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そして迎えた学年別個人トーナメント、もとい『学年別タッグトーナメント』当日。なぜ急に種目が変更になったのかと言うと、つい先日の襲撃事件を受けて、より「実践的な戦闘経験を積ませるべき」という意見があったからだ。
その意見はごもっともで、反対する気はない。だが、個人的には不満がある。この試合形式は整備士の負担が大きいのだ。一試合の整備量が倍に増える。その分、試合が半分になるからいいじゃないか、という意見もあるだろうが、それは仕事の密度が上がる事を意味する。例えると『フルマラソンの距離を半分にしたから、ペースも倍に上げてね』って言われたようなものだ。ハッキリ言って辛い。
でもまあ、このデスマーチの中にも楽しみが無い訳じゃない。それは『打鉄弐式』の試合だ。試合の時間帯は、休憩を貰う事に成功した。さらに千冬さんに交渉して、観察室に入れて貰える事になっている。準備は万全だ。後は、たどり着く前に、仕事に殺されない事を祈るばかりだった。
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「お疲れ様です」
そう言って観察室に入ると、中にいた千冬さんと山田先生がこちらを向いた。
「あっ、倉見さん。お疲れ様です」
「准か、よく来たな。まあ座れ」
「ありがとうございます」
千冬さんの隣の空席に腰を下ろした。正面に見えるディスプレイには対戦する生徒の名前が並んでいる。その中に更識さんの名前を確認することができた。ブザーが鳴り、カタパルトから四機のISが飛び出して来る。その全てが歓声を浴びながら所定の位置につく。
「ところで准。あの機体、打鉄弐式はどんな機体なんだ?」
隣の千冬さんがそう聞いて来た。恐らく試合を見る前に要点を押さえておきたいのだろう。俺は大雑把にまとめて説明をする事にした。
「近接特化でも無ければ、射撃特化でも無い。状況に応じて使える装備や戦術を変更して対応する。オールラウンダーな機体って所でしょうかね」
「成程な。選択肢の多い分操縦士の腕が光る機体、と言う事か」
「ええ、そう言う事です」
一通り解説し終えた所で視線をアリーナへ戻す。試合開始の秒読みが始まっている。零になった瞬間、両陣営が
敵もやられっぱなしではない。ブレードを展開し応戦する。流石はIS学園に入学できた生徒、優秀だ。一度してやられても精神的に負けることは無い。
だが、格が違う。更識さんには及ばない。現に格闘戦になっても刀剣と薙刀のリーチの差を活かし、一方的にエネルギーを削り取っていく。余裕シャクシャクで一機を落とすと、応援に向かい、数の利を活かしもう一機を倒した。
こうして、打鉄弐式の初戦は圧倒的な勝利を収める。
他の手札をさらさず、先の戦いを意識しながら。
その姿を見て俺は、フッと息を吐きだした。
自分の役目をしっかりと終えられた事に安心感を得たからだ。
ヒカルノの夢が達成された瞬間。
俺が初めてやり遂げた目標。
その達成感に浸りながら、一言。「仕事に戻ります」と伝えて廊下に出た。
今の顔は誰にも見せたくは無い。
――気持ち悪い笑顔になっていそうだから。
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学園内で数少ない男子トイレで高ぶった精神を落ち着かせた後、整備室に戻ろうと歩を進めていた。試合に熱中している歓声が遠くに聞こえる。対戦カードは確か、ボーデヴィッヒさんペア対一夏君ペア。盛り上がるのも納得の専用機対決だ。時間の関係上見ることは叶わなかったが、後で録画した物を貰えたりしないだろうか。
「すいません。ちょっといいですか? 倉見さん」
俺が考え事をしていると背後から声をかけられた。振り返るとロングヘアに(失礼だが)張り付けたような笑顔の美人が立っていた。
俺はこの人を見たことがあった。五反田食堂でバイトしていた時に会っている。名前は……
「えっと、ま、まき……」
「
そうだ。巻上さんだ。彼女は俺がISの仕事から離れている時にスカウトをしてきた人物。IS学園とほぼ同時にオファーが来たから断ったのだが、まさかまた会う事になるとは思わなかった。
「失礼しました。巻上さん」
「いえいえ、私の様なただの営業を覚えている方が珍しいですよ。お気になさらず」
そう言って俺にフォローを入れる。
ハッキリ言うと俺はこの人が苦手だ。なぜかと問われれば、同族嫌悪というのが近い。いつも貼り付けたような笑顔を浮かべ、決して自分の感情を表に出そうとはしない。そのスタンスが、自分のやって来たことを思い出させる。
「そう言ってくれると助かります。ところで、私に何の要件でしょうか?」
気になるのはそこだ。俺に話しかけてきた理由。それをさっさと聞き出して、この会話を終わらせたかった。嫌いな人間といつまでも話すのは精神的に辛い。
「はい。ぜひ我が社に来て頂きたいと思いまして」
また、か。この手の話は少ない訳じゃ無い。特に、IS学園に来てからは俺当てにスカウトの手紙が頻繁に届く。もっとも、先日ボーデヴィッヒさんに伝えた通り、ここを離れる気はないので全て断っている。だが、こういって直接話をしに来るのは久しい。特に断った後の二度目となれば、なおさらだ。
「……その話は以前、断ったはずですが」
「そう言わずに聞いてくださいよ。あの時はIS学園のオファーが同時に来ている、と言っていたではありませんか。IS学園で働いてみて分かったこともあったでしょう。もしかすると、気が変わった可能性だってある。そう考えて、私は再び伺ったのですよ」
「はぁ……」
そうですか、としか言えない。ぶっちゃけた話どうだっていい。早くこの話から逃れたい。その一心で会話のカードを切る。
「お断りしますよ。私の能力を買って下さるのは素直に嬉しいですが、この職場に、不満はありませんから」
「そうですか……残念です」
巻上さんは断られたにもかかわらず表情を変えない。笑顔を貼り付けたままだった。
「では、俺はこれで。まだ仕事が残って、」
いるので。と続けようとしたがそれをやかましいサイレンが遮る。
「な、何が!?」
流石の巻上さんも貼り付けた笑顔を崩して、緊張感のある表情へと変わった。
『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと断定、来賓生徒は至急避難してください! 教師部隊は至急、次の場所に向かって……』
告げられていた場所はさっきまでいたアリーナ。つまり一夏君が試合をしている最中に何かが起きたのは明白である。分かったところで、俺にこの状況を何とかするだけの事はできない。せめて、今できることをしておこう。
「巻上さん、聞いての通りです。避難しますから、ついて来て下さい!」
「は、はい!」
その後俺は、巻上さんと最も近い避難所に向かって移動をした。不本意ながら、一緒に移動をした。嫌いだから案内しない、なんてできないからだ。そんな事をしたら、嫌な気分がずっと続く。それが容易に予想できた。
でも、巻上さんを避難所に案内した後、俺はその場を離れた。彼女と一緒にいることが苦手、つまりは精神的に苦痛だったからだ。好き好んでその場にとどまることは無い。
だから代わりに、途中の廊下で迷っている人を誘導したり、やれる事をやれるだけやった。
一夏君の武運を、千冬さんの大事な弟の無事を、祈りながら。
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そうした事を続けて、日が傾いた頃、ようやく騒ぎが収まる。そして職員一堂に業務連絡が行われた。トーナメントを一回戦のみしか行わない事。騒動に関与した人間には
職員一同が明日からやらなければならないのは、残りの試合を消化し、アリーナの復旧作業をする事。俺は両方に関わることが確定しているので、かなり憂鬱だ。倦怠感を感じずにはいられない。
ため息をつきながら、自室を目指して歩き始めた。ポケットのスマホが振動する。画面のロックを解除し、通知の内容を確認した。メール。それもヒカルノから。普段は用があるなら電話なので珍しい。内容は短いものだった。『校門で待ってる』とだけ。
進路を変更し、その脚で校門へ向かう。四月頃は
本当にヒカルノを見ているのかどうか怪しくなるぐらいに、その光景は幻想的だった。一瞬、声をかけるのをためらうほどに。
でも、話が進まなくなるので、一度深く呼吸をしてから声をかけた。
「待ったか?」
「うん……待ってた。ずっと、待ってた」
「何だよそれ、嫌味かよ」
「いや、そんなつもりじゃなかったんだ。ごめん」
「別に、いいけどな……」
あっさりと謝って来たことに違和感を覚える。拍子抜けだ。いつものヒカルノなら、待たせた事で散々弄ってくるかと思っていた。何だか、調子が狂う。
「それで? 何の用だよ。急に呼び出したりして」
「うん。ちょっと、待ってくれるかな」
そう言うとヒカルノは右手を胸に当てて、大きく二度深呼吸をすると、腰を上げて俺の正面に立つ。その目付きは細く鋭い。こんな目付きで真剣そうなヒカルノは初めてだった。
「君に、伝えたい事があるんだ」