結局、山田先生から聞けた情報は外にいるというものだけ。なので俺はこの暑い中走り回る羽目になった。
これがラブコメ漫画だったら、主人公がヒロインのいる場所を一発で見つけるのだが、残念ながら現実はそうはいかない。昨日の筋肉痛が癒えていないというのに更なる負荷が俺の太ももを襲う。それに耐えてながら走って。奥歯を噛み締めながら走り続けて。そして最後に来た海でようやく、千冬さんを視界に捉えることができた。
彼女は砂浜に膝を抱えるように座り込んでいる。顔を伏せ、体全体を丸めるようにしているから、俺と比べて小柄な体が余計に小さく見えた。
深呼吸で息を整えて、ポケットのハンカチで滲んだ汗を拭う。とにかく何事も無かったように見せたかった。なぜなら彼女は心底不安だろうから。だから、この瞬間だけでも頼れる自分で、言うなれば『インスタントヒーロー』でいたかったのだ。
そして、意を決して俺は千冬さんに声をかける。
「こんなところで何してるんですか? 千冬」
「…………准、か。悪いがしばらく一人にしてくれ」
うつむいたまま俺の言葉に対してそう返す。今まで俺なら彼女の意思を尊重してこの場を立ち去るだろう。「分かりました」と一言伝えて。
でも、それじゃあ駄目なんだ。
気遣って、割れ物に触れるように接し続けて、自分の想いを隠したままでいる。そんなんじゃ、いつまでたっても関係を進める事なんてできない。絶対に。
だから俺は一歩進む。距離を縮める。これまで死守してきた一線を踏みにじって。
「嫌です。そんなの、絶対に嫌です」
その勢いで言葉を続ける。
「そりゃあ、千冬さんにだって一人になりたい時もあるでしょう」
でも、と続ける。
「辛そうなとき、一緒に居てあげたい。支えてあげたい」
それを聞いても千冬さんはしばらくだんまりを決め込んだまま、顔を隠し続けた。
俺はまた一歩近づく。千冬さんは足音に反応して口を開いた。
「来ないでくれ。そう思うのはお前の勝手だ。好きにしたらいい。だがな、私にだって一人で考えたい事はある。頼むから……」
「考える、ねぇ。どうせ、自分の事を責めているんでしょう?」
「…………」
俺は知っていた。弟に何かあると自分の事を責める癖を。孤独に抱え込もうとする悪癖を、良く知っていた。あの時も、そうだったから。
「そうやって、ふさぎ込んで、自分を苦しめて……何になるんですか」
千冬さんはピクリと反応して少しづつ言葉を漏らし始めた。
「――じゃあ……じゃあ私はどうすればいい……。一夏を酷い目にあわせた。篠ノ之や他の生徒にも、不安な思いをさせた……!」
顔をあげた。見えた表情はしわくちゃで、普段の彼女とは似ても似つかない。俺の作業着の裾を掴んで、
「これを、私のせいにしないで、背負わないで……どうしろっていうんだ!」
苦しそうに、振り絞るようにして叫んだ。震えながら心の内をさらした。
だから俺も隠さず、偽らず、思うがままに言葉を返そう。
「それは分かりませんよ。どうしたらいいかなんて、俺には分かりません。だから、一緒に考えて、苦しんで、悩んで……その答えを見つけさせて欲しい。一緒に、背負わせて欲しい。それじゃあ、駄目ですか?」
「そんなの、無責任だ。自分のしたことを他人に背負わせるなんて……」
「確かに、そうかもしれない。そうに、違いないです。俺は他人だ。それは事実です。でも、だからこそ俺は……他人じゃ、無くなりたい。俺は千冬の、特別になりたい」
そうだ。俺は、彼女の特別になりたいんだ。
だから、正直に告げよう。
俺の心の内を。
数年間抱え続けてきた、彼女への恋心を。
「だって俺は、俺は……千冬の事が好きだから」
今更ながら緊張で手が震える。それを誤魔化したくて、ズボンを力強く握りしめた。心臓の音がかつてない程大きく聞こえた。
「な、なんで、なんでこんなときに言うんだお前は。もっとタイミングってものがあるだろう……」
ため息をつきながら千冬さんは俺の服から手を離して立ち上がる。
「嬉しい。まさか、お前から言ってくれるとは思わなかった」
「じゃあ!」
「でも、駄目だ」
了承してくれるかと思いきや、告げられたのは断りの言葉だった。胸が抉られた様に痛み、まともに前を見ていられなくなる。おぼつかない足取りで一歩下がった。
「今は、な。返事はこの騒動が収まるまで待って欲しい。一夏はまだ戦っている。私だけこんな思いをするのは気に食わない。だから――」
頭を両手でつかまれて正面を向かされる。彼女の顔が目の前まで迫っている。
一瞬だけ唇に柔らかく、温かな物が触れた。
何をされたのか把握できなくて、何度も自分の唇を触る。
千冬さんはしてやったりと、悪だくみが成功した子供のような表情を浮かべた。
「しばらくはこれで我慢しておいてくれ」
そう言って千冬さんは歩き始める。俺が来た旅館の方へと。俺はしばらくそれを目で追うことしかできず立ち止まる。俺は、成功したのか? 千冬さんを立ち直らせること、それと……告白に。感情が揺さぶられ過ぎて理解が追い付いていない。
「おい。何してる准。早く行くぞ」
「は、はい……?」
「はぁ、もっとシャキッとしろ。これからお前を『特別扱い』するんだから。そんなんじゃ、困る」
「ッ! はい!」
千冬さんの言葉に大きく返事をする。彼女に受け入れてくれた。それが分かったこと嬉しくて、つい走って隣を目指した。だが俺は忘れていた。筋肉痛を押して走って来たのを。
その結果、足をもつれさせて、顔面から砂浜に派手に転んだ。ださい。最高にださかった。告白した途端にこんな無様な姿を見せるとは……。
そんな俺を見て千冬さんはさっきまでの暗い雰囲気が嘘だったかのように笑った。
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そして、俺は再び自分が派手に転んだ跡残る砂浜へと舞い戻っていた。というのも、持ち直した千冬さんが出した俺への指示が専用機の調整だったからだ。
専用パッケージをインストールして大幅に変わった機体を調整し彼女たちの感覚に合わせ、最適な状態で戦闘に行かせられるようにする。
それが俺に与えられた役目だった。
「倉見さん」
「ああ、更識さんか。よく来たね」
一番最初に現れたのは勝手知ったる更識さん。それに続いて五人も歩いてこちらへ来る。全員がそろった所で俺は概要を説明を始めた。
「え――これから皆さんの専用機の調整を行います。パッケージをインストールされたばかりで体に馴染んでいない機体をフィッティングして、最高の状態で送り出したいと思っています。では準備ができた方から順番に行きますので声をかけて下さい」
「じゃあ、私からお願いできますか」
真っ先に手を上げたのはボーデヴィッヒさん。俺は頷いて工具箱を開けて彼女の整備を始めようする。
「ちょっと待ちなさいよ! ラウラ!」
「ん?」
俺達に待ったをかけたのは八重歯が映えるツインテールの女の子だった。確か名前は
「あんた、そんな見ず知らずの奴に専用機を預けるわけ!?」
「そうですわ! その何者か分からない方を信じられると言うのですか!?」
「まあまあ、落ち着いてよ二人とも。気持ちは、分からなくはないけど……織斑先生の指示なんだし」
二人の金髪女子が彼女の後に続く。彼女達も代表候補生。イギリスから来ているセシリア・オルコットさんとフランスのシャルロット・デュノアさん。彼女達がそう言うのは当たり前だ。自分の体の一部とも言えるISを見ず知らずの人間に預けるなんて不安で仕方がないだろう。このご時勢、それが男であったのなら尚更だ。
「いや、ごもっとも。俺が名乗っていないのが悪かった。不安にさせたようだったら申し訳ない。初対面の子も多いのに。自己紹介しなきゃね」
とは言っても時間はない。いつ『銀の福音』が再び動き出すか見当はついていないのだ。だから、最短で彼女達を安心させる為。信頼してもらえるように普段は使わない以前の肩書を口にすることにした。
「初めまして。俺は元日本代表所属IS整備士、倉見准です」
力強く、自信をもってそう告げた。