成れの果て   作:なし崩し

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一話

 

 

 

 

 

 

 

 両肩に伸し掛かるのは莫大な荷物。 

 それこそ数日後に予定されている遠征の必要物資を、約二人分担いでいる。これは当人たちが使う個人のものであり、ロキ・ファミリアの遠征隊そのものが使用する全体の物資はまた別の眷属たちが買い足している最中である。

 ちなみに俺は次の遠征には参加しない予定である。

 だというのにこうして買い出しの荷物持ちをさせられてるのは、先日のティオナとの模擬戦の一撃を勘弁してもらうための対価である。迫りくる破砕の一撃を前に、明日の荷物持ちを手伝うからと拝み倒して何とか踏みとどまってもらったのである。

 ちなみにもう一つの荷物は彼女の姉、ティオネのものである。本来なら彼女もこの場にいたはずなのだが、やたら嬉しそうな顔をして団長であるフィンの命を受けて彼と共にどこかへと姿を消した。故にその分も俺が持っている。別にそれはいいのだが、団長がお持ち帰りされないかだけが不安である。

 彼女の姉(大)は団長(小人族)にお熱なのである。

 

「えーと、次は……【ディアンケヒト・ファミリア】のところで、使っちゃったポーションの補充っと」

 

 快活な笑顔を浮かべご機嫌な彼女を横に、俺はどれだけ増えるのだろうと荷物の山を見て戦慄する。

 道中に立ち寄ったアマゾネスの被服店なんて今回の遠征に必要ないのは分かり切っていることである。この調子だともう二、三倍に増え俺の体を埋め尽くすだろう。荷物持ちがいる今日、ここぞとばかりに日常品まで買い込んでいるふしがあるのは、ただの勘違いまたは見間違いか。

 

「ティオナさんティオナさん、【ディアンケヒト・ファミリア】はこっちを右ですが」

 

「いいじゃん、寄り道くらい! あ、じゃが丸くん売ってる。アイズに買っていってあげよー」

 

 じゃが丸くん一つ! 

 視線を引き付けるようなその笑みはとてもかわいらしいのだが、出店の店主は顔を青ざめた。

 わなわなと指を震わせ、俺は悟る。

 

 ――――いつものやつだ、と。

 

「なななな、【大切断(アマゾン)】だとぉ!?」

 

「ちょっとー! その驚き方はひどくない!?」

 

「色々とすごい噂話が出回ってるからなー。あ、店主、俺にもじゃが丸くんの五個入りを一袋!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もー、失礼しちゃうよね。人の二つ名で悲鳴あげるとか」

 

「やること為すこと、二つ名にふさわしいからな」

 

 アツアツのじゃが丸くんを頬張りながら、拗ねるように足を抱えて座り込むティオナを見る。

 彼女の戦い方は見事に二つ名として現れており巨大な大双刃を軽々と振るい、踊るように対峙したモンスターを真っ二つにする。だからこそ神々は彼女に【大切断(アマゾン)】の二つ名を授けたのだろう。ただ、何故読み方がアマゾンなのか分からないが。アマゾネスだから?

 

「やること為すことって、普通にモンスター倒してるだけだよ」

 

「その倒し方が大胆なのと、手持ちの武器をあっけなく真っ二つにするから……」

 

 大双刃を軽々と振るう彼女がその身に秘める力は、自分よりもはるかに大きい鉄の塊を軽々と持ち上げる。

 同時にそれだけの力が武器にもかかるため、彼女が使用する武器の寿命は非常に短いのである。彼女の姿が鍛冶場に現れると鍛冶師たちは震えだし、壊し屋(クラッシャー)が来たと騒ぎだす程に、彼らの努力の塊をあっけなく砕く。

 そんな噂がねじ曲がったりして伝わった結果、一部の住人たちからはこんな反応が返ってくる。

 しかし先程のはちょっと違う。

 恐らくはティオナが男である俺と二人で歩いていたことに驚いたのだろう。

 【大切断(アマゾン)】に『男』だとぉ!? 的な。十分失礼だが。

 言ったら俺の命が危ないので黙っているけど。

 

「気にするお年頃なのかねぇ……」

 

「マダオ、マダオがあたしのことどんな風にみてたのか分かったよ……ちょっと運動する?」

 

「俺が一方的に疲労するからやめとく。それよりじゃが丸くんが冷える前に買い物終わらせよう。後は【ディアンケヒト・ファミリア】でポーション類を買い足すだけなんだろ?」

 

「そっか、冷えちゃうか。それじゃ早いとこ買い物終わらせちゃおっか」

 

 そう言いながらティオナはほっと勢いよく立ち上がる。

 腰に巻かれたパレオがひるがえり、スレンダーな小麦色の足がちらりと見える。

 

「眼福かな……」

 

「あ、また女の人でも見てたの? ウチに帰れば美人がいっぱいじゃん」

 

「美人ってもなー。一人は団長にゾッコンで、ヘタに肌見たら殺されるし。リヴェリアはこう、なんか違うし。アイズとレフィーヤなんてほとんど妹みたいなもんだし」

 

「ねえねえ、あたしが入ってなくない? ねぇ!」

 

「あー、はいはい可愛い可愛い」

 

「怒るよ、あたし本気で怒るよ? どうせあたしはスレンダーだぁ!」

 

「別に身体的特徴貶してなくない!? 被害妄想の類だぞそれはっ!」

 

 ギャアギャアと言い争いながら、時には物理の拳が俺を襲う。

 そんな風にいつも通りの道を歩いているとふとティオナの口数が減る。

 

「ねー、本当に今回の遠征、参加しないの?」

 

 ぽつりと呟き、足を止める。

 そんなティオナに合わせて止まれば彼女は振り返り俺を見ていた。

 

「今回の遠征は50階層越えだろ。俺じゃあ足手まといだ」

 

「……レフィーヤだってLv3だけど十分通用するよ」

 

「魔法使いだからな。俺には魔法は使えない」

 

「あたしと十分にやり合えたじゃん。アレ見れば誰もマダオに文句なんて言わないよ」

 

 まさか昨日のはその為に、という考えが頭をよぎる。

 俺は遠征への参加が自由で時には参加しないにも関わらずロキ・ファミリアの中核に籍を置いている。勿論、遠征に出ない代わりにその分だけの対価であったり物品を持ち帰ったりはしているが、中核をなすにふさわしい実力があるのかと懐疑的な視線は確かに存在する。

 遠征に出ていないのに、大したLvじゃないくせに。

 口にこそ出されることは無いが、そんな視線があることは誰もが知るところ。

 だからこそ、昨日のティオナは、

 

「わざわざ大双牙(ウルガ)まで持ち出したのは……」

 

「途中で熱が入っちゃって、マジになっちゃったけどさー。でもでも、その前までは皆が見てたはず!」

 

 そう言って少し照れたように頬をかく。

 俺の為を思っての行動だったことに軽く感動しながら、その後の臨死体験一歩手前のロキとの空中散歩さえなければと事を悔やむ。

 

「確かに、皆みてたな」

 

「そうだよ、皆みてた! だからさ……」

 

「だが断る!」

 

「なんでさー!」

 

 やらなきゃいけないことがあるのだ。

 明確でなくとも、理由が分からなくとも、それの善悪さえ分からなくとも。

 やらなくてはいけないことを為さなければ、俺が呼ばれた意味がない。

 何より、歩みを止めた男と、歩み続ける者たちを一緒くたにするべきじゃない。

 

「俺はマダオですんで」

 

「マジでダメな大人!」

 

 いつの間にか前に進んでいた俺の背中越しに罵倒が聞こえる。

 それでいいんだと一人笑いながら、【ディアンケヒト・ファミリア】を目指して角を曲がった。

 

 

 

 

 マダオ――本名が分からないその男の強さを、ティオナは知っている。

 何を隠そう【剣姫】と呼ばれるアイズが幼いころ、フィンやリヴェリアと共に戦い方を教えていたのはあのマダオなのだ。フィンによりダンジョンにおいての動き方、リヴェリアにより彼女の持つ『魔法』の使い方を、剣の使い方を教えていた彼女の両親の後を引き継ぐようにマダオが剣を教えたのだという。

 そしてティオナにティオネ、ベートたちもまたマダオという男の手でダンジョンの中での戦い方と武器の扱い方を叩きこまれたのだ。それぞれ使う獲物が違う各員に対し、まるで自分が扱っていたかのように自在に操り『技』を見せた。 

 本人曰く、昔の知人の動きだそうで八割も再現できていないのだという。

 ソロ活動を好み遠征に参加することは極稀な、幹部としての仕事を為さないダメな大人。これがロキ・ファミリアの八割がマダオに抱く印象。事実ではあるのだが、その裏では遠征時と同等かそれ以上の収入を得てくることがあるのを知っているのは極僅かである。

 対してマダオという人間を知っている者たちからの印象は、食えない男。力は十二分にある癖にそれを誇示することもなく、名を知らしめるなどの野心もなく、何を目的に冒険者となったのかが分からない不思議な男。唯一彼の目的を知るのは――主神のみ。

 ティオナはかつての光景が忘れられない。

 数多のモンスターの前に立ち、後ろの自分たちを守るかのように剣を振るうその姿が。明らかに格が上で即撤退を視野に入れるべき相手に、怖気づくことなく前に進み目もくらむような光と共にそれらをすべて切り捨てた。

 どんな困難にも立ち向かい、それを打破するその姿。

 まるでかつての自分が憧れた『英雄』のような姿。

 単刀直入にそれを伝えればマダオはらしくもない笑みを浮かべて、俺みたいにはなるなよと寂しげにそう言った。その時の笑みに含まれた感情は何なのか、誰にでも真っ直ぐぶち当たるティオナですら、それを聞くことはできなかった。

 

『――――分かった。マダオみたいなダメな大人にはならないよ』

 

『――――――何だろ、そう言われると切なくなってくる』

 

 その時の会話は今でも覚えている。

 せめてもう一度、マダオと共にダンジョンに潜りたい。

 今の自分がどれだけ戦えるようになったのかを見てもらいたい。

 マダオはああだが、それでも唯一の師と呼べる人なのだから。

 

「どーしたら連れてけるのかな。そういえば、あたしたちが遠征に行ってる間、マダオって何をしてるんだろ」

 

 マダオがしっかりと報酬らしきものを持って帰ってくるのは知っている。 

 しかしその過程で何があったのかなど、何をしていたのかなどの詳細をティオナは知らない。もしかすればティオナどころかアイズ、ティオネ、ベート、レフィーヤも。知っているとすればそれは最古参であるフィンやリヴェリア、ドワーフのガレスくらいなものかもしれない。

 そしてふと、マダオっていつからロキ・ファミリアにいるんだろうという疑問が浮かび上がった。

 最古参と上げられるとき、そこにマダオは入っていない。

 

「分かんないことだらけだよねー、マダオのくせに」

 

 昔からいて、でも最古参じゃなくて、色んな武器を使えて、色んな武器を使う知人がいて、実は十分強いくせして冒険はせず、よくわからない依頼を受けて大量の報酬抱えて帰ってきて、何か絶対になさなければいけないような目的があって。

 

「あー、頭こんがらがってきた! やめやめ、あたしにはわかんないよ」

 

 そんなことより体を動かした方が良い。

 猫かぶりの姉だって、実のところ面倒になったら実力行使に移るのだから。

 

「取りあえずぶつかって、聞いて、ダメならまたぶつかって」

 

 最悪手を引っ張ってダンジョンに連れ込めばいいのだ。

 アイズだって昨日の様子から見て取れるようにマダオとの訓練をしたがっていたし、ティオネだって呆れた顔の裏では握りこぶしを作ってあの場に飛び出したそうだった。ベートもまた好戦的な笑みを浮かべて、今にも襲い掛かりそうだった。

 恐らくアイズがリヴェリアに協力を求めれば得られるし、フィンも強引な姉に任せればいける。ガレスは楽しそうな催しということで豪快に笑って参加してくれそうな気がする。そしてアイズとリヴェリアがくるとなればレフィーヤも当然ついてくる。

 最早、マダオに味方はいない。

 酒につられたロキが介入してこない限り。

 

「……皆でちょっとづつお金を出し合って、ちょっといいお酒を買って先にお酒を渡しちゃえば無碍には」

 

「……来ないから戻ってきてみれば、何を釣るつもりだ何を」

 

「あてっ」

 

 コツンと頭に手刀が振り下ろされる。

 目の端に涙を浮かべて前を見れば荷物をどこにおいてきたのか身軽そうなマダオがいた。

 

「あれ、荷物どうしたの?」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】でちょっと預かってもらってる。まったく、早く行くぞ」

 

 そう言ってマダオが先を歩く。

 しかし先程と違いペースは遅く、ちらりと後ろを確認している辺り過保護である。

 それがなんだかおかしくて、

 

「あたしをおぶれ――――!」

 

「ちょ、ティオナお前! それはおんぶじゃなく肩車だっ! でも畜生、喜んでるじぶんが恨めしいッ」

 

「ギャー! ちょっとエッチ、太もも触るなー!」

 

「お前が揺らすからだ! 触られたくなきゃ揺らすなてか降りろ!」

 

 騒がしく街を歩きながら、あの時の憧憬を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 


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