遅れて申し訳ない。
取り合えず一章終了。
本当はもう一話あったものの、致命的なものが入っていたのでカット。
この後はFGOをちょこっと。
後ほどツイッターの方でアンケート作りました。
https://twitter.com/nasikuzusi38720
これ考えるとホント楽でいいなぁ……集計までしてくれるなんて。
……試し読み一話とか、必要だったり?
ベル・クラネルはその日、目指すべき目標をその背中に見出した。
祖父に言われて憧憬を抱き、ダンジョンに出会いを求めてやってきた。響き渡る悲鳴、駆けつける自分、華麗に救い出し翻した剣で一閃。怪物は打ち倒され、地面に座り込む美少女と視線が絡む。そんな出会いを夢に見た。
時には酒場でならず者を倒し、時にはライバルと競い合い、時には女の子と仲睦まじい姿を他の子に見られ嫉妬され。
子供から少し成長した少年ならば、誰もが一度は考えそうな事。
それを現実にしたいがためにここにいた。
何度も読んだ英雄譚、その英雄に憧れた青臭い少年。
それがベル・クラネルという少年だった。
今日にいたり、成長しないし戦えないし、挙句の果てにいるはずのない場所に現れた格上のモンスターミノタウロスに殺されかける。何一つ、憧憬が現実になることもなく最悪ばかりが降り注ぐ。英雄になる前に、美少女と出会う前に死んで終わる。
(――――出会い、訪れなかったなぁ)
半ば諦め尻もちをついた――その時。
ベル・クラネルは出会った。
(――――銀色の、背中)
恐ろしい化け物相手に一歩も引くことなく、片手でその剛腕を握りつぶす銀色の男に。
纏う空気は鋭く、しかしその後ろにいるベルはもう大丈夫なのだと安堵してしまうほど穏やかだ。そう確信してしまうほどに彼の背は大きく見える。いつの日か見た祖父の背、いつの日か見た憧れの英雄の姿だ。
片手に持つ銀色の剣は、彼のみが持つことを許された特別製。
気づけばミノタウロスは消失していて、残るは灰と魔石だけ。
圧倒的な力、引きこまれるようなカリスマ、洗礼された佇まい。
そしてこの状況だけあれば、ベルには十分すぎた。
憧憬が初めて現実に現れたのだから。
「――――――英雄」
ピクリと肩を揺らした男の瞳は、そよぐ木々のような新緑色。
確定。
「――――――ぼ、ぼくを」
怪訝な顔をする男。
しかしベルはそれどころではない。
目標を見つけ目標に至るための道を見つけた。
チャンスはそう巡っては来ない、なら今こそ動くとき。
少年の夢への執念が、ミノタウロスに追われ立つことすらできなくなった体に活を入れる。よく周りを見れば、いつの間にか美しい少女に獣人の青年が立っていたが、気に留めている余裕はベルにはなかった。
「――――ぼくを!」
「……お、落ち着け少年。そんな熱い視線で俺を見るな。俺はノーマル、おーけー?」
とてつもない勘違いをされてようとも!
「――――――お願いします、僕を!」
「ダメだ、話が通じない。どこかのアイズを見てるようだ――冗談だって! いや、ホントに落ち着こう少年!?」
先程までの雰囲気を霧散させ、妙にとっつきやすい雰囲気を纏う男。よく見れば彼の後ろには仲間と思われる美しい少女たちが立っており、金髪の少女が何か言いたそうな表情を浮かべている。
しかし、ベルの勢いはとどまることを知らない。
その勢いに外野まで呆然とする中で、ベルは息を切らせて言い切った。
「お願いします! 僕を、僕をあなたの弟子にしてください――――――!」
「!?」
「!?」
「!?」
驚愕に顔を歪めたのは、当人たる男――マダオだけではなかった。
「エイナさぁあああああああああんっ!」
「ん?」
ダンジョンの運営管理をするギルド。
その窓口受付嬢でありベル・クラネルのアドバイザーでもあるエイナ・チュールは自分を呼ぶ声に顔を上げる。
彼女はハーフエルフであり、ほっそりと尖った耳にエメラルドの瞳。セミロングの髪はブラウンで美しい。とはいえリヴェリアのような「完璧」ではなく、どこか角が取れて親しみやすい風貌である。ギルドの制服がよく似合う美人。
今日も無事だったんだと、声の持ち主に当たりを付けて安堵のため息。
わずか十四歳の少年が今日も無事に帰ってきたことに頬が緩み、
「エイナさぁあああああああああんっ!」
目の前に現れた、妙に興奮している少年の話に耳を傾けた。
「ろ、ロキ・ファミリアのマダオさんについて教えてください!」
「…………却下」
同時に、なんてものと関りを得てしまったんだともう一度溜息をついた。
【ロキ・ファミリア】のマダオ。
太陽のような金色の髪に穏やかな新緑の瞳。容姿もまた整っており、神に劣ることもない。非常に見目麗しい冒険者であり見た目だけならば結婚したい男ナンバー1と評されるフィン・ディムナといい勝負である。
かつては。
それは以前、彼が精力的に冒険していた時期の話である。エイナも人づてに聞いただけなので詳しくは知らないが、昔の彼は本当に見目麗しかったのだとおばちゃんたちは言う。
現在の彼といえば髪はボサボサで目もほぼ片方は隠れてしまっている。おまけに無精髭まではやしたおっさん風だ。年齢は知らない。
そして彼の中身が問題であった。
何をするにもやる気がなく、【ロキ・ファミリア】の遠征時何故か街中でその姿を見かける。要は遠征に参加せず街をぶらついているのである。あれでも幹部の一人である男がそれでいいのかと、エイナ・チュールは思わずにはいられない。全くダメな大人である。頼りなさそう以前の問題だ。
おまけにお酒が大好きで、どこから捻出したのかも分からないお金で沢山の酒を買っていく(ロキの為に買ってるに過ぎない)
加えてよく聞こえてくるのは、遠征の日なのに広場のベンチで爆睡する姿が見られるだとか、ふらりと路地裏に入っていったとおもったらどこか疲れ切った顔で大量の金貨を抱えて出てきたりと碌な話ではない。
おまけに最近ではだんぼーるなるものを人に薦めている場面もちらほらと見える。家いらず、布団いらずとかあの紙みたいな板持って何を言っているのか訳が分からない。
かつ、エイナ・チュールは見てしまった。
小さい子にやたら優しい紳士の姿を。
荒んだ心が洗われるようだと呟くその姿に、エイナは危機感を抱いた。
あれはダメだ、危険な男だと。
ただのロリコンだと!
「よりにもよって、マダオ氏なんて……何があったの、ベルくん」
そんなエイナの問いにベルが一部始終を語る。
命の危機を救われ、弟子入りしたいと言うところ全て。
話を聞いたエイナは取りあえず、安易に下層へと進んだことに一喝。そしてベルの命を救ってくれたという一件で若干マダオの評価を上に修正し、どうしたものかと眉間に指を当てた。ギルドからの情報流出はご法度なのである。
よって伝えられるのは誰でも知ってるような最低限のものだけ。
だけなのだが……
「その最低限が、私の知ってる全てなんだよね……」
要は『全くダメな大人』
ここで少年の夢をぶち壊してもいいのか否か。
目を輝かせているベルを見て、エイナは迷いに迷う。
他に万人が知っているような、彼のいいところはないのか。そう考えたところで【ロキ・ファミリア】所属で幹部という情報を思い出す。では他にはと考えたところで、小さい子供に優しいことを少し脚色を加えてベルの夢をぶち壊さない様に話すことにした。
「あ、あの【剣姫】さんと同じファミリアの人なんですね! じゃあ、二つ名ってあるんですか!?」
二つ名。
それはランクアップした冒険者に、神によってつけられるもの。
その大半は神会に参加した神たちの娯楽が目的であり、神会の中でも相応の立ち位置にいないと可愛い子供たちに不名誉な二つ名がつくことも。その為その時の神会に自分の子の名が上がる神は必死に無難をえようと心身を削って挑むのである。
そして、エイナは気づいた。
「マダオ氏の、二つ名…………?」
聞いたことがなかった。
あんな大手の【ファミリア】、そしてそこの幹部格。
そんな男の二つ名を、ギルド職員のエイナが知らないはずがない。
しかし現実、彼女は全く聞き覚えがない。
そこで、一つの可能性について思い当たる。
それは『今だランクアップしたことがない』という可能性である。
だがマダオは【ロキ・ファミリア】の幹部であり、此度の遠征には参加していたと風の噂を耳にした。おまけにランクアップしていなければ討伐は難しいミノタウロスを、ベルの話を信じるならばあっけなく倒している。
(…………ちょっと、調べてみようか)
わくわくしているベルに知らないという事実を伝えながら、エイナは一人決意した。
ベルに教えられることを教えたエイナは、報告されているはずのマダオのレベルを確認しようと【ロキ・ファミリア】の資料を手に取る。このオラリオに存在する冒険者のレベルは報告の義務があり、そのレベルを詐称することは許されていない。
ちなみに【ステイタス】はスキルに魔法と個人の能力が示されている為報告の義務はない。あくまで目安としてレベルの申請は義務付けられている。故に【ロキ・ファミリア】の一人として登録されているマダオの情報は確かに存在している。
休憩時間の合間を縫って、同僚に訝しんだ視線を送られながらも資料をめくる。当然、あまり褒められたことではないのでこっそりと、最低限にだ。そうしてアイズ・ヴァレンシュタインやフィン・ディムナといった有名な冒険者の名前がページ送りにされ、ついにマダオのものと思われる一枚を見つけた。
そして、エイナは息をのむ。
マダオ――――Lv,1
何度見ても、その数値が変わることは無い。
間違いなくここに記載されているマダオのレベルは、1である。
信じられない気持ちでページをめくると、そこには付箋が張り付けられている。それは詐称を怪しむ一文が記載されており、その上からペンで数本の線を引かれかきけされている。恐らくはエイナと同じように勘付いた職員がいたのだろう。そして問題が解決したのか付箋を訂正した――――剥がすことはせず。
納得がいかなかったのか、剥がさなかった理由までは分からない。
次にエイナはギルドの記録を遡る。
自分と同じようにマダオの【ステイタス】がおかしいと感じた誰かが、きっと行動を起こしている。ギルドの手が入ったのは間違いなくその記録も見つけることができた。それが公になっていないのは、ギルドと【ロキ・ファミリア】の間で結ばれた何かがあるのか。
「――――【ロキ・ファミリア】のマダオ、Lv詐称の疑い。ギルドの介入を得て、【ステイタス】の一部を開示!?」
主神であるロキの許可を得たのか、マダオはギルドに対して【ステイタス】を開示したらしい。
その数値こそ記載されていないが、Lvだけは間違いなく1であったと記載されている。完全にギルドの勘違い、マダオはいらぬ疑いをかけられ【ステイタス】の一部開示を余儀なくされた。その結果、
「ギルドは【ロキ・ファミリア】に対して多額の賠償金を、かぁ。どこかで聞いたことがあるような話だけど……」
脳裏に浮かぶのは、イシュタル・ファミリアの一件。
彼の【ファミリア】もまたLv.を偽っている疑いがかけられ、【ステイタス】の開示を要求。疑いは晴れ貴重な【ステイタス】の開示の代償として賠償金をがっぽりと持っていかれたという事件があった。どうにも酷似しているが、【ロキ・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】に繋がりは無い。
マダオの件が公になっていないのは本人の意向か、主神ロキの意向か、はたまたギルドの判断か。なんにせよ想像もつかない資金が動いたのは間違いないだろう。面倒事を知ってしまったと思いながら、エイナは資料を元の場所へと戻す。
ギルド職員なら誰でも知ることができる情報ではあったが、推奨されたものではない。
うっかり口を滑らすなんてことがあれば、間違いなく首が飛ぶ。
忘れてしまいたい、そう呟きながらエイナは休憩時間を終え自らの職場へと足を運ぶのであった。
その日の夜。
噂の本人であるマダオは、今回の遠征の打ち上げとして西のメインストリートで最大とされる酒場、『豊穣の女主人』へと足を運んでいた。ここは主神であるロキのお気に入りでもあり、店員が全員女性であること、ウエイトレスの制服が可愛らしいことから男性メンバーからの評価も高い。
本来ならばマダオも他のメンバーと同時刻に訪れる予定だったのだが、少々予定が入ってしまったので一人遅れていた。これも途中で視線を感じ裏路地に入った瞬間、筋骨隆々の男に襲われたせいである。もっと言えばその主のせい。
まぁ襲われたと言っても、精々反応できる程度に拳を振るわれただけだったので訴えるほどでもない。その後の男の主神との会話の方が色々と不味かった。なまじ美しい女性をよく見てきたことと、『魅了』に対する抵抗があったから良かったが、無かったらただの傀儡にされているところである。
「【ロキ・ファミリア】なんだけど……」
「いらっしゃいませ。【ロキ・ファミリア】であればあちらの一角に」
「ども、リューさん」
礼儀正しいエルフの少女に礼を言い、足を向ける。
すると何か騒いでいる狼人族の青年――――ベートが目に入る。
そして同時に俯き、肩を震わせる見覚えのある少年。やがてベートの声が大きくなるにつれ、白い少年はガタンと席を立ちマダオの横を走り抜けていった。
「――――ベートは後で絞める……リューさん、ウチの団員に俺が参加できなくなったこと伝えといてもらえません?」
エルフの少女はきょとんとした後、貴方らしいと呟き了承の意を示す。
チャリンと小銭をリューへと手渡し、マダオは珍しく他人へ関わることを決めた。
「マダオさん、これは……」
「少年の分! 後で返してもらうから気にしないでー!」
「いえ、足りてません――――」
一人『豊穣の女主人』を出たマダオは、走り去っていく白い少年の背中を捉える。
恐らくベートが大きな声で吠えていたことは、少し前のミノタウロス逃走事件の話だろう。ベートの性格を考えれば、何を言っていたのかは大体が予想がつく。そしてそれを聞かされた少年がどんな行動を起こすのか。ああいった人間の反応は二種類ある。
挫けて逃げ出すか、屈辱を噛みしめて力へと変えるのか。
先程すれ違ったさいに見た少年の真紅の瞳は――――折れてなんていなかった。
「いい根性してるよ、ホント」
目指したのはバベル。
その地下に存在している――――地下迷宮である。
そこで見たのは、いつか見た『正義の味方』を目指す少年と同じ背中。
ボロボロになって自分の傷なんて顧みず、愚直なまでに前へと進もうとする姿だ。もし白い少年の願いが同じ『正義の味方』であるのならば、マダオは間違いなくその道を絶たせるために立ちはだかる。そうやって少年の夢を閉ざしたかつてがある。
しかし、
「――――何を目指して、そんなボロボロになるんだ」
力を欲しているのは分かる。でもそれ以外は分からない。
そんな時、彼が弟子にしてくれといっていた瞬間の時を思い出した。彼の目に宿る憧憬と自分の困惑した姿。それは昔、アイズから向けられたものによく似ている気がするも、また少し違う気もしている。
『英雄』に憧れる少年と少女。
でもその二人の間にある違いが分からない。
「――――聞いてみたいな。なんで『英雄』に憧れるのか。もしかしたら俺の勘違いなのか」
いつの間にかウォーシャドウに囲まれる少年の姿を見て、拳を強く握る。
ここにマダオの愛剣はなく、あるのはこの身と拳のみ。それでも浅い階層の敵なぞ問題になりはしない。いつだって助けに入れるし連れ帰ることはできるのに、今この場に介入するのが戸惑われた。
何故、と自問自答すれば思い浮かぶのは『自分』と戦う『正義の味方』を目指した少年。
「……つくづく、変わった奴と縁があるのか」
傷つきながらも進み続ける少年の背を見届けながら、マダオはいつでも助けに入れるように眼前の光景を目に焼き付けた。
この出会いが、かつてを取り戻す切っ掛けになると欠片も知らずに。