総武高校男子生徒がサイゼで駄弁るお話し   作:カシム0

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 書いてたら色々調べだして、結局モチベが下がる悪循環。
 もっと準備整えてから書けよとしみじみ思います。
 それはそれとして、どうぞ。


異世界転生

 

 

 

 

「異世界転生したい」

「何言ってんだお前」

 

 俺の対面に鎮座している暑苦しい男、材木座義輝がわけのわからないことを言い出した。ついこの間も似たようなことを言っていた気がするが、この男はいつでもわけのわからんことを言っているので、別にどうでもいいか。

 

「常々思っていたのだ。我は生まれる世界を間違えたのではないかと」

 

 本格的に現実逃避し始めたなこいつ。現世に見切りをつけて来世に希望を託すとか、末期である。

 とある黒い狂戦士も言っていたぞ。逃げた先にあるのはまた別の戦場だと。材木座は現代日本とは別の場所で生きていきたいようだが、またもや考えが足りない。

 

「我のような生粋戦士に、この世界は不自由に過ぎる」

「さよか」

 

 それしか言えない俺は悪くない。そもそも材木座だって本気で言っているわけではないだろうし。

 

「ねえ八幡」

「ん、どうした戸塚?」

 

 呆れた俺の裾をくいくいと引く戸塚。体勢的に上目遣いになっているのがまた、うん、何で男なんだろうなとしみじみ思う。

 

「異世界はこの間の話で分かるけど、テンセイって?」

 

 転生もまた普段使うことのない言葉である。輪廻転生とか仏教徒でもないと知らない言葉だろう、本来は。

 最近は異世界転生する作品がネット小説界隈で雨後の筍のごとく乱造されているが、とうとうアニメ化する作品まで出てくる始末。面白い作品もあるにはあるが、若干粗製乱造の感は否めない。

 異世界召喚と違って戸塚に説明するにも、例を挙げることはできそうにないな。

 

「日本で生きていた主人公が剣と魔法の世界に生まれ変わるんだ。大体主人公はトラックにひかれたり通り魔に刺されたりして死ぬ」

「ええっ!? ダメだよ材木座くん! 材木座くんが死んじゃったら、僕悲しいよ……」

 

 潤んだ瞳で材木座を見る戸塚。材木座の妄言に本気で対応する辺り本当にいい子だ。戸塚にこんな目で見つめられたら、死を考えていても考え直すだろう。

 戸塚に見つめてもらえるなら、それも悪くは……いやいやいかんいかん。俺は材木座ほど悲観はしていない。

 ともあれ、冗談を本気で受け取られた材木座は一気に慌てだした。

 

「い、いや、そのだな。我は別に死にたいと考えているわけではなくて、だな」

「冗談で言ったの!? それはそれでダメだよ! 冗談めかして言うことじゃないでしょ」

「は、はい、すいません」

 

 心配から激おこになった戸塚の勢いに材木座はタジタジである。材木座のようなバカを本気で心配する戸塚マジ天使。

 俺だから材木座が馬鹿言ってるなで済むが、異世界転生なんて言葉を知らない人からしたらただの自殺願望である。この場に戸塚がいることを考えず発言した材木座が悪い。

 

 

 

 

 

 ぐったりとした材木座を放置し、戸塚とドリンクバーに行く。

 

「まったくもう、材木座くんったら。言っていいことと悪いことがあると思うんだ」

「言ってることはただの妄言だったけどな、あいつに死ぬ度胸も理由もない。だから放っておけばいいと思うぞ」

「それでも、簡単に言っちゃダメなことだと思うよ」

「そりゃそうだな」

 

 この件に関しちゃ戸塚の言っていることが全くもって正しい。

 飲み物を持って席に戻ると材木座が復活していた。相変わらず凹みやすくも立ち直りが早い奴である。酷評されても復活できるようになりゃ、ネット小説でも何とかやっていけるんじゃないのかね。

 そわそわしている材木座に飲み物を渡すが、ソワソワ具合が見ていて何とも気持ち悪い。

 

「どうしたの材木座くん?」

「どうせ異世界転生の話をしたいだけだろ」

「そうなの材木座くん?」

「う、うむ。その通りではあるのだが」

 

 むうと材木座を睨むとつかわいい。じゃなくてだ。

 材木座のことで取りなしてやる必要性は全くないのだが。俺の人生に何ら影響を与えることはないのだが。

 だがまあ、バカ話をするのはそれなりに楽しいことであると、この間知ったばかりだ。だからまあ、たまにはな。

 

「ちょっと待ってくれ戸塚。材木座がバカなこと言っているのは確かなんだが、深く考えずただのバカ話として聞いてやってくれ」

「八幡……まあ、それなら。ところで、異世界召喚とどう違うの?」

「異世界召喚は今の自分がそのまま異世界に行くことで、転生はその世界に生まれることだな。そっちの世界に家族がいて。地盤持ってるかどうか、じゃないか」

 

 小町がいないならその世界に興味はないので俺はごめんだが。

 

「そんで、材木座は異世界転生にどんな希望を持ってんだ?」

「うむ! よくぞ聞いてくれた」

 

 憂い顔からぱあと明るくなる材木座のうざさを見て、さっそく話を振ったことを後悔し始めた俺である。

 

「そも異世界転生の話をするならば、その定義を決めなければなるまい」

「定義って、死んじゃって別の世界に生まれ変わることじゃないの?」

「うむ。まあ、それはそうであるのだがな。まず異世界の定義だ」

 

 異世界ねえ。作品の異世界というとだいたいが剣と魔法の世界だが、魔法がない中世風で地理が違えばそれも異世界ではある。文明が発達しすぎた未来の地球だって異世界といっていいだろう。

 

「まず、剣と魔法の世界であるとして、地理も気候も地球と変わらないものとする」

「わかりやすくていいね」

「違う気候や農作物が考え付かなかったんじゃねえのか?」

「ええいうるさい! 読者にわかりやすくするため、あえてそうしているのだ!」

 

 作者より頭のいいキャラクターはかけないというが、作者が知らないことは作品には出てこない。作品に深みを持たせるためには勉強も必要ということだ。

 

「そして転生についてだが、一般的な転生とする」

「転生は一般的じゃねえよ」

 

 少し見たことがあるが、ネット小説界隈で異世界転生物は一時席巻したそうだ。新着はどれも異世界転生、猫も杓子も異世界転生。そりゃテンプレも出来上がるというものだ。

 だが、俺も戸塚も、異世界転生のテンプレなんぞ知らん。

 

「それもそうなのだが、まず神様の手違いかどうかだ」

「神様の手違い? って、なにそれ?」

「チートがあるかどうかか?」

「その通りだ」

 

 よくは知らないが、異世界転生物はだいたいがトラックにひかれることが多いらしい。交通事故死者は一日一人のペースでも足りないのではなかろうか。嫌な世界だ。

 それはともかく、運命を司る神やら何やらが本来死ぬべきではない人を死なせてしまって、土下座して謝って望む特殊能力を与えて異世界に転生させるのがお約束なのだそうだ。

 

「神様が人ひとり死なせて土下座するの?」

「下っ端の神様だったんじゃねえの?」

「そうでなくとも異世界に転移した段階で何らかの能力を手に入れることが多いようではあるがな」

 

 普通間違って殺されたいなんて考えないと思うんだが、別に材木座だからいいか。

 

「あ、なんかどっかで聞いたことあると思ったら、幽〇白〇だ」

「神様じゃなくて閻魔で土下座もしないけど、生き返った後霊能力あるな。確かに」

 

 あれも確か主人公が子供を助けるとは思わなかった、とか何とかだったか。

 

「それで、結局異世界でチーレム無双したいってんなら、こないだの話と変わらなくねえか?」

「いや、あえてここではチートはもらわないでいく」

「えーっと、じゃあ普通に死んじゃった後に転生したってこと?」

「うむ」

 

 ほう。人生舐め切っている材木座が特典なしの苦行の道を選ぶとは。いったい何を考えているやら。

 

「今日話す異世界転生の定義とはこうだ。気候は日本と同じ、一年三六五日は地球と同じ。文明レベルは中世程度で剣と魔法の世界だが、転生する我に特殊能力はないもののその世界での普通レベルの才能はあるものとする。ただ、領主の子として生まれる」

「領主の子ってことは跡取り? それとも上に後継ぎいるの?」

「いや、嫡男で行こう」

「つまるところ、内政チートをやりたいってことか?」

 

 チーレム無双ではなく内政無双、というより現代知識無双か? こいつにできんのか、そんなこと? 材木座の成績ってどんなもんだろう。興味がないからわからんが、少なくとも国語の成績は悪いだろうな。登場人物の心情を計ることとかできなそうだし。

 

「領主の内政っていうと街の発展が目標でいいのかな? 現代で言うと県知事とか?」

「選挙とかじゃなく国王から任命されて世襲制だろうけど、やってることは似たようなもんか?」

「領主は一国の主と言っても過言ではなかろう」

 

 領主の仕事は、現代で言う立法、行政に加え、軍備も扱うわけだ。さすがに司法は裁判所や警察、はないだろうから騎士団あたりに任せるだろう。権力集中しすぎじゃねとも思うが、中世くらいならそんなもんだろうか。

 

「んで、そんな世界でお前は何をどうしたいんだ?」

「うむ。まずは子供のころから神童と称えられるところから始めなければなるまい」

 

 お前は、まずの意味を知った方がいい。話が全くもって繋がってねえだろ。ほれ見ろ、戸塚もぽかんとしてるじゃねえか。由比ヶ浜がやればバカみたいに見えるが、戸塚がやれば可愛い。とつかわいい。

 

「幼き頃から屋敷のメイドや料理長と仲良くなっておく。神童のイメージを植え付けておくのだ。この人ならば何をしておかしくないと、この人についておけば間違いないと、後々の味方を作っておくのだ」

「味方を作っておくのは間違いじゃないよね」

「まあ、そうだな。んで、どうやって仲良くなるんだ?」

「ふむうん。メイドと言えば女性、女性ならば甘いものが大好き。料理長ならば新しい料理に興味津々。ゆえに、スイーツだ!」

 

 目の付け所がシャープじゃないんだよなあ。考えが単純すぎる。小説ならそれくらいで目を掛けられるかもしれんが、料理に詳しいからと言って神童と思われるとは限らんだろうに。

 

「シュークリームやワッフル、ケーキを作る。こうして子供の言うことを大人に信用してもらう土台を作るのだ」

「お菓子でできるかなぁ」

「そもそもお前スイーツ作れんのかよ」

「そして何より、カレーだ!」

 

 聞いちゃいねえ。もしくは聞こえていても無視してるのか。ああ、そうかい。お前がそういう態度に出るなら、こっちもガッチリやったろうじゃねえか。

 

「八幡、どうしたの?」

「いや、メモっておこうかとな」

「ほほーう。なかなかの心がけではないか八幡よ」

 

 カバンからルーズリーフとペンをとる。間違っても材木座のプランに賛同しているわけではない。

 

「カレーは万人に受け入れられる奇跡の食品だ。日本と同じ食材があるならば味覚も日本人とほぼ同じであろう。ならばカレーは大人気間違いなし!」

「ねえ、八幡、これってひょっとして?」

「ああ、テンプレなんだろうな、異世界転生の」

 

 テンプレを沿うことしかできない材木座である。間違いないだろう。

 

「こうして子供のころから優秀さをアピールし、早いうちから政治にかかわっていくのだ!」

「政治っていうと法律改正したり、インフラ整備したり、かなぁ。僕が考え付くのだと」

「その世界の政治がどうなってるのかわからんが、無駄を省いて効率化、だろうな。素人ができることと言ったら」

 

 そもそも、材木座が現代の政治に精通しているとも思えんので、異世界の政治に口出しできるとも思えん。

 

「まずは奴隷制度の廃止。奴隷なんぞあってはならない。人間はみな平等なのだ。ゆえに、奴隷市も奴隷商人も廃止だ!」

「まあ、それはそうだね」

「奴隷、と。んで、他には?」

「医療の改革だ。住人全員分の抗生物質の確保によって伝染病被害もなくなるだろう」

「うーん、減るだろうけど」

「なくなるは言い過ぎだな」

 

 俺と戸塚の声は全く材木座に届いていない様子。聞く気がないのか、テンションが上がって聞こえていないのかわからんが、とりあえずうざい。

 

「飢饉に耐えうる作物を生産する農家に特別に報奨を出し、各種災害に備える。また、税についても見直さねばならぬな。二公八民が理想ではあるが、改革を進めるにつれ調整していけばよかろう。そして軍備だ。屈強なる常備軍を編成し、戦時徴用などされぬ安心な日々を過ごしてもらうのだ。領民の安寧を守るは領主の使命であるが故に!」

 

 と、材木座の演説が終わった。途中からツッコミをいれるのすら億劫になり、黙って聞いていたがそれすら苦痛であった。

 しかし、まあなんというか……浅い。

 

「うーん、いいことばかりには思えるけど……なんか、もし僕がその街の住人だったらと思うと」

「む? 何か思うところがあれば述べるがいい。我は臣民の声に耳を傾けぬほど狭量ではないぞ」

「臣民てお前、意味違ってくるぞ。ったく……と、よしできた」

「八幡、どうしたの?」

 

 準備完了。ここまで人の意見を聞かない材木座への反論タイムだ。

 

「さあて材木座。これからお前の全てを否定してやる!」

「な、なにぃ! 我の完璧なシュミレーションのどこに誤りがあるというのだ!」

「シミュレーションだ。いきなり間違ってんじゃねえか」

 

 書いていた紙を材木座と戸塚が見えやすいように前に出す。戸塚が俺の隣で身を乗り出してくるものだから、ちょっといい匂いがしてドキドキしてしまう。戸塚だから仕方ないよね!

 

「まず食い物関係だが、そもそもお前スイーツの類作れんのか?」

「……卵と砂糖と牛乳と小麦粉を混ぜれば、何とかなりそうな気がせぬか?」

「材木座くんはパティシエの人たちに謝った方がいいと思うな」

 

 優しい戸塚にこうまで言わせるとは、ある意味さすがである。

 

「それとカレーだな。お前カレー作れんの?」

「ふん。我はスイーツのような婦女子の食す物はよく知らんが、カレーならば少々自信があるぞ?」

「調理実習とか言わねえよな」

「それもある。が、我が家にて実践し、父母やじーちゃんに振るまったことがあるぞ。人参玉ねぎじゃがいも、そして肉を炒めてだな……カレー、ルー、を」

「材木座くん。カレーがないのにカレールーはないんじゃないかな」

 

 戸塚のツッコミに材木座は口をつぐむ。材木座は現代知識を異世界で展開するのに、現代で手に入るもので考えている。この程度の浅くて甘い考えでネット小説を投稿したら、それはそれはよく燃え上がることだろう。作家の才能無いでおじゃると言われても仕方のない。

 

「ぐ、む……いや、香辛料はあるのだ。だから、調合すればいい」

「カレーに使うスパイスを知ってんのかよ」

「し、知っておるぞ! えーっと、ターメリック、ハラペーニョ、シナモン、カルダモン、パプリカ、サフラン、ガラムマサラ、だったか? あとクミンやコリアンダー」

「ターメリックってウコンのことだぞ」

「ぬ? おっと、そうだったな。ウコンは違ったか」

「あれ、八幡? カレーのスパイスにウコン使うこともあるよ?」

「おっと、そうだった。いやー、勘違いしちゃったな。なあ材木座?」

「ぐむむ」

 

 どうせ、カレーの歌とか、アニメやゲームのキャラの名前で使われたか、何となく聞いたことのあるのしか知らないんだろうと思ったが、案の定簡単なひっかけに躓いてやがる。

 

「他にもとかローリエとか、色んな香辛料があるけどよ、どれがその香辛料か区別できんのか?」

「ロ、ロリエ? そのような淫靡な香辛料まで……い、いや、とりあえず、辛そうなものを入れておけばカレーっぽくなるのではないか?」

「材木座くんは料理人の人たちにも謝った方がいいと思うな」

「何をもって辛そうって判断すんだよ。言っとくが香辛料のほとんどは赤くないぞ。それにお前パプリカとピーマンの区別できんのか」

 

 日本と同じ気候だったら生姜とか山椒なんかはあるだろうが、他国原産のやつはそう簡単には手に入らないだろう。いくら領主だろうとも。そんな高価なものを気軽に試せるわけがないのである。

 

「んで、戸塚も言ってたが、仮にこれらが上手くいったとして、政治に口出しできるのかっつー話だ。料理が上手いからって政治にも明るいと考えてもらえるか?」

「ぐむむ、いや、しかしだな……」

 

 材木座の呼んだラノベだかネット小説ではうまくいっていたんだろう。仮にうまくいっているのだとしたら、それは主人公が地道に土台を作ったからだろう。大人はちょろくないぞ。

 

「次は、奴隷か。奴隷制はもちろん俺だって反対だが、いきなり廃止して大丈夫なのか?」

「どういう意味だ。奴隷なんぞ、あっていいものではあるまい」

「そもそも奴隷になるのってどういう人なの?」

「む、それはだな。借金が返せなくなり身を落とす、だとか敗戦国の住民とかであるか」

「財産としての奴隷を解放したら住民の財産を勝手に無効するようなもんだろ。それに敗戦国の奴隷を解放したら反乱が起きてもおかしくないんじゃねえの」

「いや、それはだな……えー」

「奴隷を解放するなってわけじゃない。いきなり今までと違う価値観を押し付けられたら反発するだろ」

「それもそうだね。えーと、まずは奴隷の人権確保から、とか?」

「だな。適正な賃金を得られて、自分を買い戻せる。それと命と健康の保証、あたりか?」

「むう……仕方あるまい。それで妥協しよう」

「何様だお前は。そもそもだ。一都市が奴隷を解放したとして、他の都市の奴隷が俺たちも開放しろって騒ぎだしたらどうすんだよ。下手したら内戦だぞ」

 

 歴史は物語る。過去の過ちを未来に伝える世界史の授業を真面目に聞いていれば、ちょっと考えればわかりそうなものだ。

 

「んで、医療か。抗生物質とか言ってたけど、どうやるんだ?」

「む? 知らぬのか八幡。ペニシリンはアオカビから作られるのだぞ?」

「偉人の逸話とかドラマとかで聞いたことあるけど、どうやってるんだろうね」

「そ、それは……あれだ。アオカビを培養して、他の菌を駆逐すればそこにできているのではなかったか?」

「まず、ペニシリンの有用性を知ってもらわなきゃならねえな。その世界ではウイルスやら細菌の存在は知られてるのか?」

「む、いや、ないな」

「アオカビを培養して、ペニシリンを発見、量産するってのを実現できる状態になってるといいな」

「住民全員分を用意するっていうのも、具体的にどれだけの量を準備すればいいのか調べないとね」

「ぐむぅ」

 

 知らないことを知らないままやらせたとして、従事する人間が正しく行えるかもわからん。かと言って材木座にゼロからペニシリンについて話せる知識があるとも思えん。まあ、無理だろうな。

 

「ならばどうすればいいというのだ」

「お前の案は何もかもいきなりすぎんだよ。身近なところから始めりゃいいんじゃねえの?」

「お外から帰ったら手洗いうがいを習慣化させるとか?」

「そうだな。下水道を作るとかもいいんじゃねえの」

 

 中世ヨーロッパは糞尿を窓から投げていたらしいし、乾燥した排泄物が風に舞って病気の元になったとも聞く。衛生に関して知られていないなら周知させるのも重要なことだ。

 しかしなんだな。ツッコミどころが多くてめんどくさくなってきた。

 

「飢饉に強い作物を作ったら褒賞を出すってのもな。領主が商売に口出ししていいのか?」

「むう、飢饉対策なのだが支持は得られぬだろうか」

「それはそれで重要だけどもな。実行したら市場が混乱するだろ」

「なん、だと」

「これを作れば売れるし褒賞ももらえるなら、その作物しか作らなくなるかも、ってことかな?」

「そうだ。戸塚は賢いな」

「えへへ」

 

 可愛いし賢いし、やっぱ戸塚って最強じゃねえか。それに引き換え材木座の教え甲斐のないことよ。

 

「で、税制改革か。税はどう徴収してるんだ?」

「えー、とだな」

「現実だとお給料から引き落としだよね」

「銀行はあるのか?」

「ない」

「だったら手渡しか。どうやって徴収する」

「それは……年貢のように役所の勤務員が直接赴いて、いや、逆に役所に届ける方がいいか」

「個別の給料いくらか把握してるのか?」

「雇い主が役所に届けておる」

「だったら雇い主がまとめて納税した方が漏れがなさそうかな」

「脱税対策はどうしてんだ? 誰がどこに何人で住んでどんな仕事をしてるか、把握してんのか?」

「それは、役所が住民一覧を作成する際に受けておる」

「仕事量とんでもねえな。二公八民ってのは北条氏の優れた治世あってだぞ。二公で十分な給料払えるのか?」

「ぐぬぬ」

 

 何がぐぬぬだ。公務員は成熟した社会には必須の職業であるが、言ってしまえば何も生み出すことのない職業である。少なくとも俺なら材木座統治下では公務員はしたくない。そもそも働きたくないんだが。

 

「で、最後に軍備だが一領主が軍事力もっていいのか? 反乱の意志ありと思われても仕方ないだろ」

「いや、しかしだな。戦時には貴族が先頭に立って領民を守るノブレスオブリージュがだな」

「どうせお前、釣り野伏やら寡兵で敵陣突破だとか、戦力数十倍の敵兵を撃破だのがしたいだけだろ」

「軍隊って何も生み出さないから常備軍の維持は大変だって聞くけど、それも二公でできるのかな?」

「あうあう」

 

 口をパクパクさせている材木座を尻目にジュースを一口。

 材木座がチュートリアルレベルで簡単だったこともあるが、完璧な論破だ。敗北を知りたい。

 

「ところで八幡、こういう、内政物? どんなアニメとか漫画があるのかな?」

「あー、俺もあんまり詳しくないんだがま〇ゆうっていう、掲示板の投稿から出版、アニメ化したのがあるな。多分、内政物とか魔王がラスボスじゃない作品のはしりだと思う」

「へー、すごいね」

「他には、同じ作者のログ〇ラとか、経営物だけど甘〇リとか、違う世界の知識を生かすんならドリ〇ターズも近い要素はあると思う。けど、内政物の商業作品てあんまり出てねえんじゃねえかな」

「そうなんだ。ちょっと気になったから見てみようと思ったんだけど」

「なあに、気にすることはない。我が八幡の意見を採用し、プロットを書いてくるから見せてやらんでもないぞ!」

「いや、見る気ねえし。っつーかいい加減プロットじゃなくて本編書いて来いって言ってんだろ」

 

 そもそも知識不足の材木座がまともな作品を書けるとは思えん。

 材木座の相手をするのは改めて面倒だ。まともに相手をしちゃダメな奴だな、うん。

 フゥハハーと高笑いをする材木座を、戸塚と二人して他人の振りしながら思うのだった。同じ席なんであまり意味はないだろうけども。

 

 

 

 

 

 さて。

 比企谷八幡が友人二人と連れ立って退店してすぐに、身を起こした女性たちがいる。総武高校奉仕部、および生徒会の女性陣、そして中学生の五名。わざわざ名を出すこともなく、お分かりいただけると思う。

 

「なんか、まーたわけわかんないこと言ってましたね」

「そうですねー。全く、お兄ちゃんだけじゃなくて戸塚さんも乗っちゃうんだもんな」

「いい加減、隠れる必要があるのか疑問なのだけれど」

「だってゆきのん。あたしたちが聞いてるってわかったら、いつも通りの話してるのかわからないよ?」

「前回と今回で、割としょうもない話をしてるのはわかりましたね」

 

 八幡らは結構な長い時間話していたのだが、その間ずっと身を潜めていたのか、という疑問はあるだろうがそれはさておき。

 

「別の世界かー。結衣先輩、ちっちゃいころおとぎ話のお姫様とかに憧れたでしょ?」

「んー、そだね。やっぱり白馬に乗った王子様、には憧れたかな。いろはちゃんだってそうじゃない?」

「まあ、人並みには。小町ちゃんは?」

「小町、実はそういうのないんですよ。ちっちゃいころはお父さんとお母さんが読んでくれてたんでしょうけど、お兄ちゃんが絵本を読み聞かせてくれてた方が覚えてるので」

「ヒッキーが? ヒッキーが読んでくれるとなんで憧れないの?」

「一番身近な異性がお兄ちゃんでしたからね。白馬の王子様とは似ても似つかないじゃないですか」

「先輩ねえ。何だかんだで助けてはくれそうだけど、颯爽とカッコよく、はないかな」

 

 ブツクサ言っている王子ルックの八幡を幻視し笑う少女たち。かぼちゃパンツがツボだそうだ。

 そして反対に座る、姉妹に見えるほど似ているが赤の他人である少女たちはと言えば、

 

「雪乃さんはどうでした?」

「別の世界に憧れるということかしら? それなら、パンダのパンさんと会ってみたい、とかは思っていたように思うわ。結局、姉さんにじっくり本の世界には行けないと説明されていたけれど」

「面白がってやったのか、好意で教えたのか、判断がつきかねますけど」

「姉さんのことだから面白がったのでしょうね。留美さんはどうだったのかしら?」

「別の世界ですか? 童話のお姫様に憧れはしてたと思いますけど、王子様には特に興味なかったですね」

「えー、何で?」

 

 二人の会話が聞こえたのか、結衣が身を乗り出し、ふにゅんと潰れ、それを見て自らのものを見下ろす各自。

 

「寝てるところにキスしてきたり、死んでるのにキスしてきたり、自分がされたらヤダなって思っちゃったんですよね」

「留美ちゃんがお兄ちゃんみたいな捻くれ者視点で見てる」

「あら、それなら私も目の前にいたら投げ飛ばしてやろうかと思ったわね」

「ゆきのんまで」

「シンデレラとか読んで、いいなーって思わなかったんですか?」

「特には」

「何もしない王子様より最初に助けてくれた魔法使いの方がいいって思いますけど」

「やっぱ似てますね、雪乃さんと留美ちゃん」

 

 思い描いた魔法使いの目が腐っていたかどうかは、各々の想像にお任せする。

 

 

 




 材木座って戸塚のことをどう呼んでたかなって。
 変なとこに悩んでしまいました。
 異世界転生増えてきましたね。アニメ最近あんまり見てないですけど。
 面白けりゃいいです。アニメ化にはそれしか求めない。

 次回は、ガンプラです。

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