冬獅郎に、昔の私の話をしてもらった。
その内容はまあ酷いものだった。
鬱陶しがる冬獅郎にしつこくつきまとったり。冬獅郎の懐柔が難しいとなれば、外堀を埋めるように雛森三席に近づいたり。結果的に仲良くなれたから良かったものの、一歩間違えるとストーカー行為である。
……あれ。そういえば私、数年前も似たようなことをしたような。具体的に言うと、嫌がるひよ里を夏祭りに誘い、強引に仲良くなったような。
あーあ……変わってないというか、全く成長してないなぁ私。
「そ、その節はスミマセンでした……」
「そう気にするな。記憶、無いんだろ?」
「うん……」
やはり私の記憶について、冬獅郎たちは知っていたらしい。どうやら喜助さんの口から説明されているようで、隊長格の面々は私の記憶のことや、行方不明になった後は現世にいたことなどを把握しているのだとか。
そうやって気を回してくれたことには感謝だが、それでも彼への私刑決定は揺らがない。
「日番谷隊長いらっしゃいますか」
そうして話が一段落した頃、十番隊隊首室を訪れる者がいた。声の主は、控えめなノックの後に自信なさげに名乗る。
「あ、えっと……四番隊副隊長、虎徹勇音と申します。卯ノ花隊長から重要書類を預かっておりますので、入室してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、入れ」
虎徹勇音。先の戦いにおいて、非常に不本意な手段でもって気絶させた女性だ。
同性であるということを差し置いても、現代日本ならセクハラと呼ばれる、犯罪スレスレというか抗議されれば確実に犯罪になる行為に及んでしまったのだ。合わせる顔がないというのが本心で、次に会う時は謝罪と共に菓子折りの一つでも渡すべきだと思っていた。
しかし今は当然ながら、菓子折りなんてものは持ち合わせていない。それどころか尸魂界で使える通貨だって、一銭も持っていない。
「失礼します……あ」
虎徹副隊長は入室するなり私たちを見て――正確には私を見て、完全に動きを止めた。そしてだんだんと赤くなっていく頬を隠すように俯いて、駆け寄るように冬獅郎に近づいて書類を手渡した。
「あ、あの……じゃあ私、失礼します」
「待ってください!」
そのまま流れるように退室しようとした彼女を、私は急いで呼び止めた。菓子折りはまた後で渡すにしても、こうして顔を合わせておいて謝罪もせずに「ハイさようなら」という訳にもいかない。
「虎徹副隊長。先日は失礼なことをしてしまって、申し訳ありませんでした」
「えっ……あ、いえ……」
「あの場を一番穏便に済ませるため、という目的あってのことでした。もちろん他意はありません」
「そんな、良いんです! あんなので戦えなくなる私が駄目なんですから……」
私も攻撃してしまったし、と虎徹副隊長は申し訳なさそうに言った。
確かに敵だって紳士な奴ばかりでない以上、そういう耐性はあって然るべきではある。だからといって、私がそういうことをしても良いという理屈は通らないだろう。
最終的に私の謝罪を受け入れてくれた虎徹副隊長は、私を見ても顔を赤くしなくなるくらいには打ち解けてくれた。良かった、虎徹副隊長が優しい人で。
「んで、お前は一体何をしたんだ?」
虎徹副隊長が隊首室を辞して、それまで黙って私たちの会話を見守っていた冬獅郎が問うた。真面目な顔をしているところ悪いが、内容が内容である。
私は少しだけ躊躇って、それから私の評判が落ちるだけで他に弊害はないからと、その問いに答えることにした。
「えっと、その……胸を揉ませていただきました」
「はあ?」
冬獅郎の大真面目な表情が、一瞬にして崩れ去った。隣に座るルキアの冷めきった視線が痛い。違うんだ、あれはそういうアレじゃないんだ。やめて、そんな目で見ないで。
「桜花お前……何つーことしてんだ……」
「まさか、おぬしにそんな趣味があったとは……」
「待って待って違うから! 勘違いしてる! あんたらめちゃくちゃ勘違いしてる!」
慌てて両手をぶんぶん振って弁明する。
私が言い方を間違えたからだろう、こんな変な勘違いをされたのは。丁寧語を使おうと心掛けた結果とはいえ、「揉ませていただきました」は確かにヤバい。文頭に「ありがたく」のニュアンスがついていそうな文言なのが尚更ヤバい。
「不可抗力! あれは不可抗力だったの!」
「不可抗力で揉むことになるか、普通……?」
「なるんだよルキア! そういう状況だったの!」
「どんな状況だ」
ルキアも冬獅郎も訝しげだ。
松本副隊長? 彼女はめちゃくちゃ楽しそうに私たちのやり取りを聞いている。何でずっと楽しそうなんだよ、この人は。
「あの時はね。一度に四人も副隊長を相手にしなきゃいけなくて、できるだけ早く全員を無傷で退場させたかったの」
「副隊長四人を無傷でって……まさかお前、やったのか?」
「まぁ、何とか」
卑怯な手も使ったし、こっちは無傷とはいかなかったんだけどね、と笑う。
「お前、いつの間にそんな……」
「卍解もできるようになったし、そのくらいはね」
「卍解!?」
「あれ、聞いてなかった?」
ルキアはその時目の前にいたから、私の卍解のことは把握している。しかしその場にいなかった冬獅郎や松本副隊長は、何も知らなかったようだ。同時に驚きの声を上げていた。
そうか、その辺りについては話してなかったんだね。
「その時は一護が危なくて、私も余裕がなかったから……とにかく使えるものは何でも使うしかなかったんだ」
「それは……分からなくもないが……」
「卍解だって三日前に習得したばかりで、使いどころが掴めてなかったし」
「おいおい、そんな短期間で戦場に立ったのか……よくやるぜ」
「だよね、ほぼぶっつけ本番だもん。いやぁ、大変だった」
しかもそれをあの藍染に直接ぶつけた、と言葉面だけを聞くと、もう完全に暴挙である。しかし私としても、いける自信があったからこそその計画を受け入れたのだ。確かに大変ではあったけれど、あれをただの無謀な行為と形容するつもりはなかった。
まぁ、一護は習得した当日に戦闘で使用した訳だけれど。あいつの場合は、その無茶苦茶具合も含めて一護だから、そう驚くことでもないのかもしれない。
そういえば一護はどこにいるんだろう、とふと思う。織姫が治療をしたなら、私と同様に完治して既に歩き回っているはずだ。
「ねーえ、感想はどうだったの?」
そんなことを考えていると、不意に松本副隊長に声を掛けられた。
「感想? 卍解の、です?」
「違うわよ。揉んだ感想」
「…………えっ」
揉んだ感想って、何それ……大きかったとか小さかったとか、そういうこと? それとも感触……とか? そんなの訊いてどうするんだ。
「それ、言わなきゃ駄目です……?」
「ダーメ」
「えぇぇ……」
「松本……お前なぁ……」
「良いじゃないですか、たいちょ。別に減るもんじゃないんだし」
減る。私の中の何かが確実に減る。
「夜一さんの方が、その……硬かったかな、と……」
「夜一? あぁ、四楓院家の」
「はい。あの人のはもっとこう、弾力があるというか、胸なのか胸筋なのかよく分からない感じで……何言ってんだ、私」
松本副隊長が引かないからとはいえ、虎徹副隊長のソレを事細かに表現するのは流石に気が引ける。この状況で引き合いに出せるのは、私の周囲の人の中だと夜一さんくらいだ。
織姫のは……まぁ、この三人の中で一番良かったとだけ。何がどう良かったのかを含め、他の人には伏せるつもりだが。
「じゃあ、あたしのは?」
「松本副隊長の?」
「乱菊で良いわよ。ほら」
「えっ」
腕を掴まれて、強制的に手をあてがわれる。
何なのこの人。どういうことなの?
「…………」
しかし……思ったことをそのまま言ったら、ルキアと冬獅郎に軽蔑されそうだ。どうしたものか。
「どーお?」
「ら、乱菊さんのは、何ていうか……」
「何よ、言いなさいよ」
言い淀んだ私に、松本副隊長改め乱菊さんが詰め寄ってくる。
「…………」
良い言い換えが思いつかない……うん、もうこれはどうしようもないよね。
もういいや、
「……やらしいです」
「え?」
「やらしいです」
「えっ、それは褒めてるの?」
「もちろん。胸を褒める言葉としては最上級です」
「何を言っておるのだ、おぬしは……」
「お前らは馬鹿なのか」
ルキアと冬獅郎の、冷え冷えとした言葉が突き刺さる。揃って斬魄刀を解放したかのような、冷たい空気だ。"氷輪丸"と"
◇ ◇ ◇
そういえば、目が覚めてから何も食べていなかった。
そんなことに今更気づき、私とルキアは大衆食堂のような食事処で遅めの昼食を摂った。一切お金を持っていない私に代わって、お代はルキアが持ってくれた。
このまま奢っても構わないというルキアを説き伏せて、自由になるお金が手に入り次第、私が一度ルキアに奢るということで手を打ってもらった。ただ単に奢ってもらうのは、あまりに申し訳なさすぎるからだ。
「まずは海燕さんの所に行って、それからまた病院に戻ろうかなって」
食事中の会話の流れでそう言うと、ルキアは何とも気まずそうな顔をした。気になって訳を訊くと、ルキアはぽつりと呟くように言った。
「私は昔、海燕殿の誇りを傷つけたのだ」
それきりルキアは、海燕さんについては口をつぐんでしまった。どうやら処刑から救おうとしてくれたことへの礼は既に本人に告げているらしく、ルキアはここで離脱することとなった。
「志波副隊長はいらっしゃいますか」
病気がちな浮竹隊長に代わって隊長業務にあたることの多い海燕さんは、いつも隊首室で仕事をしているらしい。
「おう、いるぞ」
「失礼します」
ルキアから聞いた話通り、海燕さんは隊首室にいた。ノックをしてすぐに元気な返事が聞こえて、私は扉を開けた。
「隊長なら留守にしてる……って、お前かよ」
「すみませんね、私で」
「てことは、用があるのは隊長じゃなくて俺か」
「話が早くて助かります」
仕事中にも関わらず、海燕さんはすぐに時間を作ってくれた。そんな海燕さんにまずはお礼と、それから戦いの最中で雑に対応してしまったことへの謝罪を告げる。一護に似ているなら、そんなことで怒りはしないと分かってはいた。けれど、それでも私としては言わない訳にいかなかったのだ。
思った通り海燕さんは別に構わないと言って、それから本題に入るよう急かしてきた。
「そんなことより、一護のことだ」
「あー……ですよね」
「あいつは何も知らなかった。お前は、どこまで知ってんだ」
真摯な灰色の瞳が私を捉える。
慣れ親しんだ一護の顔に似ているのに、一護とは血が繋がっているだけで生まれも育ちも別の死神なのだ。それなのに油断すると気安くなってしまうというか、雑に扱ってしまいそうになる。何とも言えずやりづらい相手だ。
奇しくも私とルキアの関係も、一護と海燕さんの関係に酷似している。海燕さんからしても、私はやりづらい相手なのかもしれなかった。
「どこまでも何も、全部です」
「全部っつったって……」
一心さんが敢えて一護に何も伝えていなかったと、海燕さんは気づいているのだろう。その上で、私がどこまで把握しているのか確かめようとしているのだ。
となれば私はある程度ぼかしたまま、全てを知っていることを伝えなければならない。
「あなたの親族の
「そうか……なら俺の予想は正しいってことか」
「えぇ、恐らく」
神妙な顔をして頷いた海燕さんに、肯定するように頷き返す。
「この話、知ってるのは?」
「当人と、あとは私を含めた数人のみです。全員が霊力を持っている方とはいえ、当人が言うと決めるまではくれぐれもご内密に。もちろん、あの子にも」
「あぁ、分かってる」
一心さんが、尸魂界を去った理由。
そこに触れてくる可能性はあると、そう思っていた。しかし海燕さんは何も言わなかった。
今年の六月十七日は、六年前とは全く異なった天気だった。梅雨とは思えないほど強い日差しが照りつける午前に、私は黒崎夫妻から『全て』を聞いた。
一心さんが死神の力を失い、尸魂界を去った理由。真咲さんの
どれもストーリーの根幹に関わるような真相を、二人は事細かに教えてくれた。
その時に、一心さんが言っていたのだ。
もし仮に志波家の者や十番隊に関わることになっても、自分のやったことについては言わないでほしいと。また、こっ恥ずかしいから言いたくないし、もしそれでも言う必要があるなら自分の口から伝えるのが道理だ、とも。
仕事の都合上、来週は更新できないかもしれないです。努力はしてみますが、どうなるかわからないのでご了承ください。