私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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えー、前回祝い忘れていたのですが、実はお気に入りユーザーが5000人を突破しました! いつも読んで下さっている読者の皆さんありがとうございます!
これからも本作をよろしくお願いします。


私だって頼みたい。

 千冬さんと買い物に行って、その数日後に迎えた臨海学校。海に沈む夕日を眺めながら俺は車を走らせ、宿泊先の旅館を目指していた。というのも俺は訓練機の持ち出し機体や工具の確認、更にはそれを貨物車への搬入をついさっきまでしていたからだ。本来ならば前日には済んでいたはずなのだが、俺が提出した書類の紛失や、部品の不足と言ったトラブルが併発し、その場で片付けざるを得なかったのだ。

 おかげである意味この臨海学校のメインイベントであった、千冬さんの水着を拝む事が叶わなくなってしまった。非常に残念だ。俺が選んだものだったというのに。かなり前から楽しみにしたというのに。なんという間の悪さ。まるで神様が俺を不運の弾丸で狙い撃ったかのような……。そんな正体不明の何かのせいにしないとやっていられなかった。

「酒、飲もう。さきイカも買おう。旅館に付いたら人目のない所でビール飲む。決まり」

 イライラを投げ飛ばすため、独りでにそう呟く。失った楽しみは別の楽しみによって補うしかない。カーナビに音声で「近くのコンビニ」と入力して、ルートを出した。

 赤信号で止まって、ウインカーを出した所で鞄に入れていたスマホが振動する。連続で数回振動していることからメールでは無く、電話であることが分かった。誰からかは確認せずにスピーカーにして電話に出る。

「もしもし」

『倉見准だな』

「違います」

『ええ!?』

 知らない女性の声に、とっさにそう答えてしまった。詐欺かもしれないし、このご時世、女性に絡む話にろくな物は無いのだ。少なくとも俺にとっては。それに運転中に長電話をしたく無かった。

『騙されない! これで間違いないんだ。この私が間違える筈がないんだ!』

「いや、どなたか知りませんが、人間なんだから間違える事もあるでしょう。ミスに盲目なのはどうかと思いますよ。じゃあ、切りますね」

 電話を切ろうと画面に触れた。が、

「切れない……?」 

『ふっふー、この私にそんな手が通用すると思わない事だね!』

 電話越しの女性が得意げに胸を張った気がした。なんか腹立つな。

『ともかく、君に忠告だ。これ以上先に行くことはオススメしない』

「いったいコンビニに何が待ち受けているってんだ」

『コンビニ!? 君は臨海学校に行くんじゃ……』

「だから人違いですって。俺は仕事終わりの会社員です。コンビニの安酒で日頃の疲れを癒す途中なんですよ。分かったらさっさと開放して下さい」

『本当に、違う……?』

「そうです」

『倉見准じゃ、無い?』

「はい」

『――――――』

 切られたか。すいませんの一言も無しかよ。

 さて、嘘を付き通したが、俺に忠告とはいったい何者なんだ。俺に臨海学校に行かれたら困るのか? それはなぜだ? 千冬さんと違って俺にできる事なんて限られているし……。

 いや、発想が逆か。俺じゃ無ければ妨害できない事を考えた方が良い。となると、まさかとは思うが訓練機に何か仕掛けたのか? 今回の妨害工作はそれが原因か? 調整を後回しにしてコンテナに突っ込んだから、データの詳細が確認できていない。

 現場でできると気を抜いていたが、このままじゃ最悪事故も……ヤバいな、想像したら血の気が引いてきた。今すぐコンテナの中身を隅から隅まで確認しつくしたい……!

 もう酒なんか買いに行っている場合じゃないな。急ごう。

 信号が青に変わった瞬間。アクセルをべた踏み。俺は法定速度ガン無視で旅館へと急いだ。警察には見られていない事を祈るばかりである。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 車を駐車。そこから走って旅館に向かった。情けない事に息が上がるのが早い。運動不足がここにきて響いている。こんな事なら運動を継続しておくべきだったな。後悔しかない。

 やっとの思いで旅館の玄関にたどり着くと、腕を組んだ一人の人物が立っていた。

「ん? 思っていたより早く着いたな、准」

「千冬! 丁度良い所に! あのコンテナ、訓練機と道具積んだコンテナって、はぁ、もう届きましたか!?」

「へ? コンテナか? あれはまだついてないが……」

「そ、そう、はぁ、ですか。くっそ、このままじゃ、夜も、寝れない……!」

 息が整わなくて、さっきから話すのが苦しい。途切れ途切れだ。

「何かあったのか? そんなに慌てて」

「えっと、変な電話がかかって来て、『臨海学校に行くのはオススメしない』って言われて、俺を行く事を妨害する理由を考えたら、コンテナに何か仕込まれたんじゃって不安になって、俺、業者の番号も知らないし、急いで、こっち来たんですよ」

「落ち着け、准。その電話の内容を落ち着いて話せ」

 そう言われて俺は深呼吸をして呼吸を整えて、ゆっくり思い出しながら語り始めた。脅迫電話の事。とぼけた事。切ろうとして切れなかった事。勘違いと思わせた事。順番に話していく。

 話が進むごとに千冬さんの顔色が曇っていき、しまいには両手で頭を抱えた。

「千冬、大丈夫ですか?」

 まあ無理もないか。脅迫電話の話をされて明るい顔になるはずも無い。

「……済まない准。心配しなくてもいい。それと、コンテナも気にしなくていい。たぶん何にもないから」

「どうして分かるんですか?」

「嫌でも分かる、私が散々振り回されたからな。その電話の主に」

 はぁ、とため息を隠そうともしない。余程あの人物に振り回されたと思われる。ともかく、千冬さんがそう言うなら安心か。ホッとして体が膝から崩れた。

「お、おい大丈夫か准」

「すいません。なんか、力抜けちゃって」

「ったく、しょうがないな。ほら、手、貸してやる」

 差し伸べられた手を取って、引っ張り上げられた。急に準備運動も無しに走ったから足がガクガクと震える。

「すいません。情けない所見せちゃいましたね」

「いいさ。それよりも准、お前は部屋知らなかったよな」

「ええ、当日に知らせるとしか。確か一夏君と相部屋でしたっけ」

「ああそうだ。こうしておかないと、女子が部屋に詰めかけるからな」

「まあ、彼は人気者ですからね。仕方ないですよ」

「お前も人の事言える立場じゃないだろうに」

「どうしてですか?」

 いまいち理解ができない。俺は一夏君ほど表立って活躍しているわけでは無いし、一年女子と交友がある訳でも無い。そんな俺のところに誰かが訪ねてくるとは想像しがたい。

「はぁ……もういい。行くぞ、ついてこい」

 千冬さんは意味ありげなため息を付いてから踵を返す。浴衣の袖が体の回転に合わせて揺れた。さっきまで慌てていたので目にも入っていなかったが、改めて見ると中々男性の目には眩しい。緩めな着こなしに、まだ少し湿っている髪。髪をかき上げる仕草。その一つ一つに目を奪われてしまう。まさに湯上り美人という言葉がピッタリな佇まいだった。

「どうした? 何かあったのか?」

「いえ、何でもないですよ」

 俺はそう言って誤魔化(ごまか)すと、彼女の後に続いてまだ見ぬ自分の部屋を目指した。

 

 ▼ ▼ ▼

 

「……盗み聞きとは良い趣味だとは思えんぞ小娘共」

 俺達が廊下を歩いていると、扉に耳をピッタリとくっつけている着物姿の生徒達がいた。四人ほど。それに対して千冬さんが明言したのだ。

 それと同時に生徒たちは慌てて扉から飛び退く。

「お、織斑先生! いつからここに!?」

「さあ、いつからだろうな?」

 生徒の疑問を適当にはぐらかして、数歩進むと生徒たちが盗み聞きしていた部屋の扉をためらう事無く開け、そのままずんずんと歩みを進めた。

「准、お前の部屋はここだ。一夏、入るぞ。……ほぅ、なかなか隅に置けないなオルコット」

 女性の軽い悲鳴が聞こえた。たぶん千冬さんがちょっかいかけたな。基本的に同姓相手では無敵だから生徒はされるがままだろう。ちょっとかわいそうだから止めてあげよう。

「まあまあ千冬さん、その辺にして上げて下さいよ。宿泊合宿なんでテンション上がってたんでしょう」

 そう言いながら中に入ると、千冬さんに壁まで追いやられた金髪の少女。一夏君はそれを眺めているという状態だった。俺の言葉を聞いた千冬さんは「まあ、今日ぐらいはいいか」呟いてと少女を開放する。

 俺は部屋の隅に荷物を置いた。

「あれ、倉見さん? もしかして同室って……」

「ああ、悪いね一夏君。かわいい女の子とかじゃなくて」

「いえ、そうじゃなくて。むしろ最近男性と話す機会が無かったので嬉しいんです! よろしくお願いします!」

 一夏君は勢いよく俺の手を取って、ブンブンと上下に振った。

 まあ、気持ちは分からない訳じゃ無い。この環境下ではどうしても男性と話す機会は限られてくるし、女性と話すときは男性の価値観が通じ無いので、常に思考を張り巡らせている。その点、年が離れているとはいえど、同姓相手なら幾分か気が楽で、嬉しいのだろう。

 だが、ここまで喜ばれるのは予想外だ。それに周りの生徒の視線が痛い。大事にしていた物を取られたかのような、嫉妬に満ちた目。きっとこの娘たちは一夏君が好きで、しかし本人は気が付いていない。そんな感じなんだろうと察した。

「そろそろ離して貰って良いかな」

「あ、はい。すいません興奮しちゃって」

 俺が言うと思ったより素直に離してくれた。人の恋路を邪魔する奴はなんとやら、だ。下手するとこの業界ではISで蹴られかねないので、彼女達を刺激したくはない。

「なあ、一夏君。俺はちょっと風呂に行ってくるよ。ちょっといろいろあって、汗でぐっしょりなんだ」

 上に着ていたシャツをパタパタと動かして風を通して見せる。

 彼女達の敵意から脱し、尚且つ、「一夏君との時間」というギフトを提示するとことで俺の印象をコントロールするつもりだ。だが――

「じゃあ、俺も行きますよ。マッサージしたら俺も汗かいちゃったんで、男同士裸の付き合いってのも良いですよね!」

 そんな一言で俺の作戦はあっさりと瓦解した。彼女たちの鋭い視線が俺に集中していく。正直予想外だ。このままでは俺は彼女達に悪い印象しか持たれない。即座に修正しなければ。

「いやいいよ、そんなに俺に気を使わなくても。同級生との時間も大切にした方が――」

 俺がそう言いかけると、誰かが俺の肩に手を置いた。千冬さんだ。彼女はそのまま俺の耳元に口を近づけて、周りに聞こえないように(ささや)く。耳に髪が当たってくすぐったい。

「悪いが准、頼めるか。あいつにも男同士でしか話せない悩みとかあるかもしれん。小娘達は私が上手く言いくるめておく」

 真剣な声のトーンだった。こんな千冬さんの頼みを無下にするのは気が引ける。俺は無言で頷いた。

「いや、何でもない。行こうか一夏君」

「はい! 行きましょう!」

 少女達と千冬さんを部屋に残し、一夏君より先に出た。彼女達は彼女達で話したいことがあるそうで、あの部屋にしばらく残ると言っているのが聞こえた。内容は……聞いてはいけない気がしたのでスルーした。聞いたら最後、それこそISで蹴られてしまう気がする。放っておいて温泉で疲れを癒させて貰うとしよう。

 フッと息を付いて気を抜く。そのたびに、頭の片隅に置いていた脅迫電話の事が浮かんでいた。千冬さんは心配しなくてもいいと言っていたが、それでも不安は消えない。

 もし、俺が言う事を聞かなかったばっかりに生徒が危険な目にあったら?

 更に、俺が力を貸すどころか足手まといになるような状態だったら?

 考えれば考えるほど憂鬱になる。一夏君と会話をしながら温泉に行った後も、布団に入ってもそれは変わらず、結局俺はズルズルと引きずる。

 そして、熟睡できないまま迎えた翌朝。見上げた空はどんよりと真っ黒い雲に覆われていて、俺の不安な心を更に煽った。


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