私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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お・待・た・せ。
評価人数も95人を超え、100人が見え始めた今日この頃。モチベを上げて頑張りました。
何とかギリギリ二週間以内に間に合ってほっとしています。
では本編をどうぞ。


私だってこれぐらいできる。

 ゴールデンウィークも明けて五月中旬、クラス対抗戦を迎えた当日。俺はやや上機嫌でアリーナのピットに待機していた。試合が終わって引き上げた機体を整備し、再び送り出すためだ。

 だがこの一大イベント、忙しいかと問われれば、そうではないとはっきり言える。なぜなら、普段の様に延々と機体を整備するわけでは無いからだ。試合に出るクラス代表の人数は限られているし、そのうち二人は専用機持ち。となると俺が受け持つ人数は普段と比べると格段に少ない。

 イベントの準備の方は俺の管轄外なので知ったこっちゃないが、整備士側からすると正攻法で楽ができるイベントだ。これでテンションが上がらない訳が無かった。

 冷蔵庫から冷やしたお茶を取り出して椅子に座ると、ペットボトルに口を付けてグイッと喉に押し込んだ。食道を冷えた液体が通り抜けていく感覚が気持ちいい。

 そして試合が観戦できるよう、開けっ放しにしたピット搬入口から外を見る。中央の大型ディスプレイには第一試合のメンバーが表示されていた。

 

 織斑一夏vs凰鈴音。

 

 中国の代表候補生vs世界王者の弟。このカードが注目されないはずが無く、観客席は超満員。五月とはいえ暑苦しい。あの中に入らずに済んで本当に良かった。あれだけの人数の女性に気を配り続けるのは酷だし、少しでも気に食わないと判断されれば、俺はクビになっていたかもしれない。

 そんな事を考えているとドアが空気を吐き出して、中に人が入って来た。

「失礼します」

 今では聞きなれた声の主は更識さんだ。今日はこの後で試合を行うようでつい先日、俺に訓練機の整備を頼んできたので、この時間に来るように言っておいたんだった。知らない人が来るよりも、ある程度見知った人が相手だとこっちもやりやすいので比較的気が楽だ。

「うん。じゃあ試合前の最終調整を始めようか」

「はい。お願いします」

 コンソールを接続して数値を確認、異常は無い。後は微調整だけ。

 更識さんの様子を見つつコンソールを叩き、機体の調子を上げていく。本人が動きやすいように、思い通りになるように、()()()()()()()()()()()()()

 最後にエンターキーを押して、目線を更識さんに向ける。

「更識さん、じゃあ調子を見てくれるかな。不満があればをもう少し調整するから」

 そう言うと調子を確かめるようにその場で体を動かす。体全体から関節や指先といった細部まで。それが終わるとゆっくりと口を開いた。

「……す、凄いですね。とても、訓練機とは思えないぐらい動きやすいです」

「そこまで言ってくれると嬉しいね。整備士冥利に尽きる」

 コンソールを閉じて作業を終了させ、椅子に腰をかけた。再びお茶を口に含む。

「えっと、倉見さん。少し……聞きたいんですけど良いですか?」

「いいよ。何について聞きたい?」

 珍しく更識さんが俺に質問を投げかけてきたので、快く了承する。

「どうしてこんな試合直前の調整にしたんですか?」

「ああ、それはね、当日になってみないと本人のコンディションが分からないからだよ」

「コンディション、ですか?」

「うん、コンディション。体の調子ってのは日々変化しているからね。もし仮に前日に完璧に調整できたとして、それが試合当日のコンディションと合致しているとは限らない」

「だから、その誤差が少ない試合直前の調整……ですか?」

「そういうこと。理解が早くて助かるよ」

 この調整には欠点がある。この方法は自分が感じる違和感、直感だよりに体の状態を見て、機体と同化させる。普段の状態をある程度知っていないとできないのだ。ベストな状態を掴むのに時間もかかる。かつて俺が日本代表に帯同していたのもこれが理由だ。

 話をしていると外から歓声が聞こえてきた。恐らくいよいよ試合が始まるのだろう。外を見ると二機の機体が宙に浮いている。

「試合が始まるみたいだね」

「そうですね」

「一回戦からの専用機の直接対決とはくじ運がない。いや更識さんにとってはそうでもないか」

 情報アドバンテージ。こういう一発勝負のトーナメントでは大きな意味を持つ。学園(ここ)では専用機は研究の意味合いが強く、武装を自由に取り換える事ができない。故に、一度手の内を晒してしまえばそれは知っていて、当たり前のこととして、学園内の情報になる。

 それに対し訓練機で挑む生徒は自由に武装を変えることが可能だ。

 自分は手の内を晒さずに対策を練れる。無知の相手と既知の自分。試合のイニシアチブを握る事はそう難しくはない。

 もっとも、それを生かすには専用機持ちを操縦技術で凌駕(りょうが)する事が必要不可欠。それができる生徒はこの時期にはそうそういない。だが、更識さんなら。本来専用機を受け取るはずだった更識さんなら。十分に可能な領域だ。

 専用機を訓練機が下すジャイアントキリング。

 下馬評を覆すような神がかった試合。

 俺はそんな『ご都合主義』的な展開が好きで、そうなる事を期待していた。

「はい、しっかり、目に焼き付けておきます」

 更識さんはそう言って外を見た。

 試合開始のブザーが鳴ると当時に二つの機体が刃をぶつけ合う。(つば)迫り合いとなったがその刹那、一夏君の機体が不自然に体制を崩された。まるで見えない何かに殴りつけられた様だ。その様子からして導き出される武装は一つ。

「衝撃砲か」

「みたいですね」

 中国は衝撃砲の研究に熱心で、モンドグロッソでも試作品を運用していた。代表候補を送り込んできたのもそれが完成したからなのだろう。

 衝撃砲の特徴は肉眼では確認できない。ハイパーセンサーを使えば空気の歪みから着弾点を予測できるらしいのだが、ISに搭乗して日が浅い一夏君はそれを掴むまで時間がかかるはずだ。となると、この勝負を分けるポイントは『このまま削り取れる』か『一撃でも当てる』か。

 状況は変わらず凰さん優勢。衝撃砲の乱射でゴリゴリとシールドエネルギーを削っていく。あと数発貰えば負け、という所で一夏君はこの状況をひっくり返すカードを切った。

 『瞬時加速(イグニッションブースト)』。瞬間的に移動スピードを高めて距離を詰めることができる技能。千冬さんの得意技の一つ。

 突然の事に対応が遅れた相手に一撃必殺の一太刀を浴びせる寸前。轟音が響く。アリーナの中央に土煙が上がった。

「なんだ……あれ?」

 煙が晴れていくにつれて明らかとなるその姿は、全身装甲(フルスキン)。やたらと長い腕。肩と同化した首。()()()()()()()()()()()()()()

 目が合う。

 蛇に睨まれた蛙の様に体が動かない。

 かつてない程の寒気に汗で手の平がべたついている。

 謎の機体は俺に向かって手を伸ばした。

「倉見さん伏せて!!」

 訓練機を纏った更識さんが俺に向かって叫び、俺の盾になるように覆いかぶさった。

 その直後、再び轟音。

 ピットに高威力の光学兵器が着弾。衝撃に俺と更識さんは吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。声にならない叫びと共に酸素が吐き出され、代わりに口内を鉄の味が満たす。

 ああ、きっと俺はここで……。

 強烈な痛みに耐えられず、俺の意識は電源を切られたテレビの様に――――――――

 

 ▼ ▼ ▼

 

 うっすらと意識が戻る。目を開けると視界はぼやけていて、自分がどこにいるのかサッパリ分からない。辛うじて分かるのは、部屋の明るさが薄暗いことぐらい。

 そのまま目を開け続けていると、俺の目の前ある何かに、焦点が合さっていく。それは少しづつ近づいていて、俺の顔に触れる直前になってようやくその正体を把握することができた。

「――――ち、冬……?」 

 (かす)れた声。口がさび付いた機械の様に上手く動かなかった。

 目を閉じていた千冬さんは声に驚いて、慌てて距離を置いた。なんで近くに寄っていたのかは分からないが、取りあえず俺はこの状況を把握しようと体を起こす。

「ぐっ、がっ……!」

 体を突き刺す様な激痛が走り、思わず途中力を抜いてしまう。少し持ちあがった胴体はベッドに落ちた。

「馬鹿者、無茶しなくていい。私が起こしてやる」

 そう言って俺とベッドの隙間に腕を入れる。仮にも成人男性だからそれなりに重いはずなのだが、千冬さんにとっては些細な事らしく軽々と俺の半身を壁に預ける。

「とにかく、意識が戻って良かった。准が撃たれたと聞いて焦ったぞ」

 そうだ。俺はあの奇妙な機体に撃たれて……。

「更識さんは? 更識さんが俺を庇ってくれて!」

「更識簪はISを身に着けていたからな。絶対防御のおかげで怪我は無い」

「そうですか。……良かった」

 更識さんに命を助けて貰ってしまった。彼女がいなかったら俺はどうなっていたことやら……。後で必ずお礼に行こう。

「真っ先に他人の心配とはな。全く……少しは自分の心配をしたらどうだ」

 呆れた様に千冬さんがため息をつく。

「俺に関しては生きていれば儲けものというか、半分諦めがついていたというか……いっ!」

 手の甲を軽くつねられて、本調子になりつつあった口を止める。

「あまり、そんな事を言わないでくれ……頼むから」

 眉間にしわを寄せて、明らかに『私、怒ってるからな』と雰囲気で意思表示をしつつ、千冬さんはそう言った。

「……すいません」

「分かればいいんだ。分かれば」

 室内の空気が重苦しくなり。しばらく沈黙が続く。

 千冬さんはさっきつねった場所に手を重ねる。すべすべとした感覚を感じているだけで、十秒が一分に感じられるような気がした。

 もう少しだけこのままでいたい。

 そんな俺の気持ちを妨害するように空気の読めない腹の虫は音を上げ、情けない音を立てた。

「腹が減ったのか?」

「……はい」

 そう言えば朝食以降、何も口にしていない。窓の外が暗くなっていることから正確な時刻は分からないが、夕食を摂りたくなる時間なのだろう。

「そうか、なら丁度いい。見舞いにリンゴを持ってきたんだ。剥いてやろう」

 何処から出したのか包丁とリンゴを持って、俺の返事を聞くまでも無く剥き始めていた。手慣れた動作で、耳付きの可愛らしい姿へと変えていく。

「千冬、リンゴ切るの上手ですね」

「まあな。家事ができずともこれぐらいは、一夏が寝込んだ時にはよくやってやったものさ」

 懐かしむように微笑みながら手を動かし続ける。やがて完成されたそれを俺に向かって一つ差し出した。

「そら、口を開けろ。食べさせてやる」

「いや別に自分で食べれますから」

 重ねていた右手を持ち上げようとすると、体重をかけられて拘束され、逆の手を動かそうとした隙に口に放り込まれた。

「怪我人は黙って、私の言う事を聞いておけ」

 その言葉を聞きながら口に含んだ兎を粉々にかみ砕く。その味はいまいちよく分からなかった。


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