私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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お待たせしました。記念すべき? 20話です。
感想等に励まさせつつ、頑張りました。



私だって確かめたい。でも……

 空気がじっとりと、纏わりつくかのようだった。時期は六月中盤、日本では梅雨と呼ばれる時期。ここ、IS学園も日本国内であり例外ではなかった。

 雨がコンクリートを叩く音が窓の外から聞こえてくる。この音が子供の頃は嫌で仕方が無かったなぁ、なんて懐かしい気分に浸りつつ、風呂上がりに棒アイスを冷蔵庫から取って口にくわえた。火照った体を冷ますために窓を開け、薄着で椅子に座る。

 口の中にじんわりと広がる冷気とバニラ味を感じながら、部屋をぐるっと見渡す。掃除も抜かりないし、見られて困るような物は見当たらない。体臭もシャワーを浴びたから問題は無いはずだ。

 何故俺がこんなにいろいろと気にかけているかというと、千冬さんが今日の夜俺の部屋に遊びに来るからだ。なんでも、ホラー映画を借りただかで、どうせなら一緒に見ないかと誘われたのだ。興味のあるタイトルだったし、好きな女性に「じゃあ部屋……行っていいか?」なんて聞かれて断る野郎はいない。そんなわけで、俺は悩む間もなく提案を了承したのだった。

 下準備を済ませてしばらく待つと、インターフォンが鳴る。いつもは鳴らさずに唐突にベランダから現れたりするから、何だか逆に新鮮だった。

 ドアを開けると、ラフなパジャマ姿の千冬さんが廊下に立っていた。純白の生地に、真っ黒な髪が映える。夜にジャージ以外でいる所を初めて見た気がする。

「待たせたな、准」

「いいえ、そこまで待ってませんよ。まあ、上がって下さい」

 廊下を歩いて、リビングへ招く。

「そのパジャマ、似合ってますね」

「あ、ありがとう。そう言って貰えて安心した」

「新しく買ったんですか?」

「ああ、この間真耶に勧められてな」

 真耶? ……ああ、山田先生か。聞き慣れない呼び方だったから一瞬分からなかった。千冬さんも公私で呼び方を変えるのか。その調子で俺の呼び方を仕事中ぐらいは変えて欲しいものだ。これ以上、変な噂が広がらずに済みそうだし。 

「へぇ、ところで千冬は飲み物何にします?」

「いや、別にそこまで気を使わなくてもいいぞ?」

「でもこれから映画見るんですよ? 何かあった方がいいですって」

「それじゃあ、准と同じ物で頼む」

「分かりました。じゃあ緑茶にしますね。適当に腰かけといてください」

 キッチンの冷蔵庫から冷水ポットを取り出し、お茶をグラスに注ぐ。

 コップを両手に持って戻ると、千冬さんは椅子でなくベッドに座っていた。しかも枕を抱えるおまけ付き。確かに「適当に」とは言ったけど、あのままでは俺は千冬さんの香りが染みついた枕で寝ることになってしまう。不眠症になること間違い無しだ。なんとか説得しないと。

 俺は両手のコップを机に置いて、千冬さんと向き合った。

「千冬、そっちはやめて、こっちの椅子にしませんか?」

「どうしてだ? なかなか快適だぞ」

「でも、テレビ見にくくないですか?」

「角度を変えればいいだろう」

「そしたら俺が椅子から見づらいですよ」

「……? いや、なんでそんな離れて座るんだ。准が私の隣に座ればいいじゃないか」

 当然の様に、首をかしげてそう言う。一瞬で内容が理解できなくて、言葉を返せなかった。そんな俺を見かねて、千冬さんは俺の腕を強く引っ張る。ボスッと音を立てて体がベッドに沈んだ。

「映画は長いからな。楽な体勢の方がいい」

「それは、そうですけど」

「じゃあ決定だ」

 俺がお茶を入れていた間に見る準備を済ませていたようで、リモコンをテレビに向けてスイッチを押す。テレビに映像が流れ始めたので、横になっていた体を起こして、画面に集中し始めた。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 エンドロールが流れ始める。机に置きっぱなしで、すっかり(ぬる)くなったお茶を口に含む。映画の内容はよくあるゾンビ物で、主人公とヒロインが必死になって逃げに逃げて、最後はヒロインと結ばれる。そんなベッタベタな内容だった。でも、俺はそんなありきたりな内容が嫌いじゃなかった。現実はそんなに甘くないから、フィクションぐらいは多少ご都合でも良いだろう。

 俺がそんな事を考えていると、千冬さんは抱えていた枕をリモコンに持ち替えて画面を消した。

「――准」

「えっと、どうかしましたか?」

「ちょっと、腕を貸せ」

 そう言うと俺の返事を聞くまでも無く、腕を抱えた。体全体を使って、蛇の様に締め付ける。少し驚いたけれど、この密着感が気持ちよくて、拒む気にはならなかった。

「怖かったんですか?」

「……いや、別に」

 呟いて、そっぽを向く。素直じゃないなぁ。でも、そんな所が愛おしい。逆の腕を動かして千冬さんの頭に手を添えて、頭を撫でる。

「な、何をする」

「嫌でしたか?」

「い、嫌じゃない。だから、そのまま……続けて欲しい」

 千冬さんはつっかえながら告げる。俺は返事をすることもなく、再び手を動かし始める。撫でるたびにいつもよりも濃いシャンプーの香りがして、心臓が鼓動を速めるのが自分でも分かった。

 恥かしがっている表情を出すのが嫌で、必死でポーカーフェイスを装う。

「なあ、准」

「なんですか」

 返事をすると、一呼吸を置いて、

「私の事、どう思ってるんだ?」

 そんな質問を投げかけてきた。

 思わず頭を撫でていた手が止まる。

 いつだったか、生徒会長に聞かれた質問と同じ内容。あの時は他人に聞かれる訳にはいかなかったから、「仕事仲間」と誤魔化した。

 だけど、今は部屋に二人きり。誰にも聞かれる心配はない。

 もし仮に、ここで心情を吐露したとして、千冬さんは受け入れてくれるだろうか。逆に受け入れて貰えなかったら俺は、どうしたらいいのだろうか。そう考えると不安になって、腕が震えた。

「悪い。変な事を聞いたな。……忘れてくれ」

 千冬さんは俺の思考を遮るかのようにそう言い放った。抱えられていた腕が解放されると、立ち上がって玄関の方へと歩きだした。

「今日はもう帰る。明日もあるしな。おやすみ」

「お、おやすみなさい……」

 パタンとドアが閉じられたのを確認して、鍵を閉める。俺はベッドに崩れ落ちて、ため息をついた。自分の気持ちを伝えられなかった事に呆れてしまう。

 度胸が無くて、情けない。

 そんな自分が嫌で、そのままふて寝してやろうかと考えた。だけれど、予測していた通り千冬さんが抱えていた枕でそう簡単に寝れるはずも無く、意識を手放したのはそれから二時間ほど経ってからだった。


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