傲慢の秤   作:初(はじめ)

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やっと原作開始!
プロットはあるものの、忙しくて全く書き溜めていないので、のんびり投稿していくことになると思います。


第二章 死神代行篇
二十五、そういうのは刺さるから


 

 場所は空座町。ある金曜日の午後八時頃。

 

 立ち並ぶ民家の屋根の一つに降り立って、少女は小さく息をついた。不可解だ。確かに近くで(ホロウ)の気配を感じるのだけれど、肝心の発生場所が判然としない。まるで、何か分厚い壁のようなものに阻害されているような、そんな感覚だ。

 

 この少女――朽木ルキアは現世駐在任務により、担当地区である空座町に滞在することとなった死神だ。こちらに着いたのはつい先日のことで、ルキアにとってこの任務は初めての現世駐在であった。

 

 つまり……言うなれば初心者である。死神としては数十年の時を生きてきたルキアだが、現世での経験はまだまだ浅いのだ。

 

 それならば、このような不可思議なことがあったとて、別段気にせずとも良いのかもしれぬ。

 ルキアは一人でそう納得すると、霊圧の源を探して屋根を蹴った。

 

 そして、次に降り立ったのはとある民家の一室だった。その部屋には一人だけ住人がいたが、ルキアはその存在を当然のように無視した。人間の存在など、一々気にしていては死神の仕事は務まらないのだ。

 

「近い……!」

 

 もしかしたら、この家には(プラス)が住み着いているのかもしれない。それを目当てに虚が現れる、そういう具合なのだろう。

 ルキアは、隣の部屋の様子も見ようと部屋を横切って――

 

「近い……! じゃあるかボケェ!!」

「……? ……?」

「不法侵入って言葉知ってっかコラ。説明してやろうか?」

 

 後ろから蹴飛ばされて床にひっくり返ったルキアは、何が何だか分からなくて目を白黒させた。慌てて振り返る。

 そこにいたのは、人間の少年だった。オレンジという変わった髪色のその少年は仁王立ちして、呆れたような表情でルキアを見下ろしている。

 

「ったく……何でわざわざ壁から出て来んだよ、ビックリすんだろうが。来るなら普通に玄関から来いよ」

「き……貴様……私の姿が見えるのか……? ていうか今、蹴り……」

 

 まさか、この少年はどこからどう見てもただの人間だ。ならば何故、死神であるルキアの存在を視認し、あまつさえ蹴飛ばすことができたのだろうか?

 

「あ? 何ワケ分かんねぇこと言ってやがんだ? つーか喋り方ヘンだし何か雰囲気違うし……桜花お前、アタマでも打ったか?」

「――っ!」

 

 一瞬、息が止まるかと思った。

 懐かしい名前だ。屋敷でさえ耳にしなくなって、何年経つだろうか。

 

 しかし、こんな所で同じ名を聞くことになるとは思わなかった。偶然とは恐ろしいものだ。ルキアは昔の記憶に思いを馳せて――そしてふと、気がついた。

 

 この少年は先程、私の顔を見てその名を呼ばなかったか?

 

「き……貴様っ、もしや……!!」

「お前なぁ、さっきから貴様貴様って――ん?」

 

 オレンジ色の少年が、疑いの目でもってルキアを見つめる。出会って初めて、真正面から視線が交わった。

 

 正面からルキア見たことで何かに気づいたらしい。その表情がだんだんと驚愕のものへと変わり――そして彼は大声で叫んだ。

 

「ちょっと待て!! お前、桜花じゃねぇな!? 誰だテメェ?!」

「貴様こそ何者だ!! 私の顔を見て『桜花』と呼ぶなど……もしや桜花を連れ去ったのは貴様かっ?!」

「はぁ?! 何意味分かんねぇこと言ってん――」

「うるせぇぞ一護! 二階でバタバタすんなァ!!」

 

 唐突に部屋に飛び込んで少年を蹴飛ばした、中年男性……年齢層的にこの少年の父親といったところかと、その乱入により少し頭の冷えたルキアは当たりをつけた。

 

「やかましい! これがバタバタせずにいられるか!! 見ろよコイツ――あ、そうか。親父には見えねぇんだったな」

 

 やはり父親だったか。

 しかし、瞬時に実の父親を蹴り返すとは……なかなかに愛情表現の激しい親子だ。

 

「また幽霊かっ! 自慢か?! 自慢なのかっ?! 自慢なんだなっ!?」

「あぁもうハイハイ、自慢で良いからさっさと

部屋から出ていけよ」

「何だとぅ息子よ! 親に対して何てことを――って痛い痛い痛い、分かった! 分かったから! 出てくから蹴るの止めてっ!」

 

 ルキアは黙りこくって親子のやり取りを眺める。この少年、やはり異常だ。死神であるルキアに触れ、話しかけるだけではない。ルキアの存在を常人には視えないものとして、冷静に認識しているのだ。

 少年の父親が部屋から出ていってから、ルキアは口を開いた。

 

「貴様、何故私が人ならざるものだと分かった? 死神の存在を知っておるのか?」

「あ? 死神? でっかい鎌持ってて、人の命奪うっていうアレか?」

「……知らぬのか」

 

 人間は死神という存在を誤認していると、そう霊術院で教わったが、それは今の時代でも健在らしい。

 

「ならば何故、貴様は桜花という名を知っているのだ?」

「あぁ、桜花は俺の幼馴染だよ。お前と間違えたのは、あいつとお前がめちゃくちゃ似てっからだ」

「幼馴染、か……つまり人間、ということなのか……? しかし顔が似ている上にその名とは、単なる偶然とは思えぬな……」

「あー、いや……人間じゃねぇのかもな、あいつは」

「はぁ?」

「あいつ時々さ、お前と同じ真っ黒な着物着て走り回ってんだよな。刀は差してるわ、よく分かんねぇ魔法みてぇな術は使うわ、ホロ……何とかっていう化け物と戦うわ――とにかく普通じゃねぇんだよ」

「…………」

 

 俺以外の奴には隠してるみたいだから、普段はフツーの女子高生なんだけどな。

 

 そう言って笑う少年の声が、遠い。

 

 自らと同じ真っ黒な着物……それは間違いなく死覇装のことを指している。刀とは斬魄刀のことで、魔法みたいな術とは鬼道のこと、化け物とは虚のこと。

 

 ……死神だ。この少年の言う『桜花』は死神だ。

 

 つまり――桜花は、生きている。

 

「つーかお前、桜花と知り合いなのか?」

「あぁ……」

 

 知り合いなんて、簡単な言葉で片づけられるものではない。同期で、恩人で、姪で、そしてその姿形から自らの半身にも思えるような、そんな存在だ。

 

 込み上げてきたものを必死で堪えて、ルキアは静かに瞳を閉じた。

 

 

「桜花は私の、大切な仲間だ」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 死神化した一護が、肥大した斬魄刀を振るって虚を沈め――そして、力尽きたように倒れ伏した。

 

 私達はその一連の出来事を、コンクリートの塀の陰から眺めていた。ここまではストーリー通り。藍染惣右介が手を回しているだろうからあえて手を出さなかったが、これで正解だったらしい。ともかく、一安心だ。

 

「……そろそろ行きますか」

「ん、了解」

 

 囁くように言ったのは喜助さんだ。私達の視線の先では、白装束を血で染めた朽木ルキアが途方に暮れたように座り込んでいる。

 

「どうやら、お困りのようっスねぇ。義骸でも、お貸ししましょうか?」

「……何者だ、貴様」

 

 そんな彼女に、喜助さんが下駄を鳴らして歩み寄る。当然朽木ルキアは警戒して、一護を庇うように身を引いた。

 

「まぁまぁ、そんなに警戒なさらずとも」

「……そんな怪しいナリして『警戒するな』なんて無理な話だよ」

「っ……!!?」

 

 ぼやきつつ、私も塀の陰から姿を見せる。

 さて、朽木ルキアの反応は――

 

「お、桜花……なのか……?」

「あー……ハイ。多分()()桜花で間違いないかと」

 

 やっぱり知り合いだったか……まぁ、そりゃそうか。何てったって姪なんだ。その事実関係を本人が知っているのかどうかはともかくとして。

 

 朽木ルキアは、目玉がこぼれ落ちそうな程に大きく瞳を見開き、私を凝視している。

 

 数秒間の沈黙。

 

 そして次の瞬間には、その両目からポロポロと大粒の涙を落とし始めていた。

 

 ――涙?

 

「えっ、ちょ……大丈夫で――」

「馬鹿者っ!!!」

 

 続いて、衝撃。

 駆け寄ってきた朽木ルキアが私に抱きついたからだった。……誰が? 朽木ルキアが。誰に? 私に。

 

「あのぉ……」

「このたわけがっ!!! 急に行方をくらましおって!!」

 

 身長は同じくらいだった。体格も恐らく同じ。顔も瓜二つと言える程にそっくりで、違いといえば髪型くらいか。

 そんな相手が、自分にすがりついて泣きじゃくっている。そう考えるとどこか妙に落ち着かなくて、私は微かに身じろぎした。

 

「四十年だぞ!? 生きておったのなら何故連絡を寄越さなかった?! 皆がどれほど心配したと……私とて……!!」

 

 怒られるだろうな、とは思っていた。

 朽木家の記録には失踪の原因は不明、と記してあった。つまり私は何も言わずに唐突にいなくなった、という訳だ。そこにどんな理由があろうと、残された者が怒るのは当然だ。そして、そこに親しい関係があったなら、泣かれるのもおかしなことじゃない。

 

「…………」

 

 でも……私は、彼女の言葉に何も返せなかった。

 だって何も覚えていない。私の朽木桜花としての記憶は三歳くらいで止まっていて、その中に朽木ルキアの存在はないというのに、一体何を言えばいいんだ?

 

 しばらく私にしがみついて肩を震わせていた朽木ルキアから、ふっと力が抜けた。私は咄嗟にしゃがみ込んで、その線の細い身体を支えた。……私ってこんなに華奢だったんだ。

 

「落ちましたか」

「みたい。……この手負いでここまで走ってくるとは思わなかったよ」

「火事場の馬鹿力ってやつでしょうねぇ」

「言わないで。そういうのは刺さるから」

 

 私は朽木ルキアを抱え直すと、ひょいと立ち上がった。

 

「という訳で後片付けよろしく」

「あ、また面倒な方を……」

「じゃあねー」

 

 不満げな顔はしているが、喜助さんだって理解しているはずだ。彼女に色々と説明するなら私の口からの方が都合が良い、ってことくらい。

 

 自分と同じ体格の人を丸ごと抱えて走り回れるなんて、私もそれなりに人外だ。瞬歩で民家の屋根から屋根へと跳び移り、同時に回道で止血しながらそう思う。

 

「ただいまぁ」

 

 浦原商店にはすぐに着いた。裏口の引き戸を足で開ける。

 朽木ルキアを一度床の間に寝かせてから、草履を脱いでいると、居間へ続く廊下から鉄裁さん、ジン太、(ウルル)の三人が顔を覗かせた。

 

「おかえりなさいませ、桜花殿」

「こんな時間にどこ行って……って、うわっ! 誰だソイツ!?」

「……おかえり、お姉ちゃん」

「あれ、ジン太に雨まで。何やってんのこんな遅くに」

「子ども扱いすんなよな! まだ九時にもなってねぇのに」

「あぁハイハイ、ごめんって」

 

 そこで「まだ九時になってない」って言っちゃう辺りが、子供っぽいってのに。何やかんや言ってかわいいやつだ。

 

「鉄裁さん、この人をお願いします。一応止血はしておいたけど、まだ完治はしてないから」

「承知しました」

「なぁなぁ店長は? 一緒だったんだろ?」

「あぁうん、ちょっとした騒ぎがあってね。後片付け全部押しつけてきちゃった」

「またか。相変わらずだなぁ」

 

 一階の和室に敷いた布団に朽木ルキアを寝かせ、私は手を洗ってから服を着替えに自室へ戻った。それなりに血だらけになっちゃってるからなぁ、洗濯で落ちたらいいんだけど。

 

 替えの死覇装に着替えて、ベッドに寝かせてあった義骸へ入る。霊圧を完全に抑えてくれる、喜助さん特製のものだ。

 

 階段を降りて朽木ルキアの元へ向かうと、回道で治療をする鉄裁さんの側で、ジン太と雨が朽木ルキアの顔を覗き込んでいた。

 

「しっかし似てんなぁ、間違えそうだぜ」

「私は、間違えないよ……?」

「うるせぇ! 間違え()()()っつっただけだろっ? 俺だって間違えやしねーよ!」

「痛いっ……止めてよぉ……」

「ハイそこまで」

「ってぇ!!」

 

 雨に掴みかかったジン太の頭に拳を落とす。

 

「ったく、すぐに手が出るんだから」

「人のこと言えねぇだろテメェっ!?」

 

 頭を押さえて涙目で文句を言うジン太をスルーして、私は朽木ルキアの枕元に座り込んだ。完治まで、もう少し時間が掛かりそうだ。

 

「なぁ。それにしたって、こりゃいくら何でも似過ぎだろ。もしかしてコイツ、姉貴の親戚だったりするのか?」

「そうだよ」

「……え、マジで?」

「そうなの……?」

「うん」

 

 朽木ルキアのまぶたがピクリと動いた。微かに身じろぎをしたようにも見える。

 ……下手だなぁ、この人。ちょっと試してみるか。

 

「私の叔母さんなんだよ、この人は」

「はぁっ?! でも見た目大して変わんねぇぞ?」

「あのねぇ、死神の年齢は外見じゃ測れないって知ってるでしょ?」

「知ってる。知ってるけど……何かこう、違和感が……」

「それは私もだよ。何せ、なーんにも覚えてないんだから」

「覚えていない?! 一体それはどういう――痛っ!!」

「厶ッ、まだ動いてはなりませんぞ」

 

 突然、朽木ルキアが勢い良く飛び起きた。叔母だと言った時は無反応だったのに、『何も覚えていない』という言葉には反応した、か……なるほどね。

 それにしても、朽木ルキアは私と違って演技が苦手らしい。狸寝入りが下手過ぎる。

 

「やっぱり起きてんじゃないですか」

「おい、桜花! 覚えていないとは一体どういうことだ?! それに何だ、その気色悪い喋り方はっ!」

「ちょ……ちょっと落ち着きましょ? 傷が開いてもあれですし、ね?」

「落ち着いてなどいられるかっ!!」

「まぁまぁまぁ」

 

 今にも私に飛びかかりそうな朽木ルキアを、鉄裁さんが肩を掴んで止めた。

 彼女もすぐに冷静になって、再び布団に横たわってくれた。その紫紺の瞳だけは、私を鋭く射抜いたままだったけれど。

 

「……さて、そろそろ雨とジン太は部屋に帰んな」

「えー、何でだよ姉貴!」

「どうせあんた、宿題だってやってないんでしょ? さっさと終わらせてきなさい」

「……分かったよ、ったく」

「ごめんね、雨はもう終わらせてるんだろうけど。でも二人にずっと見られてちゃ、この人も落ち着けないから……ね?」

「……うん、分かった」

「おい、差別だろそりゃ! 何でそんなに雨に優しいんだよテメェ!」

「日頃の行い。ほら、早く行った行った」

「ちぇー……」

 

 子ども二人を二階の自室へ向かわせて、私は朽木ルキアの治療が終わるまで静かに待つことにした。

 

 

 そして傷が完治して鉄裁さんが部屋から出ていってすぐ、朽木ルキアは私に詰め寄ってきた。

 私は考え考え、慎重に口を開く。

 

「うーん、どこから説明したものか……。とりあえず……私とルキアさんに血の繋がりがあることは、ご存知ですよね?」

「あ、あぁ……当たり前だ」

 

 ルキアさんが頷く。当たり前、か。つまり知ってから長い時が経っている、ということだ。……また私が何かやらかしていたんだな、これは。

 

「実はですね。私、三歳くらいまでの記憶しかないんですよ」

「っ?!」

「だから父様と母様の記憶はあっても、その他の人のことは全く覚えていないんです」

 

 私もなかなか失礼な奴だな、と自分でも思う。血縁者に向かって「あなたのことは記憶にありません」って断言するなんて。

 

「資料によると私が生まれたのが五十四年前、行方不明になったのが三十九年前。つまり……十二年分の記憶がキレイさっぱり消えてしまっているんです」

「そん、な……まさか……」

 

 ルキアさんはかなりショックを受けているようだ。言葉がない、まさにそんな感じだった。

 

「――もしや、知らぬのか……?」

「え? 何をです?」

「……いや、いい。気にするな」

「はあ、そうですか」

 

 ルキアさんは何か引っ掛かっているようだった。

 かなり気になるが、とりあえずは話を進めよう。

 

「えっとですね……最初、この店の店長に拾われた時、私には三歳までの記憶すらありませんでした。まさに『ここはどこ、私は誰?』ってやつです。名前は、この首飾りから知りました」

 

 ルキアさんにも見えるように、私は桜のペンダントを胸元から引っ張り出した。義骸に入ってもつけたままでいられるようにしてほしいと、喜助さんに頼んで調整してもらったんだ。

 

「それは、兄様からの……」

「……父様からのものだったんですね」

 

 道理で、常に身につけておきたいと思う訳だ。

 

「三歳までの記憶が戻ったのも、つい最近のことで……何故行方不明になったのか、何故現世で拾われたのか、そして何故記憶がないのか……何もかも、不明なままなんです」

「……なるほど、だから音沙汰なかったと。覚えておらぬのなら無理もない、か……」

「……はい。少ない記憶を辿って、私が朽木家の者であることは突き止めましたが……原因も何も分かっていない状況で、何の策もなく尸魂界(ソウル・ソサエティ)に戻る訳にもいかない」

 

 もしかしたら私は、尸魂界で何か事件を起こした後にいなくなったのかもしれない。あまりに重大な事件というのは、はっきりとした記録には残らないものだ。百年前の、魂魄消失事件の結末のように。

 

「朽木家ともなれば資料は豊富ですから、血縁関係なんてのは調べればすぐに分かりました。だから……あなたのことも、名前だけは知っていました。それがあなただと確信したのは、先程あなたの顔を見た時なんですけどね」

 

 こんなにソックリな人との間に、血の繋がりがないハズがないですから。そう言って苦笑すると、ルキアさんが顔を歪めた。今にも泣き出しそうな、表情。

 

「本当に、何も覚えておらぬのだな……」

「……すみません」

「謝るな、おぬしのせいではない」

「ですが……」

「申し訳ないと思うのならば、まずその気色悪い口調を何とかしろ」

「…………」

 

 それはつまり友人のように振る舞えと、そういうことなんだろうか。だとすれば残酷な申し出だ。私は彼女との記憶をなくしていて……そして物語の通り、崩玉を埋め込んである義骸を彼女に差し出すつもりなんだから。

 

 ……これも、自分で決めたことだ。今更罪悪感がどうとか甘いことを言って、ぐずぐずするつもりは毛頭ない。

 

「私のこともルキアと、呼び捨てで構わぬ」

「……分かったよ、ルキア」

 

 よろしいと言わんばかりに、ルキアは満足げに頷いた。

 

「おやぁ、どうやらお目覚めのようで」

 

 良いタイミングで、喜助さんが和室に顔を出した。まぁ、部屋の外で盗み聞きしてたみたいだからね。納得のタイミングの良さだよね。

 

「あれ、喜助さん遅かったね」

「誰かさんが押しつけていった後片付けに手間取ってましてね」

「そっかーお疲れ様ー」

 

 視線を外して棒読みで返した。

 あ、そうだ。ルキアに紹介しておかないと。

 

「あ、ルキア。このあからさまに怪しい人が、さっき言ってた店長ね」

「酷い言い草だなぁ」

「貴様、さっきの……」

 

 喜助さんは私の横に腰を下ろすと、目元を隠したままニッコリと笑みを浮かべた。うわぁ、胡散臭。

 

「初めまして、浦原喜助と申します。以後、お見知りおきを」

「……朽木ルキアだ。貴様、どうせ人間ではないのだろう? 桜花を拾ったと聞いたが、貴様は何も知らぬのか?」

「残念ながら、何も。それより今は、アナタの話をしませんか?」

「私の……?」

 

 ルキアは一瞬呆けて、そして何かを思い出したかのように不意に顔を引きつらせた。

 

「……あ、もしかして忘れてました?」

「忘れてなど……そ、そうだ! 貴様のせいだぞ、桜花!」

「忘れてたんじゃないスか」

「や、やかましいっ!」

 

 ルキアが顔を赤くして怒鳴る。

 喜助さんはそんなルキアを見て、しみじみと呟いた。

 

「いやぁ……同じ顔なのに桜花と違ってかわいらしい方っスねぇ。これはイジメ甲斐がありそうだ」

「なっ……?!」

「喜助さん、初対面でその変態発言はないと思う。ほらルキア引いてるよ」

「あらら、そりゃすみません」

「いや……その、構わないが……」

 

 喜助さんの少しも悪いと思っていないであろう謝罪を、ルキアは真面目に受け取っていた。……まぁ確かに、からかったら楽しそうではあるけども。

 

「それはさておき――ご存知の通り、アナタは大半の霊力を失ってしまっている」

「あぁ、そうだな」

 

 ルキアがコクリと頷く。

 

「護廷から支給されている義骸では、アナタの霊力を回復させるには機能が足りない……これもご存知で?」

「……分かっている」

「そっスか。なら話は早い」

 

 先程も言いましたが、と前置きして、喜助さんが口角を上げた。

 

「専用の義骸、お貸ししましょうか? 桜花の知り合いが困っているとあれば、手助けしない訳にもいかない。もちろん、お金は取りません」

「…………」

 

 ルキアは私の顔をチラリと見て、向き直ってしばらく考え込んで、そしてもう一度私の方を見て、それから意を決したように口を開いた。

 

「……分かった。桜花が関わっているのならば、信じる他あるまい」

「…………」

 

 ですって、信用されてますねぇ。そう言いたげな喜助さんの面白がっているような瞳を睨みつけておいた。

 

 刺さるから、そういうこと言うなっての。

 




直後の会話。

「……喜助さんうるさい」
「アタシは何も言ってないんスけど」
「目が言ってた。雄弁に語ってた」
「ほら、そういうトコがかわいくないんスよ。朽木サンと違って」
「やかましい」
「……? 何の話だ?」

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