成れの果て   作:なし崩し

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五話

 

 

 

 

 

 

 誰もが勝利を確信するなか、アイズは自身の体が訴える疼痛にほんの少し顔を歪めた。アイズの魔法は風を纏い移動速度とともに攻撃力を上昇させる使い勝手のいい魔法だ。その反面アイズの技量とその威力に耐え切れず、纏わせた体や剣に大きな負担がかかってしまう。

 しかし仲間の安否が掛かっていた上に、あのマダオがやる気を出していたのだから手加減する理由もない。久々に本気と取れるマダオと共に戦えたことに、仲間を守れたことに安堵し痛みを堪えていつも通りの表情を貫き通す。

 

「手こずらせやがって……キャンプに残ってたあいつ等、無事なんだろうな」

 

「あれ、ベート、リヴェリア達心配してるの? めっずらしー!」

 

 周りでティオナとベートが騒ぎ弛緩した空気の中、アイズは一人視線を彷徨わせてマダオを探す。何か理由があったわけではないが、視界に収めておきたかった。団員達が視界を横切る中で、その外れにマダオらしき男の姿を発見した。

 痛む体を無視して歩きだせば、マダオの表情が見えてくる。

 

(…………マダオ?)

 

 どこか複雑そうな表情。

 しかしその端には僅かながらに、

 

(――――喜んでる、の?)

 

 恐らくその原因となるのは、マダオが見つめている手の中に納まっているナニカ。

 放っておいてはいけない気がしたアイズは知らずの内に歩調を早める。そしていつの間にか駆け出し、あと少しでたどり着くというところでマダオがバッと顔を上げる。その瞳に宿っているのは驚愕と焦燥。

 またもや珍しいその表情につられそちらを向けば、

 

「なぁにあれ…………」

 

「――――!」

 

 何本もの木を重ねてへし折るような音が響いた。

 メキメキメキと言う音に続いて、木が倒れる音と共に振動が伝わる。

 終わったのではなかったのかと、アイズを含めた誰もがその方向を振り仰いだ。流石の【ロキ・ファミリア】、行動は早く異常事態だと察した彼らは武器を再装備し臨戦態勢を取り始める。

 音が続いてどれほどか、ようやくそれは姿を現す。

 6Mを越えようとする巨体がそこにはあった。

 先程のモンスターよりもさらに大きく、黄緑の体に扁平状の腕。芋虫型のモンスターと関連づきそうな姿は、全容の作りが異なっている。下半身は以前と変わらず、だが上半身にはなめらかな曲線を描いた人の上体を模している。

 顔こそないが、その細さは女性を思わせる。

 

「あの腹、バカみたいに溜め込んでるなビール腹め」

 

 マダオの呟きが聞こえていた。

 恐らくマダオが言っているのは上体の少し下にある異様なまでに膨れ上がったどす黒い腹部のことだろう。あんな巨体だ、芋虫型のモンスターの同種なら蓄えている腐食液の量も相当なものとなる。あれが破裂したなら、どうなるか。

 いつの間にかマダオが前に立っていた。

 

「…………マダオ?」

 

「――――――――碌でもないな、まったく!」

 

 見れば女型のモンスターが扇のような腕を広げ、鱗粉を放った。

 マダオはいつの間にか剣を持ち、宙に向かって一閃。刀身すらも伸びた斬撃が鱗粉を刻み――――爆発した。空中で起きた爆発に連鎖し他の鱗粉までもが爆発。それを見た誰もがあの鱗粉の危険性を理解し、一歩後ろへと後ずさる。

 

「――――――フィン!」

 

「総員、撤退だ」

 

 マダオの呼び掛けに、フィンは一瞬で判断を下す。

 その声に多くの団員が振り返る中、マダオは一歩踏み出していく。

 

「速やかにキャンプを破棄、最小限の物資を持ってこの場から離脱する。リヴェリア達にも伝えろ」

 

 フィンに対し、ベートとティオナが反論する。彼らにも第一級冒険者としての矜持があり、迷宮都市最大派閥としての誇りがある。だからこそフィンもまた、討伐すること自体を諦めてはいなかった。アレが上に登ればどれだけの被害が出るか、簡単に想像がつくのだから。

 

「モンスターを始末し、被害を最小限に抑えるなら僕たちは邪魔(・・)だ」

 

 そう言ってフィンが視線を向けたのは、忌々しそうに女体型のモンスターを睨むマダオ。

 まさかとフィンに皆が視線を向ければ、彼はマダオへと近づいた。

 

「マダオ、頼めるね」

 

「まっかせなさーい……今回に限っては元々やるつもりだったしさ」

 

 マダオの返事にフィンは笑い、彼の背中を叩いて背を向けた。

 対するマダオは少しくすぐったそうに、それでも笑っていた。

 

「全員、早く撤退だ」

 

「で、でもマダオが置いてけぼりに!」

 

「…………フィン、私も残る」

 

 食い下がるティオナの横でアイズがちょこんと手を上げる。

 フィンは少し黙考した後、マダオに視線を戻した。

 

「デスペレートとアイズの魔法なら、対抗できるかな……分かった、許可する」

 

「な、ならあたしもっ!」

 

「ティオナはダメだ。攻撃手段が残っていない――――二度も言わせるな」

 

 フィンの声音にティオナは何も言えなくなる。

 体躯こそ小柄であるものの放つ威圧感は暴君そのものであった。ティオナは肩を落とし撤退の準備に入る。

 最後まで粘ったレフィーヤもその後を追えば残るのはフィンのみ。

 

「アイズを頼んだよ、マダオ」

 

「アイズなら俺が見てる必要はないだろ……悪いな、我がままで残らせてもらって。でもあれ、俺の探し物に近いんじゃないかと思って」

 

「どおりでやる気に満ちていたわけだ。普段からこうだと、他の団員に示しがつくんだけどね?」

 

 フィンとマダオの会話が理解できないアイズは一人首を傾げたが、何でもないと手を振るマダオが話を打ち切る。

 

「アイズが加わったことでパターンは二つ。トドメをアイズに任せて時間を稼ぐか、マダオがトドメを刺しアイズが時間を稼ぐか。前者か後者かによって撤退完了の合図を出すタイミングが変わる。二人で決めてほしい」

 

「なら俺が囮に――――――」

 

「私が、やる」

 

 いつになく感情のこもったアイズの言葉に、フィンもマダオも動きを止める。

 どうしたものかとマダオが苦笑を浮かべるが、時間がもったいないとフィンの一存で決定。

 アイズが囮、トドメがマダオとなる。

 

「ここは俺がって言いたいけど、頑固モード入ってるしな」

 

「…………頑固じゃない」

 

 ぷいと顔を逸らすアイズにマダオが笑う。

 

「それじゃあ頼んだよ。マダオ、何番手を使うんだい?」

 

「被害は最小限にって団長の指示があったからな。一番手でいく」

 

「分かった。アイズ、マダオから撤退の指示があったらマダオの背後に移動すること。でないと巻き込まれかねない」

 

 その言葉から、アイズはマダオが使おうとしている打倒の手段を理解する。

 かつて見た背中、黄金の輝き。

 アイズの体に芯がシビれるような感覚が走り抜ける。

 今確かにアイズの心は昂っていた。

 

「それじゃあまた後で。……アイズ、よく見ておくといい。歩むのをやめた男の背中を。かつての姿を捨てて、まるでダメな大人になろうとするその馬鹿の背を」

 

 その意味を理解しきることはできなかったが、走り去っていくフィンを見送りマダオへと視線を戻す。すると彼は、こんな情けない男の背中を見ておけってあの鬼畜め、と一人顔の上半分を手で覆って嘆いていた。

 しかし振り切るように頭を振って、アイズへと向き直る。

 

「今の俺だと、トドメまでちょっと時間がかかる。それまで頼んだ、アイズ」

 

「――――――うん!【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 それを合図に風の如く駆け出した。

 召喚された風を纏い、アイズの愛剣が振り下ろされる。

 それに反応するかの如く、女体型のモンスターがアイズを標的として上半身を向ける。顔がないと思われていたのっぺらぼうのような部分に横一列の亀裂が入り、グパと口のようなものが現れる。

 その光景から次に起きるであろう行動を予測。

 アイズは間を挟むことなくその場から大きく横に跳んだ。直後にじゅわりと言う音では生易しい轟音が鳴り響き地面をどろどろに溶かしていく。大きくえぐれた地面の中、腐食液は止まることなく溶かし続けついには一枚岩すらも貫通していった。

 

(マダオに向けさせるわけにはいかない……!)

 

 フィン達の撤退時間もある。

 自分を的としておびき寄せ、付かず離れずを維持するのが最優である。

 腕が大きく振り下ろされる。すると最初に見た鱗粉より遥かに量の多い、おびただしい数の鱗粉が放たれた。光の天井が出来たかのように見えるソレがゆっくりと拡散し、アイズを上から包み込むように降り注ぐ。

 流石に準備していたマダオも顔を歪める。どうみても周囲一帯を焦土にできる規模であり、マダオ自身は範囲外にいるものの範囲内にいるアイズが心配である。

 逃れられないと判断したアイズの行動は早い。

 

(避けられないと悟ったら、全力防御)

 

 その為の訓練は積んでいた。

 他でもないマダオとの訓練で。避けられる攻撃、避けられない攻撃を織り交ぜてくるその中で、判断する能力を鍛え上げたのだ。広範囲と分かれば判断するのはそう難しいものではなかった。 

 風を張り巡らせ壁とし、自らの体を丸める。

 次いで爆発。

 直撃ではないにせよ、衝撃は完全に防げるものではなかった。

 煙に包まれる中、大きなものが動いたような風の動きが見えた。何が行われるのか理解したアイズは焼かれた肌の痛みを無視し、その場を緊急離脱。見れば煙を割ってあの巨体が姿を見せていた。振り抜かれそうであった腕は、あと少し判断が遅ければ振るわれていただろう。

 後退し距離を取る。

 時間稼ぎは始まったばかりであった。

 

 

 

 

 

 その光景を見て歯噛みする。

 最初は自分で逃げ回りながら力を蓄え消し飛ばそうと思っていたが、事情が変わった。当然、動かず力を蓄えられるならその倍の速度で切り札を発動させられることだろう。それでも剣の輝きは全盛期には遠く及ばない。

 少女が全力を持って時間を稼いでくれていると言うのに、なんという醜態か。両の手で持った愛剣は柄が輝きその力を蓄えている。己の魔力を糧として起動する愛剣が、まだ足りないと唸りを上げる。かつてなら一瞬で使用できた相棒に、今の情けない自分を深く詫びる。

 数々の戦場を越えて、変わることない輝きを放ってくれる相棒に対して自分はどうか。

 今を生き全力で駆け回る美しい少女と比べて己はどうか。

 

「醜悪だっ」

 

 きっとうっかりが得意な彼女が見れば辛辣な言葉が飛んでくるだろう。

 小さな姫もきっと溜息をついて、呆れた視線を向けて来るに違いない。

 俺の背中に憧れたとぬかす少年は、

 

「それでも、変わらないんだろうな」

 

 馬鹿みたいに真っ直ぐ、でも歪んでいる少年。

 彼はかつての俺の醜態を見たところで、何一つ変わらなかった。

 

「寧ろ、人間味があって良かったという始末だからなー」

 

 二人そろって呆れられたものである。

 そして今目の前にも、俺の背に憧れたとぽつりと漏らした少女がいる。

 俺という人間の在り方のどこに憧れる要素があるのか、慕う要素があるのか理解できない。ただ必要だったから剣を振るって、必要だったから教えただけ。無論相手が心配だからという気持ちもあれど、憧れるほどのものではない。

 憧れというのはもっと別のもの。

 俺が見た『彼女』のような人こそが、憧れそのものだ。

 

「早くしろー早くしろー」

 

 念じたところで何も変わりはしない。

 アイズの奮闘に応えたいものの、想いと現実は一致しない。

 走り続けるアイズにありったけの腐食液が飛んでいき、切り裂かれる。何度も撃ちだされる腐食液を斬っては捨て斬っては捨て、押し流そうと増量された腐食液すらも斬り捨てた。金色の少女の姿は依然としてそこにあり膝を屈してなどいない。

 なら俺も落ち着くべきだろう。

 これ以上醜態をさらしてなんになるのか。

 

「一撃で消し飛ばしてやる」

 

 イメージを描く。

 確実にヒットさせ、確実にあの巨体全体を最小最低限の力で包み込み焼き払う。出来る限りチャージ時間を短くし、最低限の出力で巨体全体を覆うには今の場所では少し遠い。知り尽くした相棒の射程と現在の距離から、どれだけ前に進めばいいのかを算出し頭に叩き込む。

 動く相手に合わせて詰める距離を逐一変えて、最後に振り切るイメージ。

 一瞬たりとも逃しはしない。確実に息の根を止める。

 アイズの奮闘に応えるために。

 想いを現実にするために。

 

「もう少しで出番だ、頼むぞ相棒」

 

 力強く剣を握る。

 そして俺の声に応えるかのように剣の輝きが一瞬増した。

 

 

 

 

 

 


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