私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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彼だって苛立ちを覚える。

 合宿二日目。朝からISスーツ姿の生徒たちが忙しく動くのを眺め、苦戦している所があればフォローに行く。その繰り返しを続けていた。

 生徒の対応にも慣れて、余裕が出始めたあたりで俺はある異変に気が付いた。生徒たちが騒がしいのだ。その視線の先をたどって行くと、傾斜のある崖を土煙を立てて、何かが落ちてきている。距離があるので目を凝らす。落石か? いや、違う。土煙の発生源に居るのは人だ。

 紫がかった長髪。

 自己主張の激しいドレス。

 そして、機械のうさ耳。

 その特徴はもはや世界中の誰もが知っているISの開発者であり、誰もが認める天才、篠ノ乃束の物である。学生時代によく話題になっていた問題児で、ウサギと呼ばれていた。俺も遠目でしか見たことは無かったが、その印象は高校時代から一ミリもぶれてはいない。

「ちーちゃ~~~~ん!」

「はぁ……やはり来たか」

 両手を広げ叫びながら、千冬さんへ一直線。それを千冬さんは片手で制した。頭をがっしりと掴んで動きを止めている。

「痛い痛い痛いよちーちゃん! 手加減してよ!」

「やかましいぞ束。お前には言いたい事が山ほどあるが、今は憂さ晴らしに付き合って貰おうか」

「ちょ、ちょっと待って、いきなりそれは酷くない!?」

「これに懲りたら、己の行動を見直すと良い」

「え? 私は常に完璧で、ちーちゃんやいっくん、箒ちゃんの為になる事をしてるんだから、見直す所なんてな――無言で力を強めないでよちーちゃん! 痛いから!!」

「お前のせいで、昨日はなぁ……昨日はなぁ!!」

 うわぁ……指が頭にめり込んでいる。昨日千冬さんの身に何が起こったのか分からないが、流石に止めないと世界の頭脳が失われてしまいそうな勢いだ。俺は千冬さんの近くへと歩いて声をかけた。

「千冬さん、ストップ、ストップです。流石にやり過ぎじゃ……」

「准、止めるな。こいつは言っても伝わらないから、こうやって行動で訴えていくしかないんだっ!」

 そう言いながらさらに力を強める。ミシミシと天才の頭蓋骨が悲鳴を上げてるのが分かった。だが、ここまでされるがままであったウサギも限界だったようで、手を掴んで無理やり拘束から逃れた。余程痛かったのかうずくまって、頭をさすっている。千冬さんがわざとらしく舌打ちをした。

「危ない危ない~。危うくこの束さんの頭脳が砕かれるところだったよ~。相変わらず容赦ないね~ちーちゃんは。ところで――」

 篠ノ乃博士の視線が俺の方へと向いた。にこやかな顔でありながら威圧感をはらんだ敵意丸出しの笑みで俺を見る。

「誰だよ君は? 私のちーちゃんとの感動の再会、ひいてはスキンシップに水を差すとは良い度胸じゃないか。ホント、理解に苦しむなぁ……腹立たしい」

 篠ノ乃博士のその言い分に、俺の感性が逆なでされたような気分になる。折角こっちが心配してやったって言うのに……! 初会話でここまで悪い印象を受けたのは初めてだ。自分の中でブチっと何かが切れた。

「へぇ、随分と面白いこと言いますね。あれがスキンシップだったとは気が付きませんでした。申し訳ない。でも、篠ノ乃博士は随分変わった感性の持ち主の様ですね。まさか頭に強い圧力を受ける事によって親密感を高めるとは……。無礼を承知で聞きますが、もしかして、一番の親友はプレス機ですか?」

「なっ、何を言うのさ君は! 初対面の人間に失礼にも程があるでしょ!」

「あなたにだけは絶対に言われたくはないですね」

 お互いに一歩ずつ間合い詰めて睨みあう。自然と拳に力が入る。

「准、束、その辺にしておけ」

「どうして止めるのさ!」

「そうですよ千冬さん!」

「いや、流石にみっともないだろう……」

「千冬さんだって、さっきこいつの行動に腹を立ててたじゃないですか! その怒りはどこに行ったんですか!?」

「それは、まあ……そうだが、一歩下がって見ると哀れだぞ。……二人とも」

『うぐっ!』

 千冬さんの言う事はごもっともだ。でも、だからと言ってここで引く訳には行かない。何故なら――

 

『こいつには礼儀ってものを教えなきゃいけないんだよ(ですよ)!!』

 

「以心伝心で何よりだ」

『絶対に違う!』

「ほらみろ、息ぴったりじゃないか」

『だから違う!!』

 三度連続で台詞が被ったところで千冬さんからウサギへと視線を戻した。なんだろう、気に食わないというか……もう生理的に無理だ。ついさっきまで何でも無かっただろうが、今では嫌悪感を感じずにはいられない。

「俺、あんたの事が嫌いだ。過去に類を見ない程」

「奇遇だね、私もだよ。世界中の凡人の誰よりも嫌いだ」

 お互いにそう宣言してからそっぽを向いた。もう二度と会いたくない。そうならないよう、地球の外に出て行って貰えないだろうかと思わずにはいられなかった。元々ISはそのために創られたのだと、彼女の発表論文に書いてあったし。

「はぁ……。悪いな准、こいつはこういう奴なんだ。気を悪くしないでくれ」

 千冬さんが俺の肩に手を置きながらそう言った。彼女の気遣いを無下にしないために不本意ながら、渋々、本当に気が進まないが……頷くことにする。

「……分かりました」

「それと、束。お前も目的も無く来た訳じゃ無いだろう」

「おっとっと、そうだった、そうだった~。私にはこんな凡人に構っている暇は無いんだよ~。待たせちゃったね。愛しの妹、箒ちゃん! さあ、大空をご覧あれ!」

 そこからは空からコンテナが落ちて来たり、その中から専用機が出てきたりといろいろと訳の分からない事をあのウサギはやらかしたが、俺は特に関わらない事にした。わざわざ喧嘩しに行くのもアホらしいからな。

 その間俺はひたすら訓練機の整備作業に没頭。ウサギに気を取られて作業効率の悪くなっている生徒の穴埋めをした。時間をかけてゆっくりと自分の頭を冷やしていく。

 そしてようやく落ち着いてきた頃。学園から職員に配布されている端末が振動した事に気が付く。ポケットから取り出して通知の内容を確認する。内容は、『特命任務レベルA。現時刻から即刻対応を始められたし……』これ以上は誰が見ているか分からないから後にしておこう。

 端末をスリープモードにして表示画面を消す。頭を上げると、山田先生が慌ただしく千冬さんに話しかけているのが見えた。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 そして、生徒たち全員の避難を終え、専用機持ちが集められて作戦会議を続けている。その隣の部屋で俺は機材の準備に取り掛かっていた。今回の特務任務は、軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の暴走、その対処をする事が目的である。

 この学年にはイベントごとに厄介ごとに巻き込まれる呪いでもあるのだろうか? 誰か裏で手を引いているかのように感じてしまう。

 機材の準備を終わらせたところで、機密情報となっている『銀の福音』のスペックを見る。

 軍用。攻撃と機動の特化型。特殊武装。その他にもいろいろと目を見張るものがあった。だが、一番気になるのが――

「虫食い、穴だらけ過ぎるだろう。データ取ったのはどこのどいつだ……」

 仕事が雑にも程があるだろう。軍用故に、意図的にデータを伏せているというのもあるかもしれない。だが、この非常事態に、本来であれば自衛隊が動くべきであろうこの事態に、それを行うのはどうだろうか。対処にあたるのはまだまだ若々しい一五歳の少年少女達だというのに……。何かあったらどうするつもりなんだ。

 まあ、お偉いさんにはお偉いさんなりの言い分があってこんな情報を出しているのだろう。俺の言う事は二十代の若造の戯言と捨て置かれるのは目に見えている。だから、その何か、万が一が、起こらない無いよう俺達が全力を尽くさなければなるまい。

「倉見さん、準備の方はどうですか?」

 襖を開け、山田先生が顔だけ出してそう聞いてきた。少し騒がしいのが気になるが、そこら辺は千冬さんや山田先生、他の教師陣の仕事だ。気にしないでおこう。

「機材の方は問題ありません、山田先生。そちらの準備ができ次第(しだい)作戦行動を開始して下さい」

「はい。ありがとうございます! 織斑先生、準備は大丈夫みたいです」

「よし、では作戦行動に移る! 指定されたメンバーは出撃準備。それ以外はここで待機だ」

『はい!』

 一同の返事の後、廊下を歩いて行く千冬さんと一夏君、ポニーテイルの少女と何故かいるウサギ。合計四人が目に入る。そのうち千冬さんは指揮官。ウサギも戦闘を行うことは無いだろう。となるとあの二人で『銀の福音』をやるのか? リスクが高すぎるように思える。

 だが、俺がそれを口にすることはできない。なぜなら俺は整備士、IS戦闘のエキスパートではないからだ。その道のプロに任せるしかない。プロにはプロなりの考えがあるんだろう。その中で俺ができる事と言えば、彼、彼女らの無事を祈るだけだった。

 

 ▼ ▼ ▼

 

「担架だ! 担架持って海岸へ急げ!」

 千冬さんは怒号を飛ばすと、自分自身はそのまま走って部屋から出て行く。専用機持ちもその後に続いた。バタバタと足音が静まり返っていた廊下に響く。

 作戦は失敗した。

 あってはならないその場のミスとトラブルによって崩れ去った。

 対処に向かった二人は逆に迎撃され、一夏君は意識が無い。もう一人はその彼を運び撤退している。

 それに対して『銀の福音』は二人が撤退した(のち)、ステルスモードになり消息を絶った。衛星カメラによって行方を追っているらしいが完全な位置を未だ把握しきれていない。考えられる最悪の展開だ。

 今ここに居る専用機持ちの中で切札とも言える一夏君の離脱はかなり痛手だ。作戦を一から立て直さなければならない。

 それに、千冬さんも心配だ。なにせ最愛の弟である一夏君の一大事。取り乱さない訳が無い。今後の指揮にも影響が出ることは容易に予想できた。

 シャっと(ふすま)が空く音がして振り返る。そこに立っていたのは山田先生。普段なら常に笑顔が絶えない彼女の表情も影が差していた。

「……織斑君は意識不明の重体、別室でしばらく安静にしてます。我々は状況が動くまで現状待機だそうです」

 千冬さんが出したであろう作戦指示を伝える。それに釣られるように教員たちの雰囲気も落ち込む。完全に悪循環。この状態で状況が動いたら他の専用機持ちにまともなサポートをできるとは思えなかった。

 この空気を打破しなければ、確実に次がどんな作戦であろうと失敗する未来しか見えない。だが、どうする……? ここで俺が何を言ったとしても変わらないだろう。俺にそんな影響力なんてない。

 だとしたら、誰に言って貰えばいい? ……って、そんなの考えるまでも無いじゃないか。この状況を何とかできるのは結局、彼女しかいない。

「山田先生」

「は、はい。何でしょう、倉見さん」

「千冬さん、今どこにいるか分かりますか?」


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