私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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 今回は砂糖を増してみました(当社比)

 


私だって羨ましい。

 昼休み。午前中の仕事を終えて職員室の机の上に弁当を広げた。

 今日のメインは昨夜(ゆうべ)の残りのハンバーグ。それにニンジンやブロッコリーといった付け合わせ。白いご飯には黒ゴマを振って質素さを誤魔化して、見てくれはいい感じに仕上がっていた。

「む、准は手作り弁当か」

 千冬さんは俺の後ろから覗き込むようにして話しかけて来た。

「ええ、昨日の残りですけどね」 

「そうか、昨日はハンバーグだったのか。行けばよかったな……」

 千冬さんは顎に指を添えてそう言った。そこまでじろじろ見られると食べづらいです。

「千冬さんは好きなんですか? ハンバーグ」

「ああ、好きだぞ。家庭の味って感じでいいじゃないか」

 これは遠回しに『さっさと寄越せ』って言っているのだろうか。まあ別にそこまで腹が減っている訳でも無し、千冬さんにお裾分けしてみよう。

 三個あるうちの一個を弁当箱の蓋に乗せて差し出した。

「良かったらどうぞ」

「いや、別に催促していた訳じゃ無い。悪かった」

 手をひらひらと振って否定する。

「昨日多く作り過ぎて食べ飽きてるんですよ。千冬さんに食べて貰わないと俺が困ります」

「……そういう事なら」

 ダメ押しの台詞に折れた千冬さんは、俺から差し出された蓋を受け取ると、隣の空席の椅子を引いて隣に座った。

 片手に持っていたビニール袋を机に置く。チラッと見えた中身は総菜パン。どうやら購買に行って来たみたいだ。

「割り箸か何か持ってないか?」

「ああ、それなら」

 机の引き出しを開けて、コンビニで貰った割り箸を取り出す。忘れたとき様にストックしてある物の一つだ。

 千冬さんに俺はそれを渡す。

「済まない」

「いえ、このぐらいは」

 早速千冬さんは箸でハンバーグを切り分けると、口に入れて何度か咀嚼してから飲み込んだ。

「旨いな」

「気に入って貰えたようで何よりです」

「叶うなら出来立てで食べたいな。ご飯が進みそうだ」

 千冬さんは残念そうに目を細める。そこまで食いつきが良いとは思わなかったな。作った側からすると嬉しい。

「そんな顔をしないで下さいよ。今度作る時に呼びますから」

「――絶対だぞ」

 じっと俺の目を見てそう言った。そこまで念押ししなくても良いのに。夕飯に突撃されたのも一度や二度ではないし、もう慣れたものだった。

 残りのハンバーグを食べている千冬さんを眺めていると、目の前に置かれた電話が鳴った。

 俺が受話器を取ろうとすると千冬さんがもう既に手を伸ばしていた。

 髪をかきあげて耳にかける。普段見えない首元が見えて、何だか色っぽい。

「はい、こちらIS学園です。はい……」

 逆の手で近くのメモ帳をめくってから、胸ポケットからボールペンを取り出した。

 しばらく受け答えをした後、俺に向かって受話器を渡してきた。

「准、倉持技研から直接指名だ」

「え? 聞き間違いじゃないですか?」

「いや、それは無いとは思うが、もしそうなら変わってくれ」

 受話器を受け取って口を開く。

「お電話変わりました。IS学園整備担当の倉見です」

『おー准。久しぶり』

 受話器から聞こえてきたのは緊張感もへったくれも無い女性の声。敬語を使った事を後悔した。

「……何の用だヒカルノ」

『もう敬語辞めちゃうのかい? 礼儀のなっていない先生だね』

「最初っから敬語を使う気が無かったお前がそれを言うのか。あと俺は先生じゃない」

『それもそうか』

 ヒカルノは電話越しにゲラゲラと笑い声を上げた。

「笑ってないでさっさと要件を言え。俺も忙しいんだ」

 嘘だ。実際はそこまで忙しくはない。だがこんな奴に貴重な休み時間を使うのは気に食わなかった。

『いやーね。君が提案していた『打鉄弐式』って機体あったでしょ。あれを開発する事になったんだ』

 それは嬉しいと言えば嬉しい知らせであった。何せ自分が提案した機体が本当に組み立てられるのだ。

 だが不安要素しか感じない。何故なら『あったら面白いよな』程度に開発部の連中と話していた物であり、実際はミサイルポッドの砲身が多くメンテナンスが面倒であること。重い装備を機体に積んでいるため機動力が低すぎることを理由に雑談の中ですらボツにしていた。

「本気であのポンコツ機体をロールアウトまで持って行ったのか? 馬鹿じゃないのか?」

『ハハハッ! このヒカルノ様にかかれば、あの程度の欠陥は解決済みさ! 来年IS学園に入学する子に受け渡す予定だからメンテナンスとかよろしくね~』

「しれっと仕事を押し付けるな! メンテナンスはお前らの仕事だろうが!」

『んじゃね~』

「待て、無視するな!」

 プツリ。その音の後は無機質な機械音が流れ続けた。あの野郎切りやがったな……。

 ため息をついて受話器を元の場所に戻した。

「随分と楽しそうだったが、知り合いか?」

 隣に座っていた千冬さんが普段通りに声をかけてきた。しかし苛立っているのが俺には手に取るように分かった。確かに言葉だけならば平静を装えている。しかし手に持っていたボールペンをへし折っているとなれば話は別だ。むしろ普段より五割増しで怖い。

 何に苛立っているのかは分からないが、普段より慎重に接しなければならないようだ。

「前の勤め先の同期ですよ」

「同僚か、それにしては仲がいいんだな」

「まあ、長い付き合いですから」

 ヒカルノとは家も近かったし、小中高校、就職先も一緒だった。いわゆる腐れ縁って奴だ。

「そうか……」

 千冬さんが呟くと同時にチャイムが鳴った。今日はISの実習があるため、この後すぐにアリーナに行かなけばならない事を思い出した。

「千冬さん、俺はこれで。じゃあ、また」

「あ、ああ。またな」

 弁当箱を風呂敷に包んでバックに仕舞って職員室を後にした。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 今日も仕事を終え、部屋に戻って炬燵に足を入れる。中はまだ温まり切っておらずヒンヤリとしていた。

 何だか夕飯を作るのが面倒になって、食事を食堂で済ました。細かいことを除けばあとは寝るだけだ。

 まだ時刻は八時。寝るにはまだ早いから酒でも飲むとしよう。

 冷たい床を素足で歩いて冷蔵庫から缶ビール、棚に置いてあるポテチを手に取った。

 炬燵の足にキャスターでもついてれば温まりながら移動できるのになーとか、どうでも良い事を考えながら開缶。ビールを口に含んだ。

 席についてからもポテチをつまみにちびちびビールを飲む。鼻が尖った人の影響でこの組み合わせにハマってしまった。もうこの組み合わせは生涯やめられないだろう。

 だって暖房で温まった体にキンキンに冷えたビールだ。旨すぎる、犯罪的だぜ……!

 脳内で『カイジごっこ』をしていると、テーブルに置いてあったスマホが振動する。手に取るとメッセージが表示されており、相手は千冬さん。内容は『今部屋か?』と短いものであった。

 その内容から予測は難しくない。きっと部屋に飲みに来るのだろう。

 俺はスマホに『部屋で飲んでます。来てもいいですよ』と打ち込んだ。

 その直後に部屋のチャイムが鳴った。部屋の前で待機していたんですかね? メリーさんかよ。

「はーい」

 返事をして鍵を開ける。着替えてラフなジャージ姿の千冬さんが立っていた。

「……入ってもいいか?」

「ええ、どうぞ」

 決して広くは無い廊下を並んで歩く。何度か手が振れそうな距離だった。

「千冬さんも何か飲みます? と言ってもビールぐらいしかないですけど」

「ああ、貰う」

 声色が何だか暗い。空気が重い。なんか落ち込む事でもあったのだろうか? 聞き出すという訳にもいかないから、話を聞くしかないか。

「適当に座ってて下さい。冷蔵庫から取ってくるんで」

「分かった」

 冷蔵庫からさっきと同じようにビールを取り出した。リビングに戻って千冬さんに缶を手渡して横の席に座る。

 千冬さんは無言で缶を開けた。空気が抜ける音が静まった室内に響く。

 だから空気が重いって! 俺がお酒が好きなのは飲んでれば明るい気分になれるからであって、こんなしんみりした空気を味わいたい訳じゃ無い!

 でもどうしたらこの状況を打破できるか分からない。

 女性の感情は複雑だ。

 下手に踏み込んだら地雷だったりするし、何がどうなるか分かったものじゃない。

 三十分近い沈黙を先に破ったのは千冬さんだった。

「なあ、准」

「ひゃ、ひゃい何でしょう」

 突然口を開いた事に驚いて、思わず声が上ずってしまった。気持ち悪い声だ。

「何だそれ、ビックリしすぎだ」

 フフッと吹き出す。腹を抱えて、笑いを堪えていた。

 部屋に入ってきてから見せることのなかった笑顔を見て、少しホッとした。

「そこまで笑う事は無いでしょう」

「悪い、あんまりにも変な声を上げるから、つい、な」

 千冬さんは手で滲んでいた涙を拭った。俺の奇声がそこまで面白かったんですかね。

「そのくらいにして下さいよ。それで何ですか? 聞きたいことがあったんじゃないんですか?」

「ああ、そうだった」

 缶を傾けて一口ビールを煽ると、目を閉じて間を空けてから再び口を開いた。

「准と私はもう、随分と長い付き合い、だよな?」

「まあ、そうですね」

 俺と千冬さんは第一回モンドグロッソからの付き合いだからもう五年になる。長い付き合いと言っても過言ではない。

「だったら……私だって、ちゃんと名前で呼んで欲しい……」

 小さい声だったが聞き取る事が出来た。

「えっと、どういうことですか? 千冬さん」

「それだ、それ! その千冬『さん』ってよそよそしいにも程がある!」

 俺の顔を指差してそう言った。

 ああ、千冬さん、酒が回って変なスイッチが入っちゃってるな。

 適当にあしらう事にしよう。

「じゃあ、なんて呼べばいいんですか?」

「千冬って呼び捨てにしろ!」

「千冬」

 俺はタイムラグ無しにそう言った。素直に条件を呑んだことに驚いたのか、千冬さんはしばらく視線を俺から逸らす。

「も、もう一回」

 再び俺に視線を戻してそう言った。顔は赤く染まっている。それがお酒によるものなのか、恥じらいによるものなのかは俺には判別することが出来ない。確かめる為にもう一度口を動かす。

「ち、千冬」

 言っているうちに自分自身が恥かしくなってきて言葉に詰まってしまった。何で俺がこんな思いをしなきゃいけないんだ……。

「もう一回っ!」

「嫌です」

「な、なんで?」

 千冬さんは俺との距離を詰めた。体が密着して体温が伝わって体が熱くなる。

 俺は明後日の方向に顔を逸らした。

「なんでって、恥ずかしいからですよ。言わせないでください……」

 顔に両手が添えられて無理やり向きを変えられた。下から見上げてくる視線が潤んでいるのが見える。

「どうしてもダメか……?」

 じっと目を合わせていると罪悪感を感じて、俺は仕方なく折れることにした。

「ハァ、二人でいるときだけですからね」

 俺は視線を遮るために頭を撫でた。これ以上目を合わせていると、どうにかなってしまいそうだった。

「んっ、それでいい」 

 指から伝わる髪の感触。俺の頭とは違ってサラサラしていて、いつまでも触っていたいと思った。


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