名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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FILE.13 米花に知れ渡る怪盗団

 翌日、心の怪盗団ザ・ファントムのリーダーであるジョーカー改め暁がいつもと同じように帝丹高校へ登校すると、彼の予想通り帝丹高校は昨日に負けない勢い……いや、それ以上に騒がしかった。

 

 話題の渦中にある人物の名は、肥谷玉夫。私立帝丹高校の理事長兼校長だ。

 彼は昨日の内に学校の屋上で意識を失っているところを発見され、その日の夜に病院のベッドの上で目を覚ました。そして、事情聴取をしに来た警察に対して、今まで行ってきた悪行について自供し始めたらしい。

 

 今まで前校長の小間使いのような立場だった肥谷は、心臓に持病を持っていた前校長を病死に見せかけて殺害するようその筋に依頼し、同時に自分へ遺産を相続させるよう遺言書を書かせた。

 そうやって、今の地位に成り上がった肥谷だったが、ある日の夜中に飲酒運転で赤信号を見落とし、犬の散歩中の老婦を轢き殺してしまった。偶然その現場を目撃した帝丹高校の生徒である三島由輝を、親戚の息子である近藤浩之を使って嵌め、完全に悪者に仕立て上げた上で退学処分へと追い込んだ。

 

 それらを気持ち悪いほど素直に自白した肥谷は、退院と同時に警察によって逮捕され、現在留置場に拘禁されている。検察が事実関係を確認次第、拘置所に移送されることとなるだろう。前校長の殺害を依頼した相手についてもこれといった情報は掴めそうにもないことから、恐らく実行犯逮捕は叶わず仕舞いとなるだろう。

 

 肥谷とつるんでいた近藤浩之も、その彼女と共に盗撮による迷惑防止条例違反と脅迫罪で学校へ登校する前に逮捕された。未成年とはいえ、14歳以上なので刑事責任を問われるのだ。校長と同じく留置場に勾留され、近く家庭裁判所に送られる予定である。

 

 以上の内容は、今日の午前中に警視庁による記者会見で発表されたことだ。これは、自供した校長たっての希望である。もちろん、下手な混乱を招かないよう組織などの情報に関しては伏せられていたが。

 あの肥谷が自分の立場のことも省みず素直に自供したことについて、彼を良く知っている学校関係者達は首を傾げるばかりだ。もし、原因があるとしたら、それは……あの予告状を出した心の怪盗団"ザ・ファントム"以外にはありえないだろう。

 

「ぜっっったいに! 怪盗団の仕業よッ!!」

 

 時刻は昼。弁当を食べ終わった園子は机に身を乗り出して、興奮気味な様子で蘭と暁にそう断言する。その手には、例の怪盗団が出した予告状がこれ見よがしに握られていた。

 蘭はそれを少し引き気味な様子で、苦笑を交えながら受け答えしている。その怪盗団のリーダーである暁は、得意のポーカーフェイスでそ知らぬ顔をするというのも不自然なので、適当に興味がありそうな顔で園子の話を聞いている。

 

「やっぱりあの校長が三島君を嵌めた犯人だったんだわ! おかげで校長は逮捕されて、川上先生の話じゃ三島君の退学処分も取り消されるって話だし、もー怪盗団様々って感じよね!」

「で、でも、ただの偶然かもしれないでしょ? 心を盗むなんて、そんなことできると思えないし……」

 

 イマイチ信じていない蘭の言葉を聞いて、園子は何やら声を潜めて耳打ちし始めた。

 

「……実はね、アタシ……怪盗団の姿をこの目で見ちゃったのよ!」

「ほ、ホントに!?」

 

 衝撃発言をする園子。さすがの蘭も驚きのあまり思わず席を立った。

 暁は内心ビクリとしたが、何とか表情を変えずに済んだ。机の中にいるモルガナへと視線をやると、彼はじとっとした目で「お前が遅れるからだ」と訴えている。ズラかる間際に屋上の扉を開けたのは、園子だったのだ。

 

 

 昨日、園子はスマホを学校に忘れたことに気付き、蘭達に先に帰ってくれと言い残して学校へと戻っていった。教室の机に置き忘れていた目的のスマホを回収し終わり、帰ろうとした園子は何やら上の方が騒がしいことに気付いたらしい。

 日の落ちるのが早い冬とはいえ、まだ夕方だというのに教師連中の姿も見えない。一体誰が何をしているのか気になった園子は好奇心に釣られて上へと階段を上がっていった。その先で、園子は屋上の扉を閉めている南京錠が開けられているのを発見した。しかも、何やら話し声がするのを耳にして、その扉を開けてしまったのだ。

 

 扉の影から顔を出した園子の目に映ったのは、黒いロングコートを着て白いドミノマスクで顔を隠した男の姿。園子は、その男が屋上から飛び降りる瞬間を目撃した。

 慌てて園子は駆け寄ったフェンスによじ登って下を覗き込んだが、そこには誰かが落ちたような形跡はどこにもなかった。黒尽くめの男は忽然と姿を消してしまったのだ。

 

 

 そして、彼女は倒れている校長を発見して慌てふためていると、後から駆けつけてきたコナン少年がその様子を見て警察に連絡した、というのが事の顛末らしい。

 

「コナン君、園子が学校に戻っていってから、急に血相変えて後を追っていっちゃったのよ」

 

 あの眼鏡の少年が? という暁の言葉に、蘭がそう答えた。まるで、怪盗団による怪盗行為が本当に実行されることを確信したかのような挙動だ。つくつぐ不思議な少年だ、と思う暁。

 

「ガキンチョのことはどうでもいいのよ。それより、飛び降りていった彼、"ジョーカー"って呼ばれてたわ……きっとコードネームだろうけど、これって切り札って意味でしょう? きっと彼が怪盗団のリーダーなのよ! 横顔をチラッと見ただけなんだけど、マスクの上からでも超格好良かったわぁ~!」

 

 キッドを思い浮かべている時と同じように目を輝かせて乙女の顔をする園子。最初は小声だったのに、いつの間にかいつもの大きな声になってしまっている。

 写真などを撮る暇はなかったみたいだが、これ以上広まるのはよろしくない。暁は何とか話題を変えようとした。

 

「鈴木さん、怪盗団を見たって本当なの?」

「ええ、そうよ!」

 

 ――が、時既に遅し。園子の背後からクラスメイトが話を聞きつけて絡んできたのだ。近くにいる暁という問題児を気にするよりも、怪盗団への興味が勝ったようである。喜んでいいのかどうか、微妙なところだ。

 

 そこからあっという間に園子が持っている情報が知れ渡ってしまう。

 校長を除けば、自分だけが直接怪盗団を目撃したのだと優越感に浸っている園子。大勢のクラスメイト達に囲まれるそんな彼女を見て蘭は呆れ、暁は顔に手を当てて深く溜息を吐いた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 一方、警視庁では米花町を中心に世間を騒がした怪盗団について、どう扱うべきか頭を悩ませていた。

 

 実際に怪盗団と接触した被害者であり標的(ターゲット)の肥谷校長は、接触前後の記憶が曖昧で、ろくな証言を得られなかった。覚えていたのは、青いドレスを着た少女と黒尽くめの格好をして白いドミノマスクで顔を隠した男がいたということだけ。

 二人とも、すこぶる特徴的な風貌をしている。そんなコスプレ染みた格好をした男がドレスを着た少女を連れてうろついていれば、どう足掻いても目立つに違いない。しかし、学校周辺でそんな怪しい人物達を目撃した情報は、今のところ一切得られていない。怪盗キッドのように瞬時に変装する技術を持っているのなら、話は別だが。

 

 加えて、欲望を盗むなんて所業、実際にできるとはとても信じ難い。だが、肥谷校長が一夜にして改心したのは紛れもない事実である。まさか、本当に超常的な存在が現れて、悪しき人間を断罪したとでもいうのだろうか?

 

「全く、怪盗は一人で十分だってのに……」

 

 刑事部捜査二課に所属している中森銀三警部。彼も心の怪盗団の登場に頭を悩ませている者の一人だ。

 新参の怪盗団とは違って、何年も前から世界中の宝石を盗んで世を騒がしている怪盗キッド。彼を相手にしていることもあって、怪盗団の捜査は二課が担当すべきでは? という話が警視庁中で広がっている。

 

 冗談ではない。自分はキッドを追いかけるのに手一杯である。そんな本当にいるかも分からない怪盗団に構っている余裕などないのだ。

 

 中森警部はキッド逮捕の邪魔になりそうな怪盗団の出現に対して、余計な仕事を増やさんでくれと言わんばかりに苛立ち、一面を怪盗団出現で飾った新聞をくしゃりと歪めた。

 周りの部下達もおっかなびっくりといった様子でそんな中森警部を遠巻きに見ているが、一人が彼に近づいて話しかける。

 

「中森警部。怪盗団の出現に対して、怪盗キッドは何かアクションを起こすでしょうか?」

「んん? いや、それはないな。怪盗団はキッドに挑戦状を出したというわけではないからな。目的も宝石ではないし、商売敵になるようなことはないだろう」

 

 部下の質問で少しばかり冷静になったのか、顎に手を添えて考え始める中森警部。彼の言う通り、怪盗団の目的は悪人の改心で、キッドの目的は宝石。標的(ターゲット)がダブルブッキングするということはないと思われる。

 だが、それは外的要因さえなければの話だ。中森警部は、どこか気掛かりな様子で警視庁の窓から覗く東京の街を見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 怪盗キッドを担当している二課に怪盗団の捜査を任せようという話が持ち上がっているが、それとは別に担当は一課にすべきではないかという話も出ている。被害者である肥谷校長が気絶させられたという事実があることから傷害事件という扱いになるし、欲望を盗まれたという非現実的な事象を認めるのならば強盗罪に当たるからだ。

 

「全く、困ったことになったものだ……」

 

 そういうことで、一課に所属している目暮警部もやれやれといった様子で新聞を眺めていた。

 

「でもですよ、目暮警部。怪盗団は悪人を改心させたんですから、別に捜査する必要なんてないんじゃないですかね? 他に被害届けが出てるわけでもないですし……ねえ、佐藤さん?」

「そうね~……私、初恋がルパンだったし、昔だったらそういう存在に憧れてたかもね」

「ええっ! 佐藤さん、ルパンが初恋なんですかぁ!?」

 

 目暮警部の部下で巡査部長の高木渉は楽観的に話し、その高木の先輩である警部補の佐藤美和子までもその話に乗る始末。美人でショートヘアのよく似合う彼女の初恋話に、周りの同僚達が聞き耳を立てる。

 佐藤刑事は元々正義感の強い女性で、犯人逮捕にかけては誰よりも積極的に動く人物である。しかし、心の怪盗団という存在に対してはその現実感のなさのせいか、普段とは違ってあまり乗り気ではない様子だ。

 

「バッカモン!」

 

 そんな彼らを、目暮警部は怒鳴りつけた。

 

「仮にも怪盗を名乗る者達に警察の仕事を横から奪われておいて、何もしないなんてことできるわけがなかろう! 我々警察の怠慢から、ああいった存在が生まれたとも言えるのだぞ!?」

「「も、申し訳ありません!」」

 

 目暮警部のお叱りを受け、姿勢を正す二人。佐藤刑事は気持ちを改めたが、高木刑事は落ち込んで小さくなっている。

 

「うむ、目暮の言う通りだ」

「ま、松本管理官!」

 

 そこへ横から現れたのは強面で大柄な男性、松本清長管理官。その見た目に加えて、左目の刀傷が余計に凄味を作り出している。彼も目暮警部と同意見のようだ。

 

「今回の件が本当に怪盗団を名乗る者達の仕業であれば、再び同じように改心させられる者が現れるに違いない。方法は定かではないがそのような私刑を黙って見過ごすことはできない。それ以前に、警察の面子にも関わることだからな」

 

 そのまま、周りを見渡して言い聞かせるように続ける松本管理官。彼の指揮する一課のメンバーが、一言も聞き漏らさないよう耳を傾けている。

 

「場合によっては、特捜が動くことになるかもしれんが……とにかく、怪盗団の対応をどうするかについては上の判断を待て。今は、例の10億円強奪事件を優先して捜査するんだ!」

「「「はいっ!」」」

 

 発破をかけられた強行犯三係を含む一課員は、各々のすべきことのために持ち場へと戻っていく。

 

 そんな中、茶色がかった黒髪を三つ編みのカチューシャで飾った女性が、持ち場に戻る途中で佐藤刑事に声をかける。

 

「ルパンが初恋だなんて。貴方らしいわよね、美和子」

「何よ。警察のくせにバンディットなんて名前の大型バイク乗り回してる貴方に言われたくないわね」

「あら、確かに役職にそぐわない名前だけれど、あれは白バイのベースモデルでもあるのよ?」

 

 彼女は目暮とは違う班を担当する警部で、佐藤刑事に勝るとも劣らない美貌の持ち主である。その吸い込まれるような赤い瞳に見惚れる者もチラホラ見受けられる。佐藤刑事と彼女は、捜査一課のアイドル的存在なのだ。

 

「……やっぱり、佐藤さんと彼女が並ぶと映えるなぁ」

「ですねぇ。それにしても、二人共仲が良いですよね」

 

 高木の呟きを聞いて、彼と同じ巡査部長の千葉和伸が同調する。それを聞きつけたのか、警部補の白鳥任三郎が話に混ざる。

 

「二人共同期だからね。それに、お父上が親友同士で小さい頃から家族ぐるみの付き合いだったらしいよ」

「へ~、そうなんですか……」

 

 そんな風に男三人がコソコソと話をしていると、話題の渦中の片割れであるそのカチューシャの女性が目暮警部に近づいて何やら話し始める。

 

「あの、目暮警部」

「ん? 何かね?」

「帝丹高校の校長が、前校長の殺害を依頼したという相手の件なんですが……」

「ああ……それなんだが、彼は仲間と思われる仲介人を通じて殺害を依頼しただけで、直接実行犯と会ってはいないらしい。その仲介人も、黒尽くめの格好をしていたということしか……顔も隠していたようだし、全く持って手掛かりは掴めていない状況だよ」

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 目暮警部の言葉を聞いた彼女は、軽く会釈してそう礼を言った。その左手は、右手に着けられた女性には似合わない無骨な腕時計へと添えられている。

 そんな彼女を心配げな様子で見ている佐藤刑事。何やら、事情があるらしい。顔には出さないようにしているが、目暮警部の話を聞いた彼女はどうにも落胆した様子なのである。彼女の幼馴染である佐藤刑事だからこそ、それを察することができた。

 

「大丈夫? 真」

「ええ、大丈夫よ。今は10億円の方に集中しないとね」

 

 声を掛ける佐藤刑事に真と呼ばれた彼女は無理に笑って返し、自分の席に戻っていく。

 

 

 

「…………怪盗団、か」

 

 席に着いたその女性――新島真は、机に置かれた10億円強奪事件についての資料に手を付けながらも、PCの画面に映った真っ赤なサイトを見つめて、そう呟いた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 昼頃と比べて幾分か落ち着きを取り戻しつつある帝丹高校に、授業の終わりを伝えるチャイムが鳴り響く。

 帰りのホームルームを終えた生徒達は、皆部活の準備や帰りの支度をし始める。

 

「ねえ、今度の休みに新宿の有名な占い師のトコに行かない?」

「占い師?」

「そそ。絶対当たるってネットで評判なのよ! ジョーカー様と次はいつ会えるか占ってもらおうと思ってさ。相性占いもしてくれるっていうし、蘭も新一君とのこと占ってもらったら?」

「だ、だから新一とはそういう関係じゃ……」

 

 身支度をしながら話をする蘭達。その傍らでスマホを見ながら下校の準備をする暁に、彼女達が声をかける。

 

「あ、ねえ! 暁君って部活とか入る予定あるの?」

「まだ色々言ってくる人もいるだろうけど、空手部だったら私がちゃんと言って聞かせるよ」

 

 帝丹高校は、部活動に関しては空手部とバレー部が強いことで有名だ。空手部主将の蘭は都大会で優勝しているし、さらにバレー部は顧問の鴨志田がオリンピック選手ということで注目されている。

 ところで、これは後から聞いた話だが、意外なことにこちらの鴨志田は元の世界とは違ってメダルを獲得できなかったらしい。それでも、チームの中の誰よりも活躍していたという話だ。金メダルという分かりやすい名誉は得られなかったが、それでも試合でのひたむきさが評価された。元の世界で改心されたというのも少なからず関係しているだろうが、恐らく彼に歪みが生じなかったのはそのためかもしれない。

 

 閑話休題。暁は残念そうに首を横に振って、ポアロのバイトがあるからと蘭達に返した。二人は罰が悪そうな顔をしながらも納得する。

 

「あ、そっか……それじゃ部活は無理だよね」

「ごめんなさい……そうだ、今度お父さん達と噂のカレー食べに行くね。それじゃあ、また明日」

 

 そう言って、部活へと向かう蘭と園子。それを、どこか寂しげな様子で見送る暁。

 

 特に未練があるわけではないが、高校二年以降部活というのに縁がなくなってしまった暁。そんな彼からしたら、青春を謳歌する二人をほんの少しばかりでも羨ましく思ってしまうのも無理はない。

 

 

 ――と、いうのは嘘である。寂しげな顔から一転、暁はニヤリと笑みを浮かべた。

 彼にも所属している部活があるのだ。もちろん、それは課外活動を主とした裏の部活動だが。

 

 

 暁はモルガナを鞄に入れると、速やかに学校を出た。そして、通学路から少し外れた先にある業務用スーパーへと向かう。先ほど梓から連絡があり、食材の買出しを頼まれたのだ。

 

 歩道を歩きながら物思いにふける暁。

 校長の改心は無事に完了したが、これからどうしたものか。前にも述べたが、こちらには元の世界の三島が作った"怪盗お願いチャンネル"のようなサイトが存在しない。そんな現状では、裏で悪さをしている標的(ターゲット)を自分の足で見つけるしかない。手当たり次第なんて真似はできないし、そうでなくとも限界がある。

 何とか情報を収集する手段を見つけるしかない。標的(ターゲット)に生じた歪みが、何者かの手による精神暴走の影響で大きくされてしまっている現状を放っておくわけにもいかないし、何より米花町を中心とした歪みをどうにかするための手掛かりもそれしかないのだ。

 

 そういえばと、暁は鞄から顔を出しているモルガナに問い掛ける。昨日、彼はペルソナ"ゾロ"を召喚していた。しかし、彼のペルソナは元の世界で暁との絆を深めた結果、"メリクリウス"へと超覚醒したはずである。

 

「ん? ああ、何だか良く分からないが、こちらの世界に来てからゾロに戻ってしまったみたいなんだ」

 

 モルガナは舌で毛繕いをしながら答える。

 

「これはラヴェンツァ殿に聞いたことだが、こちらではお前のアルカナの力で無理矢理認知世界との境界を捻じ曲げているだろう? あれも、完全というわけじゃないらしいんだ。ラヴェンツァ殿が使った祝福魔法だって、本来だったらもっと威力が出せるはずだからな。ワガハイのペルソナが超覚醒前に戻ったのも、その影響かもしれん」

 

 正確な原因が分からないのでイマイチしっくり来ないが、ひとまずはそういうことにしておこう。

 

 ちなみに、そのラヴェンツァの魔法によってフェンスが歪み、敵のシャドウによる氷結魔法で屋上の床が氷漬けになったりしたが、あれらは暁がアルカナの力を解除すると同時に元通りとなっている。認知世界上での建造物などに対する被害は、あくまで認知世界だけの出来事として処理されるようだ。

 

「……あっ!」

 

 ふいに、考え事をしている暁の耳に声が聞こえた。声のした方を振り返ると、そこは米花公園であった。公園の柵越しに、ベンチから立ち上がってこちらを見ている三島の姿が見える。

 暁は少しばかり寄り道をしてもいいだろうと、米花公園に立ち寄ることにした。一番近い入り口から公園内に入ると、三島が暁の元へ駆けてくる。

 

「や、やあ……」

 

 少し息を切らした様子の三島は、頭を掻きながら少し気まずそうな顔をしてそう挨拶した。

 

「……鴨志田先生から電話があった。退学処分、取り消しになったって…………正直、まだ信じられないよ。あの校長が素直に全部話したなんて」

 

 普段の校長を知っているなら、それも当然であろう。

 暁はこれからどうするのかと、三島に問うた。退学処分が取り消しになったからといって、帝丹高校に通い続けるのは心境的に難しいだろう。現に、元の世界で自殺を図った鈴井志保は結局転校してしまった。

 

「……転校はしないつもりだよ。そりゃ、色々と気まずいだろうけど……転校しちゃったら退学処分とほとんど変わらないし。自供したとはいえ、校長の思惑通りになるのは癪だしね。意地でも卒業まで通い続けるさ」

 

 暁の質問に答える三島は、照れ臭そうに笑いながら鼻の下を指で擦った。公園のベンチで黄昏れていた頃の彼からは想像もつかないようなその表情を見て、暁は彼を救えたことに心の底から安堵する。

 

「なあ、やっぱり校長が急に改心したのって、怪盗団の仕業なんだよな?」

 

 やはり、三島は怪盗団の存在に興味を示したようだ。暁はどうだろうな、と当たり障りのない返事をするが、三島は構わずに話を続ける。

 

「怪盗団といえばさ……このサイト、もう見た?」

 

 そう言って、三島は興奮気味にポケットから取り出したスマホの画面を暁に見せてくる。何だと思いつつその画面を見た暁は、驚きに目を見開いた。

 

 

 

 スマホの画面を真っ赤に染め上げているサイト――そのトップページには、"怪盗お願いチャンネル"と書かれたロゴがデカデカと貼られていたのだ。

 

 

 

 サイトには『あなたは心の怪盗団を信じますか?』というアンケートが行われており、既にいくつかの書き込みがされている。まさか、前の世界と同じように三島が作ったのかと暁は問い掛けた。

 

「え? 違うよ。俺もこういうの結構得意だけど、さすがにこんな早く立ち上げるのは無理だよ。このサイト、ついさっき出来たばかりみたいなんだ。怪盗団が校長を改心させたって情報が流れてからまだ一日も経ってないのに、すごいよな!」

 

 後半の話はもはや暁の耳に届いていない。この怪盗お願いチャンネルが三島の作ったものでないのなら、一体どこの誰が作ったというのだろうか。

 

 なおも話を続ける三島を尻目に、暁は誰かも分からないその人物に思いを馳せるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ――カタカタ

 

 その夜、電気も点いていない暗い部屋の中。

 明かりといえば四角い形の明かりだけで、その静かな空間には一人の人間の姿があるのとタイピングの音が響くのみ。

 

『ノア:見てくれた? あのサイト』

 

 四角い明かり――ディスプレイの画面に、そんな文章が現れる。それと同時に、明かりに照らされている人物の付けているヘッドホンに通知音が届く。その音を聞いたその人物は背中に垂れる長髪を翻し、手馴れた様子でキーボードを打つ。その髪型と小柄な体格からして、その人物は少女であることが伺える。

 

『アリババ:見た。赤い部屋かよ』

『ノア:うん。ネットにアップされてた予告状の色は赤を基調としてたし、印象に残ると思ってそうしたんだ』

『アリババ:まあ、いいんじゃないか? 人間の五感の中で視界と最も関係が深いのは赤色だし、気分を高揚させる効果があるらしいしな。それに、暗い中で作業してる私には刺激が少ない』

『ノア:電気点けなよw まあ、僕も人のこと言えないけどね』

 

 どうやら、チャットアプリを使ってノアと名乗る人物と会話をしているらしい。

 次々と文章が浮かび上がっていく中、その人物はタイピングしながらもショートカットキーを使って話題のサイトを開いた。それと同時に、部屋を照らす唯一の明かりが真っ赤に染め上げられる。明かりの中の少女が掛けている眼鏡のレンズも、また然り。

 少女が作業を続けながらそれを眺めていると、新たに相手側から書き込みが行われる。

 

『ノア:僕、怪盗団を応援するつもりだよ。だから、このサイトを作ったんだ。今回の帝丹高校の事件もそうだけど、世の中には腐った大人が沢山いる。そんな大人によって育てられる子供達が、将来どうなるかなんて簡単に想像できるだろう?』

 

 その書き込みを見て、少女は今まで止まることのなかったキーボードを打つ指をピタリと止めた。しばし、部屋が沈黙に包まれる。数秒経ってから、再び指を動かし始める少女。

 

『アリババ:好きにすればいいんじゃないか? 私は少し作業に集中したいから落ちるぞ』

『ノア:あ、うん。またね』

 

 ノアの返事を待ってから、少女はチャットアプリを閉じた。

 作業に集中したいからと伝えてそうしたというのに、少女は指を止めて怪盗お願いチャンネルのサイトを睨みつけるように見つめている。暗い中、赤い明かりに直接照らされたその表情ははっきりとは伺えないが……それは憎々しげながらも、どこか懐かしげな――色々と複雑な感情が入り混じっているのが分かる。

 

「入るわよ」

 

 そこへ、白衣を着た茶髪の女性が部屋の扉を開いて中に入ってきた。少女は少し首を動かすと、またすぐにディスプレイへと向き直る。

 

「何なの? その悪趣味なサイト」

「噂の怪盗団にお願いできるサイトだ。ノアの奴が作ったらしい」

「怪盗団? ああ、小耳に挟んではいるわ」

 

 少女の操作で、怪盗お願いチャンネルに書き込まれたお願いの数々がスクロールされていく。それを全く興味なさげに眺めている白衣の女性。溜息さえも吐いている。

 

「馬鹿馬鹿しい。欲望を盗んで改心させるなんて、そんなことできるわけないでしょう? もし本当にそれができるなら、私達はこんなところにいないわよ」

「……私だって、そう思ってるさ」

 

 自分の言葉に少女がそう返すのを聞くと、女性は白衣を翻して部屋から出て行った。少女はそれに目を向けずに、先ほどと同じ表情でディスプレイを眺め続けている。

 

 視線が向けられているのは、サイトのシンボルとなっているシルクハット――心の怪盗団ザ・ファントムのマーク。

 

 

 

 

「…………けど、何なんだ……何で、涙が流れてくるんだ……」

 

 その呟きは誰の耳にも届かず、頬を伝う煌きも誰の目に入ることもなかった。

 

 

 




世紀末覇者先輩を警視庁の人間として登場させました。
佐藤刑事や高木刑事などとは違って、白鳥警部補(後に警部)と同じくキャリア組なので警部に昇進しています。

後、鴨志田の歪みに関しての設定は感想の方で実に納得性のある見解がありましたので、そちらを参考にさせていただきました。ありがとうございます。
実は当初は鴨志田や川上を登場させるつもりはなかったので、細かい設定は考えていなかったのです。

一話の後書きに書かれてあるように見切り発車で投稿したものなので、こういった設定は面白いんじゃないかという意見があれば、参考にしたいと思っています。
よろしくお願いします。








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