成れの果て   作:なし崩し

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プロローグ

 

 

 

 

 

 

 晴れ渡る青い空、つまるところ快晴。

 最も俺が好きな天候であり、最も気持ちよく昼寝ができる最高の天気。

 だというのに、俺の意識を刈り取らんとばかりに鋭い拳と蹴りの応酬が止まらず、周りからはもっとやれーなどと物騒な外野の声が聞こえてくる。

 その中にはこの騒ぎを止めるべき我らが主神までも加わっており、止めてくれそうな仲間は誰一人いない。

 いや、正確には一人いるのだが良い薬だと言って早々に見捨てられた。

 

「あはは! いつぶりだろーね、こういうの!」

 

 健康的な小麦色の肌が宙を舞う。

 彼女の種族、アマゾネス特有の踊り子のようなエキゾチックな衣装は露出が多い。上半身には姉と違って薄い胸を覆う布一枚に腰には長いパレオ。小麦色の肌と合い重なって扇情的でしなやかな肢体が惜しみなくさらされる。

 黒いその髪もまた宙で踊る。

 快活さを惜しみなく表出させた、向日葵のような表情。

 

 しかし――――その行動はそんな可愛いものではない。

 

 ほんの少し見とれていただけで、前髪を拳がかする。

 それだけで先端がサクッと削れ、顔面に当たっていたらただでは済まない威力だと分かる。それ以前に空を切る音が聞こえている時点でその威力は推して知るべし。そんな拳が止まることなく振るわれ続ける。

 おまけに腕よりも筋力があるとされる脚まで振るわれる。

 

「どうして、こうなった……!」

 

「それはマダオがマダオだからだよ!」

 

 ちょっと反論が出来なかった。

 マダオの部分ね、マダオの部分……反論できないの。

 

「でも、ちゃんとロキとの契約でOKもらってるんだぜ?」

 

「ロキがお酒が全部悪いって言ってた!」

 

「だからってなかったことにはならないんだからな!?」

 

 今や騒ぎの中心となっている主神、ロキに視線を向ければテヘペロと口にしながら舌を出す。後で契約の時に差し出したお酒の代金を返してもらおうかと思いながら、シャレにならない威力の拳を一瞬のうちに三度と回避する。

 一度距離を取ろうと地面を蹴れば彼女――ティオナ・ヒリュテは嬉々として追従してくる。

 勘弁してくれと最後に一度助けての視線を送ると、

 

「………………………………」

 

 ソワソワといかにも参戦したそうな、寧ろ今にも参戦しそうな一人の少女が。

 普段のような蒼の軽装ではない、白を基調とした普段服に包まれた華奢な体にきめ細かく瑞々しい白い肌。性別問わず振り返らずにはいられない、エルフや女神にも引けを取らない繊細な顔立ち。風になびくサラリとした美しい金の髪。わくわくと光を宿す引きこまれるような金色の瞳。

 しかし一本の銀色の剣を胸に抱えて今にも立ち上がって駆け出しそうなその姿が今は何より恐ろしい。

 

「あー、よそ見なんてしてるの?」

 

 じゃあ、もうちょっと上げてもいいよねとにこやかに笑うティオナ。

 何をと聞く暇もなく、ティオナが好戦的な笑みを浮かべる。

 あ、これマジな奴だと冷や汗を流しながら、

 

「フィン! フィーン! 死ぬよ、これ俺死んじゃうよ!」

 

 良心である小人族の団長、フィンに助けを求める。

 しかし彼は親指を立て、

 

「ンー、大丈夫じゃないかな。今は昼、君の大好きな時間だろう。僕の親指も何も言ってない」

 

「親指が何か言ってたらそれこそ俺の命日だから! ちょ、あっぶな!?」

 

「うっそ、当たったと思ったのに!? えぇーい! ティオネ、大双牙(ウルガ)よこして!」

 

 姉であるティオネへと声を投げかける。

 

「アンタ、マダオのこと殺す気?」

 

 すると姉であるティオネは妹とは違う豊満な胸の下で腕を組むと溜息をつく。

 同じような踊り子の服を身に纏うティオネに豊満な胸と、男の視線を掴むには申し分ない。何が言いたいのかと言えば、溢れんとばかりに持ち上げられ、更に溜息によりふよんと揺れるそんな胸に見とれた男は俺だけではないということ。

 だからそんな目でコッチ見ないで!

 

「…………ティオナ、やっちゃいなさい」

 

 そう言いながら自分の丈程ある大双刃(ウルガ)を軽々と持ち上げ、挙句の果てに放り投げる。

 数ある武器の中でも戦鎚や大剣よりも更に巨大な、超大型に分類するその獲物を見目麗しい少女が軽々と扱うその姿は異様の一言につきる。そして妹であるティオナもまたそれを軽々と受け取り手足のようにその双頭を振り回す。風が頬をなぐ。

 

「なーにティオネのこと見てんのさ! 目の前にあたしがいるでしょーがッ!」

 

「見てる見てる超見てる! この場にいる誰よりもめっちゃ見てる! ――――見てないと死んじゃうから!」

 

 すると振り回される大双刃(ウルガ)が勢いを増した。

 何さ、望まれたがままのことを言ったのになにさ!

 

「最後の一言が余計やったって、あのマダオ分かっとんのかな」

 

「マダオのことだ、きっと無自覚だろう。それよりもアイズ、流石に自重してやれ。でないと流石にマダオが死にかねん」

 

 遠くで主神とエルフの王女が言葉を交わしている。

 どうやらエルフの王女、リヴェリアは今にも突撃してきそうなアイズ(金色の少女)をなだめてくれているようだ。後でリヴェリアにはお礼をしなければいけない。主に俺の命を救ってくれた件に関して。ただこの場を収めてくれたら秘蔵の物も出すので助けてほしい。

 そんな意を込めてリヴェリアに視線を送るが気づいた彼女は額に手を当て溜息を吐く。

 そして――――とてつもない殺気が背中を突き刺す。

 

「まだ余裕があるなんて…………本気でいっくよー」

 

 ティオナの纏う空気が変わる。

 それはまさに、深層に挑む時の覇気そのもの。

 流石のギャラリーもザワリと揺れ騒ぎ、俺の心も絶叫を上げる。

 そもそもなんでこうなったんだっけ。あまりに遠征についていかないからたまにはといって連れ出されて、面白そうとついてきた主神に追随して人が増えて、訓練場の一角があっという間にこの様になって。

 体を動かさないとなまるよーというティオナの一撃からことが始まったのだった。

 え、ちょっと意味わかんない。

 そもそも『遠征よりも優先すべきことがあった場合それを無条件で優先する』という俺とロキの契約があるから、遠征に行かないのであってサボってるわけじゃないのよ? ちょっと体調が悪かったり、優先すべきことが起こるんじゃないかなって予感があったからベッドで待機してるだけで。

 勿論、団長であるフィンと主神であるロキに言われれば遠征には参加する。

 俺が行かない時はそこまで俺が必要とされていない時だ。

 ……普通はそれでも熟練度上げるために行くんだろうけど。

 

「ティオナ、Lv5だよな?」

 

 その本気の一撃とはどれほどのものか。

 知っているだけに恐ろしい……五体満足でいられるだろうか、俺。

 ちらりと徐々に隠れていきそうな空に浮かぶ太陽を見て、ゲンナリと肩を落とす。

 そして覚悟を決めて、おとなしくその身を前に投げ出した――――。

 

 

 

 

 

 

 ここは世界で唯一ダンジョンが存在する都市――オラリオ。

 ヒューマン含め様々な種族が生活を営む世界一熱い都市。

 そしてダンジョンに挑み生計を立てる冒険者たち。

 何時の頃からか天界より降りてきた神々の恩恵を受けた彼らは、神により力を授かる変わりに『ファミリア』というコミュニティーに所属する。神は力を与え、冒険者はその力でダンジョンに挑み冒険をし金を稼いで神を養う。winwinの関係というやつだ。

 とはいえ、神にしてみればゲームのようなものなのだという。

 それを気にしないのは、それだけ神の恩恵の効果が絶大だということだ。どれだけ弱かろうと、どれだけ臆病者であろうとその恩恵を受けたものは最低レベルの魔物であれば自力で倒せてしまうだけの力を得ることができる。

 

 『神の恩恵』(ファルナ)

 

 神の恩恵を細かくパラメータ化し数値で表した基本アビリティ、発展アビリティ、魔法、スキル、そして総合的な階位を示すLvから構成される『ステイタス』というものがある。これは『神の恩恵』(ファルナ)そのものだ。

 神が扱う『神聖文字』(ヒエログリフ)を神自身の血を媒介にして背に刻むことで冒険者の能力は飛躍的に向上し、その数値こそがステイタスなのである。

 また『経験値』というものがあり、本人が体験したありとあらゆる経験の値のことである。この数値は本来不可視であるものの、超越の存在である神であればそれを手に取り利用することも可能だ。己の歩んだ道、歴史の中から神は出来事を引き抜いて成長の糧とすることができる。

 簡単に言えば経験したこと、起こった出来事の質と量の値が『経験値』なのである。

 これを神は手に取り、ステイタスの数値を向上させる。

 背にある『神聖文字』(ヒエログリフ)に数値を付け加え、時にその評価を押し上げる。

 ちなみに基本アビリティは『力』『耐久』『器用』『俊敏』『魔力』の五つで、頂点をSとしてA~Iまでの十段階で示される。当然のことだが、これがSに近ければ近いほど当人の能力は強化されていく。

 0~99がI、100~199がHのように規定され、その日得た経験値を『神聖文字』(ヒエログリフ)に加算することでこの熟練度は最大999まで上昇するとされている。これまた当然だが数値が高くなっていくにつれて伸びも悪くなり能力値が上がりにくくなると言う。

 発展アビリティに関しては割愛。特性とでも言っておく。

 魔法――も今は関係ないので割愛。

 スキルは……固有能力。

 それよりも今はLvについてである。

 よくあるRPGならばたかが此れしき1Lv差と挑んでもおかしくはないのだが、ここでは勝手が大きく違う。このLvだがたった一つ上がるだけで基本アビリティの補正以上の強化がなされるのだ……とはリヴェリアの談。

 実際、Lv1とLv2の差は非常に大きい。

 あちらの攻撃は致死の威力を持っているのに、此方の攻撃がまるで待ち針かと思えるほどに通らない。その動きが捉えられないのに対して、格が上の彼らはノロマとばかりに縦横無尽に表れては姿を消す。誇張してる部分もあれど、Lvが上がれば上がるほどそうなっていくのである。

 最早目では捉えきれない程の差。

 Lvが上がるとは、器が更に上の段階へ進化すること。とある神は心身の進化といい、より(じぶんたち)に器が近づいていくと言った。

 そしてそんなLvだからこそ、自分の限界を突破するような特別な経験を積む必要がある。

 

 

 

 

 それを四度繰り返し、成長した少女の――――全力。

 対してLv4と5の間を行くような中途半端な俺の――――逃げ足。

 

「ちょ、無理無理無理! まともな武器もないのに防げるかっ!」

 

 流石に止めようと動き出すフィンたちとは裏腹に、ロキはニヤリと笑う。

 何をたくらんでいると声に出す余裕は無く、ティオナから逃れようと距離を取り続ける。

 

「なー、マダオ。ウチも鬼やない、助けを求めてる子を見て見捨てようとは思ってへん。だから、な?」

 

「対価をよこせと、この鬼畜生! 鬼じゃないか、ここぞとばかりに絞り取る気か?!」

 

「ええやん! どうせまだ持ってるんやろ、あの黄金の酒を! ちょびっと、ちょびっとでええねん!」

 

「あれはもう生産されてない最高級の酒だぞ! 俺だってくすね――げほんげほん――あれしか持ってないんだよ!」

 

「だからよそ見すなってのに――――!」

 

「「ギャー!!」」

 

 ティオナに吹き飛ばされロキに激突し宙を舞う。

 そして思う。

 

 ――――どうしてここに来ちゃったかな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 


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