私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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 短編日間最高二位達成!
 感想をくれた方、評価してくださった方、お気に入り登録をしてくださった皆様ありがとうございます。テンションが上がったので続編です。

 続きを書くにあたり、名無しのままではかわいそうだったので主人公の名前を倉見(くらみ) (じゅん)としました。
 
 では本編をどうぞ~


私だって嫉妬する。

 俺は今、生徒たちが今日一日使い潰した訓練機のメンテナンスを行っている。これが中々面倒で辛い作業だ。だが手を抜く訳には行かない。ISは人を乗せて動くものであり、ちょっとしたことで事故に繋がるかもしれないからだ。

 生徒達はまだ若い。理不尽な事故で彼女たちの未来を奪いたくはない。そんな想いを秘めて作業を続けた。

 アリーナ閉館時間を過ぎてから開始した作業はほぼ終わりかけている。後は動作確認だけなのだが、俺は男だ。当然のことながらISに乗ることは出来ない。普段は残っている生徒に手伝ってもらうんだが、運が悪い事に今日は整備室に人っ子一人いない。

 気は進まないが教師陣に頼みに行くとしよう。仕事に文句言うなって? いやだってさ、口を開くごとに「こんな事も出来ないの?」って言われるの辛いじゃん? あんなのパワハラだよ。

 その点生徒へのお願いは大変気が楽だ。だって数百円のお菓子で釣れるからな。知らない人から貰った物は食べちゃいけませんって教わらなかったのだろうか。

 いや待て、就任してから一年経つのに認知されてないのかよ。うわっ…俺の知名度低すぎ…?

 そんな事を考えながら工具箱に使った物を片付け終えると、タオルで手にこびりついたオイルを拭って職員室へと歩き出した。

 

 ▼ ▼ ▼

 

「失礼します」

 職員室の扉を何度か叩いてから入室する。もう遅い時間だからか残っている教員は余りおらず、片手で数えられるほどだった。首を左右に動かして暇そうで尚且(なおか)つ俺をディスらない、そんな人間を探す。すると山田先生がデスクから立ち上がるところが見えた。早速声を掛ける。

「山田先生」

「あれ? 倉見(くらみ)さん。どうもお疲れ様です」

 山田先生は軽く会釈してそう返した。彼女は何というか、男の俺に対しても変に上に出ようとしない。話していて心地いい人だ。マイナスイオンとか湧き出てそう。

 彼女にもプライベートがあるだろうから早く済ませよう。

「この後時間ありますか? 少し手伝って貰いたい事がありまして」

「ええ、大丈夫ですよ。何を手伝えばいいですか?」

「ISの動作確認をお願いしたくて……」

「分かりました! 任してください!」

 そう言って有り余る胸部装甲を強調しつつ了承してくれた。即座に俺は目を背ける。

 見ちゃ駄目だ! 見ちゃ駄目だ! 見ちゃ駄目だ! 見たら最後、他の教師陣によって豚箱に放り込まれるぞ! 精神を理性の鎖で繋ぎ止め、体を反転させた。

「どうかしましたか?」

「……何でもないですよ。行きましょうか」

「はいっ」

 山田先生は廊下に出ると自然に隣の位置にポジショニングしてきた。手が触れそうで触れない距離感に驚きつつも足を動かす。

「そう言えば倉見さんはどうしてIS学園に来たんですか?」

「どうして、とは?」

 俺は質問の意味を探るためにそう返した。IS学園に男はお呼びじゃねぇんだよ! 的な意味合いが込められているのだろか? 女性は怖いからな……思いもよらぬ所に地雷を仕掛けてくる。踏みしめたら最後、下手したら刑務所行き。そりゃ慎重にもなる。

「いえ、私、以前に倉見さんの事を見かけたことがあって」

「私のような裏方をどこで?」

「これでも私、元代表候補だったんですよ。それで一度、日本代表のピットを見学した事があったんです。その時に」

「……記憶力が良いんですね」

「いえ、唯一の男性スタッフで選手と仲良さげに話していたのが印象的だったんです。他の候補生達といいなーって、言ってました」

 山田先生は懐かしむようにそう話した。取りあえず悪意が無い事は読み取れたので、胸をなでおろす。

 俺は日本代表の専属整備士だった事がある。その縁から未だに選手たちとは交流があったりする。特に某織斑選手とかはよく酒を飲みに来るしな。

「成程、それで」

「はい。日本代表は給料も良いって聞きますし、どうしてこっちに来たのか気になりまして……」

 確かに日本代表専属の方がIS学園(ここ)より給料は良い。だが……。まあ、隠すほどの事じゃないから言うか。

「あれです。クビになったんですよ。俺」

「ええっ!? すいません! 失礼な事を聞いてしまって」

 ものすごい勢いで頭を下げて謝った。慌てふためく感じが面白い。打てば響くとはこのことだな。

「頭を上げて下さい山田先生。別に気にしてませんから」

「で、でも……」

「成績が落ちたらクビになるのが当然です。競争も激しいですし。ここに拾ってもらっただけ運が良かったですよ」

「そ、そうですか」

 山田先生は「ああっ! やってしまった!」と言わんばかりに自分の顔を両手で隠した。責任感が強いぶん失態をいつまでも引きずるタイプなんだろうな。非常に分かりやすい。

 このままだと自己嫌悪に陥って気持ち良く手伝って貰えそうにないので、テコ入れをすることにした。

「山田先生」

「ひゃいっ!? 何でしょうか」

「今度、都合のいい日に食事にでも行きませんか?」

「お食事、ですか?」

「はい。気が早いですが、今日のお礼も兼ねて」

「で、でも……私なんか」

「私なんか、なんて言わないで下さい。俺は山田先生のような素敵な女性と食事がしたいんです。ダメですか?」

 目を合わせながらそう言い放った。

 歯の浮くようなセリフに自己嫌悪する。言っていて気持ちが悪い。

 だがこれも女尊男卑社会を生き延びる(すべ)。好印象のみを与え続け、トラブルを避ける。悪印象が噂で伝染するように、好印象は伝染し、更なる好印象を生むのだ。

 代わりに自己嫌悪の毒が自身を蝕むが、仕方あるまい。

「今日……でも良いですか?」

 一度うつむいてから顔を上げてそう問いかけてきた。少し顔が赤い気がした。

「構いませんよ」

 すぐに返事をした。自然な作り笑いを浮かべるのを忘れない。

 その直後、ゾクッと体中に寒気を感じて辺りを見渡すが誰もいなかった。

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでも」

 視線を前へ戻すと整備室の室名札が見えた。ドアに手を近づけてスライドさせる。

「じゃあさっさと片付けて行きましょうか」

「そうですね。頑張りましょう!」

 二人で中に入ってドアが閉まると寒気は自然と収まっていた。きっとこの部屋と廊下との温度差が原因に違いない。そう決めつけた。

 この後、上機嫌な山田先生に手伝って貰った作業はいつになく早く進み、その後二人で食事に出かけた。

 

 ☆

 

 私が仕事を終えて職員室へ戻ろうとすると、目の前に並んで歩く真耶と(じゅん)が目に入った。何を話しているのかは聞こえないが、真耶は楽しそうに笑顔を浮かべて楽しそうだ。

 今日は金曜日で休日の手前。二人と飲みに誘おうと声を掛けようとしたときにその声が聞こえて来た。

「俺は山田先生のような素敵な女性と食事がしたいんです。ダメですか?」

 後頭部を鈍器で殴られたのかと思うほど衝撃的だった。

 私には普段そんな事言ってくれたことは一度だってない。それなのに真耶に向かってはスラスラと言い放った。その事実をどうしても受け入れる事が出来ず、その場に立ち尽くした。

「今日……でも良いですか?」

 話し声が私を現実に戻した。堂々と声を掛ければいいのだが、私は何故か曲がり角に身を隠してしまった。片目で様子を覗き見る。

「構いませんよ」

 そう言いながら、准は爽やかな笑みを浮かべた。

 あいつめ、真耶にばかりいい顔をして! 私が迫っても涼しい顔をしている癖に……!!

 握りこぶしを作りつつ准を睨み付ける。

 その時、ビクッと肩が跳ねた。慌てて顔を引っ込める。もしかして殺気が漏れていたか? 私は慌てて存在感を薄めた。

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでも。じゃあさっさと片付けて行きましょうか」

「そうですね。頑張りましょう!」 

 ドアが開閉する音が聞こえて、私は物陰から廊下に出た。もう二人の姿は無い。

 目の前にある整備室へと入って行ったのだろう。この時間だと遅いがまだメンテナンスを行っているのだろうか? だが二人っきりで密室、何をしているのかは分かったものじゃ……

 ああッ! 想像するだけで頭にくる! さっさと帰って酒を飲んで忘れよう。

 私は踵を返して自室を目指した。

 

 ☆

 

 酔いつぶれた山田先生を部屋まで送った後、俺は自室の鍵を開けて部屋へ入り、靴を適当に脱ぎ捨てた。

「ふうっ……」

 ネクタイを緩めてため息をつく。人の事を気にしながらの食事は辛いものがある。常にアンテナを張って何をすべきか模索し、それをさりげなく実行に移す。そう、さりげなくだ。気遣いを表だってしてはいけない。

 山田先生は他の教師陣に比べ相手が楽だった為、そこまで疲労感は無い。

 明日は休日。ありったけ飲んで、寝てしまおう。二日酔いが心配だが構うものか。休みの前ぐらい羽目を外したい。

 冷蔵庫から缶ビールを取り出して天板に置いた。炬燵の電源コードを手に取る。

「あれ? 電源入れっぱなしだったか」

 コードはコンセントに差し込まれていてスイッチも入れられていた。手を入れると炬燵の中は既に温まっている。電気代がもったいないし今度から気を付けよう。

 冷え切った足を中に突っ込んで伸ばす。するとそれを阻むかのように何か弾力のある物にぶつかった。何だ、これ? 確認するために足で何度か押す。炬燵布団のような感触ではない。何というか生き物のような感触。いやそれはおかしい。俺はペットを飼っていないし、そもそもこの寮はペットも禁止だ。

「うおっ!?」

 動いた。俺は驚きのあまり炬燵から飛び出ようとしたが、得体のしれない何かに足首を掴まれて動けない。

 そこから伝うようにして徐々に俺の上半身へ向かってくる。毒蛇に襲われているような恐怖感が俺を襲う。母さんごめん。俺ここで死ぬかもしれない。

 炬燵布団から這い出て来たのは手だ。人間の手。それが俺の胴体を強く押した。 

「がふっ!?」

 不意打ちだったので腹に力を入れることが出来ずに変な声が出てしまった。背中から床に倒れ込む。その直後、両腕を抑えられて、謎の物体の正体と目が合った。

「ち、千冬さん?」

「ようやく帰って来たな。危うく寝るところだったぞ」

 見知った人物であった為、俺は恐怖感から解放された。だが一つ疑問が生じる。

「千冬さん、どこから入って来ました? 鍵かけといたはずなんですけど」

「窓が開いてたからベランダから乗り移った。戸締りはしっかりしろ。こんな風に襲われるかもしれん」

「そんな度胸と身体能力を持っているのはあなたぐらいですよ」

 皮肉を込めてそう言い返した。千冬さんは知らん顔して、話を続ける。

「何処に行っていたんだ? 一緒に飲もうと思っていたのに……」

「山田先生と食事に行ってました。言ってくれれば誘いましたよ。連絡してくれれば良かったのに」

「そしたら三人一緒になってしまうだろう! 私は、その、(じゅん)と二人っきりがいい」

 はっきりとそう答える。千冬さんには羞恥心というものが無いのだろうか? 俺は照れくさくて顔を背けた。

「それと聞きたい事が有る」

「何でしょう?」

 彼女に目をくれる事無く返事をする。

「准はいつもあんな事を言っているのか?」

「あんなこと?」

「『俺は山田先生のような素敵な女性と食事がしたいんです』って言ってただろう」

「っ!?」

 聞かれてたのか。ヤバい死ぬほど恥ずかしい。今すぐに枕に顔を埋めて足をバタバタさせたい。

 だがそんな姿を見られるのも恥ずかしいので、冷静を装って話を続ける。

「それがどうかしましたか? 実際、山田先生は素敵な女性じゃないですか」

「じゃあ准は真耶みたいなタイプが好みなのか!? 胸があれくらい大きいのが好きなのか!?」

 腕を押さえつけていた手が肩へ移動し俺を揺すった。確かに山田先生のおっぱ……胸部装甲は大きい。だが俺の好みはもっとこう……。考えてて恥ずかしくなってきた。

 黙っていても肩を揺するのをやめてくれそうにない。こうなったら、やけくそだ、どうとでもなれ!

「俺は黒髪で、もっとスレンダーで、凛々しい女性が好きだ!」

 手が止まる。ようやく離してくれたか。俺は千冬さんの顔を見上げる。

「なっ、なっ……!」

 千冬さんは言葉を失って顔を赤くしている。俺と目が合った事に気が付くと慌てて顔をそらして立ち上がった。

「今日はもうか、帰る!」

 そう言ってベランダに出ると、隣の部屋に乗り移った。彼女はくのいちとか言われても俺は信じてしまいそうだ。

 外の冷たい風が吹き込んで、俺の熱を冷ました。

 落ち着いて自分の行動を振り返ってみると再び顔が熱くなっていった。

「ああ、くそっ。恥ずかしい」

 独りでにそう漏らして顔を床に伏せた。


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