はじめまして、初と申します。まだ慣れない投稿ですが、お付き合いいただければ幸いです。
一、プロローグ
桜の花びらが舞う庭園で、その少女は空を見上げていた。
澄み渡った快晴の空を横切るのは、数多の花弁。視界の中、青と薄桃色が幾度となく入れ替わる景色に、少女はただ静かに見とれていた。
少女が空を見上げてから、どのくらいの時が経っただろうか。まさに心ここにあらず、といった様子の少女に気づき、庭園に面した縁側から声を掛けた男がいた。少女の父親だった。
「何をしている、桜花」
「あっ! とうさま!」
桜花と呼ばれた少女は自らの名を呼ぶ存在に気づくと、その顔を桜の花のようにほころばせた。
「さくら、とうさまもいっしょにみましょうよ!」
「……そうだな。私も丁度、休憩をと思っていた所だ」
縁側に静かに腰を下ろした青年は、駆け寄ってきた少女を抱き上げてその膝に乗せた。
目の前にある小さな頭をなでてやると、少女は嬉しそうに笑う。普段は滅多に笑わない青年も、その声を聞いて知らず知らずの内に柔らかく微笑んでいた。
「あのね、とうさま。わたし、おはなしがあるの」
「何だ、言ってみろ」
「わたし、しにがみのしゅぎょうをしたいんです」
でも、かあさまはまだはやいっていうの。
つまらない、と言いたげに少女は口を尖らせる。
「死神の修行か……確かに早すぎるな」
「もう、とうさままで……」
「良いか、桜花」
娘の体をくるりと回転させて、膝の上に横向きに座らせる。
目が合った。青年の妻によく似た、しかし物静かな妻よりも強い意志を感じる目だ。これは立派なお転婆に育ちそうだ、と青年は思った。
「死神になるには厳しい鍛錬を積まねばならぬ。しかし、桜花はまだ三つだろう? せめて後五年は待て」
「ごねん?ながいなぁ……」
不満げな表情の娘には悪いが、死神の修行となるとやはり時期尚早と言う他ない――と青年は結論づけた。
少女が死神を目指す以上、将来的には死神養成学校である真央霊術院に通うことになるだろう。そして、その真央霊術院に入学するためには、多かれ少なかれ鍛錬をしなければならないのは確かだった。
しかしまだ三つの少女には、それもまた早すぎることで。
「五年など、あっという間よ」
「……そうでしょうか?」
「そうだ」
生え際や分け目に至るまで、愛する妻にそっくりな少女の黒髪に、桜の花弁がふわりと着地した。青年がそれを掬い取って少女に差し出すと、先程までの不機嫌な様子は何処へやら、彼女は照れたように笑った。
「ありがとうございます、とうさま」
そう。それは優しく、柔らかく、ただただ幸せな記憶だった。