傲慢の秤   作:初(はじめ)

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五十二、勝ちの定義

 

 

 

 全てを透過する"雲透"が、数ミリ"清虫"に重なった瞬間。"雲透"が全てを通り抜けてしまう前に、私は始解を解除した。

 

 実体のなくなった"雲透(くもすき)"で敵を貫いた状態で始解を解除すると、どうなるか。

 答えは簡単で、力を掛けていた方とは逆向きに弾き飛ばされる。つまり、向かい合った敵の刀と私の"雲透"が重なっていたような今の状況では、後方に弾き出されてしまうという訳だ。

 

 私はそれを、戦線離脱のために利用した。

 

「……何故退()いた、朽木桜花」

「何となく、嫌な予感がしまして」

「そうか」

 

 言い訳のためにそれらしい言葉を放つと、どことなく含みのある感嘆が返ってきた。一体何をするつもりだったのか。

 

 鍔迫り合いの状態で始解をして、刃を伝って音波の振動を私にぶつけて衝撃を与えようとしていた、とか。

 その音波を受けて私が体勢を崩した隙をついて、体格差と腕力の差で押し切ろうとしてした、とか。

 もしくは能力によって細切れにした刃で私を貫こうとした、とか。

 

 "雲透"で読み取った敵の情報を踏まえて考えると、その答えはごく少数に絞られてくる。そして敵は、まさか己の能力が丸裸になっているとは思いもしない。

 

「始解か。()()()よりは成長しているという訳か」

「成長、ね……」

 

 あの時とはいつなのか。市丸ギンも似たようなことを言っていたが、それと同じ時を指しているのだろうか。気になるところだけれど、今の私がすべきことは。

 

「そうやって油断しておいて下さいね。その方がこちらとしても――」

 

 喋りながら瞬歩を発動、一瞬で東仙の背後に回る。振りかぶった刀で狙うのは、敵の胴体だ。

 

「――やりやすいんで」

 

 そう締めくくると同時に、二本の刀がぶつかり合って派手な音を立てた。

 

 当然ながら東仙要はこの程度で片付く相手ではなく、私の斬撃はあっさりと止められてしまった。

 そして、私の腕力ではコイツと鍔迫り合いをして勝てるはずがない。その事実を鍔迫り合いになる前から『知っていた』私は、正面から受けていたその力を脇へ流した。金属と金属が擦れる嫌な音が響き渡る。

 

 その音を聞いた東仙がほんの少し眉をひそめたのを、私は見逃さなかった。やっぱりそうか、と口角を上げる。

 

「"破道(はどう)の三十一・赤火砲(しゃっかほう)"」

 

 さほど難易度の高くない破道とはいえ、詠唱破棄すれば多少は威力が落ちる。東仙は私の"赤火砲"を刀で簡単にいなした。そして、鼻で笑う。

 

「そんなもので、私を止められるとで――」

 

 そんな東仙の言葉を遮るように、瀞霊廷の石畳に"赤火砲"が着弾した。石畳が割れた破砕音が響き、途中から東仙の声が聴き取り辛くなる。

 

 なるほど、タイミングはそんな感じか。

 よし、よく分かった。

 

「"破道の三十一・赤火砲"」

 

 同じ鬼道を同じ威力で放つ。

 それが同じように斬魄刀で弾かれて地面に衝突したその時、私は瞬歩で東仙の背後に回った。

 そして狙うは、同じく敵の胴体。

 

 再度、甲高い金属音が鳴り響く。

 

「っ……!?」

 

 ほとんど同じ、二度のぶつかり合い。

 

 先程と唯一違ったのは、私が動き始めてからそれに東仙が反応するまでの時間だった。

 そのタイムラグが、確実に長くなっている。

 

 視覚を持たない東仙要は、周囲の情報を得るためにそれ以外の感覚を極限まで研ぎ澄まして活用している。それらの感覚の中で一番多くの情報を与えてくれるのが、恐らく聴覚だ。

 "雲透"で東仙要の能力を読み取って、四つの感覚の中で聴覚だけがずば抜けて高いことも分かっている。私を含めた常人に比べて数倍の精度を持っているが、それ故に常人より大きな音に弱いということも。

 

「貴様、まさか!」

 

 どうやら、私の狙いに勘付いたらしい。

 けれど、焦ることはない。そうして勘付かれることも私の狙いなのだから。

 

 驚きから抜け出した東仙が動き出す前に、私はその場から飛び退った。あのまま押し切られたら勝ち目はない。私の斬術は、東仙のそれに劣っている。

 

「…………」

 

 私は何も答えず、ただ手のひらを敵に向けた。

 

 ――"破道の三十一・赤火砲"。

 

 口には出さず練り上げた霊圧が、火の玉となって敵めがけて飛んでいく。威力はさらに落ちるが、敵の不意を突くには十分だ。

 

「また"赤火砲"か?」

 

 そんな呑気なことを言って、東仙が刀を構える。

 またもや簡単に振り払われてしまった火の玉が、着弾して地面を抉る。その音に紛れて走り出すのも同じ。刀を振りかぶるのも同じ。

 

「見え透いた手だ」

 

 一つ、違うとすれば。

 

「分かっているぞ。次は……」

 

 東仙は躊躇うことなく背後を振り向いて、刀を横なぎに振った。そう。先程と同じように、そこに来るであろう私めがけて。

 

 けれど、私はそこにはいない。

 

「何っ?!」

 

 空振りした者の背中なんて、がら空きでしかない。

 

 私は最初から東仙の背後ではなく、正面に向かって瞬歩をしていた。全てに気づいて慌てて私の方を向こうとするが、いくら隊長格とはいえもう遅い。

 

 振り切った刃の先が、東仙の肩口を掠る。

 人を斬った、そんな確かな手応えを感じた。

 

 いつまで経っても人を斬るのは慣れそうにないなと思いながら、血の滴る剣先を振って跳び退った。

 

「浅いか……流石、隊長と呼ばれるだけはあるみたいですね」

「…………」

 

 挑発のつもりで吐いた言葉を、東仙は黙ってやり過ごした。

 すぐに乗ってくることはなかったものの、それも時間の問題だ。

 

 弱点を的確に読まれても、騙し討ちのような陰湿な手を使われても、格下と見なしていた私に仕返しとして同じ箇所を斬られても、明らかに煽られても、それでもスイッチの入らない者はそういないはずだ。

 

「……なるほど、そうか」

 

 ほら、来た。

 

「貴様を弱者だと油断した、私の失敗だな」

「何を……」

「鳴け、"清虫(すずむし)"」

 

 よし、乗った。

 焦りを含んだような声を出しつつ、内心ほくそ笑む。

 

 東仙は知らない。

 私の斬魄刀が、既に始解状態にないということも。

 能力を全て、私に知られていることも。

 東仙が始解をすることによって、私の勝率が上がるということも。

 私の『勝ち』は戦いに勝つことではなく、戦うことによって隙を見つけ、敵から逃げ切ることであるということも。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「"雲透"の能力ってさ、扱い方によって簡単に勘違いさせられるよね」

 

 まだ始解を習得して間もない頃。猫の夜一さんと二人で居間の畳に寝転がって、私の斬魄刀について話をしたことがあった。

 

「勘違い? 例えば何じゃ」

「例えば……」

 

 初見のはずの技を予備動作を見ただけで避けたら、未来予知だと思うだろう。

 敵の武器をすり抜けた直後に始解をやめて、敵の身体を斬ったら、ものを透過したり戻したりする能力だと思うだろう。

 

「始解する度に白い煙が出るから、始解したり止めたりを繰り返していれば煙を警戒してくれるよね。始解しても戻しても霊圧は漏れないからバレないだろうし」

「卍解ができぬ以上、始解をするには解号を唱えねばならぬがな」

「あ、確かに」

 

 どんなにそれらしい行動をとったとしても、個人情報漏洩的な能力だとは誰も気づかない。それくらい理不尽な能力だと、始解から卍解まで全て丸裸になってしまった喜助さんが嘆いていた。

 

「喜助さんですら、刀を合わせただけで全部読まれるとは想定すらしていなかったみたいだし。もし少しでもその可能性に行き当たっていたら、そもそも始解の練習相手にはなってくれなかったよね」

「確かにな」

 

 発動しても、相手には分からない。痛みがある訳でも、違和感がある訳でもない。

 すり抜けているのがほんの一瞬でも、たった一ミリ重なっただけでも、相手の能力全てを知ることができる。つまり上手くタイミングを合わせれば、すり抜けていることにさえ気づかせない戦い方もできるということだ。

 

「考えれば考えるほど、いやらしい能力じゃの」

「ひどい」

 

 夜一さんの感想はあまりに実直だった。

 他人の知られたくない情報を勝手にほじくり返し、それを利用してじわじわ追い詰めていく戦い方……そう考えると確かに陰湿ではあるけれども。

 

「単純な腕力とか速度とか、そういう戦闘能力で負けてる人が相手じゃ、どんなに能力を盗み見たって勝ち目はないんだけどね。隊長格とか」

「ならば、いっそ始解させたらどうじゃ」

「え、一瞬で死ぬよ?」

「堂々と言うな」

 

 言うよ。

 だって死ぬでしょ、どう考えても。

 

 今の私が隊長格クラスの敵と出くわしたとして、さらに始解なんてされた日には、死ぬ未来しか見えない。考えるまでもなく、惨殺待ったなしだ。

 

「若いならもっとこう、『実力が足りずとも絶対に勝ってやる』くらいの気概を持たんか」

「『勝てる勝てないじゃない、勝つんだ』的な?」

「そうじゃ」

「無理です」

「だから堂々と言うなと」

 

 誰に似たんじゃ、と黒猫はため息をつく。

 そして、かわいらしく伸びをしながら口を開いた。その内容は、見た目に相反して物騒極まりないものだったが。

 

「斬魄刀による攻撃に頼らせれば、攻撃手段が限られてくるじゃろう?」

 

 もちろん相手の能力によるが、と前置きして夜一さんは言った。

 

 例えば敵の斬魄刀の力が、平子さんみたいに特殊な能力だった場合。

 斬魄刀が発する甘い香りを嗅いだ者の、様々な認識を逆にする。正面にいるように見える平子さんは実は背後にいたり、上から攻撃されたと思ったら実は下からだったり、右に避けたと思っていたら実は左に避けてしまっていたり。

 未来の藍染惣右介は一瞬で適応して応戦していたけれど、普通の人にはそんなことはできない。多分、私にもできない。

 

 香りという避けにくい要素で発動する上に、一度発動してしまえば普通に戦うことができなくなってしまう。こんなもの、初見で破るのはほぼ不可能だろう。

 

 ただし、それは『知らなかった場合』の話だ。

 

「奴の能力は知らなければ中々に厄介じゃが、知っていれば防ぎようはあろう?」

「匂いを嗅がないようにする、とか?」

「もしくは、逆になるパターンを頭の中で整理して瞬時に順応する……とかどうっスか」

「あれ、喜助さん」

 

 寝そべったまま声の聞こえる方へ顔を向けると、喜助さんが居間の入り口から顔を覗かせていた。

 

「何が逆になるのか、それさえ分かっていれば対策は難しくないですし」

「それを難しくないって言えるのは隊長格だけだと思う」

「相変わらずネガティブじゃのう」

「違う違う現実見てるだけだから」

 

 基礎戦闘能力の高い者が持てば、この上なく便利な斬魄刀だろう。ただ、今の私は席官になれるかなれないかくらいの力しか持ち合わせていない。

 だからこそ鍛錬を続けて強くならなければならないんだ。

 

「そうは言っても、単純な戦闘能力だけじゃ足りない。頭を使う訓練をする必要があるでしょうね」

「それは……訓練でどうこうなるものなの?」

「なります。要するに戦略の立て方ですからね」

 

 地は悪くないんスから、後は鍛え方ですね。

 

 そう言って笑った喜助さんの顔がとんでもなく楽しそうで、暖かいはずの居間で背筋が寒くなったのを覚えている。

 

 

 




不定期更新の『不定期』が、流石に度を超えているんじゃないかと思う今日この頃。ごめんなさい。

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