名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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前・中・後編と分ける予定でしたが、後編が長くなりすぎたので四話に分けることにしました。


FILE.16 10億円強奪事件 三

 一方その頃、午前中のポアロでの仕事を終えた暁。彼はモルガナとラヴェンツァを連れて、小五郎や捜査一課と同じく杉本の行方を捜していた。そんな彼らは今しがた、東都環状線に乗って杯戸駅に到着したところだ。

 

 何の情報もない暁達がここまで辿り着けたのは、ひとえにモルガナの嗅覚のおかげである。メメントスでも、ナビ担当の双葉が怪盗団の仲間に入るまでは、彼の鼻を頼りに標的(ターゲット)の居場所を探っていた。こちらでも、名前に加えて顔まで知っている今の状況であれば、十分に反応を探ることができるのだ。と言っても、ここ杯戸町のどこかにいるということまでしか分かっていないが。

 

 ちなみに、ラヴェンツァは以前と同じく梓がコーディネートした花紺色のレトロワンピースを着ている。初対面の時は戦々恐々としていた梓であったが、なんだかんだで世話を焼いてくれている。妹が出来たような気分になっているのだろう。暁としても、ファッションセンスに自信がないというわけではないが、いかんせん女の子の服となると話が変わってくるので大助かりである。

 

「先ほどから私の方をじろじろと見ているようですが、どうしたのですか?」

 

 ラヴェンツァが何気なしに彼女を見ていた暁に問い掛けてきた。その手にはいつも通り本が抱えられている。本のタイトルは『中華スイーツナビ』。神秘的なオーラを纏う少女が持つには何とも似つかわしくない本だ。彼女の頭には未だに食道楽への欲求が渦巻いているのだろうか。

 

 暁は似合っている、と素直に微笑んで答えた。数日前に小五郎達がポアロへ来店してからというもの、彼女は少し不機嫌気味であった。ここらでご機嫌を取っておいた方がいいだろう。それに、似合っていると思っているのは事実である。

 

「……そ、そうですか?」

 

 暁の褒め言葉を聞いたラヴェンツァはその琥珀色の目を丸くし、白い頬をほんのりと桃色に染めて気恥ずかしげに顔を背けた。

 

「私は今まで主が用意した服しか着たことがなかったので、あまりよくは分からないのですが……貴方が気に入ってくれたなら良かったです」

 

 あの服はイゴールが用意していたのか。夜なべして彼女の服を仕立てているイゴールの姿を想像して、暁は何ともいえない気持ちになった。

 

『――えー、とっ突然ですが、臨時ニュースです』

 

 そんな暁の頭上、CMを流していた街頭ビジョンに臨時ニュースが映る。上を見上げた暁と同様、周りの人々も足を止めて大型のディスプレイに映るアナウンサーに注目し始め、駅前のガヤガヤとした雑踏の音が嘘のように掻き消える。

 

『杯戸ショッピングモールに警察から逃走中の男が現れ、居合わせた女子児童を人質に取ったとのことです。男はナイフを持っており――』

 

 アナウンサーの言葉が続く中、画面に大きな観覧車がトレードマークの杯戸ショッピングモールが映る。数秒してカメラが変わり、そのショッピングモールの屋外広場で少女が男に抱きかかえられている様子が目に入る。その首には、ナイフが突きつけていた。

 

「おい、アキラ! あの男って……」

 

 モルガナの言葉に、暁も頷く。少女を人質に取っているのは、10億円強奪事件の容疑者――杉本裕樹だ。

 

『あっ、たった今情報が入ってきました! 男は、数週間前に起きた10億円強奪事件の容疑者であると――』

 

 マスコミも耳聡くその情報を掴んだようだ。それが伝えられたことによって、それまで静かだった周りの人々がざわつき始める。

 

「行ってみましょう。マイトリックスター」

 

 ラヴェンツァが暁の服の袖を引っ張って促す。暁はスマホでショッピングモールの場所を調べると、彼女とモルガナを連れて全速力で駆け出し始めた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「おい、銃を持ってる奴らは地面に置け! 置いたら俺の方に投げて寄越すんだ!」

 

 少女――吉田歩美を人質にして警察と対峙している杉本。鼻息は荒く、歩美の首に突きつけているナイフは小刻みに震えている。目も焦点が合っていない。

 精神的に切羽詰った状態の彼が人質の命を保証するとも思えない。何を切欠に得物のナイフで人質を傷つけるか分からない中、警察側もうかつに手は出せない状況だ。

 

「わ、分かった! 新島君、言う通りにするんだ!」

 

 人質がいる手前、持っていた銃を下に向けていた新島警部は、先輩に当たる目暮警部の言葉を聞いて悔しげに歯軋りをする。そして、ゆっくりと銃を地面に置き、杉本の方へ転がすようにして放る。周りにいる佐藤刑事や高木刑事を含む警官達も、彼女に続く形で銃を杉本の方へ転がした。

 屋外広場の地面の大半はレンガが敷き詰められている。ワックスのかけられた床というわけではないので、投げ寄越された銃が杉本の元まで届くことはなかったが、それでも本来の持ち主である警官達がすぐに回収できることはできなくなった。

 

 杉本は一番近くまで転がってきた銃まで近づき、ナイフを持った手で歩美を抱え直すと、空いた手で素早くその銃を拾い上げた。ナイフからその銃に持ち替えるかと思いきや、彼はそのまま銃をズボンに突っ込んだ。警察と同様に杉本と対峙していたコナンがその様子を見て、首を傾げる。

 

(どうしてせっかく手に入れた銃を使わないんだ……?)

 

 他に用途があるとでもいうのだろうか。いや、今はそれどころではない。歩美を助けることが先決だ。コナンはつい推理をし始めそうになる自分の頭を振って、余計な思考を追い払った。そこで、自分が身に着けている腕時計の存在を思い出す。

 

(そうだ! この腕時計型麻酔銃で、杉本を眠らせれば……)

 

 博士が開発したこの腕時計に仕込まれた麻酔針が命中すれば、象でも30分は眠り続ける。とんでもない性能だが、博士曰く人体に悪影響はないらしい。小五郎を眠らせて代わりに事件を解決しているコナンは、いつもこの道具を使っている。

 コナンは早速、リューズ型のボタンを押して腕時計の蓋を開き、眼前に杉本に照準を合わせた。蓋は開くことでスコープとなるのだ。そして、狙いを定めたところで再びボタンを押して麻酔針を発射しようとした。しかし――

 

「あ、あれ?」

 

 何度ボタンを押しても麻酔針が発射されることはなかった。一体どういうことだろうか? よく調べてみると、腕時計のフレームが少しばかり欠けているのを見つけた。

 

(――そうか! さっき杉本に押し倒された時、ぶつけて壊れちまったんだ!)

 

 博士の開発した道具は驚くほど高性能だが、耐久性に難がある。

 これで、もはや成すすべがなくなってしまった。他に何かないかと辺りを見回すが、あるのは自動販売機と空き缶用のゴミ箱ぐらいだ。そのゴミ箱には許容量を超える空き缶が入れられており、一つだけ地面に零れ落ちているのが見える。

 それにチラチラと目をやりつつ、コナンは真剣な表情で杉本の一挙一動を注意深く見据え始めた。

 

 

 

 

 

 

 そんな状況を、マスコミを含む野次馬に混じって遠くから眺めている者が二人。

 ――手木来蔵と広田雅美だ。

 

「おいおい。アイツ、サツに追い詰められてるやないか」

 

 手木は杉本の様子を見て、楽しげに喉を鳴らす。傍らにいる雅美はひどく動揺しており、「どうして……」と小さく呟いている。

 

「ヘッ。まあ、アイツは組織についてはろくな情報も知らない。俺や奴らのコードネームすらもな。サツにワッパを掛けられようが、問題ないやろ」

 

 どこまで抵抗できるか拝ませてもらうかと、手木は完全に観客気分で笑みを浮かべている。彼の清潔感のない黄色い歯が剥き出しになるのが見え、雅美は嫌悪感を露わにする。そして、杉本と人質にされている少女に視線を戻して、口紅の塗られた唇を噛んだ。

 その顔はまるで、何もできない自分への怒りや自責の念に駆られているかのように歪んでいるのであった。

 

 

 

 

 

 

 数分して、ショッピングモールに辿り着いた暁達。ある程度駅に近かったことが幸いした。

 

 花壇の上に登り、人混みの上から騒ぎの渦中となっている場所を覗く暁。その目に警官達と数名の子供の背中が見える。コナンの姿があることにも驚きつつ、その向こうにいるナイフを突きつけられ恐怖で涙を流している少女とその子を抱える杉本の姿を確認する。花壇を降りた暁は、どうするべきかとモルガナ達と相談し始めた。

 

「あの杉本という男は、十中八九精神暴走の影響を受けています。何時思考が狂い始めて少女に危害を加えるかも分かりません。今までのように彼のシャドウを引き摺り出して、倒すのが一番確実でしょう」

「だが、ラヴェンツァ殿。大勢の人間がいる状況だぞ。そんな中でペルソナを出して戦うのは……」

 

 モルガナはそう言うが、やむを得ない。少女の命には代えられないのだから。

 暁はアルカナの力を行使し、認知を操作する。一瞬の立ち眩みと共に、認知世界との境界が歪む。

 

 しかし、杉本からシャドウが現れる気配はない。

 

「なっ! どうしてだ!? アキラがアルカナの力を使ったのに……」

「当然です。シャドウは追い詰められた状況でなくては姿を現わさないのですから。彼は警察に囲まれてはいますが、人質という存在がある以上むしろ立場は有利。完全に追い詰められたわけではありません」

 

 ラヴェンツァが焦った様子もないまま、そう説明する。

 ヨーコの時のように相手が心中を図ろうとしていれば話は別なのだろうだが、このままではシャドウを出現させることができない。

 

「どうしたら……ん? 待て。なぜだが分からないが、我輩の鼻はここじゃない別の場所(・・・・・・・・・・)からシャドウのニオイを感知しているぞ」

 

 急にくんくんと鼻を鳴らし始めるモルガナ。別の場所から匂うとは、どういうことなのか?

 

「恐らくですが、彼――杉本の現実でのオタカラに値する物が別の場所にあるのだと思います。そして、彼のシャドウもそのオタカラがある場所に潜んでいるのでしょう。シャドウはペルソナと違って、宿主と同じ場所にいるとは限りません」

 

 ラヴェンツァの推測に、なるほどと暁は頷く。ヨーコの写真に、校長の地位……今までの相手は現実でのオタカラに相当する物をその本人が持ち合わせていた。今回の杉本はそれとは別のケースということになる。

 モルガナの鼻で大体の場所は分かるようだが、肝心のシャドウを出現させる方法がまだだ。

 

 以前モルガナも言っていたが、アルカナの力によって認知世界との境界が歪められたこの空間は完全というわけではない。よって、例えオタカラがパレスを生み出すほど歪んだモノであったとしても、メメントスに出現するシャドウが所持しているオタカラのように、全て"芽"のような形で出現するのだ。パレスのシャドウはオタカラを奪いさえすれば改心できるが、この場合シャドウを倒さなければオタカラは頂戴できないし、改心させることもできないのである。

 

 予告状があればシャドウを出現させることができるかもしれないが、それを作っている暇はない。暁は冷静さを保ちつつも、徐々に膨れ上がる浮き足立った焦りを感じて眉間に皺を寄せる。

 

「マイトリックスター。貴方のスマホを貸してもらえますか?」

 

 そんな暁を気にせず、突然そんなことを言い出したラヴェンツァ。

 スマホを借りてどうしようというのだろうか? そう思いつつも、暁はポケットからスマホを取り出してラヴェンツァに手渡した。彼女は手渡されたスマホを嬉しげに一撫でする。

 

「……シャドウを引き摺り出す件については、こちらで何とかします。貴方達は先ずシャドウが潜んでいるであろう場所に向かってください」

 

 詳しい話をしている時間はない、とラヴェンツァは目で訴えている。何をしようとしているのかは分からないが、とにかく今は彼女を信じるしかない。

 

「何だか分からないが……任せたぞ、ラヴェンツァ殿。こっちだ、アキラ!」

 

 暁は頷き、先行するモルガナの跡を追って再び走り出した。

 

 それを見届けたラヴェンツァは、暁のスマホを持って野次馬の間を潜っていく。

 あまりの密度に多少時間がかかってしまったが、なんとか杉本を取り囲む警官の背後にまで辿り着いた。その警官達の傍には、人質にされている少女の友達なのであろうコナン達もいるのが見える。

 

「――杉本裕樹!」

 

 ラヴェンツァが前へと歩み出ながら杉本に声をかける。その声を聞いて、杉本と対峙していた者達が一斉に彼女の方へと振り向いた。コナンはラヴェンツァの姿を見て、驚きに目を見開いた。

 

(――あれは……来栖暁の親戚の子か? どうしてこんなところに?)

 

 周りの注目も意に介さずに足を進めるラヴェンツァを止めようと、高木刑事が慌てた様子で駆け寄る。

 

「コ、コラッ! キミ、危ないから下がって!」

 

 だが、そんな高木刑事をラヴェンツァは左手で押し退け、もう片方の右手で暁のスマホを杉本へ見せるように突き出して掲げる。その画面には、あるサイトが表示されていた。

 

 

 

 ――液晶を赤く染め上げるそのサイトの名は、怪盗お願いチャンネル。

 

 

 

「今すぐに人質を解放しなさい。貴方のことは怪チャンに書き込まれています。人質を解放しなければ、怪盗団に改心されてしまいますよ?」

 

 ラヴェンツァはスマホを掲げたまま、どこか楽しんでいるような顔付きでそう告げた。彼女の言葉を聞いて、周りの野次馬達が一斉にスマホを取り出して怪チャンを開く。

 確かに、怪チャンには10億円強奪事件の犯人である杉本裕樹を改心させろという書き込みがいくつも書き込まれていた。恐らく、ニュースを見た者が書き込んだのだろう。

 

「本当だ……」

「……そ、そうだ。お前なんか怪盗団が来たらおしまいだぞ! 改心されたくなかったら、女の子を解放しろ!」

「そうだそうだ! 女の子を放せ!」

「怪盗団! こんな奴さっさと改心させちまえー!」

 

 

 ――怪盗団! 怪盗団! 怪盗団!

 

 

 怪チャンを見た野次馬達が、虎の威を借る狐のように次々に声を上げ始めた。その声の集まりは集団心理の影響により怪盗団コールへと化していき、警官達は杉本に目を向けつつも扇ぎ立てる野次馬達への動揺を隠し切れないでいる。

 声の行き先である杉本は、怪盗団のことを知っているのか、小刻みに震えながらその顔を青褪めさせている。実在するかも分からない存在だが、こうも大勢から煽りを受けてしまえば、本当に自分が改心されてしまうのではという思考に陥っても無理はないだろう。

 

「……う、うるせぇッ!! もう一回怪盗団って言ってみろ! このガキをぶっ殺すぞぉ!!」

 

 杉本はそんなふざけたことがあるものかと、怒鳴り声を上げて野次馬の声を黙らせようとする。

 さすがに人質を殺すと聞いて怪盗団コールはピタリと止んでしまったが、杉本の顔から動揺の色が消えていないのは一目で分かる。

 

 ――それを確認したラヴェンツァは、ニヤリと口元を歪ませた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 同じ頃、シャドウが出現するであろう場所に辿り着いた暁達。

 

 そこは、大通りから外れた場所にある屋外トランクルームであった。モールでの事件もあってか、普段から人通りが少ないであろうその場所には人っ子一人見当たらない。好都合である。

 ひとまず、暁達は物陰に隠れて様子を見ることにした。

 

「恐らく、杉本のオタカラは例の強奪された10億円だろうな」

 

 傍らにいるモルガナの言葉に、暁は頷いて同意した。

 

 実行犯である彼は強奪した金をそのまま持ち逃げしたのだ。毛利探偵事務所を訪れた手木来蔵と広田雅美という人物は計画を企てた者で、彼は共犯者だったのであろう。そして、その10億円はこの倉庫のどれかに隠されている。

 

 頭の中でそう推測していると、暁達の視線の先――ある倉庫の前に、赤い波飛沫が吹き上がった。その中から杉本の物であろうシャドウの姿が現れる。シャドウは倉庫の扉に張り付いて何やらぶつぶつ呟いている。

 

「ラヴェンツァ殿がやってくれたんだ! ……ようし、やるぞ! ジョーカー!」

 

 暁はモルガナと頷き合うと、怪盗服へとチェンジする。物陰から風の如き勢いで飛び出し、標的のシャドウへと踊りかかった。

 

 

 ―― ア ル セ ー ヌ !

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 場面は戻って、騒ぎの渦中であるショッピングモール。

 怪盗団コールの鳴り止んだ屋外広場を見回す杉本。広場に舗装された道路に野次馬の一人が乗っていたであろう車が停車されているのを見つけた彼は抱えている歩美の首にナイフを食い込ませ、息も荒い状態で口を開いた。

 

「……おい、お前ら! 人質を解放して欲しかったら、あの車を俺に寄越せ! 持ち主にキーを持ってこさせろ!」

 

 どうやら、その車を使って逃走を図るつもりらしい。警察に用意させたものでは発信機などを仕掛けられる危険性があるので、一般人が使っている車を指定したのだ。

 

「す、すみません! あの車の持ち主の方はいらっしゃいますか!?」

 

 目暮警部が背後に群がる野次馬達に向けて声を掛けた。大勢の人間が自分の周りと顔を見合わせる中、一人の女性が手を挙げた。警部はパンクな服装をしたその女性の元へ近づき、頭を下げる。

 

「子供の命が掛かっています。どうか、ご協力いただけますか?」

 

 女性は悩む素振りも見せず無言のまま頷いて、目暮警部にキーを手渡した。警部は女性に再び頭を下げると、再び杉本に対峙する。そして、見せ付けるようにしてその手に持ったキーを掲げる。

 

「あの車のキーだ。子供と引き換えに手渡すというのはどうだ?」

 

 目暮警部はそう提案すると、対する杉本は悩む素振りを見せた。顔を伏せて、何やら呟いている。

 

「……だ、駄目だ。まだ、アレが残ってる…………キ、キーを寄越せ!」

「こ、子供を解放しないのであればこれを渡すわけには……」

「いいから寄越せってんだよ! ガキが死んでもいいのか!?」

 

 交渉に応じず、焦ったように声を荒げる杉本がさらに歩美の首筋にナイフを食い込ませた。首の皮が切れ、少しばかり出血しているのが見える。痛みのためか、歩美が声にならない悲鳴を上げて目を閉じる。

 

「わ、分かった! 分かったから、落ち着いてくれ!」

 

 慌てた目暮警部がキーを投げて寄越した。杉本は足元に落ちたキーをナイフを持った手で素早く拾う。それを見たコナンは、傍らにある空き缶のゴミ箱の方へ近づく。地面に落ちている空き缶に足を付けるが、その頃には杉本はキーを拾い終えていた。

 

「……ガ、ガキは後で解放する。お前ら、俺を追うんじゃねえぞ! 追ってきてるのが分かったらガキを殺す!」

 

 杉本は歩美を抱えたまま、後退りする形で停車されている車の方へと向かい始めた。

 

「あ、歩美!」

「コナン君! このままじゃ歩美ちゃんが連れて行かれちゃいますよ!」

 

 元太と光彦が叫ぶが、あの様子では下手なことはできない。

 

(分かってる!)

 

 コナンは頭の中でそう返事をした。後もう一回、決定的な隙を見せてくれれば……と、車の元へ辿り着いた杉本を睨みつける。このままでは本当に歩美を連れ去られてしまう。

 

 

 

 だが、後ろ手で車のドアノブに手を掛けようとしたところで、杉本の動きが止まった。

 

 

 

「え……?」

 

 そんな杉本を、顔を上げて訝しげに見る歩美。彼はまるで呆然としたような様子で、何で自分はこんなことをしているんだというような顔をしていた。

 

「……な、何で俺、こんなこと。アレのことは諦めたはずなのに……じょ、嬢ちゃん、すま――」

 

 

 

(――動きが止まった? 今だ!)

 

 それを隙と見たコナン。キック力増強シューズのダイヤルを回し、ツボを刺激することで筋力を高める。そして、足元の空き缶を思いっきり蹴り飛ばした。凹んだ空き缶が風圧を伴って杉本の方へと飛んでいく。

 

「え? ぐあっ!!?」

 

 空き缶は杉本の額に直撃した。彼は抱えていた歩美を放し、衝撃を受けた勢いで車の窓に後頭部を打ちつけてその場に跪く。歩美は急いでその場から離れ、駆け寄ってきた光彦達に迎えられた。

 

「歩美ちゃん!」「歩美!」

「元太君! 光彦君!」

 

 歩美の無事を喜ぶ二人。その様子を見てコナンも安堵の表情を浮かべ、野次馬達も歓声を上げる。

 

「いてて……」

 

 そんな最中、杉本は額を押さえつつ、呻きながらも車に体重を預けて立ち上がろうとしている。

 

(!? やっべ!)

 

 それに気づいたコナン。杉本を昏倒させるつもりで空き缶を蹴ったのだが、どうにも蹴りが浅かったようだ。

 

「っ、鉄拳制裁!」

 

 彼は今拳銃を所持している。人質を取られたことに逆上して乱射してしまう可能性を危惧した新島警部が、杉本目掛けて肉薄し拳を振り上げた。

 

「あ、お姉さん! 待って!」

「――ええ!?」

 

 何を思ったのか人質にされていた張本人である歩美が待ったをかけた。新島警部は驚いて顔を振り向けるが、もう遅い。

 

「ぐええぇーーッ!?」

 

 彼女の拳はものの見事に杉本の横っ面へと炸裂し、彼はもんどり打った先でドシャリと仰向けに倒れてしまった。目暮警部を含む周りにいた警官達が、一斉に集まって倒れている杉本を包囲する。

 

 

 

 

 コナン達は、歩美を連れて予め呼ばれていた救護班の元へと移動した。

 

「歩美ちゃん。どうして止めようとしたんですか?」

「アイツ、お前にひどいことした奴なんだぞ!」

 

 警察が杉本を現行犯逮捕しているのを遠巻きに見ながら、光彦は首を傾げて歩美に問い掛けた。現太も憤慨した様子で両の拳を握り締めている。

 

「歩美ちゃん、どうしてなんだ?」

 

 コナンとしても、気に掛かっていたことだ。歩美は救護班から首の手当てを受けつつ、口を開く。

 

「だって、あの人もう改心されちゃってるもん。怪盗団に」

「「えええっ!!?」」「な、何だって!?」

 

 

 

 

 

 

 杉本が逮捕される様子を、野次馬に紛れて遠くから見ている手木来蔵と広田雅美。

 

「……何や、あっけない。もうちょい粘ってくれたら面白くなりそうやったのにな。まあ、ええわ。行くぞ」

 

 手木は興味を失くしたかのように野次馬の群れから離れ、10億円が隠されているであろうトランクルームへと向かい始めた。雅美はしばし逮捕された杉本を心配そうに見ていたが、遅れて手木の後に続いた。

 

 

 




前回のコナンの推理披露について、色々と感想を頂きました。
私自身先走ってるなという印象があり……良し悪しに関わらず書かないで見送った方が良かったかなと思ってたりします。

ただ、現状コナンはどう足掻いても状況証拠しか得られないんですよ。ペルソナによる怪盗団の改心行為に居合わせたとして、それを説明できるかといえばジョーカー側から解説を受けない限り無理なので(コナン世界で元の世界と同じように認知訶学の研究が進んでいたとしても)。

ペルソナ5本編では、それを解説できる人物が警察側にいたから現行犯逮捕することができましたが、コナン側にはそういう人物が現状いないわけです(設定を作っていないせいですが)。なので、コナンがいつまでも決定的な証拠を求めて先走らないでいると、ジョーカーに対して自分はお前が怪盗だと疑っていますと推理を披露する機会を一向に書けないわけでして……

まあ、これは単に私の力量不足なところがあるので、そういった箇所は生暖かい目で見ていただけばと思います。








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