私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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 おかげさまでこうして悩みながらも最新話を書き上げることが出来ました。
 また誤字報告して下さった皆様、ありがとうございました。

 この最新話を全国の千冬さん好きに捧げる!



私だって休みたい。

「じゃあ今日はここまで!」

『ありがとうございました!!』

 部室前でのミーティングを終えて部員たちが一斉に帽子を取って礼をする。高い声がグラウンドに響く。

 部員達は荷物を持ってそれぞれ部室に引きあげていった。

 今日は冬の寒空の下ソフトボール部の練習に顔を出していた。何でそんな事をしているのかと言われれば俺がソフトボール部の顧問だからだ。

 基本的にどの職場でも若い者はこき使われる。近年は女尊男卑の傾向なので男性なら尚更だ。

 まあ、別に運動が嫌いな訳ではないので構わないが。

 ダッシュメニューやシートノックを(おこな)って汗をかいたので、体が冷えないうちに体を拭こう。タオルを探してバッグを漁る。だが、いくら手を動かしてもタオルの感触は無い。

「あれ? タオルを忘れたか?」

「どうかしましたか? 倉見先生」

 ショートカットの女生徒に話しかけられた。彼女はこの部活の部長で佐々木さん。二年生の整備科の生徒で、その繋がりで俺に顧問を要請してきた。

 近年の女性には珍しく、男性相手でも丁寧に接してくれる。俺は誠意には誠意で返す主義なのでそれに答えた形で顧問になったのであった。

「いや、タオルを忘れてしまったみたいでな。あと俺は先生じゃない」

「そうでしたね。タオルなら私のをどうぞ」

 タオルをバッグから取り出して俺に差し出して来た。それに手を伸ばそうとして止める。

 ここで受け取ってしまったら『女子高生のタオルに顔を埋める成人男性』という絵面が出来上がってしまう。(はた)から見たらただの変態みたいになるな。それだけは避けなくては。

「いや、佐々木さんも使うだろう? 遠慮しておくよ」

 やんわりと手を振って断る。

「私にはもう一枚あるので遠慮しなくていいですよ」

 バッグからもう一枚タオルを見せると俺にもう一度タオルを近づけた。ここまで言われてしまうと断ることは難しい。仕方が無いか。

「そう言う事なら貸して貰おうかな。また今度洗って返すよ」

「お構いなく。そのまま返して下さい」

 受け取ろうとしていた手が再び止まる。

「いや、俺の汗が染み込んだタオルを持って帰るのは嫌だろう?」

 借りたものは綺麗にしてから返すのはマナーだと思うので、彼女の気遣いを否定する。後で『汗くさいタオルを押し付けられました』何て言われても反論できないしな。

「そんな事気にしませんよ。むしろ私としてはそっちの方が嬉しいし……

「え? 今なんて?」

「何でもないですよ~。ささっ、遠慮なく私のタオルを使って下さい」

 何を言っていたかは気になるが、突っ込むだけ野暮だろう。どうせ煙に巻かれるだけだろうし。拭いたら強制的に持ち帰って洗わせて貰おう。

 俺は佐々木さんが握っているタオルに向けて手を伸ばした。

「あー! 部長が抜け駆けしようとしてる!」

「何!? どこだ一年!」

 運動部特有の良く通る声質で叫んだ。それによって部室の中に居た部員たちも扉を開けて出て来る。

 佐々木さんは目にも止まらぬはやさで羽交い締めにされ、他の部員に取り押さえられてしまった。

「さて、キャプテン。何か言い分があるかね?」

「ち、違うのみんな! 私はただ倉見さんがタオルが無くて困っているみたいだったから」

「本当ですか?」

 部員の一人が問いかけてきた。俺は無言で(うなず)く。

「ふむ、他に証言は?」

 ビシッと元気よく手を挙げる子がいた。最初に声を上げた少女だ。

 仕切っている二年生から促されると口を開いた。 

「洗わないで返して下さいって言ってました!」

有罪(ギルティ)。連れて行け」

「そ、そんな! キャッ!?」

 あれよあれよと言う間に佐々木さんは複数人の部員に担ぎ上げられる。その様子はまるで神輿の様であった。

 一瞬の出来事だったので、止めることも出来ずにその場に立ち尽くす。可哀想なので何とかして止めてあげたいが俺が言っても火に油を注ぐだけな気がした。

「全く騒がしいな、何をしている」

 凛とした声が耳に届く。さっきまで騒ぎたてていた部員達は静まっていた。

 奥を見ると千冬さんがいつもの黒のスーツ姿で立っている。片手には紙袋を持っていた。

「どうしてこのような騒ぎになったのか教えろ。場合によっては……分かっているな?」

「は、はい! 実は……」

 部員の一人が耳打ちで千冬さんに事のあらましを伝えた。

「ハァ、取りあえずそこから下してやれ、騒ぐのもいいが問題だけは起こすなよ」

『はい!』

 全員が返事を返す。カリスマ性の違いなのだろうか? 俺にはあの様に生徒をまとめることが出来ない。千冬さんのすごさを改めて実感した。

 そして千冬さんは俺に視線を移すと、紙袋からタオルを取り出して俺に向かって投げてきた。

 俺は左手でそれをキャッチする。

「准、お前にはそのタオルを貸してやる。そのうち洗って返してくれればいい」

「ありがとうございます」

 借りたタオルで汗を拭っていると、千冬さんは俺の近くまで歩いて来た。

「この様子からして部活は終わっているな。一緒に帰ろう。ちょっと先で待ってる」

 声の大きさを抑えてそう言った。特に断る理由もないので首を縦に動かして了承する。

 それを確認すると千冬さんは先に歩いて行った。

「じゃあ俺も行くけど、ちゃんと部室の鍵をかけて職員室に戻しておいてね」

「はい、お疲れ様です」

「お疲れ様」

 俺は荷物を背負って挨拶を返すと、上着を羽織ってその場を後にした。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 しばらく歩いて部室棟の外にいた千冬さんに合流した。

「来たか」

「寒いのに外で待たせてすみません」

「私から言い出したことだ。別に構わない。行くぞ」

 俺の隣に立って帰ろうと促す。髪が風で(なび)く。シャンプーの香りだろうか? 何だか甘い香りを感じてドキッとした。匂いを嗅いでドキドキするとか俺は変態かよ……。

 気分が沈みそうだったので話題を提供して、思考を切り換えることにした。

「千冬さんはどうして部室棟に居たんですか?」

「私も部活を見ていたんだ」

「そういえば茶道部の顧問でしたね」

「ああ、その帰りにあれを見てな……」

「うちの部員がお騒がせしました」

「准には世話になってるからな。あれぐらいは構わないさ」

 やって当然みたいに、さらっと流せる所が男らしいと言うかカッコイイよな。

 よっ! 男前! ……これ本人に言ったらすごい怒られそうだな。

 そんな事を考えながら歩いて、やがて自室の前にたどり着いた。ポケットの中から鍵を取り出して鍵穴に差し込んで開錠した。

「じゃあ俺はこれで」

「ちょっと待て」

 上着の袖を引っ張られたので振り返って彼女の顔を見た。

「どうかしましたか?」

「この後、時間はあるか?」

 俺の様子を窺うようにして問いかける。視線をあちこちに移動させて落ち着きが無い。

「用事も特にありませんし、暇ですね」

「なら丁度いい。茶道部の連中から余りの菓子を貰ってな。一人じゃ食べきれそうにないから手伝ってくれ」

 そう言って手に持っていた紙袋を掲げる。

「いいですよ。あ、でもシャワー浴びたいんで少し待ってもらっていいですか?」

「ああ、じゃあ炬燵で待ってる」

 俺よりも先にドアノブに手をかけて中に入って行った。

 なんか最近千冬さんが部屋にいる事が増えた気がする。逆に来なかった日はいつだったけ?

 ……思い出せないな。こんなんじゃ交際してるなんて噂が立ってもおかしくない。世界女王(ブリュンヒルデ)のスキャンダルとなったら日本どころか世界中が大騒ぎだ。ハァ、頭が痛い。

 考え事は後回しだ。いつまでも待たせる訳には行かないしさっさと風呂に入ろう。

 俺は入ってすぐ横のバスルームの扉に手をかけた。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 髪に残った水気をバスタオルで拭き取りながらキッチンでお湯を沸かす。マグカップを二つ棚から取り出して振り返る。

「千冬さんは何飲みます?」

 そう聞いたがまるで聞かなかったかのように窓の外を見つめている。聞こえてないのか?

「千冬さーん。聞こえてますか?」

 手を振りながらそう問いかけるも微動だにしない。しばらく黙って様子を見ていると、こっちを向いて目を細めた。

「だから、『さん』はやめろって言っただろう」

 覚えていたのか。あの後酔っぱらって寝てしまったから忘れている事を期待していたが、世の中そう簡単に行かないらしい。約束した以上はこちら側から破る訳には行かない。こうなったら腹をくくろう。

「千冬は何が良いですか?」

「緑茶で頼む」

 今度は普通に受け答えをしてくれたが、俺は呼び捨てをすることに恥じらいを覚える。そんな俺に対して嬉しそうに微笑んでいる千冬さんを見て余計恥ずかしくなった。

 俺の恥ずかしがる姿はそんなに面白いですかね? 動揺を抑える為に視線をマグカップに戻して、一つには緑茶のティーパックを、もう一つにはインスタントコーヒーを入れた。

 お湯が沸くまでに表情を戻して、それぞれのカップにお湯を注ぎ炬燵へ向かった。

「お待たせしました。どうぞ」

「ありがとう」

 千冬さんはマグカップを受け取って机に置いた。紙袋からお菓子を取り出して机に並べて行く。饅頭や最中(もなか)、茶道部のお菓子だからかあんこ系が多い。俺も緑茶にすればよかったかな。

「さ、遠慮なく食べてくれ」

「じゃあ、遠慮なく頂きます」

 一番近くにあった饅頭を手に取ってパッケージをはがして一口目を齧った。皮のふわっとした食感とあんこの甘味が口に広がった。

「久々に食べたけど美味しいですね」

「気に入ってくれて良かった」

 千冬さんはマグカップを両手で包んで暖を取る。水面に二度息を吹きかけてから口元に近づけた。

「あちゃっ」

「フッ」

 俺はあまりにもシュールな光景に思わず吹き出してしまった。

 あの千冬さんが「あちゃっ」だって……

「そう笑う事無いだろう!」

「いやだって……」

「ええい、忘れろ!」

「分かりましたよ。次は少し(ぬる)めで入れますね」

「だから忘れろと……」

 うつむいてそう呟いた。

 これ以上弄ると鉄拳制裁を食らいそうなので話題を切り換える事にしよう。

「そういえば、今年もあと少しで入試ですね。千冬は今年も実技試験担当なんですか?」

「そうだ。だが毎年毎年、記念受験の奴が多くて困る。面倒だ」

 IS学園は世界中から生徒が集まる。知名度も桁違いだ。そのため毎年記念受験として試験を受けに来る輩が多いのだ。面倒だからといって試験を行わない訳にもいかないし、厄介な事この上ない。

 俺の様な裏方ですらそう思うのだから実際に試験を行う千冬さんはたまったもんじゃないだろう。有名だから千冬さん目当てで受験する奴とかいそうだし。

「それに今年は休みたかった」

「なんかあるんですか?」

「一夏も今年受験なんだ。前日と当日くらいは休みたかったがガッツリ試験日と被ってな」

「ああ、成程」

 そう言えばよく話題に出てくる一夏君も中学三年生か。受験日当日ぐらい家族としてエールを送りたかっただろう。だが千冬さんの代わりもいないのが現実。いないと試験が回らないぐらい受けに来るからな……。

「しっかり応援してやりたかったんだがな……」

 ハァーとため息をついて顔を伏せた。

 思い出してまた落ち込んでしまったみたいだ。うーん。触れてはいけない話題だったか。

 何とかしてあげたいが俺が代わってISの実技試験をするって訳にもいかない。だって俺男だし。

 じゃあどうするか。打開策を考えて俺が中学のときにしてもらった事を思い出した。

 立ち上がってパソコンが置いてある机の前に移動、引き出しを開けてある物を取り出した。

「千冬」

「ん?」

 呼びかけに答えて顔を上げた。

「良かったら使って下さい」

「これは便箋か?」

 千冬さんは俺が差し出した物を受け取った。

「ええ。何の解決にもなってませんけど直筆メッセージでも書いてあげて下さい。電話とかより手間がかかる分、受け取る側からすれば嬉しいですし、何回も読み返しが出来ます。俺も中学のとき両親に貰ったのを覚えてます」

 千冬さんは俺の話を聞きながら、じっと便箋を見つめた。

「准、ボールペン貸して貰えるか」

「いいですよ」

 俺は筆立てから一本ボールペンを取って差し出すと、千冬さんは早速便箋にメッセージを書き出した。

 その食いつき具合からしてどうやら喜んでくれたみたいだ。表情もさっきとは打って変わって明るいものに変わっていた。

 だがその優しい微笑みは俺では無く、まだ見ぬ少年に向けられたもので、これからも俺に向けられることはないのだろう。

 そう思うとほんの少しだけその少年が羨ましかった。

 ほんの少し。そう、ほんの少しだけだ。決して嘘はついていない。ホントだよ。


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