名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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FILE.12 怪盗団の復帰初仕事

 今日は水曜、多くの人達にとっては週の中日とあって月曜の次に憂鬱な気分となってしまう日である。しかし、此度はその憂鬱な気分を吹き飛ばすような出来事が起こり、米花町はその話題で持ちきりになった。

 

 前日の陽が出ている間は見なかった"あるモノ"が、米花高校中のそこかしこに貼られていたのだ。

 

 

 

 シルクハットにドミノマスクが付いたマーク――"心の怪盗団"を名乗る赤色に染まった予告状が。

 

 

 

 SNSを通してそれを知った野次馬やマスコミ達が、平日にも関わらず興味本位で件の予告状を見ようと帝丹高校に集まってきた。午後になる頃にはそれも疎らになったが、午前中はそれはもう酷い騒ぎであった。

 校長が頑なに警察を呼ぶことを拒んだので、教師達はマスコミへの対応と校舎の至る所に貼られた予告状の回収に追われ、授業どころではなかった。結局、人手が足りず生徒達まで駆り出される始末である。

 

 昨日の三島による暴行事件に引き続いて、今日も部活動は自粛措置。生徒達は教師から今回のことを周りに言い触らさないようにと念を押され、速やかに帰宅するよう促された。

 

 

 

「それにしても、何なのかしらね。心の怪盗団って」

 

 下校中の蘭と園子。

 園子は、学校の掲示板に貼られていた予告状の一枚を教師に提出せず持ち帰っていた。新聞紙などの文字を切り抜いてコピー印刷されたであろうそれを手にしながら、興味深そうな顔でそう口にする。

 

 予告状の内容はこうだ。

 

 

 

 ――他人が築いた学び舎で私腹を肥やす木偶の坊にして傲慢の大罪人、ヒヤタマオ殿。

 

 お前が密かに行ってきた非道な行為の数々は、断じて許されるべきことではない。

 

 我々はその罪とひた隠しにしている真実を、お前の口から告白させることにした。

 

 その歪んだ欲望を、頂戴する。

 

 心の怪盗団『ザ・ファントム』より――

 

 

 

「心……それも、欲望を盗むなんて……そんなことホントに出来るのかな?」

「さあねぇ。ま、アタシの心は既にキッド様に盗まれちゃってるけど!」

 

 そう言って、園子は夢見がちな少女のように目を輝かせ、両の手を組んで空を見上げた。

 園子の言うキッドとは、暁の仲間である坂本竜司のペルソナ――のことではなく、昨今世間を騒がしている怪盗キッドのことだ。八年ほど前から音沙汰がなくなっていたが、最近になって不死鳥のようにまたその姿を現わすようになった、主に宝石を専門としている泥棒である。 

 

 それはさておき、同じ怪盗を名乗るザ・ファントムがターゲットにしているのは、宝石ではなく帝丹高校の理事長兼校長の肥谷玉夫の心だ。もし、彼が本当に欲望とやらを盗まれたとしたら、どうなるのだろうか?

 予告状を見た学校の生徒達がSNSで情報を流し、マスコミがたちまちニュースや新聞などでザ・ファントムのことを取り上げた。それでも、警察が動いている様子はない。あの校長は、意地でも警察沙汰にしたくないようだ。

 

 そこへ、蘭の視線の先に子供が数人集まって何やら話し合っているのが見えた。その中には、自分の家に居候している江戸川コナンの姿も見える。

 

「あれ、コナン君」

「蘭姉ちゃん! 例の怪盗団の話って、本当なの?」

 

 コナンが蘭の存在に気付き、開口一番そう聞いてきた。傍にいるコナンの友達である三人の子供――小嶋元太、円谷光彦、吉田歩美も蘭の方に期待の眼差しを向ける。どうやら、小学校にまで怪盗団の話は知れ渡っているようだ。

 

「本当よ、ガキンチョ。ほら、これがその怪盗団が出した予告状!」

 

 園子が自慢げに件の予告状を子供達に向けて差し出した。

 

「わー、すごーい!」

「でもよ~、これ何でペンで書いてないんだ?」

「筆跡を隠すためですよ、元太君。基本中の基本じゃないですか」

 

 怪盗を名乗る者達が出した予告状に、子供達は興味津々な様子だ。ただ一人、江戸川コナンだけは真剣な顔付きで予告状の文章を読んでいる。

 

(ヒヤタマオって……俺がこの身体になる半年前に新しく校長になった奴か。前校長の遺書に従って校長に就任したって聞いたけど、キナ臭いとは思ってたんだよな)

 

 前校長には血の繋がった後継者に当たる人物がいなかった。肥谷は就任の挨拶で前校長とは親しい仲にあったと言っていたが……

 

「……蘭姉ちゃん、この予告状に書かれてるヒヤタマオって人。何かしたの?」

「ウチの新任の校長先生なんだけどね……う~ん、特別何かしたってわけじゃないと思うんだけど」

「学校の評判とか世間体ばかり気にしてるどうしようもない奴よ。誰かから恨まれててもおかしかないわね」

 

 それを聞いて、コナンは顎に手を当てて考え込み始める。

 

(隠れて悪さしてるってわけだな……しっかし、歪んだ欲望を頂戴するってどういうことだ? 怪盗キッドみたいに宝石っていう分かりやすい標的(ターゲット)ならまだしも、そんな非物理的な物をどうやって盗むってんだ!)

 

「つまり……悪いことをしている人の欲望を盗むってことですよね!」

「アニメのダークヒーローみたい!」

「ヨクボーって何だ? それ盗まれたらどうなんだ?」

「それは……良い人になるんじゃないでしょうか?」

 

 子供達のはしゃぐ声がコナンの耳に届く。テレビのヒーローに向けるような羨望の気持ちを怪盗団に向けている。

 

「ほら、みんな。いつまでも道端で話し込まないで、お家に帰――」

「ああっ!」

 

 蘭が話を切り上げて子供達を家に帰そうとしたところで、園子が突然大声を上げた。驚いて皆が彼女の方へ振り向く。彼女は何やら慌しくブレザーの内ポケットを探ったり、鞄を引っ繰り返す勢いで漁ったりしている。

 

「ど、どうしたの園子?」

「ごめん蘭! スマホ、学校に忘れてきちゃったみたい! ガキンチョ達連れて先に帰ってて!」

 

 そう早口気味に伝えて、園子は来た道を走って戻っていった。スマホを学校に忘れたらしいが、恐らく予告状に目を取られすぎていたせいだろう。

 もはや現代人にとって必需品と言ってもいいスマホ。それで普段の買い物をしたり定期券代わりにして令嬢らしくなく電車通学をしている園子にとって、スマホを失くすことは死活問題と言っていい。

 

「コナン君! ボク達も、帝丹高校へ張り込みに行きましょうよ! 噂の怪盗団を捕まえて少年探偵団の手柄にするんです!」

「えっ、何でだ? カイトーダンって悪い奴を良い奴にするんだろ?」

「でも、ドロボーはドロボーだよ。ね、コナン君!」

 

 キラキラした目で目の前の事件への期待を隠しもしない光彦達。彼らは少年探偵団を名乗っており、子供ながらに手柄を上げることを目的に執拗に事件を求める傾向にある。実際、これまでにもいくつかの事件に巻き込まれた経験をしている。今回もその好奇心旺盛さを発揮して首を突っ込みたがっているようだ。

 

「バーロー。学校中に予告状を貼るなんて手間かけちゃいるが、コイツは多分……ただのイタズラだよ。大体、心を盗んで悪人をどうにかできたら、警察も探偵もいらねーじゃねえか」

「「「えー、そんな~……」」」

 

 一方のコナンは、気にはなるが心を盗むなんて荒唐無稽なことはありえないと考えていた。何かの例えかと思いつつも、恐らくは愉快犯だろうと。コナンの中身は見た目通りの子供ではなく数々の難事件を解決してきた高校生探偵なのだから、この考えに至るのは至極当然である。

 

「じゃあ蘭姉ちゃん、今日も三島さんの事件の聞き込みは……」

「うん。怪盗団騒ぎのせいで、今日もみんな部活自粛で帰されちゃってるから…………それに、多分もう……」

 

 沈んだ顔をする蘭に、コナンは苦虫を噛むような思いを否めなかった。

 コナン自身も、三島が引き続いて事件を起こしたことは蘭から聞いている。だが、三島から話を聞こうにもそれは叶わないし、学校で情報を得ることもできない状況では調査しようにも難しい。なぜこんな時(・・・・)に予告状なんて騒ぎになることをしでかしてくれたのか、コナンは怪盗団を名乗る愉快犯に憤りを覚えた。

 

 

 その瞬間、コナンの脳裏に電撃が走り、胸の奥に沸いた憤りが一気に冷めていった。

 

 

 

 ――こんな時(・・・・)に? まさか……!

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 予告状に書かれた標的(ターゲット)、帝丹高校の校長である肥谷玉夫は冷静であった。

 

 

 ――心の怪盗団? イタズラに決まっている。そんなふざけた奴らがどう言おうと、知ったことではない。欲望を盗むなど、出来るものならやってみろという話だ。

 

 

 否、冷静というのは当人がそう思っているだけで、頭の中はそんな怪盗団に対する感情で一杯だ。その肥えて首と一体化した顔は、機嫌が悪いということがありありと分かるほどひどく歪んでいた。

 冬の季節は日が落ちるのが早い。既に夕方近く、窓の向こうの夕焼けが苛立ちからのストレスによって止め処なく流れる汗に映し出される。その薄暗い夕焼けに照らされた部屋の中、革椅子に座った校長は電気も点けずに頻繁にその汗をハンカチで拭った。

 

 学校には予告状の情報を耳聡く聞きつけた警視庁の捜査二課から連絡があった。念のため警備を派遣すべきだと言っていたが、校長はただのイタズラだと言い張り、断固として警察の介入を許さなかった。教師陣の中にも警察の要請を受けるべきだと言い出し始める輩が出始めたので、皆既に校長によって強制退勤させられてしまっている。

 

 三島についての職員会議でも、全会一致で退学処分に皆頷くかと思いきや、一部の教師が反対の声を挙げた。鴨志田と川上である。

 校長は二重顎に手を添えて考える。元オリンピック選手で知名度がある鴨志田はともかくとして、問題は川上の方だ。愚かにも大して価値のない生徒を慮って反抗の姿勢を崩さなかった川上。結局三島を庇い切ることはできずに終わったが、彼女が将来的に学校経営において邪魔になる可能性は十分にある。

 

 

 また近藤を使って退職にでも追い込んでしまおう。三島の時と同じように。

 

 

 校長は汗の染みたハンカチを乱暴にポケットに突っ込み、誰に向けるでもなく歪に笑ってみせた

 

 

 

 ――その時、クスクスと幼い子供の小さな笑い声が校長の耳に届いた。

 

 

 

 誰だと思って校長が振り返ってみると、校長室の扉が少しだけ開かれている。その隙間から目に入ったのは、通り過ぎていく子供の影。明らかに小さかったその背は、その影の主がこの学校の生徒ではないことを示していた。

 近所の子供が予告状の噂を聞きつけて、遊び半分で忍び込んできたか。校長は苛立ちを隠しもせずに舌打ちして椅子から立ち上がると、乱暴な手付きで扉を開け放って通り過ぎていった子供の後を追い始める。

 

 廊下の先に見える子供は、群青色のケープに付いたフードを目深に被っている。そのため顔は伺えないが、学校という場所にそぐわないドレス姿が少女であることを伝えてくれた。少女はまるで待っていたかのように校長が廊下に出てきたのを確認すると、また小さく笑い声を響かせて誘うように階段を上がっていく。

 どこかこの世の物ではないような神秘的な魅力を放つ少女。校長は非日常との対面にゴクリと生唾を飲み込んで、誘われるがままに少女の行く先へと足を動かした。

 

 

 

 少女はそのまま階段を上へ上へと上がっていき、ついには屋上に入る扉を開けてその先へ行ってしまった。

 普段は鍵が掛かっているその扉は、何者かによって開けられてしまっているようだ。何度か不届きな生徒がこじ開けて侵入したことがあるが、今までと違って今回のそれは手際が良過ぎるように見える。

 

 先ほどとは打って変わって少し不気味さを覚えてきた校長の顔に嫌な汗が伝うが、ここまで来て戻るなんて気にはなれなかった。学校に侵入した傍迷惑な子供を放置するわけにもいかない。それに、ただでさえ例の予告状のせいで悪い形で目立っているこの状況だ。万が一にも屋上から飛び降りるなんてことをされれば警察の介入は防げない上、学校の評判は地に落ちるだろう。

 

 校長は思い切って扉を開けて、屋上へと出た。

 しかし、そこには先に屋上へ出たはずの少女の姿は影も形もなかった。

 

「一体、どこへ行った……!?」

 

 まさかと、校長は慌てて飛び降り防止のフェンスへ向かおうとした。

 

 その時、突然その背中へ声が掛けられる。

 

 ギョっとして校長が振り返ると、そこには黒いベストにロングコートといった黒尽くめの格好に白いドミノマスクで顔を隠した若い男――怪盗団"ザ・ファントム"のリーダーであるジョーカーが、入り口の塔屋の上に見下すようにして悠然と立っていた。

 

「な、何だお前は! ふざけた格好をしおって……今すぐにそこから降りろ!」

 

 謎のコスプレ男にしか見えない相手に対して、校長は罵声を浴びせる。が、ジョーカーはそれを無視してその場から飛び上がり、優雅に一回転して校長の目の前へ片膝を突く形で降り立った。およそ人間業ではない身のこなしに校長が驚いていると、ジョーカーはゆっくりと立ち上がって口を開く。

 

 

 ――肥谷玉夫。お前の歪んだ欲望を頂戴しに来た。

 

 

 その言葉を聞いた校長は、目の前の人間が例の予告状を出した怪盗であることを理解した。まさか、本当に来るとは。

 ジョーカーはパッと見細身な身体をしているが、校長より圧倒的に背が高い。見下ろされる形になっている校長は、ジョーカーのマスクの目穴から覗く血のように赤い目に恐れ慄いた。そして、ジョーカーが懐から出した代物を見て、思わず後ずさるってその場に尻餅を突いてしまう。

 

 ジョーカーは、右手に構えたサイレンサー付きのハンドガンを校長に向けていた。

 

「ど、ど、どこでそんな物を手に入れたんだ!?」

 

 所持を許可されている人間ならいざ知らず、ミリタリーの趣味を持っていない限り非銃社会の日本ではほとんど見ることのないそれを見て、校長は唾を撒き散らしながらパニック気味に叫んだ。しかし、ジョーカーはそれさえも無視して口上を述べ始める。

 

 ――お前は前校長の遺言書を偽造し、今の立場に成り上がった。加えて、老婦を轢き逃げし、あろうことかそれを目撃した生徒を嵌めて退学に追い込んだ。これに間違いはないか?

 

「……な、何を言うかと思えば。私には何の話か、さ、さっぱり分からないな」

 

 ――お前は嘘をついている。

 

 ジョーカーは左手をポケットに入れ、中に入ったスマホを取り出さずに操作して例の音声を流した。それを聞いた校長の顔が、みるみる青褪めていく。

 

「どうやってそれを……!? い、いや……私は、関係ないぞ! 声が似ているだけだ! 断じて私じゃない!」

 

 声紋は指紋に次いで証拠価値が高い。校長はそんなことも知らずに、駄々をこねるようにして否定の声を上げている。最も、ジョーカーは声紋鑑定に出すつもりなど最初からないのだから、関係ないことだが。

 

「あくまで自分の罪を認めないというのですね?」

 

 ジョーカーの後ろから、先ほどのフードの少女――ラヴェンツァが屋上の扉を閉めて現れた。彼女は『OXYMORON』と刻まれた飾りの付いたそのフードを下ろし、その澄ました視線を校長へと向ける。格好はいつもと同じ群青色のドレスだが、その人形のように端正な顔は片目に蝶の羽を象ったドミノマスク――モルフォ蝶のような鮮やかな青色に彩られている――で隠されていた。

 

「もっとマシな言い訳をしてはいかがですか? 醜いのはその図体だけにしてほしいものです」

 

 マスクを被った黒尽くめの男に青尽くめの少女。

 目の前で好き勝手に自分を責める妙ちくりんな仮装をした二人組。あまつさえ、自分よりはるかに小さな子供にまで。侮蔑を込めた遠慮のないその物言いは、校長の心の奥底にある引き金に指を掛けさせる。

 

 

 ――ドクリと、胸が波打った。

 

 

 視界が波紋の広がりのように揺らぎ、震え上がっていた校長の心に段々と苛立ちのようなものが膨れ上がる。予告状のせいでぐつぐつと煮えていた怒りが、今しがた沸点を超えて飛沫を上げ始めた。

 

「……わ、私の半分も生きていない、餓鬼風情が……す、好き勝手言いおって……」

 

 尻餅を突いた状態から震えた手足で立ち上がりながら、校長はぶつぶつと言葉を紡ぐ。その足元に赤い水溜りのようなものが湧き、同時に地響きも起き始める。

 

 

 

「お前らのようなふざけた餓鬼は……大人の――私の言うことを、黙って聞いていればいいんだ!!」

 

 

 

 まるで悪魔のように金色に染まった目を剥けて、ジョーカー達に暴言を投げ掛ける校長。

 

 それが切欠となったのか、校長に重なるようにして赤い波飛沫が勢い良く巻き上がる。波飛沫はそのまま校長と一体化して、そのタマゴのような丸々と肥えた身体が心臓の脈動のような音と共に一回り、二回りと膨れ上がっていく。

 やがてその脈動が止まると、ジョーカー達の目の前には小さな手足の生えている巨大なタマゴの化け物が鎮座していた。その白い殻の真ん中に校長の顔がむくりと浮かび上がり、不届きな輩を睨みつけるようにしてジョーカー達を見下ろしている。これが校長のシャドウの姿だ。

 

『おい、誰かいないか!』

 

 浮かび上がった校長の口が虚空に向けて大声を上げると、屋上の方々から先ほどと同じように間欠泉の如く赤い波飛沫が吹き上がる。

 その場所から、角の生えた大男達が現れた。全部で三体。紫紺、浅葱、黄金とそれぞれ異なる肌色をしている。鬼の名を冠する悪魔の姿を象った、認知世界を散々駆け巡ってきたジョーカー達にとっては懐かしい顔触れとなるシャドウだ。

 

 これらのシャドウは、認知世界で具現化された人間の感情そのものである。その主――根源は、恐らく学校において絶対数の多い生徒達のものであろう。それがよりにもよって鬼として具現化したのは……これまでの短い学校生活を省みれば納得が行く。川上の言葉は、間違いではなかったのだ。

 

『お前達、コイツらを捕まえれば報酬をやるぞ! なあに、心配はない。無敗記録を誇る弁護士の出身校、元オリンピック選手の教師に有名高校生探偵。そこへ新たに眠りの小五郎の出身校という宣伝文句も加われば、金など勝手に貯まっていくのだからなぁ!』

 

 校長の言葉を聞いた鬼達は舌なめずりをすると、調子を確かめるかのように腕を捲り上げる。

 その手に持った得物を一振りして鈍い輝きをチラつかせると、鬼達は屋上の床を踏み鳴らして一斉にジョーカーとラヴェンツァに踊りかかってきた。二人は床を蹴り上げて飛び、二手に分かれる形でその攻撃を避ける。

 

「やはり、あの校長も精神暴走の影響を受けているようですね。米花町を中心にして悪巧みをしている人間は、総じて何かしらの影響を受けているのでしょう」

 

 表情を崩さずに解説するラヴェンツァに向けて、黄金の鬼が横合いから長刀を振り下ろした。ラヴェンツァはちらりとそれに目を向けると、緩やかな動作でマスクに手を添える。

 

 

「 ジ ョ ジ ー ヌ 」

 

 

 ラヴェンツァの足元から光が巻き起こり、ペルソナが召喚される。名を"ジョジーヌ"という煌びやかな白いドレスを着た女性の姿をしたそれは、鹿子色(かのこいろ)に輝く長い髪を翻してその手から光の波動を放った。白のドレスが反動に煽られて、黒い裏地を晒す。

 

 今まさにラヴェンツァの小さな頭を切り割ろうとしていた鬼は波動を受けて長刀ごと吹き飛んでいき、大きな背中を強かにフェンスへと打ちつける。頑丈な柵がその背中の形に歪み、崩れ落ちた鬼はそのまま溶けるように消失した。

 

 そこへ、間髪入れずに離れた場所で紫紺の鬼がその無骨な手から強烈な冷気を迸らせる。大気中の水蒸気が昇華し、結晶と化して無数の鋭い氷柱となる。それらは、屋上の床を凍りつかせながら真っ直ぐにラヴェンツァ目掛けて飛んでいった。

 

 それが彼女に到達する寸前で、ジョーカーが間に立ちはだかった。その氷結晶の凶器をまともに受けて白い煙に包まれるジョーカーとラヴェンツァを見て、鬼は歪に穴の開いた口をニヤつかせた。しかし、次の瞬間にはその顔を驚愕の形へ変えることとなる。

 煙が晴れた先に立っていたのは、先ほどの攻撃などまるでなかったかのように無傷のジョーカーの姿であった。その後ろにいるラヴェンツァもまた然り。

 ジョーカーの傍らには、赤装飾を身につけた右半身が青い肌の男性の姿が浮かび上がっている。以前の事件で召喚したアルセーヌとは違うペルソナ、"アルダー"だ。

 

 

 通常、ペルソナは一人につき一体しか宿せない。しかし、ジョーカーはペルソナ使いの中でも"ワイルド"という能力を有した無限の可能性を秘める類稀な存在である。その能力を持った彼は、通常とは異なり複数のペルソナをその身に宿すことができる。

 最も、元の世界では様々なペルソナを扱えたが、今現在は制限のためかごく一部のアルカナに対応したペルソナしか召喚できない。現在ジョーカーが召喚できるのは"愚者"、節制"、"恋愛"。"節制"のアルダーは、その内の一体だ。

 

 

 ジョーカーは余裕げに添えた手で首を回すと、もう片方の手で挑発するかのようにクイクイと指を曲げた。

 冷気を放った紫紺の鬼はそれを見るや否や激怒し、その場から飛び上がって得物である両刃剣を空中で振りかぶる。だが、その切っ先がジョーカーの元へ辿り着く前に、彼はアルダーによる不可視の強烈な殴打を背中に受けて、空中から屋上の床へ陥没する勢いで叩きつけられる。筋骨隆々だった身体は無残に潰れ、背骨があり得ない方向へ曲がったそれはそのまま塵となって消失した。

 

 残った浅葱の鬼。彼の顔は空洞となっているが、実力の差に恐れをなしているのは表情がなくとも明らかであった。ジョーカー達が今まで戦ってきたシャドウには劣勢と見るや命乞いを試みる者もいたが、彼は違った。得物を放り捨てて逃げ出し始めたのだ。

 

『お、おいお前! 校長の私を置いてどこへ行くつもりだ!』

 

 劣勢状況に焦っていた校長が、慌てた様子で逃げ出す鬼を呼び止める。それでも鬼は聞く耳を持たず、飛び上がった先のフェンスに手を掛け、屋上から飛び降りようとする。

 

 

「 ゾ ロ ! 」

 

 

 しかし、その逃走行為は失敗に終わる。

 

 飛び降りようとした鬼は突然穴の空いた顔面に衝撃を受け、先の紫紺の鬼とは逆に仰向けになる形で屋上の床へ叩きつけられる。

 鬼が手を掛けていたフェンスの上には、黒猫を思わせる二頭身の出で立ちをした生物が仁王立ちしていた。モルガナ、いや――モナだ。先ほど鬼の顔面を襲ったのは、モナのペルソナ"ゾロ"による攻撃だったのだ。

 

「フフン。助かりたいのなら、まず交渉するということを覚えるのだな」

 

 モナは認知世界においては普段の猫姿から、アニメに出てくるキャラクターのような姿へと変貌する。形だけ人間のようなそれは、モナにとっての反逆者のイメージが人間そのものであるからなのかもしれない。

 

 ゾロによる攻撃が急所を突いたのか、浅葱の鬼は苦しそうに身動ぎした後にそのまま力尽きてしまった。

 これで、校長の呼び出したシャドウは全て返り討ちにした。怪盗団側は一切の傷を受けていない。完全勝利という奴である。

 

『だ、誰か! 誰かいないのか!? 何でもするから、誰か私を助けてくれぇ!』

 

 ジタバタと短い手足を振るいながら助けを求め喚き散らす校長だが、もはやその声に応えるものはいない。例え報酬を用意していようがだ。人望があれば希望はあっただろうが、彼ほど人望という言葉が似合わない者は他にいないだろう。

 どうやら、校長自ら挑むつもりはないらしい。シャドウですらそれが出来る力も度胸もないということである。最後まで何もかも他人任せな男だ。

 

 ジョーカーが校長の足元に向けて威嚇射撃を行うと、校長は悲鳴を上げてバランスを崩しその場に倒れる。その丸い身体は倒れるだけに止まらず、ゴロゴロと屋上の床を転がった。

 

『うああぁあぁ! だ、誰か、止め――』

 

 必死に叫ぶ校長だが、短い手足ではどうすることもできず回転は止まらない。校長がフェンスにぶつかったりしながら転がり回っていると、その大きな丸い身体は萎むように徐々に小さくなっていく。やがて、身体は元の校長の姿に戻り、そこまで来てようやく回転は止まった。

 

 校長はうつ伏せの状態で荒い息を吐き、大量の汗が顔を伝って落ちて屋上の床を濡らしている。そんな校長の元へ、ジョーカー達がゆっくりと歩み寄る。

 

「……し、仕方がなかったんだ。私は小さい頃からこの図体のせいで苛められ続け、何をやっても上手くいかなかった。前校長の後釜に乗ることができなければ、一生こんな上の立場に立つことはできない。だから、持病による病死と見せかけて殺害するよう依頼して、それと同時に私へ遺産を相続させるという遺書を書かせた……」

 

 聞いてもいないのに、校長は汗を垂らしながら釈明するように口を動かす。

 

「どうせアイツは近いうちに死んでいたし、跡継ぎだっていなかったんだ! それまで散々媚びへつらってきた私が美味しい思いをしたっていいだろう!?」

 

 吐き出すように叫ぶ校長。

 しかし、ジョーカーはそれに何も答えず、ただ彼を見下ろしている。マスクの下の目は、言いたいことはそれだけか? と、言外に訴えていた。

 

 

「…………お前、その黒尽くめの姿……そうか、そういうことか」

 

 

 校長は床に手を突きながらジョーカーを見上げて、小さくそう呟いた。ジョーカーがその言葉に首を傾げていると、彼は諦めたように項垂れる。

 

「これで、おしまいか。短い絶頂期だったよ…………私は、どうすればいい?」

 

 首を下に向けたまま問う校長に、罪を認めて全ての真実を皆に話せ、とジョーカーは答える。

 ゆっくりと頷いた校長は力が抜けたかのようにその場に倒れ伏し、そのまま意識を失ってしまった。

 

 倒れた校長の頭上に、光の塊が現れる。

 ジョーカーがそれを掴み取る。光が止んでジョーカーの手に収まっていたのは、透き通るような青い液体が入った瓶であった。これは、元の世界でも怪盗団が度々お世話になった霊薬の一種だ。現実世界では何の効果もない液体でしかないが、認知世界では秘めた効果を発揮する。

 

 これが、校長のオタカラということか。

 神話上寿命を延ばし活力を与えると言われている霊薬。学校のトップという安泰の立場が形を得た結果、この霊薬がオタカラとして現れた……そんなところだろう。

 

「体調はどうだ? ジョーカー」

 

 ジョーカーがしばらく校長のオタカラを眺めていると、モナからそう尋ねられる。

 疲労感が凄まじいが、前回と違って気絶するほどではない。怪盗服のチェンジについては大した気力を使わずに済むが、これ以上ペルソナを扱うのはさすがに無理だろう。

 

「ふむ……ラヴェンツァ殿はどうだ?」

「ラヴェンツァではありません。今の私は"ベルベット"です。私は大して疲労はありません。貴方もそうでしょう? アルカナの力を行使しているのはマイトリックスターなのですから」

「そ、そうか。負担をかけてすまないな、ジョーカー……よし、そろそろズラかるとしよう。校長は……他に暗躍している輩がいることを考えると、放っておくのは危険だな。校長室へ――」

 

 モナが校長をどうするか話していると、閉められていた屋上の扉が開く音が聞こえてくる。

 

「!? ヤバッ! 仕方ない、このままズラかるぞ!」

 

 モナが先行して屋上から飛び降り、ベルベットがそれに続く。

 モナの話を聞きながらオタカラを眺めていたジョーカーは、反応が少し遅れてしまう。「ジョーカー!」と、モナに呼ばれて、倒れている校長を気にしつつも続いて屋上を飛び降りる。

 

 飛び降りたといっても、そう見せかけて下の階にある部屋に入り込んだだけだが。

 

 

 

 

 こうして、この世界での怪盗団の初仕事は無事に完了したのだった。

 

 

 




ラヴェンツァのコードネームは”ベルベット”にしました。パピヨンやらプシュケーやら色々考えたのですが、やっぱりベルベットが読んですぐに誰か分かり易いと思ったので。

ラヴェンツァが召喚したペルソナ"ジョジーヌ"はオリジナルです。
原作のベルベットルーム姉妹のようにペルソナ全書から召喚したわけではありません。つまり、正真正銘のペルソナ使いとして目覚めています。
目覚めた理由は、死の恐怖を乗り越えたからではなく、自分の本音と向き合ったからでもなく、反逆の意思として現れたからでもありません。

帝丹高校編はペルソナ寄りな話になってしまったので、次回以降はコナン寄りな話にしたいところです。








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