名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

15 / 33
FILE.15 10億円強奪事件 二

 

 

「…………怪盗って、お前のことなんだろ? 来栖暁」

 

 

 子供の成りで、子供とは思えないような口調でそう告げるコナン。眼鏡の向こうにあるその目には、自分の推理に間違いなどないという自信がありありと見て取れた。その姿はまるで、物語に出てくる探偵のようであった。

 

 このコナン少年は一体何者なのだろうか? はっきりとお前が怪盗だと断言する彼に、動揺を抑えられない暁。いくつもの修羅場を潜り抜けていた暁であっても、さすがに彼のような子供に追究されるハメになれば動揺してしまうのも無理はない。それでも、暁は顔には出さず努めて平静を装い、静かに目の前の眼鏡の少年を見下ろす。

 

 しかし、黙りっぱなしでは肯定しているのと同じだ。暁はモルガナに目配せして、彼が頷くのを確認する。そして、なぜそう思うのか? とコナンに対して逆に質問した。質問に質問で返すことになるが、コナンは気にした様子はない。むしろ、待っていましたと言わんばかりにその口は笑みを浮かべている。

 

「なぜ肥谷校長が狙われたのかということを考えれば、簡単さ。蘭から聞いたけど、騒ぎが起きる前日に三島って人が退学処分を宣告されていたらしいじゃねえか。肥谷校長の企みは関係者なら知っていたかもしれないが、その人達の誰かが校長に制裁を加えたとしたら、何もこのタイミングでなくても良かったはずだ。それなのに、三島が危機的状況になったタイミングで怪盗団は行動を起こした。これは、三島の身近な人物が怪盗であるということに他ならない」

 

 コナンは、犯人を追い詰めるようにそう捲くし立てる。その言動から、彼の推理力は明らかに保護者である毛利小五郎をはるかに上回っていることが分かる。

 見た目子供で大人のような言葉遣いをするのはラヴェンツァで慣れていたが、彼の場合は正体が不明なだけにはっきり言って不気味だ。まさか、彼もラヴェンツァと同じく人間ではない存在なのだろうか?

 

「蘭の話だと、お前は三島を庇っていたそうだな。蘭達を除けば、誰も彼を助けようとしなかったのに……お前が他人を助けるためなら自分の命もかえりみない性分をしているのは、今までの行動でよく分かってる。そんなお前が、もし何かの切欠で肥谷校長の企みを知ったなら……今回のような騒ぎを起こしてもおかしくはない」

 

 自分の推理を言葉にして並べるコナン。それを聞きながら、暁は脇にあるカウンター席に腰を下ろして足を組んだ。例えそうだとして、それでは自分はどうやって校長を改心させたのか? そう続けて質問する。

 それに対してコナンは先ほどまでの自信満々な表情を一変させる。突き刺すような目線を向けていたその顔を暁から背けた。

 

「…………方法は、まだ分からねぇ」

 

 コナンは、心底悔しげに多少の自嘲を込めてそう答えた。

 

「だが、お前が怪盗であるという根拠はもう一つあるぜ……さっきまでこの店にいた、沖野ヨーコの事件だよ」

 

 背けていた顔を再び暁の方へと向けて、勝ち誇ったような笑みをその口に浮かばせているコナン。言われて、暁はヨーコの事件を頭の中に思い浮かべる。

 

「犯人の藤江明義は、ヨーコさんと心中を図ろうとするほど極度の錯乱状態だった。そんな相手を説得するなんて、簡単に出来ることじゃない……それでも、お前はやってのけた」

 

 暁は藤江の持つ包丁を蹴り砕いて、彼を説得したと説明した。もちろん、本当は彼のオタカラを頂戴して改心させたのだ。目暮警部相手には前述のお粗末な説明で事なきを得ていたが……

 

「知ってるか? 今現在獄中にいる藤江は、犯した罪からは想像できないほどの模範囚らしいぜ。警察が彼の周辺に聞き込みをした時にそのことを話したら、揃ってこう答えたらしいよ。まるで、人が変わったようだ(・・・・・・・・・)って」

 

 これらは、コナンが変声機を使って小五郎の声を出し、目暮警部から聞き出したことだ。

 コナンは――沖野ヨーコの事件で小五郎がしたように――左手をポケットに突っ込んだまま、ゆっくりともう片方の右手で暁のことを指した。

 

 

 

「……これらの状況が、お前が怪盗だってことを示してるんだよ!」

 

 

 

 明らかな繋がりを指摘してお前は怪盗だと断言するコナンに、暁はカウンターに肩肘を突いたまま小さく溜息を吐く。それは、開き直りに近いものであった。

 

 元の世界であればパレスやメメントスといった別の世界で怪盗活動を行っていたから、川上など直接やり取りをした相手に正体を見破られることはあっても、それ以外で足が付くようなことは早々なかった。

 一方、この世界では認知世界との境界を弄っただけの空間で活動している。標的(ターゲット)を改心させている場面を見られずとも、遅かれ早かれこうして足が付くのは予想していた。していたが、まさかここまで早いとは思っていなかった。しかも、相手がこんな子供とは。

 

「……このコナンとかいう少年、本当に子供なのか? いや、今はそれどころじゃないな。どうする? アキラ」

 

 カウンターに登って、暁の傍らまでやってきたモルガナが耳打ちする。

 

 コナンが言っているのはあくまで状況証拠に過ぎない。ここで自分は関係ないということを突き通せば、今日のところはそれで終わるだろう。

 だが、もし彼が自分の推理を小五郎に話し、それが警察に伝わったら……恐らく任意同行は避けられない。そうなれば捜査の手が入って、確実に正体がバレてしまう。コナンもそれを見越して、ここで自分の推理を明かしたのかもしれない。 

 

 

 どうするべきか……暁は思考を練りながらも、自分を指したまま目線を外さないコナンをじっと見つめ返す。

 

 

 ポアロを張り詰めたような空気が支配し、両者の間に緊張が走る。そんな状況が数秒、いや、数分も続いているような錯覚を覚え始めた。その時――

 

 

 

「えー、暁君は怪盗じゃないよ。コナン君」

 

 

 

 どこから話を聞いていたのか、奥の扉からいつの間にか戻っていた梓がそう口を挟んできた。

 

 今、店内には自分とコナンしかいないと思っていた暁は、思わず彼女の方を振り返る。尻尾を立たせているところからして、モルガナでさえ気づいていなかったようだ。

 

「……あ、梓さん。暁兄ちゃんが怪盗じゃないって、どういうこと?」

 

 推理の披露に集中していたコナンも気づいていなかったのか、目を丸くしながら質問する。

 

「だって、肥谷って校長先生が改心させられたのってこの前の水曜日の夕方頃なんでしょう? 水曜はポアロが定休日だから、私渋谷まで買い物に行ってたんだけど……その時間帯に暁君が駅前の交差点にいるのを見かけたよ。遠くから声掛けたのに、暁君気が付かないんだから」

 

 じとっとした目を暁の方へ寄越しながら、そう答える梓。

 

「ほ、本当に? 本当に暁兄ちゃんだったの?」

「うん……まあ、人混みに埋もれてはいたけど、あの癖っ毛と眼鏡は暁君だよ。絶対」

 

 暁にアリバイがあることを知って「そんな……」とショックが隠し切れない様子のコナン。だが、一方の暁は彼以上に衝撃を受けている。

 

 

 ――彼女は一体何を言っているのだろうか?

 

 

 あの日の夕方頃、もちろん暁は渋谷にはいなかった。コナンの推理通り、怪盗として肥谷校長の改心を遂行していたのだ。米花町とは何駅も離れている渋谷にいるはずがない。よく似た誰かと勘違いしているのだろうか? 

 

「だが、これは好都合だぜ。ひとまずこの場を乗り切るためにアズサ殿の話に合わせよう」

 

 モルガナの言葉に暁は頷く。今、この少年から向けられる疑いをどうにかするには、そうする他ないからだ。暁は学校から帰宅してから、野暮用で渋谷へ出掛けていたと話した。

 

「何か買い物なら私も誘ってくれれば良かったのに~。ラヴェちゃんも一緒だったの?」

 

 いい感じに話を続けてくれる梓に、心の中で胸を撫で下ろす暁。そんな暁を、コナンはまだ疑いの眼差しで見つめている。だが、アリバイがある以上先ほどのように追究することはできないはずだ。

 それにしても、全くもって恐ろしい少年である。今後はただの子供として見ないようにすべきだろう。暁は眼鏡を指でかけ直し、未だ自分を見つめてくるコナンに目をやった。

 

 

「おいっ! いつまで待たせんだ!」

 

 

 そこへ、外で待たされ続けていた小五郎がドアベルを乱暴に鳴らして怒鳴り込んできた。見ると、電話をすると言って探偵事務所の方へ向かった蘭も既に戻ってきている。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 慌てて謝り、ポアロを出るコナン。暁も鞄にモルガナを入れ、梓にいってきますと伝えてコナンの後に続いた。

 

「い、いってらっしゃい。ラヴェちゃんは私が見とくから(相変わらずモナちゃんも連れてくんだ……)」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 暁の証言を元に三軒茶屋へと向かう一行。東都環状線で渋谷駅まで行き、田園都市線に乗り換えて三軒茶屋駅へと辿り着く。

 同じルートであるはずなのだが、見慣れない駅や路線を使っている。それに対して多少の違和感を覚える暁であったが、横目で自分を監視しているコナンの前で下手な真似はできないので、顔には出さないでおいた。

 

(何でコイツ猫連れてきてんだ? ヨーコさんの事件の時も連れてきてたよな……)

 

 当のコナンはそんなことを考えて暁をガン見していたわけだが。

 

 暁を先頭にして、一行は駅周辺の北側へ歩き出した。

 リサイクルショップにスーパームラマサ、バッティングセンターが見えて少しばかり懐かしい気分に浸りながら、暁は通りを進んでいく。その途中、元の世界でルブランがあった路地に目をやると、スーツを着た見覚えのある男性が目に入った。

 

「あれ? 高木刑事!」

「え、あっ、蘭さん!? それに、毛利さんまで!」

 

 少し間の抜けた印象を受けるその男性は、目暮警部の部下である高木刑事であった。今しがたまで、元の世界ではルブランであった散髪屋に聞き込みをしていたようだ。

 

「おい、高木。お前こんなところで何してんだ?」

「は、はい。毛利さんも知っているとは思いますが、例の10億円強奪事件の捜査ですよ」

 

 10億円強奪事件。今朝もニュースで犯人が未だ捕まっていないと報道されていた事件だ。暁も事件のことについては把握している。

 

 数週間前、10億円を載せた現金輸送車を白バイに乗った警官が止めた。その警官は『貴方の銀行の米花支店長宅が爆破された。輸送車にも爆弾が仕掛けられているかもしれない』と言って、乗車していた銀行員を遠ざけさせた。しかし、その警察官はあろうことか輸送車に乗り込んでそのまま逃走していったのだ。警察官は偽者だったのである。

 事件の数日前に米花支店長宅を爆破するという脅迫状が届いていたということもあって、銀行員は爆弾が仕掛けられているという犯人の言葉を鵜呑みにしてしまったらしい。

 

「警官を装った実行犯が乗り捨てた偽白バイは盗難車だったんですが、その偽造ナンバーを三軒茶屋近辺で見かけたという目撃証言を得られたので、こうして聞き込みを――」

「コラッ! 高木!」

 

 そこへ、濃い赤色のスーツを着た美人の女性が横から現れて情報をペラペラと喋る高木を叱った。

 

「さ、佐藤刑事!?」

「何捜査情報を漏らしてるの! 犯人がどこで聞いてるかも分からないのに……って、何だ。毛利さん達か」

 

 どうやら、佐藤と呼ばれた彼女も刑事らしい。高木刑事の先輩らしく、小五郎や蘭達は顔見知りのようだ。

 

「まあ、予想はしていたが、色々と大変そうだな」

「そうなんですよ。バイク以外にも、犯人の物と思われるハンチング帽から髪の毛が採取できたんですけど、データベースには一致する人物がいなくて「高木君」あっ、すみません……」

 

 なおも情報を漏らす高木。再度注意されて反省している彼に、佐藤刑事はやれやれといった様子で溜息を吐いた。

 

「毛利さん達は、ここへ何の用事で?」

「ボク達、この近所に住んでいる人に用事があって……」

「あ、今朝事務所に男の人が依頼しに来たんですけど――」

 

 コナンの言葉を引き継いで、蘭が事務所を訪れてきた手木という乱暴な男のことなど詳しい事情を佐藤刑事達に話した。話を聞いて、顎に手を当てて何やら考え込み始める佐藤刑事。

 

「あの、佐藤さん。どうしたんですか?」

「……高木君。私、毛利さん達に同行してその杉本という人が住んでいる家まで行ってみるから、後お願いね」

「ええっ!? ちょ、佐藤さぁん!」

 

 縋るように慌てる高木刑事を無視して、佐藤刑事は小五郎達の元へ歩み寄ってきた。なかなか我の強いというか、思い切りの良い人である。

 

「おいおい、アンタも来んのかぁ? ……まあ、注意しにいくわけだし、警察がいてくれた方が都合がいいかもな」

「そういうこと。さ、暁君……だったかしら? 貴方が案内してくれるんでしょう?」

 

 先を歩くよう首で促す佐藤刑事に暁は頷き、止まっていた足を再び動かして佐倉家へ――いや、杉本裕樹の住んでいる家へと向かった。

 

 

 

 

 数分後、小五郎達と同行を申し出た佐藤刑事は、暁の案内で件の家に到着する。

 

「暁君、この家なの?」

 

 蘭が目の前の家を見上げつつ、問い掛けてきた。それに頷いて答え、蘭に釣られて家を見上げる暁。その目は自然と双葉の部屋の窓へと向けられる。相変わらずカーテンは閉められたままだ。

 

「おい、本当にこの家にいるんだろうな?」

 

 未だにヨーコの件を根に持っているのか、小五郎は暁に疑いの眼差しを向けてきている。もちろんだと、暁は頷いて答えるが……

 

「暁兄ちゃん。杉本って人がこの家にいるとして、どうしてそれを暁兄ちゃんが知ってるの? 三軒茶屋に何か用事でもあったの?」

 

 もう一人、暁に疑いを向けている眼鏡の少年が道端に転がっていたのであろう野球ボール――近くにあるバッティングセンターの物だろうか――を足で弄びながらそう質問してきた。

 元の世界で世話になっている人の家を訪ねに来たと正直に説明できるわけもないし、暁はこの近くにある銭湯に入りに来た途中で杉本と思われる男性が家に入っていくのを見かけたと答えた。元の世界で散々世話になったあの銭湯がこちらにも存在するのは、最初に三軒茶屋へ来たときに確認している。

 

「あ、それって、さっきの散髪屋さんの近くにあった銭湯のことだよね? 確かあそこ、魅力が上がる穴場の銭湯だって聞いたことあるよ。暁君、そういうの興味あるんだ!」

 

 話を聞いていた蘭が意外そうな顔をしてそう反応した。穴場だなんて暁は聞いた事もなかったが、そうそうと首を縦に振って話を合わせる。肝心のコナンは「ふ~ん」と、どうにも納得していない様子で呟いているが、とりあえずは事なきを得たと思っていいだろう。

 

「そんな話どうでもいいじゃねえか。さっさと用事済ましちまおうぜ」

 

 痺れを切らした小五郎がそう言うので、先頭に立っていた暁が玄関のチャイムを鳴らした。

 

 ピンポーンと、誰でも聞き覚えのある音が鳴り響く。それを耳にして、そういえばと暁は思い出した。以前はチャイムを鳴らしても誰も出なかった。それで、しつこく何度も鳴らした結果ようやく杉本と思われるあの男が出てきたのだ。

 今回もそうすべきだろうか? 暁は再びチャイムのボタンへと指を運ぼうとする。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

 が、暁の予想に反して扉はあっさりと開けられた。しかし、出てきたのは清潔感漂う人の良さそうな茶髪の男性。例の杉本裕樹とは全くの別人であった。

 話が違うじゃないかという小五郎の視線を背中に受ける暁。どうしたものかと思っていると、後ろに控えていた蘭が暁の隣へ来て出迎えた男性に頭を下げた。

 

「あの、突然すみません。ここに住んでいた杉本裕樹という人を知りませんか?」

「杉本……? いえ、存じ上げませんが、もしかしたら私の前にここに住んでいた人のことかもしれませんね。私、数週間前にここへ引っ越してきたばかりですから」

 

 どうやら、既に杉本は別の場所へ引っ越してしまったようだ。「引っ越しちゃったんですか……」と残念そうにしている蘭。その後ろから、佐藤刑事が前に出てきて懐から警察手帳と例の偽白バイの写真を取り出して見せる。

 

「失礼。警察の者ですが、この辺りでこのバイクを見かけませんでしたか?」

「バイク? ……いえ、見覚えはありませんね」

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 佐藤刑事の方も、大した収穫は得られなかったようである。完全に空振りだ。

 

「いないんじゃしょうがねぇよな。いや、どうもお邪魔してすみませんでした! 蘭、帰るぞ!」

 

 当人が既にいないと分かると、小五郎は礼を言ってさっさと帰ろうとしだす。彼の言う通り、これ以上ここにいても無意味であろう。蘭達も再び男性に礼を言って小五郎に続こうとする。

 

 

 ――と、そこへ、開け放たれた玄関扉の隙間へ野球ボールが転がっていった。ボールは男性の足をすり抜けて、玄関の奥へと入っていく。

 

 

「あっ! ゴメンなさい!」

 

 転がっていったボールは、先ほどまでコナンが弄んでいた物のようだ。コナンはわざとらしく謝って玄関内へと入り、ボールを拾って戻ってくる。

 

「もう、コナン君! すみません……」

「あ……い、いえ、いいんですよ。それでは」

 

 蘭が頭を下げるが、男性は首を横に振ってそそくさと玄関の扉を閉めた。

 一行が門を出て家から離れると、見計らっていたようにコナンが佐藤刑事の元へ歩み寄る。

 

「はい、佐藤刑事」

「え? 何、コナン君…………これは、髪の毛?」

 

 見ると、コナンがその手に持って差し出しているのは、髪の毛であった。色は染めた形跡の一切ない黒。まさか、先ほどボールを拾ったと同時に玄関に落ちていた髪の毛を回収したのだろうか?

 

「これ、色からしてさっきの人の髪の毛じゃないよね。もしかしたら、前に住んでいた杉本さんのなんじゃないかな?」

「そ、そうかもしれないわね。でも、どうしてこれを私に?」

 

 身を屈めてコナンに尋ねる佐藤刑事。コナンは眼鏡を光らせ、ニヤリと口端を歪めた。

 

 

「……佐藤刑事、ボクらが探してる杉本さんが10億円強奪事件の実行犯なんじゃないかって睨んでるんでしょ?」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 暁達が杉本の家を訪れた次の日の日曜。

 杯戸町にある、寂れた小さな公園である人物を待つ二人の男女がいた。一人は毛利探偵事務所を訪れた手木来蔵という男。そして、もう一人は広田雅美だ。

 

 彼らは10億円強奪事件の共犯者で、10億円を持ち逃げした実行犯である杉本裕樹の行方を追っていた。

 

「もうじき約束の時間やぞ。アイツ、ホンマに来るんやろうな?」

「きっと来るわ。大人しく待ちましょう」

 

 そう、今日はその杉本裕樹と落ち合う日なのである。

 

 数日前、千早の占いを聞いた雅美。結局他に当てもなかったので、駄目元で占いを参考に杉本の行方を探ってみたのだ。その結果、なんと杯戸町のとあるクラブで杉本を発見したのである。"若者が大勢入れ混じった場所"、まさに占い通りであった。

 

『ア、アンタはッ……!』

『待って、話を聞いて!』

 

 杉本は雅美を見て慌てて逃げようとしたが、雅美は彼を引き止めて落ち着かせた。そして、しばらく杉本と話し合って、今日ここの公園で10億円を隠した場所の鍵を持ってくると約束させたのだ。

 その話を二日前、毛利探偵事務所を出てから聞かされた手木は、そのまま逃がしたのかと雅美を怒鳴ったが、既に過ぎたことだ。仕方なく、彼もこうして杉本が来るのを待っている。

 

 

 しかし、約束の時間になっても杉本が来る様子はない。

 

 

「…………おい、けえへんやないか」

 

 手木は苛立たしげにそう呟く。それでも雅美は焦った様子もなく腕時計で時間を確認している。すると、彼女は公園のベンチの下に何か置いてあることに気づいた。

 

「ねえ、何かしらアレ」

 

 言いながら、雅美はベンチの下にある物を屈んで拾い上げる。土に汚れたそれは、どこにでもあるような茶封筒であった。中を確認して見ると、とある屋外トランクルームの場所が書かれたメモと、鍵が入っていた。恐らく、メモに書かれたトランクルームに10億円が隠されているのだろう。

 

「あの野郎……鍵だけ渡してトンズラこきやがったのか!? だから言うたやないか、このアマ!」

 

 手木が雅美に拳を振るおうとしたが、咄嗟に離れた彼女は片手を前に出してそれを制する。

 

「ちょっと待って! ひとまず、これでお金の方は取り戻せたわ。彼の後始末は置いておいて、まずは10億円を確認しに行きましょうよ!」

 

 雅美の言葉を聞いた手木は、チッと大きく舌打ちをすると、渋々といった様子で拳を下ろした。

 それを見た雅美は、茶封筒を持った手でほっと胸を撫で下ろす。そして、彼から見えない角度で薄く口元を緩ませた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 一方、米花町の毛利探偵事務所。

 小五郎は蘭に言われて、嫌々ながらも引き続き杉本の捜索を続けていた。

 

「なあ……もういいじゃねえか、蘭」

「駄目よお父さん。もしかしたら、その杉本って人が10億円強奪事件の犯人かもしれないんでしょう? ちょうど他に仕事の依頼もないんだから」

 

 小五郎は頬杖を突きながら溜息を吐いた。ちなみに、話に出た小僧――コナンはソファに座ったまま何やら気難しげな顔で眼鏡を弄っている。

 

「……つっても、俺は小僧が拾った髪の毛が一致するとは思えねえけどなぁ。杉本の髪の毛だって決まったわけでもねえし」

「そうかもしれないけど、せっかくコナン君が――」

 

 蘭が小五郎の愚痴に付き合っていると、彼の仕事机に置かれている電話が鳴り響いた。気怠げな様子の小五郎がゆっくりとした動作で受話器を掴み取る。

 

「はい、毛利探偵事務所ぉ~」

『あ、毛利さん。警視庁の佐藤です。例の髪の毛のDNAと、遺留品のハンチング帽から採取した髪の毛のDNAが一致しました!』

「い、一致したぁ!?」

 

 小五郎は先ほどまでの気怠げな様子が嘘のように大声を上げ、弾けるようにして机から立ち上がった。ビクリと肩を揺らす蘭。

 

『はい。それでなんですが、杉本裕樹の捜索を依頼してきた手木来蔵という男の連絡先はご存知でしょうか?』

「い、いや、あの男は話の途中でやってきた女性と一緒に帰っちまって、連絡先は……」

『そうですか……分かりました。我々は今から髪の毛の持ち主と思われる杉本裕樹の捜索を開始します。また何かありましたら連絡しますので』

「あ、お、俺も捜査に――くそっ! 切れちまった……」

 

 小五郎は詳しい情報を聞こうとしたが、佐藤刑事の耳には入らず電話は切れてしまった。恐らく、一課総出で杉本の捜索を開始し始めてドタバタしているのだろう。

 これでは自分はどうすることもできない。再び溜息を吐いた小五郎は、乱暴に受話器を置いた。

 

「……あ、あれ?」

「ああ? どうした、蘭」

 

 小五郎が受話器を置いてから、蘭は誰かを探すように事務所中をキョロキョロ見回している。

 

「さっきまでそこにいたのに……コナン君、どこか行っちゃった」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 探偵事務所を飛び出したコナンは、ターボエンジン付きのスケボーに乗って歩道を疾走していた。時速80kmを超えるスピードが出せるこのスケボーは、例によって阿笠博士の発明品だ。

 

「奴の居場所は……杯戸町か」

 

 彼が仕掛け損なってどこかに紛失したと思っていた発信機だが、今朝方眼鏡の追跡機能で確かめてみると反応が動いていることが確認できたのだ。

 

(恐らく、俺が蹴り飛ばされた時に、偶然あの手木来蔵の身体のどこかに発信機が付いたんだ)

 

 数日経っても外れていないところからして、いつも愛用している装飾品などに付いている可能性が高い。杉本の捜査は警察に任せて、発信機の反応を頼りに煙をたなびかせながらスケボーを走らせるコナン。

 

 しばらくして、コナンは米花町の隣町である目的地の杯戸町に辿り着く。

 

(ん……あれは?)

 

 杯戸町にあるショッピングモールの前を通りがかると、屋外広場の方に見覚えのある子供達がいるのが目に入った。少年探偵団の連中だ。気になったコナンは、スケボーから降りて彼らの元へ駆け寄る。

 

「お、コナン!」

「お前ら、こんなところで何してんだよ?」

「10億円強奪事件の犯人の杉本って人を捜してるんだよ!」

 

 歩美の言葉に、コナンは思わず目を見開いた。杉本が強奪事件の容疑者であることはまだ世間に出てはいないはずだ。

 

「何で杉本のことを知ってるんだ!?」

「さっき、この辺りで高木刑事に会ったんですよ。何してるんですかって聞いたら、強奪事件の実行犯がこの辺りに潜伏しているって……」

 

 高木刑事か……コナンは心の中で呆れるしかなかった。コナンとしても情報を漏らしやすい彼のことをよく利用しているので、責められる立場ではないが。高木刑事からは危ないから家に帰るよう言われたらしいが、この三人がそんな話を聞くはずもない。

 コナンは溜息を吐いて追跡メガネの電源をオフにし、何とか家へ帰るよう彼らを説得し始めた。

 

 

 

 

 

 

 少し時は戻って、杯戸町のとある歩道橋の上。

 そこに、歩道橋の柵に両腕をかけて何やら悩んでいる様子の男がいた。

 

 一人ぶつぶつと思い悩む彼を挟むようにして、スーツを着た男女が現れる。高木刑事と佐藤刑事だ。

 

「杉本裕樹だな?」

 

 男――杉本はビクリと肩を揺らして振り返った。声を掛けた高木刑事のスーツの襟に付いている赤バッジを見て、彼らが捜査一課の人間であることに気づく。

 

「警視庁の者です。ちょっと、署までご同行願えますか?」

 

 後ろから、佐藤刑事がそう伝える。彼女の方を振り返った杉本は、挟み撃ちにされているということに俯いて身体を震わせている。そんな彼に近づこうと、高木刑事がゆっくりと足を動かす。

 

 

「や、やっぱり……嫌だぁ!!」

 

 

 杉本は唐突にそう叫ぶと、懐からナイフを取り出した。

 

「うわっ!」「っ!?」

 

 その場でナイフを我武者羅に振り回して、高木刑事達を遠ざける杉本。その隙を突き、杉本は歩道橋から飛び降りて、下を通りがかったトラックの荷台の上に映画さながらのような形で着地した。トラックの運転手は音楽を聴いたまま運転しているのか、杉本が荷台に飛び移ったことに気づいていないようだ。

 

「し、しまった!」

「追うわよ! 高木君!」

 

 慌てて歩道橋を駆け下りる高木刑事と佐藤刑事。目暮警部を含む周囲に潜んでいた刑事達も、急いでトラックの跡を追い始める。

 

「…………」

 

 その中にいた新島警部は彼らに続かず、ある場所へと向かった。

 

 

 

「はあっ……はあっ……」

 

 走行するトラックの荷台の上に張り付くようにして座り込んでいる杉本。緊張と興奮でその息は荒い。元々運動神経が良い方ではなかったため、無我夢中で目に入ったトラックに無事飛び移れたのは奇跡と言っても良かった。

 周りの通行人が荷台の上に乗っている自分を見て驚いている。適当な場所で降りて別の場所に隠れなければと考えながら、杉本は額を伝う汗を拭った。

 

「…………ん?」

 

 そこへ、猛スピードでトラックの方へ迫ってくる一台のバイクが目に入る。

 

 

 

 アイスシルバーにカラーリングされたバンディット1250F。乗っているのは――新島警部だ。

 

 

 

「そこのトラック! 止まりなさいッ!!」

 

 新島警部はトラックに向けて叫ぶが、運転手は気づかない。小さく舌打ちをする新島警部。そんな彼女と杉本の乗っているトラックの前方に、先ほどとは別の歩道橋が迫っているのが見える。それを確認した新島警部は、ニヤリと口端を歪めた。

 

「……少々手荒になるけど、仕方ないわね」

 

 新島警部はさらにスピードを上げてトラックを追い越し、車道と歩道の段差を利用してバイクをジャンプさせる。目の前の歩道橋の階段の手すりに見事着地すると、なんとそのままアクセルを回して階段の手すりを登り始めた。

 

「な、何考えてんだあの女!」

 

 そして、スピードを維持したまま登った先の歩道橋の上からバイクごと飛び降りると、丁度歩道橋を通り過ぎたトラックの荷台の上――杉本の目の前に降り立った。衝撃で荷台が大きく凹み、ガゴンと大きな音が響く。

 

「ひ、ひいいいぃぃーーッ!!?」

 

 バイクに乗ったまま赤い目で杉本を見下ろす新島警部。杉本は恐怖のあまり、尻餅を突いて悲鳴を上げた。近くの歩道を歩いていた通行人達も、映画でしか見たことのないようなアクションに目を奪われている。

 件の運転手もさすがに気づいたのか、トラックは耳障りなブレーキ音を立てながら急停車した。

 

「じょ、冗談じゃねえ!」

 

 杉本は大慌てで荷台から飛び降り、通行人を乱暴に押し退けて目の前のショッピングモールの屋外広場へと逃げていく。

 

「待ちなさい!」

 

 新島警部も荷台からバイクごと飛び降りる。通行人が沢山いる中をバイクで走るわけにもいかないので、降車して杉本の後を追った。

 

 

「――だから、危ないからお前らは家に帰ってろって」

「そんなこと言って、また抜け駆けするつもりだろ!?」

 

 その頃、屋外広場では少年探偵団と彼らを説得しているコナンがいた。

 そして運悪くも、そんな彼らがいる場所に新島警部から逃げる杉本が走り込んでくる。

 

「どけええぇーーッ!!」

「「うわぁ!?」」

 

 その中でただ一人の少女――歩美に目を付けた杉本。彼によって突き飛ばされたコナンや光彦達は、勢いよく地面に叩きつけられる。

 

 

「きゃああぁぁーー!!」

 

 

 杉本は歩美を抱きかかえると、その細い首にナイフを突きつける。

 歩美は、人質にされてしまったのだ。

 

「歩美ちゃん!」「歩美!」

 

 痛む身体を抑え、尻餅を突きながら光彦と元太が叫ぶ。コナンは思わず舌打ちをして杉本を睨んだ。

 そこへ、杉本を追ってきた新島警部が現れる。遅れて、目暮警部達も追いついてきた。その後ろには大勢の野次馬が並んでいる。

 

「杉本! その女の子を離しなさい!」

「う、うるさい! それ以上近づくんじゃねえ!!」

 

 新島警部が説得を試みようとするが、杉本は聞く耳を持たない。唾を撒き散らす勢いで叫んで警察を牽制した。

 

(ちくしょう……どうする! どうすりゃあいいんだ!)

 

 予想外の展開に、コナンは眉間に皺を寄せる。打開策を求めて、思考を廻らせるのであった。

 

 

 




10億円強奪事件の内容は、現実で起こった3億円事件そのままです。金田一少年の事件簿の『蝋人形城殺人事件』でも3億円事件まんまの話がありましたね。

それはさておき、その10億円なのですが、原作ではホテルのフロントに預けられていて、アニメではある事情のため内容が変化してコインロッカーに隠されていました。

本作品も内容が改変されているため、トランクルームに隠したということにしています。
当初はアニメ同様コインロッカーに隠したということにしようかと考えていましたが、10億円ってコインロッカーに入り切らないだろうし、小分けにして入れるにしてもそれはそれで大変だろうと思ったので。









▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。