名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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FILE.11 探偵不在

 場所は変わって、帝丹小学校。その1年B組。

 相も変わらず顎に手を当てて考え込んでいる江戸川コナン――もとい工藤新一。

 

 思い起こしているのは、昨晩の出来事だ。部活を終えて夕飯の買い物を済ませてきた蘭は、珍しく何か悩んでいる様子で帰宅してきた。いつもなら元気良くただいまと挨拶するのに、今日は下手すれば聞き逃すほど消え入りそうな声であった。

 

『蘭姉ちゃん、何かあったの?』

『え? うん……何でもないわよ。それよりコナン君、お腹空いたでしょ? お夕飯、すぐ作るからね』

 

 そう誤魔化すように笑う蘭の笑顔は、どうにも無理をしているようにコナンの目には映った。隠しているつもりであろうが、幼馴染で腐れ縁のコナンにはお見通しである。

 

『本当に大丈夫? 蘭姉ちゃん』

『どうせ、またあの探偵坊主のことでも考えてんじゃねーのか?』

『もうっ、違うわよお父さん!』

 

 小五郎の適当な物言いに、堪らず反論してしまう蘭。一つ溜息をついて、仕方がないといった様子で話し始めた。

 

『……ちょっと、学校で騒動があったの。一年の時同じクラスだった三島君が、女子生徒の制服を盗んだって――』

『三島がっ!?』

『? コナン君。三島君のこと知ってるの?』

『え? あ……いや、新一兄ちゃんから少しだけ聞いたことがあって』

『そうなの? 新一、三島君と結構仲良かったのかな……』

 

 思わず反応してしまったコナンは、蘭の問いに対して咄嗟にそう誤魔化した。

 本当のところ、新一としては三島とそこまで交流があったわけではない。せいぜい蘭と同じで、一年の頃のクラスメイトだったというだけだ。あまり目立たないが、人当たりは良くそれなりに友人もいる。そして、少々ネットに詳しい。思い浮かぶのはその程度だ。

 

『ほーお、大それたことしたもんだなソイツも。道端に落ちてる雑誌で我慢しとけばいいものを……いや、最近はそういうのも見かけなくなったな』

『お父さん……』

『で、でも、新一兄ちゃんの話だとそんな悪さする人じゃなさそうって印象だったけど』

 

 相変わらずの小五郎に蘭が拳をわなわなと震わせ始めたので、コナンは慌てて話の続きを催促する形で取り成した。

 

『うん。私もそう思ってて、それで悩んでたんだ。本当に三島君が盗んだのかなって……』

『他に怪しい奴でもいたのか?』

『……というか、三島君本人が盗んだって言ったのよ。先生の前で』

『自白してんじゃねえか! じゃあ、ソイツで決まりだろ!』

 

 小五郎は何を悩む必要があるんだと言い飛ばすが、それでも蘭は納得いかない様子だ。

 コナンも三島が盗みを働くとはあまり思えないので調査したいところではあるが、今の自分では帝丹高校に行っても門前払いを喰らうだけだ。だが、放課後に見学と称して蘭と校内を周ることは可能だろう。

 

『蘭姉ちゃん。色々聞き込みしてみたら? 三島さんが犯人じゃないっていう手掛かりが何か掴めるかもしれないよ』

『う~ん……』

『ボクも手伝うから。学校が終わったら帝丹高校へ行くね』

 

 コナンがそう提案するも、蘭はあまり乗り気ではないようであった。新一という、こういう時一番頼りになる人がいないのが原因なのかもしれない。新一がいないのに、自分だけで真実を掴めるのか。そういった不安と、いつも傍にいるはずの人がいないという空虚感が、蘭の行動力を削いでいるのだ。

 

(蘭……)

 

 少し心配だったが、その晩はそれ以上どうすることもできずそのまま夕食を終えて床に就いた。回想を終えたコナンは、今日の放課後のことについて考え始める。

 

(来栖暁とは例の沖野ヨーコの事件で多少なりとも接点は持てている。ここらで探りを入れてみようかとも思ったけど……急いては事を仕損じるって言うし、それはまた別の日だな)

 

 考え込むコナンの肩を、先日に続いて隣の吉田歩美が叩く。気づけば、周りのクラスメイト達の視線が軒並みコナンに注がれていた。期待の入り混じったような小さい笑いが漏れている。

 

「コナン君。教科書、60ページだよ」

「あ、うん」

 

 応えて、前回の二の舞は演じないとコナンは立ち上がらずにそのまま60ページを開く。しかし、いつまで経っても周りの注目がなくなることはなかった。首を傾げるコナン。

 

「……江戸川君。先生は60ページの文章を読みなさいと言ったんですよ?」

 

 ドっと一斉に笑い出すクラスメイト達に、コナンは遠い目をして苦笑いを零す。恥ずかしいのを通り越してもはや諦めの境地だ。

 

(ハハハ……早く放課後になんねーかな)

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 病院を出て数十分後、学校に到着した暁。今はちょうど二時限目が終わった後の休憩時間だ。

 校門を潜って、校舎へと向かう。その途中、暁は駐車場に妙に目立つ高級車が駐車されているのを見かけた。見るからに上の立場の人間が乗っている車で、パッと見ただけでもそれが新車であることが分かる。

 

「おい、何してんだ。早く教室に行こうぜ」

 

 モルガナに促された暁は、車から目を外して昇降口に入っていった。次の授業がある教室へ移動する生徒達とすれ違いながら、自分のクラスである2年B組の教室へと向かう。

 教室に着くと、クラスメイト達は入ってきた暁に気づいてすぐに視線を逸らした。暁は彼らの横を通って自分の席に座り、モルガナを机の中に忍ばせる。

 

「あ、暁君。おはよう」

「おっはよー」

 

 隣同士で話していた蘭と園子と挨拶を交わす。一体何の話をしていたのか、何気なしに尋ねる暁。

 

「よくぞ聞いてくれました!」

 

 暁の問い掛けに、園子が大げさに席を立ってその場に仁王立ちした。蘭は苦笑いをして、いつものことだと暁に目で伝えてくる。

 

「昨日の三島君の事件、蘭がどうしても彼が犯人とは思えないって言うのよ! ねえ、蘭?」

「うん。だって、私達一年の頃は三島君と同じクラスだったんだけど、そんな悪さするような人には見えなかったし……」

「それはアタシも同意見。ちょ~っとオタクっぽくはあったけど、見たところそこまでの度胸があるとは思えないわ」

 

 一年の頃の三島を思い出して語る二人。元の世界での三島は友人が多いというわけではなかったが、彼女らが言うにはこちらの三島は深い仲とはいかないまでも割と友人はいる方だったらしい。

 

「ねえ、アタシ達で真犯人を見つけましょうよ!」

 

 暁の机を両の手で突き、ずいっと顔を前に突き出してそんなことを言い出す園子。真犯人とは、高見沢恭子の制服を盗んで三島の鞄に入れた人物のことを指しているのか?

 

「その通り! 真犯人を見つけて白状させれば、三島君の無実が晴らせるじゃない!」

「でも、その三島君が『自分がやった』って言ってたのよ?」

「その犯人に弱みを握られてるのよ、きっと! そうに違いないわ!」

 

 意気込みながら話す園子。恐らく、園子の言っている通りだろう。三島は何かしらの理由があってその真犯人に逆らうことができない状態なのだ。

 だが、話を聞いていた蘭は少し考え込んでいる様子だ。

 

「何考え込んでるのよ蘭! アタシ達だけで解決して、帰ってきた新一君をアッと言わせましょうよ!」

「新一を……そうね。分かったわ、園子!」

「よーっし! そうと決まれば、昼休憩になったら三島君に話を聞きに行きましょう! 今日は学校休むかと思ってたけど、登校してるみたいだし」

 

 やる気になっているところ申し訳ないが、その言葉に暁は待ったをかけた。話を聞こうとしたところで、三島は何も喋らない。昨日、暁が彼と米花公園で話した時もそうだったのだから。

 

「え~、本人から話を聞けないんじゃあ……う~ん」

 

 暁のその言葉を聞いてげんなりした顔をする園子。そこで、三時限目開始のチャイムが鳴る。次の授業の担当教師が教室に入ってきて、立ち上がっていた園子は話を切って自分の席に座った。

 

 

 

 三時限目、四時限目と授業が終わって昼休憩に入ると、教室の生徒達は各々購買に向かったり机をくっ付けて弁当を広げて昼食を食べながら話に興じ始めた。話題はもっぱら、昨日の三島の事件についてだ。

 

「二人共、さっさとお弁当片付けて職員室に行くわよ」

 

 周りと同じく机に弁当を広げた園子はそう言うや否や、その中身を口に掻っ込み始める。

 

「職員室? どうして?」

「むぐっ……ゴクン。ふふん、実はアタシ……真犯人の見当が付いてるのよ」

「ほ、本当に!? 園子!」

「ホントよ。食べ終わったら、そいつに直談判しに行ってやるわ。まあ、この女子高生探偵園子様に任せておきなさい!」

 

 得意げな顔をしている園子だが、ほっぺのご飯粒のせいでどうにも格好が付いていない。

 困り顔の蘭から「とりあえず、お弁当早く食べましょう」と言われ、暁は頷いて鞄から風呂敷に包まれたタッパーを取り出す。もちろん、中身はカレーだ。

 

 遠慮なくカレーの臭いを教室中に流す暁は、いつもとは違う意味でクラスメイトの視線を集めるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 素早く弁当を片付け終えた三人は、園子を先頭にして職員室へと向かった。ちなみに、モルガナも後をつける形で隠れて付いてきている。

 園子は真犯人の見当が付いていると言っていたが……向かう先が職員室ということは、つまり――

 

 

「鴨志田、白状なさい! アンタが真犯人なんでしょう!?」

 

 

 案の定である。

 暁の目の前では、園子がいつかの毛利探偵のように鴨志田を鋭く指で指している。その指の先にいる鴨志田は、実に困った顔をして頭を掻いた。

 

「鈴木……いきなりどうした? 真犯人って、一体何のことだ?」

「とぼけんじゃないわよ! アンタが三島君の鞄に高見沢さんの制服を入れたんでしょう!?」

 

 それを聞いて、さすがの鴨志田もしどろもどろになって慌て始める。元の世界の傲慢さやふてぶてしさが嘘のようだ。

 

「な、な、何だってぇ!? 俺はちゃんと職員室にいたぞ! 来栖が給水所で電話をしているところも窓から見てる!」

「でも、ずっと見てたわけじゃないでしょ? 職員室で用を済ませた後で制服を盗んだのよ! あれだけの時間体育館を出てたなら、それくらいの時間は――」

「それは違うわよ。鈴木さん」

 

 横から、弁当を食べていた川上がそう言って園子の言葉を止めた。川上は箸を置いて、園子たちの方へ向き直る。

 

「鴨志田先生、昨日中に提出しなきゃいけない書類をどこかに失くしちゃったみたいなのよ。私もその時授業には出てなかったから一緒に職員室中探し回ったんだけど、見つからなくて……結局、書類は体育準備室の机の上にあったけど、先生が制服を盗みに行くような暇はなかったわよ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、そうだ。トイレで出くわした教頭に書類のことを聞かれて、あると思ってた職員室にないもんだから慌てたぞ……もちろん、俺は高見沢の制服を盗んでなんかない」

 

 川上の話を聞いて、予想外といわんばかりの顔で問う園子に、鴨志田は安心したように嘆息してからそう答えた。それを聞いた園子は落胆した様子で空いている席に座り込んでしまう。

 

「あの、体育準備室って女子が体操服に着替えるのに使ってた空き教室に近いですよね。怪しい人物とか、見かけませんでしたか?」

「う~ん、別に怪しい人()見かけなかったわよ。ですよね、鴨志田先生」

「まあ、そうですね」

 

 蘭の問い掛けに、川上と鴨志田はそう答えた。収穫を得られず、「そうですか……」と残念そうに呟く蘭。

 

「そもそも、鴨志田先生が高見沢さんの制服を盗んだとして、それがどうして三島君の鞄から出てきたの? 三島君の鞄に入れる動機がないじゃない。先生、よく彼のことを気に掛けてたわよ」

「そうですとも。アイツ、最近妙に怪我していることが多いんですよ。心配して聞いてみても、本人は転んだだけって言って話を拒むし……」

「近藤君が彼を殴っているところを見たっていう生徒がいて私も一度問い質したんだけど、当の三島君が誤解だって言って、結局それ以上は何も出来なかったわ……」

 

 それまで黙って話を聞いていた暁は、問い質した時近藤は何と言っていたかと川上に尋ねた。

 

「え? え~っと、『俺達は中学も一緒だったから、仲良しなんすよ』って言ってたわよ。とてもそうには見えなかったけどね」

「仲良しと言えば……近藤の奴、最近校長と話していることをよく見――」

 

「私が、どうかしたかね?」

 

 そこへ、まるで話を遮るように校長がその太い図体で割って入ってくる。あからさまに嫌そうな顔をする園子。

 

「あ、校長! いや、別に何も……」

「校長先生。最近、近藤君と妙に仲が良いみたいですけど、何か理由があるんですか?」

 

 誤魔化そうとする鴨志田を無視して、川上が率直に近藤との仲について校長に問い質した。校長は一瞬舌打ちを抑えるかのように顔を歪めたが、すぐにいつもの厳格な表情――所詮、形だけだが――へと戻った。

 

「ああ、近藤君かね? 実は、彼は親戚の息子さんでね。空手部を退部になってから粗暴な振舞いが目立つから、面倒を見てあげてくれと頼まれているんだよ…………ところで、そこの鈴木君達は一体何をコソコソ探ろうと――」

「こ、校長! そういえば、最近車買い替えたそうじゃないですか! 前の車はフレームがひどく凹んでましたからねぇ。いやぁ、羨ましいなあ!」

「ん? ま、まあ、修理するのもなんだからね。せっかくだから新調したのだよ」

 

 鴨志田が校長の相手をしている隙に、川上が今のうちに職員室から出ろと暁達に手で促した。それに従って、職員室を後にする暁達。

 

 

 職員室から離れて、手近な手洗い場で立ち止まる三人。暁は顎に手を当てて考え込み、蘭は落胆している園子を気遣っている。

 

「はぁ~……絶対鴨志田が犯人だと思ってたのに。アイツ、前々から女子を見る目が怪しかったじゃない?」

「いや……確かにそうだけど。川上先生の言った通り、アリバイはあるし動機もないんだから、鴨志田先生は違うわよ」

「じゃあ、あのタマゴが犯人よ! あんな厭らしい性格してるんだし、三島君の鞄に制服を忍ばせてもおかしくないわ!」

「あのね、園子……」

 

 どんどん言っていることがいい加減になっている園子に、苦笑いを零す蘭。

 そんな話をしている二人に対して、今しがたまで考え込んでいた暁が口を開きかけた。

 

 

 

 ――その時、三人の横を複数の生徒が慌てた様子で走り抜けていった。

 

 

 

 何事かと思っていると、後から走ってきた同じクラスの生徒を蘭が捕まえる。

 

「ねえ、何かあったの?」

「三島がまたやらかしたんだ! 今度は近藤の彼女を襲ったって!」

 

 その生徒から、耳を疑うような言葉が告げられる。生徒は驚いている蘭の手を振りほどいて、走り去っていってしまった。

 

「襲ったって……ど、どういうこと?」

「……とにかく、行ってみましょう」

 

 神妙な顔付きの蘭に、園子は頷いて先の生徒を追いかける形で三島のクラスである2年C組へと向かっていった。

 走っていった蘭達とは別に、暁は密かに後をつけさせていたモルガナに自分のスマホを渡した。そして、何やら話してからモルガナをどこぞへと向かわせる。それを見届けると、暁は園子達を追って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 2年C組の教室に着くと、辺りは野次馬の集まりでごった返していた。あの生徒の話では、近藤の彼女である高見沢恭子が三島に襲われたとか。制服を盗んだ相手を今度は襲ったとあって、興味本位で集まる者が後を絶たない状態だ。

 

 幾分か背が高い暁が並んだ野次馬の隙間からC組を覗くと、近藤がその襲っている瞬間の証拠写真をスマホに映し出して周りに見せびらかしていた。被害者の高見沢が他の女子生徒に慰められているのも見える。肝心の三島は、教師によって連れて行かれた後のようである。

 

「そんな……」

「…………」

 

 暁がそのことを伝えると、園子と蘭は茫然自失といった状態で俯いた。

 

 ……恐らく、襲ったのは高見沢の方だ。それを三島が襲っているように見える形で近藤が撮影したに違いない。暁はそう推測した。証拠があるわけではないが、暁は例え違う世界であったとしても三島がそんなことをする人間ではないと信じたいのだ。しかし、昨日と同じ調子では、三島は昨日と同じく否定せずに罪を認めてしまうだろう。

 

 そのまま昼休憩が終わり、五時限目開始のチャイムが鳴って野次馬は自分達の次の授業がある教室へと向かっていった。

 五時限目は自習で、今は緊急職員会議の真っ最中だそうだ。三島のクラスの担任である鴨志田はもちろん、川上も出席しているようだ。

 前回に引き続き警察沙汰にはなっていないようだが、先日不祥事を起こしたばかりな所に立ち続けてとなれば、処分は免れない。退学処分は確定だろうとクラスメイトや周りの人間はまるで祭りのように騒いでいる。

 ……所詮は他人事ということだろう。だが、中にはその祭りに参加せず不安げな様子で見ているだけといった生徒達もいる。恐らくは、三島と友人関係にあった者達なのかもしれない。

 

「おい、静かにしろ!」

 

 会議に参加していない教師がそう言って場を鎮めようとしているが、はっきり言って何の効果もない。

 異様な状況に園子は机に片肘を突いて辟易し、蘭は俯いて暗い表情をしている。

 

「…………こんな時、新一がいてくれれば……」

 

 蘭の呟き声が、暁の耳に届いた。

 そういえばと、思い出す。例のヨーコの事件で、幼馴染の工藤新一という人物が高校生ながらに探偵をしているという話を蘭から聞いたのだ。恐らく、暁の隣にある空いた机は彼の席なのだろう。

 今まで数々の難事件を解決しているらしいし、その彼がいてくれれば真犯人を突き止めてくれるかもしれないが……今いない人物のことを考えても仕方がない。

 

 

 

 

 そして、祭り騒ぎも収まらない内にチャイムが鳴り、六時限目は通常通りの授業となった。その授業が終わって、帰りのホームルームの時間となっても、三島が教室に戻ることはなかったらしい。

 

「みんな、今日は部活動はせずに速やかに真っ直ぐ帰宅するように……寄り道なんかしちゃ駄目よ」

 

 ホームルームで川上はそう言い残し、暗い表情のまま教室を出て行った。

 興奮冷めやらぬ者は机に座ったまま友人と事件について話し始め、自分には関係ない話だという者は大人しく帰路に着き始める。

 

「コナン君、放課後にこっちに来るって言ってたけど、それどころじゃなくなっちゃったな……」

「校門で待ってるんじゃない? 帰りがてら拾っていきましょうよ。暁君も一緒に帰る?」

 

 そう誘ってくる園子に、暁は申し訳なさそうに少し用事があると言って断る。

 

「そう……じゃあ、また明日ね」

 

 下駄箱へと向かう蘭達を静かに見送る暁。

 

 彼女達の姿が見えなくなると、暁はそのまま人気のない階段の踊り場へ向かう。そこには、暁のスマホを抱えたモルガナが積み重ねられた机の上に座って待っていた。

 

「遅いぞ、アキラ」

 

 大して遅れたわけでもないが、とりあえず謝る暁。そして、例の件はどうだったかと聞く。

 

「ワガハイを誰だと思ってるんだ。お前に言われた通りアイツをつけてたら、案の定だ。バッチリ会話も録音してやったぞ。本当は動画を撮影したかったんだが、さすがに猫の身体じゃ厳しいからな」

 

 そう胸を張って答えるモルガナ。器用にスマホを操作して、ある音声を流し始める。最初は雑音ばかりであったりが、しばらく待つと聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『…………いやいや、上手くやってくれたものだ。これだけやれば、彼の退学に文句を言う人物は出てこないだろう』

『だろうねぇ。それよりおじさん、お礼はちゃんと用意してくれてるのか?』

 

 雑音交じりではあるが、間違いない。前者が肥谷校長で、後者は近藤浩之の声だ。気安い会話からして、親戚の息子というのは嘘ではなかったのだろう。

 

『もちろんだとも』

『へへ……貧弱な奴を嵌めるだけで金がもらえるなんて、ボロい商売だな』

 

 封筒を手に取るような音と、それを受け取る衣擦れ音が聞こえる。

 

『それにしても、三島の奴友達のためだか何だか知らねぇけど、あれだけやられて、よくもまあ何も喋らないでいたもんだ。俺だったらはなから見捨てて、おじさんが轢き逃げしたってこと吐いちまうぜ』

『そのことはあまり口にするなと言ってるだろう。せっかく、前校長の遺書を偽造をしてまでこの地位に昇りつめたというのに、こんなことで何もかも台無しになるなど冗談ではない…………秋山、だったかな? 君が彼を脅すために利用したという中学の同級生は』

『そうそう。三島がああいう性格してるのはよおく知ってたからなぁ。だから、三島本人じゃなくて秋山の彼女がトイレで用を足しているところを盗撮して、それをネタに秋山の奴を脅したんだ。三島がそのことを知れば、庇いに出てくるのは簡単に予想できた』

 

 そこまで聞いて、もう十分だと暁はスマホを操作して再生を終了させた。

 

 

 ……どうやら、暁の推測は完全に当たっていたようである。

 

 

 川上の『怪しい人()見かけなかった』という言葉が引っかかったのだ。あのイントネーションでは、怪しい人物は見かけなかったが、そうでない人物は見かけたと解釈できる。

 授業中、校舎内をうろうろしていても怪しまれない人物――それは校長だ。園子の話ではいつも仕事をせずにうろうろ歩き回っていたというし、そのせいもあって怪しいと捉えられなかったのだろう。

 それに、車。病院前で聞いた話と繋がりがあるとすれば……そう推測した暁は、校長と三島の因果関係を知るためにスマホを持たせたモルガナを寄越したのだ。怪盗団の参謀役、新島真のやり方を参考にして。

 

「どうする? これを校長に突きつけるか? それとも視聴覚室を使って学校中に垂れ流すか?」

 

 モルガナがそう言うが、暁は首を横に振った。

 証拠を突きつけようとすれば、校長はすぐに秋山の彼女の盗撮写真をネット中に拡散させるだろう。それは、三島の覚悟を踏みにじることになってしまう。

 

 暁はスマホを拾い上げモルガナを鞄に入れると、学校を出てある場所へと向かった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 暁が向かった場所――それは米花公園であった。

 

 その公園のベンチには、予想通り噂の渦中にある三島が座っていた。当たり前だが、昨日よりも顔色はすごぶる悪い。

 暁が声を掛けると、三島はゆっくりと顔を上げた。その目は虚ろで、それは元の世界で自殺を図った杏の親友である鈴井志帆を思わせた。

 

「もうこれ以上気に掛けないてくれって言ったのに……ホント変わった奴だよな。お前」

 

 そう吐き捨てるように言う三島は、何もかも諦めているかのように乾いた笑いを見せた。

 

「…………退学処分、だってさ。正式な手続きはまた後日になるらしいけど、それまで自宅謹慎だよ」

 

 皆が噂していた通りの結果となってしまったようだ。窃盗に暴行……これだけの理由があれば、退学にされても誰も文句を言うことはできない。

 

 

 ――それが犯人の狙いだったんだろう?

 

 

 予想外の暁の言葉に、三島は目を丸く驚いている。

 

「お前……もしかして、全部分かってるのか?」

 

 三島の問いに、暁はスマホを取り出し、例の録音データを再生した。三島にとっては全て分かっている内容だ。ヤツらの声など聞きたくもないだろうし、触りだけを流して再生を止める。

 

「どうやって、って言うのは聞かないでおくよ……それ、校長に聞かせてないよね?」

 

 もちろんだ、と暁は頷く。

 

「……ならいいんだ。聞かせてたら俺、お前のこと一生恨んでたかもしれない」

 

 それから、三島は淡々とした様子で事の発端と経緯を説明し始めた。

 

 ある日、三島は夜中にコンビニへ向かいに出掛けると、途中犬の散歩をしていた老婦が車に轢かれるのを目撃してしまった。

 車から出てきた人物は、自分の通う帝丹高校の新しい理事長兼校長――肥谷玉夫だったのだ。校長は三島が見ていることに気付くと慌てた様子で車の中に引き返し、倒れている老婦や吼え続けている犬を放置してどこぞへと走り去っていってしまった。

 

 それ以降、自分の見たことを警察に言うべきか悩んでいた三島。元々そういう経験がなかっただけに、すぐに行動に移ることができなかったのだ。意を決して警察へ連絡しようとしたところで、中学時代の友人である秋山から助けてくれというメールが届いた。

 

 中学時代から付き合っていた彼女がトイレで用を足しているところを、三島と同じ帝丹に通う近藤が自分の彼女――高見沢恭子と吊るんで盗撮したらしい。それをネタに秋山達が脅迫されていることを知った三島は、自分が何でも言うことを聞くから秋山達には手を出さないようにして欲しいと土下座して頼んだのだ。

 

 だが、それは近藤を使った校長の計画だったのだ。近藤と繋がっていた校長は、自分が轢き逃げしたことを黙っていれば秋山の彼女の盗撮写真をばら撒くような真似はしないと言った。近藤も三島が自分から頼んだ通り、彼を好き勝手遊びの道具として扱い始めた。三島は、自分が耐えていればいいと、ただただ我慢し続けた。

 

 しかし、あの窃盗に続く、暴行事件。校長達は、三島に悪評をつけて彼を退学に追い込もうとしていたのだ。三島が考えを変えて轢き逃げ事件について暴露しようとしても、誰も彼を信じないようにするために。

 

「一度、自殺することも考えたんだけど……校長から自殺すれば写真をネットにばら撒くって言われたよ。自殺なんてされたら学校の名前に傷が付くっていってさ。でも、今頃は逆に自殺して欲しいと思ってるかもね。これだけ悪さしたことになれば、世間は自業自得って思うだろうし」

 

 言いなりで終わるつもりかと暁は言うが……全てを諦めている三島の死んだ目は、何も映していない。

 

「そんなこと言われても……もう、どうしようもないだろう」

 

 その呟きには、諦めの中に隠れたやり場のない怒りが込められているように、暁は感じた。三島はそのままふらりと立ち上がると、暁に背を向ける。

 

「……多分、もう会うことはないだろうけど……気に掛けてくれて、ありがとう」

 

 それだけ言い残して、三島は公園を立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 ポアロに帰宅した暁とモルガナ。

 いつもとは違う顔付きに、梓が心配そうに眉を潜めている。

 

「おかえり……何かあったの?」

 

 そう聞く梓だが、暁はそれに何でもないと答え、今日はちょっと用事があるからバイトを休みたいと伝えた。明日については、定休日の水曜なので特に断りを入れなくても問題ないはずだ。

 

「え? う、うん。それは別に構わないけど……」

 

 暁は梓に礼を言うと、出掛ける準備のため地下室へと向かう。地下室では、ラヴェンツァがポアロに置かれている雑誌をソファに座って読んでいた。

 暁の顔を見たラヴェンツァはそれだけで全て理解したらしい。

 

「今から準備ですか?」

 

 ラヴェンツァの問いに、暁はニヤリと笑ってみせた。そして、告げる。

 

 

 

 

 ――怪盗団の出番だ、と。

 

 

 




ちなみに、近藤浩之と高見沢恭子の名前は、初代女神転生の原作である『デジタル・デビル・ストーリー』で、主人公の中島朱実を逆恨みから暴行した生徒達が元ネタです。








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