FGO マシュズ・リポート ~うちのマスターがこんなに変~ 作:葉川柚介
「ふむ。あちこちの傷がひどいですね。すぐに治療が必要です。具体的には切断が。ドクター・ミラー、すぐに執刀を」
「いや、確かに俺に切れないものはないが、この患者に切断は必要ないのでは……。あと、俺の名前はミラーではなく鏡です、婦長」
「ではミスター・アマゾン。大切断を」
「ウゥ……?」
「ま、待ってくださーい!!」
これまでの特異点で見たどの大地よりも広大で荒涼として、そして人の可能性に満ちた第五特異点、南北戦争時のアメリカ。
そこで先輩がなんかかつてないピンチに陥っているような!
と、思って踏み込んだのですが、先輩は髭と逞しい体つきが印象的なお医者さんが作ったらしきおでんを食べてました。平和で何よりです。
時代が時代、場所が場所なこともあり、私達がこの特異点に突入してまず最初に出会ったのが大規模な戦闘でした。明らかに時代錯誤な古めかしい兵士、いえ戦士たちと、それに対抗するロンドンで出会ったバベッジ卿っぽい機械の兵士たち。
『なんだこの荒野。さすがにこんなとこ見たことないぞ。IS学園はどこだ……。ヘイ、そこのロボットのお二人! 詳しいこと知らない?』
「詳細不明。状況把握のため西部アメリカ軍に参戦中。加えて、当機は無人である」
「同意です。私の名前はBT-7274。わけあってパイロットとは別行動中、こちらも無人です」
『じゃあそっちの、あからさまに大統領なオーラを出してる大統領はどうです?』
「生憎私も状況を把握できていない。……が、アメリカの危機であることだけはわかる。ならば為すべきことは決まっている」
……なんだかバベッジさんくらいのサイズのビジュアル重視なロボット(?)の人と、自称無人の空を飛んでいるロボットと、それからなんだかごつごつした一つ目のロボットがこんな会話をしていましたが、どうにも人理焼却とはあまり関係がなさそうです。
あともう一人、大統領と呼ばれていたこれまたロボットあるいはメカニカルなスーツを着込んだ人は一体……。
なんだかわけがわからないまま戦闘に巻き込まれ、切り抜けたはいいものの先輩がとばっちりを食らって負傷。どうにか治療してくれそうなところへ担ぎ込みはしたものの、その結果がご覧の有様でした。
確かに治療を受けられる場所でしたが、この場を支配していたのはお医者さんでもなければ部隊の指揮官でもない、一人の看護師。
鉄の意志と鋼の強さであらゆるけが人と病人を治療する、史実の逸話との差が全くと言っていいほど感じられないバーサーカー、フローレンス・ナイチンゲールさんだったのです。
「なんです、治療の邪魔をするなら病原菌と同程度の扱いになりますが、よろしいですね?」
「い、いえ邪魔をするのではなくむしろお手伝いをしようかと! ここに治療のスクロールとかありますし!」
迂闊なことを言ったら殺される。
これまでいくつもの特異点を経験することで何度となく味わった緊張感を、なぜ私は看護師さんを前にして感じているのでしょうか……!
これが、私達とナイチンゲールさんの出会い。
この特異点を共に駆け抜ける、頼れる婦長との最初の会話でした。
「失礼、もしやあなたはウィリアム・シェイクスピアでは?」
「いかにも! ご婦人に名を覚えていただけるというのは英霊になってなお甘美なものですな!」
「そうですか。……よろしければ、握手をしていただけないでしょうか。私の大切な人が、あなたの大ファンでしたので」
ちなみにナイチンゲールさん、先ほどのあれこれからお分かりの通りのすさまじい性格をしている一方、シェイクスピアさんには優しかったです。
「……治療します」
「待て!? ボクは負傷していない! あと治療と言いながら銃を撃つのはなぜだ!? むしろ傷が増える! ……なんかこう、すごく申し訳ないような気はするんだが多分それは別の僕だ!!」
そして、シュヴァリエ・デオンさんに対してはドのつく塩対応。なにか、生前に因縁でもあったのでしょうか。デオンさんとナイチンゲールさんは生きた時代が違うはずなのですが。
ともあれ、その後も息つく暇もなく戦いが続きました。
宿営地を襲撃するフィン・マックールとディルムッド・オディナ。なんかフィンさんからはプロポーズされましたが、と、とりあえずそのことは置いておきましょう!
あと、なぜか大統領がずっと一緒についてきました。曰くアメリカを救うという目的は私たちと同じだから、と。強引ですが、とても頼りになる人です。
ナイチンゲールさんは看護師とは思えないほど強いのですが、あくまで一人のサーヴァント。軍勢を率いる相手の全てに対応できるわけではなく、ピンチに陥った私たちを助けてくれたのは、人理の崩壊を企てるケルト側ではないサーヴァント、ジェロニモさんでした。
「君たちが人理修復のために戦うマスターたち一行か。3人とも、会えて嬉しいぞ」
なんだか、先輩を見て、私を見て、誰もいないところを見たような気がするのですが、フォウさんを見ていたのでしょうか。
ともあれ、宿営地は既に位置を知られてしまっているため移動。ジェロニモさんと行動を共にするサーヴァントである、ロビンフッドさんとビリー・ザ・キッドさんです。
お二人とも現代に近い時代を生きたアウトロー的なアーチャー。レジスタンス活動をしているジェロニモさんたちが今日まで圧倒的多数のケルト軍を相手に戦ってこれた理由が分かったような気がします。
「いやあ、でも嬉しいね。女の子が一気に増えた」
「まあな。そっちの髪の長い姉ちゃんは大分気難しそうだけど」
……なんか、ちょっと軽い人たちでした!
ともあれ、私達は早くこの特異点の全容を知る必要があります。
装備や様子からしてケルト側が特異点の崩壊をもくろんでいることは疑いないですが、それに対抗している機械化兵たちは一体。
「ああ、それは私達よ。せっかくだから、お話しない?」
その答えは、向こうからやってきました。
機械化兵たちを引き連れた、エレナ・ブラヴァツキーさん。どうやらケルトたちと戦う、人理を守ろうとしているサーヴァントの側であったようです。一応ナイチンゲールさんもそちら側の陣営についていたようですが、それは同盟を組んだというより治療するべき人がそちら側にいたから、という程度の話。
人理修復という患者を生まない方法がある、と知った今はむしろ積極的に離反。私達についてくれたことは頼もしいのですが、もうちょっと言葉の選び方というものが……!
なんやかんやの末、なんとインドの大英雄であるカルナさんまでついていたエレナさんたちの陣営に私たちは捕まってしまいました。
「……あの、先輩。なんだかいつの間にか一人増えていませんか? え、死刑囚にいつの間にか混じってる人は大体記憶を失ってる? 叫ばれると変なことが起こる? ……なるほど、サーヴァントみたいなものですね!」
陣営の本拠地まで護送される最中、なんだか見知らぬ人が増えていたような気もしましたが、先輩が大丈夫と言うなら大丈夫なのでしょう。特異点ではよくあることです。
そして、引き合わされたサーヴァント。
一応、人類を守るためにアメリカを守護する、人呼んで「大統王」。その人こそ。
「イエス。アイムエジソン」
「ライオンなのですが!? あと、日本の中学生が初めて習う英語の例文みたいなしゃべり方です!」
数々の発明品で歴史に名を残す偉大な科学者、トーマス・アルバ・エジソンさんでした。
なんかムキムキの肉体にライオンの頭が乗ったキャスターのサーヴァントでしたが。
そこで、私達は聞きました。
このアメリカの大地で起きていること。
アメリカ合衆国設立のために避けられない南北戦争は、いまや東部のケルトと西部に残ったアメリカ勢力の間で互いの存亡を賭けた戦いに様相を変えているのだと。
そして、エジソンさんの目的は人理修復ではなく。
聖杯を獲得し、アメリカ合衆国を人理から切り離すことで、アメリカのみを永遠に存続させること。
自国を何より守る。それこそが王の使命なのだと。
「アメリカは世界一の超大国。その大統領こそまさに『世界の王』。アメリカを人理から切り離されたジューランドとし、その存在を永遠のものとする。我が心と行動に一点の曇りなし。全てが『正義』だ」
……それは、そうなのかもしれません。
しかし、少しでもそう思ったのは私だけで。
そのとき先輩は、少しだけ鋭い目でエジソンさんを見ていました。
あと大統領はいつの間にかいなくなっていて、私達が脱出してからまた合流してくれました。
確かに、今のエジソンさんと引き合わせたらとんでもないことになる気がしますが、一体いつの間に。
その後。
行動を封じられて地下に押し込まれたり、ジェロニモさんの助けで脱出したりなどして自由を取り戻し、私達は再び行動を選択する必要に迫られます。
人理修復のため、聖杯の回収は絶対条件。
しかし今、この地で行われているのはサーヴァントの暴走ではなく紛れもなく戦争。いかにマスターとサーヴァントが揃っているとはいえ、身一つで飛び込んでどうにかなるものではありません。
「……そのことだが、少し寄り道をさせてもらっていいか。状況の打開に寄与できるようにもなるかもしれない」
だからこそ、仲間が必要です。
現状、私達の目的に最も近いのはジェロニモさんたち。である以上協力は決して無駄ではないはず。
……まあ、けが人が待っていると聞いたナイチンゲールさんはそういう理屈抜きについていってしまったのですが!
その後、ジェロニモさんが助けたという重症のサーヴァント、ラーマさん。
さらにラーマさん治療の手段を探すため、とにかく人手がいるということでロビンさんとビリーさんとも合流し、改めて作戦会議です。
最終的な目的は、当然聖杯の奪取。
それを持っているのはケルトの側で、かといってケルトに対抗しているエジソンさんたちも純粋な協力関係は少なくとも現状築くことができないでしょう。さすがにそれは先輩でも無理があり過ぎます。
となると、最悪私達だけでどうにかしなければならないということに。
「ならば、方法は一つ。少数精鋭で敵の中枢に潜り込んで首魁を倒す。すなわち、暗殺だ。だが戦力が足りない。ケルトの陣容から見ても、せめてセイバーとランサーのサーヴァントがいてくれればいいのだが……」
「……一応、心当たりはあるぜ?」
「本当ですか!?」
それこそ、藁にも縋りたいのがいまの私達。
ロビンさんがなんだかすごくいやそうな顔をしていましたが、そのサーヴァントさんを紹介してもらえないでしょうか!
「ところで先輩、今回はアメリカ大陸を横断するために長距離の移動が必要です。フランスやローマで使っていたあのバイク礼装を使っては……え、めでたく復活したから戻っちゃった? な、なんだかよくわかりませんがそれはいいこと、なんですよね……?」
ふと思い出して聞いてみたところ、移動は相変わらず徒歩か現地調達しかないようですが、がんばりましょう!
その後、広い広いアメリカ大陸を渡る旅が繰り広げられました。
「なんだ、宿を探しているのか? ならこの町に寄るといい。満足させてやれると思うぜ」
途中、会話の端々にやたら「満足」という言葉を混入させる町長さんに誘われて休ませてもらったり。
「ジャイロ、少し気になったんだけど……これ、スティール・ボール・ラン、ちゃんと続いてるのかな? あと最近顔つき変わってきてない? いつの間に肩から馬生えたのさ」
「俺に聞くな。とりあえず行くしかないだろ!」
時々、アメリカ西部から東部へ向かっていく人たちを見かけたりなどなど。さすが特異点化しているだけあって、不思議が一杯です。
ちなみに、ロビンさんが嫌そうに教えてくれた心当たりはなんと、エリザベートさんとネロ・クラウディウス皇帝陛下でした。
お二人ともアメリカが成立してすらいないこの大地にブロードウェイとハリウッドを立ち上げる気でいたあたり、とても趣味が近いのだと思われます。
……思われます、が。
「ぽよ?」
「……あの、ロビンさん? この小さくて丸くてピンク色をしたかわいらしい方も心当たりのうちだったのでしょうか」
「いやいやいや、そんな奴見たことねえですよ!? ちょっと皇帝さん、なんスかこいつ!?」
「うむ? よくわからん。だが、美を知るものだ。なにせ余の歌声に聞き惚れてやってきて、しかも余とデュエットしてのけたのだからな!!」
何だか、サーヴァントとも魔物ともつかない何かがいたのですが!
ちなみにこのピンク色をした子はとても強く、このあと襲撃に来たケルト側の刺客であるフェルグス・マック・ロイとの戦いも協力してくれました。
「ペポ!」
『なんだこれ……そこのサーヴァントの霊基が変化した!? クラスチェンジしたのかい!?』
「……そのようです、ドクター。セイバークラスに該当するケルト兵を吸い込んで飲み込んだら、どこからともなく剣を取り出しました!」
ただ、当たり前のようにクラスチェンジを駆使するサーヴァントなど存在するのでしょうか。セイバー以外にも、敵を吸い込み、飲み込むことでその能力を
何だか当たり前のようについてきて力を貸してくれる気のようですが、ひょっとして私たちはとんでもない存在を味方にしてしまったのでは。
ともあれ、状況は整いました。
十分とは言えないまでも、動くべき頃合いです。
ジェロニモさんたちが集めた情報をまとめると、聖杯を所持すると思われるケルト側の本拠地はワシントン、この国の首都になるべき場所にあると思われます。
相手は軍勢。こちらは一騎当千のサーヴァントといえど寡兵。エジソンさんたちはケルトに敵対する陣営ですが、目的からして現時点での協調は難しい、となると方法はそう多くありません。
「やはり暗殺以外に手はない、か。だが、危険性も高い。別の安全策も用意しておくべきだ」
ということで、ワシントンへの直接侵攻を担うジェロニモさんたちと、ラーマさん復活のために行動する私達とに分かれることになりました。
フェルグスさんが座に帰る間際に餞別代りに教えてくれたところによると、西海岸沖に浮かぶアルカトラズ島にラーマさんとよく似たサーヴァントがいたのだそうです。これは、まず間違いありません。
「では、エリザベートよ。いずれまた。ドル友の絆は永遠だ」
「ええもちろん。今度こそ対バンで決着つけてやるわ」
「ぱよい!」
翌朝、私達にひと時の別れが訪れました。
ワシントンに向かうジェロニモさん、ロビンさん、ビリーさん、ネロさんとそしてピンクのセイヴァーさん。
そしてアルカトラズへ向かう私達。向かう先は真逆でも、目指す未来は同じはず。
厳しく辛くとも、再会を誓って互いの目的地へと、踏み出しました。
◇◆◇
「ああ、シータ……余だ、ラーマが来たぞ。そこにいるのか……?」
「ラーマ、様? ラーマ様! シータはここです! ここにおります!」
「くそっ、くそ! もう目がかすむ……忌々しい呪いさえ、なけれ、ば……!」
アルカトラズ島に乗り込み、この地の守りに配されていたベオウルフさんを含む数々の妨害を突破して、私達はついにシータさんが捕えられているという牢獄の下へとたどり着きました。
……海を渡る際、偶然出くわしたBT7274さんが力を貸してくれたのですが、「信じて!」と言って先輩を島まで投げたときはどうなる事かと思いました。先輩もあっさり信じないでください!
あと、大統領が勝手知ったるとばかりにずんずん進んでくれたのでここまでの道のりは大分安心していられました。なんだったのでしょう、まるですでに一度この島に乗り込んで叩き潰した経験があるかのような自信でしたが。
ですが、なんということでしょう。運命のいたずら、いえこれは運命にまで刻み込まれた別離の呪い。ラーマさんはこれまで無理に無理を重ねてようやくシータさんの元までたどり着けたというのに、そこでついに力尽きました。
まだ霊基が座に帰ってはいませんが、それも時間の問題。至急呪いを取り除かなければ、シータさんを目の前にしているにも関わらず、一目見ることも叶いません。
「では、呪いを私に移してください。私もまた『ラーマ』として召喚される英霊。その資質はあるはずです」
……本当に、それしかないのでしょうか。
ラーマさんは尽きかけた命を、シータさんへの想いだけでつないでここまで来ました。何度その姿を心に描いたか。声を、触れ合う感触をどれだけ望んでいたか。私にも痛いほどにわかります。
それなのにこんな終わり方なんて……!
「……先輩?」
無力感に打ちひしがれる私の肩を叩く温かさ。
それは勇気と励ましと決意の証で、いつも私に力をくれる先輩という存在。
先輩は、シータさんにある提案をしました。
思いは同じ。ラーマさんとシータさんが、一緒にいられるように。
「う、ん。……シータ!? シータはどこだ!?」
目が覚めたラーマさんは必死に、しかし絶望に耐えるような顔で周囲を見回しました。
きっと、わかっているのでしょう。これまでずっとシータさんに巡り合えなかったその経験が、人理修復という異常な聖杯戦争の中で触れた希望すらすり抜けていく運命にあると。
ですが。
「……ここにおります、ラーマ様」
「なん……だと……?」
声は後ろから。
二人の震える声は涙と、それ以上に喜びによって。
幻だったのかもしれないと不安なのでしょう。声だけならば、幸せな思い出として終わるかもしれない。それでも振り向かずにはいられないラーマさんが、ついに。
「シー……むがぐぐ!? なにをするのだマスター!?」
「だ、ダメですラーマさん! その人はなんだかあの人にとってもよく似てますけど別人なんです!」
「何を言う!? 余が、よりにもよって余が違えるものか! あの顔、あの目、あの声、服……はなんだか見覚えないものになっているが、なによりあのツインテール! どう見ても……え、テイルレッド? そういうことにしておけ? 歴史の道標にバレないようにすればギリギリセーフ? ……そういうものなのか?」
「……そういうものらしいです。先輩って、いつもこんな感じなので」
シータさん改めテイルレッドさんと、感動(?)の再会を果たしました。
先輩が提案したのは、霊基の改変。
ラーマさんとシータさんが会えないのであれば、微妙に違うものになればいい、と。
曰くちょっと人体実験されるくらいなもの、というとんでもない提案でしたが、シータさんはノータイムで受け入れました。
多分、これが愛なのだと思います。
「ラーマ様に私の名を呼んでいただけない代わりに、私が何度でもあなたの名前を呼びます。ラーマ様、ラーマ様、……ラーマ様!」
「おぉ、おおぉ……! 忘れない、忘れるものか、この温もり。幾星霜を越え、本当に、本当に……僕は、君に会いたかったんだ……!」
◇◆◇
ラーマさんとシ……テイルレッドさんの感動の再会の後もいろいろありました。
フィンさんとディルムッドさんを蹴散らしてアルカトラズ島を脱出し、メイヴの暗殺が失敗に終わったことを知り、何とか生き延びてくれたロビンさんと合流。
そこで、さらになんとケルトの師匠格、スカサハさんとも会うことができました。
「儂は本来サーヴァントにはなれん。なにせ死んでいないからな。が、それも人理焼却で影の国ごと燃え尽きたとなれば話は別だ。全く、最近ようやく影の国も楽しくなってきたというに。<ジョーカー>を名乗るアンデッドやら、篝火を焚くと自然に集まってきて呆けているやたら諦めの悪い不死人共との鍛錬はなかなかに退屈しなかったのだが」
……影の国、大丈夫なんでしょうか。
と、とにかく再びの情報整理です。なんだかスカサハさんの殺気に釣られたのか、ランサーとして召喚された李書文さんと戦って勝ったことで得られた情報でエジソンさんが何かに「憑かれている」ことが判明。
そして、それを聞いたナイチンゲールさんが奇妙な表情をしていました。
あれは、そう。
まるで誰か側にいるはずの大切な人がいなくなってしまったかのような。
◇◆◇
「それで、こうして戻ってきたわけか。我らと共に歩むでもなく、敵対するでもなく」
「当然です。私がする行為は患者に対する治療だけです」
と、ナイチンゲールさん。
片手で機械化兵に対して銃弾を叩き込みながらのお言葉でした。
「ミスター・エジソン。私から言うべきことは一つだけです。……常に寄り添ってくれる誰かというものは、従わせるものでも従うものでもありません。かけがえのない隣人です。そのことを今から教えて差し上げましょう」
「むぅ!? 来るか、宝具……!」
エジソンさんは戦いの気配に身構えます。
でも、一体何を……? ナイチンゲールさんの宝具は決して誰かを傷つけるためのものではないはずです。……まあ、いつもは宝具を放ったあとでナイチンゲールさん自身が直接殴り飛ばしてますが。
「私も身に覚えがありますので。あなた自身を穿つその痛み、取り除きます。私と、彼で! 宝具展開! 『
「あれは、ナイチンゲールさんの宝具!? いつもと違って、看護師さんではなく灰色の男の人が出てきましたが!」
ナイチンゲールさんの背後から現れた、長い灰色のコートを着て三角の帽子をかぶった大きな男の人が、手と同化したサーベルと銃でエジソンさんを貫きました。
普通ならば致命傷。ですが不思議なことにエジソンさんには傷一つなく。
「む……? なんともない、いや……違う。そうか、断ち切ってくれたのだな、妄執を」
そこには、どこか晴れやかな表情のエジソンさんだけが、残っていました。
曰く、ナイチンゲールさん二つ目の宝具の力は霊体の除去。
相手の霊的な守護を弱らせる効果があり、それに伴って相手の精神にダメージを与えるのだと。ただそれは相手が正常な場合。守護霊自身が主の身を苛んでいる場合はそれこそが治療になるのだと、どこか優しいな眼をしたナイチンゲールさんが教えてくれました。
エジソンさんの行動の原因は、歴代のアメリカ合衆国大統領たち。
人理焼却という異常事態からアメリカを守るため、アメリカでも屈指の知名度を誇るエジソンさんに歴代大統領が力を貸してサーヴァントとしての力を補強したのだ、と。
ですがそうして得た力には大統領たちの思念も籠っています。その意志に引きずられた結果、あの結論に至ったのだと。
まあ、エジソンさん自身の意地とかそういうのもあったらしいですが。
ともあれ、これでいよいよこの特異点に真正面から挑む準備ができました。
エジソンさんたちと共闘できるようになったことで、ケルトという軍勢に対してこの時代のアメリカという軍勢でもって立ち向かうことができます。
作戦は単純明快に二正面作戦。北からの進軍でケルトを抑え、その間に南から突破して敵の大将首を取る。北軍がどれだけ持ちこたえられるか、そして南軍がいかに速やかに敵を倒すか。時間との、勝負です。
◇◆◇
「Welcome, to the Whitehouse」
「大統領! これは<ホワイトハウス>というより<ファイトハウス>なのですが!」
そんなこんなでやってきましたワシントン。
道中スカサハさんが先んじてクー・フーリンさんを抑えるために分かれ、カルナさんはアルジュナさんとの決着に赴き、しかしそのどちらもクー・フーリンさんに倒されてしまうという最悪の事態に陥りました。
先輩すらクー・フーリンさんの魔槍に捕らえられるかと思われたその瞬間、突如霧が立ち込めてなんか見覚えあるようなないような雰囲気のお兄さんが助けてくれたようですが……あれはいったい。
ともあれ、決戦です。
到達したワシントンに聳え立つ、ホワイトハウスのようでなんかいろいろとケルトが混じったファイトハウス。この中に待ち構えるだろう女王メイヴ。この特異点を生み出したサーヴァントとの、決戦のときです。
先輩はメイヴに対して「鹿を怖がりそうな顔と声」と言っていましたが、一体何の話だったのでしょうか。
◇◆◇
「あああああ、もおおおお! 何よこいつら、魔神柱なんて生意気ね!!」
「口より先に手を動かそうぜ。そら、来るぞ!」
ワシントンでマスターたちがクー・フーリンたちと激突してしばらく。北軍を受け持つエリザベート達の元にこの特異点最大と言っていい苦難が訪れた。
その名は
サーヴァント複数騎で挑むのが基本の魔神柱が、28もの数となって現れたその様はまさしく絶望と言っていい。
事実、エジソンは割と心がへし折られかけている。
だが、エリザベート・バートリーは挫けない。
「アイドルはねえ! 華やかで楽しくて笑顔でキラキラしてて……そうなるために、何があっても諦めないのよ! 魔神柱相手ですって? ガラガラのライブステージで歌うことに比べたらなんてことないわ!」
それが、エリザベートの信じるアイドル魂。
たとえ距離は離れていても、自分はマスターのアイドルだ。歌が届かなくても、いつだって最高のパフォーマンスを。
だって、そうでなかったら。
「あいつに、どんな顔して会えってのよ……!」
槍を握りしめ、悔しさを滲ませるのは俯いたときだけ。プロ根性で飲み込んだ。
そうだとも、ここで倒れてどうするというのだ。
この程度で諦めていたら、きっとあいつに笑われる。
自分が唯一認めた
そしてこの特異点ではもう会えないだろう、勇敢に戦ったに違いない、あの花嫁姿の属性特盛皇帝に。
アイドルは泣かない。
アイドルが泣くのは引退コンサートか総選挙で上位入賞したときだけだ。
だが、実はもう一つだけ許されるときがある。
「おい、何だアレは……流れ星?」
兵士たちのざわめきがエリザベートの耳に入る。
流れ星? そんなバカな。空さえ魔神柱に埋め尽くされたこの場に空を駆ける輝きなど見えるわけがない。
「いや違う、鳥だ!」
「ローマだ!」
おいちょっと待て、とエリザベートは我に返る。
百歩譲って鳥はいい。だがローマってなんだローマって。
視界から意識をジャックしてどこの国の人間だろうとローマ市民にしてしまうような所業を繰り出すサーヴァント相手でもなければ出てこないだろう言葉であり、エリザベートはそういうことをやらかす相手に心当たりがある。
「もちろん、余だよ!!!」
「ぱよい!」
「あんたたち……生きてたのぉ!?」
空を駆ける一筋の流星。
なんか白いボディに七色の羽っぽい謎のマシンを操るセイヴァーと、それに相乗りしたネロ・ブライドである。
「タウンゼント・クラウディウス! ドラグ―――――ン!!!」
剣光一閃。
軌跡のあとにはズルリとズレた魔神柱の残骸だけが躯を晒す。圧倒的な破壊力、まさしく伝説だ。
「待たせたな、ランサー! 余の登場、待ちわびたか!」
「あ、ちょ、なんで!?」
「うむ、セイヴァーが助けてくれたのだ。致命傷を受けたはずだったのだが、なんか妙な光? を食らったと思ったら意識がなくなり、気が付いたらセイヴァーをマスターとするサーヴァントのような状態になっていてな。その後、セイヴァー自身の宝具を完成させるための部品を探してアメリカ中を飛び回っていたというわけだ」
正直何が何だかわからない。
だが一つだけはっきりしているのは、この場はもはや戦場ではないということだ。
「……まあいいわ。私たちがこうしてまた会えたんだもの。やるべきことは、わかってるわよね?」
「無論だとも。余とてこの時のためにコンディションは整えてある。お前もそうであろう、セイヴァーよ」
「ぺぽ!」
大きく息を吸い込み胸を張るネロ。
そしてどこからともなくメガホンを取り出すセイヴァー。
そう、ここはライブ会場。
客は少々不気味だが、誰が相手でも歌と笑顔を届けることこそアイドルの使命。
ちなみにエレナがエジソンの襟首を引っ掴んで全力で遠ざかり、ロビンはいつの間にか姿を消した。
「聞きなさい、魔神柱共! サーヴァント界最大のヒットナンバー、今日はスペシャルコラボのトリオで聞かせてあげる!」
「歓喜にむせび、光と帰るが良い! 現世で二度とは聞けぬと思え!」
「スウゥゥゥゥゥ……!」
結果は簡潔。
魔神柱、壊滅。
ついでに、3人の歌は山をも動かした。
◇◆◇
「……なんだ、無性に歌わなきゃならねえ気がしたが、なにかの間違いか」
クー・フーリンさんが唐突にそんなことを言ったりもしましたが、状況は全く安心できません。
「行くぞ、シー……ではなかった、テイルレッド!」
「はい、ラーマ様! テイルオン!!」
「
「うるせえよ、口を動かすヒマがあるなら俺を殺しに来い。その方が分かりやすいだろう」
第五特異点、最後の決戦です。
女王メイヴが倒れてなお、オルタ状態のクー・フーリンさんは健在。その性質が元に戻ることもなく、破壊を振りまく狂王として私達の前に立ちはだかります。
その強さ、異常の一言です。
ラーマさんたちも、大統領も、もちろんナイチンゲールさんも私たちも奮戦しているというのに、一向に倒しきれません……!
相手はただでさえ大英雄と呼ぶにふさわしいクー・フーリンさん。それも聖杯の願いによって霊基を捻じ曲げられるとともに強化された今の状態は、たとえサーヴァントの数で優れるこちらをしても押し切れるものではありません。
何か、何かが足りません。
英霊の力だけではなく、その力を束ねるような……。
「戦場で考え事とは暢気だな、盾の娘。そら、マスター諸共死ぬぞ」
「しまっ!?」
そんな不安に捕らわれた一瞬でさえ、クー・フーリンさんの前では致命的な隙でした。
すぐ眼前まで迫る槍。盾の防御も間に合わない。私諸共先輩すら貫く魔槍の恐怖が瞳に触れる、その瞬間。
「呆けない、マシュ・キリエライト!」
ガギン。
自分の体を貫くはずの音は、槍が弾かれる金属音として現実のものになりました。
誰かが私たちを助けてくれたおかげです。
そう、誰か。
戦いの最中にある仲間のサーヴァントの皆さんではなく、どこか聞き覚えのある、この声は、まさか……!?
「そんな、どうして……オルガマリー所長!?」
「決まっているでしょう、人理修復はカルデアの使命。所長たる私が、それを投げ出すはずがないわ」
まるで、霞かなにかが形を取るようでした。
ゆらりと現れたのは、私達が見知った姿、オルガマリー・アニムスフィア所長です!
なんだかフードつきのパーカーを着込んでいましたが!
「あぁ、所長さんならこれまでの特異点でもずっと一緒でしたよ。『なのに誰も気付いてくれない……』って沖田さんしょっちゅう愚痴られてました」
「本当ですか!?」
そういえば、第一特異点でちらっと姿を見たような! その後いろいろあったのですっかり忘れていましたが、なぜか沖田さんには見えていたんですね。
「……えぇそうよ。私を助けたと宣う多重次元屈折仙人から聞いた生き返る方法、決められた15人の英霊の霊基を集めることが必要でずっとついてきたんだけど、なかなか集まらなくて……。でも! この特異点では一気に3人もの霊基が集まった! だからこうしてあなたたちにも見えるようになったのよ!」
『すごい、所長の存在が完全に英霊と化している……!? これなら戦えるはずだ!』
そう言いながらもクー・フーリンさんに戦いを挑む所長。
その霊基ドクターの言う通り、他の英霊の皆さんにも引けを取らない強さです。
「それだけではないわ。……お父様、力を貸してください!」
\闘魂カイガン! ブースト!/
しかもなんかパワーアップまで!? 赤い眼球のようなものをベルトに装填して、所長の姿が変わりましたよ!?
「これが、ロビンフッドとビリー・ザ・キッド、そしてエジソンと絆を紡いでついでにお父様ともなんか会ったような気がする経験で得た力! 行くわよクー・フーリン!」
正直、何が何だかよくわかりません。
ですが、それでも今この光景は尊いものだと思います。
人理修復のため、私達カルデアはもちろんのことたくさんの英霊の皆さんが協力してくれて、しかもオルガマリー所長までもがこうして再び私たちと肩を並べてくれている。
そのことが、私はとても嬉しいです。
……たとえ、それをあとどれだけこの目に焼き付けられるか、わからないとしても。
キャラクターマテリアル
アメリカのプレジデント
そのまんま過ぎる名前だが、アメリカの特異点に現れたエクストラクラス<プレジデント>のサーヴァントという意味。一体第何代大統領なんだ……。
アメリカの歴代大統領はエジソンに力を貸す存在となっているが、この人は人理焼却後の未来で大統領になる予定の人だったため、この時点でまだ明確に大統領として歴史に刻まれていなかった。その辺の曖昧さを利用してエジソンに力を貸す大統領としての役を他の候補者に譲り、当人はアメリカの危機にいてもたってもいられねえと「特別なスーツ」を着込んで気合で現界した。
スキル<大統領魂>はあらゆる不可能を可能にしてきた逸話の具現。「なぜなら私は、アメリカ合衆国大統領だからだ!」と宣言すれば大抵の不可能が可能になるという、皇帝特権と星の開拓者を合わせたようなインチキスキル。歴代大統領の標準装備……と当人は思っているが、そんなわけもなく固有スキルである。
宝具は<
星のセイヴァー
星条旗の星マークに釣られてやってきてしまったドジっ子。なので、厳密にはサーヴァントですらない。小さく丸くぷにぷにもちもちしたピンク色の物体。最大の特徴は、エネミーを吸い込み、飲み込むことでその霊基をコピーしてクラスチェンジが可能なこと。
コピーとは言っても相手をそのままコピーするのではなく、セイバーならセイバー、ランサーならランサーと特定クラスの再現程度だが。
故郷の星のアルティミット・ワン、という噂もある。
カルデアのゴースト
真名、オルガマリー・アニムスフィア。
レフに殺されたあと、序章に書いた通りのあれこれでゴーストのサーヴァントとなってこっそり人理修復に協力してくれていた。
特定の英霊15人と絆を結べば生き返れるらしいのだが、武蔵かと思ったら小次郎だったり、ベートーベンかと思ったらモーツァルトだったり、グリムかと思ったらアンデルセンだったりと微妙なニアミスを重ね続けていた。
今回の特異点で一気に3人もの英霊と絆を結べたため、存在感が増して見えるようになった。
が、特異点攻略後また姿が見えなくなってしまった。元から所長のことを普通に認識できていたという沖田さんに曰く、めっちゃしょげてるらしい。
アメリカのライダー×2とIS学園のバーサーカー
西部アメリカ軍に加わっていた機械化兵、と思ったら無人だったロボ二人。別にサーヴァントでもなければ乗る方でもなく乗られる側なのだが、素でサーヴァント並みに強いので仮にライダーと称される。どうやら二人とも故あってパイロットと別れたようだが、なんだかんだで満足しているらしく人を守るために戦ってくれている。この戦いが、いつか彼らと共に歩んだ未来につながると信じて。
そして、そこに紛れ込んでいた明らかに場違いなロボット。なんかやたらアニメに出てくるロボっぽいビジュアルと分厚い装甲、パワードスーツレベルのサイズなのに自在に空を飛び、なぜかロケットパンチをぶっ放す。
当人に曰く「世界を超えるなんてよくあること。この前は逆さになった魔女にラリアット食らわせてきたし」とのこと。
フローレンス・ナイチンゲールの宝具<
通常の宝具と異なり、剣を持った看護師ではなく両手がそれぞれサーベルと銃になった長い灰色コートの大男が背後から出現し、敵を貫く。
対象に精神系のダメージを与えるため、効果を受けた相手はしばらく呆けたように行動不能になる。が、対象が精神を苛まれている場合は逆にその作用を取り除く治療としての効果を発揮する。
ナイチンゲールの逸話にこのような灰色の人物との交流の記録はないが、彼女にとってはとても大切な人であるらしい。