名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

17 / 33
FILE.17 10億円強奪事件 四

 屋外トランクルームでは、ジョーカーが杉本のシャドウを倒し、オタカラを頂戴し終えたところであった。

 

「お、おい……何だそれ?」

 

 だが、そのオタカラは、金は金でも錆付いた10円玉であった。しかもそれは、ジョーカーが少し力を加えると砕け散ってしまったのだ。

 

「どういうことだ? オタカラにしては、あまりに不相応だぞ」

 

 現実において、10億という大金が彼の歪みの元であるはずなのに、シャドウから得られたオタカラがまるで金に興味などなかったかのような朽ちた硬貨であるということに、首を傾げるしかないジョーカーとモナ。まあ、今この場で大金が手に入ってもそれはそれで困るので都合が良くはあるが。

 

 元の世界でも、金を歪みとしたマフィアのボスである金城潤矢を改心させた経験があるが、彼のオタカラは金塊であった。だが、現実世界に持ち帰ってみると、それは高価なジュラルミンケースに入った子供銀行――いわゆるオモチャのお札に姿を変えていたのだ。

 彼は外見などの理由で蔑まれてきた過去があり、そんな事実をどうにでもすることができる大金を手にしたことで歪んでしまった。お札がオモチャと化した理由は、彼にとって金は歪みの元であれど自尊心を満たすための道具……見栄でしかなかったからである。

 

 今回もそれと似たケースなのだろうかとジョーカーが考えていると、二頭身姿のモナが何かを聞きつけたのかビクリと耳を動かした。

 

「まずい、誰か近づいてくるぞ。隠れよう!」

 

 慌てて、隠れることができる場所を探すジョーカー。そして、目にも留まらぬ早さで他の倉庫の陰に滑り込む。ペルソナによる身体能力の向上効果によって、彼らは常人とはかけ離れた身のこなしで動き回ることができるのだ。

 

 二人が隠れたと同時に、黒尽くめの格好をした男性と眼鏡を掛けた長髪の女性が現れる。ジョーカーは彼らを見て、小五郎から聞いた杉本の捜索依頼をしにきたという人物達と風貌が似ていることに気づく。恐らく、彼らが杉本の共犯者なのであろう。男の方が手木来蔵で、女が広田雅美だ。

 

「これか。おい、鍵を寄越せ」

 

 例の倉庫の前に手木が立ち、そう雅美に向けて命令する。

 

「…………」

 

 しかし、雅美はそれに応じようとしない。何時までたっても鍵を渡そうとしない雅美。手木は苛立たしげに倉庫へ向けていた目を彼女の方へと向けた。

 

「……おい、何しとるんや。さっさと――」

 

 手木の言葉が止まる。

 

 

 ――彼の眼前には、拳銃の銃口が向けられていたのだ。

 

 

「鍵は渡すわ。でも、それは私の妹をここに連れてきてからよ」

 

 雅美は手木に拳銃を突きつけたまま、告げる。手木は目の前に自分を殺す凶器があるにも関わらず、全く焦った様子がない。

 

「コードネームを持ってる貴方なら、妹の居場所くらい知ってるはず。そうでしょう、テキーラ?」

「……ああ、知っとるぜ。元々、お前は10億円と引き換えに、その妹と組織を抜け出す約束やったんやからな。全く、監視役ゆうてもコードネーム持ちの俺がこないなつまらん仕事を――」

「御託はいいわ。早く妹を連れてきてちょうだい。急がないと、杉本の供述からこの場所が突き止められて10億円は警察に取り返されてしまうわよ。そうなれば、貴方も任務に失敗して組織から消されることになる」

 

 まるでこの状況を楽しんでいるとでも言いだけな口調でペチャクチャと喋る手木――改めテキーラの口を、雅美は向けた銃を押し出すようにして止めにかかる。

 だが、テキーラはそんな雅美を嘲笑うかのようにくつくつと笑い始めた。

 

「何がおかし――ッ!?」

 

 憤慨する雅美の耳に、後ろから近づいてくる足音が聞こえてくる。振り返ると、そこにはテキーラと同じような黒尽くめの格好をしたサングラスの男が立っていた。

 

「おう、遅いやないか。ウォッカ」

「ふん……ご苦労だったな。テキーラ」

 

 テキーラからウォッカと呼ばれたその男も銃を構えており、雅美が驚いている間にテキーラもまた懐から銃を取り出して構えた。挟み撃ちされる形となってしまった雅美。

 

「さあ、銃を捨てて鍵を渡してもらおうやないか。明美さんよ」

 

 テキーラに命令されて、雅美は悔しげに唇を噛み締めている。それでも、彼女は手に持った銃を捨てようとはしなかった。

 

 

 

「おい、ジョーカー。このままじゃ彼女が殺されちまうぞ!」

 

 モナが身を隠しながら、小声ながらも焦った口調で言う。

 広田雅美は彼らの言う組織とやらの捨て駒か何かとして利用されているようだ。妹という複雑な事情がある彼女を放っておくことはできないし、何より目の前で行われようとしている殺人を見てみぬフリなどできない。

 

 頷き、懐から発煙物を取り出すジョーカー。実は、東京へ赴く際に彼はお守り代わりとして幾つかの潜入道具を実家から持ち出していた。だが、こちらの世界に来てからいつの間にか鞄の中に入れていたそれらが消えていたので、この潜入道具はこちらで調達した素材を使って製作したのだ。

 取り出した発煙物を、ジョーカーは物陰から放り投げるようにして彼らの頭上に投げ入れた。彼らの足元に転がった発煙物から濃い煙幕が絶え間なく噴き出し、周囲を包み込み始める。

 

「ッ! 何だこれは!?」

 

 突然発生した煙に驚き、口元を抑えて撹乱するテキーラとウォッカ。その隙を突く形で物陰から飛び出すジョーカー。サードアイを使って雅美がいる位置を確認し、彼女の手を取ってその場から逃げ出した。

 

「――っ!? ちょ、ちょっと!」

 

 雅美は何か言おうとしているが、聞いている余裕はない。煙の中から脱したジョーカーは、予め先にトランクルームの敷地内から出て車に変身しておいたモナ――題してモルガナカーに乗り込む。大衆の「猫は乗り物に化けるもの」という認知により、猫の姿をしている彼は認知空間内であればこうして車に変身できるのだ。

 乗り込んだジョーカーは、そのまま急スピードでモルガナカーを発進させる。

 

「おい、ジョーカー! どこへ逃げるんだ!?」

「え、何!? 今誰が喋ったの!?」

 

 驚いている雅美を余所に、ジョーカーはハンドルを握って当てもなくモルガナカーを走らせる。ジョーカー自身、杯戸町の地理には詳しくない。そういう時の頼みの綱であるスマホも、今はラヴェンツァに貸していて手元にない状態だ。モナにカーナビが付いていれば良かったのに、と心の中で不満を述べるジョーカー。

 

 とにかく、今はあの黒尽くめの者達の手が届かないところに逃げるのが先決だ。ジョーカーはスピードを上げて、杯戸町から離れる道を進んでいく。

 

 

 

 

 煙が収まり、テキーラとウォッカは辺りを見回すが雅美の姿は見えない。先ほどエンジン音がしたことから、他に協力者がいてそいつの車で逃げたといったところだろう。

 

「ッチ、逃げやがったか……」

「……おい、ウォッカ。あのアマ、鍵を落としていきやがったみたいやで。全く馬鹿な女やな」

 

 雅美がいた場所に鍵が落ちているのを目敏く見つけたテキーラは、逃げ去った彼女を貶しつつその鍵を拾おうとする。

 

 

 ――カチャリ

 

 

 だが、そんな彼の頭に銃が突きつけられた。

 銃の持ち主は――ウォッカだ。

 

「……ああ? 何の真似や!? ウォッカ!」

 

 テキーラは怒鳴り銃を振り払おうとしたが、対するウォッカは銃口をさらに食い込ませて強引にそれを止めさせる。

 

「言っただろ? ご苦労だったな(・・・・・・・)って」

 

 ニヤリと口端を上げて言うウォッカに、テキーラは顔を青褪めさせる。冗談ではないことを理解したのだ。

 

「お前にはあの女と杉本の監視役を任せたと言ったが……あれは嘘だ。元々、あの女や杉本共々、お前も処分する予定だったんだ……以前任せた仕事もミスが目立っていたからな。用済みなんだよ、お前は」

 

 ウォッカの一言一言がテキーラの耳を通して脳に伝わる度に、彼の心の奥底から死への恐怖が膨れ上がる。顔から滲み出た嫌な汗が滴り落ちた。

 

 

「…………ぐっ、ぅ……く、くそったれがあぁぁーーー!!」

 

 

 死を前にして自暴自棄になったテキーラは、怒りに身を任せて自分の銃をウォッカに向けようとする。

 

 しかし、それよりも早くウォッカの銃が火を噴いた。怒声を上げていたテキーラは、頭を撃ち抜かれて口を開けたまま即死する。

 糸が切れた人形のようにバタリと倒れたテキーラを尻目に、雅美が落とした鍵を使って例の倉庫を開けるウォッカ。

 

「――ッ!? コ、コイツは……」

 

 だが、中を見たウォッカは驚きにしばし呆然とその場に立ち尽くした。そして我に返ると、焦ったようにスマホを取り出して操作し始める。

 

 そこへ鳴り響くサイレンの音。ウォッカは舌打ちをし、速やかにその場から離れていった。

 

 

 

 

 ウォッカがトランクルームを離れてから少しして、杉本からの供述を元に10億円の場所を突き止めたのであろう高木刑事達と、それをスケボーで追ってきたコナンが現れる。

 

「なっ!? し、死体だ!!」

 

 脳天を撃ち抜かれて倒れている手木来蔵(テキーラ)の死体を発見して、驚く刑事達。だが、コナンは訝しげにそれに目をやりつつ、自分の眼鏡に映る発信機の反応を確認している。

 

(どういうことだ? まだ発信機の反応は動いているぞ! それも、車並みのスピードで……)

 

 発信機が取り付いていたであろう男が死んでいるにも関わらず、未だ動き続けている反応。

 

(……そういうことか!)

 

 コナンは踵を返し、事件現場から離れてスケボーに乗る。最大出力で発進して、発信機の反応を追い始めた。

 

 10億円の場所を警察に問い詰められた杉本。そんな彼が漏らした言葉を、スケボーを走らせながら思い出すコナン。

 

 

 ――俺も彼女も、アイツラに殺される

 

 

 杉本が警察から手に入れた銃をその場で使わずにいたのは、自分を殺しに来るのであろう相手から身を守るためだったのだ。アイツラ(・・・・)ということは、相手は複数人――恐らくは組織立った存在だ。そして、杉本の言葉に含まれていなかったあの手木来蔵(テキーラ)はその組織の仲間。恐らく、用済みと判断されて殺されてしまったのだろう。

 

 コナンはそんなことをする組織に心当たりがあった。

 そして、気づいた。その組織が今まさに、杉本の言う彼女(・・)を狙っていることも。

 

 

(――広田雅美さんが危ない!)

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 時刻は既に夕方近く。

 杯戸町から遠く離れた、コンテナの積まれた人気のない波止場に車を止めたジョーカー。

 

 さすがにここまで離れれば大丈夫だろう。未だ混乱している様子の雅美と共に、モルガナカーを降りるジョーカー。彼らが降りたことを確認すると、モナも車の姿から二頭身の猫の姿に戻る。

 

「……なんだかもう、訳が分からなすぎて考えが追いつかないわ」

 

 コミカルな姿のモナを見て、ハイライトの失った遠い目をする雅美。しかし、一度深く溜息を吐いて気持ちを整えたのか、ゆっくりとジョーカーの方へと振り向いた。

 

「でも、助かったわ。ありがとう……怪盗さん、でいいのかしら?」

 

 眼鏡を取って礼を言う雅美。梓やヨーコとはまた違ったベクトルの美人である。

 しかし、怪盗という言葉にジョーカーは目を見開いた。自分が噂の怪盗であることは、明かしていないはずだ。

 

「その格好よ。白いドミノマスクに黒いコート、ネットで噂の怪盗の姿そのままだもの……それに、あの占いのこともあったし」

 

 最後の方は小さな声で聞き取れなかったが、そういえばジョーカーの怪盗姿は園子の口から伝聞してネットに流れていたのであった。

 どちらにせよ、ジョーカーは自分が怪盗であることを話すつもりだったのだ。彼女をこの場に降ろして何の説明もせず去るなんて無責任なことはできないのだから。

 

「バレているのなら今更かもしれないが……お察しの通り、ワガハイ達が心の怪盗団"ザ・ファントム"だ」

 

 ふんぞり反ってそう告げるモナ。雅美は屈んでモナに視線を合わせ、実に不思議そうな顔をする。

 

「車に化ける猫――猫なのかしら? 加えて喋るなんて……まさにファンタジーね。杉本の様子が急におかしくなったのも、もしかして貴方達が心を盗んだからなの?」

「その通りだ。あのままじゃ子供が危険だったからな」

 

 モナの言葉を聞いて、納得すると共に膝の上で組んだ手を強く握り締める雅美。

 

「……本当にありがとう。ああなったのは、私のせいでもあるから」

 

 だが、雅美とてあの黒尽くめの男達から利用されていたのだ。妹を救うために、10億円を強奪するしかなかった。もちろん責任はあるだろうが、全て組織とやらのせいだ。ジョーカーはそれらのことを述べて、自分を責める雅美を気遣った。

 しかし、雅美はかぶりを振る。

 

「違うのよ……実は――」

 

 躊躇いがちな様子で立ち上がり、ジョーカーの方を振り向いてその口紅の塗られた唇を開こうとする雅美。

 

 

 

 ――その時、一発の銃弾が彼女の胸を貫いた。

 

 

 

「なっ……!?」

 

 花が散るようにして鮮血が辺りに飛び散る。

 その銃弾が彼女の身体を貫通して、ジョーカーの左前腕を掠めた。

 

 血が流れ出す左腕に構わず、自分の方へ倒れ込む雅美に慌てて駆け寄るジョーカー。その際、シールのような物が彼女の腕時計から剥がれたが、ジョーカーはそれに気づかない。銃弾は彼女の胸ポケットに入っていたスマホごと貫通している。そのおかげで軌道が逸れて、ジョーカーは左腕を掠めるだけで済んだようだ。

 

 襲ってきた銃弾の角度と発砲者の姿が見えないことからして、これはスナイパーライフルによる狙撃だ。またどこから銃弾が襲ってくるか分からない。ジョーカーは倒れた彼女を抱えて、モナと共にコンテナが何台も積まれている場所の陰に隠れた。

 

 咳き込み、口から血を吐く雅美。ジョーカーはすぐさまペルソナを召喚して治療を試みる。

 

 

 イ シ ュ タ ル !

 

 

 ジョーカーの背後に、角の生えた露出度の高い純白の装いの女神が現れる。そのペルソナの力を使って、雅美の傷口を癒そうとするジョーカー。

 しかし、効きが良くない。それどころか、力を行使するジョーカーの意識が急激にグラツき始めた。

 

「駄目だ、ジョーカー! 前に言っただろう、この空間は完全じゃないって! 特に回復に関わる魔法は負担が大きい。彼女の傷が治る前にお前が倒れちまうぞ!」

 

 モナがそう言ってジョーカーを止めようとする。恐らく、モナのペルソナであるゾロも同じなのだろう。しかし、それを振り払って雅美の胸の上に手を翳し、力の行使を続けようとするジョーカー。

 

 その手を、雅美がそっと握り締めた。

 

「もう……いいわ。元々、覚悟はしてた、から……」

 

 ジョーカーの目を見て、血の垂れた唇で弱弱しい笑みを浮かべる雅美。彼女は懐から鍵を取り出した。

 

「これ……10億円を隠した、トランクルームの鍵。偽者の方は、逃げる時に落としちゃったみたいだけど……こっちが本物なの」

 

 雅美は、息も絶え絶えな様子で話し始めた。

 

 実は、クラブで杉本と会った時、彼は10億円は返すから見逃して欲しいと頼んできたのだ。だが、見逃したところで奴らに見つかって殺されるだけ。雅美は警察に事情を説明して保護してもらうのが一番安全だと説得した。杉本もそれに頷き、雅美に鍵を渡したのだ。

 

 しかし、雅美はその鍵を使って、別に契約したトランクルームに10億円を移したのだ。テキーラに渡した鍵がダミーで、今彼女が持っているのが移した先の――正真正銘10億円が隠された倉庫の鍵なのである。

 

「彼……杉本は、10億円への執着をキッパリ絶ったんだと思ってたんだけど、やっぱり大金に目が眩んじゃったのかしら。話した時は、本当に後悔している様子だったんだけど…………ね? あの子供が危険な目に合ったのは、私のせいなのよ」

 

 雅美は自嘲げに息を漏らした。

 

 杉本のオタカラが朽ちた10円玉であった理由が分かった。恐らく、彼は精神暴走の影響を受けて、歪みを失くしかけていた大金への欲望を無理矢理に増幅させられてしまっていたのだ。

 

「……でも、最後に、ヤツラに一泡吹かせてやったわ。いつも何の力もないただの女ってバカにされてたけど、そんな女に、偽者を掴まされたんだから……」

 

 してやったりと口端を上げる雅美。死の間際であるというのに気高に振舞う彼女に対して、ジョーカーはある種の尊敬の念を抱いた。

 

「この鍵を……警察に渡して。直接じゃなくて、いいから」

 

 雅美は震える手で鍵をジョーカーに手渡す。手渡されたそれを、確かに受け取ったとしっかり握り締めるジョーカー。

 

「……私の、本当の名前、宮野明美……妹を……志保を、組織から、助け、て……」

 

 どんどん小さくなっていく雅美――いや、明美の声。縋るようにして呟かれるその言葉にジョーカーは頷き、それ以上喋るなと答えた。

 ジョーカーはまだ諦めていない。何とか彼女を救う方法があるはずだ。知恵の泉と評価された頭をフル回転させる。

 

 そんなジョーカーに、彼女は小さく笑みを浮かべた。そして、その目はジョーカーを通して別の誰かを見ているかのように映る。

 

 

 

 

「…………ごめ…ん……い……大……ん……」

 

 

 

 

 宮野明美がその目を閉じた。端からは、一筋の涙が頬を伝っている。

 ジョーカーは必死に彼女の身体を揺するが、反応がない。

 

 

 助けられなかったのか?

 

 

 明美の身体を抱えたまま、呆然とするジョーカー。

 

「ジョーカー……」

 

 傍らのモナも、悔しげに目を伏せて俯いている。

 

「……狙撃手のこともある。これ以上、ここにいるのは危険だ。早くここを離れて――」

 

 モナの言葉は、ジョーカーの耳に入っていない。彼はいつものポーカーフェイスを歪ませて、怒りを露わにしていた。謎の組織と、精神暴走の種を撒く謎の人物に対して。そして何より、彼女を助けることができなかった自分に対して。

 

 

 ――組織とは一体何なのか? 種を撒き散らす者の目的は何なのか? 彼女はなぜ殺されなければならなかったのか?

 

 

 拳を震わせる暁の頭に、少女を人質にしていた杉本の姿が思い浮かぶ。

 彼は自力で改心しかけていたところだったのだ。それなのに、謎の存在によって消えかけていた欲望を操作された。彼もまた、被害者だったのである。

 

 今までとは訳が違う。ジョーカーの頭にこれまでの標的(ターゲット)の顔が過ぎった。

 

 行動を起こす切欠を作り出したのは精神暴走の影響によるものであろうが、ヨーコの事件の犯人である藤江は前々から異常な行動が目立っていたようだし、遅かれ早かれ歪みを大きくさせて事を起こしていただろう。肥谷校長にいたっては、元の世界であればパレスが出来ていてもおかしくないほどの歪みで――

 

 

 そこまで考えて、ジョーカーは震わせていた拳をピタリと止めた。

 

 

 

 ――そういえば、校長のオタカラは何だっただろうか?

 

 

 

 ジョーカーは慌てて懐から一本の瓶を取り出した。瓶の中は透き通るような青い液体で満たされている。

 

「それは……霊薬(ソーマ)か! そういえば、校長のオタカラがそれだったな!」

 

 モナが飛び上がって歓喜の声を上げる。

 この霊薬の回復効果はペルソナによる力の比ではない。アルカナの力で空間を歪めている今なら、完全ではなくとも、彼女を何とかするだけの効果は発揮するかもしれない。

 

 ジョーカーは迷わず、その霊薬を彼女の口に流し込んだ。全て流し終えると、彼女の身体が淡く光り始める。

 祈るような気持ちでその様子を見守るジョーカー。

 

 少しして、その光がゆっくりと止み始める。

 

 

「ッ……ゲホッ! ゲホッ!」

 

 

 光が止むと、何の反応も示さなかった明美が、咳き込むようにして息を吹き返した。

 

「やったな! ジョーカー!」

 

 拳を胸の前で握り締めて、モナと成功の喜びを分かち合うジョーカー。

 

 しかし、息は吹き返したものの、明美の意識は戻っていない。彼女の身体の下には、大量の血溜まりが出来ている。傷口は閉じているが、血を流しすぎているのだ。もしかしたら、流した血まで完全に元に戻すことはできなかったのかもしれない。

 恐らく死は回避できただろうが、だからといってこのままというわけにもいかないだろう。早いところ病院に連れて行かなければ。

 

「よしっ! 病院へ向かうぞ! 乗れ、ジョーカー!」

 

 急いでモナが車へと変身する。雅美を抱えて、モルガナカーに乗り込もうとするジョーカー。

 そこで、遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてくることに気づく。

 

「――待てぇッ!」

 

 サイレンが聞こえる方を振り向いたジョーカーの目に、軽快なエンジン音と共にこちらへと迫ってくる小さな影が映る。

 

 

 ――まさか、コナンか?

 

 

 しかし、今は相手をしている暇はない。ジョーカーは明美から受け取った鍵をその場に放り投げると、アクセルを踏み、全速力で波止場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「……くっそぉ! 逃がすかよ!」

 

 走り去る黒い車を追う少年、コナン。ジョーカーの予想通り、小さな影の正体は彼だったのだ。

 

 コナンは間違いないと前方を見据えながらスケボーを走らせる。広田雅美と思われる血だらけの女性が、黒いロングコートを着た男に担がれて車に運び込まれていた。男は左腕を負傷しているようであったが……

 

(今は考えてる場合じゃない! とにかく、あの車に追いつかねえと!)

 

 余計な思考を振り払ったコナンは、スケボーの速度をさらに上げようとした。だが、スケボーはコナンの意思とは正反対に急激に速度を低下させ始める。

 

「お、おい!? どうしちまったんだ!」

 

 何事かと戸惑うコナン。そんな彼の目に入ったのは、水平線に沈む太陽。黄昏色も薄まり、辺りを暗闇が支配しようとしていた。

 

(そうか、もう日没……)

 

 このスケボーは太陽電池で稼動している。太陽が出ていない状況では、エネルギー源を得られずエンジンがうんともすんとも言わなくなるのだ。

 

「ちくしょうッ!」

 

 コナンはその場に膝を突き、悔しさの余り地面に拳を叩きつける。

 

 

 その場には、明美が流した大量の血液と、10億円が隠されているトランクルームの鍵しか残っていなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 モルガナカーで何とか杯戸町まで戻ってきた暁。

 地図がなければどこに何があるのか分からないし、ひとまずあの波止場から警察の目を掻い潜って来た道を戻ってきたのだ。

 

 すでに長時間アルカナの力を行使している。少しでも負担を失くすため、怪盗服からチェンジして普段着のままモルガナカーを運転している。これならば、仮に誰かに見られたとしても地味な男が耳と尻尾を付けた痛車を運転しているようにしか見えない。

 

 既に時刻は真夜中だ。道中、内科診療所を見つけたので、明美を背負ってモルガナカーを降りる。銃創は完治しているし、輸血だけなら内科で事足りるはずだろう。

 病院の裏口に回ってチャイムを鳴らしたが、反応がない。明美を背負った状態のまま他に病院がないかと見回す暁。人に聞こうにも、夜中であるが故に誰も見当たらない。

 

 

「――ちょっと、そこの不審者。ウチの診療所の前で何してるの?」

 

 

 そんな彼に、声を掛ける女性が現れた。パンクな服装をしているが、暗闇のせいで顔がよく見えない。ウチの診療所(・・・・・・)ということは、目の前の内科診療所は彼女が経営しているということだ。

 暁が急患だと告げると、彼女は訝しげに暁が背負っている明美を見やった。断られることを危惧した暁は、土下座する勢いで頭を下げて頼み込む。

 

「…………ま、いっか。付いてきなさい。今日は色々とあったし、もう一つくらい面倒が増えても構わないわよ」

 

 女性は必死に頭を下げる暁に何を思ったのか、そう告げた後背中を向けて街灯のない暗闇に染まった道を歩き始めた。どことなく聞き覚えのある声に暁は首を傾げる。

 

「……何、来るの? 来ないの? 私はどっちでもいいけど?」

 

 振り返ったその女性に声を掛けられ、暁は慌てて明美を背負い直して彼女を追いかけた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 一方、暁達が立ち去った波止場を捜査をする警察達。

 その様子を、離れた高台から煙草を吸いながら見下ろしている黒尽くめの男が一人。

 

 その手には、スナイパーライフルが握られていた。明美を撃ち抜いたのは、この男のようだ。

 

 

 ――ブー、ブー

 

 

 懐のバイブ音に気づいて、スマホを取り出す男。

 

「……ウォッカか。金の方はどうだった?」

『それがですね、ジンの兄貴。どうもあの女が落とした鍵は偽者だったようです。倉庫の中身は空でした』

 

 電話の相手はウォッカのようだ。恐らく、本物の鍵は警察の手に渡ったのだろう。

 だが、ジンと呼ばれた男は10億円を手に入れられなかったというのに、その話をどうでもよさげに聞いていた。それどころか、不敵に笑みを浮かべている。

 

「そうか……まあいい。元々、不要な奴を始末する口実を作るための任務だったからな」

『へい。それで、女の方はどうなりましたか?』

「俺を誰だと思ってる、ウォッカ……当然始末したさ。バカな女だ。支給したスマホで居場所がバレバレなことに気づいていなかったようだ」

 

 宮野明美は最初から殺す心算だったのだ。彼女にはFBIの人間を組織へ手引きした疑いがあった。疑わしきは罰するジンであるが、彼女の殺害についてはあの方(・・・)から正式に許可を受けていない。が、任務を失敗したということであれば文句は言われないだろう。杉本とテキーラについては、ついでである。

 

『杉本の奴はサツにパクられちまいやしたが、女以上にろくな情報を持っていないですし、放っておいても大丈夫だと思いやす……そういえば、女の逃走を助けた奴は?』

「ああ、女ごと始末しようとしたが、運よく銃弾が逸れたようだ。女の陰に隠れていたせいで姿をしっかりと拝むことはできなかったが、まあ楽しみは後に取っておくさ……もしかしたら、噂の怪盗団とやらかもしれねぇな」

『は? え、まさか……兄貴、アレを信じてるんですか? 確かに、杉本の奴は改心されたとか話題になっちゃいますが……』

「ククッ、冗談だ」

 

 意味ありげに笑ったジンは、電話を切ってスマホを懐に収める。

 

 そして、満足げな顔でその場を後にし、その黒尽くめの身体を闇に溶け込ませたのであった。

 

 

 




暁のワイルド能力についてですが、正直手に余りすぎて困ることが多々あります。

全アルカナのペルソナを全て登場させるのは大変ですし、仮に登場させることができたとして絶対に空気と化すペルソナとかが出てきそうな気がしてならないんですよね。

個人的には怪盗として活躍している暁であれば、ペルソナはアルセーヌだけで十分ですしバランスも取りやすいと考えているのですが、ワイルド要素を外すのもどうかと思っていまして。

難しいところです。









▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。