やはり俺の異世界転生は命がけだ 作:ピーターパンシンドローム
side八幡
葉山が黒服に向かって走り出すのに少し遅れて、俺も低い姿勢で黒服に向かって走った。いくら葉山が運動神経抜群でも、あの体格でしかも銃を持っている男を取り押さえるなんて無理だ。そう考えた俺は少しでも葉山のサポートをしようと動き出したのだ。普段の俺ならまずこんな行動はしないだろう。ましてや、イケメンリア充の葉山のサポートなんてごめんだ。
だが、今回は俺と葉山の目的は一致した。
ーー雪ノ下達を守ること。
俺はやっと見つけた本物のを守りたい。
そう考えながら、姿勢を低くして、音を立てず、俺は小走りで距離をつめていた。
ちらりと、葉山の方を見るそのとき、
「葉山くん!?」
相模の叫び声が聞こえた。
まずい!
いま黒服に気づかれたら葉山は撃たれる!だが、俺は黒服を取り押さえるほどの力はない…
…そしたらやれることは一つしかねえじゃねえか。
俺がいつも使ってきた、たった一枚しかない手札。
「おらぁぁぁ!!!」
俺は周りの注目を集めるように大声をあげて、黒服に殴りかかった。
side葉山
比企谷に飛行機の中での事を説明した。
比企谷が撃たれたこと。
黒服をその後に取り押さえられたこと。
そして、その直後に飛行機が墜落したこと。
すべての事を話し終えた時、彼の顔は酷く哀しい顔をしていた。無理もないだろう。誰だって突然に訪れた自分の死をすぐには受け入れられない。俺は、機内で何度も死を覚悟した。きっと、他のクラスメイトもそうだろう。だから、銀髪の女性の話を聞いた時、俺達はむしろ安堵したのだ。もう一度生きることができると。だが、比企谷はそうではないだろう。おそらく彼は自分の死があまりにも唐突で死んだ事を理解できていなかった。そうすれば何かしらのショックを受けるのが普通だ。
「では、皆さん。こちらへどうぞ」
銀髪の美女に連れられ、俺たちは玉座の間に案内された。赤いカーペットが敷かれ、一本の道を作るように剣や鎧で武装した騎士が道を作っている。そして正面には金をベースに宝石で装飾された椅子が一脚置いてある。銀髪の美女はそこに座ると透き通った声で、話を始めた。
「先ほどは突然の無礼をお許しください。私の名はソフィア。この世界の女王です。」
俺は先ほどから疑問に感じていたが、あの場では言うべきではないと判断していた質問をした。
「ソフィア様。僕達に魔王を倒せと仰いましたが、もともとただの青年です。何故、僕達が選ばれたのでしょう?」
ソフィア様は俺達を見て、嬉しそうにうなずいた。
「あなた方の世界の住人は、元々かなりの魔力を持っているのです。それも、王家直属の騎士と同じくらい。なので、是非力を貸していただきたく、こちらにお呼びいたしました。」
「なるほど。しかし、向こうの世界の人間は他にもいるでしょう?」
「それに関しては、私達の召喚魔法の性質の問題なのです。この召喚魔法では、魔法を発動したのとほぼ同時に死んだ人間しか召喚できないのです。」
なるほど…
あのタイミングで死んでしまったことは不幸中の幸いというわけか。
「この世界には元々3人の魔王がおりました。その魔王達は魔獣を従えて、人間を支配していたのです。」
「…元々…とはどういう意味ですか?」
「もう何千年も昔に、その魔王達は賢者に倒されました。そして、賢者は魔王達を結界により地中深くに封印したのです。
しかし、ここ最近になって、魔王達が復活したという知らせが届きました。」
魔王が復活した…?
そしたらまた、この世界を征服するんじゃないか?
「魔王が復活したのならば、すでにこの世界は支配されたのでは?」
俺はふと湧いた疑問を口にすると、ソフィア様は静かに首を振った。
「いえ、この世界はまだ安全です。過去に賢者が張った結界がまだ残っているので、魔王達は地中でしか活動できないからです。しかし、確実に結界は弱まっているのです。魔王達がいつ結界を破るか分かりません。」
ソフィア様は、拳を力強く握り、何度か呼吸をしてから口を開いた。
「だから、あなた方には魔王が地上に出てくる前に殲滅して欲しいのです。」
この状況は、男ならみんな憧れるであろう。異世界に召喚され、魔法を使い、魔王を倒す。実際にクラスの男子達は盛り上がり、ゲームなどの呪文を唱えてみたりしている奴もいる。
しかし、俺は説明を聞いて、血の気が引いた。
「…タイムリミットが、あるということですか?」
タイムリミットがあるということは、十分な準備ができないという事をさす。それはデスゲームにおいては致命的だ。ましてや、この世界の自分達はそれなりに強い程度だ。そんな人間が、この世界を支配していた魔王に対した対策もせずに挑むなんて、折角拾えた命をまた手放すようなものだ。
「はい、タイムリミットは長くて5年です。その為にもあなた方にはここで暮らしてもらい、厳しい訓練を受けてもらいます」
ーーーー
現在、6時過ぎ。
ソフィア様の説明の後、これから宴の準備をするということで7時頃まで自由時間を与えられた。
各自に与えられた自室で過ごすものや、外に出て行くものがいる中、俺はいつものメンバーと大広間で談笑をしていた。結衣を除いて。
「なんか、こうやってみんなで泊まるとかまじテンションあがるでしょー!」
戸部が襟足を掴みながら嬉しそうに言うと、姫菜もそれに賛同する。
「あー、確かにそうかもね。私、修学旅行はあんまり楽しむ余裕なかったから、実は今凄く楽しいんだよね。」
「それ言われると弱るわー。あの時は俺も周り見えてなかったっしょー。」
俺たちは、2年修学旅行での出来事を3年生になってからだが、話し合うことができた。戸部が姫菜のことを好きなこと、姫菜が今は付き合うつもりがないということ、そして…
俺が何にも出来ずに比企谷を頼ってしまったこと。
それからはしばらく俺たちのグループが気まずくなってしまったが、以前よりも強い絆で結ばれている。比企谷にも俺たちは謝り、お礼を言ったがあいつは、
「俺は別にお前らの為にやったわけじゃない。…だが、今のお前らは…その…前みたいに薄っぺらくない。」
俺はそれを聞いて自然に笑みが溢れた。
side八幡
冷たい空気が身体にしみる。俺は白い結晶を吐きながら、中庭のベンチに座り、天を見上げると、月は雲に隠れていた。
ーー俺は死んだ。
その事実を受け入れきれなかった。どうして俺なんだ。俺は今まで何度も人に失望をし、その度に自分を嫌いになったが、死にたいと本気で思ったことなど一度もなかった。これからも人並みの生活をして、人並みの幸せを手に入れたかった。小町とたくさん話してふざけあいたかったし、親父にもお袋にも親孝行をしてやりたかった。あのアラサー独身教師ともラーメンを食べに行きたかった。
気がつくと俺の視界は歪んでいた。涙が一筋、また一筋と頬を濡らすと、涙が止まらなくなった。俺は両手で顔を覆い、嗚咽しながら泣いた。
ふと、俺を温もりが包み込んだ。
俺は顔をあげ、横を見ると、雪ノ下が優しい笑みを浮かべ俺を抱きしめていた。俺は甘えるように泣きづけた。
ーーーー
どれくらいの間こうしていたのだろう。俺は涙が止まると、恥ずかしくなり雪ノ下から少し離れたところに座り直した。
「あら、もういいの?泣き虫谷君?」
顔が熱い…
「あなたが飛行機で撃たれた時、私は絶望したわ。だから墜落の直前は全く怖くなかったの。そして、目を覚ました時にあなたが無傷で目の前にいることが堪らなく嬉しかった。だから私はこの世界には意外と感謝しているのよ?」
雪ノ下は姿勢を直して俺の眼を真剣な眼差しでみつめる。
「それでも、ここにいたいとは思わない。あんな、姉さんだけど、私は姉さんに会いたいし、色々なことを経験もしたい。」
ーーそれに、と彼女は続ける。
「あなたが帰りたがっているのに、私が協力しないわけ無いじゃない。」
雲が動いたのだろう。月明かりが雪ノ下を照らす。その姿に俺は見惚れていた。