ストライクウィッチーズ~あべこべ世界の炊事兵~   作:大鳳

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 サバゲーやら京都であったペリーヌオンリーやら、ペテルブルグ大戦略を見に行っていたら遅くなりました。


8話 襲撃

 燃え盛り、黒煙を立ち上げている平原をひたすらに走っている。いつから走っているのか、どうして走っているかはわからない。それでも『何か』から逃げるために必死に走っている。息を切らしながら足を動かして遠ざかろうとしていたが、ふいに何かに躓き地面に転んでしまった。

 何に躓いたのか見ると、黒焦げを通り越して炭のような手が自分の足を掴んでいた。手が生えているあたりが盛り上がっていき、その手と同じような炭になっている『人間だったモノ』が現れた。

 

 

 「何であなたが生きているの?私は死んだのに、何であなたはのうのうと生きさらばえているの?」

 

 ノイズの混じった声でそう言いながら迫ってくる。逃げようにも強く足を掴まれているため振りほどけない。

 

 「放せ、放しやがれよ!」

 

 振りほどこうとすればするほど掴む力は強くなってくる。

 

 「私だけが死ぬのは不公平だから、あなたもこっちに来てよ」

 

 炭になった手で『モノ』は自分の顔を万力のような力で掴み無理やり動かさせる。その先には、4つ脚の戦車型怪異が砲口をこちらへ向けている光景があった。

 

 砲口から閃光がきらめきそして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁ……!!ハァハァ、夢か…」

 

 あの戦闘の後、何度この夢を見たことだろうか。頭を振って夢のことを忘れようとした。枕元に置いている腕時計は朝の五時半を指していた。

 元は倉庫の一室であっただろう一室は、床板の一部がずれそこから入り込んでくる隙間風により冷やされていた。木箱を三つ並べてシーツを敷き毛布を乗せたベットからのっそりと起き上がる。 

 寝間着から軍服へ着替え革ベルトに護身用のベレッタM1934をホルスターに入れた。これは、昇進祝いとして第一飛行戦隊のメンバーから贈られたものだ。部屋から出て、食堂兼休憩室へ向かう。自分以外誰も起きていないのかひっそりとしており寒さを助長させていた。

 エプロンを着て厨房に立ち朝食の準備をする。食糧庫から調達してきた玉ねぎ、人参、ジャガイモ、ベーコンを切る。鍋にブイヨンを入れて先程切った食材とソーセージを煮込んでいく。煮込んでいる間、灰汁が出るので慎重にすくっていく。ソーセージに火が通るととりだし、ベーコンを入れジャガイモが柔らかくなったらカールスラント料理のアイントプフの完成だ。先程ゆでたソーセージとライ麦パンを皿に入れていく。

 ここに来たときは、義勇独立飛行中隊に割り当てられていた食料は、第一中隊に比べ質も量も格段に劣るモノであった。割り当てられた食糧で作れたのは水のようなジャガイモのスープであり、栄養があるとは言えないような味の代物であった。こんなものを中隊に提供するのは炊事兵としてはできなかった。そこで、支給されていたタバコなどの物々交換や希少な存在である男性という立場を利用して良い食材を調達できた。食料を管理している士官に、ホストのように甘い囁きを行い第一中隊分の食料をいくらか横流ししてもらえるようになった。

 スープを器によそっているとき食堂に智子さんと迫水一飛曹が入ってきた。早朝からの訓練が終わったようだ。この訓練には、智子さんと迫水一飛曹それにエルマ中尉の3名しか訓練に参加しておらず、残りのメンバーは自室に引きこもってしまっている。手を止め、智子さんたちに敬礼する。

 

 「おはようございます、穴拭少尉、迫水一等飛行兵曹、エルマ中尉」

 

 「おはよう。いいにおいがするけど今朝は何?」

 

 敬礼を止めるように手で制しながら智子さんが朝食のメニューを聞いてきた。

 

 「今日はカールスラントのアントプフと、ライ麦パン。それに、グリッリ・マッカラというスオムスのソーセージです」

 

 「それは、豪華ね。少し前まで、ジャガイモの水みたいなスープを飲んでいたのがウソみたい。どんな手品を使ったのかしらね」

 

 「手品はタネを明かすとおしまいですから」

 

 そう返しつつ3人分のスープをよそい、配膳し席についてもらう。メンバーの起きてくる時間がバラバラなため来た人から食べることになっている。全員そろってもらった方がこちらとしてもありがたいのだが、簡単にはいかないようだ。

 食堂には、アントプフの香りが漂い食器が奏でるカチャカチャという音が響き渡っていた。黙々と食事をしている三人。それを横目に見ながら厨房で使った調理器具を洗っていく。

 調理器具の大半を洗い終わったときドアが勢いよく開かれオヘア少尉とウルスラ曹長が入ってきた。

 

 「グッドモーニング。いいにおいがしますねー。おなか空いてきました!」

 

 「おはようございます」

 

 底抜けに明るい声で挨拶をするキャサリン少尉。それとは対照的に静かな声で挨拶をしたウルスラ曹長。

 

 「おはようございます、オヘア少尉、ウルスラ曹長」

 

 手をふき先程と同じように二人に敬礼する。

 

 「そんなに堅苦しくしなくてもいいねー。それよりも今朝は何ですかー?」

 

 「今朝は、カールスラント料理のアントプフというスープとソーセージにライ麦パンです」

 

 「それは美味しそうねー」

 

 目をキラキラさせているオヘア少尉。ウルスラ曹長も分かりづらいがどことなく嬉しそうだった。故郷であるカールスラントから、遠く離れた地でカールスラントの料理が食べられるなんて思いもよらなかったのだろう。自分だって今味噌汁を出されたら嬉しい。

 

 「本当にアンタって家事やらせたらピカイチよね。どうやったらそこまでできるようになるのかしらね」

 

 食事を終えた智子さんがそう声をかけてきた。

 

 「簡単なことですよ、やらなきゃいけない環境に身を置いたらできるようになりますよ。なんなら畑仕事もやってみましょうか?きっとできますよ」

 

 苦笑交じりにそう返した。それを聞いていたオヘア少尉が話に割り込んできた。

 

 「ショウは、畑仕事もできるのねー?」

 

 「家で畑をやってましたからね。牛の世話もできますよ?」

 

 そう言ったとき突然オヘア少尉に両手を掴まれた。

 

 「フソウにいるのはもったいないねー!テキサスにある実家の牧場でその才能活かすべきねー。親も喜ぶねー」

 

 「は、はぁ」

 

 「両親も言ってたね。家事だけじゃなくて畑仕事もできる男を婿にしなさいって。それにフソウ人、仕事熱心ねー。わたし、牧場に居た時フソウ人が朝早くから夜更けまで熱心に働いてるのよく見かけたねー。ショウなら親も気に入ると思うねー。軍を除隊したら私と一緒にテキサスで牧場やるね。きっと楽しいねー!」

 

 期待するような目でこちらを見てくるオヘア少尉。かわいそうだが断らなくては。

 

 「すいません、扶桑には自分を待っている人がいるので」

 

 その答えを聞いて悲しげな顔をしたオヘア少尉。

 

 「それなら仕方ないねー」

 

 「ですが、テキサスを訪れることがあればお願いしますね」

 

 「…!任せるねー」

 

 そう言ってオヘア少尉は食事に戻っていった。背後から突き刺さるような視線を感じたので振り向くと智子さんがこちらを睨んでいた。

 

 「どうしましたか穴拭少尉?」

 

 「別にっ!!」

 

 そう言って食堂から出ていってしまった。一体どうしたんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ビューリング少尉、いい加減起きてください。あなたが朝食を片づけてくれないと鍋を洗えないんですが」

 

 そう言いながらビューリング少尉の部屋の扉をノックする。しかし、反応は帰ってこない。

 

 「ビューリング少尉、部屋に入りますよ」

 

 そう言ってドアノブに手をかけたとき言いようのない寒気を感じた。それをこらえて扉を開けた。部屋は、カーテンを閉めているのか暗かった。その時、刃物が自分に向かって振り下ろされるのが分かった。素早く振り下ろされているはずなのに、自分の目にはスローモーションのように映っていた。体が自然に動き、左腕で刃物を持っているはずの手首を受け、足を払いながら革ベルトに装着している八寸剣鉈を素早く抜き、襲撃してきた人物を壁へと押し付け剣鉈をのど元へ刃を当てた。

 

 

 「すまないが伍長、のど元の刃物をどけてくれないか。モーニングコールにしては少々きつすぎる」

 

 襲撃してきた人物は、自分が起こすはずだったビューリング少尉であった。剣鉈を鞘へ戻し後ろへ飛びのき直立不動の姿勢をとる。先程まで刃をのど元へと押し付けられていたはずなのに平然とした様子だった。

 

 「申し訳ありませんでした、ビューリング少尉!!」

 

 「謝ることはない、先に攻撃したのは私だしな。しかし、いい動きだった。久々に面白いものを見せてもらったよ。しかし、男性に迫られるとは思わなかった」

 

 そう言いながらベットに戻ってしまうビューリング少尉。

 

 「あの、少尉起きてもらってもいいですか?少尉が朝食を済ませてくださらないと、食器を洗えないんですが」

 

 「なら、私の部屋まで持って来てくれないか?それなら、伍長も洗い物ができるし私は朝食をとれる。それに男性に、壁ドンされたという貴重な体験を夢でもう一度見る必要があるからな。それよりも、君は左目について何も気がつかないのか?」

 

 「何のことです?若干赤くなってることなら知ってますよ」

 

 「そうじゃないんだが…。まぁ、知らない方がいいだろうな」

 

 意味深な言葉を残して毛布をかぶり、再び眠りについてしまったビューリング少尉。部屋に残された自分には食堂へ戻るという選択肢しか残されていなかった。

 

 

 

 

 正が部屋から出ていったのを見計らいビューリングはのっそりと起き上がった。そして、頬を両手でおさえその端正な顔を真っ赤に染めた。

 

 

 「まさか、あんなことをされるとは…」

 

 奇襲をかけたらどんな反応をするのだろうかというほんのいたずら心だったのだが、まさか壁ドンされるとは思わなかったのだ。男性から迫られるという、全世界の女性にとって願ったりかなったりの状況は、男性を自分の父親以外知らない少女にはいささか刺激が強いものであった。

 

 

 「これからどんな顔して会えばいいんだ…」

 

 

 顔を真っ赤にした少女のつぶやきは、静かに吸い込まれ消えていった。

 

 「しかし、あいつも大変だな。本人は気づいてないみたいだし…な…」

 

 彼の左目を覗き込んだ時のことを思い出した。彼は、自分の体がどうなっているのか知らないようだったがきっと知らない方が本人にとって幸せだろう。そう結論をまとめたビューリングは眠りへと引き込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アンタ、この部隊についてどう思ってるのよ?」

 

 そう言って、木箱を並べたベットに腰かけている智子さんが聞いてきた。今自分がいるのは倉庫、もとい独立飛行中隊の兵舎の智子さんの部屋だ。部屋の前を通り過ぎようとした際いきなり連れ込まれたのである。

 

 「どうって聞かれましてもねぇ…。なんて答えたらいいか分からんですよ」

 

 部屋の壁にもたれかかりながらそう答える。自分の担当は飯づくりであるため専門外のことを聞かれても答えようがないのだ。

 

 「分かりやすく聞きましょうか。部隊の雰囲気について感じることはある?」

 

 「あぁ、その質問なら答えやすいですね。見ていて感じるのは、どこか“諦め”があるような気がしますね」

 

 「諦めね…」

 

 「あくまで個人の感じることなんであてにしない方がいいですよ」

 

 「十分参考になるわよ。アンタのそういう観察眼は頼りにしてるんだから」

 

 「ハハハ、そりゃどうも」

 

 「それで、話が変わるんだけど、アンタこの後暇だったら、その、あの買い物でも…」

 

 智子さんが、若干顔を赤くしながら何かを言おうとしたとき部屋の扉が勢い良く開かれた。

 

 「ちょっと説明してくださるかしら!!」

 

 怒り心頭といった様子で部屋に入ってきたのはアホネン大尉だった。

 

 「「「…」」」

 

 部屋を沈黙が支配する。アホネン大尉は、目を丸くしているし智子さんは一気に不機嫌になった。

 

 「おおお、男!!なんで男がこんなところに!?」

 

 「いきなり部屋に入ってきて何なのよ…!」

 

 敵意むき出し状態である智子さん。

 

 「どういうことか説明してくださるかしら、まさか情欲のなすがままに、無理やり連れ込んだんじゃないでしょうね!?」

 

 「あ、あの大尉、説明をさせて…」

 

 「かわいそうに、今解放して差し上げますからね」

 

 「あの、説明を・・・」

 

 「何もおっしゃらなくてもいいですわ。不良外国人に危ない目にあわされそうになったのでしょう。今すぐこんな不良外国人のもとから、解放して差し上げますわ」

 

 アホネン大尉は、智子さんが自分を無理やり連れ込んで、夏冬の有明で販売される本のようなことをしようとしていたと考えていらっしゃるようだ。いい加減説明させてほしい。

 

 「不良外国人って何よ!!私は、あんたたちの国を助けにわざわざ田舎くんだりまで来てやってんの!!」

 

 「確かに頼みましたわ、頼りになる助っ人を送って頂戴と!!なのに、なんですかあの訓練の体たらくは!!」

 

 「仕方ないじゃない、実戦を経験した事のない子もいるんだから」

 

 「それを抜きにしてもひどすぎますわ。大体、あなたたちの戦闘脚はどこからどう見ても二線級ばかりじゃないの!!どれだけ、それぞれの国が頼りになる助っ人を送り込んできたのかが、よ~くわかりますわ!!」

 

 「な、あんたねぇ!!」

 

 「優秀な方々がお揃いになっているようで、なにしろ男を連れ込む余裕があるんですからね」

 

 「そいつはうちんところのメンバーよ!!」

 

 「嘘おっしゃい!!今時軍隊に入隊している男性なんてありえませんわ。百歩譲っていたとしてもこんな前線まで来るはずもないでしょう!!いたとしたらとんだ変わり者ですわね」

 

 「変わり者ならそこにいるじゃない。しかも、実戦経験済みよ。それも、ネウロイの集団を一人で潰して見せた猛者よ」

 

 そう言って自分を指さした智子さん。

 

 「またまたご冗談を」

 

 「『ウラルの鬼神』って名前ぐらいだったら聞いたことあるでしょう?」

 

 「ええ、よく存じておりますわ。新聞で何度も写真が載っているのを拝見いたしましたもの。なにしろ男性でありながら兵士として、単身ネウロイの集団を壊滅させた方ですから、話題にならないほうがおかしいですわ」

 

 「なら話が早いわね。こいつがその本人よ。アンタもいい加減、略帽を取りなさいよ」

 

 智子さんからそう指示されしぶしぶ略帽をとる。略帽の下から現れた顔の息をのむアホネン大尉。

 

 「どうも初めましてアホネン大尉、欧州派遣スオムス方面糧食担当員 伊勢崎 正です。階級は伍長であります。巷では、『ウラルの鬼神』などと呼ばれていますがお気になさらず」

 

 金魚よろしく口をパクパクとさせているアホネン大尉。二人でひそひそと話しながら大尉の様子をうかがう。

 

 「智子さん、大尉大丈夫なんすかね?」

 

 「大丈夫じゃない?いざとなればこうガツンとやって外に放り出せば・・・」

 

 そう言って鞘に入れたままの軍刀を振り下ろすような動作をした。(上官にそれは)まずいですよ!!

 

 「ぜひ第一中隊へいらしてください!貴方のような方はこんな部隊にふさわしくありませんわ!!」

 

 復活したアホネン大尉に詰め寄られる。それを聞いた智子さんは怒髪冠を衝くといわんやな様子になった。

 

 「何勝手に引き抜こうとしてんのよ!!」

 

 「優秀な人材は優秀な部隊にいるのは当然でなくて?あなた方みたいな方々のところにいるのは宝の持ち腐れですわ。それに、糧食担当ということでしたら我が中隊の方が存分に腕を振るえます。そちら支給される食材じゃ満足に作れないでしょう?いかかです?」

 

 「それは魅力的な提案ですね」

 

 「なら、今すぐにでも…」

 

 「しかしながら大尉、私はある食材を工夫して最高の料理を出すのが炊事兵の職務であると考えております。食材があるからという理由で部隊を変えるわけにはいきません。残念ながら大尉の提案をお断りさせていただきます」

 

 もっともらしい理由をつけて断ったが本音としては、あの部隊はちょっと特殊すぎるので遠慮したいのだ。まぁウチ(義勇独立飛行中隊)にも第一中隊むけの人物はいるのだが・・・。

 

 

 「そうですか、それなら仕方ありませんわね」

 

 残念そうな様子である大尉。

 

 「今回は断られましたが、いずれ我が中隊の厨房に立たせて見せますわ!!」

 

 そう言い残して、高笑いと共に部屋から去っていった。

 

 「何だったのよ、いったい…」

 

 「さぁ、わかりません。そういや何を言いかけてたんですか智子さん」

 

 アホネン大尉が部屋に乱入してくる前に、智子さんが何か言いかけていたのを思い出したので尋ねる。

 

 「え、えっと私午後から非番だから街に行こうと思ってるんだけど。よ、よければ一緒にどうかなって…」

 

 何かかっておくものはあったかなとあごに手を当てつつ考え込む。

 

 「い、いやなら私一人で行くから無理にとは言わないんだけど…」

 

 「いえちょうど買い込むものもありますから喜んでお供いたします」

 

 そう答えると智子さんは後ろを向きガッツポーズをしていた。

 

 「…この機を逃したら駄目よ。穴拭智子。武子たちがいないスオムスでこそ勝負をかけるのよ。ここでできる女ってことを証明できれば、きっと…」

 

 ニヤァという表現が似合うような笑みを浮かべながら何かブツブツ言っている智子さん。見た目が麗しいだけあってうわぁとしか言えない。

 そっと部屋へ外套を取りに向かった。

 

 

 

 

 

 

 基地から30分ほど車を走らせたところに、人口2千人ほどのスラッセンという町がある。ぬかるんだ道に悪戦苦闘しながら向かう。助手席に座っている智子さんは、ぼんやりとしながら流れゆくスオムスの景色を眺めていた。

クリスマスを一か月後に控えた町は、ネウロイの侵攻に怯える国境の町でありながら人々は、その顔に笑顔を浮かべていた。

 適当なところに車を停めると町の人々は、東洋人である自分たちが珍しいのか立ち止まって見つめてきた。火傷痕を少しでも隠すため略帽を目深にかぶりなおした。

 好奇心旺盛な子供たち(圧倒的に女子が多い)が寄ってきて何やら話しかけてきた。何かを伝えたいようだがスオムス語が分からないため理解できなかった。智子さんの方をチラッと見ると同じような状況であった。

 

 「あー、すまんな何を言ってるかさっぱり分からん。あ~、ヒュー、ヒューヴェーパイヴェ(こんにちは)

 

 たどたどしいながらも少し憶えたスオムス語で話しかける。

 

 「ヒューヴェパイヴェ!」

 

 まぶしいばかりの笑顔でそう返され、再びスオムス語でまくし始めた。智子さんと二人理解できず困っていると、一人の老婆が話しかけてきた。

 

 「外国の方ですか?」

 

 それは聞きなれたブリタニア語であった。えぇと二人して頷くと、老婆は子供たちに話しかけ訳してくれた。

 

 「あなたはウィッチか?と彼女らは聞いているんですよ」 

 

 「確かにそうですけど、どうして分かったんでしょうか?」

 

 「車がカウハバ基地ナンバーだし、あなたぐらいの年頃で軍服を着てるのはウィッチ以外いないでしょう。ネウロイをやつっけに来てくれたウィッチなんじゃないか?ってのは子供にもわかりますよ」

 

 「なるほど。それにしても、ブリタニア語がお上手ですね」

 

 「大学の教授をやっていましてね。今は引退した身ですが・・・」

 

 智子さんと教授をやっていたという老婆の話を聞いていると子供たちが自分の外套の裾を引っ張っていた。

 

 「おい、待ってくれよ。どこに連れてく気だ?」

 

 「あぁ、自分たちの家に来ないかとさそっているんですよ」

 

 「いったいどこにあるんだい?」

 

 かがんで子供たちたちと目を合わせながら身振り手振りを交えて尋ねる。言葉は伝わってなかったようだが、身振りで分かってくれたのか一番年長らしき子が、町の一角を指さした。

 それは、レンガ造りの立派な建物であった。

 

 「へぇ、なかなか大きいのね。立派なおうちじゃない。みんなここに住んでいるの?」

 

 あとからついてきた智子さんがそう尋ねると、老婆がこの建物について教えてくれた。

 

「おうちというか・・・、あそこは孤児院なんです」

 

「孤児院!?」

 

「ええ…。この子たちは親が死んだり、育てることが困難になって、行き場をなくした子たちなんです」 

 

 子供たちは孤児院に来てもらいたいようだが、遠慮していると老婆が諭してくれた。寂しそうな顔を一瞬したが、すぐに笑顔になりこちらに何か言ってから孤児院へ消えていった。

 

「頑張ってネウロイをやっつけてね。だそうですよ」

 

 その言葉は智子さんに重くのしかかったようでため息をついていた。

 

「じゃぁ、私は酒屋に行くけどアンタはどうするの?」

 

「少し買い物してから向かいますよ」

 

「なら先に行ってるわよ」

 

「了解」

 

 智子さんはそういうと、老婆に酒屋の場所を聞き酒屋へ行ってしまった。買い物に向かおうとすると老婆に呼び止められた。

 

 「先程から思ってたんですが、何故男性であるあなたが軍隊にいるんですか?」

 

 陸軍に入隊してから幾度となく聞かれた質問だ。

 

 「お恥ずかしながら私は、ウィッチの飛ぶ姿に一目惚れしましてね。それに…」

 

 「それに?」

 

 「もう、2度とあの光景は繰り返させない。ただそれだけですよ。それでは失礼いたします」

 

 

 そう言って老婆に背を向け歩き出す。そうだ2度とあんな光景を作らせるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 その後いくらか食料などを買い込み目的地に一つである銃砲店へ向かった。三十八式の弾は扶桑から多めに持ってくることができたのだが、M1934用の9ミリショート弾が心もとないのだ。

 店内に入り、店主であろうおばちゃんに9ミリショート弾を見せ、これが欲しいということを身振り手振りを交えて伝えた。100発ほど欲しいと紙に書いたはずなのだが、目の前には50発入りの弾薬箱が3箱ほど積まれていた。そのことを伝えるとウィンクが返ってきた。多分サービスなのだろう。ありがたく150発の9ミリショート弾を受け取り店を出た。

 

 店を出ると、智子さんと出くわした。酒が残っているのか少し頬が赤くなっており、どこか色っぽかった。行きと同じように車を運転していると、町の方向から爆発音が聞こえた。

 すわ、何事かと車のラジオをつけるとアナウンサーが何やらまくし立てていた。スオムス語に混じって『ネウロイ』という不穏な単語が聞こえてきた。

 

 「智子さん!!」

 

 「分かってるわよ!なんで、こんな時に!!」

 

 アクセルを踏み込んだ瞬間、前方に黒い点が見えた。その時、ビューリング少尉から奇襲を受けたとき以上の悪寒が走った。咄嗟にハンドルを切ると、先ほどまで車があった位置の泥が跳ねた。機銃掃射を受けたらしい。

 機銃掃射をしたのは、寸胴な、ハエを思わせるような形をしたラロスと呼称されていたネウロイであった。智子さんの方に視線を一瞬やると悔しそうに唇をかみしめていた。バックミラーを見ると、先ほどのラロスが反転しているときだった。

 アクセルを思い切り踏み込むも、速度差は五倍もありすぐに追いつかれてしまった。腰の拳銃を抜き、ハンドルを左手で操りながら、ラロスに向けて発砲した。最も照準していない上、不安定な道を走っているので一発も命中しなかった。ラロスの翼がきらめき、ガラスが割れ車内に破片が飛び散った。二の腕に熱さを感じたので、機銃弾でもかすったのだろう。痛さで顔をしかめながらもハンドルを操る。

 前方で、ラロスが再び反転してきた。どれだけしつこいのだろう。機首をこちらに向けようとしたとき翼が燃え上がり横転するのが見えた。上から小さな点が降下するのが見えた、シルエットは義勇中隊のどれでもないものだったので、おそらく第一中隊のウィッチだろう。脳裏には、勝気そうな顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 智子さんに応急処置をしてもらい、やっとのことで基地へたどり着いた。奇襲を受け、建物はあちらこちらから火の手が上がっていた。格納庫の近くで車を止め智子さんを降ろした。格納庫へ一目散で駆けていく智子さん。

 無事に格納庫へとたどり着いたのを見届け、腕に巻き付けられている包帯代わりの布を見る。腕からの出血で、布は真っ赤に染まっていた。包帯を、ほどき傷跡を確認するがそこには、傷跡はなく真新しい皮膚があった。

 

 

 「一体どうなってんだよ、この体はよぉ…」

 

 ビューリング少尉が言いかけていたことに何か関係があるのかもしれない。だが、今の自分は知りたくもなかった。

 

 

 「せめて『人間』のままであってくれよ」

 

 

 そんな自分の儚い祈りは、ボロボロになった車を吹き抜けていく風に流されていった。

 

 

 

 

 

 

 1939年11月、欧州でのネウロイとの戦闘は激化の一途をたどりカールスラントやオラーシャのみならず、小国スオムスにも波及した。

 小国を飲み込まんとするネウロイの前にあっては、スオムスは一本のか弱い蝋燭のようなものであった。いつ吹き消されるか分からない。そんな中でも、たった一つ分かっていることがあった。

 

 それは、消されることがないよう抗い続けるという事だけだった。

 




 このたび皆様のおかげでUA数80000を達成いたしました。大変ありがとうございます。現在構想中ですが、次話に『ねーちゃん』を出そうと考えております。時間を見つけながら執筆していくので遅くなると思いますがお付き合いください。

 誤字訂正や感想等があれば、遠慮なくお寄せください。

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