私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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お待たせ、本当に長らくお待たせしました。
感想と評価をくれた読者方々に感謝っ…!圧倒的感謝っ…!



私だって彼が好きだ。

『えー、整備担当の倉見さん。整備担当の倉見さん。応接室までお願いします』

 いったい何の用だろうか? 書類の不備か、それとも俺が何か問題行動を起こしたとか?

 前者はともかく、後者は覚えが無い。行動には最大限に注意を払っているし、女性から反感を買うような事は極力避けているつもりだ。他に俺が呼び出されるようなことは何かあっただろうか? 

 いや、ここで考えてもしょうがない。行けば分かる筈だ。

 俺は面倒になった思考を放り投げると、応接室に向かって歩く。

 今日は入学式も半日で終わり、新入生が部活動の見学会に行ったりしているからか、廊下ですれ違う人数が少ない。まるで貸し切り状態だ。これが遊園地だったらもう少しテンションが上がるんだろうが、俺は今絶賛仕事中であり、「仕事を貸し切りにしている」って考えると気分も落ち込む。そんなお得感の無い貸し切りは絶対にやりたくないな。

 

 そんなどうでもいい事を考えていると、応接室にたどり着いた。手をかざすとプシュッと空気を吐いてドアがスライドする。

 視線に飛び込んできたのは三人。その中の一人が物理的に飛び込んできた。

 助走をつけていたのもあって、威力があり俺の身体はふらつく。倒れそうなところを下半身に力を入れて踏みとどまった。

「ひっさしぶり~准っ!」

 白衣に頭のゴーグル。ウエーブのかかった緑髪のツインテール。この特徴が当てはまる人物は一人しか知らなかった。

「ヒカルノ? どうしてお前がここにいる?」

「君に会いに来たに決まっているじゃないか」

「帰っていいか」

「そんな釣れないこと言わないでくれよ。私と君の仲じゃない」

 そう言って俺を抱きしめる力を強くした。ふんわりとしたマシュマロの様な体が押し当てられる。昔はよくこういう事をやってきたが、その頃よりも心地いい気がした。成長してるんだな……。

「そこまでにして下さい」

 そんなヒカルノの行動に待ったをかける人物がいた。その人はヒカルノの首根っこを掴んで俺から引き離す。

「はぁ、ったく。IS開発者にはまともな奴はいないのか……」

 ため息をつきながら千冬さんはつぶやくと、ヒカルノをソファに座らせた。

「何するのさ、せっかくの感動の再会なのに」

「今は業務中です」

「堅いなー君。そんなんだと彼氏もいないだろう」

「やっ、やかましい! 私だって、その……」

 千冬さんは何かを言いかけて飲み込むと、チラッとこっちを見た。千冬さんでもヒカルノは流石に手に負えないから助けを求めてきたって所か。

 まあ、このままだと話が進まないし、さっきからおどおどしている最後の一人も気になる。さっさとヒカルノを大人しくさせよう。

「ヒカルノ、いい加減にしておけ。仕事終わったら相手してやるから」

「嘘じゃないよね?」

「ああ。約束する」

 そう言うとヒカルノは拳を握り、その隣にいる千冬さんは腕を組んで一瞬眉を動かした。何やら気に障ったか? いや、取りあえず今はこの場を乗り切る事にしよう。

「それで千冬さん、俺は何でここに呼び出されたんですか?」

「ああ、全員そろったから、始めよう。准と更識簪も座れ」

 俺ともう一人、更識簪さんを見てそう言った。更識という事は二年生になった彼女の妹なのだろうか? 髪色も似ているし、恐らくそうだろう。妹がいるって聞いた様な気もするし。

 俺と更識さんは並んでソファに腰をかけて、その対面に千冬さんとヒカルノが座った。

「えっと、言いにくい話なんだけど、変に引き伸ばすのも面倒だから率直に言うよ。更識さん。君の専用機、『打鉄弐式』の開発は凍結された」

「え……?」

 隣の少女は震えた声を漏らした。動揺を隠しきれていない。

 斯く言う俺もそこまで落ち着いているわけでは無い。何せ自分が開発案を出した機体が開発中止になったのだから。

 だが、事情を聴かなければ何とも言えない。自分を押し殺して、そのまま話を聞く。

「倉持技研は今、データ収集の為に男性操縦者の機体を調整してる。それに人員を割かれてしまってね。研究を続けられるほどの人数じゃないんだ……」

 データ集めに一夏君の専用機を支給するのは理に適っているが、だとしても日本の代表候補生の専用機開発中のところに依頼するか? 普通。

 大方国からの依頼で、断ったら補助金打ち切るとか、そういうけん制を受けての苦肉の策なんだろう。

 だが、ここで切り捨てるつもりならわざわざ所長のヒカルノが出向くとは思えない。何か別の提案をしてくるはずだ。そう思い横目に見ると目が合って、ヒカルノは目を逸らし話を続ける。

「でも何とかコアは抑えることが出来た。組み立ても終わっていない状態だけど渡すことは可能だ。どうする?」

「……分かりました。受け取ります。私が、組み立てます」

 更識さんはそう言ってヒカルノの策を了承した。いや、了承させられたと言う方が正しいか。この状況で受け取らないと言える訳が無い。

 何故なら「彼女には三年しか」ないからだ。このチャンスを逃せば次はほぼ無い。来年二年生になった彼女に専用機を渡すぐらいなら、時間のある新入生に渡す事は明確だ。

 だが読めない。ここまでしてヒカルノが更識さんの専用機を完成させたい理由が。

 基本的に自己中心的な人物だし、余程の事が無ければ人のためには動かない。そんなヒカルノが知り合って数ヵ月程度だと思われる少女に肩入れする理由はなんだ?

 気になって隣の少女に視線を移す。そこまで千冬さんみたいに雰囲気に凄みがある訳でも無ければ、度胸もありそうにない。

 そうしていると彼女もこちらを向いて、目線が合う。驚いた彼女の肩が跳ねた。

「ひっ、えっと……何か?」

「いや、すまない。気にしないでくれ」

 視線を正面に戻す。

 やはり分からない。俺の視線にすら驚く彼女の何が気になるって言うんだ……。考えれば考えるほど、その疑問は深まっていく。ヒカルノに素直に聞いた所で疑問は解消しないだろう。俺が納得する答えを得るためには、自ら動くしかないか。

 目を閉じて息を吐いてから、ヒカルノに目線を向ける。

「ヒカルノ」

「何だい?」

「別に一人で組み立てなきゃいけないって決まりは無いだろ?」

「そうだね。むしろ一人で組み立てるなんてあり得ない。専門職の人間でも複数人で組み立てるのが普通だよ。君もうちにいたんだからよく知っているだろう?」

「確認だ。更識さん、俺も組み立てを手伝うよ」

「えっと……」

 更識さんは一度俺を見てから、ヒカルノへ目線を移した。

「安心していいよ。腕は私のお墨付きさ。なにせ『魔術師』とまで呼ばれた整備士だからね」

「ヒカルノ、その呼び方はやめろ」

「はいはい」

「はいは一回だ」

「は~い」

「伸ばすな!」

「フフッ……」

 そんな光景を見て隣の更識さんは耐えられなかったのか小さくふき出した。

 俺が更識さんの方を見るとハッとして普通の表情に戻す。

「まあいい。それで更識さん、どうかな?」

 俺がそう聞くと少し間を空けてから目を合わせてきた。

「えっと……よ、よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

 手を差し出すと、更識さんは俺の手を握った。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「これで君の弟に書いて貰いたい書類は全部だね」

「はい、後で本人に提出させます」

 准と更識簪が専用機を受け取り出て行った後も、私はその場に残り篝火博士と話をしていた。それも一夏に支給させる専用機の概要説明やその書類の受け取りをするためだ。

 それが一通り終わって、書類を手に持ち、立てて机に当てて端を揃えた所で、じっと准と親しそうにしていた篝火博士と目線がぶつかった。 

「……どうかした?」

「いえ、少し気になって」

「何が?」

「それは……」

 准とどんな関係なのか気になる、というのが本音だ。敬語では無い素の状態で話すのは恐らくこの篝火博士だけだ。長い付き合いと言っていたが、どれだけ長い付き合いなのか、どれぐらい長い付き合いなら敬語ではなくなるのか、気になって仕方がなかった。きっと、准に聞いてもはっきりとした答えは返ってこないだろうし。

 もしかして付き合っているから距離感が他人より近いのか?

 だとしたら……いや、悩んでいてもしょうがない。逃げずに聞くことにしよう。

「篝火博士は准とどんな関係なんですか」

「ん? ん~そうだね。()()幼馴染って言うのが正しいかな」

「……今は?」

「うん。今は、でも最終的には婿に貰いたいかな」

 頬に両手を添えて体をくねらせ、笑顔でそう言った。

 思考が一瞬凍り付いて、反応することもできなかったが、何とか持ち直す。

「ど、どういう意味ですか?」

「そのままの意味さ、私は准が好きだ。子供の頃からそうだし、これからも変わりない。そんな人と結ばれたいと思うのは当然じゃないか」

 篝火博士は私に知らしめる様に堂々とそう宣言した。視線は力強くて気後れしそうだったが、私も負けじと睨み言い返す。

「私だって准が好きです。これ以上ないぐらいに。譲る気は毛頭ありません」

「へぇ、言うね。私だってぽっと出の君に負ける気はないよ」

 しばらく睨み合いが続いたが、篝火博士は目線を外して席を立った。

「まあここで睨み合って時間を無駄にするのも馬鹿らしいね。私は()()約束があるから失礼するよ」

 やけに「准と」の部分を強調して篝火博士はこの部屋から去って行った。

 

 一人になった応接室でソファに体を預け、天井を眺める。

 思わぬ伏兵がいた物だ。まさか准に幼馴染なんてものがいるとは思わなかった。そんな話一度も聞いたことが無かった。

 思えば私は准の過去の話をあまり聞いたことがない。

 学校は同じだったが、接点は無く、小さい頃は何をしていたんだとか、なにも知らない。

 だが、あの女は全て知っている。ふとした時に一緒に思い出に浸れる。

 私の立場を脅かす、一緒に過ごした時間の量という圧倒的なアドバンテージ。それはこれから私がどんな行動を取ろうとも覆る事はない。

 譲る気はないとは言ったが、私に勝ち目なんてないんじゃないかと、考えれば考えるほど、私は不安になった。

 チャイムがの音が聞こえて、終業時間である事に気が付く。

 窓の外はすっかり暗くなっていて、街灯の光が点々と続いているのが見えた。

 鞄を持って応接室を後にする。

 最近は准と一緒に帰る事が多かったが、今日は誘えそうもない。今頃あいつは篝火博士と出かけているのだろうから。

 久々に一人で歩いた廊下は薄暗くて、肌寒く感じた。


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