私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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毎度、感想、評価等々ありがとうございます。励みになってます。
今回はいつもと違う感じの一話。ヒカルノさんメインの一話にしました。


彼女だって心配だった。

 千冬さんと星を見に行った翌日。日曜日。俺は自室で惰眠をむさぼっていた。怠惰に過ごしていた。時刻は昼の一歩手前になった頃、重い腰を上げてベッドから立ち上がる。カーテンを開けて日差しを浴びた。

「う、眩し……」

 目元を(こす)って、覚醒し切らない意識のまま、いつもの様にお湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れた。机の上にカップを置き、椅子に座る。

 そのときふと、充電中だったスマホが目に入った。というのも、普段あまり見ない画面になっていたからだ。「着信あり」と表示されている。俺に電話をかけてくる人物は少ない。せいぜい両親と千冬さんぐらいなもので、それ以外となるとまったくもって見当が付かない。

 ロックを解除して通知画面を見ると、同じ番号から五回も連続してかかってきている事が分かった。ここまでしつこいとなると、相手も限られる。もしかすると海外に行っている両親が機種変更をして番号が変わった、とかそんな要件なのかもしれない。通知から電話でその番号を呼び出す。するとワンコールで相手が応答した。

「やっほー准。元気かい? 待ちかねていたよ」

 女性の声だ。はっちゃけていて、聞き覚えのあるテンションの高い声だった。だけれど、近年の技術進歩は凄まじい。声を偽装するぐらい雑作も無い。確認を行うために寝ぼけた頭で口を動かす。

「どちら様ですか?」

「やだな~忘れたとは言わせないよ。貴方の恋人のヒ」

 台詞を言い終わる前に切った。少なくとも俺に恋人はいない。きっとあの電話は新手の詐欺なのだろう。せっかくの休日を数分無駄にした気分になった。スマホを置き直す前に再び振動する。へこたれずにかけ直してくるとは根性のある奴だ。ムカつくが、褒めてやる。それに敬意を称して、苛立ちをそのままぶつけてやる事を決め、電話にでた。

「……もしもし」

「まったく、ヒドイじゃないか。この篝火ヒカルノの、恋人の電話を切るなんてさ」

「……切るぞ」

「待って待って待ってってばっ! 切らないでよ。何か気に障ったなら謝るから!」

「いやなに。これ以上下らない詐欺電話に付き合っている暇なんてないからな。篝火ヒカルノって奴が誰だか知ったこっちゃないが、彼女いない歴=年齢の俺に彼女からの電話とは、腹の立つ業者もあったものだなと、思っただけだ。じゃあ切るぞ」

「嘘ついたのは悪かったけど、誰だか知らないとかひどい事言わないでよ。私、本物だよ……」

声が震えていた。少しやり過ぎたかもしれない。八つ当たりはこの程度にしておこう。泣きだされたらたまらないからな。

「冗談だ。それで? 何の用だヒカルノ。朝から複数回電話してくるなんて」

「そうだった。准、君さ私との約束すっぽかしてない?」

「約束?」

 俺は約束は守るようにしている。ヒカルノとの約束を果たすため、ここ数ヵ月は更識さんの専用機組み立てを手伝っていた。ヒカルノとの約束を、俺を立ち直らせた約束を、忘れたことなんて一度たりとも無かった。

「ああ、忘れるわけ無いだろう。打鉄弐式は必ず完成させる。手を抜く気は毛頭ない。そんな確認の為に電話してきたのか?」

「えっと……それは嬉しいんだけどさ。そっちじゃなくて、この間私がIS学園に行った時、『仕事終わったら相手してやる』なんて言ったじゃないか。その日は結局、仕事が忙しいって言ってたから諦めたけど、その埋め合わせをまだして貰ってないよ」

 そういえば、そんな事を言ったような気がしする。数ヵ月前に何となく言ったものだったので、記憶から抜け落ちていた。どうせ今日丸一日は予定が無い事が予定、みたいなものだったから、相手をしてやってもいい。それに、伝えたい事もある。だから、俺はその誘いに乗ることにした。

「分かった。今からでいいか?」

「うんっ! 実家の方で待ってるから」

「ああ」

 電話を切って、身支度を始めた。

 ▼ ▼ ▼

 

 IS学園から車で数十分。今は殆ど出入りしない家に駐車してその真横の家へと向かう。表札の横にあるインターフォンを押すと、チャイム音がした後に機械越しに『はいはい~』と軽い声で返事をして玄関から跳び出て来た。

 いつもの様に緑の髪を二つに結び、ひらひらと純白のワンピースをはためかせ俺の隣に立つ。ヒカルノの私服姿は久々に見たからか、大人びて見えた。

「待ってたよ、准」

「それは悪かった、とは思わないぞ。当日にいきなり連絡してくるアホがいるか」

「ここにいるよ」

「誇らしげに胸を張るな……」

 目のやり場に困る。

「だって准はいつだって暇でしょ?」

「俺にだって予定はあるんだ」

「まーたそんな事言う~。どうせ予定が無いのが予定とか言い出すんでしょう?」

「悪いか?」

「悪いに決まってるじゃん。女の子から誘われて断る理由がそれとか、彼女だったら絶対怒られるよ」

 ヒカルノは両手を腰に当てて、呆れた顔でため息をつく。なんでそんなに怒るんだか、お前は俺の彼女じゃないだろうに。

「まあいいや。今回はちゃんと来てくれたし。文句はこれぐらいにしとく。それよりお腹すいたから何か食べに行こうよ。どこ行く?」

「そうだな」

 腕時計を見て時間を確認する。この時間帯ならまだギリギリあそこも空いているだろう。再就職を決めてから顔を出していなかったし、丁度いい。

「じゃあちょっとついて来てくれるか? 近くにバイトしてた店があるんだ」

「バイト? 学生のとき准がバイトしてる暇があったけ?」

「いや、倉持をクビになった後にしばらくな。世話になったから挨拶もしておきたい」

「そっか。じゃあそこにしよっか。お腹がすいちゃったから早く行こうっ!」

 ヒカルノは俺の手を取り、引っ張って俺を急かす。そういった無邪気さは昔から変わらないままだった。

 

 ▼ ▼ ▼

 

「ここだ」

「思ったより近かったね」

「まあ近くないと、疲れたときに行きたく無くなっちゃうだろう?」

 俺たちの家から徒歩十分。目的の場所五反田食堂にたどり着いた。真新しい訳ではないが、活気のある食堂だ。就職してから一度も来ていなかったのだが、相変わらずで何だか安心した。

 ドアを開け、暖簾(のれん)をくぐる。閉店時間ギリギリで客足はまばらだ。でも、その少ない視線が俺に集まっているのが分かった。

「もしかしておめぇ、准か?」

 年を感じさせない強靭な肉体、浅黒い肌に張りのある渋い声。それがやけに懐かしく感じた。

「はい。お久しぶりです、厳さん」

「顔見せにくるのがおせぇじゃねぇか」

「それなりに忙しかったんですよ」

「その割には女連れて遊びまわってるみてぇじゃねぇか。彼女か?」

 そう言って俺の後ろにいたヒカルノをにやけながら見る。振り返るとヒカルノは照れくさそうに頬をかく。なんでだよ……。誤解されないように否定ぐらいして欲しい。

「いえこいつは違いますよ。幼馴染、いっ!」

 腕にズキッと痛みが走る。横を見るとヒカルノが俺の腕をつねっていた。

「痛い。離せよ、ヒカルノ」

「准が悪いんだよ」

「俺が何したってんだよ」

「さあ、なんだろうね? 自分で考えなよ」

「分かんないから聞いてんだ、痛い痛い痛いッ! 爪を立てるな爪をッ!」

 そんな風に俺が苦しみ、もがいている姿を見て、厳さんは堪えられなくなったようで、大声で笑われてしまった。恥かしかったのか、ヒカルノはようやく俺をつねる事を止めてくれた。爪の後がくっきり残った腕をさすりながら厳さんの方へと目線を移す。

「厳さん、なにも笑う事は無いじゃないですか」

「いや悪い、悪い。お前がそこまで手玉に取られてるのは初めて見たもんでな。まあ座れや。注文はどうする? お前はいつものでいいだろうが、嬢ちゃんは?」

「えっと……じゃあ、同じので」

「はいよ。ちょっと待ってな」

 注文を受け取ると厳さんは厨房へと引き上げていった。そこから一番近いカウンター席にヒカルノと並んで座る。中華鍋から炎が上がったのが見えた。

「そんな適当に俺と同じの、なんて適当に注文して良かったのか?」

「ん? いや、適当じゃないよ。君はよく『店が一番自信を持ってるからオススメなんだよ』っていつも言ってたじゃない。だからハズレは無いかなって」

「なんだよそれ、やっぱり適当なんじゃないか」

「違うよ。信用してるからね」

 そんな所で信用されてもちっとも嬉しくは無い。

「そうか」

 そのあとすぐに厳さんが完成した定食を運んで来て、二人で食べた。懐かしく、変わりの無い味だった。途中からは店を閉めた厳さんが隣にやってきて、俺を挟み、二人で俺が子供の頃の話を始める。なんだか、自分のアルバムを解説されながら見せられているかのような気分だった。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 五反田食堂を出る。ヒカルノは厳さんと意気投合したようで、長々と話をした。結局、時刻は夕方。辺りは日が傾いて薄暗い。

 実家が直線で見え始めた頃、ヒカルノが沈黙を破り、話しかけてきた。

「今日はありがとう、准」

「どうした? 急に」

 礼を言ってくるなんて珍しい。

「だって、久々だったからさ。こうやって二人っきりで出かけたの」

「そういえば、そうだったかもな」

「そういえばって、君ね……。倉持を辞めてからはまともに連絡はしてこないし、こっちから電話したらすぐ切っちゃうし、それなりに心配だったんだよ?」

「それは、悪かった」

 その後に「でも、俺だって忙しかったんだ」という言い訳をしかけて、やめた。「言い訳しない!」って怒られるのが目に見えていたからだ。俺だって伊達に付き合いが長いわけでは無い。

「だから、今日は嬉しかったよ」

「大げさだな。一緒に飯食いに行っただけだぞ?」

「それでも、それでも、私は嬉しかったの」

「そうか」

 これ以上突っ込むとややこしくなりそうだったので、俺は深く聞かないことにした。俺が倉持をクビになってから、(くすぶ)っていたように、ヒカルノにはヒカルノなりに思う所があったのだろうから。

 あと数メートルで家に着く所で、俺は新しい話題を切り出すことにした。今回、ヒカルノに伝えたかったことを、切り出すことにした。

「なあ、ヒカルノ」

「どうかした?」

「あの約束、ようやく、あと少しで果たせそうだ」

 自分に言い聞かせるように、そう告げた。もうひと踏ん張りするために、自分の逃げ道を塞ぐために。

「ホント!?」

 本当に嬉しそうに俺の手を取って、ブンブンと上下に振った。今日最初に会った時の大人っぽさが消え失せて、子供みたいな仕草だった。

「ああ、本当だ。このまま順調に行けば、打鉄弐式は一ヵ月後には完成する」

「そっか、そっか……。やっぱり准はすごいな。私が諦めてた事、簡単にやっちゃうんだもん……」

 手を振り回すのをやめて、両手で包むように、ギュッと握る。ヒカルノがうつむくと、堪えきれなかったのか、声が震え出した。

「いいや、大変だったよ。組み立てに何ヵ月もかかちまった。それに今回はお前がチャンスをくれたおかげだ。正直な所、諦めかけてたからな、俺も。ありがとうなヒカルノ」

「うん、どういたしまして」

 ヒカルノは顔を上げて人差し指で目元をぬぐうと、笑って見せた。

「ああ、もう家についちゃった」

 そう言われて、ヒカルノから視線を外すと、並んだ実家にたどり着いていたことに気が付く。繋がれていた手が解かれた。

「じゃあ、またね。准。私達の夢が叶うのを待ってるから」

 そう言ってヒカルノは手を振りながら、家へと帰って行く。

 俺も手を振って見送った。明日からまた、頑張れる気がした。俺達の夢を、実現させるために。


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