FGO マシュズ・リポート ~うちのマスターがこんなに変~   作:葉川柚介

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第4章の記録 ロンドンどんより晴れたらいいね

「霧が濃くなってきましたね……。え? 『ロンドン市民とカルデアにこんなに意識の差があるなんて思わなかったから守りたくなくなっちゃう』? またまたご冗談を。先輩がそういうことを考える人じゃないということは知っています」

 

 空から零れ落ちた二つの星が光と闇の水面に吸い込まれそうな不思議都市、霧と夜闇がわだかまる19世紀ロンドン。

 私達カルデアが人理修復のために訪れた第四の特異点は、まさにそんなところでした。

 レイシフトするなり、私達の周りを取り囲む数m先さえ見えない濃霧。しかもこの霧は魔力を含む異常なもの。普通の人間であれば、しばらくこの霧を吸うだけで体に異常をきたすこと間違いありません。

 

 ああ、ただこの時代、この都市を訪れることができたというだけならどれだけよかったことでしょう。シャーロック・ホームズさんに会ってみたかったです。

 

「そうです先輩。お話の中のことですが、シャーロック・ホームズさんはこの時代、この都市を生きた方です。……はい、人です。犬頭の人ではないです」

 

 今回の特異点はこれまでと違って範囲こそ狭いですが、ただそこに生きることさえ許さない異常領域。一刻も早い事態の解決は必須です。

 

「おい、お前ら。用事がないんなら家の中に籠ってろ。そうでないと、最悪死ぬぞ」

「先輩、さっそく第一特異点人です! 最初の特異点以来、私達の召喚に応じてくれたサーヴァントの皆さんも含めて割と見覚えある顔をした、この時代に全くそぐわない騎士甲冑姿の人ですが!」

 

 そんな中で出会ったのは、当然と言うべきかサーヴァントの人でした。

 一言忠告をくれたあとはすぐに去ってしまったので詳しい話を聞くことはできませんでしたが、あれほど時代にそぐわない姿をしたサーヴァントが当たり前のように街を闊歩していられる程度には人目がないということで、この特異点が普通の人たちにとってどれだけ過酷なのかがわかるようです。

 

 

 しかも、この特異点の殺意の高さはそれだけでは収まらず。

 

「――伏せろ、後ろだ!」

「――は、はい!?」

「あーあ、また邪魔されちゃった」

 

 突如響く謎の声と、それに従って伏せた私の首があった位置を走る銀光。

 夜霧を裂いたナイフのそれは、ロンドンの闇に潜む殺人鬼!

 

『気を付けてくれ、マシュ! そこに何かいるみたいだけど、カルデアからは捕捉しきれない! 間違いなくサーヴァントで、その地その時代を照らし合わせて考えると……!』

「はい……切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)です!」

 

 それは、イギリスを震撼させた謎多き恐怖。

 欧州を震え上がらせ、忽然と消えた姿なき殺人者。そうであるに違いありません。

 

「わたしたちはお母さんの中に帰りたいだけなのに、どうして邪魔するの!」

「……」

 

 なんか、小さい女の子でしたが!

 ボロ布みたいなマントを身に着けてこそいますが、その裾あたりからちらほら見える服装はとっても露出度が高そうですが!

 というかフランスで先輩が力を借りてたジャックさんってジャック・ザ・リッパーだったんですね!

 

「邪魔じゃねえ。そんなことしたって意味がないって何度も言ってるだろう」

 

 しかしもう一人、ジャック・ザ・リッパーと対峙するサーヴァントがいました。

 

 大きい。

 見上げるほどの巨体、かといえばそうでもなく、ひょろりと長い手足は蛇腹のようで、仮面と帽子、鋭いかぎ爪を持ったその怪人は、しかしジャック・ザ・リッパーを前に一歩も引かず、その声にはどこか相手の身を案じるような優しささえありました。

 ぎょん、と金属がたわむ音を立てながら建物の屋根を壁を飛び回って表れた奇怪さとは裏腹に、あるいはジャック・ザ・リッパーよりも理性的と見える人です。

 

『ジャック・ザ・リッパー以外に、アサシンの反応がもう一基……ジャック・ザ・リッパーと相対する飛び跳ねる怪人……まさか、今度はバネ足ジャック(ジャンピング・ジャック)かい!? ジャック・ザ・リッパー以上に実在すら怪しいのに!』

 

 詳しい事情は分かりません。

 ですが一つだけはっきりしているのは、ジャック・ザ・リッパーから私たちを守ってくれたこと。きっと、頼りになる人です。

 

「こいつの相手は俺の役目でな。……さっさと行きな。おいそこの、お嬢ちゃんを泣かせるんじゃねえぞ」

 

 先輩にそう言ってジャック・ザ・リッパーに挑みかかるジャンピング・ジャックさん。二人はそのまま激しく戦いながらロンドンの路地に消えて行ってしまいました。

 

 町を覆う死の霧と、その狭間に潜む殺人鬼、さらに殺人鬼を止めるカウンター。

 特異点の常とはいえ、何か得体の知れない事態がこの町で起きていることは間違いありません。

 

 

◇◆◇

 

 

「なるほど、君たちもバネ足に遭遇したんだね。現在ロンドンは霧の影響で人と物の動きが完全に断絶されていて、おそらく被害者も出ている。意を決して外に出た人もいるようだけど、女性はほぼ例外なく『何者か』の襲撃を受けているようだ。……だが、一人の犠牲者も出ていない。バネ足が女性を守っているようだね」

「なるほど……」

 

 その後、私達は第一特異点人であるモードレッドさんと再会し、敵ではないと認めてもらったことで拠点に案内してもらえました。

 その部屋の主は、ヘンリー・ジキル氏。なんとなく聞き覚えのある名前のような気もしますが、人理修復ではよくあることなので気にしません。

 モードレッドさんに協力しているというジキルさんの情報によると、ロンドンは直接的に壊滅の危機にあるわけではないものの、この事態が長引けば間違いなく廃墟と化すだろうとのことです。とにかく動いて、情報を集めて、解決を図る。いつもの特異点探索のお時間です。

 

 

「で、ヴィクターのじいさんの保護に行くわけだ」

「ヴィクター・フランケンシュタイン博士。フランケンシュタインの怪物で有名な博士ですね。まさか実在したとは……」

 

 ということで、ジキルさんと連絡を取り合っていたはずが、ここに来て通信が届かなくなったヴィクター・フランケンシュタイン博士の元へと向かいます。科学と魔術、双方に知見がある方なので、この霧の中でも工房がある限りそうそう危険はないはず、とのことでした。

 

「つまり、何かあったってことだよ。……やったのは、お前だろ」

「おや? おやおや? なんでしょうわたくしにご用で? わたくしは、いましがた用を済ませたところでございます」

 

 たどり着いたフランケンシュタイン博士の家。そこには、一人のサーヴァントが。

 どこか狂気を感じさせる、悪魔じみたそのサーヴァントからは……血の匂いがしました。

 

「悪者が仕事を済ませ、そこに遅ればせながら駆けつけた正義の味方。となればあとはお決まりの、弔い合戦と相成りましょう! 最後に、蹴散らす相手の名を覚えておいていただきたい。我が名は……メフィスト.E!」

「えっ」

「失礼、間違えました。メフィストフェレスです」

 

 ……なんでしょう、いろんな意味でやりづらいです!

 

 

 メフィストフェレスを倒した後、フランケンシュタイン博士の屋敷に入って見つかったのは、博士ではなくその娘的なポジションであるフランさんでした。

 博士を救えなかったことは悲しいですが、今はそ嘆いてばかりはいられません。とにかくフランさんを保護して、再びジキルさんと対策を立てなくては。

 

 

◇◆◇

 

 

「ようやく来たか、遅いぞ。さあ肉体労働をしてもらおうか」

「なんでしょう、男の子のようでいてものすごい美声なのですが」

 

 ジキルさんと合流後、今度は古書店が怪しいということで駆けつけた私たち。室内までは入り込まない霧やヘルタースケルターとは異なり、室内の人々をも昏睡状態に陥らせるという怪異。そこで出会ったのはその元凶ではなく、偉そうな男の子でした。声は少年らしからぬ美声でしたが。

 

「なんだこのガキ、やたら偉そうにしやがって」

「そんなことはどうでもいい。俺は被害者なのでな、さっさと片付けてくれ。……さあ来るぞ、魔本が」

「……! 先輩、巨大かつ浮遊する本が出現! おそらく、あれが昏睡事件の元凶です!」

 

 魔力を帯び、宙を舞う本。状況から判断して人々を昏睡させていたのはあれといて間違いないのですが……攻撃が通じません。というより、攻撃を受けたという原因がダメージという結論に至っていないような、妙な断絶を感じます。

 

「どうしたんですか先輩、突然『ザケル!』と叫んで。なぜかモードレッドさんが白目をむいて口から雷を出したんですが、あれも先輩の仕業ですか?」

「……なんか、そのマスターの声が一瞬マーリンみたいになった気がするんだが」

 

 と、このように先輩も頑張ってくれたのですが、それでも効きません。

 

「そうなるだろうと思っていた。アレはそれ自体が固有結界そのもの。サーヴァントにすらなっていない薄い指向性を持った魔力に過ぎない。だから、枠に嵌めて形を与えてやればいい。……そうだろう、誰かのための物語(ナーサリー・ライム)!」

 

 その言葉が、まさしく存在を規定するきっかけだったのでしょう。

 魔本と名付けられたサーヴァントになりかけだった固有結界は本自体はそのままに、人の姿を編み上げました。

 

「……ナーサリー・ライム? 違うのだわ。私の名前は真紅。アリスを目指す、ローゼンメイデン第五ドール」

「何だか別のものになってるようなのですが!」

「そうです。私をありすと呼ばないでください。橘です」

「今度は本がタブレット端末に!」

「うろたえるな。概念が寄り集まったような英霊だから取りうる姿が多数あるだけだ。そのうち安定する」

 

 ……それまでの過程で紆余曲折があって、途中でこの時代から50年くらい先の戦車に乗った女の子に化けたりもしましたが、なんやかんやでナーサリー・ライムは本を持った少女の姿となり、ようやくまともに戦えるようになりました。

 本当に変な特異点です。毎回のことではありますが。

 

 

◇◆◇

 

 

「ただいま帰りました、ジキルさん。古書店に潜り込んでいたアンデルセンさんを連れてくることになってしまったのですが……」

「ああ、お帰り。無事で何よりだよ。人が増えたことも気にしなくていいよ。……こっちにも、増えたし」

「え?」

 

 ナーサリー・ライムを倒して、アンデルセンさんと一緒にジキルさんのアパルトメントに帰った私たち。またしても人が増えてしまったことを申し訳なく思っていたのですが、どうやらその心配はなかったようです。

 

「霧立ち込める19世紀ロンドン……! ネタになる! というかすでにしちゃったんだよぉ! くそうこれ見てからならもっといろいろできたのに!」

「落ち込むな富士鷹! また描けばいいだけのことだろう、アレはシリーズだし!」

「そ、そうか! 任せろ炎尾!」

 

 ……そこには、二人の男性サーヴァントが居ついていました。

 一人は、大柄でピエロのような赤い鼻をつけて富士鷹と呼ばれたサーヴァント。もう一人は普通の体格ですが、なぜかラグビーのヘッドギアを付けた人。どちらもペンを持ち、書いているのはアンデルセンさんのような小説ではなくマンガのようです。作家系のサーヴァントでしょうか。

 

『霊基のパターンからして、バーサーカーだね。でも英霊1騎分……ってことは、二人で一人のバーサーカーなんだ。珍しいなあ』

「ほほう、作家系バーサーカーとはネタになりそうだな。おい、何を描いてる。見せてみろ」

「なに? 邪魔を……する……なああああああ!? アンデルセン!? ハンス・クリスチャン・アンデルセン!?」

「いかにもその通りだが……っておい、なんだお前、見覚えはないんのに縁がつながっている気がするんだが」

「き、ききき気のせいじゃないっスかね? 単なるあなたのファンですよ!」

 

 何だか作家間のあれこれがあったようですが、とりあえず置いておきましょう。

 

 

 

 

「ナーサリー・ライムはいわゆる『概念英霊』というものだ。実在したものではなく、創造物が意思を持ち、幻想を集めて形を成す。……ああ、そういえば生前にもそういうモノに殴り込みをかけられたことがあったな。俺の作品の登場人物を連れて、幸せな結末に書き換えろだなどと、大きなお世話だ。読者に言われて作品を変えるようなら作家などという難儀な生き物になるものか。傑作だとちやほやされたいなんてのは副産物。ただ書きたいものが、書きたくて仕方がないものが、書き出さなくては生きて居られない者だけが作家になるんだからな」

「ぐううぅぅぅぅ!?」

「しっかりしろ富士鷹! アンデルセンの言葉が刺さる気持ちはとてもよくわかるが、いまここでお前が消滅したら俺の霊基も死ぬ!」

 

 なんでしょう、あちらの作家系バーサーカーのピエロさんの方、アンデルセンさんが何かしゃべるたびにダメージを受けているのですが。

 

 ちなみに、先輩はこの作家系バーサーカーのお二人を知っているようでサインをねだっていました。

 

 

◇◆◇

 

 

「スコットランドヤード到着! ジキルさん、通信はどうですか!?」

『まだ辛うじて反応はある。だが襲撃も続いているらしいから、気を付けてくれ!』

 

 その後私たちは、スコットランドヤードから届いた助けを求める無線に応えて出撃しました。籠城中とはいえ辛うじて生存者がいたスコットランドヤードに迫る何者かの襲撃。見過ごすわけにはいきません!

 

「おい霧すげーぞ! しかもまたゴーストタウンじゃねーかこの町! どっちだ? 俺らどっちに迷い込んだ!? SIRENか? サイレントヒルか!?」

「どっちでもやべーじゃねーか!」

「そこはかとなく洋風な街だし、バイオハザードもアリだろこれ!?」

「チ、チクショー来るなら来やがれ化け物共! 吸血鬼の大隊けしかけてこの都市火の海にしてやるからな!」

 

 ……道中、ふくよかな体型に錯乱した男性3人組を見たような気もしましたが、この霧の中を歩き回れるわけがないから幻覚ですね、うん。

 

 ともあれ、そんなこんなでたどり着いたスコットランドヤード。そこでは既に激しい戦闘が行われていました。

 

「もおおおお! またわたしたちの邪魔して! そこ、どいてよ!」

「そうはいかねえ。ここの隣の博物館には世話になったんでな、見逃すわけにはいかねえよ。……特に、そっちのいけすかねえ優男はな」

「これは恐ろしい。ロンドンの霧から生まれた怪人に狙われるとは」

 

「先輩、新たなサーヴァントを発見しました。どうやらジャック・ザ・リッパーに指示を出しているようです!」

 

 スコットランドヤードを狙うジャック・ザ・リッパーと、やはりここでも彼女を止めるべく戦っているもう一人のジャックさん。どうもこの場所自体に縁があるような口ぶりですが、いずれにせよここは共同戦線を張るべき、なのでしょうか。

 

「え、あの人は子供には優しい? ……はい、それはジャック・ザ・リッパーを諭すような様子からも、わかるような気がします。では、行ってきます!」

 

 先輩からのお墨付きがあるということは、大丈夫なはずです!

 

 

◇◆◇

 

 

 結論から言いますと、スコットランドヤードは何とか無事でした。

 ジャック・ザ・リッパーの襲撃をバネ足の方のジャックさんがとどめていたこと、その間に私たちが駆けつけて、何やかんやの末にジャック・ザ・リッパーと彼女をそそのかしていたらしきパラケルススを撃破できたことがその理由です。

 

「ジャック・アナザーさん、ありがとうございました。……あの、よろしければ私たちと一緒に……」

「悪いがそれはできねぇな。……あんたらは、俺にはまぶし過ぎる」

 

 残念ながらバネ足ジャックさんと共闘することは出来ず再びロンドンの霧の中に飛んでいきましたが、それでも良い関係は築けたと思います。

 

 ただ、パラケルススはこの特異点で異常を引き起こしている三人のうちの一人であることは確実だったのですが、どうにも目的、あるいは欲望があっての行動ではなく、そうせざるを得ないから動いているように見えるというのが先輩の分析でした。

 確かに行動自体は止めざるを得ないモノでしたが、目的の成就に対する執着さえほとんど見られなかったこと、違和感を覚えます。

 

「スコットランドヤードは再び籠城に戻ったようだね。無理もない、警察であってもこの霧の中で行動することは不可能だ。むしろ冷静な判断と言えるね。……まあ、結局またふりだしに戻ってしまったわけだけど」

「はい、敵の一角を落とせたことは大きな成果ですが、この先に続く情報がありません」

 

 

 

 

 と、いうことで大英博物館にやってきました!

 いえ、情報がないならいったん基礎に立ち返るということをアンデルセンさんが提案しまして、ロンドンにある魔術協会を改めて調べるということになったわけです。

 地上部分はこの特異点では逆に異常な物理的に破壊しつくされた瓦礫の山。その下には地下通路が張り巡らされていました。

 その道中で何度となく襲ってくる諸々の敵をことごとくしばき倒しながら進み、たどり着いたのは魔術協会が所蔵する資料を収めた一室。アンデルセンさんはここで英霊召喚について調べたい、とのことでした。

 

「そこの女の子、危ない! コオオォォォ!!」

「先輩! 筋骨隆々の英国紳士が奇妙な呼吸音とともにヘルタースケルターを殴り倒しています! ……え、吸血鬼に注意? よくわからないけどわかりました!」

 

 しかも、その道中でまた頼りになる味方を得ることができました。

 ジキルさんと同様に現地の人で、この魔霧の中で平然としている現地の人ですが!

 

「なるほど、ロンドンを守るために戦ってくれているんだね。……僕も何とかしたいと思っていたけど、状況が把握しきれていなかった。ここは、君たちに協力するのが一番いいだろう。僕はジョナサン・ジョースター。よろしく頼むよ」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 ちなみに、ジョナサンさんが霧の影響を受けないのは「波紋」と呼ばれる特殊な呼吸法を使っているからだそうです。現地人とは一体。

 

 

「結論から言おう。聖杯戦争と英霊召喚は本来別のものだ。英霊召喚をダウングレードして聖杯戦争という枠に収めたというのが実際のようだ」

 

 その後、たどり着いた魔術協会では資料が魔術的に持ち出し禁止になっていてアンデルセンさんがその場で読んで覚えるしかなく、持久戦を強いられたりもしましたがなんとかジキルさんのアパートに帰り着き、そこで披露されたのがこの情報です。

 

「元々の英霊召喚はもっと別の用途で使われていたものだ。人の手に余る英霊召喚は、必然的に人類では解決できない事態に対応するために行われていた。……まあ、聖杯戦争という形で使えることがわかってからは亜種も湧いたようだがな。英霊ではなく鏡の中のモンスターと契約して戦ったりな」

「アンデルセンさん、なぜか先輩が『それ知ってる』という顔で見てます」

 

 英霊召喚のあるべき姿。このロンドンで起きている事件とは直接の関係がないことらしいですが、どうにも気になります。

 

「……あの、先輩? その青いバーコード模様がついた銃はなんですか?」

 

 ……だって、先輩は聖杯を持たないにもかかわらず当たり前のように自由自在にサーヴァント召喚しちゃいそうですし!

 

 

◇◆◇

 

 

「ここがヘルタースケルター本体のハウスか!」

「いえ、議事堂ですモードレッドさん」

 

 朗報です。カルデアによるヘルタースケルターの分析から、どうやらヘルタースケルターには本体が存在し、そこからの指令で動いているということが判明しました。

 すなわちそれを止めることで、ロンドンを脅かす脅威の一端を止めることができるということ。がんばる価値はあります! ということで、ヘルタースケルターへの指令の出所が分かるというフランさんに案内をお願いして、ここまでやってきました。

 

 そこに、待ち受けていたのは。

 

――ガオオオオオオオオン!

「出やがった、デカいぞ!」

「はい! あからさまにこれまで見てきたヘルタースケルターとは姿が違いますが!」

 

 夜の街に、夜のハイウェイに咆哮を轟かせるヘルタースケルターの本体です。

 ……なんだか、卵のように丸みを帯びた胴体に継ぎ目が見えない腕や足、兜のような頭にとがった鼻と、他のヘルタースケルターとは一線を画するデザインでしたが特異点ではよくあることですね。

 

 と、思ったのですが違っていたようです。

 

 その後巨大なヘルタースケルターが別に現れて、当初ヘルタースケルターの本体と思われていたロボット――先輩に曰く「鉄人」――はむしろ共闘してくれて、一緒にヘルタースケルターを倒しました。

 その後忽然と姿を消したところから察するに、アンデルセンさんたちと同じく霧から召喚されたはぐれサーヴァントだったのだと思われます。

 

 ともあれこれで一旦は平和になった……と、思ったのもつかの間。

 倒したはずのヘルタースケルターが再起動しました。

 

『バカな、再起動だと!? ありえるのか、こんなヘルタースケルターが!』

「? ドクター、いまの声は誰ですか? 聞いたことがないような」

『いや本当に誰だい!? カルデア職員でもないし……どこかからの混線か!? それこそバカな! 神霊でもなきゃできないぞ!』

 

 なんだかカルデアからの通信にノイズも混じったような気もしますが、とにかく再びボッコボコのスクラップにしました。

 

 そのことから、やはり元のさらに元を断たねばならないという結論に至りました。

 おそらく下手人はパラケルスス同様、この特異点を異常事態に陥れている者の一角。いずれにせよ、対決は避けられません。そしてその居所へはフランさんが導いてくれます。

 途中、元凶らしき人物を知っていることからフランさんに迷いが生じたりもしましたが、モードレッドさんの説得でそれも解決。

 私たちは、たどり着きました。

 

「我は、人類の未来を望む者。我は、蒸気の先を識る者。人は我を『蒸気王』と呼ぶ」

「先輩、チャールズ・バベッジ確認しました! ……え、財団B? 違うと思います!」

 

 現れたのは、チャールズ・バベッジ。世界で初めての計算機たる階差機関を発明した碩学。しかし今は、なんかヘルタースケルターの元締めのような姿になっていましたが、いまさら驚くほどではありませんね。

 先輩はこれまでちらほら聞かれた通称「B」から何か恐ろしいものを想像していたようですが、別にそんなことはなかったみたいです。一安心。

 

 バベッジさんも皆さんの力を合わせて倒すことに成功したのですが、どうやらバベッジさんは心の底からこの計画を主導していたわけではないようです。フランさんの説得(?)もあってか、ロンドンの地下にアングルボダなる聖杯と融合した割と危なそうな機械が作られ、それこそがこの霧を生み出している本体であるという情報をもたらしてくれました。

 つまり、今度こそ、決戦です。

 

 

「で、地下に来たわけだけど、ロンドン塔の下とはな。そういえば、上にある塔にいるカラスは父上の化身って噂があるんだったか? 父上がカラス(レイヴン)とはな!」

「先輩? なんでレイヴンという言葉にやたら反応するんですか?」

 

 ここでもモードレッドさんの円卓トークを聞きながら、ついにたどり着いたロンドン地下大空洞。まるで冬木の地下大空洞と同じ背景にアングルボダを書き足したような既視感を覚えるそこは、紛れもなくこの特異点の中心でした。

 

 その地で待っていたのは、この特異点を作り出していた魔術師最後の一人、マキリ・ゾォルケン。当人自体は魔術師であると同時にこの時代の人間であったらしく、サーヴァントに対抗する力はありません。

 ……ただの、人間のままであったならば。

 

『この魔力反応……魔神柱!? やっぱりと言うべきかもしれないけど、気を付けてくれ!』

「はい、ドクター!」

 

 性質としては、レフ教授に近いでしょうか。

 自覚と覚悟をもとに、自ら魔神柱へと変貌したマキリ・ゾォルケン。全力で、立ち向かいます!

 

 

◇◆◇

 

 

「ちょっとー、せっかくロンドンに来たのに何ですかこの霧は? 確かにミステリアスな霧の都と聞いてはいましたけど、次の曲がり角までさえ見えないじゃないですか。これじゃあハネムーンの下見にならないんですけど?」

「いや、俺っちに言われてもしょうがねえじゃん……」

「フハハハハ! 騒々しいな、ミスターゴールデン! アンド駄フォックスレディ!」

 

 ロンドン市街。

 しれっとマキリ・ゾォルケンが変じたバルバトスをマシュ達が殴り倒した後、死に瀕しながらも召喚したのが魔霧を爆発的に増殖させる要たる英霊、人の世に神なる雷を文明の礎として組み込んだ偉大なる星の開拓者、二コラ・テスラだった。

 本来テスラは人理の破壊に加担するような英霊ではない。しかし狂化を付与されて召喚されたとあっては、行動に当人の精神が反映される余地はない。口は動いても体は動かされるがまま、魔霧の最大密集地点、バッキンガム宮殿へ向かって歩を進める。

 そこへとたどり着き、テスラの宝具による強力な雷が炸裂すれば、魔霧はブリテン全土を覆い、人理を完膚なきまでに破壊する。

 

 しかしそれを阻むのが人理の抑止力。

 雷電が世界を滅ぼそうとするならば、それを止めるのもまた雷電(ゴールデン)

 かつて、平安時代の日本で源頼光四天王として酒呑童子を倒した一人、坂田金時が霧の中から召喚された。

 

 ……まあ、なんか玉藻の前まで召喚されていたのだが!!

 

「まあそう堅いこと言わないでくださいよ金時さん。金時さんがあちらのテスラ先生との雷電つながりで召喚されたみたいに、私との縁経由で心強いサーヴァントとか召喚されてくれるかもしれませんし。……って言ってるそばからほら!」

 

 どうやら、玉藻の前本人は物見遊山のつもりバリバリで出てきたようだが、そこは天地にその名を轟かす大化生。玉藻の前がいるという事実は、彼女に縁のあるまた別のサーヴァントを呼び込むきっかけともなり、それは確かに助かることだと金時をすら納得させうることであり。

 

 

「よっと。サーヴァント、ランサー……って、この名乗りは慣れないな。うしおって呼んでくれ!」

「おいコラァ! なんでわしまでお前と一緒に召喚されてるんだよ!? こちとらバケモノだぞ!」

 

 現れたのは、幅広肉厚な刃を備えた槍を携えた少年と、彼とセットで召喚されたとらのような獣。

 

 

「おぉ、頼りになりそうじゃん!」

 

 それは、金時をして感心するほどの力を感じさせる英霊であり。

 

「そこなる獣もまた雷電! フハハ、私の影響もあったのか!」

 

 とらっぽい獣がパリパリと電気を迸らせていることにテスラも気をよくし。

 

「……ん? フォックス?」

「レディ?」

「…………………………………………………………………………………………お」

 

 そして、玉藻の前に。

 

 

 

 

「おぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 

 身も世もない叫びを上げさせるものだった。

 

 

「うわっ、なんだなんだ!?」

「……んん? おいうしお、この匂いは……」

「な、ななななななんでしょうどうかいたしましたかランサーさんと二体で一体のバケモノさん! わたくし、通りすがりの巫女さんでっす!」

「……いや、さっきから獣の槍がめちゃくちゃ反応してるんだけど」

「そうなんですか! すごいですね! でもわたくしとは関係ないと思います!」

 

「……フォックス、全力で耳を後ろに倒して隠そうとしてるじゃん」

「尻尾も押さえてはいるが、悲しいかな彼女の毛並みは極上。豊満な体をもってしても全く隠せていないな」

 

 その狂乱ぶりたるや、まさに大型犬ににらまれた小型犬。

 正体を隠そうとして耳をぺたりと後ろに向け、しっぽを背中で隠そうとしてもビビって毛が逆立って全く隠せていなかったりするが、当人は紛れもなく必死である。

 なんか、あの槍が妙に怖いらしい。

 

「なあ、あんたもしかして白面の……」

「なんのことでしょう! 白面金毛九尾の狐の分霊なんて聞いたこともないです! ただの通りすがりのサーヴァントですよ!? そう、信じようが信じまいがわたくしはヒーラーです!」

「キャスターだろ、フォックス」

 

 それはもう、クラスを詐称するほどに。

 

「うぅぅ、なんでよりによってあの人が。本能的な恐怖で玉藻ちゃん今回使い物になりそうもありません……!」

「わんわん」

「あぁ、慰めてくれるんですね通りすがりのわんちゃん。こんな霧だらけなのにわざわざ来てくれてありがとうございます。まあお顔の隈取がとってもきれ……い……」

「へっへっへ」

 

 へたり込んだ玉藻の前。あまりに哀れな様子を見かねてか、どこからともなく現れた白い犬が慰めるように寄り添っている。

 不思議なことに真っ白い体に赤い隈取りのような模様をして、背中に剣と鏡を背負って首周りを勾玉で飾った犬のような狼のような獣である。

 が。

 

 

 

 

「なにしてくれとんじゃ本体いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 

 玉藻の前、再絶叫。

 月に吼える狐巫女。絵になる姿である。思わず出てきた口の悪さを無視すれば、だが。

 

「さっきからどうしたフォックス!? そのわんこは知り合いかなんかなのか!?」

「知り合いというか! 知り合いというかコインの裏に対する表と言いますか! そりゃ私も昔はちょっとやんちゃしてましたからカウンターで槍が召喚されるのはわかりますけど! こっちは完全にいやがらせだろうが本体ぃ!!」

 

「あれ、お前もしかして……アマ公か!? うわー、久しぶり。あいつは元気か?」

「わんわん」

「そのわんこ、『最近は会ってないけど、主に異世界で転生者たちの相手してるらしい』って言ってるぜ」

「そうなのか!? ていうかあんた犬の言葉がわかるのか、すげーな!」

「あああぁぁ、通じ合う主人公感……!」

 

 キャスター、玉藻の前。すなわち、その正体は白面金毛九尾の狐。

 かつて世界を滅ぼさんとした大化生であり、たとえサーヴァントとしての召喚であれ、その存在は世界そのものからの警戒を向けられていて、座にいる本体もまた自分の一尾が気楽にサーヴァント暮らしをすることを許すほど優しくはないのであったとさ。

 

「とにかく、この霧を晴らせばいいんだな。大丈夫、やり方は知ってるから」

「うぅ、ありもしない幻の尻尾が痛みます……!」

 

 

◇◆◇

 

 

 ロンドンの特異点の修復は、成功しました。

 マキリ・ゾォルケンが更なるサーヴァントを召喚し、霧の中に一瞬下半身が戦車のロボットみたいなシルエットが見えた気がしつつも召喚された二コラ・テスラを、同じく彼を止めるために霧の中から召喚されたらしき坂田金時さん、玉藻の前さん、ランサーだと名乗ったうしおくんととらさん、そして剣を背負っていたことからするにセイバーだろう白いわんこと協力して倒しました。

 その後さらにロンドンつながりで槍を持ったアーサー王の一側面も出てきてモードレッドさんがハッスルしましたが、そのことはいいんです。

 

 そう、問題は、ただ一つ。

 

 

「魔術王、ソロモン……!?」

「いかにも。まさかこれほどまでにしぶといとはな、私を驚かせるとは快挙だぞ、カルデア」

 

 

 第四特異点、その最後に姿を現したのは人理焼却の黒幕、ソロモン王その人でした。

 魔神柱を従え、特異点に聖杯を送り込み、この星の未来を奪った張本人。

 

 ……はっきり言って、英霊としての規模が違う。そう感じました。

 人類の歴史上、ソロモン王が唯一無二の絶対的な偉人というわけではないでしょう。

 

 ですが、英霊となると、英霊召喚となると話は別です。

 サーヴァントとは、英霊とは人類にとって最強の兵器と称されることもありますが、兵器には数多の種類が存在します。

 たとえ現代の技術が誇る拳銃であったとしても、破壊力という点では旧式の大砲にすら敵わないように、あのソロモン王のサーヴァントとしての在り方は、これまで私たちが出会ってきたサーヴァントとは「全く別の用途のためにあるもの」であるように感じました。

 

 それでも、そんなソロモン王を前にしてさえ、先輩は一歩も引きませんでした。

 きっと怖かったでしょう。声も少し震えていました。

 だというのに、先輩は言い切りました。

 

 

「この星を、舐めるなよ!」

 

 

 ……この言葉を、私は決して忘れません。

 人類の未来を取り戻す、その日まで。

 

 

◇◆◇

 

 

キャラクターマテリアル

 

ジャック・アナザー

 

 ジャック・ザ・リッパーの対として召喚された、ロンドンのアサシン。その正体は、ジャック・ザ・リッパーの数十年前に現れた謎の怪人。今回の特異点においてはバネを仕込んだ長い両手足とかぎ爪、炎を吐く鉄仮面に帽子をかぶった姿で現れる。

 正体不明であるため真名もまた「バネ足ジャック」であることまでしかわからないが、スコットランドヤードにある犯罪資料の博物館、通称「黒博物館」と縁があるような口ぶりだった。

 

 

ロンドンのバーサーカー

 

 世にも珍しい二人で一騎の作家系バーサーカー。筋骨隆々でピエロのような赤鼻の富士鷹と、ラグビーのヘッドギアをつけた炎尾のコンビ。アンデルセンたち同様作家系サーヴァントなので原稿を描いてばかりいる。

 この二人がいるだけで室温が倍くらいになるともっぱらの噂。

 

 

ロンドンのランサー

 

 これまた珍しい二体で一体のランサー。グランドランサーの条件は明らかになっていないが、このランサーは「かつて実際にビーストを討った」という経緯から逆説的に冠位資格を持っている。玉藻の前が地上で召喚される時、そのカウンターとして召喚されやすい。

 

 

ロンドンのセイバー

 

 わんこの姿をしたセイバー。全身真っ白な毛並みだが、人によっては顔の辺りに赤い隈取りをしているのが見えたり見えなかったりする。セイバーとはいっても、わんこ自身は勾玉の射撃や鏡の反射、果ては謎の斬撃や火、水、風などいろいろ操る万能タイプ。これまたロンドンのランサー同様、玉藻の前が召喚されたことでついでに召喚されてしまった。玉藻の胃が痛くなるサーヴァントパート2。

 ちなみにセイバーは巨乳好きなのでセイバー自身は玉藻のことが割と好き。


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