名探偵コナン×ペルソナ5   作:PrimeBlue

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前回、鴨志田が体育館に戻ってくるタイミングがおかしかったので、修正しました。
校長が体育館を出て行く時に入れ違いで戻ってきたとなっていましたが、そうするとその後電話しに行った暁の姿を見れるわけないですものね。


FILE.10 梓VSラヴェンツァ

 暁が傘を片手に米花高校へ登校してから数時間。朝の短い時間を除いてそれまで客も疎らだったポアロは、昼食を求めてやってきた常連客で賑わっていた。

 

 以前までマスターと二人で喫茶店を切り盛りしていた梓であったが、彼が事故に合ってからというもの、暁が引っ越して来るまでの間一人でポアロの業務を務めてきた。最初は無理だと思っていた梓。しかし、数日もすれば一人で料理をしながらお客の対応をしていくことにも慣れていき、平行して複数の作業を同時に裁いていく技術も身に付いた。結局のところ、気が付けば一人でも全く問題なくなっていたのだ。

 慣れとは恐ろしいものである。暁がこの話を聞いていれば、牛丼屋でのバイトを思い出してうんうんと頷いていたことだろう。

 

 とは言うものの、慣れたからといって楽かと言えばそういうわけではない。ただ、梓は暁が来てくれてから仕事終わりの疲れが少なくなってきているようには感じていた。彼がよく働いてくれて自分の仕事が減ったからというのもあるだろうが、それだけが理由ではないと梓は思っている。

 疲れが減るようになったのは暁の作ったコーヒーをよくご馳走になるようになってからだし、同じく暁の作ったカレーを昼食として食べるようになってからはそれが顕著になった。

 

「――本当に、不思議な子」

 

 お昼時が過ぎて、客がいなくなった店内で件のカレーを食べつつ、そう一人ごちる梓。

 実の両親を殺害した凶悪犯という容疑を掛けられた要注意人物かと思いきや、会ってみれば地味で大人しい――悪く言えば野暮ったい印象を受ける少年であった。きっと、彼と初めて会った妃弁護士もそう思ったに違いない。

 そんな少年は、見た目に反してしっかりとかつ素早く業務をこなしていき、梓を驚かせた。加えて、事故に合って入院しているマスターを心の底から心配した。そして、例の事件では梓は疑いを向けられたにも関わらず、彼は必死に擁護してくれて、果ては命まで助けてくれた。

 

 暁は人一倍正義感の強い少年なのだ。ああやって他人のことを思い、誰かを救うことができる人が、殺人を犯すなんてことするわけがないと、梓は胸の奥底にあった暁への疑念を払い除けた。

 それからというもの、梓は肉親を失った暁の家族代わりになってあげたいと思うようになった。高校生とはいえ、彼はまだ成人もしていない子供だ。後見人の妃弁護士は忙しくてそういった役割を担うことは難しいだろうし、少し頼りないかもしれないが姉として暁のことを支えようと決意したのだ。

 

 ……沖野ヨーコの隠し撮り写真を持っているのを見た時は目を疑ったが、本人は頂いた物(・・・・)と言っていた。恐らく、本当のことなのだろう。ずいぶんと大人びていて時々同い年かそれ以上と思ってしまうこともあるが、暁はまだ高校生なのだ。アイドルやそっち方面に興味を持つのは当然である。

 

 綺麗に食べ終わったカレーの皿を目にした梓の頭の中に、暁の顔が思い浮かぶ。

 彼が掛けているあのファッショングラスは、本来の用途のファッションとしてではなく目立たないために掛けているのかもしれない。彼の素顔はネットに拡散してしまっているからだ。

 梓は彼がそうせざるを得ないことを察して、歯痒い気持ちになった。暁はあの眼鏡のせいで地味な印象を受けてしまうが、よくよく見れば端正な顔立ちをしているであろうことが伺える。非常にもったいないことだ。

 

 気にしないで外せばいいのに、と思いつつ眼鏡を取った暁と喫茶店で働いている様子を想像する梓。

 

「……美男美女ウェイトレスって騒がれたりして――って、私何考えてるんだろ! 相手は高校生なのよ、梓!」

 

 一人で顔を赤くして、スプーンを片手にキャーッと身体を横に揺らす梓。自分で美女と言っている辺り、容姿には多少なりとも自信があるらしい。まあ、常連の客から割とロリ顔だけど美人だと言われることも多く、先の事件では男性に目を付けられるという経験もしたのだから、少しばかり自意識過剰になってしまうのも仕方ないだろう。

 

 そこへ、はしゃいでいる梓しかいない店に客の来店を伝えるベルの音が響き渡る。

 

「うひゃッ……い、いらっひゃいまへー!」

 

 恥ずかしい現場を目撃されたかと焦り、呂律の回らない舌で接客の挨拶をする梓。

 だが、慌てて振り返った玄関には、梓のこれまでのウェイトレス経験にない珍妙かつ予想外なお客が立っていた。ドアの閉まる音を背にそこへ立つのは、入り口の高さの半分ほどしかない背をした外国人の少女であったのだ。

 玩具屋などならまだしも、喫茶店に子供が一人で来ることなんてそうそうない。ましてや、外国人である。梓は先ほどとは違う意味で焦りを覚えた。

 

(ど、どうしよう。私英語はあまり得意じゃないんだけど……)

 

 顔汗を垂らしながらどう対応すべきか迷っている梓のことなど気にせず、件の少女はトコトコと梓の正面にあたるカウンター席によじ登る形で座った。子供に似つかわしくない澄ました顔で椅子によじ登る様は、何ともシュールである。

 どこぞのご令嬢か何かなのか、着ている群青色のドレスはまるで少女のためだけにあつらえたかのようにお似合いである。蝶の飾りをあしらったヘッドドレスも相まって、ファンタジーの世界からやってきましたと言われても納得できるだけの神秘さを醸し出していた。それだけに、普通の外国人よりも実に話しかけにくい。

 

「……ドゥ、ドゥーユースピークジャパ――」

「給仕。マイトリックスターの作ったカレーと、食後にコーヒーをお願いします」

 

 梓が中学生以下の英語で必死の意思疎通を図ろうとしたところ、少女はあっけらかんとした様子でそう注文を述べた。ものすごくお高くとまっている。

 

 ――マ、マイトリックスターって何ッ!?

 

 梓の頭は聞きなれない言葉と不可思議な客によって混乱攻撃(プリンパ)の直撃を受けてしまう。

 マイトリックスターとは一体全体何のことだろうか。人のことを指しているとは思うが、そんな呼ばれ方をする人物に梓は心当たりがない。ポアロでカレーといえば、最近は暁の作ったカレーのことを指す。評判も良いし、もはやカレー作りは彼に任せっきりの状態だ。

 ……少なくとも日本語は通じるのだ。梓はその事実に幾分か冷静さを取り戻し、応対を試みる。

 

「……え、えっと、ウチはカレーは一種類しか用意していなくて……そのマイトリックスターという方の作ったものは――」

「ですから、そのカレーを用意しなさいと言っているんです!」

 

 ――急にキレた!?

 

 小さな両手でバンとテーブルを叩く少女を前に、びくんと震えて半泣きになる梓。

 マイトリックスターとは、まさか暁のことを指していたのだろうか? 暁のファンか何かだろうか? なんとなく予想していたけれど、やっぱり彼は女性にモテるのかデモコンナチイサイ子ニマデモテナクテイイダロウ。

 何とか冷静さを取り戻そうとしていた梓の頭は、もはやコンセントレイトからのテンタラフーが効果を成したかの如き状態である。

 

「まさか貴方、マイトリックスターのカレーを独り占めするおつもりですか? どうなのです!?」

「ひいッ!? す、すぐに用意しますぅー!!」

 

 某検事の如くバンバンとテーブルを叩き続ける少女。梓は慌てて自分が先ほどまで食べていたカレーの皿を片付け、首にナイフを突きつけられているかのような面持ちで少女の分のカレーを用意した。

 

「お、お待たせしました……」

 

 目の前に目当てのカレーが置かれると、少女は実に満足げな顔で微笑んだ。「あの検事の攻め方はなかなか効果があるようですね」と言いながら、カウンターに置かれた食器を手にする少女。だが、手に持っているのは明らかにスプーンではなくお箸である。

 

「あの……お、お箸じゃなくて、スプーンじゃないと食べられないと思いますけど……」

「何を言うのです。お米はお箸で食べるものなのでしょう? そのくらいは私もお姉様から聞いています。そんなスプーンなどという首を狩るための武器を使うはずがありません」

 

 ――ああ、本当に、何だこの少女は。浮世離れしすぎている。

 

 もはや思考停止してしまった梓を尻目に、少女は箸を使ってカレーを食べようと試みるが……どうも箸を上手く使えていない。というよりも箸を持ったことさえないのか、彼女は箸二本をグーで握り締めて槍のように米とルーを混ぜたり突いたりしている。

 

「……スプーン、使う?」

「…………はい」

 

 

 

 

 しばらくして、少女は暁の作ったルブランカレーを完食した。

 一口食べる度に意味不明な感想を述べていたのにはさすがに辟易してしまったが、徐々に慣れてきた梓は単純に話し相手が欲しいだけなのかなと思い始めていた。

 

「はい、食後のコーヒーですよ」

「ほう……これがコーヒー。この吸い込まれるような黒さは、まさしく悪魔の飲み物という名に相応しい飲み物ですね」

 

 梓は少女の子供らしからぬ言葉を聞こえなかったフリをして、そのコーヒーを少女に差し出す。子供なので比較的酸味が少ない豆を、暁に教わったやり方で淹れたものだ。もちろん、ミルクの入ったミニピッチャーも添えているし、少女の目の前には角砂糖の入ったお椀が置かれている。

 しかし、少女はそれらをものの見事にスルーしてコーヒーをそのまま口に含んでしまう。

 

「……………………」

 

 まるで人形のように綺麗な少女の顔が微妙に歪む。寄せられた眉根に、真一文字に閉じられた口。目尻には涙が少し溜まっている。

 

 ――うん。苦かったんだね。ブラックだもん、そりゃそうだよね。

 

 その様子に微笑ましくなる梓。恐ろしく変わった子ではあるが、子供であることは変わりないようだ。

 

「えっと、苦いだろうから砂糖とミルクを入れて――」

「? なるほど。コーヒーとはそれらを入れて飲むものなのですね」

 

 少女は梓に教えられた通りに角砂糖とミルクをコーヒーに入れた。角砂糖はそれが入っているお椀ごとコーヒーにぶち込もうとしかけていたので、慌てて梓が一、二個で十分だと伝えて何とか事なきを得た。マドラーでよく掻き混ぜ、ようやっとまともにコーヒーを味わい始める少女。

 

「……ふむ、マイトリックスターの淹れたものでないのが残念ですが、コーヒーとはなかなかどうして味わい深いものですね。香りも、不思議と落ち着きが得られます」

 

 気に入ってもらえたようで何よりであるが、涙目で苦味を堪えていた手前格好がついていないのはご愛嬌である。やがて、彼女はそのコーヒーを綺麗に飲み干した。

 

「ご馳走様です。このお腹の満たされる感覚から得られる安心感……食事とは実に感慨深いものですね。とても有意義な時間を過ごせました」

「ど……どうも」

 

 まるで生まれて初めて食事をしたかのような物言いだ。見た目は不思議の国のアリスのような少女であるのに、不思議の国に迷い込んだのは自分の方なのではないかと、梓は思わず乾いた笑いが出た。

 さて、食事も終えたのだし、後は会計を残すのみ。この妙ちくりんなお客様との会話もこれで終わりかと思うと、今までにない達成感に安堵すると同時に少し名残惜しさを覚える梓。

 

「それでは、お客さん。お会計を――」

「対価の支払いですね。心得ています。どうぞ、お受け取りください」

 

 梓の言葉を遮って、少女は懐からがま口の財布を取り出した。カレーとコーヒーで締めて800円の支払いとなる。梓は少女からお金を受け取るため、手の平が上になる形で両手を差し出した。

 

 

 

 次の瞬間、とんでもない量の500円玉硬貨が滝の如く梓の両手を襲った。

 

 

 

「え、えええ、えええええ!? えええええええええええーーーーッ!!?」

 

 カウンターから零れ落ちた無数の硬貨がけたたましく耳を弾き出す。明らかに財布の許容量を越えた量の硬貨が一向に止まる気配もなく落ち続け、あっという間に梓の両手は500円玉の山に埋もれていく。その山で、少女の顔すら見えなくなってしまった。

 

「全く、マイトリックスターは自分が支払ってきたお金のことを忘れているのでしょうか。わざわざ持ってこさせようとしなくても、こうしてそのお金を使えば済む話だというのに」

 

 少女が何かブツブツ文句を言っているが、もちろん梓は聞いていない。あまりのことに一瞬意識を失いかけたが、未だに硬貨を落とし続けている彼女を止めるために必死に声を上げる。

 

「二枚! 二枚で十分だから!!」

 

 その言葉を聞いて、少女は驚いたような顔をして下に向けていた財布を引っ繰り返した。落下した衝撃で響く耳障りな金属音がようやく収まる。

 

「たった二枚でよろしいのですか? 私が得た満足感に対する正当な対価としては、あまりにも不釣合いかと思いますが……そうであれば、仕方がありませんね」

 

 そう不満げに言って、少女は山のように積もった硬貨をそのがま口の財布で掬い始めた。「アバドン製のお財布にしておいて良かったです」と言いながら、まるで掃除機を使って吸い込んでいるかのように硬貨を綺麗に回収していく。一分もするとほぼ全ての硬貨を回収し切り、ついさっきまで硬貨の山に埋もれていた梓の手の平には二枚の硬貨だけが残されていた。

 

「…………あ、ありがとうございました」

「こちらこそ。今後もお世話になると思いますので、どうぞよしなに」

 

 また来るつもりなのか。梓としては、できれば常連にはなって欲しくないものである。

 少女はドレスの裾を摘まんで優雅に一礼すると、カウンターの奥にある扉から地下室へと入っていった。それを見送り終わると、ドッと梓の身体を疲れが襲い、そのままカウンターに突っ伏してしまう。まるで一週間分働いたかのような精神的疲労を感じた。

 

「……って、お客さん、お釣り!」

 

 200円のお釣りを渡していないことに気づいた梓は、カウンターから起き上がると急いで少女の後を追った。奥の扉を開き、床下扉の先の地下室へと入る。梯子を降りると、そこには件の少女が姿勢正しくソファに座って分厚い本を読んでいた。

 

「お客さん! お釣り忘れてますよ」

「まあ、わざわざどうも」

 

 無事少女にお釣りを渡し終えると、梓は安心して梯子を昇って店内に戻っていった。

 それにしても良かった、地下室にいてくれて。店の外に出ていたら見失っていたかもしれない。

 

 

 

「……………………え゛?」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 そして、梓が少女――ラヴェンツァを問い質しているところに帰ってきたモルガナ。

 ラヴェンツァは、『暁に地下室に閉じ込められた』『そこから出るなと言われた』と答えた。"閉じ込められた"というワードで変に勘違いした梓がショックを受けて泣いているところに暁が帰宅して、現在に至る。

 

 続いて、梓にどういうことか問い質される暁。

 ラヴェンツァについては、暁の母の祖父の兄の娘のいとこの叔父の知人の孫であるということにした。

 物心ついた時から親がいないラヴェンツァは今まで祖父と共に日本で暮らしていて、暁の家族とも交流があった。最近ラヴェンツァの姉兄がいる母国のスウェーデンへ帰国することになったが、彼女は東京へ引っ越した暁のことを心配して無理矢理日本に残ったのだ。

 この生い立ち話を一息の内に考えた暁は、元の世界の協力者から教授された技術を行使し、梓にさも真実であるかのように解説した。もちろん、その技術とは杏の大根演技術のことではなく、政治家である吉田寅之助の演説技術のことだ。

 

「そんな……暁君だって大変なのに、こんな小さな子を残して帰国するなんて……」

 

 即興の作り話をすんなりと信じてくれた梓。吉田先生様々だが、こうもちょろいと逆に不安である。

 梓は心配そうな顔をしながらラヴェンツァのことを見ている。彼女の祖父(架空)を非常識だと思いつつも、それを言葉に出して肉親を貶してはいけないだろうと思っているのかもしれない。

 

「問題ありません。イゴールお爺様は、マイト――こほん、暁お兄様の元なら大丈夫だと言っていました。実はこのモルガナも、天涯孤独となってしまった暁お兄様を心配したお爺様が寄越した猫なのです」

 

 それを察してか否か、ラヴェンツァがそう答えた。ついでに、モルガナの首根っこを掴み上げて彼についても付け加えている。大体合っているところが何とも言えない。

 ところで、彼女が暁のことを"お兄様"と呼んでいるのは、話を聞いて悩んでいる梓に隠れて呼び方について話し合ったからである。"お兄ちゃん"はどうかと暁は提案したが、「貴方は番長ではないから駄目です」と意味不明な返しをされ、最終的に今のような呼び方になった。番長とは。

 妹扱いされることにも妙に不服そうな顔をしていたが、マイトリックスターと呼ばれるよりかは断然マシである。

 

「……はあ、追い出すわけにもいかないし、しょうがないか。明日は午後までポアロを臨時休業させて、マスターに事情を説明しに行こう。もちろん、二人共一緒にね」

 

 どうやら、ラヴェンツァが暁と共に地下室に住むことを許してくれるようだ。もちろん、マスターに説明しなければいけないことは分かっているので、暁は梓の言葉に頷く。明日は少し遅刻してから学校へ登校することになった。

 

 ちなみに、暁はモルガナに約束していた寿司折りのことを綺麗さっぱり忘れていた。未だにラヴァンツァに首根っこを掴まれたまま苦しそうにしているモルガナ。彼自身も忘れているようなので、このまま黙っておくことにしよう。

 

「た、タスケテクレ……」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 翌日、ラヴェンツァを連れて米花総合病院を訪れた暁達。マスターは前と同様、何でもないような笑顔でラヴェンツァがポアロに住み込むことを許してくれた。

 

「今更一人や二人増えたところで、オーナーの小五郎君も五月蝿く言わないだろうし。まあ、暁君の時も特に連絡はしてなかったんだけどね」

 

 そんな適当でいいのだろうか。

 毛利探偵は暁と初めて会った時、ポアロに住み込みで働いている者がいるとは知らなかった様子であった。それもそのはず、そもそも連絡が行っていなかったのだ。それに対して何も言わない毛利探偵も毛利探偵だが、まあオーナーとの付き合いは長いようだし、とやかく言うつもりにならなかったのかもしれない。

 

 マスターはお辞儀するラヴェンツァをじっと見つめながら、意味深にうんうんと頷いている。

 

「……何か?」

 

 その視線に気づいたラヴェンツァが首を傾げて問うが、マスターは何でもないとばかりに首を横に振った。

 

「いやいや、ラヴェンツァちゃん……だったね。初めまして。イゴールというお爺ちゃんにも、よろしく伝えておいてくれるかな」

 

 そう言って、マスターはラヴェンツァに包帯で拘束されていない右手を差し出し、握手を求めた。ラヴェンツァは訝しげな顔をしつつも、それに応えて握手を交わす。

 

「……スウェーデンって、電話料金いくらぐらい掛かるんだろう」

 

 よろしく伝えてくれというマスターの言葉に、自分のスマホを取り出して電話料金を調べ始める梓。そもそもイゴールはスウェーデンにはいないので、掛ける電話番号すら存在しないのだが。掛ける先があるとしたらベルベットルームだが、電話料金はいくらになるのだろうか。

 

「お爺様は以前持っていたイビ――電話を壊して以来、新調していないのです。お姉様方は忙しい方達ですし、私の方で手紙を送っておきましょう」

 

 先んじて、ラヴェンツァがそう誤魔化すことで事なきを得た。まあ、彼女なら暁にしているようにアルカナカードを電話に見立てて連絡を取ることもできるし、蝶に変化している時みたいに念話のようなこともできるだろう。

 

 それにしても、と暁は考える。ラヴェンツァとマスター……二人の間に妙な距離感があるのを覚えたのだ。まあ、彼女にも苦手な部類の人間が一人や二人いてもおかしくはないだろう。

 

「……おい、そろそろ学校に向かった方がいいんじゃないか?」

 

 鞄から少し顔を出したモルガナにそう言われ、腕時計で時刻を確認する暁。そろそろ学校に向かわないといけないと、梓に伝える。

 

「あ、そっか。じゃあラヴェちゃんは私がポアロに連れて帰っておくね」

「ラヴェちゃ……」

 

 呼び方に不満そうなラヴェンツァを梓に任せ、暁は病室を後にしていった。

 

 

 

 

 病院を出た暁は、そのまま学校へ向かおうとする。

 その途中、来る時は気が付かなかったが、病院の入り口近くに首輪を付けた犬が座り込んでいるのを見かけた。看護師の人や警備の人が、その犬を優しく撫でるなどして構ってあげている様子が見て取れる。

 

「可哀想にね……」

「この子のご主人、事故で亡くなったんだっけ?」

「そうよ。元々お年を召していたお婆さんだったし、病院に運ばれた時にはもう手遅れだったわ」

「事故を起こした車は、そのまま逃走したって……まだ犯人の特定もできてないらしいよ。誰か目撃者がいてくれればいいんだけど……」

 

 聞き耳を立てている暁の耳に、そんな話が聞こえてきた。

 どうやら、あの犬は病院に運ばれて間も無く亡くなった老婦のペットのようである。老婦は夜中、人気のない交差点で倒れているのを犬の鳴き声を聞きつけた近所の住人に発見された。場所と残されたタイヤ痕からして、信号無視した車に撥ねられてしまったと警察は断定したらしい。

 あの犬は主人が亡くなったことも知らずに、その主人が出てくるのを待って入り口でずっと待ち続けているのだ。

 

「健気だな……轢き逃げしたっていう犯人は一体どこのどいつだ。猫じゃなくても、ワガハイ許せないぞ!」

 

 暁はモルガナの言葉に頷き、静かに憤りを覚えながら学校へと足を運んでいった。

 

 

 




また長くなったので、元々一話だったものを二話に分けました。大体一話8000~10000文字くらいあれば丁度いいかなと考えています。

今回のサブタイトルはラヴェンツァの名前が入ってしまっているので、目次を開いた時点でネタバレになってしまうんですよね。大丈夫かどうか不安ですが……問題があれば変更しようと思います。




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