、元太」

「……ふ、風呂場に、誰かいねぇか?」

 

 元太は震える指で浴室扉を指差した。

 浴室扉にはスモークガラスが取り付けられており、中に人がいれば人影で分かるようになっている。確かに浴室に浸かるような形で頭部の影が映っているように見える。

 

「ハハッ、そんなまさか」

 

 コナンは軽い気持ちで浴室扉の取っ手に手を掛けた。泥棒が侵入していたとしても、わざわざ他人の家の風呂を利用するわけがない。海外で他人の家に侵入してシャワーを浴びた者がいたらしいが、ここは日本だ。

 恐らく、人ではなく畳まれた風呂ふたか何かと勘違いしているだけだろう。そう考えながら、扉を開き中を覗く。

 

 

 

 浴室には、肥えた中年の男性が、血だらけの状態で浴槽の中に倒れていた。 

 

 

 

 すぐにピシャリと浴室扉を閉めるコナン。

 

「何があったんですか? コナン君」

「どうしたんだよ! 人がいたのか!?」

「べ、別に何もなかったって……それよりおめえら、腹減ってきてないか? さっきのリビングで休憩にしようぜ」

 

 コナンは隠すようにして浴室扉に背を向け、何があったのかと聞く光彦達に対して曖昧に笑ってごまかした。そのまま、彼らをさきほど訪れたリビングへ無理矢理に追いやる。

 

「わりぃ。オレちょっとトイレ行ってくるから、先に食べててくれ」

「え、う、うん」

 

 そして、すぐにまた適当な理由を付けて洗面所へと戻ってきた。

 自分の家に死体があった。それだけでも信じられないことであるが、それ以上にある事実がコナンの脳裏を駆け巡っていた。

 

 

 ――あの死体は、阿笠博士ではなかっただろうか?

 

 

 見たのはほんの一瞬だけだ。だが、あの体格と顔はどう見ても隣に住む阿笠博士であった。物心ついた頃からの長い付き合いだ。血だらけであってもコナンが見間違うはずがなかった。

 

 だが、それでも。見間違いであって欲しい。

 

 決して、赤の他人の死体であればいいと考えているわけではない。親しい人物の死が間違いであって欲しいと考えるのは、至極当然のことである。

 

 手汗でじっとりと濡れた手で、浴室扉の取っ手に手を掛けるコナン。

 今まで死体は散々見てきた。それこそ、見るも無残と言わざるを得ない物まで。しかし、その死体が自分の身近な人物であるというだけで、これほどまでに思考が乱れ、精神が揺さぶられる。

 

 緊張で歪む視界。激しく動悸する心臓。目を閉じ、首を横に振って深呼吸する。

 

 

 ――自分は探偵だ。ならば、真実を見据えなければならない。例え、それがどんな残酷なものであったとしても。

 

 

 コナンは、震える手で……ゆっくりと、扉を開いた。

 

 

 

 

 しかし、そこには死体どころか一滴の血も存在しなかった。

 

 

 

 

「そ、そんな馬鹿なッ!」

 

 コナンは打って変わって扉を勢い良く開け放ち、中に入って確認する。何度見直しても結果は変わらない。死体は消えていた。

 一体全体どういうことだろうか。死体の身元ならまだしも、探偵の目を持つ自分が死体の有り無しを見間違うことなんてことあるはずがない。

 

 まさか、犯人が今もこの屋敷に潜んでいて、死体を別の場所に移動させた? 浴槽に付着していた血液は、洗い流したのだろうか?

 

 いや、とコナンはその線を否定した。

 死体を移動させたのは確かだ。だが、浴槽は乾いている。水を流した痕跡は一切見受けられない。

 

(ということは……)

 

 浴室を出て顎に手を添えて推理を組み立て始めるコナン。

 

 しかし、そこで足音が近づいてくる。

 

 足音から歩幅を推定したコナンは、足音の主が元太達のような子供ではなく大人であることに気付く。それは既に洗面所の前の廊下を歩いている。今飛び出ても見つかってしまうだろう。

 コナンは洗面台の下の棚を開けて中を確認した。しかし、中には日用品が置かれていて、隠れるスペースはありそうもない。コナンの顔に汗が滴り、焦りは頂点に達する。

 

 

 

 

 そして、ついに足音の主が洗面所の前まで辿り着いた。

 足音の主は、黒尽くめの格好にドミノマスクを着けたふくよかな体格の女であった。

 

 女は扉が開かれたままの洗面所に気付き、口端を吊り上げて中へと入ってくる。誰の姿も見えない洗面所を見て、したり顔で浴室扉の方を向き、開け放った。

 

 

 しかし、誰もいない。

 気のせいかと、女は鼻から溜息を吐いた。

 

 

 その隙を突いて、コナンは開かれた洗面所の扉の影から飛び出した。

 

(急いで脱出しねえと! 元太達は無事なのか!?)

 

 元太達とすぐに合流して屋敷から脱出し、警察に連絡しなくては。コナンは廊下に出て、リビングの方へ向けて駆け出し始める。

 

 

 だが、廊下の先の影からもう一人、女と同じ黒尽くめの様相にフルフェイスの仮面を被った男が現れた。

 

 

「――なっ!?」

 

 仲間がいたのか!?

 予想外のことに慌てて足を止め、その男と対峙するコナン。間髪入れず、洗面所から出てきた女がコナンの背後に立つ。

 

 完全に挟み撃ちされてしまった。

 

「初めまして、工藤新一……」

 

 男は仮面の奥の唇を動かし、くぐもった声で語り出した。

 

(コイツ、オレの正体を知っている!?)

 

 自分の正体を知られていることに、動揺を隠せずに目を見開くコナン。

 

「我々は君に毒薬を飲ませた組織の一員だ」

「組織の調査によって、貴方が死亡しておらず幼児化したことが判明したから、私達が始末を任されたのよ」

 

 背後に立つ女がコナンを羽交い絞めにし、暴れ出すコナンの口を塞ぐ。これでは、麻酔銃も使えない。

 男はゆっくりと近づいてきながら、懐からサイレンサー付きの拳銃を取り出した。銃口が眉間に突き付けられ、冷たい死の感触がコナンの額を通って心臓に伝わり、呼吸が止まる。

 

 

(――蘭!)

 

 

 そして、無情にもその引き金が引かれた――――

 

 

 

 

 

 

 一方、リビングでは元太達が持ち込んできたお菓子を食べてくつろいでいた。

 

「遅いですね、コナン君」

「大きい方なんじゃねえか?」

 

 帰りの遅いコナンに、スナック菓子を貪りつつ文句を言う元太と光彦。

 そして、不安げな表情をしてソファに座っている歩美。その隣に座るラヴェンツァは膝にモルガナを乗せて、書斎から勝手に持ち出した本を読んでいる。本のタイトルはコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズの一つ、『空き家の冒険』だ。

 

 手をつけていたスナック菓子を食べ終わった元太は、次の菓子袋を鞄から取り出そうする。その時、歩美がすっくと立ち上がった。

 

「ねえ、コナン君を捜しに行こうよ」

 

 そう提案する歩美に、光彦と元太は顔を見合わせる。

 

「でも、そんなに広い屋敷ってわけでもないですし、きっと大丈夫ですよ」

「きっと悪いモンでも拾い食いして腹壊しちまったんだよ」

 

 二人して全く危機感がない。今までの経験から、何かあってもどうせ何とかなるといった心持ちなのかもしれない。

 

「もう! 二人共!」

 

 歩美が怒る中、ソファから降りたラヴェンツァが三人の脇をすり抜けるようにしてトコトコと扉へと向かっていく。

 

「ら、ラヴェンツァちゃん。どこに行くの?」

「……江戸川コナンを捜しに行くのではないのですか?」

「え? ……う、うん!」

 

 ラヴェンツァの答えに歩美は嬉しそうに頷いて、彼女の後に続こうとした。

 

 しかし、ラヴェンツァがドアノブに手を伸ばそうとしたところで、リビングの扉が独りでに開いた。

 

 

 否、廊下側にいた黒尽くめの福々しい風体の女が扉を開いたのだ。

 

 

「――っ!? ご、ごめんなさい!」

 

 驚いた歩美がこの屋敷の住人かと思い、慌てて謝り出す。元太と光彦もおっかなびっくりとした様子で立ち上がってそれに倣った。

 対して、女はマスクの奥の両目を細めて口を開く。

 

「まあ、かわいい子供達ね。全然大丈夫。謝ることなんてないのよ」

 

 そう言葉を紡いだ赤い口紅が塗られた唇を一層綻ばせて、女は続けた。

 

 

「だって私達、この家の住人じゃないんですもの」

 

 

 え……という声を漏らした歩美達が女の言葉の意味することを考えていると、女の背後から同じく黒尽くめの仮面を被った男が現れる。

 男の右手に握られているのは、黒光りする拳銃。それを認めた歩美達は一斉に顔面蒼白となり、お互いに寄り添う形で後ずさる。ラヴェンツァは三人を庇う形でマスクの男女の前に出た。

 

 男と女はそんなラヴェンツァ達を嘲笑うかのような態度を示し、何やら二人で話し合い始めた。

 

「アイツは始末したけど、この子供達はどうするの?」

「ふむ。本来なら目撃された以上殺すべきだが……このまま連れ去り、組織の人材として洗脳教育するのもいいかもしれんな」

 

 その会話を聞いた歩美達が、短い悲鳴を上げて嘆く。

 

「……アイツというのは、江戸川コナンのことですか?」

 

 ラヴェンツァは冷静に話に出てきた気になる点について問い掛ける。

 

「コナン? ああ、あの少年は組織にとって都合の悪い存在でね。先ほど、私がこの銃で殺したところだよ」

 

 男は右手の銃を掲げて、事もなげにそう答えた。

 

「う、嘘だろ……?」

「コ、コナンくん……!」

 

 絶句する元太。歩美は涙を流して嗚咽を漏らし始めている。

 

 元太の後ろ、彼の肥えた身体の影に隠れて光彦は鞄から携帯を取り出し、震える手で警察に連絡しようとしていた。しかし、コナンを殺したという言葉を聞いて、驚きのあまり携帯を落としてしまう。

 

「ん? そうか、最近の子供は携帯を持っているのだったな。おい、他の子供の携帯も取り上げておけ」

 

 男がそれに気付き、近づいて床に落ちた光彦の携帯を回収する。続いて、女が元太と歩美の携帯も取り上げてしまった。

 女はラヴェンツァからも取り上げようとしたが、彼女は携帯の類を持っていなかった。それどころか、手に持っている書斎から持ち出した本以外、荷物の類を何一つ持ってきていない。

 

「おい、本当にその本以外何も持っていないのか?」

 

 男の方もラヴェンツァの元へ歩み寄る。

 

 

 

 その時、リビングに置かれていた花瓶が急に倒れて床に落ち、音を立てて割れた。モルガナの仕業だ。

 

 

 

 男と女は花瓶の割れた音に驚いて、二人同時にそちらへ振り向く。その隙を突いて元太達とラヴェンツァは彼らの横を走り抜けてリビングから廊下へ飛び出した。

 

 飛び出してすぐに玄関から外に出ようとしたが、玄関前に黒尽くめの男女の仲間と思われるロングコートを着た大男が立っていた。大男が元太達に気付き、妙によたよたとした動きで近づいてきたので、無我夢中の元太達は悲鳴を上げて二階へと逃げていく。ラヴェンツァはその後を追った。

 

 元太達とラヴェンツァは二階へ上ってすぐにあった部屋に入り込むと、内側から鍵を掛けた。恐怖に震える身体を寄せ合って、部屋の隅に座り込む元太達。

 

「全く、なぜ二階に逃げたのですか。一階の部屋であれば、窓から逃げられたというのに」

「あ、そ、そうでしたね……」

「……まあ、過ぎたことは仕方ありません」

 

 立て篭もったその部屋には、机とパソコン。それにラックの上には数冊の本とサッカーボールのオブジェが飾られていた。家主の息子の部屋だろうか?

 

 ラヴェンツァが部屋を観察していると、歩美が再び嗚咽を漏らし始めた。コナンが殺されたということを聞いて、ショックを受けているようだ。

 

「わたしがこの屋敷を探検しようなんて言わなきゃ良かったんだ……わたしのせいだよ」

「……いえ、反対しなかったボクにも責任があります」

「お、オレだって……」

 

 後悔の念に駆られ、元太と光彦も釣られるようにして涙を流し始める。

 

「責任共々を話している場合ではないですよ。今はこの状況をどうするべきか考えましょう」

「……ぐすっ、ラヴェンツァちゃんは、悲しくないの!?」

 

 あくまで冷静沈着なラヴェンツァ。歩美は涙の溢れる目で彼女にそう問い掛けた。

 ラヴェンツァは手に持っていた本を机の上に置くと、懐からカードを取り出した。それを耳に当てながら、歩美を諭すように語る。

 

「江戸川コナンであれば、こういう時何がなんでも犯人達を捕まえようとするでしょう。ならば、友人という縁で結ばれた貴方達は泣き喚いてばかりでなく、その意思を継ぐべきなのではないですか?」

 

 その言葉を聞いて、鼻を啜りながらも黙り込む歩美達。

 

 

 その時、ドアノブがガチャガチャと回された。

 

 

 思わず、悲鳴を上げる三人。それでこの部屋にいることを分からせてしまったのか、まるで恐怖を煽るかのように一層ドアノブが激しく回される。ラヴェンツァは先ほどと同じく三人を背にして前に出る。

 

 やがて、扉がこじ開けられた。先ほどの仮面の男と女、それに玄関にいた大男も一度ドア枠に頭をぶつけてから部屋に入ってくる。

 

「やれやれ、手間を取らせてくれたな」

 

 男は右手に持った銃をラヴェンツァ達へと向けた。

 

「殺さずに連れ去るつもりではなかったのですか?」

「大人しくしていればそうするつもりだったけど……下手に抵抗するつもりなら、組織の邪魔になるだけ。生かしておく理由はないわ」

 

 女が答えて、男の指が引き金に掛けられる。迫り来る死の恐怖に、元太達の緊張が頂点に達する。

 

「何、痛いのは一瞬だけだ。心配はない。あの世へ行っても、コナンとやらが出迎えてくれるだろう」

 

 男は銃の引き金を引こうと指に力を入れ始めた。声にならない悲鳴を上げて目を閉じる元太達。

 

 そこまで来て、男は急に首を傾げて動きを止め、自分の握り締めている銃を見つめ始めた。

 

 

 

 ジ ョ ジ ー ヌ !

 

 

 

 それと同時に、ラヴェンツァが一瞬だけペルソナを召喚し、光の波動を放って男の銃を弾き飛ばす。

 

「今です!」

 

 ラヴェンツァの掛け声と共に、元太達が目を開けて男に向けて一斉に飛び掛った。

 

「「「わあぁーーー!!!」」」

 

 三人の子供、特に体重の重い元太の力によって男はバランスを崩し、仰向けに倒れされる。後ろに控えていた大男がそれに巻き込まれ、男と女の上に被さる形で倒れ込んだ。

 

「どうだ! まいったか!」

「えいっ! えいっ!」

「コナン君の! 仇です!」

 

 躍起になった元太達は大男の背中に登って何度も飛び上がり、男達を抑え込みにかかっている。

 

「うおっ! ま、まいった! まいったから、止めて!」

「いたたたっ! お、重いぃ!」

 

 さすがに耐えかねたのか、男達は急に声色を変えて必死に声を出しているが、興奮状態の元太達は気にも留めない。

 

 

 

「おい、おめえら! その辺にしとけ!」

 

 

 

 そこへ、もう聞くことないと思っていた声が部屋に響いた。まさか、と元太達が声のした方を振り向く。

 

 

 扉の外の廊下には、男達に殺されたはずの江戸川コナンの姿が立っていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「いやー、すまんすまん」

「ったく……」

 

 結論から言うと、この少々どころかかなり行き過ぎた茶番は、コナンの両親を名乗るこの黒尽くめの男達による画策であった。大男の長いコートの下から、死体役も兼任した阿笠博士が顔を出してネタばらしをし始めたのだ。

 

 常日頃、事件と聞けば首を突っ込み無茶をする少年探偵団。近頃は下手に事件を解決――主にコナンによって――した経験があるためか、それに拍車をかけてしまっている。少し前に歩美が人質にされたことから少しは懲りたかと思いきや、全くその様子がない彼らに対して、博士から新一の事情と共に話を聞いた工藤夫妻がお灸を据えるつもりでやったことらしい。

 

 また、この屋敷は阿笠博士を介して使わせてもらっているだけで、本来は工藤優作という有名な推理小説家の家だと元太達は説明された。もちろん、それを説明した本人がその工藤優作と妻である工藤有紀子なのだが。彼らは依然、変装したままだ。

 

 ちなみに、死体に成りすましていた阿笠博士が浴槽から消えたトリックについてだが、あれは浴槽に血痕を模した模様が描かれたシートを貼っていただけという単純なものであった。コナンと元太達が洗面所を出て行った後、急いでシートを剥がして死体役から大男に変装したのだ。シートを剥がすだけだから、血液を洗い流したような痕跡がなかったのである。

 

「おい、コナン。お前知ってたのかよ?」

「いや、オレは屋敷のことについては博士から聞いてたけど、計画については知らなかったんだよ」

 

 責めるようにして問い掛ける元太にそう答えて、コナンはジト目で自分の親を見上げて睨みつけた。

 

「コホンッ! まあ、それはそれとしてだ……君達、これで自分達のしていることの危険性に気付いたかな?」

 

 優作が子供達に問い掛ける。隣に立っている有紀子もその場に屈んで、子供達と同じ目線になった。

 

「そうよ。今回は芝居だったけど、もしかしたら私達が本当に犯罪者で、コナンちゃんも本当に殺されていたかもしれないんだから。これに懲りて、もし何か事件に遭遇したらまずは大人に相談するように。分かった?」

「「「……はーい」」」

 

 元太達は反省したように項垂れている。

 それに頷いた優作は「君もすまなかったね」と抱えていたモルガナを放し、部屋の隅でカードを耳に当てて何やらコソコソしているラヴェンツァに謝った。

 

「少々やりすぎだとは思いますが……まあいいでしょう」

 

 実は、この部屋に立て篭もってすぐにラヴェンツァはカードで暁に連絡して、アルカナの力で認知空間と現実の境界を弄ってもらっていた。ラヴェンツァ達は最近これを擬似認知空間と呼ぶようにしているが……ともかくそれによって、先ほどペルソナを召喚することができたのだ。暁を中心にして、この空間は米花町を丸々囲うほどの大きさまで広げることができる。

 

 ラヴェンツァは暁に擬似認知空間の解除を伝え終わるとカードを懐に仕舞い、コナンとその両親を名乗る男達をじっと見据えた。

 彼女は人の絆や縁といった繋がりをある程度感じ取れる能力を持っている。それによって、コナンが脅されているというわけではなく、本当に血の繋がった実の家族であることが分かっていた。

 

「そうだわ。お詫びと言っちゃなんだけど、私が腕によりをかけてお夕飯をご馳走するわ!」

「やったぜー!」

「もう、元太君ったら!」

「ホント、芝居で良かったですよ……」

 

 

 

 

 その後、携帯を返してもらった元太達は両親の了解を得て工藤家の夕食を堪能し、また明日とそれぞれの帰路に着いた。

 

 ラヴェンツァはというと、ポアロからわざわざ暁が迎えに来ていた。何やらラヴェンツァは暁に謝っている様子であるが、暁は気にした様子もない。暁は門越しにコナンの両親に対してぺこりと頭を下げると、ラヴェンツァを連れてポアロへと帰っていった。その後をしっかりとモルガナが付いていっている。

 

 ラヴェンツァ達が去っていくのを確認すると、優作を口を開いた。

 

「新一。どうだ? 私達と一緒に海外に行くというのは」

 

 今は死んだと思われているだろうが、何時黒尽くめの組織に正体がバレて命を狙われるかも分からない。親として、新一の身を案じているのだ。

 

 

「……イヤだ」

 

 

 しかし、新一はそれを断った。これは自分の事件だと。何より、蘭に嘘をついたまま日本を離れるなんて考えは新一にはできるはずがなかった。

 

「新ちゃん……」

 

 組織による被害者が他にも大勢いる中、これは新一のエゴでしかない。息子の消息が分からないとくれば、両親が調査に乗り出すのは当然のこと。恐らく、将来的に優作達も組織に目をつけられるだろう。

 

「そうか……だが、もはや私達も関係者だ。私もICPOの知り合いに掛け合って独自に組織について調査してみる。何かあれば、連絡してくれ」

「……ああ」

 

 新一は渋々といった様子で、それでも真剣に頷く。

 

「それと、子供達は今日のことで大分堪えたと思うけど……これでも懲りずにまた危ないことに首を突っ込むだろうから、元々の原因を作った新ちゃんが責任を持って守ってあげるのよ」

 

 有紀子の言葉に、新一は心底傍迷惑だと言わんばかりの顔をしつつも「分かってるよ」と返した。元太達の存在が事件解決の助けになることもあるし、何だかんだで新一自身彼らのことを気に入っているからだ。

 

「ところで、黒尽くめの組織についてもだが、近頃日本では心の怪盗団とやらが世間を騒がせているようだな」

「そうそう、ザ・ファントムね! 怪盗お願いチャンネルなんてサイトも出来てるみたいだし……もしかして、新ちゃん、もう怪盗団の正体見破ってたりするの!?」

 

 怪盗団の話題となって、新一は不貞腐れたように唇を窄める。

 

「いや、オレも調べてるんだけど、当初の当てが外れちまって……今のところドン詰まり状態だよ。でも、オレがぜってぇ捕まえてみせるさ」

 

 新一の話を聞いた優作は、ふむと顎に手を添える。

 

「……もしかすると、怪盗団を相手するには今までの常識に囚われない考えが必要になるかもしれないな」

 

 それを聞いた有紀子は「どういうこと?」と首を傾げ、新一は眉を潜めるのであった。

 

 

 




遅れて申し訳ありません。
次回は妃先生の話にする予定だったのですが、そろそろキッドを出した方がいいかなと思っているのでそちらを先にしようと思います。とりあえず、まじっく快斗読み直すところから始めないと……








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