私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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では本編をどうぞ。


私だって寂しくなる。

 土曜日だというのに、今日も授業をこなして家路につく。このIS学園では通常授業に加えて専門の授業が行われるため、休みが少ない。

 それだけで気分が重いというのにある事が私の気分を更に下向きにさせていた。

 准にまともに会えていないのだ。この間の更識簪の専用機の件で整備室にこもっていることが多く、昼休みも戻らないどころか自室に帰らずにそのまま作業している。

 何度か様子を見に行こうかと思ったのだが、一夏が入学したこともあって、ただでさえ忙しい年度始めが更に忙しい。結局一度も顔を見ることが出来ないまま今週を終えてしまった。

 来週もこんな日々が続くのかと思うと自然とため息がこぼれる。

 何とかして会いたい。准の事を考えるほどその気持ちが日に日に強くなっていく。でもこんな忙しい時に会いに行く口実も予定も無い。

 ベッドに横になってスマホを手に取って准の連絡先を開く。口実が無ければ作ればいい。適当な事を考えればいいじゃないかと。そう思って画面に集中する。

 『寂しいから会いたい』だとか『買い物に付き合って欲しい』とかそんなことを打ち込んでは恥ずかしくなってしまって、文面をリセット。それを三度ほど繰り返し、いい考えが出ずに諦めてスマホを枕に叩きつけた。

「ああダメだ……」

 こんな事私に出来そうにない。会えればいつもの様に誘えるのに。

 思い通りにいかない事に苛立ち、枕に顔を(うず)めて足をバタつかせる。今までは思った事は何でも出来たし、こんな気持ちになったのは初めてだった。

 そんなとき着信音が部屋に鳴り響く。いったい誰だろうか? 下らない用事だったら怒鳴り散らしてやる。

 そう思って体から遠いところに着地したスマホに向かって手を伸ばした。出る前にディスプレイに表示された名前を見ると『倉見 准』と表示されている。それを確認した私は慌てて受信ボタンを押した。

「も、もしもしっ!」

『こんばんは。お時間大丈夫ですか?』

「ああ、大丈夫だ」

『ならよかった。今外に出てこれますか?』

「分かったすぐ行く。今どこだ?」

『職員寮の前ですね』

「少し待っててくれ」

 私は電話を切ると慌てて身支度を済ませて下に降りる。入口付近には准が立っていた。ワイシャツにネクタイという格好からしてさっきまで仕事をしていたみたいだ。

 まだ私に気が付いていないようなので声をかける。

「准っ!」

「こんばんは、千冬」

「ああ、こんばんは」

 こんな何気ない挨拶も久しぶりで私の気持ちが高鳴る。この一週間、この声がずっと聞きたかった。だから無性に嬉しくて、何の用事なのかも聞かずにここに来てしまった。今更だが聞いておこう。

「それで、何の用だ?」

「まあちょっと、以前ハンバーグを御馳走するって約束をずっと放置していたなと思いまして」

 そう言えばそんな約束をしていたような気がする。約束を取り付けた私ですら忘れかけていた。

「そんな事もあったな」

「あったなって、忘れてたんですね……」

「そ、そんな事無い!」

 私はそう訂正した。呆れられたりしていないだろうか? ほんの少しだけ不安だ。准は一夏と違ってあまり顔に出さないから考えが分かりづらいからな。

「まあいいです。ちゃんと会うのも久々なので、せっかくだからリクエストを聞いてから一緒に買い物に行こうかと思いまして、何かありますか?」

「そうだな……」

 顎に手を当てて考える。准のハンバーグもおいしいかったのだが、せっかくだから別のメニューも試したい。悩みに悩んだ末に一つに絞り込んだ。

「オムライスがいいな」

「良いですね。じゃあ買い物に行きましょうか」

 私達は並んで買い物に向かった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「じゃあ袋そこに置いて貰って良いですか?」

「分かった」

「テレビでも見て待ってて下さい。すぐ作りますから」

 千冬さんと買い物を済ませて自室へと帰宅する。

 この一週間はこの学園に来てからかつてない程に忙しく、今日も無理矢理早く仕事を終わらせて帰宅した形だ。今日を逃したら次はいつになるのかも分からない。だから電話での急な呼び出しだったが応じてくれた時はホッとしたものだ。

 そして、千冬さんに意見を聞きながら買い物をしたところ、シンプルなタイプのオムライスに決定した。ケチャップライスにふわとろ卵を乗せるあれだ。

 さっそく俺はレジ袋から玉ねぎと鶏肉を取り出しキッチンに置くと、エプロンを身に着け作業を開始する。

 鶏肉を一口大に切り分け、玉ねぎをみじん切り。バターを融かしたフライパンでそれらを炒めて、火が通ったところで塩コショウで味を付けて、ご飯を投入。そしてご飯がぱらっとしてきたらケチャップを入れて馴染ませる。白米がきれいなオレンジに染まったらケチャップライスは完成。

 器を取り出そうとした所で、千冬さんが椅子を反対に座ってこちらを見ている事に気が付いた。

「どうかしましたか?」

「いや、器用なものだなと思ってな」

「なんだかんだで一人暮らしももう六年になりますからね。こんなものです」

「……それは私に対する嫌味か?」

「いえ、そんなつもりじゃ」

「まあいいさ。二十四にもなってまともに料理が出来ない女なんて私ぐらいだろう」

 千冬さんは不貞腐れてそっぽを向く。思わぬ地雷を踏みしめてしまった。家事が全くと言っていいほど出来ない事がコンプレックスだったのかもしれない。

 でも仕方のない事だ。今まで聞いて来た話からして、千冬さんはここまで一人で一夏君をここまで育てて来た。自分の時間を削って、バイトを掛け持ちして、部活も完璧な成果を出す。

 それがどれだけ大変な事なのか、俺には想像する事しか出来ない。

 けれど、これからは手を貸すことが出来る。……邪魔って言われないか心配だけど、出来る限りはやってやる。

 俺はその一歩目として行動を起こす事にした。

「じゃあ一緒にやりましょうか」

「一緒にって料理をか?」

「ええ」

「無理だ。私にできるわけない」

「誰でも初めはそうですよ。俺だって初めて作った時はまともに食べれる物じゃ無かったですから。それに手伝いますから安心して下さい」

 そう言うと千冬さんはしばらく顔を伏せてから「わかった」と小さな声で呟いてキッチンまで歩いて来た。

「じゃあ見本を見せるのでしっかりと見てて下さいね」

「わかった」

 千冬さんの返事を聞いた後、俺はオムレツを焼き始めた。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 千冬さんが作り上げたオムライスは固めに焼き上がり、形は歪で焦げ目もついている。それを隠すためなのか大量のケチャップで彩られていた。

「……なかなか上手くいかない物だな」

「初めてでここまでできれば上々でしょう。一朝一夕でできてしまったら俺の立つ瀬がないですよ」

「そういうものか」

「そういうものです」

 とは言ったものの、思っていた以上に筋が良い。見た所食べれる状態にはなっているし、経験を積めば更に上達すると思う。これからの成長が楽しみだ。

「じゃあ冷めないうちに食べましょうか」

「そうだな」

 俺は二つの器を持って机に移動して、千冬さんが作った方を自分の目の前に置いた。

 それを見て千冬さんはスプーンを机に落とす。

「准が私のを食べるのか?」

「ええ、何か問題でも?」

「いや、別に構わないが」

 それを聞いて机に落ちたスプーンを一つ拾うと、両手を合わせた。

「じゃあ頂きます」

「……頂きます」

 器の端からスプーンで掬って口へと運ぶ。

 旨いな。表面に焼き目がついているぐらいで至って普通のオムライスだ。普段はなんとなくオムライスは半熟にしていたから、固めに焼いたものは新鮮だった。

 千冬さんはまだ自分の分に手を付けずに、チラチラと俺の方を見て落ち着きが無い。

「どうかしましたか?」

「味はどうだ?」

「美味しいですよ。もっと自信をもって下さい」

 そう言われると、ふぅ、と息を吐く。まるで一仕事終えた後の様だ。

 たかが料理なのだから、もっと趣味の様に気楽にやっていいと思うのだが、千冬さんは何事に関しても全力投球で取り組むタイプなので無駄だと思い口には出さなかった。

 ようやく千冬さんはスプーンを手に取ってオムライスを口にする。一口食べては、固く結んでいる口を少し緩めて、小さく頷く。

 普段はあまり見せない少し気の弛んだ表情。俺はそんな千冬さんを見るのが、他でも無い俺が作った料理を食べる千冬さんが好きだった。このためだけに今週を乗り切ったと言って過言ではない。

 許されるのなら眺める事を仕事にしたいぐらいだ。

 そんな事を考えながら見つめていると、千冬さんと目が合う。

「准、その、あんまりじろじろ見るな……」

 千冬さんは視線を水の入ったコップへと移した。

「嫌でしたか?」

「そういう訳じゃないんだ。ただ、落ち着かない」

「すいません。食べている姿が可愛らしかったので、つい」

 とっさに思いついた言い訳を口にする。

 その裏で口を開けたときチラッと見える白い歯やピンク色の舌が官能的だなぁ、とかそんな事は微塵も考えていない。絶対に。

 もし仮に、仮に考えていたと仮定して、そんな事を知られてしまったら部屋の押し入れに一週間は立てこもれる自信がある。

「また、お前はそういうことを言う……。あまり言ってると勘違いされるぞ」

 俺の言い訳のスタイルに慣れてきたのか、恥じらいもせずに言い返した。

 少し前まではこの手の言い訳に過剰に反応して顔を赤くしていたのに、最近は平然としている。もうあの慌てた表情を見ることが出来ないと思うと少し残念な気持ちになった。

「千冬にだったら別に――」

 勘違いされたっていい。嘘偽りのない事だから知って貰っても構わない。

 でも、打ち明ける勇気が無くて口をつぐんだ。だからこんな回りくどく、相手を動かす様に行動している。我ながら情けない話だ。

「別に、なんだ?」

「――何でもないです。ところでどうですか、俺のオムライスは?」

 今日もまた、自分の気持ちを隠すために話題を逸らす。

「文句なしに旨いぞ。確かめてみるといい。そら、口を開けろ」

「へ?」

「いいから早くしろ」

 言われるがままに口を開けると、即座にスプーンに乗ったオムライスが口の中に入れられた。

 口を閉じると唇の隙間をスプーンがすり抜ける。口内に置かれた物を何度か咀嚼して飲み込む。

「どうだ?」

「まあ、その、わ、悪くない……ですね」

 言葉に詰まりながらそう言った。正直味なんて気にしてはいられない程今の精神はごちゃごちゃだ。

「ふっ、私をからかった罰だと思え」

 千冬さんは悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべていた。

 


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