毎度のことながら感想評価、モチベに繋がってます。ありがとうございます。
これからも頑張って書いて行きます。そんなこんなで最新話をどうぞ。
入学式から時間は流れ、そろそろ五月になろうかという時期。今日も俺は仕事を一通りこなして更識さんの手伝いに来ていた。
組み立ては順調。苦労した甲斐もあって本体は組みあがった。後は微調整と武器だけ。
機体だけなら「学年別個人トーナメント」までには仕上がるという所まできていた。
「更識さん。そこの高周波カッターこっちに貰える?」
「は、はい。ど、どうぞ……」
「ありがとう」
彼女の手から機材を受け取って再び機体と向き合う。脚部関節を動きやすくするために装甲の大きさを微調整、内部の配線に影響を及ぼしていないかを確認する。あとは本人が動きをどう感じるかを聞くだけだ。
「更識さん、今調整した部分を動かして貰って良いかな」
「分かりました」
膝を曲げたり元に戻したり足首を回してみたりといろいろな動きを確認していく。一通り確認を終えた後、更識さんは少し考えるような素振りを見せた。
「どうかした?」
「関節については問題ないんですけど、その、もう少し……反応速度を上げて欲しい……です」
「了解。ちょっと待ってね」
コンソールを立ち上げて、内部の数値を操作し、反応速度を高めた。
「これでどうかな?」
「……はい。大丈夫です」
「じゃあ、きりが良いから一旦休憩にしようか。なんか飲むかい?」
「いえ、お構いなく……」
そうは言われたが念のため紙コップを二つ取り出して、冷えたペットボトルの緑茶を淹れて机に並べた。
「置いとくから良かったら適当に」
「……すみません」
「良いよ別に。こっちが勝手にやった事だから」
席について紙コップを手に取り、お茶を口に含んで喉を潤す。数時間作業に没頭していたこともあって、いつもより二倍は美味しく感じた。
しっかし、もう知り合ってから一か月は経っているにもかかわらず、未だに更識さんはどこかぎこちない。
姉の方とも去年同じようなことをやったが、姉の方はこの時期には妙に馴れ馴れしくて、うっとうしいと思った物だったが、ここまで距離を取られると逆に不安になる。
もしかして嫌われているのか? そんなようなことをした覚えは……いや、モンドグロッソの一件以降むしろ女性からは忌み嫌われていると考えた方が良い。ならばこの距離感が普通だろう。
露骨に「私、貴方が生理的に無理です」って感じの態度を取らないだけ更識さんは優しい人間だ。そう思う事にした。
「……倉見さん」
「ん? どうかした?」
休憩時間でも口数が少ない更識さんが珍しく俺に話しかけてきた。とうとう我慢できずに俺を追い出そうって魂胆だろうか? 本当は俺に手伝って貰うのが嫌で言い出せなかったとか?
だとしたら俺はトラブルを避ける為に素直に出て行く事にしよう。自分が考えた機体を組み立てられないのは残念だが、これ以上社会的に吊し上げられるのはごめんだ。
まあ、予想は予想。結論を出すのは話を聞いてからにしよう。
「そ、そのどうして倉見さんは手伝ってくれるんですか?」
「どうしてって?」
「だ、だって……私を手伝ったって何の得にもならないし、その、織斑先生程美人じゃない……です」
……ん? どうしてそこで千冬さんが出てくるんだ? いまいち意味が伝わってこない。
「何でそこでちふ、……織斑先生の話が出てくるのか分からないけど、更識さんは俺から見ても美人だと思うよ」
「ひゃい!? び、美人……?」
しばらく両手を頬に添えてうつむくと、ブンブンと顔を左右に振った。
「噂通り、そ、そうやって女性を手玉に取ってるんじゃ……」
「どうしてそうなった……」
女性を手玉に取っているつもりは一切ない。普段から女性が喜びそうなセリフを選択するのはトラブルを起こしたくないからで、手玉に取りたいからじゃない。
「だって、女性と出会い目的でIS整備士になったんじゃ……」
「そんな事言い出したのはどこのどいつだ!」
思わず大声を出してしまった。
まさかトラブルを避ける為にしていた事が裏目に出るとは……。これからはもっと考えてから言葉を選ぶことにしよう。
「声を荒げてしまった。悪いね」
「い、いえ、お気になさらず……。じゃあ、あの噂は嘘ってことですか?」
「嘘だよ。はぁ、周りからそう思われていたとは……」
「さ、災難でしたね……」
「全くだ。俺は更識さんや生徒に手を出す気はないし、だいたいそんなことしたら牢獄へ直行だよ。それに、」
今、俺の好意は千冬さんにだけしか向く気がしない。
そう言いかけて口を堅く結んだ。この想いは他の誰にも知られたくなかったから。
「そ、それに?」
「……何でもないよ。誤解の無いように言って置くと、俺がIS整備士になったのは約束を果たす為だよ」
「や、約束ですか?」
「ああ、約束。小学生ぐらいの頃、ヒカルノと自分達でロボットを創るって約束したんだ」
それは忘れかけていた約束。俺が折れかけたとき、立ち上がる動機をくれた約束だった。
「……そんな昔なのに、よく……忘れてませんでしたね」
「約束は自分から破らないのが俺の信条だから」
打鉄弐式の一件もその約束の範疇だ。俺がデザインした物をヒカルノが形にして、それを組み立てる。
もう果たせないと思っていた約束果たすチャンスが巡ってきたのだ。これを逃すつもりは無い。
「えっと、す、すごい真面目なんですね」
「……変かな?」
「いいえ、そういうの、なんか……素敵です」
更識さんは微笑んで、ようやく彼女を素の状態を見れた気がした。
時計を見てある程度の時間が経っている事に気が付く。紙コップを握りつぶしてゴミ箱に入れると、立ち上がってスパナを手に取った。
「じゃあ、そろそろ作業を再開しようか」
「……はいっ」
▼ ▼ ▼
切りの良い所まで作業を進めて、窓の外を見ると水たまりが出来ていた。そこに何重にも波紋が重なっている。かなり雨がひどい事が見て取れた。
スマホを立ち上げて天気予報を見ると夜にかけてもっと酷くなっていくらしい。となると今日はもう帰った方が良いだろう。
確かこんな時の為に傘を置いてあったはずだ。私物を押し込んであるロッカーを開けると折り畳み式の傘が一つ目に入った。
「更識さんは傘持ってる?」
「こ、こんなに降るとは思ってなかったので……その、持って来なかったです」
「そうか、じゃあこれ使って。後で返してくれればいいから」
傘を下手で投げて渡すと更識さんはしっかりと両手を使ってキャッチした。
「すいません……。く、倉見さんはどうするんですか?」
「俺はここ閉める作業があるからまだ残るよ。これからもっと雨が酷くなるみたいだから、更識さんは早く帰っちゃって」
「そ、そうですか……。じゃあ、お先に失礼します」
「はい。お疲れ様」
俺は更識さんが整備室から出て行くのを見送って一通り片付けを済ませると、キャスター付の椅子に体を預けた。
さて、どうしたものか。
この整備室に置いてある傘は更識さんに渡した傘だけだ。それは緊急時の予備の傘。予備の予備を用意する程、俺は用意周到では無い。
よって俺に取れる選択肢はずぶ濡れになって帰るか、ここに泊まるかの二択だ。
前者は風邪を引いてしまうかもしれないし、後者は必然的に夕飯が食べれなくなってしまう。整備室には食堂はないし、冷蔵庫には飲み物しか入っていない。まさに苦渋の選択と言えた。
でもまあお腹がすいたまま寝るのはしんどいから、今日はずぶ濡れになってでも帰る事にした。すぐにシャワーを浴びれば何とか体調を崩さずに済むだろうし。
方針を固めると荷物を詰めて外に出る。窓ガラスに遮られていた雨粒が地面を叩く音が大きくなった。バケツをひっくり返したかのような雨。わずかに残った桜の花びらに止めを刺す事になりそうだ。
後一年は夜桜を肴に飲めないと思うとこの雨が憎らしい。
鞄を傘がわりに頭に乗せて屋根の下から飛び出した。雨粒が激しく体に当たる。シャツの色が白から半透明へと変化していった。
足を少しでも速く動かして自室を目指す。進むにつれて段々と体温が奪われて肌寒くなっていく。ああ、こんな事なら空腹に耐えて整備室に泊まっておけばよかった。
「……准?」
透き通るような凛とした声。雨音にかき消されてもおかしくないのに何故か俺の耳にすっと飛び込んだ。立ち止まって振り向くと、紺色の傘を差した千冬さんが目に入る。
俺の顔を確認すると早歩きで向かって来た。
「やっぱりそうか。天気予報を見てなかったのか? 傘を忘れるなんてらしくない」
「最近テレビなんてまともに見てませんでしたから」
「そうか」
千冬さんは傘の下でふぅ、と息を吐いた。そしてわずかに間を空けると俺に向かって傘を差しだしてきた。
「傘を持ってくれ」
「何でですか? そんなことしたら千冬が濡れちゃうじゃないですか」
「馬鹿者、私も入るんだ。准の方が背が高いんだからお前が持たないでどうする」
それはつまり俗に言う「相合傘」という奴なんじゃなかろうか。漫画やアニメでの定番のシチュエーション。ただ、今の状況とそれらの状況は違う。彼らは濡れる前にそれを実行しているが俺は既にずぶ濡れだ。入れて貰った所であまり効果はない。
「今更入れて貰った所であまり変わらないので別にいいですよ」
「なら聞くが、お前は目の前にずぶ濡れの私がいたとして傘を差しださないのか?」
意地悪な聞き方をする。確かにその状況だったのなら俺はためらい無く傘を差しだすだろう。傘を差しだして自分がずぶ濡れになって帰るまである。仕方なく俺は折れる事にした。
「……分かりました」
「分かればいい」
傘を手に取って傘の中に二人で入る。俺の肩が少し外に出ているが女性用の傘だから仕方がない。
「准、もう少し近くに寄れ。肩が濡れている」
「いや、俺の服濡れてますから。近くに行ったら千冬も濡れちゃいますよ」
「別に気にしない、気にしているならそもそも傘に入れない」
「それは、そうですが……」
俺にも意地がある。好きな人の前ではある程度、格好をつけておきたかった。
「どうした、早くしろ」
「いや、でも……」
俺が
「えっ、ちょっ……はぁ!?」
上手く口を動かせなくて、まともな言葉にならない。千冬さんは何を考えてるんだ……。
「冷たいな」
「そ、そりゃ……そうでしょう」
あれだけ雨に打たれたのだから同然だ。
「っていうか、突然何するんですか」
「何って、見ての通り抱き着いている。嫌だったか?」
千冬さんは俺を見上げながら首をほんの少し傾けた。だがその時に問題が発生している事に気が付く。俺のシャツから水分が千冬さんの服に移動している。つまりはシャツが透けて、その……見えるのだ。何がとは言わないが。
俺は千冬さんから目を逸らして口を動かす。
「嫌じゃ……ないですけど……」
「ならいい。さっさと帰るぞ、ここは冷えるからな」
千冬さんは強引に俺の背中を押した。これ以上俺の文句を聞くつもりはないらしい。目を逸らしたまま。諦めて俺は足を進ませる。
その後まともな会話はほぼ無かったが、息苦しさは無く、心地いい。
こんな気分になれるなら、このままもう少し、この温もりを感じたまま、雨の檻に閉じ込められていたかった。