そんなこんなで最新話です。
昼休み。最近はアリーナの復旧作業で忙しかったが、それもようやく一段落して、落ち着いて昼食を取れる時間が戻って来た。自分の机の上で弁当箱を包んだ風呂敷を広げる。
今日のメニューはサンドウィッチの王様(と俺が勝手に呼んでいる)クラブハウスサンド。トーストしたパンにいろいろ挟んで、爪楊枝で止めるあれである。何となく普通のサンドウィッチよりかは豪華な気分を味わえるのが好きなのだ。
一つ手に取ってかぶりつく。カリカリに焼いたベーコン、コンビニで買ってそのままだったサラダチキン、今朝慌てて作ったスクランブルエッグ、雑に千切ったレタスにバラバラな大きさのトマト。それぞれが主張し過ぎず調和する。我ながら会心の出来だった。一口ごとに味わえる幸せな気分を誰かに分けてあげたいぐらいに。
チラリと俺は空席に視線を向けた。その席の主、千冬さんは今日はまだ戻って来ていない。俺はため息をつく。
俺がヒカルノと『約束』をして数週間。それを果たすための行動は未だ起こせていないのだ。さらにここ数日、千冬さんは忙しくて中々会う事ができていない。こうも全く会わない日が何日も続くとは、つくづく運が無い……。少し上向いた気分も、それを思い出して下を向く。
「今日もおいしそうな弁当だな、准」
背後から待ち望んでいた声が聞こえて、俺は椅子を回転させると彼女を視界にいれた。黒いスーツに身を包み、凛と、引き締まった雰囲気を纏っている彼女は、俺の隣の椅子を引く。
「隣、良いか?」
「……ええ」
突然の事で俺は頭が追い付かずに、遅れて返事を返した。正直な所今日も会うのを諦めていたので、嬉しい誤算、嬉しすぎる誤算だった。でも何を話していいのか分からない。数日前までいろいろ考えていたのに、いざその場面になったらこれだ。俺の脳内シミュレートは全くもって当てにならない。
千冬さんは今回も購買のビニール袋を隣の机に置いた。
「なんか、久しぶりだな。こうして准と昼に一緒になるのは」
「そうですね。最近千冬さん忙しかったですから」
「まあ、臨海学校も近いからな。今年はお前だって関係が無い訳じゃないだろう?」
「そうですね」
例年通りなら俺は臨海学校にはついて行かないが、今年は専用機持ちの人数が多いことと、各国から換装パッケージが支給されることから、IS装備および整備の専門家として同行することがついこの間決定したのだ。そろそろ持って行く道具をリストアップした書類を提出しなければいけない。
「何とかしますよ。余裕はありますから」
「ならいいが」
そう言って袋の中からあんパンと紙パックの牛乳を取り出す。何だか張り込んでいる警察官みたいな昼食だ。そんなんじゃ栄養が傾くだろうに。ちゃんとした物を食べているのか少し心配になった。
「千冬さん、最近昼に何食べましたか?」
「ん? どうしてそんな事を聞くんだ?」
「いいから答えて下さい」
言葉を強めて千冬さんの疑問をかき消す。千冬さんは片手の指を一つ一つ折りながら数え始めた。
「昨日はカツサンド、おとといは焼きそばパン、その前日は鮭おにぎり、だったか……」
「――一応聞きますが、サラダとかは?」
「食べてない。食べる時間が無いんだ」
「そんな事してると体壊しますよ。しっかり、食べないと」
「いや、分かってはいるんだがな……。私は准みたいに料理ができるわけじゃない。こうなってしまうのも仕方が無いだろう」
「成程……」
言い分が分からない訳では無い。慣れてない人が朝早く起きて、弁当を作るのはかなり大変だ。実際に俺も経験がある。それに一度見た千冬さんの手際から察するに、朝から料理をするのは厳しいだろう。となると、どうするべきだろうか? 少し考えて俺は、距離を縮めつつ解決する策を思いついた。
「じゃあ、俺が作ってきましょうか?」
「作るって、弁当をか? 正直ありがたいが、お前に迷惑をかけるのは気が引けると言うか、なんと言うか……」
「いえ、一人分も二人分もさして変わりませんから大丈夫ですよ。毎日作ってもいいです」
そう言うと千冬さんは、顎に手を添える。一瞬、五秒ほど黙ってから言葉を返した。
「じゃあ……頼む。食費は月いくら払えばいい?」
「別に要りませんよ。好きでやるんですから気にしないで下さい」
「これは私の気持ちの問題だ。罪悪感を抱えながら昼食を取りたくはない」
「そこまで言うなら……そうですね。じゃあ代わりにスーパーに買い物に行くとき、一緒に来てくれれば俺は構いませんよ。リクエストとか聞きながら買い物したいですし」
「それも私の意見を聞くためだろう。もっとないのか? 准が、私にして欲しい事は」
そう言われて考える。俺としては了承してくれたことで、毎回千冬さんと昼食が取れる権利を貰ったようなものなので不満もないし、文句も無い。これ以上望む事も……いや、こういうのがいけないのか。もっと人に深く踏み込まない感じが。変えていかなければならないだろう。せめて、好きな相手ぐらいには。
だから、俺は意を決して切り込む事にした。
「じゃあ今度、俺と一緒に出掛けてくれませんか? 臨海学校は初めてなので、何を持って行ったら良いかいまいち分からないんですよ」
場所が場所なので出掛けるとぼかしたが、実質デートの誘いだ。遊びに行く事は以前からあったけれど、改めてそう意識すると何だか気恥ずかしい。心臓が脈打つ速度が速くなった気がした。
「そんな事でいいのか?」
「いいんです。逆に俺にはこれ以上が想像できません」
「ならいいが……。じゃあ、今週の日曜日でいいか?」
「はい。楽しみにしてます」
頷いて肯定する。まさか話す機会を増やそうとしただけだったが、海老で鯛を釣ってさらにマグロも釣れた、みたいなそんな感じ。……俺は近いうちに後ろから刺されるんじゃなかろうか。
話しながら食べていたあんパンも無くなり、飲み干した牛乳のパックを折りたたんでから千冬さんは席を立つ。
「じゃあ、私は行く。明日の昼は楽しみにしておく」
「ええ、任せておいて下さい」
手を振って彼女を見送ってから、俺は明日のメニューを考え始める。彼女の食べる昼食が今から楽しみで、仕事が早く終わらないかと、この後の業務は時計が気になって仕方が無かった。
▼ ▼ ▼
そして翌日。俺は弁当箱を持って屋上へと出向いていた。珍しいどころか普段だったらあり得ない行動だが、今日は違う。食堂の夏季限定メニューが発売開始されるそうなのだ。よって、ここに来る生徒はほぼいない。視線を気にせずに千冬さんと昼食ができるという訳である。教えてくれた食堂のおばちゃんには感謝せねば。
「早いな、准」
階段を上り切ると、千冬さんが姿を見せた。既に芝に座っている所から察するに、どうやら待たせてしまったようだ。
「いや、千冬の方が先に来てるじゃないですか」
「まあ、今日は昼の前に授業が無かったからな。早くて当然だから気にしなくていい」
「そうですか」
その一言に安心して、彼女の隣に座り保冷機能の付いたバッグから、弁当箱と底の浅い魔法瓶を手渡した。
「一つは弁当なのは分かるが、これは?」
そう言って魔法瓶を持ち上げる。
「ああ、それは……まあ、開けてみて下さいよ」
説明しようとして中断、空けるように促した。千冬さんは不思議そうな顔をしてから蓋をひねって開ける。
「これは、味噌汁か」
「ええ、今日は朝作った味噌汁が上手くできたので、ぜひ食べて貰いたいなぁ、と」
「そうか、それは楽しみだ」
千冬さんは両手を合わせて「頂きます」と呟くと、味噌汁を口にした。その様子を俺は固唾を呑んで見守る。
「うん、旨いな。温かくて、落ち着く」
その一言に安堵する。今朝作った中でもトップクラスの出来とはいえ、口に合うか心配だったのだ。
「良かった。じゃあ弁当もどうぞ」
「ああ。でも、准も食べ始めたらどうだ? 時間なくなるぞ」
「そうですね。じゃあ俺も頂きます」
その後も弁当のおかずの話をしつつ食べ進めた。千冬さんの家では卵焼きは甘くて、俺が作るのはしょっぱいだとか。俺の箸の持ち方が少し変だとか。そんな他愛のない話をするうちに弁当箱は空になっていて、残念ではあったが元通りに蓋をして風呂敷で包んだ。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした。弁当箱貰いますよ」
「ああ、済まない」
「いえ、別にこれぐら……い」
あくびが出そうになった所をかみ殺してこらえる。じんわりと出て来た涙を親指で拭った。昨日はいろいろ考えたり、気持ちが高ぶってしまって、中々寝付けなかったのだ。そのしわ寄せがここにきている。
「眠いのか?」
「正直な所ちょっと。すいません。みっともない所を見せちゃって」
「まあ、昼を食べた後だからな」
程よい温度の風が頬を撫でて、俺の眠気を更に誘う。もっと千冬さんと話していたいのに。全く、肝心な時に俺は情けない。こらえろ俺。
「なあ、准。お前さえ良ければの話なんだが……」
「何でしょう?」
「ひ、膝枕をしてやろうか?」
あまりにも突拍子も無く切り出された台詞で俺の眠気は、宇宙の果てまで蹴り飛ばされた。えっと、なに? 「実は昨日の時点から夢でした」とかそんなんじゃないよね?
俺は確かめるために腕を思いっきりつねったが、ただただ痛いだけだった。
夢では、ないらしい。
「急にどうしたんですか? 千冬さん。もしかして、何か悪いものでも食べさせてしまいましたか?」
「今は“さん”はやめろ」
「は、はい」
静かで鋭い声に気圧され、俺は頷く。
「それで? どうしたんですか急に」
「いや、されっぱなしなのは気に食わないからな。何か返してあげたいと思ったんだ」
「それはまた今度出かけるって事で良い、ってなったじゃないですか」
俺の言葉を聞いて千冬さんはため息をつく。
「私だってな、お前の喜ぶことをして上げたいんだ。私だけじゃなくて、お前にだって喜んで欲しい」
「俺はこうしているだけでも、十分嬉しいですよ?」
「それは、私が気に食わない」
「強引ですね。千冬さん……」
千冬さんは俺の返した台詞を私情で切って捨てた。その後もいろいろ考えたみたいだが、否定できなかったようで、頭をクシャクシャっとしてから人差し指を立てて宣言する。
「そうだ。私がしたいからする! 文句は言わせん!」
あそこまで取り乱すというか、ムキになった千冬さんは初めて見た。おかしくて、思わず吹き出してしまう。
「な、なにも笑う事無いだろう」
「すいません。面白かったもので。じゃあ、お願いしてもいいですか。文句は言わせてくれないみたいですし」
「いつまでも弄らないでくれ……」
そう言いながら一度立ち上がると、スカートを叩いて正座で座り直した。
「さあ、いつでも来い」
「そんな気構え無くても良いですよ。試合でも何でもないんですから」
俺は千冬さんの横に移動して、頭を彼女の太ももに頭を預けた。スカートのザラッとした感触とその奥に隠された太ももの弾力、そして体温が頭に伝わってくる。今更ながら何だか緊張して手が汗ばんできた。
「どうだ?」
「気持ちいい、ですよ」
「そうか……なら目を閉じて、力を抜いて寝てしまえ。時間になったら起こしてやる」
覗き込みながら微笑む彼女の言葉を信じて瞼を閉じる。さっきまで影を潜めていた眠気が戻って来て力が抜けていく。
そして俺の意識はゆっくりと睡魔の海に沈んでいった。