傲慢の秤   作:初(はじめ)

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お久しぶりです。
アニメ再開に触発されて、書き溜めていた続きを投下することにしました。

毎週火曜日朝5時に更新していく予定です。
よろしくお願いします。



第三章 破面篇
七十二、見ぃつけた


 

 歩くだけで音を立てる砂を無遠慮にザクザク踏みながら、私はふと振り返った。目の前にあるのは大きな大きな白い宮殿。その名も虚夜宮(ラスノーチェス)。本来は常夜であるはずの虚圏(ウェコムンド)において、この虚夜宮の天蓋の中だけは真昼の明るさを呈している。

 

 この虚夜宮において私が果たすべき仕事は完了した。天才かと自画自賛してしまうほどにすんなりと、計画通りに事は進んだ。後は、無事に現世へと帰還するだけだ。

 

 しかし、油断はしない。ありふれた言い草だが『家に帰るまでが遠足』ならぬ、『現世に帰還するまでが計画』である。

 最後までこの作戦の決行を渋っていた喜助さんや、心配そうに見送ってくれた商店の皆、それからこの計画の存在さえ知らない仲間や父様のために、私は無事に帰還しなければならない。

 

「よし、この辺りで良いかな」

 

 天蓋の下から抜けて少し進んだところで足を止めると、私は周囲の霊圧を探った。藍染惣右介の監視が行き届くのは虚夜宮の中だけだと知っていたが、念には念をだ。

 

 誰もいないことを確認して、私は腰に巻き付けていたポーチから手のひらサイズの黒いキューブを取り出した。こんなにも小さいのに、これを正しく展開すれば黒腔(ガルガンタ)を造ることができるのだ。

 私から漫画の情報を聞き出した喜助さんは、その時からたくさんの準備をしてきたらしい。これは、そのうちの一つなのだという。

 

 いくつかのよく分からない手順を踏んで、それからキューブを地面に置いた。これで、黒腔が開けるはずだ。

 

 数秒後。ブン、と不意に黒い立方体がブレる。

 

 そのまま勢いよく縦に伸びたその物体は、みるみるうちに私の身長ほどの柱になった。その柱が縦に裂け、二本の柱となったところで、柱と柱の間の空気が揺らぐ。

 

 そこに現れたのは、人一人が通れる位の黒い亀裂。

 小さな黒腔だ。

 

「うーん、相変わらずの謎技術」

 

 喜助さんの謎技術については、とうの昔に考えるのを止めた。よく分からないが、きっとすごいものに違いない。思考放棄というやつである。

 

 ともあれ、ひとたび黒腔を出したなら急がなければならない。

 

 もちろん卍解で"花霞(はながすみ)"を発動している限り、私を見つけることは誰にもできない。どんなに感覚を研ぎ澄ましても、どんなに優秀な機械を使っても、私の存在を観測することはできない。私から発せられる全てのものは『なかったこと』になってしまうのだから。

 

 しかし、この"花霞"にはいくつか例外がある。

 

 私が『"花霞"を発動した時点で既に世界に与えていた変化』は、なかったことにならないのだ。つまり浦原商店にある私の自室はそのままの形で残るし、私の私物は『所有者が分からないもの』として残り続ける。私の暮らしていた浦原商店では少しばかりホラーな事態になりそうだが、そんなこともせいぜいが数日程度だ。その辺りは喜助さんたちに任せる他ない。

 

 そして、"花霞"の例外はもう一つ。

 

 黒腔のように『空間に干渉するもの』は、皆が認識できる。たとえ"花霞"使用中の私が造ったものだったとしても、その造った黒腔の存在だけは"花霞"の例外となるのだ。

 

 いや、ややこしすぎるでしょ。卍解習得後の修行中、そう何気なく呟いた私に"雲透"が教えてくれた。

 

『簡単だよ。要するに(ことわり)側のモノに干渉できるほど、ぼくらの力は強くないってことさ』

 

 確かに、理に手を出せるのは藍染クラスの化け物だけだ。お前はそうじゃないと言われたって、それはただの褒め言葉である。

 

「さて、と……」 

 

 黒腔を開いて数分が経過し、揺らぎ続けていた黒い裂け目がようやく安定した。数分でもずいぶんと短縮した方だと喜助さんが言っていたが、その隙に黒腔が見つかってしまう可能性だってある訳だ。

 

 そうならないよう祈りながら、私は黒腔へと一歩踏み出し――

 

 

 

「見ぃつけた」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 断界で記憶を一部取り戻して以降、新たな記憶が戻ってくるようなことは起こらなかった。それは夏休みが終わっても変わらず、私は疑問を抱えたまま始業式を迎えることとなった。

 

「おはよ、一護」

「おう」

 

 同じバス停で後から乗ってきた一護を見かけて、降車後に声を掛ける。二週間ぶりに会った一護は特に変わった挙動をすることはなかったけれど、その霊圧には若干の違和感があった。

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)からの帰還が少しばかり早かった分、虚化の侵食も進んでしまったようだ。これは一刻も早く仮面の軍勢との修行を始めてもらわなければ、と心に刻み込む。

 

「全然見掛けなかったけどよ、二週間も何してたんだ?」

「修行だよ」

「修行? 何の?」

「そりゃ卍解とか鬼道とか、色々だね」

 

 周囲に他の学生たちもいるからと、ボリュームを落とした声で答える。何が分からないのか、首をひねった一護が不思議そうに続けて問うた。

 

「いや卍解って、お前もう卍解使えるだろ」

「……うん?」

「いや、だから。もう使えるのに何の修行をするんだよ」

「えっと……そもそも『修行とは』っていう話になりそうだね」

 

 今まで極端に短いスケジュールで力を得てきた故の勘違いだ。それに一護は周囲の卍解を使えるレベルに強い死神たちが、修行らしい修行をしている姿を見たことがない。一護にとって死神の修行とは『できないことをできるようにする』ものなんだ。

 

「習得したら終わり、じゃない。何十年も何百年も……何なら千年単位の時間を掛けて洗練させていって、それでも完成形に到達するとは限らない。そういうものだって、私は聞いたよ」

「せ、千年……時間感覚すげーな……」

「だよねぇ。千年は流石に私も実感湧かないよ」

 

 とはいえ私も、怪我や病気がなければ千年近い時を生きる可能性はある。それだけの時間を掛けて鍛えると、"雲透(くもすき)"の能力は一体どんな成長をするんだろうか。

 

「ほら、空手と同じなんじゃない?」

「あー……なるほどな、型通りに身体を動かせたら終わり、じゃねぇしな」

「型がどうしたんだ?」

「うおぁっ!?」

 

 不意に会話に入ってきた竜貴に、一護が飛び上がって驚く。少し前から気づいていた私は、大きく反応することもなかった。

 

「ひ、久しぶりだな、たつき……」

「オッス。ビビり過ぎだろ、声掛けたくらいで」

「おはよう竜貴、久しぶりだね」

「ん、桜花も久しぶり。ちゃんと学校、来たんだな」

「はは、何それ。人のことヤンキーみたいな言い方してさ」

「似たようなもんだろ」

 

 似てない。流石にそれは似てない。

 

 しかし反論しようにも、反論する材料がなかった。そういえば昔から教師にバレていないとはいえ、虚退治のために義骸を教室に残して授業を抜け出すし、力加減が面倒で体育はサボるしで、良い学生とは口が裂けても言えないんだった。仕方ない、甘んじて受け入れよう。

 

「で、何の話?」

「夏休み中、全然勉強してないって一護が言ってたからさ。空手の型と一緒で、勉強にも反復練習が必要だって話をしてたんだよ」

「へぇ。珍しいな、一護が勉強してないって。宿題は?」

「えっ……あ、あぁ。宿題はしたよ。馬鹿にしてんだろ」

 

 一護は戸惑いながらも、私の作り話についてきた。ちょっと嘘をついただけで「マジかお前」みたいな顔をしていた頃に比べると、進化したと言うべきか退化したと言うべきか。

 

 そんな話をしながら登校して、私たちは教室に到着した。

 

「おっはよう、黒崎くん! 桜花ちゃん! たつきちゃん!」

「おはよー」

 

 朝から元気な織姫に挨拶を返し、織姫に抱きついて竜貴に蹴飛ばされる千鶴を眺めながら席につく。一護はというと織姫とチャド、それから石田のいる席に当然のように向かって話をしている。あんなにあからさまじゃ、明らかに「何かありました」と言っているようなものだ。

 

「ホント何なのあの集団! どういうことだよ!?」

 

 分かりやすい違和感に、啓吾が騒いでいる。

 

 私としては四人で集まっていることだけではなく、一護がベルトループに代行証を下げていることも気になるところだ。

 

 秘密にする気ならもっと本気で隠すべきだし、秘密にする気がないならいっそ教えてあげた方が皆のためだし。下手に疑って危ない目に遭わせるくらいなら、きちんと説明して危険を避けてくれた方がこちらとしてもありがたいだろうに。

 

「おーす! オラァ、席つけ野郎共!」

 

 どこぞのヤンキーのような台詞を吐きながら、担任の越智先生が教室に入ってきた。それに従って、皆が席についていく。そんな時、代行証が唐突にけたたましい音を立てた。

 

「うおおおぃ!?」

 

 一護がまたもや飛び上がって驚く。

 いや隠す気……と呆れる私を他所に、一護と織姫とチャドは三人揃って教室から飛び出していってしまった。いやもうホント、隠す気ないでしょあんたら。

 

「……さて」

 

 教室からあの三人がいなくなる瞬間、それは今しかないかもしれない。一つ息をついた私は、義魂丸を飲み込んで立ち上がった。とん、と教室の床を蹴った私は、死覇装をまとった死神の姿をしていた。

 瞬歩ではない、しかし人間には認識できない速さで移動したのは、教卓の上だった。座っただけでも教師に怒られるその上に立って、そしてクラスメイトたちを見下ろす。

 

 私を見ている者は、誰一人としていない。どうやらまだ、気づかれてはいないようだ。

 

 だったら。

 

「はーい、ちゅうもーく!」

 

 聴こえていたなら、間違いなくこちらを見る。そのくらいの声量で、クラスメイト全員に語りかけた。これに反応して顔を上げた者ならば、霊力を持っているということになる。

 

「うん。視えてるのは竜貴、啓吾、水色……かな」

 

 顔を上げたのは、思っていた通りのメンツだった。石田? 石田に関しては視えない訳がないから除外だ。

 

 越智先生は、教卓の上にいる私に構うことなく話を続けている。その私は見慣れぬ黒い着物姿で、腰には刀が差してある。

 それらの異常な光景に、驚かない人間は存在しない。

 

「呼ばないで。余計なことは言っちゃ駄目だよ」

 

 彼らは一様に、驚愕の眼差しを私にぶつけている。その口が動いて私の名を呼ぶ前に、私は人差し指を立てた。それを自らの唇に当てて小さく笑う。

 

「言いたいことも訊きたいこともたくさんあるだろうけど、とりあえずは黙っててね。視えてない人からすると、急に喋り出した変な人になっちゃうよ」

 

 『視えてない人』と聞いて、私の姿をクラスメイト全員が捉えている訳ではないと気づいたらしい。はっとした顔で、周囲をきょろきょろと見回している。

 ついでに宙にでも浮けば驚くだろうなとは思いつつ、そこまでして悲鳴を上げられてはたまったものではないと行動には移さないことにした。記憶置換をすれば済むけれど、こんなに大人数だと帳尻を合わせるのも一苦労だ。できれば使わずに切り抜けたいものである。

 

「放課後、四階の空き教室で待ってる。そこで全部話すよ」

 

 教卓を動かさないよう軽く跳んで、生徒の机に着地する。机の持ち主は、席替えのくじ引きで最前列に割り当てられた竜貴だ。

 

「その代わり、一護と織姫とチャドには秘密ね。もし勘づかれでもしたら、皆の記憶を消さなきゃいけなくなるから」

 

 「どうして」と声にならない声で呟いた、竜貴に応えるように笑いかける。

 

「それもきちんと説明するからさ。大丈夫、友達に変なことはしないよ……あの時とは、違うんだから」

 

 何があろうと、皆に手を出させるつもりはない。

 もう、あの時のような……由衣の時のようなことにはさせない。

 

 そのために今、私はこうして行動しているのだから。

 




アニメ、皆さん見ました?

私は圧倒的なオサレに殺されました。
正直テンション上がって中々寝付けなかったです。

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